Game of Vampire   作:のみみず@白月

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Magus Night

 

 

「さて、そろそろかしらね。」

 

閑散とした天文台に響く紫の魔女の呟きを聞いて、霧雨魔理沙は遥か下の地面を眺めながら頷きを返していた。もう敵の姿ははっきりと見えている。つまり、間も無く戦いが始まるということだ。

 

ホグワーツ城の南側に広がる大きな湖。その境界に沿って進軍してくるのは百体ほどの巨人の軍勢と、それより尚多い黒ローブと人狼の集団。そして東側の禁じられた森の中でこちらを窺う亡者の群れと、その上空を飛び回る吸魂鬼たち。……やっぱり凄い数だな。今からあれが全部襲ってくるわけか。

 

天文台の縁から準備を整える敵方を見下ろしつつ、ノーレッジに向かってどうするのかと問いかけようとしたところで……おいおい、マジかよ。巨人たちがここまで聞こえるほどの雄叫びを上げながら、石像たちが守る城の正面へと走り始めた。

 

この光景を見てると改めて理解できるな。『デカい』ってのがどんなに理不尽なものなのかが。静寂を切り裂く巨人の叫びに身を震わせながら、今度こそノーレッジに向かって質問を放つ。

 

「お、おい、どうすんだよ。来たぞ。」

 

「そうね、来たわね。そして、あれは悪手よ。……死喰い人の中にはホグワーツの卒業生だって居るはずなのに、何だってあのルートを選んだのかしら?」

 

「どういう意味だ?」

 

「少しは自分で考えてみなさい。貴女もこの城の生徒なら答えを知ってるはずよ。」

 

むう、やけに落ち着いてるな。ノーレッジの素っ気無い返事を受けた私が考え始めたところで、ずっと黙って巨人の方を見ていた咲夜が声を上げる。ちょっとだけ呆れたような声色だ。

 

「うわぁ……そういえば棲んでましたね、あれ。」

 

『あれ』? 咲夜の目線を追って再び湖の方を見下ろしてみると、巨人たちを湖中へと引き摺り込んでいる『あれ』の姿が目に入ってきた。……大イカだ。湖の中から突き出したその巨大な触手で巨人たちを絡め取り、抵抗などものともしない様子で水中へと手繰り寄せている。スケール感が狂うぞ、こんなもん。

 

大きな巨人たちと、それよりなお巨大な触手たち。やけに壮大な戦いの決着が付く間も無く、ジタバタと暴れながら引っ張られていく巨人たちの方へと、今度は一斉に三又の槍が降り注いだ。雨もかくやとばかりの数だ。

 

「……ひょっとして、水中人か?」

 

「そうよ。彼らも契約に従って参戦したの。」

 

そういえば、去年の第二の課題の時にリーゼから聞いた気がするな。大昔にも水中人はホグワーツのために戦ったとか何とかって。ノーレッジの言う『契約』とやらも、きっとそれに関わるものなのだろう。

 

本来ならあまり巨人に対しての打撃にはならなさそうだが、触手に襲われている今となれば話は別らしい。巨人たちは触手の拘束から逃れようともがきながら、降り注ぐ槍に苦悶の呻き声を上げている。

 

それを後方で見ていた死喰い人たちが急いで助けに入っているが……うーむ、あんまり意味はなさそうだな。触手は撃ち込まれる呪文をものともしていないし、水中人たちは素早い動きでそれを避け始めた。それどころかおちょくるようにマーミッシュ語で挑発している。距離があるので声自体はよく聞こえないが、バカにしてるのは仕草で分かるぞ。

 

まあ、ざまあみろだ。右往左往した挙句、次々と降ってくる槍を必死に防ぐことしか出来ていない死喰い人たちに鼻を鳴らしていると、禁じられた森の方を見ていたノーレッジが声をかけてきた。この魔女にとっては巨人たちの惨状など注目に値しない出来事らしい。

 

「……さて、霧雨。こっちに来なさい。南側は湖の住人たちが足止めしてくれるでしょうし、先に貴女への最後の授業を済ませるわ。」

 

飛んできた言葉を受けて、慌ててノーレッジの方へと歩み寄る。……何をするんだ? というか、ひょっとして私のやることも作戦に組み込まれてたりするのか? だとすれば絶対に失敗できないぞ。

 

「それは分かったけど、具体的には何をどうするんだ? この状況で私に出来ることなんて高が知れてるぜ?」

 

緊張しつつも質問を送った私に対して、ノーレッジは冷静な表情で森を指差しながら答えを返してきた。

 

「南側が上手く機能していない以上、敵は恐らく牽制のために亡者を動かしてくるわ。それを貴女が叩くのよ。」

 

「私が、叩く? あれだけの数を? ……おいおい、そんなの無理だぞ! 私にはそんな大それた魔法なんて──」

 

「落ち着きなさい。やり方は教えるし、貴女にはもうそれが出来るはずよ。あとは実行する覚悟だけ。……ほら、分かったらさっさと八卦炉を出して頂戴。まさか寮に置いてきたわけじゃないんでしょう?」

 

もちろん肌身離さず持ち歩いているが……でも、もし失敗したらどうなるんだ? そうなった時に代わる策はあるのか? 真っ青な顔の私が取り出したミニ八卦炉を見たノーレッジは、何かを確認するかのようにその表面を撫でながら説明を続ける。

 

「やることは至極単純よ。炉に渦巻く膨大なエネルギーに方向を付けて、それを思いっきり放出するだけ。タネも仕掛けもない力押し。物凄く単純で、故に理不尽な『切り札』ってわけね。」

 

「だけど、それは絶対にやるなって言ってたろ? 私じゃ制御できないからって。」

 

いつぞやの個人授業でそう言ってたはずだぞ。ちょっとしたミスでエネルギーが拡散したり、力が強すぎてミニ八卦炉が爆発したりするから試すなって。手の中の八卦炉を握り締めながら呟く私へと、ノーレッジは一つ頷いてから返事を寄越してきた。

 

「あの時点ではね。今は違うわ。八卦炉の扱いに慣れた貴女ならもう制御できるはずよ。貴女にだってその自覚はあるでしょう?」

 

「そりゃあ、やり方は何となく分かるけど……それでも危ないだろ! もし失敗したらどうするんだよ。何もこんな状況でやらなくたっていいんじゃないか?」

 

今はホグワーツがどうなるかの、私の知り合いたちの生死が懸った瀬戸際の筈だ。もし私が失敗して、ホグワーツ城に意図せぬダメージを与えたら? 死喰い人の利になるような事故になったら? 最悪の事態を想像する私に、ノーレッジは肩を竦めながら言葉を放つ。

 

「いいえ、今やるの。私は貴女の『切り札』を作戦に組み込んだわ。それは貴女なら出来ると予想したからよ。……腹を括りなさい、霧雨。魔女は度胸でしょ?」

 

なんだよそれは。あんまりにもあんまりな台詞に呆然としていると、やおら近付いてきた咲夜が私の手を取って話しかけてきた。何となく柔らかさを感じる、困ったような苦笑いを浮かべながらだ。

 

「あのね、魔理沙。パチュリー様はとっても頭の良い方なの。そのパチュリー様が出来るって言うんだから、貴女は間違いなく出来るはずよ。」

 

「でも、ぶっつけ本番なんだぜ? それに、今からやろうとしてるのは物凄く危ないことなんだ。失敗したらとんでもないことになるんだぞ。」

 

「うん、分かってる。私には何をやるのかさっぱりだし、何の手助けもしてあげられないけど……でもね、私も魔理沙なら出来ると思うわ。貴女ならきっと、こういう場所で失敗したりしない。ビシッと決めてくれるって思っちゃうの。……まあ、何故かって聞かれたら困るんだけどね。」

 

咲夜の真っ直ぐで静かな声を聞いて、何故か急に冷静さが戻ってくる。ふわふわ浮かんでいた自分が、しっかりと地に足を付けたかのように。……私らしくなかったな。ビビるなよ、霧雨魔理沙。お前は魔女になるんだろ? だったら挑んで、そして成功させろ! これはきっとアリスや、ノーレッジや、魅魔様だって乗り越えてきた道なんだ。

 

「……ん、やってみるぜ。ありがとな、咲夜。信じてくれて。」

 

「そんなの当たり前でしょう? ……ここで見ててあげるから、さっさと決めちゃいなさい。」

 

「おう、任せとけ!」

 

空元気でも自信過剰でもいい、バカみたいに出来ると信じろ。後は自分の積み上げた努力次第だ。それだけは誰にも負けてないはずだぞ。『アイツ』のような理不尽な才能も、リーゼのような種族的優位も、咲夜のような生まれついての能力も私には無いが……積み上げた数だけは誰にも負けないはずだ。

 

迷いを断ち切って禁じられた森に向き直った私へと、ノーレッジが……おお、初めて見た。笑ってるぞ、こいつ。たまに浮かべる皮肉げな魔女の笑みではなく、『ノーレッジ』としての微笑みをその顔に浮かべている。

 

「結構、覚悟は決まったようね。良い友人を得られたことに感謝なさい。」

 

「もうしてるぜ。毎日のようにな。」

 

「あら、そう。……それじゃ、八卦炉を構えて起動して頂戴。若干北側を狙う感じでね。」

 

「北側? あっちにはあんまり居ないと思うぞ。」

 

木の影で暗くなっている所為でよくは見えないが、亡者たちが多く居るのはここから見て真っ直ぐ東だ。染み付いた動作で八卦炉を起動させた私の問いに、ノーレッジはぼんやりと宙を眺めながら答えを返す。

 

「全力で放出するとなれば、今の貴女がエネルギーを撃ち出せるのは長くて七秒ってとこよ。だから、森の縁に沿って横一線に薙ぎ払ってもらうわ。あと少し、もうちょっとだけ左に……そう、そこ。そこから森沿いに動かすの。」

 

「分かった。……一応聞くけど、亡者ってどんな生き物なんだ?」

 

防衛術の教科書によれば、魔法で無理矢理動かされている死者とのことだったが……『薙ぎ払う』という物騒な単語を聞いて少し不安になった私へと、ノーレッジは苦笑しながら口を開いた。

 

「安心しなさい、亡者はもう死んでるわ。私には死んだ経験が無いからあくまで想像になるけど、肉体を滅ぼされるのは彼らにとって『救い』なはずよ。貴女だって死んだ後に好き勝手使われたら良い気はしないでしょう?」

 

「それならいいんだけどさ。」

 

「救ってやりなさいな。死者は現世に振り回されず、ただ静かに眠っているべきなのよ。……大抵の場合はね。」

 

そうじゃない場合もあるってことか? まあ、今聞くことじゃないか。僅かな疑問を胸の奥に仕舞い込みながら、ミニ八卦炉を指示された地点に向けて構えていると……動いたぞ。やや南寄りの森上空を飛んでいた吸魂鬼たちが、一斉に私たちの居るホグワーツ城へと近付いてくる。

 

「吸魂鬼は無視して構わないわ。あの連中は独力じゃ防護魔法を越えられないから。……それより、撃つための準備をしておきなさい。やり方はもう分かるでしょう?」

 

「ああ、大丈夫だ。」

 

炉の中に渦巻くエネルギーを感じながら、複数の卦を通してそれを高めていく。慎重に、でも躊躇わず。これまで学んだ知識を総動員して八卦炉を操作し続けると、炉の中でぐるぐる回る力が徐々に強くなり始める。

 

次第に八卦炉が軋みを上げ、焦げ付くような音が大きくなってくるが……まだいけるはずだぞ。もっと強く、もっと大きく。増え続けるエネルギーが炉に収まる限界を迎えようとした寸前、ノーレッジの鋭い声が私に突き刺さった。

 

「今よ。私が城を覆う障壁を開くから、思いっきり薙ぎ払いなさい。」

 

その声が聞こえた瞬間、エネルギーを押し留めていた枷を外す。途端に私の握るミニ八卦炉から、動き出した亡者たちに向かって膨大な白いエネルギーが放たれた。……ヤバいぞ、これは。物凄い反動だ。

 

開けていた視界が真っ白に染まる。信じられないほどの轟音と、それを感じさせないほどの凄まじい光量。巨大な光の柱。こんなもん閃光なんてレベルじゃないぞ、『砲撃』だ。あまりにも強大なエネルギーに冷や汗を流していると、ノーレッジが興味に彩られた魔女の顔で指示を寄越してくる。

 

「そのまま横に動かしなさい。ゆっくりと、焦らずにね。急に動かすと制御できなくなるわよ。」

 

「分かっ……てる!」

 

両の手で押さえ付けている八卦炉を、じわじわと右に動かしていく。放たれている光があまりにも大きい所為で、もう森なんか全然見えないぞ。記憶を頼りになんとか横一線に動かしていくと……徐々に光が収まり、自分の起こした『惨状』が目に入ってきた。

 

先ず、森に沿うように地面が大きく抉れている。線っていうか、もはや塹壕みたいだな。抉れた地面は白熱しており、その周辺に居たはずの亡者の姿はゼロだ。形すら残らなかったらしい。

 

そして、その付近の森の木が物凄い勢いで燃え盛っている。……更に言えば、ハグリッドの小屋も半分が『無くなって』いて、もう半分は火の中だ。ハグリッドもファングも城の中に避難しているのは知ってるが、これは後で謝る必要がありそうだな。

 

「……こりゃまた、凄いな。」

 

完全に光の収まった八卦炉を下ろして、感想とも言えぬ感想をポツリと呟いた。思い出すのは子供の頃、人里から見た光の柱だ。何処か遠くで名も知らぬ大妖怪が撃ったのであろう、空へと昇っていく純粋な『力』。ずっと離れた場所にある里の住人たちですら恐怖を抱く、圧倒的なほどの暴力。

 

それを見たのはかなり小さな頃だったから記憶が定かでないが、私が今撃った光によく似ていた気がする。在りし日の光景を思い出す私へと、ノーレッジが両手を動かしながら話しかけてきた。開けた障壁を元に戻しているらしい。

 

「心しなさい、霧雨。貴女は力を得たわ。リーゼやレミィ、ともすれば私をも傷付けかねないほどの力をね。……これを何処に、誰に向けるのかは貴女次第よ。よく考えて使いなさい。」

 

「……ん、覚えとく。絶対忘れないぜ。」

 

「賢明な選択ね。……それじゃ、これにて私の授業は終わり。魔女へと至るなり、人間を貫くなり、後は自分で決めなさいな。」

 

終わり、か。軽い口調で言った大魔女の方を向いて、深く頭を下げながら言葉を放つ。思ったよりも疲れてるみたいで上手く身体が動かないが、これだけはきちんと言っておかねばなるまい。

 

「ありがとな、ノーレッジ……先生。お陰で一歩前に進めたぜ。」

 

「取引でしょ。礼は不要よ。」

 

プイと向こうを向いてしまったノーレッジに苦笑してから、ドサリと後ろに倒れ込む。……いやはや、疲れた。一度腰を落とした今、しばらくは立ち上がれそうにないぞ。これは体力ももう少し付けるべきかもな。

 

クタクタの身体を休ませながら新たな課題のことについて考えていると、後ろで見ていた咲夜が隣に座って声をかけてくる。

 

「カッコ良かったわよ、魔理沙。お嬢様方の次くらいにはね。」

 

「へへ、そりゃ残念だな。これでも超えられないか。……ハリーたちは大丈夫かな? こっちが動いたってことは、あっちも動いてるんじゃないか?」

 

「リーゼお嬢様が居るんだから大丈夫に決まってるでしょ。それよりほら、これだけ働いたんだから貴女は少し休んでなさい。」

 

「まあ、そうだな。ちょっと休ませてもらうか。」

 

当然、ホグワーツの戦いはまだ終わっていない。いくら大イカや水中人たちでもあの数の巨人相手では完全に対処し切れないだろうし、死喰い人なんかも大量に残っているのだ。だから、戦況はかなり気になるが……ちょっと今は動けないな。ノーレッジ、リーゼ、教師たちを信じて休んでおくか。

 

ごろりと仰向けになって輝く満月を見上げながら、霧雨魔理沙は皆の無事を祈るのだった。

 


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