Game of Vampire   作:のみみず@白月

231 / 566
恋焦がれるもの

 

 

「これを見てくれ、アンネリーゼ!」

 

揃った言葉と共に双子から突き出された羊皮紙を見て、アンネリーゼ・バートリはかっくり首を傾げていた。『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ』? なんだそりゃ。

 

四月初旬に訪れたイースター休暇中の談話室。他学年の生徒たちのはしゃぎっぷりとは裏腹に、五年生と七年生だけはそれどころではないといったご様子だ。……ホグワーツ生の宿敵、フクロウとイモリがそこまで迫っているのである。

 

ハーマイオニーはもはや説明不要として、ハリーとロンもさすがに焦りを感じ始めてきたらしい。談話室のテーブルでいつもより真剣な表情を浮かべながらイースターの課題へと向き合っているのだが……まあ、その表情を見る限りでは順調とはいかなさそうだな。ちなみに双子はそもそもイモリ試験を受けるつもりが無いようだ。英断だと言えるだろう。

 

そんな中、ヒマな私が咲夜、魔理沙、ジニーと一緒にゴブストーンで遊んでいたところ、やけにテンションの高い双子からいきなり談話室の隅に呼び出されたかと思えば、謎の店舗の絵が描かれた羊皮紙を渡されたのである。しかし、カラフルにも程があるぞ。絵の具をぶち撒けたみたいな外装じゃないか。

 

「……つまり、キミたちは悪戯専門店を開こうとしてるってわけかい?」

 

「おっと? ご名答。あんまり驚かないんだな。」

 

「それ以外にキミたちの将来像なんて想像出来ないしね。一番しっくりくる選択肢だと思うよ。」

 

至極簡単な消去法だ。意外そうな顔のフレッドに肩を竦めて言ってやると、隣のジョージが大きく頷きながら口を開く。

 

「俺たちはこの店のためにここ数年ずっと努力してきたんだ。画期的な悪戯グッズを開発してみたり、ちょこちょこそれを売って資金を稼いでみたり、お袋の目を盗んで賭け事にチャレンジしてみたり……とにかく、頑張った!」

 

「そして、去年バグマンから勝ち金を『徴収』したことで遂に目標金額を稼ぎ、今年の頑張りで店の目玉商品も開発し終え、こうして店舗のデザインも完成させた! 今や我々の出店は目前に迫っているわけだ!」

 

「あー……なるほど、それはおめでとう。咲夜には絶対に行かないように言い含めておくよ。」

 

魔理沙は間違いなく行くだろうし、付いて行かないように言っておかねばなるまい。この双子の店に『まとも』な商品など存在しないことは目に見えているのだから。ペチペチと乾いた拍手を送りながらお祝いの言葉を投げてやると、双子はビシリと私を指差して『本題』を放ってきた。

 

「だが、ここへ来て一つの問題が浮上してきたんだ。……土地だよ。コネの無い俺たちじゃダイアゴン横丁の隅っこの土地しか確保出来なくてな。路地裏の悪戯専門店なんて冗談にもならないだろ?」

 

「そこで、我らが偉大なる吸血鬼、アンネリーゼ・バートリ閣下にお願いの儀がございまして。……なあ、どうにかならないか? 多少金が掛かってもいいから、大通り沿いに店を出したいんだ。頼む! アンネリーゼ。この通り!」

 

「君とスカーレット女史なら話を通せるだろ? 俺たちだけじゃガキだからってナメられてどうにもならないんだ。頼むよ! 後生だから!」

 

ああ、そういうことか。アリスの何時ぞやの言によれば、ダイアゴン横丁は組合の力が大きい場所らしい。いきなり大通りに出店というのは繋がりがなければ難しかろう。深々と頭を下げてくる双子に、苦笑しながら一つ頷きを返す。

 

「ま、そのくらいなら別に構わないよ。私はともかくとして、レミィなら難しくもないだろうさ。アリスだって横丁には顔が利くみたいだし、後で二人に手紙でも送れば簡単に……ちょっと待て、モリーの許可は得ているんだろうね?」

 

言葉の途中でふと思い出したウィーズリー家の『主』のことを訊ねてみれば、双子はゆっくりと頭を上げてから……物凄く苦い表情で目を逸らし始めた。そら、雲行きが怪しくなってきたぞ。

 

「……もちろん言ってないさ。だってほら、反対されるのは目に見えてるだろ? 息子が悪戯専門店を開くだなんて、お袋はカンカンになって怒るぜ。吼えメールどころの騒ぎじゃないだろうな。直接ホグワーツに怒鳴り込んでくるぞ。」

 

「だから親父やロン、パースやジニーにも言ってないんだ。……ビルとチャーリーにだけは言ったけどな。ビルは『愛しのフラー』の件について味方するって言ったら協力してくれたし、チャーリーは元々『こっち側』の人間だからさ。」

 

「なら、先にモリーの許可を得たまえ。そしたら土地の一件も何とかしてあげよう。」

 

じゃないとモリー経由で私がアリスから怒られてしまうのだ。それは嫌だぞ。私の無慈悲な宣告を受けた双子は、完全にシンクロした動作で肩を落としてしまう。

 

「マジかよ。……勘弁してくれ、アンネリーゼ。生涯割り引くぜ? もちろん吸血鬼の『生涯』な。なんなら袋いっぱいの『ゲーゲー・トローチ』をプレゼントしたっていいからさ。」

 

「いらないよ、フレッド。頼むから送ってこないでくれ。私は嘔吐を楽しむような特殊な性癖は持ち合わせていないんだ。」

 

「アンネリーゼ、君だって分かってるだろ? お袋の説得なんて、無理だ。絶対に無理。不可能。……だから先に出店しちまって、後戻り出来なくなってから話すべきなんだよ。そうすりゃお袋だって諦めが付くはずだ。」

 

「大いに納得の提案だが、私はアリスに怒られたくないんだよ、ジョージ。キミにだって想像出来るだろう? モリーがアリスを『泣き落とし』て、結果としてアリスが苦い表情で私に苦言を呈してくる光景が。少なくとも私には出来る。だからダメだ。」

 

私の大いなる『予言』を聞いた双子は、一度目を合わせて頷き合うと、再び私へと話しかけてきた。立ち直りがやけに早いのを見るに、元より頭の片隅に在った問題だったようだ。

 

「オーケーだ。……お袋が『最大の障壁』になるのは分かってたことだしな。話すよ。どうにか説得してみる。」

 

「だから、土地の一件は進めておいてくれ。予算はその羊皮紙に書いてあるから。……なんなら多少オーバーしてもいい。絶対に用意してみせるさ。」

 

「本当に話すんだろうね? ……ま、いいさ。土地の方は任されたよ。」

 

「サンキュー、アンネリーゼ!」

 

最後の台詞を揃えて言った双子は、嬉しそうに話しながらリー・ジョーダンの方へと戻って行く。……あの双子の悪戯専門店か。来年度のフィルチは苦労するだろうな。『持ち込み禁止』のリストが倍以上になるのが眼に浮かぶようだぞ。

 

まあ、店を開けば間違いなく繁盛するはずだ。あの双子ほど悪戯っ子たちの『ニーズ』を知る者は居ないし、商才があるってことも証明済みなのだから。ひょっとしたらウィーズリー家で一番の稼ぎ頭になるかもしれんな。

 

そして、モリーも最終的には受け入れざるを得まい。なんたってあの双子にはそれ以上に似合う道など存在しないのだから。くつくつと笑いながら元居たソファに戻ってみると、ゴブストーンで魔理沙から優位を取っているジニーが声をかけてきた。どうやら総当たり戦の優勝はジニーで決まりそうだ。

 

「お帰り、アンネリーゼ。兄さんたちは何の用だったの? また迷惑かけてなきゃいいんだけど。」

 

「なぁに、将来設計に関しての相談に乗ってたのさ。別に迷惑って感じじゃなかったよ。」

 

「『将来設計』? ……まあ、何でもいいけど。『ヌルヌル・ヌラー』よりかはマシだろうしね。ビルったら、絶対に騙されてるんだよ。うちの男どもは全員陥落しちゃったみたいだし、夏休みに入ったら私が言ってやらないと。」

 

またそれか。ジニーは愛しの長兄がフランス女にお熱なのが気に食わないらしいのだ。練習用の『汁なし』ゴブストーンを強めに弾きながら言ったジニーに、観戦中の咲夜が困ったような苦笑で言葉を放つ。

 

「んー……デラクールさんはそんなに悪い人じゃないと思うけど。ジニーだってあんまり話したことないんでしょう? 話してみれば印象変わるかもしれないわよ?」

 

「でも、サクヤだってよく知ってるってほどじゃないんでしょ? ……ビルはカッコ良いから、目を付けられちゃったんだよ。多分、ヴィーラの力を使って魅了してるんだと思う。」

 

「うーん、さすがに偏見じゃないかしら。……そういえば、ジニーこそデイビース先輩とはどうなったの?」

 

苦笑を強めた咲夜が話題を変えてみると、見事に敗北した魔理沙が後に続く。デイビース? 確か七年生の男子生徒で、レイブンクローのクィディッチチームのキャプテンだったはずだ。鷲寮には珍しい、『賢くなさそう』なタイプのヤツ。

 

「くっそ、完敗だ。……まさかオーケーしちゃいないだろうな? ジニー。デイビースは女ったらしのクソったれだぜ? あいつ、見る度に連れてる女の子を替えてるんだぞ。」

 

「つまり、ジニーはデイビースに告白されたのかい? 三つも下に告白とは、デイビースも中々やるじゃないか。さすがはレイブンクローが誇る女ったらしだね。」

 

別に普通だったら珍しくもない年齢差だが、ホグワーツという閉鎖された環境では学年の差が大きいのだ。話の流れを追って呟いた私に、ジニーは微妙な表情で頷きながら返事を寄越してきた。

 

「うん、そうなんだけど……断っちゃった。あの人、チョウ・チャンにもちょっかいをかけてたみたいなのよね。それで断られたから、今度は私に告白してきたってわけ。『予備』みたいで不愉快だわ。」

 

「おおっと、デイビースには見る目が無いらしいね。私なら迷わずキミだけを狙うよ。」

 

「ありがと、アンネリーゼ。さすがはグリフィンドールが誇る『女ったらし』ね。デイビースじゃ勝負にならないわ。」

 

「お褒めにあずかり光栄だ、ジニー。」

 

二人でクスクス笑い合っていると、それを見てちょっとだけ呆れた表情になった咲夜が口を開く。何故かジト目で私を見ながらだ。

 

「リーゼお嬢様が女ったらしなのには同意するとして、異性と付き合うのってそんなに軽いものなんですか? レミリアお嬢様は『少なくとも成人するまでは絶対ダメだし、成人してからもなるべくダメ』っておっしゃってましたけど……。」

 

「それはちょっと厳しすぎると思うわよ。……まあ、うちのママも『ちゃんとした運命の出逢いを見つけなさい』ってよく言ってるけど。その後には絶対に『お母さんはお父さんをきちんと確保しましたからね』って続くしね。」

 

「むぅ……私、よく分からないわ。そもそも私の家の人たちは誰も結婚してないから、いまいち想像出来ないのよね。」

 

「焦る必要ないと思うけどなぁ、サクヤだったら。どう控えめに見てもかなりの美人になるだろうし、そのうち勝手に誰かが言い寄ってくるんじゃない? ……デイビースみたいなヤツが、うんざりするほどね。」

 

ジニーから出された『例』に嫌そうになった咲夜を見て、今度はゴブストーンを片付けながらの魔理沙が言葉を放った。

 

「そしたらレミリアが黙ってなさそうだけどな。……っていうか、リーゼだってそうだろ?」

 

「さて、ね。私はレミィよりかは寛大だと思うよ。……ま、それでもデイビースはダメかな。もしそんな日が訪れたら、レミィの前に私が『お話』しに行くことになりそうだ。」

 

「……そうならないことを祈っておくぜ。いや、本当に。」

 

本意ではないが、やむを得ず天文塔の天辺にデイビースを吊るし上げることになるだろう。中庭の染みになるか、咲夜を諦めるかの二択だ。わざとらしく身を震わせる魔理沙にニヤリと笑いかけてやると、それを見ていた咲夜が困ったように微笑みながら声を上げる。

 

「んー……とにかく、私にはまだ早い話ですね。それよりジニーはもうポッター先輩のことを諦めちゃったの? 最近はあんまり話題に出さないけど。」

 

ほう? ということは、ちょっと前までは頻繁に出していたわけだ。少し面白くなってきた話に身を乗り出すと、ジニーはかなり複雑な表情になった後、向こうで勉強しているハリーを見ながら返答を口にした。……勉強しているというか、ロンと二人してハーマイオニーに教わってるって感じだが。

 

「もちろん、嫌いじゃないわ。っていうか、まあ……うん、好きだけど。自分でもよく分かんなくなってきたの。親愛なのか、憧れなのか、恋なのかがね。……それにほら、ハリーはまだチョウが好きみたいだし。横恋慕は良くないことだわ。」

 

「これが良い知らせかどうかは分からないが、ハリーとチョウ・チャンはあんまり上手くいってないみたいだぞ。ディゴリーの一件のせいでぎこちないというか、距離があるというか……そんな感じで。ハリーも昔ほど『お熱』じゃないみたいだ。」

 

肩を竦めながら言ってやると、ジニーは驚いたように目を見開く。……後はまあ、ハリーがリドルの対策に集中しているという面もあるだろう。そのせいでチョウ・チャンからのアプローチが空振りに終わってしまった感じだ。

 

タイミングが悪かったな。ハリーが好きな時はディゴリーと付き合っていて、お互いに好きな時期にはディゴリーへの負い目で付き合えず、今はハリーがそれどころではない。何とも言えないすれ違いではないか。

 

私が微妙な恋模様について考えている間にも、ジニーは腕を組みながら難しい表情で語り始めた。

 

「でも、そこで私がつけ込むのはハリーにも、チョウにも、ディゴリーにも悪いわ。……うん、もう少し時間を置くべきなのよ。全員のためにもね。」

 

「そこまで気を遣うことじゃないと思うけどね。キミは五年も前からハリーのことを好きだったんだろう? 小難しい『権利』の話で言えば、キミが誰より上のはずだぞ。」

 

「そうだけど……うーん、難しいわ。そもそもハリーは私のことをどう思ってるのかしら?」

 

「それは……ふむ、確かに難しいな。ロンの妹というか、自分の妹に近い感じなのかもね。ハリーにとってはウィーズリー家こそが一番の『家族』だろうから。」

 

少なくとも、ダドリー・ダーズリーを『兄』と思う以上にはジニーのことを『妹』と見ているはずだ。私の苦笑しながらの言葉に同意するように、咲夜と魔理沙も困ったような表情で頷いてくる。

 

「そうですね。私には想像するしか出来ないですけど、近すぎて恋愛から遠くなるってのは確かにありそうです。」

 

「まあ、認識としてはそんなとこだろうな。大体、ジニーとハリーが付き合ったらロンが煩いと思うぜ。あいつ、案外『兄バカ』だから。」

 

それもあったか。確かにロンは微妙な立ち位置に立たされるだろう。ハリー以外の男だとかなり嫌がるだろうが、ハリーだとしても大歓迎とはいかないはずだ。……それに、ハリーには厄介な名付け親も居るし。尻尾が付いた親バカが。

 

遠くでハーマイオニーに間違いを指摘されている二人を見ながら考えていると、ジニーが小さく首を振ってから声を放った。ちょっとだけ苦味を含んだ、吹っ切れたような微笑を浮かべている。

 

「何にせよ、今はダメ。ハリーも大変な時期なんだもん。これ以上問題が増えるだなんて見てられないわ。」

 

「つまり、これでまた一つ闇の帝王どのを片付けなきゃいけない理由が増えたわけだ。それと、フクロウ試験もかな。」

 

「どっちも乙女の敵だもんね。」

 

悪戯げに笑うジニーに頷いてから、ゆっくりとソファに凭れ掛かった。……未来、か。ハーマイオニーも、ハリーも、ロンも。いつの日か結婚して、子供ができて、次代を育み、老いて、そして死んでいくわけだ。私にとってはほんの僅かなひと時で。

 

不思議な話だな。以前は人間の一生をもっと客観的に見れた気がする。それなのに今は、どうしようもなく儚いものに思えてしまうのだ。百年にも満たない刹那のような一生。……短すぎるぞ、まったく。

 

そういえば、私たちの世界の物語にもいくつかあるな。人と生き、人と死んだ妖怪たち。わざわざ強大で長命な生を棄てて、矮小な人間に殉じるなどアホなヤツらだと思っていたが……今ならその気持ちが少しだけ分かる気がする。

 

儚く、懸命だからこそ恋い焦がれるのだろう。それは私たちには決して得られないものなのだから。……八雲もそう思ったからこそ幻想郷を創ったのだろうか? あの底知れぬ胡散臭い大妖怪もまた、刹那を生きる人間に何かを見出した一人なのかもしれない。

 

騒がしくも楽しげな談話室の光景を眺めながら、アンネリーゼ・バートリは深いため息を吐くのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。