Game of Vampire 作:のみみず@白月
「──長代理? 聞いておられますか? ノーレッジ校長代理。」
校長室の静寂を破る呼びかけを受けて、パチュリー・ノーレッジは仕方なしに本から目を離していた。物語の佳境の、一番盛り上がる部分だったんだぞ。それを遮るほどの報告なんだろうな?
「……何?」
言葉と共に向けた非難の視線に怯むことなく、校長室に飾られた肖像画の一つ……ディリス・ダーウェントは落ち着き払った表情で報告を寄越してくる。さすがは歴代校長の中でも屈指の名声を誇る魔女だ。『後輩』が睨み付けたところで痛くも痒くもないらしい。
「先程私の肖像画の一つに、セブルス・スネイプが伝言を託しました。ノーレッジ校長代理を経由して、レミリア・スカーレット氏に伝えて欲しいとのことです。」
「内容は?」
ふむ、確かにそれは読書を中断するに値する報告だな。これまで何の連絡も送ってこなかったスネイプからの伝言か。丁寧な仕草で本を横に置いた私へと、ダーウェントはハキハキとした口調で伝言の内容を伝えてきた。
「闇の帝王は北海湾岸に兵と船を集め、大陸からイギリスへと兵を送るつもりでいる、との内容でした。帝王に従う他種族の姿も見受けられたと。決行は三十一日から一日にかけての深夜になるそうです。」
「……スネイプはまだ肖像画の前に居るの?」
「いえ、口早に伝言を託した直後、すぐに姿くらましで消えて行きました。」
兵を送る、ね。……スネイプが危険を冒してまで報告してきたということは、リドルはそれなりの数をイギリスに『入国』させるつもりなのだろう。少なくとも、スネイプが脅威になると判断したほどの数を。
チラリと時計を見て時間と日付を確認する私に、歴代校長の肖像画たちが口々に『助言』を送り始める。……十二月二十八日の午後八時。つまり、残り時間は後三日か。結構ギリギリになりそうだな。
「ノーレッジ校長代理、すぐさまスカーレット女史とアルバスに伝えるべきです。敵が攻めてくるとなれば、こちらも防備を固めなければ。」
「アーマンド、それは些か『弱腰』な意見だと思うがね。……北海を渡る前に決着を付けるべきだ。叩かれる前に叩く。先手を取ることこそが肝要だろう?」
「……今回だけは、フィニアスの意見にも理があると思うね。我らがイギリスは狭いようで広い。入られてしまえば対処は困難になると思うよ。」
「どうも、エバラード。『今回だけは』の部分が無かったら嬉しかったよ。」
「私も今回に限ってはフィニアスに賛成しますわ。ヴォルデモート卿が魔法を使った移動手段を知らない大間抜けでないとすれば、船を使わなければならない理由があるはずです。間違いなく厄介な理由が。イギリスに入れる前に対処すべきでしょうね。」
「ありがとう、サンデンバーグ。賛同者が多くて嬉しい限りだ。一言余計なのは気に食わんが。」
肖像画たちの騒がしい議論に少しだけ顔を顰めてから、杖を振ってミミズクの守護霊を生み出す。何にせよ先ずはレミィへの報告だな。ヨーロッパの大戦略を掌握している彼女ならば、絵画なんかよりも良い選択肢を選び取ってくれるはずだ。
「レミィ、スネイプからの連絡があったわ。リドルが北海沿岸に──」
そのまま守護霊に伝言を託しつつも、左手を振って校長室の隅に積み上げられている羊皮紙を操り、紙飛行機にして部屋の外へと飛ばした。言わずもがな、頼れる副校長を呼ぶためだ。私だとレミィとダンブルドアくらいしか思い浮かばないが、彼女ならばこの連絡を誰に伝えるべきかを判断してくれるだろう。
伝言を託し終え、レミィの下へと消えて行く守護霊を見送ってから、揺り椅子を揺らして思考に沈む。……リドルが行動を起こすとして、何故今なんだろうか?
イギリス純血派への支配は揺らぎ、大国ソヴィエトは敵対的に変わり、そしてヨーロッパは団結しつつある。……時間は敵だと考えたのか? だとすれば賢明な選択かもしれんな。実際のところ、レミィがリドルの取り得る選択肢を潰しまくっている今、長引けばこの差は広まっていくだけだろう。
まあいいさ。何れにせよ私のやるべき事は変わらない。リドルがどんな手を打ってこようと、レミィがどんな対処をしようと、ホグワーツを不落たらしめることこそが私の仕事なのだから。
「ノーレッジ校長代理、本を読んでいる場合では──」
「ご忠告どうも、先輩方。考慮しておくわ。」
小煩い肖像画たちを備え付けの赤いカーテンで遮ってから、再び本を開いて字面を追う。誰に何と言われようが今のスタンスを変える気はないぞ。リドルが陽動を得意とする男な以上、動かぬことこそが最大の防御なのだ。
内心で適当な言い訳をしながらも、パチュリー・ノーレッジはマクゴナガルが来るまでにこの本を読み終えようと決意するのだった。
─────
「──だから、ヴォルデモートを直接殺すのは控えて欲しいんだよ。……キミはちょっとばかし『予想外』なことを仕出かす癖があるみたいだからね。一応伝えておこうってわけさ。」
レニングラード……じゃなくて、サンクトペテルブルクの中心街。夜のフィンランド湾が見える高層ホテルの一室で、アンネリーゼ・バートリはゲラートへの説明を締めていた。やけに良い部屋じゃないか。これも支持者からの『貢物』の一つってわけか?
分霊箱のこと、予言のこと、そして十五年前の戦争のこと。今日はリドルに関する大まかな事情を説明しに来たのだ。かなり掻い摘んでの説明だったが、ゲラートは大筋を理解したらしい。窓際に立ってマグル界の夜景を眺めながら、ソファに座る私へと納得の返事を寄越してくる。
「なるほど、分霊箱か。あの禁呪に手を出す輩が居るとは思わなかった。……愚かな話だ。あれは単なる『先延ばし』でしかないというのに。」
「おや、キミのお眼鏡には適わなかったみたいだね。」
「一度は考えたが、詳しく調べるうちに気が変わった。……人ならざる者に人を導くことは出来ん。」
「ふぅん? ……なら、レミィはどうなるんだい? 彼女は吸血鬼なわけだが、今まさにヨーロッパを導いてるじゃないか。」
ウォッカの入ったグラスを揺らしながら意地悪な問いを放ってやると、ゲラートは鼻を鳴らしてから答えを返してきた。
「あの女は操っているだけだ。導いているわけではない。」
「おおっと、ご名答。百点満点の大正解だね。」
確かにその二つには天と地ほどの差がありそうだ。一本取られたな。クスクス笑いながら私がウォッカを呷ったところで、ゲラートは窓を背にこちらに顔を向けて話しかけてくる。
「では、俺からも情報を渡そう。……ヴォルデモートは海を渡ろうとしているぞ。デンマーク、ノルウェー、オランダ、果てはスペイン、ポルトガルにも少数を。北海、ケルト海の両側からイギリスへと兵を入れるつもりらしい。」
「……それはまた、厄介な情報だね。規模は?」
いきなり齎された大きな情報に、思わず姿勢を正して問い返す。……私が知らぬことな以上、レミリアもまだ掴んでいない情報なのは間違いあるまい。
「不明だが、小さくはない。……名前のセンスはともかくとして、情報戦のセンスはあるようでな。情報を小分けに、虚報を混ぜ込んで部下に知らせているようだ。」
「ま、そりゃそうだ。敵にも味方にもスパイが居るのは目に見えてるしね。……実行そのものが虚報って可能性は無いのかい?」
「少なくとも奴らがマグルから大量の船を奪っているのは確かだ。ご丁寧に記憶処理まで済ませて、小さなクルーザーから巨大なタンカー船まで見境なしにな。……飛行機もいくつか奪ったらしいが、使い方がよく分からなかったのだろう。船に手段を絞ったようだ。」
やってくれるじゃないか、リドル。レミリアがこれまでその動きを掴めなかったということは、かなり綿密な計画を立てて実行したに違いない。……それを何故ゲラートが易々と掴んでいるのかは謎だが。ソヴィエト側にまでは隠しきれなかったのか?
しかしまあ、厄介な状況になったな。イギリスは島国で、そうなると当然ながら沿岸部も多い。死喰い人がお行儀良く港を使ってくるとは思えないし、上陸が可能な場所は……くそ、分からん。海と船に関しては吸血鬼は専門外なのだ。どデカい『流水』のことなんか全然知らんぞ。
そもそも、何だって船なんかを使うんだ? 杖を落っことしでもしたのか? 苛々と組んだ足を揺する私に、ゲラートが対面のソファに座りながら声をかけてきた。
「今回は俺も動こう。表向きはソヴィエトからの援軍とすれば問題ないはずだ。」
「それは助かるが……可能なのかい? 今のキミの影響力は『軍隊』を動かせるほどだと?」
「今の国際情勢はスカーレット派に傾いているからな。それに乗る形で動くとなれば、議員たちの反対も少ないはずだ。……ソヴィエト議会は多種多様な考え方を持つ魔法使いたちの集合体だが、全員に共通している考えもある。『力を示したい』という考えが。議会はアジアの主導権を握りたいんだ。故に、彼らは今回の戦いを良い機会として捉えるだろう。」
「なるほどね。他国への『パフォーマンス』にしたいってわけだ。」
ロシアからソヴィエトに、そしてソヴィエトから再びロシアに。革命、粛清、内戦、も一つオマケに連邦解体。このところ落ち目だった大国の魔法機関は、そろそろアジア圏での存在感を取り戻したいらしい。私が納得の頷きを放ったのを見て、ゲラートはウォッカを自分のグラスに注ぎながら口を開く。
「前にも言ったが、ヴォルデモートは邪魔だ。今回の一件もマグル界に影響を与えすぎている。さっさと片付けるべきだろう。……ふん、そちらの作戦通りには事が進まないようだな。このままでは、『決戦』の前に奴は戦力を失うことになるぞ。」
「……なぁに、物事が上手く運ばないのにはもう慣れたさ。ここらで派手な『前哨戦』といこうじゃないか。」
普通に船を招き入れてイギリスで『決戦』ってのは……うーむ、ちょっとサービスしすぎだな。そもそもどんな戦力を送ってくるのかも分からんし、不確定要素が多すぎる。おまけに分霊箱だって残っているのだ。今回は素直に妨害すべきだろう。
……まあ、細かいことはレミリアに考えさせればいいか。今のヨーロッパで一番視野が広いのは我が幼馴染どのなのだ。私の視点で判断しきれないことは、レミリアに任せる他ない。
脳内の思考に決着を付けて、グラスに残ったウォッカを飲み干してから立ち上がる。クセが強くて常飲したいとは思わんが、たまに飲むくらいなら結構美味いな。今度見つけたら買っておくか。
「それじゃ、協力云々は議会経由でレミィに送ってくれたまえ。私はこのことを直接報告してくるよ。」
「……ああ、ソヴィエトは海での戦いを望むだろう。それはそのまま受け入れろとスカーレットに伝えておけ。期待以上の働きをしてくれるはずだ。」
「はいはい、了解だ。」
海戦か。……私にとってはあまり望ましくない展開だな。海は好かんぞ。ちょっとだけ苦い顔になりつつも、アンネリーゼ・バートリは姿くらましのために杖を振るのだった。
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「面倒ね。明らかに『誘い』よ? これは。」
魔法省地下一階の魔法大臣執務室。応接用のテーブルを埋め尽くす書類を指差しながら、レミリア・スカーレットは大きく鼻を鳴らしていた。小生意気にも程があるぞ。スパイの炙り出しでもするつもりか?
十二月二十八日。今日になって一斉にスパイや『協力者』たちから情報が入ってきたのだ。全てに共通している情報は、『三十一日の深夜、例のあの人が船を使って兵を送る』である。どうやら仮面どもはお船でカウントダウン・パーティーを開きたいらしい。
しかし、その内容は細部が違っていた。北海、イギリス海峡、ケルト海、アイリッシュ海。船が通る海域も様々で、ルートも様々。当然ながら目的地となる港もバラバラだ。
本命がどれか一つなのか、複数なのか、全てなのか、もしくは……そもそもがスパイを釣り出すための大嘘なのか。判断に悩む私、ボーンズ、スクリムジョールの三人は、この部屋でひたすら議論を繰り返しているというわけだ。
うんざりした表情の私の言葉に、ボーンズが目の前のコップを弄りながら返事を返してくる。紅茶ではなく、水だ。今は優雅にお茶を飲む気分ではないらしい。
「ですが、無視することは出来ません。情報源を特定されないためにも、全てに対処する必要があるでしょう。」
「叶うならそうしたいけど、現有の戦力だけじゃ確実に足りないわ。……各国からの協力を募るしかないわね。」
「今こそこれまで行ってきた外交の成果を示す時ですわ。ヨーロッパ、アフリカ、そしてアメリカ。各国の魔法界に協力要請を打診しましょう。」
……止むを得んな。空振りだった時が怖いが、出し惜しみしていられるような状況ではないのだ。私が頷いたのを見て、スクリムジョールが杖を振って机の上の地図に作戦の詳細を浮かび上がらせた。
「最悪の可能性を想定しておきましょう。つまり、協力者から知らされたルートに加えて、情報に無いルートも使ってくるという可能性を。……三日しか時間が無い以上、出航する場所を全て特定するのは不可能です。なので、三段階に作戦を分けます。出発地を叩く部隊、航行中を叩く部隊、目的地で待ち伏せる部隊に。」
「……頭が痛くなってくるわね。どれだけの戦力が必要なのかしら?」
「出発地に関してはそれぞれの国に警告を発すればいいでしょう。そちらの港から、テロリストが海を渡る可能性があるぞ、と。面目を保つために勝手に警戒してくれるはずです。」
まあ、そりゃそうだ。易々とそんなことを許す国は存在すまい。私が連絡すべき国々のリストを頭の中で整理しているのを他所に、今度はボーンズが地図上の北海を指差して声を上げる。
「問題は、航行中の船を叩く部隊ですね。……魔法使いの海戦など何世紀も前の話ですよ? 私には何をどうすればいいのかが見当もつきません。」
珍しく弱音を吐いたボーンズに、スクリムジョールもまた顔を歪めて言葉を返す。
「箒で海域を周回し、怪しい船を見つけたら集合して乗り込む。……どう思いますか?」
あまり名案とは思えんな。そして、自分でも上策とは思えなかったのだろう。あまり鋭さの無いスクリムジョールの提案に、肩を竦めて答えを放った。
「忘れちゃいけないのは、吸魂鬼が未だ見つかっていないって点よ。そもそもあの連中は海を彷徨うマグルたちを食い物にしてたんでしょう? リドルに従ってるとなれば、航路の『警備』に当ててくるんじゃないかしら?」
「……失念しておりました。確かに吸魂鬼を利用されたら厄介ですね。」
「この際、海で叩くのは止めて地上での防衛に全戦力を当てるべきかもね。マグルはともかくとして、イギリスの魔法使いは海での戦い方を知らなさすぎるわ。」
私も、ボーンズも、スクリムジョールも良い考えが浮かばないのだ。マグルの首相に船を『おねだり』してみてもいいが……まあ、根本的な解決にはなるまい。不正確な対処に戦力を割くくらいなら、沿岸部の防衛に回した方がまだマシだろう。
私の言葉にボーンズとスクリムジョールが頷こうとしたところで……何だ? 部屋の扉をノックする音と共に、入室を求める声が聞こえてきた。
「あの、国際魔法協力部のブリックスです。ソヴィエトの魔法議会から緊急の通達がありまして。えーっと……その、伝えてこいと。」
「入りなさい。」
もうすっかり『上層部担当』だな。ボーンズの許可に従って入室してきた使いっ走り君は、部屋の面子を見て少しだけ情けない顔になると、手元に抱えていた羊皮紙をボーンズに渡して報告を話し始める。
「ええと、つい先程ソヴィエトの議会から連絡があったんです。その、戦力を派遣する用意がある、と。」
戦力を派遣? 首を傾げながら詳細の書かれた羊皮紙を覗き込んでみると……そこにはヴォルデモートがイギリスに兵を送ろうとしていること、それを防ぐためにソヴィエト議会は海戦の用意を整えていること、領海進入の許可と作戦の詳細を伝えるための人員の受け入れをしてもらいたいことなどが丁寧な英語で書かれていた。
「……ふん。」
グリンデルバルドか。文面から透けて見えるあの男の影に、少しだけ躊躇いが生まれるが……仕方あるまい。現状では渡りに船の提案なのだ。私の好き嫌いで撥ね除けるにはあまりに惜しすぎる。
「いいわ、ソヴィエト議会には……何よ、どうしたの?」
顔を上げて賛意を表明しようとしたところで、何故かビクビクしているブリックスと、胡乱げな表情のボーンズとスクリムジョールが見えてきた。
「いえ、その……随分と冷たい表情をしていらしたので。ソヴィエト魔法議会の策略ということですか?」
む、いかんな。顔に出てたか。代表して恐る恐る聞いてくるボーンズに、首を横に振って返事を送る。確証は無いが、この状況で無駄な小細工はしてこないだろう。
「いえ、違うの。ちょっと個人的な事情が絡んでただけよ。……私は受け入れるべきだと思うわ。当然、借りっぱなしにならないように調整する必要はあるけど。」
「……分かりました。では、先に説明をする方の受け入れを進めておきましょう。」
執務机に移動して必要な書類を準備し始めたボーンズを見ながら、ソファに沈み込んで大きなため息を吐く。……私がグリンデルバルドと『共闘』だと? 酷いジョークだな。
当然、気に食わない。リーゼはあの男をいたく気に入っているようだが、私は基本的にグリンデルバルドが好きではないのだ。指導者としての実力を認めはすれど、やはり敵というイメージが強いのである。
ま、いいさ。それでもリドルよりかはまだマシだ。あの男の吠え面が見られるのであれば、グリンデルバルドとおてて繋いで仲良しごっこをしてやろうじゃないか。
半世紀前には考えられなかったような状況に呆れながらも、レミリア・スカーレットは細かい戦力の計算を始めるのだった。