Game of Vampire   作:のみみず@白月

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向かう先は

 

 

「んー……迷ったんだけど、とりあえずは魔法省で希望を出しておいたわ。マクゴナガル先生も考える時間はあるっておっしゃってくれたし、細かい部署については先延ばしにしちゃったの。」

 

まだ少し肌寒い校庭の芝生の上で、アンネリーゼ・バートリは湖を眺めるハーマイオニーの言葉に頷いていた。副校長どのの言う通り、進路についてそう焦ることはないだろう。卒業まではまだ二年もあるのだから。

 

イースター休暇が終わる直前、五年生の進路指導が始まったのである。フクロウ試験が行われる前にそれぞれの寮監と卒業後の進路についてを話し合い、六年生以降の授業選択を決めるわけだ。……ちなみに当たり前のことだが、私は不参加。マクゴナガルも重々承知しているようで、談話室に貼り出された指導時間のリストに載ってすらいなかった。

 

そんな訳で考え事をしながら三人の進路指導が終わるのを待っていたところ、一足早く終わったハーマイオニーが戻って来たのだ。彼女は当面の進路として魔法省の職員を選択したらしい。うん、妥当なところだな。しっくりくるぞ。

 

「いいんじゃないかな。今の魔法省はどんどん『まとも』になってるから、キミが入る頃にはもっと良くなってると思うよ。」

 

そも入れるか入れないかというのは考慮する必要が無いだろう。ハーマイオニーの成績で入れないのであれば、今の五年生は誰一人として入れなくなってしまうのだから。肩を竦めて返事を返すと、ハーマイオニーは私の隣に寝っ転がりながら口を開く。

 

「そこがちょっとだけ残念なのよね。出来れば大きく変わってるその瞬間、その場に居たかったの。……二年後にはもう落ち着いちゃってるでしょうし。」

 

「つまり、組織が柔らかいうちに何かをしたかったってことかい? おいおい、参ったね。私の友人は野心家らしい。」

 

「もう、茶化さないでよ、リーゼ。……でも、難しいわね。やりたい事が多すぎて頭がパンクしちゃいそうよ。細かい部署の違いについても詳しく教わったんだけど、結局何も決まらなかったわ。」

 

「ま、どうせ目指すならトップを目指したまえよ。魔法大臣あたりをね。」

 

伸びをしながら軽く言ってやると、ハーマイオニーはクスクス笑って首を振ってきた。……結構本気だったんだけどな。簡単ではないにせよ、不可能でもないと思うぞ。

 

「それはさすがに分不相応すぎるわよ。今日のマクゴナガル先生の詳しい説明を聞いてみて、イギリス魔法省がどれだけ大きな組織なのかを改めて実感したわ。ボーンズ大臣がとっても凄い方だってこともね。」

 

「あのね、ボーンズはともかくとして、ファッジですら大臣になれたんだぞ。キミになれない理由なんて無いだろうに。」

 

「感覚がマヒしてるわよ、リーゼ。ファッジ前大臣も結構なエリートなんだからね。……レミリアさんが近くに居るからなのかしら?」

 

「……まあ、それはあるかもね。」

 

レミリアを見てると、魔法大臣なんてさして重要じゃないようにすら思えてくるが……うーむ、確かにマヒしてそうだな。一応は一国の政治機関の頂点なのだ。名目上はマグルの首相の下だが、実際はほぼ独立した組織として動いているし、割と凄い役職なのかもしれない。

 

そう考えると、今度はレミリアの異常性が際立つぞ。危険視する連中の言葉にもいくらかの理がありそうだな。政治ゲームを愉しむ幼馴染の姿を思い浮かべていると、ハーマイオニーが疲れたようにため息を吐きながら声を上げる。

 

「ちっぽけね、私なんて。自分が単なる学生だっていうことを嫌ってほど自覚させられたわ。ホグワーツに来てから成長出来たって思ってたけど、実際はそうでもなかったのかも。」

 

「んふふ、正に『思春期』って感じの台詞じゃないか。……世の中そんなもんだよ、ハーマイオニー。キミは意外に感じるかもしれないが、ボーンズなんかも同じようなことを考えてると思うよ。」

 

「私よりずっと大人で、魔法大臣なのに?」

 

「その通り。二十になろうが、四十になろうが、それこそ五百になろうが、人ってのはキミが思うほど成長したりはしないのさ。いざ歳を取ってみればそれが分かるよ。」

 

大きく変わるのは生まれて十年そこらであって、そこからは大して変わらん。年齢なんてもんは単なる指標でしかないのだ。誤差も大きいし、あんまり役に立たない指標だが。私はこの数年でそのことを実感したぞ。

 

くつくつ笑いながら言ってやると、ハーマイオニーは疑問げな表情で返事を寄越してきた。

 

「なんか、今だけはリーゼが大人に見えるわ。」

 

「ふむ、今だけはって部分は余計かな。常に大人だよ、私は。無邪気な楽しみを忘れない偉大な大人さ。」

 

「ダメね、もう子供に戻っちゃった。」

 

失礼な。二人して笑い合っていると、城の方向から足音が……おっと、ハリーとロンも進路指導が終わったらしい。何故か二人してどんより顔を浮かべながら、トボトボ私たちの方へと歩いて来ている。

 

「おいおい、進路を撥ね除けられたのかい? 随分と暗い表情じゃないか。」

 

そのまま無言で私たちの近くに座り込んだ二人に問いかけてみると、曇り空コンビはそれぞれ曖昧に首を振りながら進路指導の結果を口にした。

 

「んー……僕は闇祓いを希望したんだけどさ、思ってたよりもずっと難しい道だったんだ。成績ももう少し頑張らなきゃだし、候補生になれても訓練と試験があるんだって。世間知らずだったよ、僕。」

 

「こっちも大体同じだ。闇祓いか呪い破りで希望を出したら、もっと頑張らないとダメだってマクゴナガルに言われちゃってさ。そもそも呪い破りには数占いが必要だったみたいだしね。……ビルって凄かったんだな。知らなかったよ。」

 

「そりゃあそうだろうに。闇祓いって言ったら魔法省の中でも精鋭の実戦部隊だし、呪い破りは未知の呪いに対応するような連中だろう? どっちも生粋のエリート揃いだよ。」

 

「それに、闇祓い候補として魔法省に入っても、ずっと試験に合格出来なくて魔法警察になる人も多いらしいわよ。能力だけじゃなく、人間性も重視されるみたい。開心術まで使った厳しい『性格・適性テスト』があるんですって。」

 

人間性? だとすれば、ムーディはどうやってその性格・適性テストとやらを抜けたんだ? 結構いい加減なテストなんじゃないのか? ハーマイオニーの説明を聞いて首を傾げる私を他所に、ハリーとロンは口々に『言い訳』を語り始める。

 

「難しいのは分かってた。……というか、分かってたつもりだったんだ。でも、いざ具体的な道のりを聞かされてみると──」

 

「『絶望』さ。マクゴナガルも一時期闇祓いだったみたいで、どれだけ難しいのかを詳しく教えてくれたよ。嫌ってほどに、詳しくね。」

 

確か当時の執行部長とソリが合わなくて辞めたんだったか。人に逸話あり、だな。アリスから聞いたような話を思い出しながら、二人に向かって慰めの言葉を放った。

 

「まあ、まだ諦めるような段階じゃないと思うよ。キミたちだって成績が悪いわけじゃないんだから、二年あれば十分間に合うさ。」

 

「そうね、むしろ今知れたことを喜ぶべきよ。これでフクロウ試験を嫌がってる場合じゃないっていうのがよく分かったでしょう?」

 

芝生から起き上がったハーマイオニー先生のありがたいお言葉に、曇り空コンビは渋々頷きを返す。……闇祓いか。あんまり死亡率の高い職業には就いて欲しくないんだけどな。

 

ま、それはさすがに身勝手な我儘だな。二人が本気で目指したいなら応援すべきだろう。……今度アリスにも聞いてみようか? 今は闇祓いと行動していることが多いし、彼女なら実際の事情をよく知っているはずだ。

 

徐々に形を持ってきた将来のことを考えながら、アンネリーゼ・バートリは大きく伸びをするのだった。

 

 

─────

 

 

「いいですか? ゆっくりと、円を重ねるように杖を振るんです。焦らず、慎重に……サーカムロータ(回れ)! こんな感じで。慣れないうちに速く振ろうとすると、横回転が縦回転になったりしますからね!」

 

途轍もないノロさで杖を振るフリットウィックを見ながら、霧雨魔理沙は若干呆れ気味に杖を取り出していた。『物を回す呪文』だと? どこで使うんだよ、そんなもん。普通に手を使えよな。

 

楽しかったイースター休暇も終わり、授業が一番難しくなる夏学期が始まったのである。お陰で三年生の私たちも学期末テストに向けて必死なわけだが……まあうん、それでもハリーたちよりかはマシだな。先日ラベンダー・ブラウンが神経衰弱に陥って倒れたそうだし、我が身に降りかかる二年後が恐ろしい限りだ。

 

進路指導を終えた途端、示し合わせたように『勉強お化け』になってしまった五年生たちを思って戦々恐々とする私に、咲夜が真剣な表情で杖を振りながら話しかけてきた。当然ながら、今日の呪文学でも彼女とペアを組んでいるのだ。

 

「サーカムロータ。……あれ? ダメね。結構難しそうよ、この呪文。」

 

「んん? ……サーカムロータ!」

 

効果と難易度が反比例してるタイプの呪文なのか? 難しい表情を浮かべる咲夜に首を傾げながら、今度は私が目の前に置かれた地球儀に向かって呪文を放つと……あー、ヤバい。どうやら縦回転になってしまったようで、固定されていた『地球』が外れて凄い勢いで回りながら吹っ飛んでいく。

 

「……ねえ、魔理沙? フリットウィック先生の説明をちゃんと聞いてた? ゆっくり振るようにっておっしゃってたでしょう?」

 

「一応、聞いてたはずだ。……まあ、振るのが速すぎたみたいだな。今回ばかりは非を認めるぜ。全面的に。」

 

「分かってるならミルウッドに謝ったほうが良いと思うわよ。私たちの『地球』が顔に激突しちゃってるわ。」

 

「……そうすべきだろうな。」

 

呆れ顔の咲夜に同意を返してから、見事な顔面キャッチを披露したレイブンクローの同級生の方へと歩き出す。……おお、回転がかかっていた所為か顔が赤いぞ。これは悪いことしちまったな。

 

「よっ、ミルウッド。……悪かった! スマン! ちょっとした手違いで飛ばしちまったんだ。」

 

「ああ、うん、気にしてないよ、マリサ。確かに痛かったけど……でもほら、そんなに大したことじゃないから。大丈夫さ。」

 

「でも、かなり赤くなってるぜ? 血とか出てないよな? ちょっと見せてみろよ。」

 

「いや、大丈夫だから! 本当に、あの……大丈夫だよ! 平気だ! ピンピンしてる!」

 

本当かよ。なんかどんどん顔が赤くなっていく気がするぞ。今や熟れすぎたトマトみたいになってしまったミルウッドの顔をペチペチ触っていると、騒ぎを聞きつけたフリットウィックが近付いて来る。……頼むから減点だけは勘弁してくれよ? この前双子と一緒に『やらかした』所為で貯金が無くなってるんだ。

 

「おや、どうしたんですか?」

 

「えっと、ちょっとした事故でな。私が地球儀を吹っ飛ばしちまって、それがミルウッドの顔面に──」

 

「僕は大丈夫です、フリットウィック先生! 何でもありません! 僕がその……単にキャッチし損ねただけなんです!」

 

ビックリした。急に大声を出したミルウッドは、私に向かって謎のアイコンタクトを送ってくるが……どういう意味なんだ? さっぱり分からんぞ。アンジェリーナの生み出した、忌まわしき『超複雑ハンドサイン』の方がまだ分かり易いくらいだ。

 

キョトンとする私を他所に、フリットウィックは何故か状況を察したらしい。ミルウッドに苦笑して頷きながら、私を元居た席へと戻し始めた。今ので何が分かったんだよ。

 

「なるほど、なるほど。ミス・キリサメは自分の地球儀を持って席に戻って結構。ミスター・ミルウッドのことは私が診ておきましょう。……貴女が居ると悪化してしまいますからね。」

 

「おいおい、そりゃあ酷いぜ。私はミルウッドが心配だっただけだぞ。」

 

「あー……つまりですね、ミス・キリサメの心配がミスター・ミルウッドに『効果的』すぎるのが問題なんです。」

 

「なんだそりゃ? ……まあいいや、私は戻るぞ。悪かったな、ミルウッド。」

 

受け取った地球儀片手に声をかけてみると、ミルウッドは更に赤くなりながらブンブン頭を振って頷いてくる。……当たり所が悪かったとかじゃないよな? どう見てもちょっとおかしいぞ。

 

小首を傾げながら自分の席へと戻り、取り戻した『地球』を咲夜の方へと放ってみれば、彼女は見事にキャッチしてから問いを寄越してきた。その顔に浮かぶのは呆れと心配の中間くらいの表情だ。つまりはまあ、咲夜が私によく向けてくるやつ。

 

「どうだったの? また減点されてないでしょうね?」

 

「減点は無かったし、ミルウッドも大丈夫そうだったぜ。……多分な。後遺症が出たら私は知らん。」

 

レパロ(直れ)。……本当に大丈夫なの? ここからでも分かるくらいに真っ赤っかよ?」

 

「私もおかしいとは思うんだが、フリットウィックは大丈夫だって言うんだよ。だから大丈夫なんだろうさ。」

 

まあ、死にはしないだろ。椅子に座って咲夜が直した地球儀をチェックしていると……今度は後ろの席のロミルダ・ベインが話しかけてくる。ゴシップ好きで、『ハリー・ファンクラブ』に入っている同級生の魔女だ。ちなみに他の会員はクリービー兄弟だけ。

 

「あら、ミルウッドは貴女のアプローチを受け取ったみたいよ? 良かったじゃないの、マリサ。」

 

「まーた始まった。何でもかんでも色恋沙汰に結び付けるのは悪い癖だぞ、ロミルダ。どこの世界に『惑星』をぶつける求愛行動があるんだよ。そんなもん神話の世界だけだぜ。」

 

「まあ、ミルウッドじゃあちょっと釣り合わないわね。貴女は私の次くらいには可愛いわけだし。……ねぇ? それよりハリーの好みのタイプが巻き毛っていうのは本当なの? 教えてくれたら愛の妙薬を分けてあげるわよ?」

 

巻き毛? どっから出てきた情報なんだよ、それは。私に向かって囁きかけてくるロミルダに、首を振って否定の返事を返そうとすると……おおっと、咲夜が冷ややかな表情で割り込んできた。この二人は入学当初から相性が悪いのだ。具体的に言えば、一年生の頃にロミルダが『ハリーを狙うチビコウモリ』と口にした瞬間から。

 

「ベイン、授業中よ。私たちは貴女の『発情』に関わってる暇はないの。盛るなら他所でやって頂戴。……そうね、ふくろう小屋とかはどうかしら?」

 

「あーら、ヴェイユ。良い子ちゃんの貴女には話しかけてないわ。私たちには構わずに、一人で好きなだけお勉強してなさいよ。そしたら大好きな『お嬢様』が褒めてくれるんでしょう?」

 

「そうしたいところなんだけどね、後ろで耳障りな声を上げられると気が散るのよ。……たった一日。ほんの一日だけでいいから、他人の色恋にちょっかいをかけないことは出来ないの? そしたらポッター先輩も貴女のことを『認識』してくれるかもしれないわよ?」

 

「……ハリーは私のことを知ってるわ。この前のイースターもチョコエッグをプレゼントしたもの。」

 

ロミルダが多少怯んだのを見て、咲夜は鼻を鳴らしながら追撃を送る。……今日の口喧嘩は咲夜が優勢だな。何故なら私たちはそのチョコの行方を知っているからだ。

 

「あら、本当に? 『毒味』をしたロン先輩が貴女にメロメロになっちゃった所為で、ポッター先輩は一欠片も口にしてなかったと思うけど……そうね、知ってるかもね。毒入りチョコレートを渡す危ない後輩として。」

 

「ちょっとしたスパイスよ! そんなに強い薬じゃなかったわ!」

 

「まあ、それには同意するわ。ハーマイオニー先輩が一瞬で解呪しちゃってたし。もうちょっと薬学を勉強した方が良いと思うわよ?」

 

はい、決着。今日は咲夜の勝ちだな。乾いた口調で言う咲夜へと、ロミルダはいつもの罵倒を口にし始めた。戦いの終わりは結局ここに行き着くわけだ。

 

「……煩いわよ、バートリの犬。」

 

「褒めてくれるだなんて優しいのね、ベイン。でも厳密に言えば、私はバートリとスカーレットの犬よ。間違えないで頂戴。」

 

睨み付けるロミルダと冷ややかに笑う咲夜。二人の視線がぶつかり合う地点に割り込んで、いつも通りの仲裁を行なう。もう慣れたぜ。

 

「よし、今日はここまで。続きは明日にでもやれよ。……フリットウィックの態度からして今日のこの呪文、学期末テストに出てくると思うぜ。ちゃんと練習しといた方が良いんじゃないか?」

 

「……ふん、いいわ。マリサの顔に免じて引き下がってあげる。後は一人でキャンキャン言ってなさい、犬女。」

 

「最初から噛み付いてこなきゃいいのよ、発情女。」

 

うーむ、不思議な二人だ。喧嘩しつつもたまに一緒に宿題をやっていたり、昔ロミルダがスリザリンのパーキンソンに絡まれていた時には真っ先に助けに入っていたのを見るに、お互い本気で嫌っている感じでは無さそうなんだが……うん、謎だな。

 

それにまあ、咲夜は嫌いなヤツにはそもそも関わっていかないタイプのはずだ。ロミルダに対しては頻繁にちょっかいをかけているし、良い喧嘩友達ってやつなのかもしれない。……いや、微妙に違うか? やっぱりよく分からんな。

 

「ほら、魔理沙もきちんと練習するの。テストに出るかもって言ったのはそっちでしょう?」

 

「あー……そうだな、やるか。」

 

不思議な人間関係に首を傾げながらも、目の前の地球儀をクルクル回す作業に戻るのだった。どんな授業だよ、まったく。

 

───

 

「キリサメ! ちょっといいか?」

 

そして呪文学も終わり、咲夜と二人でまだ明るい夕方の空を見上げながら廊下を歩いていると、背中に聞き慣れない声がかかった。振り向いてみれば……マルフォイ? スリザリンのシーカーどのだ。

 

「何だよ? 一体。……ひょっとして、防衛術クラブでの話の続きか?」

 

クィディッチ以外の接点はそれだけのはずだ。ちょっと真剣な表情で問い返してみると、マルフォイはゆっくりと頷きながら中庭を指差す。つまり、イエスか。

 

「ああ、そんなところだ。その件について少し中庭で話したい。……すぐに終わる。」

 

「ま、いいけどな。先に行っててくれよ、咲夜。」

 

マルフォイに軽く頷いた後、肩を竦めて隣の咲夜に言ってみれば……彼女はかなり胡散臭そうな表情で中庭へと歩いて行くマルフォイを見ながら、私に向かって口を開いた。おお、物凄く疑ってる顔じゃないか。

 

「ちょっと、大丈夫なの? 闘うなら加勢するけど。」

 

「なんでいきなり闘うって発想が出てくるんだよ。……とにかく、大丈夫だ。詳しくは言えないけど、普通に話すだけだと思うぜ。」

 

「んー……一応、あっちの柱で待ってるわ。危なくなったら合図してよね。」

 

信用ないな、マルフォイ。……そりゃそうか、ハリーの『宿敵』だもんな。少し離れた柱に寄りかかった咲夜に苦笑してから、噴水の横に立つマルフォイへと近付いて話しかける。

 

「で、どうしたんだよ?」

 

「お前には助言を貰ったからな。伝えておくべきだと思っただけだ。……父上と母上に手紙を送った。帝王の下を離れるように、と。」

 

「……ん、それが正解だと思うぜ。返信はあったのか?」

 

「ああ、決断してくれたようだ。契約によって詳しくは話せないが、司法取引ももう終わったと手紙には書いてあった。……一度しか言わないからな。感謝する、キリサメ。お前のお陰でギリギリ間に合ったみたいだ。」

 

おいおい、何だよ急に。やけに丁寧な仕草で頭を下げてきたマルフォイへと、頭を掻きながら返事を返す。似合わないことすんなよな。困るだろうが。

 

「待て待て、別に私のお陰ってわけじゃないだろ? お前の家族が決断したって話じゃんか。」

 

「だが、切っ掛けを作ったのはお前だ。……とにかく、伝えたからな。それだけだ。」

 

ちょっと早口でそう言うと、マルフォイは踵を返して歩き去ってしまった。……まあうん、良かったじゃんか。私の説得が力になったなら嬉しい限りだぜ。

 

詳しいことは全然分からんが、ヴォルデモートの側に居るよりかはマシになるはず……だよな? 去って行くマルフォイの背中を眺めながら考えていると、話が終わったのを見た咲夜が近寄ってくる。かなり疑問げな表情だ。

 

「ちょっと、何で頭を下げられてたのよ? ……脅迫でもしてたの? やるじゃない。」

 

「お前な、私を何だと思ってんだよ。」

 

思考回路が物騒すぎるぞ。素っ頓狂なことを言う親友に突っ込みを入れつつも、霧雨魔理沙は遠ざかるマルフォイの姿を見つめるのだった。

 


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