Game of Vampire   作:のみみず@白月

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北海の戦い

 

 

「いやぁ、さすがの私もゾッとしますね、この風景は。」

 

従姉妹様に首根っこを掴まれて『空輸』されながらも、眼下を眺める紅美鈴は半笑いで呟いていた。何せ見渡す限り真っ暗な冬の海なのだ。ここに落とされたらひどく面倒なことになるだろう。寒いし。

 

一月一日になるかならないかの深夜。なんでもトカゲちゃんが各所から大量の船をイギリスに差し向けているとかで、その対処のために私も働く……というか、働かされる羽目になったのだ。せっかく暖炉の前でゴロゴロしてる予定だったのに、何とも迷惑な話ではないか。開ける予定だったお酒が泣いてるぞ。

 

まあ、うん。私にとっての本番は春節だ。その時今日の分も料理を食いまくろう。脳裏にお祝いの料理をリストアップする私へと、頭上の従姉妹様が返事を寄越してくる。若干呆れた感じの声色だ。

 

「それでも私よりかは楽しいだろうさ。視界いっぱいに広がる『流水』。吸血鬼にとっての悪夢は真昼の海だよ。……雨だったらなお悪いけどね。」

 

「晴れてるし、夜だからまだマシってことですか?」

 

「ポジティブに過ぎるぞ、その解釈は。」

 

うーむ、吸血鬼に対する最大の防御は海なわけか。だから肉料理に比べて魚料理はそんなに食べないのかな? あんまり使わなさそうな知識を増やしている私に、従姉妹様は深紅の瞳をキョロキョロさせながら口を開いた。曇り空の所為で私ですら遠くまでは見えないが、彼女にとって夜闇は苦ではないようだ。

 

「おっと、見つけたぞ。報告通りだ。」

 

従姉妹様の視線の先に目を凝らしてみると……おお、本当だ。夜の海に紛れて、明かりを完全に消している船団のシルエットが薄っすらと見えてくる。小さな船から巨大な船まで。形も大きさも多種多様なマグルの船で構成された、三十隻ほどの不揃い船団だ。

 

「グリンデルバルドさんからの報告なんですよね? あの人も前線に出てるんですか?」

 

「まさか。さすがにそこまで表立って動くわけにはいかないよ。ソヴィエト側が捕捉したって情報を回してもらっただけさ。」

 

「しっかし、よく見つけましたねぇ、あんなの。幽霊船団もかくやって雰囲気じゃないですか。」

 

私にはさっぱり分からんが、多分魔法的な隠蔽も施されているのだろう。マグルだってあれだけの船団を見逃すほどバカじゃないだろうし、島国のイギリスは特に海には敏感なはずだ。私の疑問を受けた従姉妹様は、徐々に船団に近付きながら返事を返してきた。

 

「年季が違うのさ。所詮は急拵えの紛い物。『本物』の幽霊船団の目を欺くのは無理があったわけだ。」

 

「『本物』?」

 

「見てれば分かるよ。後五分くらいすれば作戦が開始されるはずだしね。」

 

言いながら高度を下げた従姉妹様は、不揃い船団の直上に位置どると、私に向かって『お仕事』の説明を放ってくる。

 

「美鈴、キミはあの一番デカい船を沈めたまえ。私は逃げようとする小さいのを潰して回るから。……言わなくても分かると思うが、ソヴィエトの魔法使いは味方だ。殺さないように。」

 

「いいですね、あれだけデカいとやる気が出ますよ。武闘家の血が騒ぎます。……赤いローブを殺さなきゃいいんですよね?」

 

「その通り。姿くらまし妨害術はすぐに展開されるはずだから、顔を見られたらなるべく全員殺しちゃってくれ。ソヴィエトの魔法使いに見られたら……まあ、その時はその時さ。ゲラートになんとかしてもらおう。」

 

「了解です。要するに、十五年前と同じってことですね。」

 

やっぱり従姉妹様の指示は分かり易くていいな。小難しいことは考えず、赤ローブ以外は見たら殺せばいいわけだ。私が久々の戦闘にワクワクしている間にも、従姉妹様がニヤリと笑って声を上げた。

 

「おや、始まったぞ。……少し手伝おうか。ネビュラス(霧よ)。」

 

どこか愉しげな従姉妹様が取り出した杖を振るのと同時に、辺りに深い霧が立ち込め始める。その他にも海の至る場所から霧が発生しているようだ。どんどん広がる濃霧で、不揃い船団の姿が微かにしか見えなくなった頃──

 

「来るぞ、美鈴。開戦だ。」

 

まるでその声が合図だったかのように、不揃い船団の真下の水中から一斉に木造の戦列艦が飛び出してきた。……いやぁ、これは確かに壮観だな。十五隻くらいか? 派手な水飛沫を上げながらマグルの船に激突した戦列艦は、木造とは思えぬ頑丈さでいくつかの小型船をひっくり返すと、同時にその巨大な帆を広げる。銀朱に金糸で双頭の鷲が描かれた、ソヴィエト魔法議会を示す帆を。

 

「……こりゃまた、大したもんですね。」

 

「んふふ、ここからさ。」

 

空中の私たちが話している間にも、戦列艦から伸びる鉤爪の付いた太い縄が、意思を持つかのようにマグルの船の各所に巻き付き始めた。それに引っ張られるようにして戦列艦は敵船との距離を縮めると……次の瞬間、甲板から飛び出した赤い影が次々とマグルの船に乗り移っていく。飛翔術かな?

 

「切り込みですか。」

 

「古き良き接舷攻撃ってわけだ。ロマンがあるじゃないか。」

 

うーむ、この辺は二千年前から変わらんな。霧に紛れて呪文が行き交っているのを見るに、どうやらソヴィエトの魔法使いたちが敵船に乗り込んで戦闘を始めたようだ。静かな波の音だけが響いていた深夜の北海は、今や激しい戦闘音で彩られている。

 

「従姉妹様、従姉妹様、まだですか? ウズウズしてきました!」

 

ぬあぁ、辛抱堪らん! 目の前で繰り広げられる戦いに当てられてジタバタする私に、従姉妹様は苦笑しながら注意を投げかけてきた。

 

「船をぶっ壊したら分かり易い位置に移動してくれよ? 私が空から回収するから。キミだって寒中水泳をしたくはないだろう?」

 

「分かりましたから、早く早く!」

 

「はいはい。それじゃ、行っといで。」

 

言うや否や、眼下に浮かんでいる一番巨大な船に向かって放り投げられる。飛べはしないが、落下を制御するくらいなら出来るのだ。少しだけ方向を修正して巨大すぎる甲板に下り立つと……そうこなくっちゃな。甲板に置いてあるコンテナの陰から、色とりどりの閃光が大量に飛んできた。

 

「おっとっと。」

 

いくつかを両手で叩き落として、残りを避ける。緑色のやつ……死の呪文だっけか? やっぱりこれはちょっと痛いな。なるべく避けよう。赤いのはピリピリするだけだし、そんなに気にしなくてもいいはずだ。

 

「何だ、こいつは。呪文が──」

 

「えへへ、どーもどーも。」

 

蹴りで一番近くに居た男を『弾け』させつつも、近くにあったコンテナを殴りつけて別のコンテナの方へと吹っ飛ばした。いいぞ、ナイスシュート。コンテナ同士で玉突き事故になっちゃってるし、あの後ろにいたヤツらは多分潰れたはずだ。

 

「そぉ、れっと。」

 

ついでに残った近くのコンテナを掴んで、遠くに見える艦橋らしき場所に向かってぶん投げる。結構長い滞空時間の後……おー、ストライク。轟音と共に艦橋の中へとコンテナがめり込んでいった。

 

でも、あんまり意味なさそうだな。そもそも魔法で動かしてるんだろうし、お行儀良く艦橋に居るってことはないのかもしれない。……ま、いいか。どうせ沈めるんだ。どれだけ壊したって怒られはしないだろう。

 

ステューピファイ(麻痺せよ)! ステューピファイ! クソが、誰かこいつを──」

 

「どもどもー。」

 

被害に気を遣わなくて済むのは良いことだ。うんうん頷きながら数人を『処理』したところで、ふと根本的な疑問が鎌首をもたげる。この船、どうやって沈めようか? 全長でいったら三百メートルくらいは余裕でありそうだし、これだけデカいとなると結構苦労しそうだぞ。

 

んー……よし、船底に穴を空けてみよう。仕組みに関してはよく知らんが、穴を空けまくればどんな船でも沈むはずだ。ちょっと前にイギリスの豪華客船もそれで沈んだはずだし。……あれ、違ったっけ?

 

まあいいや、思い付いたら即実行。船底に向かうため甲板に穴を空けて、そこにひょいっと飛び込んでみると……わぁお。微かに燃料の臭いがするだだっ広い空間に、懐かしの巨人族たちがうじゃうじゃと突っ立っているのが見えてきた。まんま『密入国中』って感じだな。これに比べれば三等客室だって天国だろう。

 

「お邪魔しますねー。」

 

十、十五、二十……くらいかな? とにかく『たくさん』だ。急に落ちてきた私を一斉に見た巨人たちは、目をパチクリさせて一瞬沈黙すると、次の瞬間には荒々しい雄叫びを上げながらこっちに突っ込んで来る。いいぞ、少しは楽しめそうじゃないか。

 

「それじゃ、やりましょうか。」

 

やっとまともな戦いが出来そうだ。にへらと笑って全身に気力を漲らせながら、紅美鈴はこれを『楽しんだ』後に船を沈めようと決意するのだった。

 

 

─────

 

 

「やあ、良い夜だね。」

 

その巨大な肩に足を乗せて、よいしょと巨人の頭を『引き抜き』ながら、アンネリーゼ・バートリは目の前の赤ローブへと挨拶を放っていた。失礼なヤツだな。助けてやったっていうのに、どうしてバケモノを見る目になってるんだ。

 

北海での戦闘が始まってからそれなりに時間が経過している今、戦況は優勢から劣勢、そして再び優勢に戻りつつある。最初の優勢は奇襲によるアドバンテージ、次の劣勢は巨人と吸魂鬼の出現による混乱、そして今の優勢は立て直したソヴィエト側の攻勢によるものだ。

 

今なお空には無数の吸魂鬼が飛び回っているが、それぞれの船の周りを囲む守護霊たちによって近付けていないし、想定外だった各船の巨人どもは私が頑張って減らしまくったお陰で少なくなってきた。……感謝しろよな。こんなに疲れたのは久々だぞ。

 

そんな中、中型のマグルの船の甲板で、指揮を執っているらしき赤ローブが襲われているのを見て助けに入ってやったのだ。赤ローブはゴトリと地面に落ちた巨大な頭を引きつった表情で見つめた後、杖を下ろして私に声を放ってきた。かなり訛りがあるが、きちんと英語で。

 

「……救援、感謝する。イギリスの吸血鬼か?」

 

「如何にも、その通りさ。それにまあ、感謝は不要だよ。キミたちはイギリスのために戦ってくれてるわけだしね。」

 

「我々は祖国の命令を遂行しているだけだ。イギリスのためではない。他の巨人も君……貴女が?」

 

「目立つのはあらかた片付けたけどね。多分まだ居ると思うよ。気をつけたまえ。」

 

結構な量を『積んでた』みたいだしな。向こうで数隻の戦列艦に引っ張られて転覆させられているマグルの大型船を眺めながら言ってやると、赤ローブは小さく頷いてから口を開く。

 

「だが、もう抵抗は少ないだろう。小型、中型の船は殆ど制圧し終わった。残るはあの……巨大な船だけだ。」

 

言いながら赤ローブが指差したのは、開戦時に美鈴を投下したタンカー船だ。甲板で激しく呪文の閃光が行き交っているのを見るに、あの場所が戦場の中心になっているらしい。お空の吸魂鬼どももうじゃうじゃと群がってるし。

 

「あー……多分、あの船はそろそろ沈むんじゃないかな。部下を退避させた方がいいと思うよ。」

 

「沈む……? それは──」

 

と、赤ローブが何かを聞こうとしてきた瞬間、金属が軋む轟音と共にタンカーが……ありゃまあ、折れちゃったみたいだな。船首と船尾が徐々に持ち上がり、中央の方が沈んでいくのが見えてくる。何をどうしたらそうなるんだよ。

 

「……なるほど、確かに退がらせた方が良さそうだ。」

 

「そのようだね。私も知り合いを回収に行ってくるよ。」

 

美鈴のやつ、派手にやるじゃないか。あれをへし折るってのはさすがに予想外だったぞ。若干呆れながら夜空へ飛び立とうとする私に、赤ローブが思い出したように言葉を放ってきた。

 

「待て。……既に我らが議会からイギリス政府に連絡が入っているはずだが、我々の網をかいくぐってイギリスへと落ち延びた船は多いぞ。貴女が戦力として期待されているのであれば、すぐにでもイギリスに戻った方がいい。」

 

「おや、やけに親切じゃないか。忠告感謝するよ。」

 

「『今は』協力体制にあるのだ。情報の出し惜しみはしない。」

 

今は、ね。背中越しに手をヒラヒラと振りながら夜空へと浮かび上がり、一息吐いてからタンカーの方へと飛行する。……やっぱり空に戻ると安心するな。船は好かん。こんなもん吸血鬼の乗り物じゃないぞ。

 

忌々しい海から離れるように高度を取って、ゆっくりゆっくり沈没し始めたタンカーの周りをぐるぐる回っていると……おっと、居たな。今や斜めになってしまった船首の先で、タンカーを沈没させた極悪妖怪が手を振っているのが見えてきた。

 

「やあ、美鈴。やったじゃないか。勲一等だぞ。」

 

服が多少破れているが、別段怪我した様子はないな。当たり前か。かなり楽しそうな笑顔になっている美鈴に近付いて話しかけてみると、彼女は軽やかに跳んで私の手を取りながら返事を返してくる。

 

「いやぁ、久々に良い運動が出来ましたよ。……でも、やっぱりちょっと鈍ってましたね。思ったより時間が掛かっちゃいました。」

 

「なぁに、これからいくらでも機会はあるさ。この様子を見るに、巨人の殆どはリドルに付いたみたいだしね。」

 

ハグリッドやマクシームの頑張りは功を奏さなかったわけか。……まあ、そりゃそうだ。こと巨人に関しては、どう頑張ったってこの結果になるのは目に見えていたのだから。交渉するには少々野蛮すぎる生き物だぞ、あいつらは。

 

然もありなんと頷く私に、美鈴が嬉しそうな表情で話しかけてきた。

 

「いやー、幻想郷に行く前の良い鍛錬になります。……ただ、ちょっと動きにキレが無いのが不満点ですけどね。武闘家の巨人とかっていないんでしょうか?」

 

「『ぶん殴ってダメなら、より強い力でぶん殴る』って種族だからね。脳みそを使った戦い方を期待するのは無駄だと思うよ。」

 

「変な話ですよねぇ。私たちより頭が大きいんだから、脳みそも大きいはずなのに。……不思議です。」

 

「単純な大きさじゃなくて、体重に対しての比率が重要らしいよ。……まあ、詳しいことはどうでも良いさ。重要なのは、巨人がおバカさんだって事実だけだ。」

 

巨人ってのは、トロールより少しだけ頭が良い程度の種族なのだ。つまり、超バカなのである。……別に差別するつもりはないが、こればっかりは厳然たる事実なのだからどうしようもあるまい。

 

だが、それ故に厄介な敵でもある。連中がマグルに対しての隠蔽なんぞに気を遣うはずなどないし、デカい分露見の危険性も増えるだろう。その辺は吸魂鬼の方がまだマシだな。向こうは霧にしか見えないわけだし。

 

何にせよ、巨人を運搬しているのが分かった以上、なるべく多くを北海の藻屑にしてやらねばなるまい。イギリスに入った後では面倒なことになるのだ。

 

「それじゃ、一旦レミィの所に戻ろうか。他の船が何処に居るのかはさっぱりだし、いくらかの船はもうイギリスに上陸してるはずだ。次はそっちの対処になるかもね。……それに、海なんかに長居するのは御免だよ。」

 

「ま、そうですねぇ。もっと揺れる船の上なら楽しいかもですけど、マグルの船は全然揺れないんですもん。これじゃあ船上で戦ってる意味ないですよ。」

 

戦闘バカめ。見当違いなことを言う美鈴をジト目で眺めつつ、アンネリーゼ・バートリは懐から杖を取り出すのだった。

 


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