Game of Vampire   作:のみみず@白月

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四つ巴

 

 

「それじゃ、見張りは任せたからね。参加者以外は決して近付けないように。」

 

見張り役として連れてきた美鈴に注意を放ってから、アンネリーゼ・バートリは背後の建物へと振り返っていた。本当の意味で私たちのゲームが始まった場所。ゴドリックの谷に佇む、記憶より古寂びたダンブルドア家へと。

 

六月十五日の夕暮れ時。ホグワーツの生徒たちが試験期間の半分を告げる休みに一息ついている今日、遂に例の話し合いが執り行われることとなったのだ。既にパチュリー、ダンブルドアは私と共に到着しており、後はレミリアとゲラートを待つのみとなっている。

 

会談の場所をここにしたのは、ゴドリックの谷が歴史ある中立の場所だというのに加えて、私たちにとって全てが始まった場所だからだ。……いやはや、本当に縁深い場所だな。ゲラートも、ダンブルドアも、ハリーも、リドルも、そして私やレミリアでさえも。この場所で運命の転機を迎えたわけか。

 

だが、今回はあの時とは違う。今の私は窓の隙間から覗き見る愚かな戯曲家ではなく、舞台に上がった役者の一人なのだから。庭に咲き乱れる紫陽花を横目に玄関を抜けて、そのままリビングへと入ってみれば……椅子に座っていつも通りに読書をしているパチュリーと、部屋の隅で窓の外を眺めているダンブルドアの姿が目に入ってきた。

 

「おや、バートリ女史。スカーレット女史とゲラートは到着しましたか?」

 

「残念ながら、まだだよ。悪いがもう少し待つことになりそうだ。ゲラートの方はよく分からんが、レミィは魔法省の用事に手間取ってるみたいでね。」

 

「ほっほっほ、待ちましょうとも。もう五十年……いえ、百年近くも待たされたのです。今更焦ったりはしませんよ。」

 

だろうな。私と同様、これはダンブルドアにとっても待ち望んでいた話し合いのはずだ。鷹揚に微笑むダンブルドアに頷いてから、テーブルに直に座って先程までの話に戻る。

 

「それでだ、ダンブルドア。つまるところ、キミはハリーのために死んでくれるってわけかい?」

 

『自己犠牲』と『吸血鬼狩り』。残る二人のことを待つ間に、ダンブルドアからそれらの話を聞き終えたのだ。……ふん、後者に関しては私からは触れないぞ。全て自覚していることで、そして何の反論も出来ないのだから。自ら墓穴を掘りにいく理由などあるまい。

 

ピクリと本を持つパチュリーの指が動くのを確認しつつ聞いてやれば、ダンブルドアは静かに席に着いて返事を寄越してきた。彼もこれ以上追及してこないのを見るに、私の内心をよく理解しているようだ。狸ジジイめ。

 

「簡略化すればそうなります。貴女にとっては喜ばしいことでしょう?」

 

「そりゃあそうさ。私はキミなんかよりもハリーの方がずっと大事だからね。……怒ったかい?」

 

「まさか、怒るなどとんでもない。わしとしては喜ばしい言葉ですよ。どうやら貴女は『銀の杭』を手放せなくなってしまったようですな。……ふむ、五年前の貴女に聞かせてみたらどんな反応を示すのでしょうか? 非常に気になるところです。逆転時計が手元にあれば良かったのですが。」

 

「……キミにしては性格の悪い問いかけじゃないか。もちろんノーコメントだ。」

 

『成長』か。……レミリアがどう思っているのかは知らんが、私としては大いに納得の説明だった。百年前の、五十年前の、そして五年前の自分。どれを取っても歳を重ねただけのガキにしか思えないのだから。

 

でも、仕方ないじゃないか。小さなリーゼちゃんは今まさに『成長期』の真っ最中なんだぞ。私が天井に目を逸らしながら呟いたところで、本に目を落としたままのパチュリーが口を開く。何を考えているのやら、ちょびっとだけ不服そうな表情だ。

 

「そんなことよりも、先に最後の分霊箱についてを話し合うべきだと思うけど? ……大蛇が分霊箱だったってアリスの推理。二人はどう思っているのかしら?」

 

「私は正しい推理だと思うけどね。守護霊は基本的に生体や物体には影響を及ぼさないはずだろう? 私の知る『魔法界の』例外は三つだけ。吸魂鬼と、レシフォールドと、そして分霊箱だけだよ。」

 

「ふむ、わしはもう少し詳しく調べるべきだと考えていますが……基本的にはその意見に賛成ですな。恐らく分霊箱だったのでしょう。」

 

「やけに歯切れが悪いじゃないか、ダンブルドア。」

 

私の声とパチュリーの疑問げな視線を同時に受けたダンブルドアは、顔に僅かな影を落としながら詳しい説明を語り出した。

 

「話を聞くに、トムは大蛇のことを『ナギニ』と呼んでいたとか。……その名には些か以上に聞き覚えがありましてな。」

 

「つまり、何が引っ掛かってるのよ? もっとハッキリ言いなさい。こんなところでボヤかしても意味がないでしょう?」

 

「わしの記憶が正しければ、その大蛇は……『彼女』は、マレディクタスだったはずなのじゃ。その場合、分霊箱に出来ると思うかね?」

 

「……なるほどね。ちょっと待ちなさい、少し考えるから。」

 

マレディクタス? ……ああ、血脈の呪いか。神話から今の時代まで、私たちの世界にも前例の多い太古の呪いだ。人から家畜へ、動物へ。徐々にその身を下等な存在へと堕としていく呪いで、逃れる方法はただ一つ。己が血を分けた子へと『伝染』させなければならない。

 

要するに、『強制的動物もどき』なわけだ。ってことは、ナギニとやらは『伝染』を拒否したマレディクタスの成れの果てなのか。……うーん? 確かに分霊箱としては相応しくないな。意図的に人間を分霊箱にするってのはかなり難しいはずだぞ。

 

思考を回しながらパチュリーの答えを待つ私に、当の大図書館どのはポツリポツリと自分の考えを話し始める。

 

「難しくはあるけど、不可能ではないわね。条件はいくつかあるわ。……一つ、相応しい媒体を介した物質的な繋がりがあること。二つ、魔術を介した精神的な繋がりがあること。三つ、その大蛇が完全に『人間』ではなくなっていること。四つ、リドルがその大蛇に何らかの強い感情を持っていて、尚且つ大蛇の方もリドルに魂を明け渡すほどの信頼を持っていること。……こんなところかしら? あくまで急拵えの仮説よ。信じすぎないで頂戴。」

 

「うむ、わしとしても異論の無い仮説じゃ。アリスの守護霊が影響を及ぼせたという点を加味すれば、ナギニが分霊箱であったというのは大いに有り得る事態じゃろうて。」

 

「まあ、決め打つのはまだ早いわ。そもアリスの使った呪文は守護霊の呪文であって守護霊の呪文ではない可能性が高いのよ? 先ずはその大蛇がマレディクタスだって確証を得るところから始めなさい。前提が間違っていれば全てが崩れるわよ。」

 

「そうじゃな、彼女のことを詳しく知っている友人に連絡を送らねばなるまいて。……じゃが、やはり分霊箱であった可能性は高いと思うよ。ただの蛇ではなく、元々人間だったからこそ分霊箱になり得たのではないかのう。」

 

そら来た、またお得意の愛が理由か? だとすればその大蛇には男を見る目がなかったわけだ。哀しげな表情を浮かべるダンブルドアを冷めた視線で眺めていると……おっと、ようやくご到着か。玄関のドアが開く音の後、私たちの居るリビングへと我が幼馴染どのが入室してきた。

 

「……あら、グリンデルバルドはまだなの? この私を待たせようだなんていい御身分じゃない。待たせるのは好きだけど、待たされるのは大嫌いよ。」

 

「よく来てくれたね、自己中心的な極悪吸血鬼さん。さっさと座って大人しく待っていてくれたまえ。ゲラートももうすぐ来るはずだから。」

 

「『超有能政治家』ってのが抜けてるわよ、性悪。……あー、疲れた。さっきまでアズカバンの再建計画についての会議をしてたんだけど、後にこの会談が控えてるから集中し切れなかったわ。」

 

昨今のイギリス魔法界を騒がせている、監獄不足問題か。どさりとパチュリーの隣に座ってボヤくレミリアへと、ダンブルドアが興味深そうな表情で相槌を送る。

 

「結局再建することになったのですか? 別の場所に新造せよとの意見も多かったらしいですが。」

 

「無理無理。コストと時間がかかりすぎるんだもの。過去に集団脱獄があったってのは付き纏うでしょうけど、大規模監獄の新造は現実的じゃないわ。マクーザから運営のノウハウを聞いて、吸魂鬼を使わない『新生アズカバン』へと改修する、ってとこに落ち着くでしょうね。」

 

「それは重畳。そも吸魂鬼を使っているという状態が異常だったのです。ようやく健全な形を取り戻せるわけですな。」

 

「でも、吸魂鬼無しだと収監されることの意味自体が軽くなっちゃうのよ。これまでは吸魂鬼が居ればこそ、アズカバンに入れられるってのが重い刑罰になってたわけだしね。……だからアズカバンのシステムを変えれば、法改正も同時に行なう必要があるわ。うんざりよ。どんどん問題が拡大してくってわけ。」

 

なんとまあ、ここに来て諸処の問題が一気に表に浮かび上がってきたわけか。確かに吸魂鬼無しだと収監を軽く見る連中が出てきそうだ。それに吸魂鬼のキスが実行できなくなった以上、代わりの『処刑方法』も必要になってくるだろう。

 

クラウチが魔法法を改正してから早二十年。いよいよ二度目の大規模改正が始まるわけだ。これはハーマイオニーにも『変革』の波に乗るチャンスが残されてそうだな。栗毛の改革者を思ってクスリと微笑みつつも、疲れた表情のレミリアへと質問を放った。

 

「それで、吸魂鬼そのものはどうなったんだい?」

 

「そりゃ、イギリス各地に散らばったわよ。リドルに制御する力がなくなった今、あの忌々しい黒マントどもは野生の害獣に生まれ変わったってわけ。そのうち他国にも飛んでっちゃうでしょうし、長い時間をかけて駆除していくしかないわね。」

 

「ひどい話じゃないか。これから先の長い年月、吸魂鬼が世界の何処かで騒ぎを起こす度にイギリス魔法省が叩かれるってわけだ。」

 

「私が言うのもなんだけど、そんなもん身から出た錆でしょ。モルガナ、エクリジス、そしてリドル。全部イギリス魔法界が生み出したものよ。となれば吸魂鬼だってイギリスが責任を持つべきだわ。……それに、今の今まで問題から目を逸らして甘い蜜を吸ってたんだしね。そろそろ支払いをすべきでしょう?」

 

それもそうだな。どう考えてもアズカバンなんて不確かなシステムに頼っていたイギリス魔法界が悪いのだ。ならば、その責任は甘んじて受け入れるべきだろう。こればっかりは言い訳できまい。

 

「ま、吸魂鬼は不死であっても不滅じゃないわ。いつかは解決するでしょ。いつかはね。」

 

肩を竦めてレミリアが話題を締めたところで、今度はパチュリーがボソリと疑問の声を上げる。いつもよりページを捲るのが遅い気がするし、彼女もきちんと話を聞いているようだ。

 

「肝心のリドルはどうなの? 魔法省で敗退して以降、行方が分からないんでしょう?」

 

「まさかイギリス国内に留まってるとは思えないし、『忠臣』と一緒に他国に逃げたんじゃないかしら。……何にせよ、そう長くは逃げられないでしょ。ヨーロッパの何処に隠れてようが、私が必ず燻し出してやるわよ。」

 

「そして居場所を見つけたら、わしがハリーを連れて決着を付けに行きましょう。既に全ての準備は整っております。……その時はバートリ女史もいらっしゃるのでしょう?」

 

「当たり前のことを聞かないでくれ、ダンブルドア。当然私も付いて行くさ。一刻も早く目障りな運命なんてものを終わらせて、ハリーに普通の人生を取り戻してもらおうじゃないか。」

 

もうハリーは充分すぎるほどに付き合ったはずだ。ならば、後の人生は彼自身のものであるべきだろう。全員がこの先の計画に納得……してないな。パチュリーだけは若干不満そうな表情を浮かべているが、一応は反対意見なしで方針を固めたところで、玄関の方から微かな物音が聞こえてきた。

 

いよいよか。ダンブルドアは少しだけ身を正して、パチュリーは本を読んだままで、レミリアは何故か御機嫌斜めの表情で。それぞれの態度で全員が黙り込むリビングに、一人の老人がゆっくりと入室してくる。

 

高価そうなスリーピースのダークスーツ。ネクタイは無しで、シャツだけが白。銀色のチェーンブローチを揺らしながら部屋に足を踏み入れたゲラートは、真っ先にダンブルドアへと声を放った。その色違いの両目を細め、どちらかと言えば少し興味深そうな表情だ。

 

「……老いたな、アルバス。」

 

「こちらの台詞じゃよ、ゲラート。」

 

いつかの夏の日を思い出させる短いやり取りの後、ゲラートは返事をせずにゆっくりと話し合いのテーブルに着く。……さて、こうなれば私は邪魔だな。四角いテーブルの四辺にそれぞれゲラート、パチュリー、レミリア、ダンブルドア。ようやく実現したその光景に頷きながら、沈黙の訪れた部屋の空気を破った。

 

「んふふ、面子は揃ったことだし、先ずは紅茶を用意してくるよ。……安心したまえ、私が淹れるわけじゃないさ。きちんとホグワーツからしもべ妖精を連れて来たから。」

 

失礼な連中だな。いきなり不安そうな表情になった四人に補足を伝えてから、キッチンへと繋がるドアに向かって歩き出す。……私の淹れる紅茶がそんなに不安か? 父上は世界一美味い紅茶だって言ってたんだぞ。

 

視線で牽制し合う四人を背に狭いキッチンに入ってみると、馴染みのしもべ妖精が緊張した表情で紅茶の載ったプレートを持って待機していた。我らが緑色のお友達、ドビーだ。今日は口の堅いサーブ役が必要ということで、ホグワーツの厨房から連れて来たのである。

 

「ドビーめはもう準備が出来ております、吸血鬼のお嬢様!」

 

「大いに結構。それでこそキミを連れて来た甲斐があるってもんだよ。……いいかい? テーブルの面子を見ればキミも分かるだろうが、今日の話し合いは魔法界にとってかなり重要なものになる。話が円滑に進むような一流のサーブを頼むよ?」

 

人差し指をピンと立てて注意を送ってやると、ドビーは一度ぷるりと小さな身体を震わせた後、痙攣と見まごうような激しい頷きを返してきた。……本当に大丈夫か? 不安になってきたぞ。

 

「ドビーめもそれは分かっていらっしゃいます! だからドビーは今日のためにお洋服を新調してまいりました!」

 

「……まあ、気合は伝わってくるよ。頑張ってくれたまえ。」

 

紫と黄色の縞々が入ったぶかぶかの燕尾服。どこで買ってきたんだよ、そんなもん。意気揚々と紅茶を運ぶ変わり者のしもべ妖精を見送った後で、一度大きく深呼吸をして気合を入れ直す。……さて、どんな話し合いになって、どんな結論が出るのやら。

 

キッチンの窓絵に映る薄闇の近付いてきたゴドリックの谷を横目に、アンネリーゼ・バートリは未だ沈黙の続いているリビングへと歩を進めるのだった。

 


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