Game of Vampire   作:のみみず@白月

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北の果てにて

 

 

「……おっと、あれかな?」

 

ソヴィエト北部。分厚い雪が覆う人里離れた山間部を飛行しながら、アンネリーゼ・バートリは見えてきた建造物を指差して問いかけていた。地球の辺境にも程があるぞ。近くまでは姿あらわしで来たとはいえ、結構迷っちゃったじゃないか。

 

私の指差す先には、崖際に聳え立つ巨大なコンクリート造りの建物が見えている。事前の連絡によればマグルの別荘を『接収』したらしいが……普段は『便利』にアホほど拘るくせに、何だってこんな辺鄙な場所に別荘を建てるんだよ。これだからマグルってやつは嫌いなんだ。

 

クソ寒い中探させられてイラつく私へと、私の足首を掴んでぷらんぷらんしている美鈴が返事を返してきた。こいつは全然寒くなさそうだな。気を上手いこと使っているのかもしれない。

 

「他には何にも見当たりませんし、そうだと思いますけど……マグルはどうやって此処に来るんでしょうか? まさか毎回登山してくるわけじゃないですよね?」

 

「多分、ヘリコプターとかで来るんじゃないか? あのバタバタ煩い変な形の乗り物。」

 

「あー、あれですか。真似してぐるんぐるんしたことあるんですけど、全然浮び上らなかったんですよねぇ。どうやってるんでしょう?」

 

「私は知らんし、これっぽっちも興味が無いよ。パチェかアリスにでも聞きたまえ。……しかし、ゲラートのチョイスは相変わらず意味不明だな。都心部の高級ホテルにでも泊まればいいものを、何だってこんな場所を選ぶのやら。」

 

つまり、今日は定期連絡のためにゲラートに会いに来たのだ。一応大まかな場所は教わっていたものの、この大自然の中では殆ど意味を成さなかったのである。これはクレームを入れる必要があるな。

 

「それ、着いたぞ。」

 

「ごくろーさまでーす。」

 

考えながらも黄色い塗料で『H』と描かれた謎の広場に下り立ってみると、建物の方向から小さな影が歩いて来るのが見えてきた。……しもべ妖精か。あれも信者の誰かからの『献上品』なわけだ。

 

「ねね、従姉妹様? 毎回思うんですけど、しもべ妖精の区別ってどうつけたらいいんですかね? ロワーさん以外は全部同じに見えます。」

 

「しもべはしもべだよ。区別する必要なんかないさ。……そう言ってやれば連中は大喜びするぞ。」

 

「奇妙な生き物ですよねぇ。……妖怪だったらよくあることですけど。変わり者が多いですし。」

 

「まあ、妖怪基準で言えば『かなりまとも』なのには同意するよ。」

 

美鈴と無駄話をしながら広場で待っていると、近寄ってきたしもべ妖精は深々と一礼しながら口を開く。着てるのはしもべ妖精らしくボロ切れなんだが……寒くないんだろうか? いやまあ、凍死寸前でもそうとは言わないだろうが。

 

「お待ちしておりました、お嬢様方。ご主人様の下へとご案内いたします。」

 

「ああ、頼むよ、しもべ。」

 

適当に返事を返してから先導するしもべ妖精の後を追って歩いて行くと、ガラス張りのドアの向こうに広いリビングが見えてきた。ホームバー、どデカいテーブル、ビリヤード台、変な形のオブジェ。典型的な成金の部屋だな。空虚で薄っぺらな調度品の数々がそれを物語っている。

 

「ふん、センスが無いね。上っ面だけのインテリアだ。『重さ』が足りない。」

 

「私としては悪くないと思いますけどね。……ほら、こういうのが『現代風』なんだと思いますよ。謎の流線型とか、意味不明な置物とか。」

 

「つまり、私が流行遅れだと言いたいわけかい?」

 

「えーっと……別に、そうとは言いませんけど。」

 

目が泳いでるぞ。逃げるように部屋へと入って行く美鈴に鼻を鳴らしながら、私もしもべ妖精が開けてくれたドアを抜けると……おい、暖炉があるじゃないか。黒革のソファに座るゲラートと、壁際に設置された巨大な暖炉が目に入ってきた。

 

「……一応聞いておくが、わざわざお空を飛んで来た意味はあったのかい? 疲れたし、寒かったぞ。」

 

煙突飛行がソヴィエトでも主流なのは学習済みなのだ。暖炉を指差しながらジト目でゲラートに問いかけてみると、彼は手元に視線を落としたままで返事を寄越してくる。

 

「それはイミテーションだ。煙突飛行には使えん。」

 

「イミテーション?」

 

言葉に従って近くで見てみると……なんだこりゃ、火じゃないのか。外側や薪は普通の暖炉そのものなのに、揺らめく火だけは赤いライトでそれらしく似せてあるだけの代物らしい。温風が出ていることから暖房器具であることは間違いないようだが、確かに煙突飛行には使えなさそうだ。

 

「……だが、何だって暖炉の偽物なんかを置いてるんだい? サンタクロースを罠に嵌めるためとか?」

 

意味が分からん。首を傾げながら聞いてみると、ゲラートは先程から弄っていた……銃か? それ。やけに近代的な形の、黒い金属のライフル銃を横に置いて答えを返してきた。

 

「恐らく、単なる懐古だろう。連中はもはや暖炉など使っていない。……あるいは、一種の示威行為なのかもしれんな。あえて金を掛けて無駄な物に似せることで、自身の金銭的な余裕を示しているわけだ。」

 

「最高にアホだね、マグルは。度し難いにも程があるよ。」

 

知れば知るほど無茶苦茶な生き物ではないか。そんな遠回しなことをしないで、普通に暖炉を置けばいいのに。……というか、そもそもこれはどうやって温風を出しているんだ? そこも気になる点だな。またお得意の電気か?

 

「これ、飲んでいいんですよね? ……おー、結構良いお酒が揃ってるじゃないですか。」

 

ホームバーの裏側にズラリと並ぶ酒瓶を漁り出した自由な大妖怪を尻目に、疑問たっぷりで謎暖炉をチョンチョンしていると……私たちの無礼すぎる動作を見たゲラートが、かなり呆れた表情で言葉を放ってきた。

 

「それで、今日の用件は何だ? 酒を飲みに来たわけでも、マグルの暖房器具の仕組みを調べに来たわけでもあるまい? ……もしそうならすぐにでも帰ってくれ。迷惑だ。」

 

「ああ、念のため直近の情報の擦り合わせをしておこうと思ってね。イギリス内部の勢力が……んん? ピリピリしないな。電気じゃないのか?」

 

「電気だ。電熱によって空気を暖めて、それを送風機で部屋に送り出している。」

 

ふぅん? 変なの。律儀に説明を寄越してきたゲラートに頷いてから、今度は彼が手放した『オモチャ』を取り上げる。結構重いな。

 

「……お前は客としての振る舞いを一切知らんらしいな。ダームストラングの一年生でももう少し礼儀を弁えているぞ。」

 

「私はホグワーツの五年生だからね。イギリス魔法界じゃこれが普通だよ。……それと、温かい紅茶はまだかな? 勿論ブランデー入りの。」

 

「つまり、俺がダームストラングを選んだことは間違っていなかったわけだ。今日ようやく確信が持てた。百年前の自分を褒めてやるべきだろうな。」

 

「んー、それはどうだろうね。ホグワーツを選んでたら面白い魔女に出会えてたかもしれないぞ。」

 

一学年上にダンブルドアとパチュリー。少なくとも切磋琢磨する相手には困らなかっただろうさ。肩を竦めながら言ったところで、しもべ妖精が素早く紅茶を持ってきてくれた。やっぱりこいつらは便利だな。きちんとブランデーも入っているようだし。

 

ソファに座って温かい紅茶を口にしてから、オモチャを構えつつ質問を飛ばす。……むう、デカすぎてちょっと不恰好になっちゃうな。それに、あらゆる部分が昔見たライフル銃とは大違いだ。もう木を使ってないのか。

 

「それで、これも『マグル学』の研究の一環ってわけかい? ……撃ってみたいな。どうやればいい?」

 

「ボルトを操作して銃弾を装填した後、スコープで狙って引き金を引くだけだ。誰にでも出来る。……女子供でさえもな。」

 

「と言っても、『小さい金属片』を飛ばすだけなんだろう? しかも、真っ直ぐにしか飛ばない有様だ。原始的で単純な武器じゃないか。」

 

くそ、結構難しいな。テーブルの上に転がっていた大きめの銃弾を手にして、ボルトをガチャガチャ弄っていると、ゲラートが首を振りながら詳しい説明を寄越してきた。

 

「正確に言えば、一秒で八百メートル近く飛ぶ金属、だ。『原始的』とは言い難いな。……お前には脅威に思えないのか? 吸血鬼。」

 

「いやまあ、吸血鬼的に言うと全然脅威じゃないかな。このサイズなら百発食らおうが何の問題ないよ。……というか、そんな遠くに当たるもんなのかい?」

 

「訓練された兵士ならば当てられるそうだ。そして、その武器はマグルにとっての『小さな』火力に相当するものらしい。……お前は前回のマグル界の大戦の映像を見たことがあるか?」

 

「残念ながら、無いよ。ドイツのバカどもが飛行機で爆弾を落としてたのは知ってるが……まあ、知ってるのはそのぐらいかな。やたら煩くて迷惑だったってくらいだ。」

 

よし、やっと装填出来たぞ。そのまま美鈴の持ってる酒瓶を狙って、ゆっくりと引き金を引いてみると……おお、ビックリした。轟音と共に美鈴の手のひらが弾かれる。思ったよりも反動が強いな。さすがに子供には扱えないんじゃないか?

 

「……従姉妹様、痛いんですけど。お酒も割れちゃったじゃないですか。」

 

「いやぁ、すまない、美鈴。瓶を狙ったつもりだったんだよ。中々難しいもんだね。」

 

「まあ、別にいいですけどね。安物のスコッチでしたし。」

 

十メートル近くでこれなら、八百メートルだなんて夢のまた夢だぞ。本当に当てられるのか? 手のひらをパタパタしながら次なる酒瓶を探し始めた美鈴を見て、ゲラートが大きなため息を吐いてから口を開いた。

 

「……今の光景でよく分かった。お前たちにマグルの脅威についてを話すのは時間の無駄だな。人間とは身体の『構造』が違い過ぎるようだ。」

 

「いやいや、キミの言っていることも分からなくはないんだよ。ただまあ、私たちから見れば魔法族の方がよっぽど脅威かな。……もしかしたら相性の問題なのかもね。」

 

別に魔法族も大敵とまでは思えないが、それでも敵に回す分にはマグルよりも厄介な気がする。……これは吸血鬼に社会性がないからなのだろうか? 私はあくまでも個対個を重んじていて、ゲラートは社会対社会の話をしているわけだ。

 

うーむ、社会か。既に吸血鬼の社会など無いも同然な以上、私には想像することしか出来んな。魔法族の視点に立ってみれば……ダメだ、分からん。私はマグルのことを知らなさ過ぎる。魔法族が本当に抵抗出来ないかすら判断出来んのだ。

 

マグルに詳しいアリスあたりなら答えを出してくれるのだろうか? クリスマス休暇中とかに聞いておけばよかったな。ホグワーツに戻ったら手紙でも送ろうかと考える私に、ゲラートはライフルを取り上げながら声をかけてきた。

 

「……この数ヶ月調べ続けてみてよく分かったが、マグルは俺の想像以上に進歩しているようだ。仮に魔法族が戦いを挑むとすれば、今のヴォルデモートがやっているような戦法を取る必要があるだろう。」

 

「陽動と、奇襲ってことかい?」

 

「それと、やはり服従の呪文を有効に使う必要がある。……何にせよ魔法族が割れればままならず、おまけに本質的な解決には繋がらない戦法だ。譲歩を引き出すことは出来るかもしれんが、それは問題の先延ばしでしかない。しこりは必ず残るだろう。」

 

「つまり、キミはこう言いたいわけだ。『もう間に合わない』と。……んふふ、随分と弱気じゃないか。」

 

似合わなさすぎだぞ。ニヤニヤしながら言ってやると、ゲラートは少し顔を歪めながら返事を返してくる。

 

「別の方法を考える必要があるだろう。半世紀前の俺のやり方でも、現状維持の路線でも魔法族の未来は閉ざされたままだ。……やはりアルバスの目指す道しか残されていないのかもしれんな。」

 

「魔法族とマグルの融和かい? ……私はかなり懐疑的だけどね。ダンブルドアの思考回路は些かヌルすぎると思うよ。」

 

「だが、それが唯一残された道だ。お互いに理解を深めた上で、譲歩し合って妥協案を……その顔は止めろ、吸血鬼。自分でもらしくないことを言っている自覚はある。」

 

なら言うなよ、まったく。私のジト目を見てそう言ったゲラートは、一度紅茶を口にしてからゆっくりと話を整理し始めた。

 

「戦って優位を確保出来なくなった以上、魔法族に残された道は二つに一つだ。積極的に関わっていくか、より深く隠れるか。……言っている意味が分かるか?」

 

「まあ、分かるよ。『マグル的』な文化を取り入れて理解を深めるか、魔法族の文化を更に突き詰めていくかってことだろう?」

 

前者はマグル界の法制度や社会規範、道具や立ち振る舞いなどに対する理解を深めて、徐々にその境界を薄めていこうという方法だ。別個の存在ではなく、単一の存在の中の『少し違う者』になろうというわけである。それに、敵への理解度はいざ戦争が起きた際の勝率にも関わってくるだろう。

 

そして後者は今までの延長線。より強固な隠蔽魔法を生み出し、法規制やマグル生まれへの制限をかけることによって、マグルが手を出せないほどに分断してしまおうというわけだ。十八世紀あたりの新大陸が選んだ道に通ずるものがあるぞ。

 

うーむ、良し悪しだな。前者はそもそも時間がかかり過ぎる。今の魔法族がマグルの文化を本当の意味で理解するのは困難だろうし、準備が整う前にその存在が露見してしまう可能性だって大きい。無理解は諍いを生み、諍いは大規模な戦いを誘発するはずだ。

 

反面、後者は未来が無い。ゲラートの予想が正しいのであれば、いくら魔法文化を発展させても未来永劫には隠れていられないはず。タイムリミットまでの時間を引き延ばすことは出来るかもしれんが、結局のところ延命策にしかならないだろう。

 

絶望的じゃないか。思考に沈む私を、ゲラートの静かな声が引き上げた。彼も同じようなことを考えていたようだ。

 

「……後者の考え方はこの際切り捨てるべきだろうな。もはや魔法界からマグル文化を切り離すことなど不可能だ。本当の意味での『純血』が存在しなくなった今、外からの血を突っ撥ねることなど出来ん。であれば、新たな血と共に様々な形でマグル界の文化は流入してくるだろう。そしてマグルと深く関われば関わるほどに、我々の存在が露見する可能性は増していくはずだ。」

 

「……よく考えたら、今バレてないのが奇跡みたいなもんなのかもね。マグル生まれが魔法の世界に入り込めば、その親たちもこちらの世界を知るわけだろう? そしてマグルの数が増えるに従って、その絶対数も増していくわけだ。……なるほど、キミが焦ってる理由がよく分かったよ。確かにもう時間は残っていないね。」

 

「そうだ。マグルの文明の進歩がそれに拍車をかけている。一刻も早く魔法族はこの問題に向き合う必要があるというのに、問題に気付いてる者すら少ない始末だ。……おまけに何処ぞの大間抜けが乱痴気騒ぎを繰り広げているしな。信じられんほどに迷惑な話だ。魔法族にそんなことをやっている余裕は無いはずだぞ。」

 

「ヴォルデモートにとってはマグルなんて矮小な弱者なんだろうさ。……んふふ、思えば奇妙な話だね。曲がりなりにもマグルの世界で育った男がマグルを理解せず、魔法界で育ったキミこそがマグルを理解しているわけだ。」

 

生まれになど大した意味はないわけか。……まあ、その件に関してはパチュリーが生き証人だろう。マグル生まれの彼女が誰より強大な魔女であることがそれを物語っている。

 

……ふむ、パチュリーか。あの知識の魔女をゲラートと引き合わせてみるのも面白いかもしれんな。大昔に数度会っているとはいえ、こういう深い議論はしていなかったはずだし。

 

それに、ダンブルドアもだ。パチュリー、ゲラート、ダンブルドア、それにレミリアあたりで話し合えばそれなりの結論は出てくれるかもしれない。少なくとも私が話し相手になるよりかはマシだろう。私は魔法族でもなければマグルに詳しいわけでもない。これでも部外者だって自覚はあるのだ。

 

問題は、ゲラートとダンブルドアをどう引き合わせるかだな。私にもレミリアにも何も言ってこないが、ダンブルドアはゲラートが生きていることに気付いているはずだ。まさか『死亡説』を馬鹿正直に受け取るほど愚かな男ではあるまい。

 

うーむ、難しいぞ。前回の戦争のこともあるし、こればっかりはレミリアにも話を通す必要があるな。……だが、やるだけの価値はありそうだ。ゲラートの中に燻っている火が消えるか、それとも燃え上がるか。何にせよただ燻っているだけよりはマシだろう。

 

未来の魔法界についてを思い悩むゲラートを前に、アンネリーゼ・バートリはゆっくりと『計画』を練り始めるのだった。

 


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