Game of Vampire   作:のみみず@白月

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秩序の砦

 

 

「……あら、直接会うのは久し振りね。」

 

突如燃え上がった青い炎と共に校長室の暖炉から出てきた男へと、パチュリー・ノーレッジは慌てることなく声を投げかけていた。当然ながら、ホグワーツに繋がる煙突ネットワークは引き続き封鎖中だ。恐らくダンブルドアが用意した緊急の移動方法を使って来たのだろう。

 

周囲を見回しながら暖炉から出てきた男は、セブルス・スネイプ。愛故にハリーを守り、愛故にポッターを憎む男。うーむ、観察対象としては非常に興味深いが、個人的に関わりたい人物ではないな。私はそういうドロドロした人間関係は苦手なのだ。

 

若干失礼なことを考えつつ揺り椅子で本を読む私へと、スネイプは手短な挨拶の後で報告を寄越してくる。未だ五体満足か。どうやら上手く立ち回っているらしい。

 

「お久し振りです、ノーレッジ女史。スカーレット女史に緊急の報告があるのですが、彼女の下に直接移動することは可能ですかな? ……出来れば、外部に知られない方法で。」

 

「可能よ。少し待ちなさい。」

 

残念、物語の続きはお預けだな。読みかけの本を置いて立ち上がり、暖炉に向かって複雑に杖を動かす。この時間ならばレミィはまだ魔法省だろう。あの建物の煙突ネットワークをすり抜けるのは難しいが、やってやれないことはないのだ。

 

「貴方が直接報告するってことは、よほど重大な用件なの?」

 

ついでに守護霊でレミィへと連絡を送りながら聞いてみると、スネイプはゆっくりと頷いてから返答を返してきた。ふむ、少し雰囲気が変わったな。最後に会った時はもうちょっと表情筋が動いていた気がするぞ。

 

「帝王が兵の配置を整えております。私も完全に把握出来ているわけではありませんが、近いうちに大きく動かすつもりなのでしょう。」

 

「ようやく決心が付いたってわけね。……標的は?」

 

「先ず、ロンドンで大規模な陽動を行うのは間違いないはずです。あの場所で騒ぎを起こせば、魔法省は否が応でも対応に出ざるを得ませんからな。……しかし、本命が何処なのかまでは探り切れませんでした。私どころか、組織の中の誰も知りますまい。今の帝王は猜疑心の塊です。もはやロジエールやベラトリックスですら信用していません。」

 

最古参の忠臣も、最も忠実と言われた『信者』ですらもか。……まあ、無理もあるまい。裏切り、離反、内通。急激に規模が大きくなりすぎた死喰い人の内部構造はボロボロのはずだ。イギリスに所縁のある者にはレミィが、大陸の残党たちにはグリンデルバルドがそれぞれ圧力をかけているのだから。

 

正直なところ、この状況で曲がりなりにも組織として機能しているという方が驚きなくらいだ。横の繋がりを利用するレミィとも、自らが一本の大黒柱になるグリンデルバルドとも違ったやり方だな。相互監視と脅し、見せしめの処刑、逃げ道の封鎖。リドルには恐怖政治の才能があるらしい。

 

ただまあ、やはり長持ちはしないはずだ。手早いが、短命。それが恐怖政治の常なのだから。呪文を完成させながら鼻を鳴らす私に、スネイプは平坦な声で説明の締めを放つ。

 

「帝王は未だポッターに拘っております。去年の夏に起こったことで、予言への関心を強めたようでして。……故に、ポッターの居るホグワーツを狙ってくる可能性も十二分にあるでしょう。お気を付けください。」

 

「はいはい、心に留めておくわ。……ほら、完成したわよ。炎の中に入れば勝手にレミィの執務室にたどり着くから。」

 

「感謝します。……では。」

 

短く別れを告げたスネイプは、そのまま紫の炎に巻かれて消えて行った。それを見送った後で、再び揺り椅子に座って本を手に取る。レミィとボーンズのお手並み拝見だな。ロンドンに陽動をかけてくるという意見には私も賛成なのだ。そこをどう鎮圧するのかが勝負の分かれ目になってくるだろう。

 

思考を回しながらも、『ドラゴンに挑んだ者たち』の文章を追っていると……頭上から咳払いの音と共に声が降ってきた。ええい、煩い肖像画たちだ。また文句か?

 

「ンンッ……ノーレッジ校長代理? 先程のセブルス・スネイプの警告をもっと真剣に受け止めた方がよろしいのでは? 読書をしている場合ではないと思いますが。」

 

「ブルータスの言う通りですな。今こそダンブルドアが貴女に期待している役目を果たすべきです。そして、それは読書ではないはずだ。」

 

「そうですね。外敵がホグワーツに迫ろうとしているのであれば、もっと防備を固めなければ。罪無き生徒たちの住むこの城に、闇の魔法使いの魔手が及ぶ前に。」

 

「……『防備を固める』のはもう終わってるの。心配しなくても大丈夫よ。」

 

真剣な表情で見つめてくるエデッサ・サンデンバーグの肖像に返事を返してから、手を振って部屋と肖像画たちを仕切るカーテンを閉める。全く以って礼儀のなってない連中だな。人が本を読んでいる時は静かにするもんだぞ。

 

……ふん、来ればいいさ、リドル。お前がそこまでの愚か者なのであれば、ホグワーツに攻撃を仕掛けてこい。仮面と黒いローブを身に着けて、巨人だの亡者だのを引き連れて、杖を振り翳して馬鹿騒ぎしながら進軍してくればいいのだ。

 

だが、対価は確かに払ってもらうからな。歴代校長がどうだったのかは知らないが、私の要求する通行料は安くはないぞ。私は教師ではなく、校長でもなく、単なる魔法使いですらなく、魔女。今のホグワーツ城は魔女の棲まう城なのだ。

 

何にせよ、今更慌てて準備をする必要などない。この一年間で私の用意できる手札は全て揃えてある。古い契約を掘り出し、錆びついていた魔術に油を差し、干渉する部分があれば調整してきた。ならば、後は然るべき時にそれを開いてやればいいだけだ。最も効果的なタイミングで、最も有効な順番で。

 

戦いの時が近付いていることを感じながらも、パチュリー・ノーレッジはいつもと同じように読書を進めるのだった。

 

 

─────

 

 

「……さて、どうするの?」

 

魔法省地下一階の隅にひっそりと佇む、小さいながらも格式高い小会議室。その部屋の中央に置かれた円卓に集まった面々に対して、レミリア・スカーレットは切っ掛けの言葉を放っていた。これだけの面子が揃うのは久し振りだな。私がリドルの立場なら、何を犠牲にしてでもこの部屋を吹っ飛ばすぞ。

 

魔法大臣、魔法法執行部部長、闇祓い局長、魔法警察部隊長、魔法事故惨事部部長、忘却術師本部長、マグル対策口実委員会委員長、魔法生物規制管理部部長、ゴブリン連絡室長、国際魔法協力部部長、魔法運輸部部長、魔法ビル管理部部長、そして私。今のこの部屋には魔法ゲーム・スポーツ部と神秘部、ウィゼンガモットを除いた、イギリス魔法界の重職たちが勢揃いしているわけだ。

 

理由は簡単。ルシウス・マルフォイが死の直前に遺した証言、スネイプや他の内通者からの報告、他国から齎された断片的な情報の数々。その全てを整えて精査した結果、リドルが大規模な戦いを仕掛けてくることがほぼ確定したからである。

 

向こうが挑んでくるならば、当然こちらも戦略を整えなければならない。結果として私たちはウィゼンガモットの解体すら脇に置いて、その件についての対策会議を開いているわけだが……おい、誰か何とか言えよ。黙ってても何も始まらんぞ。

 

私の言葉を受けた部屋の大多数の人間が周囲の出方を窺う中、意外にもマグル対策口実委員会の委員長が真っ先に口を開いた。省内ではあまり目立たない、マグルに対しての『隠蔽』に関わる部署だ。

 

「では、僭越ながら私からご報告を。先程資料を拝見したところ、ロンドンで『大規模な陽動』が起こる可能性が高いとのことでしたが……断定させていただきます。ロンドンの中心街で大きな騒ぎが起これば、マグルへの記憶修正は困難を極めるでしょう。より正確に言えば、従来の方法では『不可能』です。」

 

「それは、忘却術師が足りないということですか? 必要であれば他国から融通してもらう用意は出来ていますが。」

 

部屋の最も奥側に座るボーンズの問いかけを受けた委員長は、首を横に振りながら返事を返す。どう説明すれば良いのかと悩んでいるような表情だ。

 

「そういった話ではなく、もっと根本の部分で不可能なのです。今のマグル界では情報がすぐさま広まっていきます。イギリスやヨーロッパだけに留まらず、全世界に向けて。故に記憶修正までの速度も重視しなければならないのですが……皆様は、インターネットという単語をご存知ありませんか?」

 

いんたーねっと? 何だそりゃ? 自分の質問に会議室の全員がキョトンとするのを見て、委員長は弱り切ったように説明の続きを語り始めた。

 

「まあ、ご存知ないでしょうね。マグル界ですら広まり始めたばかりの技術ですから。……では、もっと分かり易く説明しましょう。二十年代にゲラート・グリンデルバルドが起こしたアメリカ合衆国での事件はご存知ですか? ニューヨークのど真ん中でオブスキュラスが暴れ回ったというあの有名な事件。記録によれば、その時も人口密集地だった所為で通常の方法では記憶修正が間に合わず、何かしらの特殊な方法を使ってニューヨーク中のマグルの記憶を修正したそうですが……もし今のロンドンで騒ぎが起これば、それとは比較にならないほどの難しさになるはずです。」

 

「つまり、いくら忘却術師を増員しようが、従来の忘却術を使った記憶修正では間に合わないと?」

 

「その通りです、大臣。本来ならばロンドンで騒ぎを起こさせる前に決着を、と言いたいところですが、それが無理な願いであることは重々承知しております。であれば、何らかの大規模な記憶修正の方法を事前に考えておく必要があるでしょう。素早く、そして広範囲を修正出来るような方法を。でなければイギリスだけでなく、他国にまで魔法界の情報が広まってしまいます。」

 

「……分かりました。その件は大規模修正の経験が豊富なマクーザの知恵を借りるべきでしょうね。」

 

うーん? 私には委員長の危惧するところがよく分からんが、その表情を見るに深刻な事態なのは確かなようだ。専門家がそう言うならきちんと対応した方がいいだろう。ボーンズの言葉に全員が曖昧に頷いたところで、今度は国際魔法協力部の部長が声を上げる。

 

「では、会議が終わり次第こちらから話を伝えておきましょう。それと、各国魔法省からの援軍は順次入国しております。細かな指揮系統に関しては闇祓い局の方にお任せしておりますが……順調ですか? ムーディ局長。」

 

「問題ない。各々の得意分野や技量、戦い方を考慮した編成をほぼ構築し終わっておる。動けと言われれば今すぐにでも動けるぞ。」

 

「素晴らしい。後はソヴィエト魔法議会に関してですが、どうもドイツやルーマニアの純血派に圧力をかけてくれているようでして。先日の海上援護の件もありますし、少なくとも例のあの人に協力するような事態にはならないかと。」

 

厳密に言えば、ソヴィエトがやっているのは『粛清』だけどな。東欧諸国ではグリンデルバルドの名を騙ったツケが今まさに訪れているらしい。過激な信者がいるところだと、仮面付きの首が吊るされたり串刺しにされているとか。胸元には当然『裏切り者』と書かれた札を掛けてだ。懐かしいやり方ではないか。

 

恐らくだが、リドルが行動に踏み切った原因の一つはこれなのだろう。敵陣営の内部では恐怖と猜疑が蔓延しているに違いない。故郷では裏切り者だとグリンデルバルドの信者たちから命を狙われ、死喰い人の内部は恐怖政治の真っ只中、おまけにイギリスでは執拗な弾圧と監視。悪夢だな。軽い気持ちで参入した若者たちはひどく後悔しているはずだ。

 

まあ、別に同情はしてやらないが。私がやけに物騒な『援護』についてを考えていると、今度は羊皮紙を捲りながらのスクリムジョールが声を放った。いかんな、会議に集中しなければ。

 

「準備の件も重要ですが、そもそも何処が狙われるのかも話し合った方が良いのでは? マグルの政治機関、魔法省、ダイアゴン横丁、ホグワーツ、聖マンゴ魔法病院、あるいは地方都市。候補はそれこそ無数にあります。無論、複数の場所が標的だという可能性もありますな。」

 

「その件に関してなのですが、私は襲撃先の一つは郊外である可能性が高いと考えます。……思うに、この監視体制の中で巨人を都市部に輸送するのは困難でしょう? 姿あらわしもポートキーも不可能ですし、まさか煙突飛行を使うわけにもいかない。わざわざ犠牲を払って国内に入れた以上、都市部以外の場所で利用してくるはずです。」

 

うーむ、確かに巨人の使い所は制限されるはずだ。あんなデカブツが大量にお散歩していれば、都市部に近付く前にマグルどもが大騒ぎするだろう。それはそれで迷惑かもしれんが、効果的な使い方とは言えまい。

 

魔法生物規制管理部の部長が言うのに、運輸部の部長が深く頷く。魔法的な『輸送』の専門家からしても同意見だったらしい。……いやまあ、巨人の輸送なんて経験があるのかは謎だが。

 

「となれば十五年前のように、ホグワーツに巨人を当ててくるのではありませんか? あそこは人里から遠く離れていますし、巨人たちが隠れて近付くのも容易いでしょう。人員の配置を考えた方がよろしいのでは?」

 

「不要よ。今のホグワーツは全ての状況に対応出来るわ。」

 

「しかし、現状では誰一人として配置していないのでしょう? あの学校の教員が優秀なのは重々承知しております。それでも、さすがに無防備すぎるように思えるのですが……。」

 

「心配しなくとも、あの学校には既に私の知り合いを配置しているわ。それで十分過ぎるほどなの。ホグワーツにこれ以上の人員を回すのは戦力の無駄遣いよ。……それとも、私の言葉じゃ保証にならないかしら?」

 

薄い微笑みで問いかけてやると、運輸部の部長はブンブンと首を振りながら引き下がった。……正確に言えば、二人だ。リーゼとパチュリー。ここに戦力を追加するなど愚行にも程があるぞ。こちらの『人的資源』は有限なのだから。

 

「それより、魔法省はどうなの?」

 

一つ頷いてから矛先を魔法ビル管理部の部長に変えてみると、彼は慌てて書類を捲りながら答えを返してくる。主に魔法界に関わる公的施設を管理する部署なのだが……役職としてはこの部屋でも最下層なのだ。緊張しているのだろう。

 

「はい、マニュアル通りの防備を固めております。職員の避難訓練や、緊急時の対応に関しての理解も徹底しておりますので、有事には即応可能な状態を維持出来ているかと。」

 

うむうむ。今の魔法省には盾の魔法も使えず逃げ惑うような間抜けは居ないし、危機管理も徹底されているはずだ。改善されたマニュアル通りで問題あるまい。魔法ビル管理部の部長に首肯を返してから、今度はゴブリン連絡室の室長に向かって質問を飛ばす。

 

「結構よ。それじゃあ、グリンゴッツの一件は?」

 

「恙無く進んでおります。小鬼の方々にとっても、ダイアゴン横丁は重要な活動拠点の一つですから。有事にはグリンゴッツを避難所として、住人を保護することに関しての承諾は得られました。ダイアゴン横丁の組合も避難ルートの周知に協力してくれています。」

 

ま、順当な結果だな。小鬼とて他人事ではいられまい。イギリス魔法界が物騒になれば、当然ながら経済も停滞する。そして経済が停滞すれば、それはそのままヨーロッパ魔法界の金融を牛耳る小鬼の打撃となるのだ。

 

それに、小鬼からしてもリドルは仲良くしたい存在ではないらしい。二十年以上も前の小鬼一家惨殺事件を彼らは未だに根に持っているそうだ。あの堅物どもが自分たちの『聖なる銀行』にダイアゴン横丁の住人を避難させることを許したのは、そういった経緯も影響しているのだろう。

 

今思えば、あれはリドルの最も大きな失敗の一つだったな。もし小鬼どもが敵に回っていれば、今回の戦争はもっと大規模に、もっと泥沼の展開になっていたはずだ。私もかなりの苦戦を強いられただろう。……まあ、今更考えても詮無い事だが。

 

私が室長に了解の頷きを返したのを見て、今度はボーンズが声を放った。その身をテーブルに乗り出して、ひどく真剣な表情を浮かべながらだ。

 

「重要なのは、どんな小さな情報でも見逃さないことです。これまでの死喰い人の戦い方からして、こちらが先手を取るのは不可能でしょう。私たちが広いイギリスを守っている以上、後手に回らざるを得ません。……故に、迅速な連携と対応こそが被害を最小限に留める鍵となります。」

 

そこで一度言葉を止めたボーンズは、テーブルに並ぶ顔触れを見回しながら続きを話す。気を抜いている者など一人も居らず、どいつもこいつも神妙な表情だ。

 

「いいですか? 役職や部署のプライドなど捨てなさい。どんな些細な情報でも共有なさい。長年の確執も無視しなさい。この部屋に居る全員が協力し合うのです。……未だ一年に満たぬ任期ですが、私はそれが出来る人間を揃えられたと自負しています。巨大な闇に対抗出来るだけの魔法使いを集められたと確信しています。……この国は一度ヴォルデモートに荒らされました。しかし、二度目はありません。今回は乗り切りますよ。イギリス魔法界のために。」

 

そこで杖を眼前に構えたボーンズに倣うように、部屋の全員が……腕を組んだままの私以外の全員が杖を上げて唱和した。『イギリス魔法界のために』と。

 

まあ、ボーンズの言う通りだろう。万全ではないが、最善は尽くしたはずだ。今のこの部屋に無能など一人も居ないことがそれを物語っている。全然役に立たなかった十五年前とはえらい違いではないか。

 

とにかく、大枠は整った。後は中を……細やかな作戦を整えるだけだ。魔法省、ロンドン、ホグワーツ。この三箇所はかなりの確率で戦場になるだろう。特にロンドンについては手早く協議して作戦を固めなければ。

 

何にせよ、派手にいこうじゃないか。迫る戦いの気配を感じながらも、レミリア・スカーレットは静かに微笑むのだった。

 


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