Game of Vampire 作:のみみず@白月
「逆転の可能性はまだあったんだ! それに、私は試合を終わらせろなんて指示を出した覚えはない! それなのに、こんな勝手な……勝手だぞ、ハリー! キャプテンは私なんだ! 私がキャプテン!」
談話室の暖炉の前で顔を真っ赤にして激怒するジョンソンを見ながら、アンネリーゼ・バートリはポリポリとクッキーを齧っていた。祝勝会なら厚切りのローストビーフがあったんだがな。残念会じゃチョコチップ入りのクッキーが精々らしい。
二月も半分を過ぎた今日、今シーズン二回目のクィディッチの試合が執り行われたのだ。寒空の下始まったグリフィンドール対レイブンクローの一戦だったが、結果は240対250で敗北。クソ長い上に酷い泥仕合だったのである。
先ず試合開始直後、チェイサーの一人であるスピネットがブラッジャーの直撃を受けて腕を骨折。呪文で応急処置したものの利き腕が使用不能になり、チェイサーは実質三対二になってしまった。……ちなみに、この時点で応援席の雰囲気は地獄だ。ジョーダンの実況もお通夜みたいになってたし、それを注意するマクゴナガルですらどこか覇気がなかったぞ。
次にロンがプレッシャーに負けて『ザル状態』……さっきジョンソンが使っていた表現だ。になり、それをフォローしようと焦った双子が『ロンに』ブラッジャーを直撃させるというトラブルが起きた。ゴールを決めようとしていたレイブンクローのチェイサーを狙ったようだが、少しズレてロンに当たってしまったらしい。
そして最後に90対250の状態でハリーがスニッチをキャッチして、十点差の敗北で終わったというのが今回の試合の顛末だ。いやはや、酷かった。ジワジワと点差が広がっていくのを延々観続けるのは悪夢だったぞ。少し離れたソファに座る私がジョンソンを眺めながら思い出していると、彼女の目の前のハリーが反論を放つ。こっちも負けず劣らずの真っ赤な顔だな。
「僕は考え無しにあのタイミングで捕ったわけじゃないよ! チームのためにスニッチを捕ることを選んだんだ! 初戦はそこそこの差で勝てただろ? 今十点差で負けても優勝の可能性はまだまだ残ってる。点差が開いて負けるよりはマシだったはずだ!」
「ああ、ハリー。君は重要な部分を見逃してるぞ。もう少しでマリサがゴール出来てたんだ! あと一瞬、ほんの一瞬待ってくれてれば、今回の試合は引き分けで終われた。……優勝にもっと近くなる、引き分けでね!」
うーむ、怖い。ハリーはよく立ち向かえるな。……なにせ言葉そのものはある程度理性を感じさせる内容だが、今のジョンソンは火達磨になったドクシーみたいな動きをしているのだから。こう、両手両足を振り回しながらバタバタって。滲み出る狂気が『誰かさん』を連想させるぞ。
「ジョンソンのやつ、クリスマス休暇にバチカンに行ってお祓いを受けてこなかったのか? 寮生総出であれだけ説得したのに。」
「……なんか、あの動作を見てるとジョークとして受け取り難くなってくるわね。バチカンはともかく、せめて霊魂課には行ってみた方がいいかも。」
「来年のキャプテンには『伝染』しないことを祈っておこうじゃないか。これが伝統になったら怖すぎるぞ。」
私とハーマイオニーがこそこそバカ話をしている間にも、ハリーとジョンソンにそれぞれチームメイトたちが加勢し始めた。魔理沙はジョンソン側に、双子の……フレッドかな? がハリー側で、ジョージがジョンソン側だ。
ちなみに大量得点を決められたロンは私とハーマイオニーの向かいのソファで項垂れているし、腕を折ったスピネットは医務室へ。そして今回試合に出なかったケイティ・ベルは、周囲を囲む寮生たちと一緒になってどうにか『議論』をやめさせようとしている。
「それは結果論だぜ、アンジェリーナ。ハリーはその時、その瞬間の最善策を選んだんだ。後からどうこう言うべきじゃない。」
「フレッド、シーカーの役目は『相応しい瞬間に』スニッチを捕ることだ。あれは、全然、相応しい瞬間じゃ、なかったんだ!」
「仕方ないじゃないか、チョウがもうそこまで迫ってたんだよ! ……もしマリサがゴールするのを待ってたら、十点入って百五十点取られてただけさ。そしたら大敗だよ、大敗!」
「そいつはどうかな、ハリー。俺がブラッジャーをチョウに打ち込んでたんだ。実際、フーチのホイッスルと同時に肩に当たってた。あのままいけばチョウはスニッチを逃してたはずだぞ。」
「それに、ハリーがスニッチを取ったのは私がゴールした『直前』なんだ。本当に一瞬前さ。一秒待てば同点で終われたんだぜ?」
「僕はスニッチを追うのに必死だったんだ! そんなことに気付けるわけないだろ? マートラップと違って、僕の目は前にしか付いてないんだから!」
いやぁ、大激戦じゃないか。やっぱりスポーツってのは人を熱くするな。周囲を囲んでいる寮生たちも、いつの間にか止めるのではなくガヤガヤと議論を始めてしまった。その勢力はほぼ均衡。これは長引くぞ。
甘ったるいクッキーを噛み砕きながら、ソファの柔らかい背凭れに身を預けてポツリと呟く。
「悩ましいところだね。私が冷めすぎなのか、彼らが熱中しすぎてるのか。……まあ、参加している人数を見る限り、どちらかと言えば私がおかしいようだが。」
「スポーツに熱中出来るのは良い事じゃないの。青春ね。」
「キミは参加しないのかい? どっちかに加勢したら喜ばれるぞ。ほら、理詰めでキミに勝てる魔法使いはグリフィンドールに存在しないからね。」
「こういうのは『専門家』に任せた方がいいでしょ。ことクィディッチに関しては私は素人よ。……それに、あれに関わるのは面倒くさそうだわ。」
賢い選択じゃないか。大いに納得の頷きを放ってから、目の前のテーブルで星図を描き込んでいる咲夜の間違いを指摘する。この子もこの子でマイペースだな。クィディッチ論争よりも天文学の宿題の方が重要らしい。
「咲夜、二月の星図なんだったらそこは空白だよ。『寒がり星』は冬になると消えるんだ。」
「あれ、そうなんですか? ……でも、どうして?」
「そりゃあ、寒がりだからさ。」
「……なるほど?」
私にだって意味不明すぎて分からんのだ。宇宙に行ったとかいうマグルにでも聞いてくれ。曖昧な返事を寄越してきた咲夜は、首を傾げながらも素直に星図を修正し始めた。
それを横目にしつつ、杖を振って呼び寄せ呪文を使う。クッキーはクッキーで美味かったが、甘さが口に残ったままでは気持ちが悪い。ここらで口直しが必要だろう。……やっぱり残念会だろうが肉は必要だな。誰が開いているにせよ、今度改善案を提出しておかなくては。
「アクシオ、ブラッドワイン。……しかし、グリフィンドールチームにとっては苦難の年だね。これまで勝ち続けてきたんだから尚更だ。それを考えると、『おかしくなった』ジョンソンにも同情の余地があるのかもね。」
重責が人を狂わせた典型例だな。自室のトランクの中から猛スピードで飛んできたワインボトルをキャッチしながら呟くと、ハーマイオニーが呆れた表情で声をかけてくる。
「リーゼ、飲み過ぎよ。昨日もボトル一本空けてたじゃないの。貴女ったら、今年に入ってから遠慮が一切無くなったわね。」
「ワインなんか葡萄ジュースと変わらないのさ。キミも飲んでみるかい? さすがに飲んだこと無いってわけじゃないんだろう?」
「ワインの前に『ブラッド』って単語が聞こえたわよ? 私は遠慮しておくわ。」
「ちょっとした隠し味じゃないか。……私は悲しいよ、ハーマイオニー。キミと酒を飲み交わせる日をこんなにも楽しみにしてるってのに。」
私は物心付いた頃にはもう飲んでたぞ。人間だって十六歳なら問題あるまい。雑な嘘泣きで言ってやると、ハーマイオニーはやれやれと首を振りながら口を開く。
「クリスマス休暇の時、パパからも同じことを言われた気がするわ。……でも、お酒は毒よ、リーゼ。少なくとも人間にとってはね。」
「んふふ、毒の無い人生なんて退屈なのさ。毒あらばこそ、薬の偉大さを知れるわけだ。」
ボトルから直接飲みながら嘯いていると、ずっと俯いていたロンが顔を上げて言葉を放った。……おお、ひどい顔じゃないか。落ち込みっぷりを存分に表現しているな。
「それが毒なら、飲むべきは僕だよ。薬はいらないから、僕に飲み干させてくれ。」
「んー、やめた方が良さそうだね。今のキミだと悪酔いするのが目に見えてる。キミが飲むべきは薬の方だよ。」
「ロン、貴方はシャワーを浴びて、もう寝るべきよ。明日になったらもっとマシな気分になってるわ。細かいことはそれから考えればいいでしょ?」
「そうですね。起きてると色々考えちゃいそうですし、一度リセットした方が良いですよ。疲れてるでしょうから、きっとすぐに眠れるはずです。」
私、ハーマイオニー、咲夜の提言を受けて、ロンはノロノロとした動作で頷いてから立ち上がる。未だ暖炉の方で続いているクィディッチ論争も耳に入らぬといったご様子だ。
「うん……そうする。お休み、みんな。」
沈んだ声でポツリとそう言うと、ロンは私たちの返事を尻目に男子寮の階段へと消えて行った。……ゾンビみたいな足取りだな。ハーマイオニーの言う通り、明日になれば改善することを祈るばかりだ。
まあ、例年よりかは穏やかな悩みだろう。今年はハリーがドラゴンと戦わなかったし、殺人鬼もバジリスクも校内をウロついてなければ、後頭部マンが箒から振り落そうともしてこなかった。クィディッチの悩みなんか可愛いもんだぞ。
改めて考えると狂ってるな。これまでの『異常な』四年を思って鼻を鳴らしていると、視界の隅で呪文の閃光が瞬く。……ロングボトム? どうやらロングボトムが談話室の隅っこで呪文の練習をしているようだ。
「なんとまあ、熱心なことじゃないか。フクロウ試験対策かな?」
「熱心? ……ああ、ネビルね。最近はクラブでも凄く頑張ってるみたいよ。」
私の目線を辿ったハーマイオニーは、少しだけ曇った表情で言葉を続ける。
「でも、ちょっとだけ心配だわ。なんて言うか……余裕が無い感じなのよね。必死っていうか、鬼気迫るっていうか。まるで何かに追われてるみたいで。」
ふむ? ……確かに杖を振る表情は真剣そのものだな。心なしか若干やつれた気もするし、今のロングボトムからは彼特有の穏やかな雰囲気が全く感じられない。
ひょっとしたら、脱獄したクラウチ・ジュニアのことでも考えてるのかもな。父と母の仇か。……復讐心は人を強くするものだ。ロングボトムにも変化の時が訪れたのかもしれない。
ふん、ダンブルドアなら止めるだろうが、私は止めんぞ。復讐の権利は誰にでもある。自分の両親を苦しめて、狂わせたヤツがヘラヘラ歩き回っているなど我慢できまい。少なくとも私なら地の果てまで追って行って、拷問して苦しめ抜いてから殺すぞ。お綺麗事じゃ心の隙間は埋まらんのだ。
ま、私の場合は復讐するよりされる方が多そうだが。それもまた一興だろう。ワインを呷りながら考える私を他所に、ソファを立ったハーマイオニーが声を上げた。
「ああもう、放っておけないわ。何を考えてるかは分からないけど、せめて一人でやるべきじゃないわよ。」
「おや、手伝うのかい?」
「だって、杖の振り方からして間違ってるんだもの。あれじゃあいつまで経っても上達しないわ。」
「んふふ、お優しい監督生だね。それじゃ、冷たい吸血鬼はそれを肴に酒を飲むよ。」
さすがは私のハーマイオニーだ。私に呆れ果てたジト目を向けた後、ロングボトムの方へと歩いて行ったハーマイオニーを見ながら、手慰みに咲夜の銀髪へとそっと手を伸ばす。サラサラの手触りが非常に気持ち良いな。
「んぅ……くすぐったいです。」
「嫌かい?」
「いえ、嫌ではないんですけど……ちょっとだけ恥ずかしいです。」
「それなら何の問題もないね。私は恥ずかしがるキミを見られて万々歳さ。」
パチリとウィンクを送ってやると、顔が赤くなった咲夜は慌てて星図に集中し始めた。……いきなり羽ペンが進まなくなっているのが何とも可愛らしい。もっと悪戯したくなっちゃうぞ。
しかし……うん、穏やかな日々に溺れるわけにはいかんな。いよいよ五個目の分霊箱が見つかり、今やリドルを守る盾は崩れ去ろうとしている。つまり、ハリーにも決着の時が近付きつつあるということだ。
ならば、仕上げを急がねばなるまい。これまでの数年間は色々な『予想外』に出遭ってきたのだ。出来ることはやっておかないと、いつか後悔することになりかねん。そんなのは御免だぞ。ハリーの安全のためにも、もう少し『実戦形式』での特訓時間を増やすべきだろう。
……ただまあ、数日は休みかな。クィディッチでの敗北はハリーにとって重かろう。ロンのこともあるし、ちょっとくらいは学生らしい生活を送ったほうが良いはずだ。スポーツで一喜一憂する。そういう思い出も残って然るべきなのだから。
私の悪戯に必死に耐える咲夜を見ながら、アンネリーゼ・バートリは薄く微笑むのだった。