Game of Vampire   作:のみみず@白月

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毒蛇の王

 

 

「監督生の指示に従い、決して一人では行動しないように! それと、もしも何か異変を感じたなら躊躇わずに教師へ報告しなさい!」

 

ディペット校長の声が大広間に響き渡るのを聞きながら、アリス・マーガトロイドは不安に怯える後輩たちを慰めていた。

 

どうやらハグリッドの大蜘蛛事件は、今年の災厄の始まりに過ぎなかったらしい。春の匂いが消えてきたホグワーツは、代わりに未知の怪物への恐怖に包まれていた。

 

『秘密の部屋が開かれた』

 

一体誰が言い出したのかは分からないが、どうやらそれは真実だったようだ。三月に二人の生徒が石化したことで急速に広まった噂だったが、新たに三人目の犠牲者が出た今となっては、もはやそれをただの噂だと笑うものは居なくなった。

 

今や教師たちもピリピリとした雰囲気を隠すことはなくなり、生徒たちは不安に怯えている。秘密の部屋に隠されていたという、未知の怪物についての話ばかりが聞こえてくるような状態だ。

 

そんな中、スリザリンに多い純血派の連中は声高にマグル生まれがどうたらと叫んでいる。本当にロクなことをしない連中だ。下級生を怖がらせて一体何が楽しいんだ、まったく。

 

家に帰りたいと泣く一年生をどうにか泣き止ませて、寮に戻るためレイブンクローの監督生の背中を追おうとすると、グリフィンドールの集団から抜け出してきたテッサが近付いてきた。

 

「アリス、ちょっと来て。」

 

何故か小声のテッサに引っ張られて大広間から出る。

 

「ちょ、テッサ、どこ行くの?」

 

「いいから、見つからないようにね。」

 

他の生徒や教師に見つからないようにこっそりと空き部屋に入れば、そこには既にハグリッドの姿があった。

 

「さて……アリスも連れてきたわよ、ルビウス。約束通り説明してもらいましょうか?」

 

「ちょっと待ってよ、テッサ。一体何の話なの?」

 

いきなり連れて来られて、訳の分からない私のことも考えて欲しい。テッサとハグリッドを交互に見ながら聞くと、ハグリッドが恐る恐るといった様子で口を開いた。

 

「そのぅ……秘密の部屋の怪物について、ちょっと考えがありまして。それで、二人にも聞いてもらえねえかと思ったってわけです。」

 

「アリスと私にしか話せないらしいのよ。それでアリスをここに連れてきたってわけ。……それじゃ、勿体ぶってないで話してよ、ルビウス。」

 

テッサが促すと、ハグリッドがゆっくりと話し出す。

 

「ええと、その、アラゴグが怖がっとるんです。何かあいつにとって怖いもんが、城をうろついてるっちゅうことらしくて。食事も喉を通らねえほどなんです。」

 

「あー、それは……可哀想ね。何というか、私も心が痛むわ。」

 

礼儀として一応慰めておく。正直あのアクロマンチュラが餓死したところで、私の心には何の感情も浮かばないだろうが。

 

「ちょっとルビウス、まさかそれだけじゃないでしょうね?」

 

「ち、違います、ヴェイユ先輩。続きがあるんです。」

 

焦ったようにテッサに答えたハグリッドが、続きを話し始める。

 

「それで、アラゴグに少しでも美味い食いもんをやろうと思って、鶏小屋に行ったんですが……その、鶏がみんな殺されちまってたんです。それを見て、もしかしたら怪物ってのは……その、バジリスクなんじゃねえかと思ったっちゅうわけです。」

 

「んん? ちょっと待ってよ、鶏が殺されてるのと、怪物の正体がバジリスクってのがどうやったら繋がるのよ。」

 

「バジリスクは、雄鶏の鳴き声を恐れるんらしいです。それに、蜘蛛が逃げ出すのはそいつが来る前触れだそうで。魔法生物の本を読むのは大好きなんで、それに書いてあったのを覚えてたっちゅうわけです。」

 

バジリスク? 確かパチュリーの薬品棚にそんな感じの名前があったはずなのだが……ダメだ、思い出せない。

 

「バジリスク……でっかい蛇だっけか? でもあれって、睨まれると死んじゃうって聞いたことがあるような。」

 

「まだ小せえバジリスクなら、距離さえありゃ石化するに留まるらしいんです。」

 

そうか、思い出した! 『毒蛇の王』だ。確か中世に飼育が禁止されたせいで、牙が入手し難いってパチュリーがボヤいてたんだ。……だからなんだというのだ。我ながら、どうでもいい情報を思い出したものだ。

 

というか、ハグリッドは何故それを私たちに話すのだろうか。教師の誰かに話せば、それで万事解決ではないか。毒蛇の王だかなんだか知らないが、まさかホグワーツの教師総がかりでどうにもならないということはないだろう。

 

「ハグリッド、それならすぐにでも先生方に話すべきよ。」

 

「そいつはおれも考えました、マーガトロイド先輩。でも、バジリスクに気付いた切っ掛けはアラゴグじゃねえですか。その事を話しちまったら、アラゴグはおれから引き離されちまうでしょう?」

 

どうやらハグリッドにとっては、ホグワーツの安全よりもアクロマンチュラのほうが大切らしい。犠牲になった三人には聞かせられない話だ。

 

テッサも同じようなことを思ったらしく、目を吊り上げながらハグリッドに怒鳴りつける。

 

「なにアホなこと言ってんのよ! それならあの蜘蛛のことは適当に誤魔化せばいいでしょ? 雄鶏と石化の話だけでも取り合ってくれるかもしれないじゃない!」

 

「それはその、おれは口が上手くねえですから……だから先に、お二人に相談したってわけです。」

 

こちらを窺いながら、ハグリッドがそう言って話を締める。確かに話の筋は通っているように聞こえる。それに、この状況では少しの情報でも貴重だろう。

 

「そうね……じゃあ、蜘蛛以外のことを先生に伝えましょう。」

 

「そうだね、さっそく校長室に……アリス、校長室ってどこにあるの?」

 

テッサの問いに、その場は沈黙に包まれる。そういえば、校長室なんて見たことがない。ハグリッドのほうを向いてみれば、どうやら彼も知らないらしい。

 

「そういえばディペット校長のことなんて、大広間でしか見たことないわね。」

 

「この城は本当に……もう! 何だって何もかもが複雑なのよ!」

 

テッサの怒りには同意するが、こうしていても始まらない。となれば他の教師に伝えるしかないが……。黙り込む私たちを見ていたハグリッドが、恐る恐る提案してくる。

 

「あのぅ、ダンブルドア先生はどうですか? あの人なら頼りになると思うんですが……。」

 

ダンブルドア先生か。確かに、実力も人柄も申し分ないだろう。テッサも激しく頷いて同意している。

 

「それじゃあ早く行きましょう、二人とも。そんな不安そうな顔しなくても大丈夫よ、ルビウス。私たちがちゃんと話すから。」

 

「お二人にお任せしときます。おれが話しても、ロクなことにならなさそうですし。」

 

「でも、グリフィンドール寮に居るのかしら? それとも、教職員塔の部屋?」

 

走り出しそうなテッサに、慌ててどこへ行くのかを聞いておく。ダンブルドア先生はグリフィンドールの寮監だ。生徒を引率した後に、寮に留まっているかもしれない。

 

「えーっと、とりあえず寮に行ってみようよ。それで居なかったら、教職員塔に行けばいいしね。」

 

テッサの言葉で目的地は決まった。三人で空き部屋を出て人気のない廊下を歩き出す。

 

しばらく歩いていると、テッサがニヤリと笑いながら私とハグリッドに話しかけてきた。

 

「ねね? もしこれで解決したら、私たちヒーローだよ? ルビウスのことをバカにしてたヤツら、どう思うかな。」

 

「私たちって言うか、殆どハグリッドの功績だしね。そうなればグリフィンドールの子たちも、貴方を見直すと思うわ。」

 

「そいつぁ……そうなりゃあ、嬉しいことです。」

 

テッサはもう解決した気になっているようだ。でもまあ、確かにハグリッドにとっては良い切っ掛けになるかもしれない。私もリーゼ様やパチュリーに褒めてもらえるかもと思うと、ちょっと楽しみになってきた。

 

「ねえ、なんか変な音がしてない?」

 

ムーンホールドで二人に褒めてもらう想像をしていると、テッサがいきなり立ち止まってそう尋ねてくる。耳をすますと……確かに、ズルズルという妙な音が聞こえる。

 

「本当ね、何の音かしら?」

 

「何かを引きずってるみたいな……ちょっと、嘘でしょ?」

 

何かを見つけたらしい前を歩くテッサの声に、視線をそちらに向けようとすると、急にテッサが振り返って私とハグリッドの頭を強引に下げてくる。

 

「ふ、二人とも、絶対目線を上げちゃダメ。向こうのトイレのドアのとこに、その、でっかいヘビがいる。」

 

聞いたこともないような緊張した小声で、私たちの頭を押さえながらテッサがそう言う。顔を上げたくなるのを懸命に堪えながら、耳を頼りにテッサが言った方向を探ると……近付いてきてる? 近付いてきてる!

 

慎重に安全圏まで顔を上げれば、泣きそうな顔でこちらを見たまま凍りついているテッサが見えた。隣のハグリッドは荒い息で震えている。

 

落ち着け。パチュリーも言っていたのだ、魔女は常に冷静たれ。ゆっくりと近付いてくるズルズル音を背景に、恐怖で足が砕けそうになるのを耐えながら、小声で二人に作戦を伝える。

 

「あ、合図をしたら、適当にその辺の壁を吹き飛ばして頂戴。そしたら全力で逆方向に逃げるの。」

 

「うん、分かったけど、でも、それで逃げ切れる?」

 

「逃げ切るのよ、絶対に。ハグリッド、貴方も大丈夫?」

 

「わ、わかりました、やってみます。」

 

杖を構えて、震える手で握りしめる。大丈夫、大丈夫、絶対に上手くいく。必死で自分を励ましながら、合図のために口を開く。

 

「今よ! ボンバーダ(粉砕せよ)!」

 

コンフリンゴ(爆発せよ)!」

 

レダクト(粉々)!」

 

どの呪文がどこに当たったかは分からないが、廊下に大きな破砕音が響き渡る。それを聞いた瞬間、脇目も振らず背後へと走り出した。

 

テッサとハグリッドはどうなったかと斜め後ろを慎重に見ると……大丈夫、ちゃんと走っている。足が震えて転びそうになるのを堪えながら必死に走る。今の騒ぎできっと誰かが来てくれるはずだ。

 

希望が湧いてきた瞬間、ハグリッドが前方に吹っ飛ばされていくのが見えてしまった。

 

「やだっ、アリスっ!」

 

後ろからテッサの悲鳴が聞こえる。反射的に振り返ると、巨大な蛇に押さえつけられているテッサが必死にこちらに向かって手を伸ばしていた。

 

「に、逃げて、アリス! 私は大丈夫、大丈夫だから!」

 

蛇はテッサに喰らい付こうとするのに夢中で、こちらを見ていない。どうする? どうすればいい? 見捨てて逃げるなんて、出来るわけがない。

 

咄嗟に頭をよぎる呪文の中から、一つを選択する。魔法に耐性のある生き物なら、単純な呪文のほうが効果があるはずだ。お願いだから効いてくれ!

 

フリペンド・マキシマ(最大の衝撃を)!」

 

テッサにのしかかっていた大蛇が、ほんの僅かだけ押し退けられる。その瞬間、黄色い目が私を……。

 

咄嗟にポケットの中のガラス玉を握りしめて、リーゼ様に心の中で助けを求める。動けたのはそこまでだった。体が凍り付くような感覚と共に、視界が真っ暗になっていく。

 

アリス・マーガトロイドの目に最後に映った光景は、何かを叫びながらこちらに走ってくるテッサと、その背後でこちらを見つめる一対の黄色い瞳だった。

 


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