Game of Vampire   作:のみみず@白月

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彼女はサイコロを振らない

 

 

「げ。……お前と一緒かよ。」

 

目の前で私と同じ顔をするマルフォイを見ながら、霧雨魔理沙は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。運が悪いぜ。こんなことならリーゼとハリーの特訓の方に参加すべきだったな。

 

二月初頭。いつもの長テーブルが片付けられた夕食前の大広間では、生徒たちがガヤガヤと騒ぎながら貼り出されている名簿を見て、それぞれのグループへと分かれ始めている。今月最初の『防衛術クラブ』が始まったのだ。

 

月毎にグループのメンバーが変わるため、彼方此方でぎこちない挨拶が交わされているが……どうやら今回はマルフォイと同じグループらしい。ぎこちないどころじゃないぞ、こんなもん。

 

直接話したことこそ殆ど無いとはいえ、ハリー経由で『悪評』を腐るほど聞かされているのだ。お互いに苦い表情で暫し睨み合ったところで、先に立ち直ったマルフォイが文句を放ってきた。

 

「上級生に対して随分な挨拶だな、キリシャメ。防衛術の前に礼儀を学ぶべきじゃないか? これだからグリフィンドールは嫌いなんだ。」

 

「ああ、そうかもな。そしてお前は発音を学ぶべきだと思うぜ、マルフォイ。……キリサメだ。キ、リ、サ、メ。」

 

「そう言ってるだろう? キリシャメ。」

 

「だから、サだっつうの! サ! チャでもないし、シャでもない。サだ! きっちり区切るんだよ!」

 

何でイギリス人ってのはこんな簡単な発音が出来ないんだ? 苛々しながら言ってやると、マルフォイは多少勢いに押されたように頷いてくる。

 

「キリ……サメ? これで満足か?」

 

「ああ、満足だ、マリュフォイ。」

 

「マルフォイだ。マル、フォイ。」

 

「そら見ろ、バカバカしいだろ? お前はさっきこれをやってたんだよ。」

 

私の言葉を聞いて、マルフォイは途端に嫌そうな表情で黙り込んでしまう。分かっていただけたようでなによりだ。……今度ロンにも同じ方法で伝えてみるか。未だにスペルを間違う時があるし。

 

私がマルフォイと至極どうでも良いやり取りを繰り広げている間にも、今月のメンバーは集まりきったようだ。計十二人。仕切るのは……レイブンクローの七年生みたいだな。ちょっとぽっちゃりした青年で、細身のメガネの奥に怜悧な瞳が透けて見えている。

 

「揃ったようだね。僕は七年生の、イジドア・シャフィクだ。このグループで最上級生は僕だけらしいから、今月は僕がグループを動かさせてもらう。」

 

ふむ。胸に光るバッジを見る限り、シャフィクは監督生のようだ。彼は残る十一人それぞれに名前と、今取り組んでいる呪文の内容を発表させた後……少し考え込んだかと思えば、手早く四人組と二人組に分け始めた。先月のグループよりも進みが早いな。

 

「──だから、ミス・ワイアットとミスター・ノースブルックがペアだ。きちんと指導してあげるように。後は……ミスター・マルフォイ、君はミス・キリサメとペアを組みたまえ。彼女はかなり進んでいるようだし、君にとっても良い練習になるはずだ。」

 

「……シャフィク、僕にこの小娘とペアを組めって言うのか? まさか本気で言っているんじゃないだろう? シャフィク家の君なら──」

 

おうおう、こっちだって嫌だぜ。マルフォイが文句を言い募ろうとしたところで、シャフィクがゆるりと手を上げてそれを遮った。何故だか知らんが、ひどく冷たい表情だ。なんか因縁があるのか?

 

「ミスター・マルフォイ。最初に言っておくが、僕はあの愚かな父とは違う。シャフィクの家名は僕にとっての恥だ。叶うなら今すぐにでも捨てたいほどにね。……そして、このペア分けに恣意的な要素は一切ない。ミス・キリサメは新しい呪文を学べるし、君はフクロウ試験に向けての良い復習になる。だから選んだ。それだけの話だよ。」

 

「……血を裏切るのか? シャフィク。君だって聖28一族の一員だろう?」

 

「血に大した意味などないし、『聖28一族』なんてものは作られた看板に過ぎないよ。君たちはそれに気付いていないだけだ。……願わくば、早く君も気付いてくれることを祈っておこう。」

 

静かな哀れみを感じる口調で言い切ったシャフィクは、スタスタと自分の担当の一年生の方へと歩いて行ってしまう。……今気付いたが、私はあいつを知ってるぞ。学期の初めにハリーに声をかけてきたヤツだ。

 

そして、残されたマルフォイは何故か悔しそうな表情を浮かべている。憎んでいるようで、どこか羨んでいるような。なんとも不思議な表情だ。……おいおい、この空気で呪文の練習かよ。うんざりするな。

 

「あー……マルフォイ? どうするんだよ。帰るのか? それなら私は別の組に入れてもらうけど。」

 

「……何を練習するんだ?」

 

「やるのかよ。……ま、いいけどさ。腕縛りだ。」

 

杖を取り出しながら言ってやると、マルフォイは少し驚いたように返事を返してきた。どうやら私の自己紹介は一切聞いていなかったらしい。

 

「腕縛り? ……それは五年生の内容だぞ。お前は三年生のはずだ。」

 

「自己鍛錬してるからな。あんまり使わなさそうなのは歯抜けになってるけど、基本的にはその辺まで進んでんだよ。」

 

厳密に言えば、もっと滅茶苦茶な進行具合だが。……リーゼもノーレッジも、難易度ではなく有用かそうでないかで習得すべき呪文を決めているようで、私が使える杖魔法はかなり偏ってしまっているのだ。

 

強くなってる実感はあるが、成績に直結しないのがやや悲しい部分だな。その辺は自分で勉強して乗り切らねばなるまい。内心でため息を吐く私に、マルフォイは小さく頷きながら返事を寄越してくる。

 

「まあ、いいだろう。振り方や呪文は?」

 

「知ってる……が、成功率が低くてな。そこをどうにかしたいんだ。」

 

「それなら壁際に行くぞ。これは防衛術の授業を補うためのクラブなんだ。『実際に使って』学ぶべきだろう?」

 

「そりゃまた、おっしゃる通りで。」

 

誰が決めた訳でもないんだと思うが、大広間の中央部は教科書なんかを使って学ぶ座学の場所、壁際は実際に呪文を使う実践の場所、ってな具合にいつからか分かれ始めたのだ。ハーマイオニーはこの事態に大変満足していた。全員が協力して仕組みを作り始めたとかなんとかって。

 

しかし、思ってたよりも協力的だな。少しだけ拍子抜けしながらも、前を歩くマルフォイへと言葉を放る。

 

「……もっと意地悪してくるかと思ったぜ。クラブの間中、私を『的』にするとか。」

 

「僕は五年生の監督生で、お前は三年生の女生徒なんだ。好き嫌いはともかくとして、そんな卑怯な真似はしない。」

 

「へぇ? 一年生の頃に吸魂鬼のフリした誰かさんに襲われた記憶があるんだがな。」

 

「……子供だったんだ、僕は。あの頃はまだ、何も分かっていない子供だった。」

 

今は違うってか。少しだけバツが悪そうに呟いたマルフォイは、空いている壁際のスペースに立って杖を構えた。

 

「先ず、使って見せてみろ。……僕は盾の呪文を使った方がいいのか?」

 

「あー……とりあえずは無しで頼む。そもそも成功するかが微妙なわけだしな。」

 

「分かった。」

 

うーん、やり難いな。若干の気まずさを感じたままだが……ま、いいさ。練習は練習。時間を無駄にするわけにはいかない。一つ頷いて気を取り直してから、杖を振って呪文を放つ。

 

「んじゃ、行くぜ? ……ブラキアビンド(腕縛り)!」

 

───

 

「──つまり、お前は杖を振るのが早すぎるんだ。二度目のBのあたりで振り始めるべきなのに、Cのところで既に振っている。だから失敗するんじゃないか?」

 

何度か腕縛りを受けたせいで手首を摩るマルフォイへと、持ってきた教科書の挿絵を見ながら頷きを送る。……確かにそうかもしれない。腕縛りは他の呪文よりもかなり遅く振り始める呪文だったようだ。単純な点を見落としてたな。

 

「ん……そうみたいだな。やってみてもいいか?」

 

「ああ。今度は僕も適当に盾の呪文を使うから、素早さも意識してやってみろ。」

 

「なんか、やけに指導するのに慣れてるじゃんか。ひょっとして、スリザリンではこういうこともやってんのか?」

 

「……僕はマルフォイ家の跡取りだからな。すべき事をしているだけだ。」

 

名家の義務か。大変なこったな。肩を竦める私を背に、マルフォイは再び壁際へ向かおうとするが……急に立ち止まると、振り返って質問を放ってきた。何故か少しだけ私から目を逸らしながら。

 

「キリサメ、お前は……お前たちは怖くないのか? 闇の帝王のことが。」

 

……いきなり深い話題が飛んできたな。不意に漏れ出たという感じの疑問に、首を振って答えを返す。もちろん横にだ。

 

「そりゃあ怖いさ。死喰い人だって怖いし、巨人だって怖い。なんなら亡者とかいうのも怖いし、グリンデル……なんとかの残党だって怖いぞ。」

 

「なら、どうして抗おうとする? お前も、グレンジャーも、バートリも、ウィーズリーも……ポッターも。」

 

「それよりもっと怖いものを知ってるからだ。他のみんなの理由は知らんが、私は私の友達が死ぬのが一番怖い。……それに比べりゃ、例のあの人なんか些細なもんなのさ。」

 

ハリーたちと比較すれば、きっとこれはかなり後ろ向きな理由なのだろう。魔法界のこととか、正義のこととか、マグルのこととか。私が抗おうとする理由は、そういう大きなものではないのだから。

 

「そっちこそ、何だってあんなヤツに従うんだよ。……別に嫌味で言ってるわけじゃないし、話を聞き出そうってんでもないからな。純粋な疑問だ。ここでの話は他のヤツには話さない。杖に誓うぜ。」

 

そっちの方が意味不明だぞ。私の返答を聞いて俯くマルフォイへと、今度はこちらから質問を送る。彼は少しだけ沈黙した後、やがて絞り出すような声で答えてきた。

 

「それは、僕がマルフォイ家の跡取りだからだ。純血の、聖28一族の、次代を継ぐ者だからだ。……お前には分からないさ、キリサメ。僕は血に背くことが出来ないんだ。生まれた時に、既に決められていた運命なんだよ。」

 

「……いいや、分かるね。魔法界とは少し違うが、私も『名家』の生まれなんだよ。霧雨家の一人娘。お淑やかに、清楚に育ち、どこぞのお坊ちゃんを婿に入れるんだって言い聞かされて育ったからな。」

 

「それで、どうしたんだ。」

 

「ふん、もっとずっとガキの頃に家を出てやったさ。大喧嘩して、ぶん殴られて、勘当されて、着の身着のままで追い出されたよ。……まあ、何一つ後悔が無いって言えば嘘になるけどな。色んな人に迷惑をかけたし、色んな人に世話になった。」

 

特に、香霖や魅魔様にはかなりの迷惑をかけたはずだ。片や店を出てまでそれとなく私を見守ってくれて、片や全てを失った私を育ててくれた。当時はその有難味に気付けなかったが、今ならどれだけ世話になったのかがよく分かるぞ。ちょびっとだけ自分の行いに反省しながらも、話を続けるために口を開く。

 

「でもよ、外に出て初めて自分がどんだけ小さな世界で生きてきたのかってことが分かったんだ。……お前もホグワーツに来てそう思わなかったのか? マルフォイ家の常識と、ここの常識は違ったろ?」

 

「……僕はお前とは違う。僕には家族を捨てることなど出来ない。」

 

「別に捨てろなんて言わないさ。一緒に連れてくればいいじゃんか。必死に説得すればきっと──」

 

「違うんだ、お前は分かっていない。父上はもう後戻り出来るような場所に居ないんだ。闇の帝王が裏切り者をどう裁くのかを、僕はよく知っている。……この目で見たからな。」

 

何を、何時、何処で見たのだろうか? 蒼白な顔に恐怖の表情を浮かべているマルフォイは、やがて首を振りながらポツリと呟いてきた。

 

「……もう遅いんだ、キリサメ。もう間に合わないんだよ。父上はもはや離れることは出来ず、僕は父上を見捨てられない。だから、僕たちは先に進み続けるしかないんだ。」

 

「賭けてもいいけどな。どこかで思い切って断ち切らない限り、ずっと『それ』が続くぞ。お前は本気でそんなことを望んじゃいないだろ? ……今のイギリスはお前らが思ってるほど弱くないんだ。もしお前らが逃げ込んでくるんだったら、それを守りきれるくらいには強いはずだぜ。」

 

「ふん、それこそ夢物語だな。マルフォイ家を一体誰が守ってくれる? ボーンズか? スカーレットか? スクリムジョールか? ……無駄なんだ。僕の家は闇に染まり過ぎた。今更光の当たる場所には出れやしないさ。こうなる運命だったんだ。」

 

『運命』。またそれか。皮肉げな笑みで自嘲するマルフォイは、そのまま会話を打ち切って壁際に歩いて行こうとするが……その手を取って、強引にこちらに振り向かせる。運命なんかクソ食らえだ。生まれも、種族も、才能もな。私は自分で賽の目を選ぶぞ。

 

「ダンブルドアが居るだろ。他の誰がどうだろうと、ダンブルドアだけは信じることを止めないはずだ。……まだ間に合うんだよ、マルフォイ。大体、お前はまだ何にもやってないだろうが。お前が親を愛してるなら、親だってお前を愛してるはずだ。本気でお前が説得するなら、腹をくくってくれるんじゃないか?」

 

「……僕のせいで父や母が死んだら?」

 

「それなら、ヴォルデモートの側に居れば生き延びられると思うのか? このまま進み続けていれば、あいつが輝かしい未来を作ってくれると思うのか?」

 

あるわけないだろ、そんなこと。情勢に疎い私だってそれくらいは分かるぞ。私がはっきり名前を言ったせいで硬直するマルフォイへと、尚も説得の言葉を言い募る。……何故だか知らんが、ここで引いたらダメな気がするのだ。何より、『運命』なんてもんに好き勝手させるのは気に食わん。

 

「ビビるなよ、マルフォイ。お前が怖がってるものは、暗い廊下の隅っことか、ベッドの下の暗闇とかと一緒だ。確かに怖いさ。怖いけど……でも、それを怖くしてるのは私たち自身なんだよ。きちんと向き合って、確かめてみろ。真っ直ぐに見つめてやれば、それはお前が思うほど恐ろしいものじゃないぞ。」

 

「僕は、僕は……悪いが、気分が良くない。寮に戻る。」

 

逃げる気か? でも、この問題は逃げても間違いなく追いかけて来るぞ。それなら向き合える時に向き合うべきだろうが。真っ青な顔で大広間の扉へと大股で歩いて行くマルフォイの背中に、大声で言葉を投げかけた。

 

「逃げるなよ! お前だって、本当はもう分かってるんだろ? 自分がすべき事が何かって!」

 

ピクリと肩を震わせたものの、振り返らずに大広間を出て行ったマルフォイを見つめていると……ふと隣に立ったシャフィクが話しかけてくる。どうやら騒ぎを聞き付けて来てしまったようだ。

 

「ミスター・マルフォイと何かあったのか?」

 

「あー……まあ、ちょっとな。別に喧嘩したって訳じゃないから、気にしないでくれ。」

 

誓ったからには他人に話すわけにはいかない。肩を竦めて適当な台詞を放ってやると、シャフィクはゆっくりと頷いてから口を開いた。

 

「……何について『話し合った』のか想像は付く。僕たちにとって家名は呪いなんだよ。そして、ヴォルデモートはそれを利用しているんだ。」

 

おいおい、驚いたな。はっきりとヴォルデモートの名前を口にしたぞ、こいつ。私が少しだけ感心しているのを他所に、シャフィクは扉の方を見ながら話を続ける。

 

「だが、今やその呪いは解けつつある。ホグワーツと同じように、イギリス魔法界には変化の時が訪れているんだ。……ミスター・マルフォイはきっと君の言葉を受け止めてくれるだろう。」

 

「……そう願うぜ。別に好きなヤツじゃないが、それでも同じ学校の生徒なんだ。後味悪い結末は御免だしな。」

 

それに、あいつも私たちと同じガキなんだ。やり直す機会くらいは与えられて然るべきだろう。頭を掻きながらため息を吐いていると、シャフィクが大広間を見渡しながら話しかけてきた。

 

「しかし、ミス・グレンジャーは本当に見事なタイミングでこのクラブを始めたものだ。最上級生としては少しだけ妬ましいが……まあ、今回は素直に賞賛すべきだろうね。悔しいが、僕たちには到底出来なかっただろう。思い付いたところで実行しようとは思わなかったはずだ。」

 

「防衛術を、生徒たちが協力して学ぶってことがか?」

 

「防衛術を、『全寮の』生徒たちが協力して学ぶことが、だよ。……君の練習の続きは僕が受け持とう。来たまえ。」

 

そう言ってペアを組んでいる一年生の方へと戻って行くシャフィクの背に続き、私も騒がしい大広間を歩き出す。……うーん、確かにその通りだな。防衛術クラブが無ければ私はマルフォイなんかと議論しなかっただろうし、シャフィクとも出会わなかっただろう。

 

参ったな、こりゃ。マルフォイにとやかく言える立場じゃないぞ。私は未だに『小さな世界』から抜け出せていなかったようだ。ホグワーツを構成するのは四つの寮。グリフィンドールからだけじゃ見えないものもあるらしい。

 

ハーマイオニーだけはこのことに気付いてたのかもな。内心で身近な先輩にちょっとだけ尊敬の念を送りつつ、霧雨魔理沙は小さな苦笑を浮かべるのだった。

 


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