Game of Vampire   作:のみみず

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埠頭の戦い

 

 

「何だってこんな日にこういうことをするのかしらね。」

 

漆黒に染まる深夜の北海を眺めながら、アリス・マーガトロイドはうんざりしたように呟いていた。死喰い人は新年のお祝いもしないのか? ……まあ、しないか。全然イメージ出来ないし。

 

今日は十二月三十一日……じゃなくて、もう零時を過ぎたから一月一日。つまりは1996年が始まった直後である。魔法使いもマグルもみんな揃って今年一年の始まりを祝っている中、私たちはノリッジ北東の小さな港町でひたすら海を眺めているわけだ。海風で滅茶苦茶寒いし、長い人生でも最悪の年始だぞ。

 

闇祓い、魔法警察、そして魔法戦士たち。家族の団欒を放ってまで私たちが小さな埠頭に集まった理由はただ一つ。死喰い人たちが船で北海を渡ってくるという情報を掴んだからである。

 

なんでも複数の情報源から、今日いくつかの港に死喰い人を載せた船が到着する『可能性がある』との報告が上がってきたそうだ。ここ数日は慌ただしかったので詳細は聞けていないが、かなり大規模な作戦が展開しているらしい。

 

アメリアは身内のスパイを警戒しているようで、現場の魔法使いが握っている情報にも差があるのだが……まあ、詳しい話は事が終わった後にでもゆっくり聞けばいいだろう。レミリアさんは少ない準備期間の所為で忙殺されているし、リーゼ様もグリンデルバルド側の動向を確かめるために動いている。今は私の疑問に時間を割いてもらうべきではあるまい。

 

それに、ある程度の予想は出来ているのだ。リドルがわざわざ船で輸送するということは、そうでもしないと運びきれない『積荷』があるということなのだろう。それだけで厄介な臭いがプンプンするぞ。

 

マグルの倉庫らしき建物の陰に隠れながら海を見張る私に、隣のガウェイン・ロバーズが話しかけてきた。レミリアさん、スクリムジョール、ムーディなんかはそれぞれ別の港に向かったので、この場所の責任者は彼ということになっている。

 

「……来ませんね。小さな港ですし、やはりここはガセだったんでしょうか?」

 

「まだ分からないわよ。年明けを選ぶって時点で充分意表を突いてきてるんだから、どんな場所を選んだって不思議じゃないわ。」

 

「本当に余計なことをしてくれますよ。……今日仕事があると伝えたら、妻に怒られてしまいまして。こんな日まで妻子を放っておくなんて何事だ、ってな具合に。さすがに反論出来ませんでした。」

 

「家庭持ちの苦労ってわけね。ご機嫌取りの方法を今から考えておいた方がいいわよ。帰った後で絶対に必要になるわ。」

 

きっと心配の裏返しなのだろう。苦笑しながら言ってやると、ロバーズは情けなさそうな顔で返事を返してきた。

 

「いや、その通りですね。妻には新しいローブでも贈ってやらないと。息子には……マーガトロイドさんはどう思いますか? 恥ずかしいことに、息子に何を贈ったらいいのかがさっぱりでして。」

 

「確か、まだ三歳なのよね? ……うーん、それならやっぱりオモチャとかじゃない? 女の子なら分かるんだけど、男の子だと私も分からないわ。」

 

「オモチャですか。……参りましたね、全然良さそうなのが思い付きません。」

 

「いっそ悪戯専門店にでも連れて行ってあげなさいよ。男の子ならあの店は大好きでしょう?」

 

そこで『偽杖』だの『増殖癇癪玉』だのを買ってやれば万事解決のはずだ。……いやまあ、奥さんには怒られるかもしれないが。家中の物がふわふわ浮きまくったり、あらゆる場所に癇癪玉が転がったりしているのは嬉しい光景ではあるまい。

 

しかしロバーズはそこまで考えが及ばなかったようで、嬉しそうな笑顔で首肯を寄越してくる。……後で文句を言わないでくれよ?

 

「そうですね、そうしましょう。このところ忙しくて構ってやれませんでしたし、次の休みにでも家族を連れて──」

 

「ガウェイン、アリスさん!」

 

話の途中、急に割り込んできたのは……トンクス? 後方を見張っていたはずのニンファドーラ・トンクスだ。常になく真剣な表情を浮かべている彼女は、私たちに向かって口早に報告を放ってきた。

 

「向こうに誰かが姿あらわししてきたよ。黒ローブで、マグル避けの呪文を使ってた。プラウドフットが報告に行けって。」

 

「一人か?」

 

「ううん、三人。今はとりあえず隠れて監視してる。……どうすればいい?」

 

「……どう思います? マーガトロイドさん。」

 

いやいや、責任者はそっちだろうに。偵察用の人形を一体差し向けながら、こちらを見つめてくる熟練と新人の闇祓い二人に答えを返す。

 

「泳がせましょう。多分、港の安全を確認しにきた偵察役よ。今確保すれば怪しまれて引き返される可能性があるわ。……それと、指揮所のアメリアに報告すべきね。」

 

「なら、私がやるよ。」

 

言うや否や耳の長い兎の守護霊に伝言を託すトンクスを右目で見つつ、左目を人形の視界に繋げて確認してみれば……うーむ、分かり易い。どう見ても『私は闇の魔法使いです』という黒ローブ三人組が、港にマグル避けの呪文をかけまくっているのが見えてきた。

 

まあ、当然私たちも事前にかけているから無意味なわけだが……参ったな。この分だと一波乱ありそうだぞ。かじかんだ手を摩りつつ、肩を竦めてロバーズに向かって言葉を送る。

 

「どうやら『当たり』を引いたみたいよ、ロバーズ。今年はツキがありそうね。」

 

「全然嬉しくありませんけどね。……トンクス、全員に見つからないよう警戒しろと伝えてくれ。」

 

「オッケー、行ってくる。」

 

さて、どうしようか。足音を消して指示を伝えに行ったトンクスを見送りながら、杖を片手に思考を回す。ここに居る戦力は闇祓い四人と魔法警察八人、それに魔法戦士が五人。一応それなりの規模にはなっているが、小さな港ということで熟練は私とロバーズだけしか配置されなかったのだ。

 

問題は他の港がどうなっているかだな。動きがあったのがここだけなら、魔法省で指揮を執っているアメリアがすぐさま増援を割り振って──

 

「マーガトロイドさん、船です。」

 

おっと、考え込んでる場合じゃないようだ。ロバーズの緊張した声で思考を切り上げて、海の方へと視線を戻してみれば……明らかに魔法使いが動かしている船が夜闇の向こうに薄っすらと見えてきた。どう考えても静かすぎるし、速すぎる。魔法で動かしているのは間違いあるまい。

 

っていうか、思ってたよりも大きいぞ。船には全然詳しくないが、ロンドンで見た水上バスとは比較にならないほどの大きさだ。明らかに貨物とかを載せるやつじゃないか。……恐らくマグルから拿捕したのだろう。どこまでも迷惑な連中だな。

 

呆れた気分で近付いてくる船を眺めていると、顔を引きつらせたロバーズがポツリと呟いた。

 

「ちょっと……大きすぎませんか? 想像してたのとサイズが違うんですが。もっと『可愛らしい』やつかと思ってました。」

 

「私もよ。……小さいなら沖で沈めてやろうかとも思ってたんだけど、あれはさすがに無理そうね。」

 

私たちが話している間にも、船はどんどん埠頭に……ちょっと待った、全然減速しないぞ。いくら魔法で制御しているとはいえ、慣性は万物に適用されるはずだ。それなのにあの場所であの速度ってことは──

 

「ロバーズ、部隊を退がらせなさい! 突っ込んでくるわよ!」

 

なんてことを考えるんだ、あの連中は! 素早く杖を振って、少しでも勢いを殺すために埠頭の地面を次々にめくれ上がらせる。無音な上に速いとなれば、情報が行き渡る前にこの場所に突っ込んでくる可能性があるのだ。そうなれば隠れている味方は船の下敷きになってしまうだろう。である以上、もはや隠密云々などとは言ってられない。

 

同時にロバーズが杖を振って、空高く後退を意味する青い煙を上げた。これで私たちが居ることは完全にバレたわけだ。待ち伏せのメリットが消えてしまったな。

 

「マーガトロイドさん! 姿くらましを!」

 

「ギリギリにやるから、貴方は先に行きなさい!」

 

姿くらましが出来ないようなヤツはさすがにいないはずだが、合図を確認するまでにタイムラグがある可能性は捨て切れないのだ。だから少しでも時間を……ああもう、煙を見て船が加速したぞ! 死喰い人なんて大っ嫌いだ!

 

物凄い速度で埠頭に近付いてきた貨物船は、そのまま轟音と共にコンクリートの地面に乗り上げると、私の作った障害を易々と破壊しながらこちらに突っ込んでくる。これはまた、大迫力だな。ずっと昔に見たマグルの怪獣映画みたいだ。

 

「アレスト・モメンタム!」

 

ダメ元でありったけの魔力を注いだ停止呪文を撃ち込んでから、短距離の姿くらましで少し離れた倉庫の屋根に移動してみると……そりゃそうだ。止まるはずがない。私の停止呪文などささやかな抵抗にすらならず、立ち並ぶ倉庫に巨大な貨物船が突っ込んでいる光景が見えてきた。この瞬間、魔法事故リセット部隊の正月休みは消滅したわけだ。

 

というか、船の方も完全に横転しているぞ。地面に擦れた部分は酷くひしゃげているし、乗員が無事なイメージはまったく伝わってこない。……イカれてるな。一体全体何を考えているんだ?

 

現実離れした大災害の光景に少しだけ呆然とした後、気を取り直して周囲を見回す。少し離れた屋根に闇祓いのプラウドフットたちが、向こうの地面にも四人、それに……おいおい、戦闘が起きてるのか? 船体から炎を上げ始めた貨物船の向こう側で、閃光の光が行き交っているのが微かに見えてきた。

 

「プラウドフット! 貴方は散らばった味方を纏めなさい! 私は向こうの応援に行くわ!」

 

「は、はい! 回収したら我々もそちらに向かいます!」

 

大声でプラウドフットに指示を出してから、再び姿あらわしで反対側の倉庫の屋根に移動する。そのまま下を覗き込んでみると……どうやらロバーズ率いる四人の味方が、同数の死喰い人とやり合っているらしい。避難してきたところでバッタリ出くわしたか?

 

まあ、何にせよ容赦する理由などない。こっそり七体の人形を向かわせて、後ろから一気に襲いかからせた。

 

インペディメンタ(妨害せよ)! ……闇祓いを先に狙え! 真ん中の──』

 

『ヒュブナー? どうした? ……気を付けろ、人形使いだ! 人形使いがっ、やめっ……やめろ! 誰かたす、助け……。』

 

イタリア語で何か指示を出していたヤツを上海が棍棒でぶん殴って昏倒させたのを皮切りに、残りの人形たちも素早い動きで三人の死喰い人たちをボコボコに殴りつけていく。……うんうん、いいぞ。有言呪文は単純に口の辺りを殴ることで妨害し、無言呪文は殴りまくって集中を切らすことで対処するわけだ。要するに、とにかく気絶するまで殴り続けるのである。

 

単純だが、これが結構有効なのだ。ふわりと地面に下り立って『正常』に動作していることに頷いていると、杖を下ろしたロバーズが呆れた表情で突っ込みを入れてきた。

 

「……そういうことをするから『悪名』が広まるんじゃないですかね。こいつらどう見てもイギリス人じゃありませんけど、それでも貴女の名前を知ってたみたいですよ?」

 

「うーん、有名人になっちゃったみたいね。良い気分だわ。……顔にサインでもしてあげようかしら?」

 

「泣いて喜びますよ、きっと。……しかし、他には居ないんですかね? 四人だけであの規模の船を動かせるとは思えないんですが。」

 

「横転の直前に向こうも短距離の姿くらましで移動して、こいつらは運悪く貴方たちと同じ場所に出てきちゃったんでしょう。多分他にも……先に行くわ! 人を纏めてから来なさい!」

 

話している途中、今度は横転した貨物船の船首の方で闇の印が上がる。即座に姿あらわしで移動してみれば、十人近い黒ローブたちが一斉に姿くらましを……おや、見知った顔が残っているじゃないか。細身の長身にストライプのスーツ、気取った雰囲気のシルクハットと老獪さを感じさせるキツネのような顔。脱獄したリドルの腹心、エバン・ロジエールだ。

 

「……久しぶりね、ロジエール。アズカバンで死んでてくれなくて残念だわ。」

 

「これはこれは、人形使い。お変わりないようで何よりだ。期待に添えず済まないな。……ところで、あの忌々しいイカれ男は一緒ではないのか? 新年の挨拶をしておきたかったんだが。」

 

言いながらロジエールは杖を振って、施していた複雑な呪文を完成させた。……姿くらまし妨害術か? いい度胸じゃないか。これで誰も援護に来れないし、私もロジエールも逃げられなくなったわけだ。一対一なら負ける気はしないぞ。

 

「心配しなくても後で会えるわよ。……魔法省の拘留室でね!」

 

返事と共に、解き放った七体の人形を襲いかからせる。対するロジエールはそれを予測していたかのように素早く杖を動かすと、巨大な船の残骸をいくつかこちらに飛ばしてきた。当然、人形にも当たる軌道でだ。

 

「あまり侮らないで欲しいな、人形使い! お前の戦い方は十五年前に何度も見た! 同じ手が何度も通用すると思うのか?」

 

「思うわ。」

 

四体で飛んできた残骸を叩き落とし、三体をそのまま向かわせて、私自身は杖を振って失神の無言呪文を飛ばす。……そっちがアズカバンで何をしていたのかは知らないが、こっちは十五年間で研究を進めていたのだ。昔の私とは違うぞ。

 

「相も変わらず、面倒な……デューロ(固まれ)!」

 

人形の動きを見たロジエールは船から上がる黒煙を操ると、蛇のように自身の周囲に巻きつかせてから、それを固めて真っ黒な壁を作り出した。……ふん、構うもんか。壁ごとぶっ飛ばしてやる。

 

「エクスパルソ!」

 

私の破砕呪文で真っ黒な壁が砕け散ると同時に、三体の棍棒を持った人形がロジエールに襲いかかるが……ロジエールはひたすら船の方に後退しながら次々と黒煙の壁を作り上げていく。

 

「逃げの一手ってわけ? エクスパルソ!」

 

「いや、違う。私とて自分の実力くらいは把握しているさ。故に、端からお前に勝てるとは思っていない。今宵、お前の相手をするのは……『彼』だ。」

 

黒煙の中からロジエールの勝ち誇るような声が聞こえてきた瞬間、真っ黒な壁が向こう側からぶち破られて……嘘だろう? 凄まじい大きさの巨人が飛び出してきた。口からはダラダラと涎を垂らし、獰猛な両の黒い瞳でハッキリと私を睨み付けている。船で運んでいたのは『これ』か!

 

「ガスター、その女を殺せ! 帝王への忠義を示すのだ!」

 

ロジエールの言葉を受けて、八メートルほどの巨人は……勘弁してくれよ。大きな雄叫びを上げながら私の方へと突っ込んできた。両腕をブンブン振り回している姿からは『知性』というものを感じられないが、ここまで大きいとそんなもん関係なさそうだ。

 

巨人が雄叫びを上げて突っ込んでくるという状況に一瞬身が竦むが……ええい、動け、アリス! 迷えば死ぬぞ! とりあえず最も付き合いの長い二体の人形を使って、遥か高みにある顔を思いっきりぶん殴ってやる。

 

「上海、蓬莱! フューモス(煙よ)!」

 

正に小人と巨人だな。巨人と比べると指人形みたいな二体が棍棒で顔を殴るのと同時に、白い煙幕を張ってから全力で横に走り出す。煙幕の隙間からロジエールが飛翔術で飛び去るのが見えるが、さすがに構っている余裕などない。私は火急の『巨大な』問題を抱えているのだ。

 

響く足音が近付いてきた瞬間、思いっきり地を蹴って横に飛ぶ。地面に倒れ込みながら後ろを振り返ってみると、さっきまで私の居た場所を巨人が踏み付けているのが見えてきた。おいおい、コンクリートが深々と凹んでるぞ。

 

ヤバい、ヤバい、どうしよう。巨人は魔法力への抵抗があるし、普通に失神呪文なんか撃っても効かないはずだ。人形の打撃だって蚊に刺されるようなもんだろう。リーゼ様や美鈴さんはこんな生き物を『殺しまくった』のか? 滅茶苦茶だぞ、そんなもん!

 

あの二人の理不尽さを改めて実感しつつ、近くにあった瓦礫を浮かせて形成して……即席の巨大な槍にして打ち込んでみる。パチュリーならともかくとして、私の魔法力じゃ抵抗されるのが目に見えているのだ。ならば、力押しではなく細やかさで勝負するしかない。

 

「……オパグノ(襲え)!」

 

かくして煙幕の中で『獲物』を探す巨人へと、私の作り出した二本の二メートルほどの金属の槍が激突するが……うわぁ、凄いな。表皮が硬すぎたのか、筋繊維が強靭すぎたのか。何にせよかなり浅くしか刺さらなかったようだ。あれじゃあ爪楊枝が刺さったようなもんだろう。

 

それでも僅かな苦悶の声を上げた巨人は、浅く刺さった槍を引き抜くと……それを両手に構えながら、憤怒の形相で私に向かって襲いかかってきた。怒らせただけじゃないか! 私のバカ!

 

グリセオ(滑れ)!」

 

それならこうだ。今度は突っ込んでくる巨人の足元をツルツルにしてやれば、足を滑らせた巨人は轟音と共に思いっきり倒れ込む。呪文の肝は使い用。我ながらバカみたいなことをやっている自覚はあるが、こっちは命が懸かっているのだ。なりふり構っていられるか!

 

そのまま次は周囲の瓦礫を大量の鎖に変身させてから、杖を仕舞ってありったけの人形を取り出す。十五……いや、単純な作業だから二十はいけるはずだ。二十体の人形にそれぞれ鎖を持たせて、槍を杖のようにしてなんとか立ち上がっている巨人の方へと向かわせた。

 

つまり、リリパットたちに倣おうというわけだ。鎖を持った人形たちがぐるぐると巨人の周囲を回り始めると、無数の鎖がその巨体に巻き付いていく。いくらかは引き千切られているが……ええい、質より量だ! 構わずどんどん巻き付ける。

 

やがて昔見たガリバー旅行記の挿絵そっくりになった巨人は、唸り声を上げながら再び地面に倒れ込んだ。……うん、一応もうちょっと巻いておこう。当然、口にもだ。唸り声が怖いし。

 

「……ご苦労様。」

 

かなり念入りに拘束した後で、人形たちを回収して一息つく。今や巨人はなんだか分からん鎖の塊になってしまった。これ、どうすればいいのかな? 鎖の方なら浮遊魔法も効くだろうし、どこかに運ぶことは出来るだろうが……まさか巨人も拘留室に入れるのか?

 

まあ、その辺は後でいいか。巨人に対する対処法なんか知らないし、ロバーズにでも……ちょっと待て、ロバーズたちはどうして来ないんだ? 姿あらわしが無理だとしても、飛翔術は使えるはずだぞ。

 

脳裏に疑問が浮かんだ瞬間、杖を振って飛翔術を使う。来ないのではなく、『来れない』のだとしたら? そも巨人一体を運ぶにしては船が大きすぎる。他にも居る可能性があるぞ。

 

飛翔術独特の揺らめくような感覚を感じながら、一気に空高く上がってみれば……三体か。各所で三体の巨人と戦っている味方たちが見えてきた。『小柄』な五メートルほどのヤツにはそれぞれプラウドフット率いる魔法警察とトンクス率いる魔法戦士たちが、そして残る七メートルほどのヤツにはロバーズたちが……マズいな。あそこだけ明らかに押されている。援護に入るべきだろう。

 

行き先を決めた私がそちらにたどり着く直前に……ロバーズ! 味方を庇って巨人に吹っ飛ばされたロバーズが、真っ暗な海に落ちていくのが見えてしまった。

 

デプリモ(沈め)! ……インカーセラス(縛れ)!」

 

巨人の足元を沈めてよろめかせつつ、救出のために海の方へと人形を三体飛ばす。そのまま地面に下り立って、散乱する壊れた倉庫の壁を鎖に変えて巨人の首に巻きつけた。私は学習する魔女なのだ。二度目はさっくり終わらせてもらうぞ。

 

「同じようにやりなさい!」

 

周囲の味方に呼びかけてから、片方が巨人に巻き付いた鎖のもう片方を転がっていたコンテナに巻き付けて、杖を振ってそれを海へと放り投げる。味方たちも何をしたいのかに気付いたのだろう。同じように鎖を巨人の首に巻き付けて、それに『重し』をくっ付けて海に投げ込み始めた。

 

抵抗してその場に留まれば首の鎖で窒息、我慢できずに海に落ちれば溺死。果たして巨人は後者を選んだ……というか選ばされたようで、ズリズリと海の方に引き摺られていくと、最後は縋るように手を伸ばしてから水飛沫を上げて夜の海に消えていった。

 

それよりロバーズだ。踵を返して人形が救出したロバーズの下へと向かうと、魔法戦士の一人が血の混じった水を吐き出させているのが見えてくる。

 

「ロバーズは無事?」

 

「無事じゃないが、生きてる。……どうすればいい? 癒しの呪文を──」

 

「ダメよ。ひょっとしたら折れた骨が内臓に刺さってるかもしれないわ。変に癒すと却って悪化しかねないわよ。」

 

単純な切り傷とかなら癒しの呪文やパチュリーの薬でどうにでもなるが、骨が変に生えちゃったり、刺さったままで傷が再生しちゃうってのはいただけない。そうなってくると癒者に任せるしかないのだ。

 

「だが、姿くらましは出来ないぞ。」

 

「こうすればいいでしょ。……ポータス。」

 

その辺に転がっていた瓦礫の一つを聖マンゴへのポートキーにして、魔法戦士にひょいと渡す。妨害術を解呪する時間すら惜しいのだ。無許可のポートキーの製作は完全に違法行為だが、今は申請云々を気にしていられるような状況ではない。さすがにアメリアだって許してくれるだろう。

 

「ロバーズは任せるわよ。」

 

「ああ、確かに任された。」

 

ロバーズを抱きながらポートキーに巻き込まれるように消えて行く魔法戦士に一声かけた後、今度は残る二組の援護に向かおうとすると……その前に飛翔術で誰かが飛んで来るのが見えてきた。

 

「マーガトロイドさん! こっちは片付いたよ。プラウドフットの方も巨人を地面に『沈めて』たからもう大丈夫だと思う。……ガウェインは?」

 

トンクスか。地面に下り立った彼女の報告を聞いて、とりあえずはホッと一息入れる。巨人がマグルの町まで行ってしまったら悪夢なのだ。死喰い人は殆ど取り逃してしまったが、何とか歯止めをかけられたということだろう。

 

「少し傷を負ったから、聖マンゴに運んだわ。……それより、一応残りが居ないかをチェックしておいて頂戴。私は姿くらまし妨害術を解呪するから。」

 

「傷を? 大丈夫なの?」

 

「あの感じなら大丈夫よ。聖マンゴの癒者は優秀だもの。」

 

今回の作戦開始前に、アメリアが聖マンゴにも連絡を入れていたはずだ。癒者たちも己の戦場で戦ってくれているのだろう。今はそれを信じるしかない。

 

私の頷きを受けたトンクスは、それでも少しだけ心配そうに言葉を放ってきた。

 

「うん……でもさ、ボーンズ大臣が増援を寄越さなかったってことは、他の場所も戦いになってるってことだよね?」

 

「恐らく、そうね。だからさっさとこの場所を片付けて、他の場所の援護に向かう必要があるわ。」

 

「わ、分かったよ。プラウドフットにも言ってくるね。」

 

慌てたように言ってから再び飛翔術で飛んで行ったトンクスを背に、杖を複雑に振って姿くらまし妨害術の解呪を始める。……トンクスにはなるべく冷静に伝えたが、私も他の場所が気になって仕方がないのだ。

 

確証は無いが、アメリアはこの場所に私が居るから増援も連絡も寄越してこないのだろう。……別に自己評価を高くしているわけではなく、十五年前に共に戦った信頼からの推測だ。有事なればこそ、なんとなく何を考えているかが分かるのである。

 

つまり、あの有能な魔女が私に戦場を放り投げるほどの事態になっているということだ。……急いだほうが良さそうだな。私たちが守っているのは正に水際。ここを越えられたらひどく面倒な事態になるぞ。

 

全速力で姿くらまし妨害術を解きつつも、アリス・マーガトロイドは自身の中の焦りを感じるのだった。

 


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