Game of Vampire 作:のみみず@白月
「さっきのは何だったんだろ? リーゼは分かる?」
隣に立つハリーの心配そうな呼びかけを受けて、アンネリーゼ・バートリは訝しげに見ていた東側から視線を戻していた。……パチュリーのやつ、何をしたんだ? 物凄い音だったぞ。
クィディッチ競技場の方へと繋がる一階西側の渡り廊下。その場所でハリーたちに向けて戦闘に関する説明をしていたところ、突如として凄まじい轟音が鳴り響いたのだ。更に、私ですら肝を冷やすような膨大な力も感じられた。
感じた方向が天文台な以上、恐らくパチュリーが何かをしたんだと思うんだが……ビックリするから先に言っとけよな。馴染みのない力だった所為でちょっと焦っちゃったじゃないか。説明不足の魔女に抗議の思念を送りつつ、不安そうな表情のハリーたちへと返答を返す。力はともかくとして、轟音は彼らにも聞こえたはずだ。そりゃあ不安にもなるだろう。
「ま、心配ないよ。多分こっちからの『攻撃』だ。」
とはいえ、小さな違和感があるのも確かだ。パチュリーはどちらかと言えば細やかに編み上げた大魔法を好んで使うはずだが、感覚からしてさっきのは完全に力押しのそれだった。似合わんな。新しい魔法でも創り出したのか?
少し腑に落ちないままで放った私の説明を聞いて、手摺から身を乗り出してどうにか東側を見ようとしているハーマイオニーが口を開いた。危ないじゃないか。下は崖だぞ。
「そうなの? でも、物凄い音だったわね。あっちは城でよく見えないけど、音と一緒に少しだけ明るくなってた気もするし……ホグワーツ城の仕掛けか何かなのかしら?」
「仕掛けというか、パチェが何か大規模な魔法を使ったんだろうさ。敵にも味方にも、他にあれだけのことが出来そうなヤツは居ないしね。」
これだけの力となると、下手すると向こう側は方が付いてるかもな。肩を竦めて言った後、再び説明へと話を戻す。向こうは向こう、こっちはこっちだ。本隊が居るらしい東側で派手な動きがあった以上、こちら側の敵もそろそろ動きを見せるだろうし。
「何にせよ、詳しいことは後で聞けばいいよ。それより今は目の前のことに集中するんだ。盾の呪文が最優先、攻撃は二の次。分かったね?」
私の注意に頷いた四人を前に、脳内でプランを纏め始める。改めて考えると難しいな。強そうなのは私が処理するとしても、数が多いと面倒だし、流れ弾の危険だってあるだろう。……うーむ、序盤で一気に『選別』する方向でいくか。
「いいかい? 最初に私が突っ込んで数を減らすから、キミたちはここで待機していたまえ。しつこいようだが、敵の呪文を防ぐのに集中するんだよ? 余裕がない時は攻撃しなくても良いくらいだ。」
誰に過保護と言われようが、これを曲げるつもりはないぞ。勝てる戦いに命を懸けるのなどバカのやることだ。当人たちがどう思っているにせよ、今回の戦いはあくまで『訓練』。余計なリスクを背負うつもりは毛頭ない。
最悪、戦闘を直に見るだけでも経験にはなるだろう。真剣な表情を浮かべる私の言葉を受けて、四人が再び神妙に頷いたのを確認していると……おや、お出ましか。夜闇の向こうから黒ローブの集団が近付いてくるのが見えてきた。
「さて、ようやくお客様が来たぞ。……それじゃあ、キミたちは杖を構えて少し待っていたまえ。私が調節してくるから。」
「『調節』? ……危なくはないのよね?」
「私には、ね。」
敵にとってはそうじゃないかもしれんが。心配そうに言ってきたハーマイオニーに苦笑してから、四人をその場に残して渡り廊下の出口付近に向かう。月明かりに照らされた黒ローブたちは、防護魔法の膜に穴を空けようと頑張っているようだ。
うーん? ここに居る時点で別働隊ってのは間違いないのだろうが、それにしたってあんまり多くないな。三、四十人くらいか? しかも、七割以上が狼人間のようだ。ローブのフードから長いお鼻が覗いている。変身済みなのに仲間割れをしていないところを見るに、脱狼薬でも使って自我を保っているらしい。
というか、まさかスネイプ作の薬じゃないだろうな? ……あの男なら信用を得るためにやりかねんぞ。それだけこっちの力を信用しているということなのだろうが、帰って来たら文句を言う必要がありそうだ。内心で懐かしき陰気男にため息を吐きつつも、障壁ギリギリに近付いて不法侵入者たちへと声をかけた。
「やあ、矮小な人間諸君。犬ころの散歩ならもっと場所を選びたまえよ。人様の敷地でやるのはマナー違反だぞ。」
とりあえず軽めに挑発してみると、最前列で踏ん反り返っていた黒ローブの一人が返事を寄越してくる。……おっと、こいつも狼人間か? 変身した状態で喋れるとは知らなんだ。
「逃げなくていいのか? コウモリ女。貴様とてこの人数を相手にするのは厳しいだろう? ……そら、逃げ惑え。俺に満月の狩りを愉しませてくれ。」
「あー、なるほどね。帝王閣下がキミたちに上手いこと説明できてないってのがよく分かったよ。あるいは、キミたちの脳みそが不足してるだけなのかもしれんが。……これは本気の質問なんだがね、キミたちはいつになったら吸血鬼の恐ろしさを理解してくれるんだい? 二、三百年前の人間はもうちょっと飲み込みが早かったぞ。」
「傑作だな。スカーレットはともかくとして、三下の吸血鬼を恐れるとでも思っているのか? そら、もうすぐ障壁に穴が空くぞ。俺の牙がお前の肌に突き刺さるぞ。……逃げろ! どこまでも追い立ててやる!」
アホかこいつは。『がおー』のポーズをしながら言ってきた犬ころを冷ややかな目で一瞥した後、その場で腕を組んで思考を回す。幾ら何でもリドルが私を警戒しないとは思えんし、それを理解していないこいつらはどうも捨て駒っぽいな。
大方、血の気が多すぎて扱い難い狼人間を陽動がてら処理しようとでもいうのだろう。東側のために少しでも戦力を削れれば良し、削れなくとも内部の不穏分子を纏めて片付けられるってところか? ゴミの始末くらい自分でやったらどうなんだよ、まったく。
まあいい、どうせ捨てるゴミならハリーたちの役に立ってもらうか。別にこっちから障壁を突破して殺しまくってもいいのだが、それだと残った連中は逃げてしまうだろう。『カカシ』になってもらうためには逃げ場の無い膜の内側へと誘導する必要があるわけだ。
となれば……うん、先ずは穴が空くのを待つべきだな。キャンキャン騒ぐ犬どもを無視して一つ頷いた後、必死に私を怖がらせようとしているリーダー犬へと言葉を放つ。
「怖いね、とても怖いよ。泣いちゃいそうだ。……ところでキミはご存知かな? 魔法界の吸血鬼とは別に私たちが存在しているように、世には純血種の狼人間も居たってことを。キミたちの祖先で、キミたちよりもずっと強大な存在がね。」
「……何を言っている?」
「まあ、ジャーキーでも齧りながら聞きたまえよ。どうせ穴が空くまでは暇なんだろう? ……確証は無いが、キミたち『狼人間』の大元はそこから血が混ざった混血種なんじゃないかな。彼らは満月になると巨大な狼に変身して人間たちを襲っていたんだ。強靭な肉体を持ち、体格で勝る巨人ですら食い物にしていた。……だが、今はもう居ない。少なくともイギリスにはね。何故だと思う?」
嘗て父上から聞いた話だ。ゆっくりと後退りながら問いかけてやると、犬ころは勝ち誇るような笑顔で言葉を返してきた。今や障壁には小さな穴が空き、それは死喰い人たちの奮闘に従って徐々に大きくなっている。
「気を逸らそうとでもしているのか? 今更逃げても遅いぞ。もう穴は空く! ……ああ、楽しみだ。吸血鬼に噛み付くのは初めてだからな。貴様の肉はどんな味なんだ? どんな声で泣き叫ぶ? ……そら、空いたぞ! 俺を愉しませてみろ!」
ようやく空いたか、遅いぞ。人ひとりが通れるほどの穴が空いたところで、雪崩れるようにこちら側に突っ込んでくる狼人間たちを前に、指をピンと立ててウィンクを送った。それじゃ、始めようじゃないか。
「んふふ、冥土の土産に教えてあげるよ。それはね、彼らが『夜の支配者』に逆らったからさ。」
先陣を切って走ってきた四つ足の犬ころが私の目の前に到達した瞬間、周囲の光が全て消え失せる。真っ暗闇だ。一寸先も見えぬ、純然たる闇。月明かりすらも届かないその場所で、クスクス笑いながら口を開いた。私だけが見通せる、私の支配する世界で。
「そぉら、これが本物の『夜』だよ。普段のそれが如何に明るいのかが理解できただろう? ……怖いかい? 一歩先には何があると思う? 気を付けたまえ、渡り廊下の横は崖だからね。それに、背後の穴ももう塞がった。不用意に突っ込めば死んじゃうぞ?」
「早く明かりを灯せ! 小細工に惑わされるな!」
「もうやってる! だけど……
んー、残念。これは魔法ではなく、私の能力だ。である以上、単なる杖魔法では打ち破れまい。慌てふためく死喰い人の間をのんびり歩いて、狼人間を次々に片付けていく。ハリーたちから見えないってのも好都合だな。
戦闘ならば見せる価値はあるかもしれんが、今やっているのは単なる『処刑』なのだ。一方的に狼人間が殺されてるところなんか見せたって何の意味も無い。だったら暫くは真っ黒なドームを見学してた方がマシだろう。死喰い人だろうが人が死ぬってのはあんまり気分の良い光景じゃないだろうし。
さすがに甘すぎるか? 苦笑しつつも首をへし折った死体を崖下に放り投げていると……おお、やるじゃないか、犬ころ。鼻をヒクつかせながらのリーダー犬が私に向かって爪を振り立ててきた。犬の顔なのでいまいち分かり難いが、必死だってのは何となく伝わってくるな。
「分かるぞ、貴様のニオイが!」
「おいおい、乙女の匂いを嗅ぐだなんて気持ちが悪いぞ。この変質者め。そういう趣味でもあるのかい?」
「黙れ! ここに……クソが! 何処へ逃げた! ちょこまかと鬱陶しい小娘だ!」
うーん、滑稽。リーダー犬は悪態を吐いて両手を振り回しながら、ジリジリとこちらに歩を進めている。確かに匂いを感じていようが、一歩先に地面があると分かっていようが、それでも視界がゼロってのは怖いのだろう。ヨチヨチ歩きの赤ん坊みたいだぞ。
「ほらほら、犬さんこちら。そっちじゃないぞ。ちゃんと歩きたまえよ。」
「殺せ! この女を殺せ! 声の方向に呪文を撃てばいい!」
リーダー犬からの指示を聞いて、狼人間以外の杖を持った死喰い人たちが慌てて呪文を放つが……いやいや、それはマズいだろうが。あらぬ方向に飛んでいくならまだマシな方で、いくらかの閃光は同士討ちを引き起こしている。何で当てられると思ったんだよ。
「
「やめろ、馬鹿どもが! こんな状況で呪文を撃てば味方に当たるぞ! やめさせろ、グレイバック! 落ち着いて一度態勢を立て直せ! 一体何を考えて──」
「……ヤックスリー? おい、ヤックスリー? 返事をしろ! ……ああクソ、ふざけるなよ、グレイバック! すぐにやめさせろ! お前たちも杖を下ろせ! 乗せられてるぞ!」
「黙れ、ニュージェント! あの小娘を殺さねばどうにもならんだろうが! 構わず撃ち続けろ! 多少犠牲を出してもいい! 早く忌々しい吸血鬼を殺すんだ!」
なんとまあ、面白いように混乱してくれるじゃないか。全てが見えている私からすればバカバカしいやり取りだが、当人たちは真剣そのものだ。大声で叫び続けて自分の位置を知らせるヤツ、その場に蹲ってやり過ごすヤツ、四方八方に呪文を撃ちまくるヤツ。間抜けが選り取り見取りだな。
あまりの惨状に半笑いを浮かべながらも、狼人間を優先して刈り取っていく。犬は練習相手に向いてないからいらんのだ。杖持ちで弱そうなのは……よし、あいつとあいつは残そう。蹲ってるヤツも残してよさそうだし、後はリーダー犬を始末すれば終わりかな?
「何処だ、小娘! 出てこい! 小細工なんぞ使わずに、正々堂々勝負したらどうなんだ!」
「言ってることが酷すぎるぞ、グレイバック。キミの悪行は私だって知ってるよ。事もあろうに、そのキミが闘いの正道を語るのかい? 三流のジョークだね。」
「黙れ黙れ! ……ここか! クソ、クソが! 何をしている、能無しども! 早く殺せ! 呪文はどうした!」
おやおや、怒っちゃってまあ。激昂しながら無茶苦茶に両腕を振り回すグレイバックに、忍び足でそっと近付いてから……右肩を掴んで思いっきり握り潰した。高貴で賢い私はこんな駄犬の侮辱など気にしない。気にはしないが、きちんと罰は与えなければ。特に三下とか言ってた部分に関しての罰を。
「ぐっ、この……ふざけるなよ、小娘! 俺をナメるな! 俺を……あああ、クソが、クソが!」
続けて左脚の膝あたりを蹴り折ってから、倒れ込んだグレイバックの左肩も踏み砕く。右脚だけで無様にもがく駄犬に馬乗りになって、首根っこを地面に押し付けてから周囲の光だけを元に戻した。
「やあ、犬。ようやく相応しい格好になったじゃないか。」
ニッコリ笑って話しかけてやると、グレイバックは急な光に目を眩ませながらも暴れ始める。……もう諦めたほうが楽だと思うぞ。お仲間も殆ど居なくなっちゃったし、動くのが右脚だけじゃ何も出来まい。
「貴様、貴様! 殺してやる! 八つ裂きにして、内臓を食ってやる!」
「んふふ、遂にキミの『順番』が訪れたのさ。因果ってやつだよ。どうやらキミはずっと狩る側だったようだが、上には上があるもんだ。私の狩場に迷い込んだ不運を呪いたまえ。」
「黙れ、コウモリ風情が! 殺す、殺してやる! 勝負しろ! 貴様の喉を──」
「んー、出来れば命乞いなんかも聞きたかったんだが……まあ、犬の戯言に堪えるのもそろそろ限界だ。終わりにしようか。」
喚くグレイバックの喉を押し潰してやると、肉の潰れる音と共に駄犬は静かになった。ふん、躾がなってない犬は嫌いだ。飼い主の程度が知れちゃうぞ。
鼻を鳴らしながら死体を崖に放り投げて、残った死喰い人の数を数える。……よし、七人。この数なら何がどうなってもハリーたちを守りきれるだろう。全員弱そうな若い連中だし、いい練習相手になってくれるはずだ。
しかし……うーむ、戦意喪失されちゃうのが怖いな。勝てば逃がしてやるとでも嘯くか? あるいは適当に脅して必死にさせるかだな。何にせよ、能力を解く前にちょっとした『説得』はしといた方が良さそうだ。
我ながら妙なことをやってるなと呆れながらも、アンネリーゼ・バートリは蹲る死喰い人に声をかけるのだった。……そんなにビクッとしなくてもいいじゃないか。