Game of Vampire   作:のみみず
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戦争一過

 

 

「なんか、全然食欲が湧かないよ。」

 

テーブルに並ぶ朝食をどこか恨めしそうに見ているハリーを他所に、アンネリーゼ・バートリはケチャップたっぷりのチーズオムレツを頬張っていた。周りの生徒たちも全然食べてないみたいだし、必死に作ったしもべ妖精が悲しんじゃうぞ。

 

ホグワーツの戦いが収束してから数時間後、再び大広間に集められた全校生徒はいつも通りに朝食を取っているのだ。寮に『仕舞い込まれて』いた生徒たちは戦いに参加した上級生たちに話を強請り、上級生たちは興奮した雰囲気で戦いの様子を語っている。

 

中でも一番人気の話題はパチュリーの大魔法だ。何処から情報が伝わったのかは定かでないが、あれが校長代理の魔法だというのはもはやホグワーツの常識に変わってしまった。殆ど寝てないってのにも関わらず、上級生たちはそれぞれの表現で何とかその光景を伝えようと奮闘している。……まあ、気持ちは分からんでもないな。滅多に見れない規模の魔法だったのは確かだろう。

 

それに対してハリー、ハーマイオニー、ロン、そしてロングボトムの四人はかなり疲れた表情だ。初めての『実戦』は彼らにとって疲労に値する出来事だったらしい。あれを実戦と呼んでいいのかは不明だが。

 

ま、悪くはなかった。私のフォローがあったとはいえ、四人は……ロングボトムでさえもが、一人前の魔法使い並みに戦えていたのだから。正直言って敵は全然『やる気』じゃなかったし、内容だけ見ればかなり微妙な感じだったが、戦場の空気を経験できたってのは良いことだろう。

 

ただ、やっぱりハリーの動きはズバ抜けてたな。四年生の時の経験が活きたのか、はたまた背負う覚悟の為せる技なのか。他の三人に感じられた一抹の迷いがハリーからは感じられなかった。……十五歳の少年が持つべきものではないのだろうが、それでもちょっとだけ安心したぞ。

 

そして、パチュリーの方に付いて行った魔理沙は机に突っ伏して熟睡中だ。朝食を食べようとする意志こそあったものの、席に着いた途端にスイッチが切れたかのように眠ってしまった。かなりの『スパルタ教育』を受けたらしい。

 

そういえば、咲夜の説明によれば大魔法の前に感じられた力は魔理沙が引き起こしたものだったようだ。……何を教えてるんだよ、やりすぎ魔女め。あれは十三、四の小娘が持っていいような力じゃないぞ。魔女ってのは本当に常識が無いな。

 

魔理沙もいつかはあんな性格になっちゃうんだろうか? 出来ることなら『アリス側』に寄っていって欲しいもんだな。スヤスヤ眠る見習い魔女を眺めながら考えていると、ポリッジを突っついていたハーマイオニーが質問を寄越してくる。皿の中身が全然減ってないのを見るに、彼女も食欲は皆無のようだ。

 

「ねえ、こんな風にのんびり朝食を食べてていいのかしら? だってほら、戦いがあったのよ? ……あったのよね、本当に。」

 

「うん、そのはずなんだけど……全然実感がないよ。僕、必死で。みんなと一緒に談話室を出たら、いつの間にかここに来てた感じ。」

 

神妙な表情で呟いたハーマイオニーとロングボトムに対して、ロンはかなりハイな様子で口を開く。

 

「本当にあったんだよ。それで、僕たちも戦ったんだ! ……そりゃあ、リーゼに守られながらだけどさ。でも、凄いことなんだぜ? 僕の失神呪文で死喰い人が──」

 

「それはもう聞いたよ、ロン。たった数時間で十回以上もね。」

 

ハリーの苦笑しながらの横槍に、ロンはちょっと赤くなって口を噤んでしまった。……うーむ、対照的だな。ハリーは比較的冷静に、ハーマイオニーとロングボトムはどこか重苦しい感じに、そしてロンは興奮して事を受け止めているらしい。

 

魔理沙は寝ているからよく分からんが、寝る前の顔からは何となく吹っ切れた雰囲気を感じた。そして咲夜は平時通りだ。時折眠そうに欠伸を嚙み殺しながら、普通に朝食を食べている。

 

……悪くはない結果、だよな? 少なくとも生徒は誰一人として死ななかったし、ホグワーツ城にも大きな被害はない。若干現実が追い付いてこないらしいが、誰かが死んで絶望するよりかは随分とマシな結果のはずだ。

 

欠伸を我慢しすぎて目尻に涙が浮かんでいる咲夜を見て微笑んでいると、今度はロングボトムが水の入ったコップを弄りながら言葉を放った。

 

「でも、改めて確認できたよ。……やっぱり僕は戦いには向いてないみたい。いざ敵と向き合った時、どうしても相手のことを考えちゃうんだ。情けないよね。」

 

「それは貴方が優しい人間だからよ。情けないなんてことは絶対にないわ。……そうね、私もダメな方みたい。手が震えちゃって、全然いつも通りに杖を振れなかったの。」

 

「そういうところが二人の良いところなんだと思うよ。それはつまり、相手の痛みを理解できるってことでしょ?」

 

ハーマイオニーとハリーの慰めを受けて、ロングボトムは苦笑しながら小さく頷く。やっとロングボトムらしい雰囲気に戻ったじゃないか。

 

「僕、強くならなきゃって思ってたんだ。パパとママを狂わせたヤツに復讐するんだって。……だけど、僕が選ぶべき道は違ったのかも。無理してそうしようとするよりも、もっと別の方法を選ぶべきなのかもしれないよ。」

 

そこで一つ大きなため息を吐いたロングボトムは、吹っ切れたように笑いながら話を締めた。

 

「だからさ、もう一度考えてみるよ。ばあちゃんともきちんと話し合ってね。……ありがとう、みんな。僕、何かが分かったような気がする。上手く言葉には出来ないけど、何かが。」

 

「……そうだね。ネビルのパパやママも、きっとそれを望んでるんじゃないかな。」

 

事情を知っているハリーの言葉に、ロングボトムは自分の杖を見つめながらこっくりと首を振る。ふむ? 私にはよく分からんが……ま、いいさ。連れて行った甲斐があったようでなによりだ。

 

「そういえばさ、他の場所でも戦いがあったんだろ? 魔法省とか、ロンドンとかでも。だから、その……犠牲者はどのくらいなんだ?」

 

ロングボトムの話が一段落したのを見て、恐る恐るといった表情で聞いてきたロンへと返事を返す。レミリアから取り急ぎの連絡はあったが、詳細な報告は私もまだ聞けていないのだ。

 

「残念ながら、そこそこの数の死傷者は出たよ。ただキミたちの知り合いで死んだ者はいなかったはずだ。……詳細は予言者新聞に載るらしいから、それを待つしかないかな。」

 

「そういえば、今日は届くのが遅いわね。」

 

「色々あったし、さすがに纏め切れないんだろうさ。もしかしたら今日の新聞は夕方になるかもね。」

 

あの『いい加減新聞』も、今日ばかりは記事を練り込んでくることだろう。死者のリストなんかもその時一緒に載せてくるはずだ。心配顔のハーマイオニーに肩を竦めて言ったところで、教員席の後ろのドアからマクゴナガルが現れた。

 

「おっと、副校長どののお出ましだぞ。ありがたいお言葉を拝聴しようじゃないか。」

 

「……マクゴナガル先生が連絡するってことは、ノーレッジ先生は休んだりしてるのかしら? あれだけの魔法を使ったんだからお疲れでしょうし。」

 

「パチェだったら普通に本でも読んでるんだと思うけどね。面倒くさいから細かい連絡なんかはマクゴナガルにぶん投げたんだろうさ。つまり、平常運転に戻っただけだよ。」

 

我らが紫しめじはあの程度の魔法で疲弊するほど可愛げのあるヤツじゃないのだ。私とハーマイオニーがコソコソ話をしている間にも、マクゴナガルは生徒たちの視線を受けながら教員席の前までゆっくり進むと、その大声を大広間中に響き渡らせる。

 

「当然のことですが、今日の授業は中止です! 学期末試験は延期、フクロウ試験とイモリ試験に関してもそうなる可能性があります。更に、今日一日は城外への外出は禁止ですからね。昼食は各談話室、夕食は大広間で取るように。詳しいことは夕食の席で説明しますので、眠れなかった者はきちんと睡眠を取っておきなさい!」

 

「嘘だろ? フクロウ試験は『延期の可能性』? 中止じゃないのか?」

 

ロンの情けない声が周囲の騒めきにかき消される中、マクゴナガルはスタスタと出てきたドアに戻って行ってしまった。……試験はともかく、指示としては妥当なところだな。マクゴナガルなんかも完全に状況を把握しているわけじゃないだろうし、生徒への説明は先延ばしにしたわけか。

 

それに、お片付けもまだ完全に終わってないのだ。魔理沙の作った『地上絵』は健在だし、破壊された石像や巨人の死体なんかも転がっている。まさか死体に興味を示すヤツは居ないだろうが、片付け終わるまでは寮に閉じ込めておくべきだろう。

 

……さて、私もそろそろ働くか。物凄く億劫な気持ちを顔に浮かび上がらせつつも、皿の上のオムレツを食べ切って席を立った。

 

「それじゃ、私はちょっとばかし働いてくるよ。キミたちはマクゴナガルの指示通り談話室で仮眠を取っておきたまえ。」

 

「でも、リーゼは休まなくて大丈夫なの?」

 

「休みたいが、そうもいかない。……これぞ社会の苦労ってやつだよ。キミたちも数年後に実感するさ。」

 

ハリーの言葉に肩を竦めてから、とりあえずは校長室へと歩き出す。パチュリーの方になら私よりも詳しい情報が届いているはずだ。先ずは詳しい現状を聞きに行くとしよう。

 

騒がしい大広間の喧騒を背に、アンネリーゼ・バートリは面倒な気分で朝の廊下を歩くのだった。

 

 

─────

 

 

「いやはや、随分と派手にやったようじゃのう。」

 

苦笑しながら朝日に照らされる校庭を見下ろすダンブルドアへと、パチュリー・ノーレッジは小さく鼻を鳴らしていた。半分は霧雨のやったことだぞ。……まあ、指示したのは私だけど。

 

城に戻ってきたダンブルドアと細々とした情報のやり取りを終えた私は、校庭の修復をする為にと再び天文台まで引っ張り出されてしまったのだ。数時間前と同じ視点だというのに、全然違う景色に見えるな。

 

小鳥の鳴き声と、打ち捨てられた石像の残骸。湖面は静かに揺らめいており、森は柔らかく葉音を奏でている。……不思議だ。いつもと同じ光景のはずなのに、やけに穏やかに思えてしまう。昨夜との対比がそうさせるのだろうか?

 

興味を惹かれて自身の中の感情を探っていると、下を見ていたダンブルドアが振り返って声をかけてきた。ちょっと呆れたような表情だ。

 

「……また何か難しいことを考えているのかね? 変わらんのう、君は。常に何かを考え、常に何かしらの答えを出している。一度頭の中を覗いてみたいものじゃ。」

 

「乙女の頭の中を覗こうとしないで頂戴。」

 

「ううむ、どうやら君とは『乙女』の定義について話し合う必要がありそうじゃな。わしが思うに、今ここに居るのは老人と老婆なのじゃが。」

 

「黙りなさい、ダンブルドア。じゃないとここから落ちて死ぬ羽目になるわよ。」

 

なんて失礼なジジイなんだ。睨め付けて脅してやると、ダンブルドアは飄々と両手を上げて降参のポーズを示してくる。

 

「ほっほっほ、その最期はあまり楽しそうではないのう。死に方は別の方法を選ばせてもらうよ。……では、そろそろやろうか。」

 

「はいはい。」

 

「はいは一回じゃよ、ノーレッジ。」

 

「今のはあえて二重にすることで面倒くささを表現してるの。深みのある高度な表現技法なの。だから黙って杖を出しなさい。」

 

皮肉を返しながら杖を取り出して、ダンブルドアと背中合わせでそれを構えた。そのままタイミングを合わせて同時にゆっくり振ってやれば……転がっている石像の残骸が元の形に組み合わさり、校庭に刻まれた無数の穴が塞がり始める。

 

『畳まれていた』大橋はカシャカシャと伸びていき、半壊したハグリッドの小屋は以前の姿を取り戻し、焼け焦げてしまった森の木々は再び緑に染まった。時間を巻き戻すかのように元通りになっていくホグワーツの景色を眺めていると、杖を振りながらのダンブルドアが話しかけてくる。この程度なら片手間でも出来るわけか。

 

「……君はバートリ女史から聞いているかね? 例の『会談』のことを。」

 

「ええ、聞いてるわ。正直言ってあんまり興味はないけどね。」

 

「ふむ、それは君が『魔女』だからかね? それとも、『パチュリー・ノーレッジ』だからかな?」

 

「両方よ。当たり前でしょ。」

 

言葉の真意を受け取って返してやると、ダンブルドアは少しだけ黙り込んだ後、悩んでいるような声色で返事を送ってきた。

 

「……わしはきちんと話し合おうと思っておる。そして、君にも話し合いには参加して欲しいのじゃ。」

 

「別にいいけど、貴方の味方になるとは限らないわよ? グリンデルバルドに彼なりの考えと理由があるように、私にだって魔法族の姿勢に関して思うところはあるわ。」

 

「無論、それで構わんよ。わしらは嘗て議論を繰り返した。若さ故の無謀さと情熱を持った議論をね。……今ならばもう少し違った観点で話せるじゃろうて。そこに君の意見が加わるのなら頼もしい限りじゃ。」

 

言いながらダンブルドアが杖を下ろすのと同時に、私もエボニーの杖を懐へと仕舞う。今やホグワーツの校庭は平時と殆ど変わらない状態に戻ってしまった。これから訪れる者は戦いがあったことなど信じないかもしれんな。

 

「それが最後の身辺整理ってわけ?」

 

唯一残した過去の清算か。背中の旧友へと問いかけてみると、柔らかな気配と共に肯定の返事が返ってくる。

 

「うむ、そうなる。それさえ済めば、もはや思い残すことはない。……望外じゃな。まさかゲラートの問題にも決着を付けられるとは思わなんだ。場を用意してくれるバートリ女史には感謝しなければならないようじゃ。」

 

「どうかしらね? リーゼはリーゼで何か企んでるんだと思うけど。」

 

というか、絶対にそうだぞ。振り返ってから若干呆れた口調で忠告を飛ばすと、ダンブルドアは苦笑しながら首肯を寄越してきた。

 

「そうかもしれん。じゃが、それは悪しき企みではあるまいて。バートリ女史も彼女なりに魔法界のことを考えてくれているのじゃろう。」

 

「それは……まあ、そうかもね。」

 

うーむ、間接的にはそうなるのかもしれない。リーゼはグリンデルバルドを通して魔法界の在るべき姿を主張しているわけだ。……あいつも随分と変わったな。魔法界の未来を憂う吸血鬼か。似合わないにも程があるぞ。

 

皮肉屋な友人の変化を再確認していると、ダンブルドアが湖の方を眺めながら声を放ってくる。どこか疲れたような表情だ。

 

「……難しいのう。昔はもう少し物事の善悪がハッキリ見えていた気がするよ。それなのに、今はひどく曖昧に見えてしまうのじゃ。」

 

「いい歳して思春期のガキみたいなことを言わないで頂戴。自分が思う善が善。悪が悪よ。……ほら、簡単なことじゃないの。」

 

社会的正義や常識の善悪など知ったことか。自らの価値観のみを盲信するのが魔女なのだ。それが途轍もなく理不尽で、迷惑なことだってのは理解しているが、そこを曲げれば魔女は魔女たり得ない。自分の確固たる世界を持つことこそが魔女としての強さに繋がるのだから。

 

私の端的な言葉を受けて、ダンブルドアは虚を突かれたように目を見開くと……やがて心底愉快そうに笑い始めた。

 

「なんとまあ……強いのう、君は。怖くはならないのかね? 自分が間違っているのではないのかと、誤った道を歩んでいるのではないのかと。わしなどはいつもそう思ってしまうのじゃが。」

 

「なるわけないでしょ。私は世界の誰より私自身を信じてるもの。……多分、リーゼやレミィもそうなんじゃないかしら。人外の強さは確固たる自己賛美にあるのよ。仮に間違ったと思ったら、開き直って手のひらをひっくり返すだけね。」

 

「ほっほっほ、酷すぎる言葉じゃな。他人のことなど気にも留めぬと。」

 

「じゃないと生きてられないのよ。他者を思い遣る繊細な善人なんてすぐ死んじゃうでしょ? 自意識の強い図太い悪人なればこそ長生きしてるってわけ。」

 

美鈴や小悪魔、エマや妹様だってそうだろう。人外は自分の欲望にどこまでも素直で、他人の考えなど無視するほど頑固で、自分勝手で傍迷惑な存在なのだ。憎まれっ子世に憚る。それこそが世界の真理なのだから。

 

自己中心的すぎる私の説明を聞いて、ダンブルドアは含み笑いをしながらやれやれと首を振ると、一つ頷いた後で踊り場の方へと歩き始めた。

 

「いや、気が楽になったよ。君たちのことを見習って、わしも少しは頑固な老人になってみようかのう。……では、戻ろうか。次は城内の片付けを手伝わねばなるまい。」

 

「そんなもんマクゴナガルたちに任せればいいじゃないの。こっちは広い校庭を片付けたんだからもう充分でしょ。」

 

「ううむ、君はもっと他人を思い遣るべきじゃな。どうかね? わしが頑固になる代わりに、君が柔らかくなるというのは。」

 

「嫌よ。絶対に嫌。それだと私にメリットが無いじゃないの。」

 

謎の提案に断固たる返事を返しながらも、パチュリー・ノーレッジは仕方なしにダンブルドアの背に続いて歩き始めるのだった。

 



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