Game of Vampire   作:のみみず@白月

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The Game is On

 

 

「……黙ってても始まらないでしょうが。誰か何とか言いなさいよ。」

 

古ぼけた椅子の肘掛をコツコツと叩きながら、レミリア・スカーレットは沈黙のテーブルへと声を投げかけていた。睨めっこをしに来たってんなら私は帰るからな。

 

小さなテーブルを囲むのは私、パチュリー、ダンブルドア、そしてグリンデルバルドだ。最初にポツリと挨拶とも思えぬ挨拶をジジイ同士で交わして以降、パチュリーが本のページを捲る音だけがリビングに響いているのである。

 

主催者であるはずのリーゼは部屋の隅で壁に寄りかかってニヤニヤするばかりだし、これじゃあ何のために集まったのか分からないじゃないか。嫌々ながらも口火を切った私の言葉を受けて、先ずは……おや、意外だな。本から目を上げたパチュリーが口を開いた。こっちも若干呆れた感じの表情だ。

 

「遥々世間話をしに来たんじゃないのなら、先ずは議題を確定させなさい。ふわふわした議論は嫌いよ。確たるテーマがあればこそ、確たる結論が出る。……異論はあるかしら?」

 

そりゃそうだ。無味乾燥な口調でディベートの初歩を語るパチュリーの声に、一拍置いた後でグリンデルバルドが答える。ようやく本題を切り出す気になったらしい。

 

「ならば、俺から議題を提示させてもらうぞ。……マグルと、魔法族についてだ。遠からず魔法界は白日の下に晒されるだろう。そうなった時、この二つの存在は相容れず、いつかは血を流し合う戦争が起きる。……どうだ? 俺の予想は間違っているか?」

 

「断言はせぬよ。じゃが、わしは間違っていると思う。」

 

「私も誤った予想だと思うわ。恐らくダンブルドアとは違う理由だけどね。」

 

「あら、そう? 私は諍いが起こると思うわよ。それが戦争ってほど大規模になるかは怪しいところだし、分かりやすく二分されるとも思わないけど……そうね、血を流し合うってのは大いに有り得るんじゃないかしら。」

 

これはまた、妙な感じに分かれたな。ダンブルドアはともかくとして、パチュリーが反対意見を出すのは結構意外だ。それに、私とグリンデルバルドの意見が合うってのもなんだか気に食わない。

 

私がちょっと苦い表情を浮かべている間にも、グリンデルバルドはテーブルの上で手を組みながら自身の考えを語り始めた。言葉の端々に強い意志を感じる声だ。どうやら衰えてはいないらしい。

 

「マグルは魔法を許容できまい。自分たちには使えず、魔法族にのみ許された力を。……奴らは法規制による枷を作り、魔法の使用を制限してくるはずだ。それに唯々諾々と従ってみろ。図に乗ったマグルどもは魔法を新たな資源として考えるだろう。我々のことを魔法を生み出す家畜として扱い始めるだろう。それに魔法族が耐えられると思うか? ……いや、そもそもそんな扱いに耐えてまでマグルに擦り寄る必要があると思っているのか?」

 

「変わらんのう、君は。昔と同じ悲観主義者じゃ。物事の悪しき側面に囚われておる。……わしはそうは思わんよ。魔法界がいつの日かマグル界と近付くのには同意しよう。それは変えられぬ運命のはずじゃ。その時が来れば、確かにお互いの世界で混乱も起こるじゃろうて。……しかしながら、お互いに妥協し、理解し合えば戦争は避けられるはずじゃ。それは君が思うほど難しいことではあるまい。」

 

「またしても譲れと? お前は魔法族にまだ譲歩しろと言うのか? アルバス。どうして分からない? それが積み重なった結果が今なんだ。……遥か昔、我々は『魔』法の名を押し付けられて世界の裏側へと追いやられた。ああ、そうだ。それに納得したのが全ての間違いだったんだ。あの時我々は引き下がるべきではなかった。マグルは弱いからと、愚かだからと譲り続けてきた結果がこれだぞ。今や魔法に昔ほどの力は無く、我々とマグルの力関係は逆転している。お前のような楽観主義者が今の魔法界を生み出したんだ。」

 

「ゲラートよ、マグルは敵でも、異種族でもない。我々の隣人なのじゃ。君はその点を履き違えておる。……マグルだから、魔法族だから。その言葉に操られてはいないかね? 悪しき魔法族が居れば、善なるマグルとて確かに居るのじゃ。わしは尊敬に値するマグルを何人も知っておるよ? そして、彼らは魔法族を『家畜』などとは扱うまい。わしはそれに自分自身の名誉を懸けられるがね。」

 

真っ直ぐな瞳でグリンデルバルドを見つめるダンブルドアに対して、白い皇帝どのは冷たく鼻を鳴らす。……全くもって正反対の二人だな。始まりは同じだったはずなのに、どうしてこうも違った結果を生むのだろうか?

 

「随分と腑抜けたな、アルバス。俺はあの連中がどこまでも利己的で、時に骨の髄まで残酷になれることを知っているぞ。……お前ならばマグルの歴史にも詳しいはずだ。であれば、そこから目を背けるべきではないな。魔女狩り、神明裁判、民族浄化、ホロコースト。あの連中が『異端』に対してどれほどの所業をしてきた? 魔法族がそうならないという保証がどこにある? 処刑台に立ってから気付いたところで間に合わないんだぞ。」

 

「愚かさは過去の魔法族とて持っていたものじゃろう? それを乗り越え、反省し、次に活かしたからこそ今の時代があるのじゃ。マグルだけを愚かと断ずるのは少々偏った意見ではないかね?」

 

ダンブルドアの熱を帯びてきた言葉へと、こちらも熱くなってきたグリンデルバルドが反論を……おっと、ここで動くのか。その間隙に割り込むかのようにして、パチュリーが静かに己の見解を話し始めた。もちろん視線は本の文字を追いながらだ。

 

「私が言いたいのもそこよ。ゲラート・グリンデルバルド、貴方の考えは古すぎるわ。今の世界を見てごらんなさい。鞭を打たれる奴隷が何処かに居る? 肌の色で住む場所を分けられている? 生まれで権利に差がある? ……全ては過去よ。少なくとも、世界の大多数の場所ではね。それが何故だか分からない? 人間という種族そのものが少しずつ進歩しているからよ。ほんの小さな歩幅で、遅々たる歩みかもしれないけど……それでもヒトという種族は徐々に成熟していってるの。歴史に沈んでいった数多の犠牲のお陰でね。」

 

「だから排斥は起こらないと? その考えは甘すぎるぞ、魔女。表層の常識がどれだけ変質しようとも、人間の根底にある本質は変わらないはずだ。連中が元来持っているあの残虐性はな。……そもそも、マグルどもが『平和』に目覚めたのなどここ数十年の話だろう? 八十年前の戦争では何百万人死んだ? 五十年前の大戦では? ……俺が起こした『大戦』などお遊びに思えるほどのマグルが死んだはずだぞ。そして、その原因はお前が言うほど高尚なものではなかった。国益、プライド、資源、領土。どれも魔法族の問題に通ずるものだ。」

 

「あのね、文明が進歩するスピードは等速じゃないのよ。基礎教育が確立されて、情報伝達の技術が進み、個々人の得られる判断材料が増えて、それによって考え方が変わっていくわけ。民主主義の広まりこそがその最たる例でしょうが。……現在のマグル界は加速度的に成熟していってるわ。単純な年月だけ見れば『ここ数十年』かもしれないけど、成熟の度合いから見ればその前の何百年にも勝るくらいよ。貴方はそのことを計算に含めるべきね。」

 

ふーん? 面白い話だな。種そのものの成熟、ね。私とダンブルドアが黙って聞いている中、グリンデルバルドはすぐさま反撃の言葉を口にしようとするが……ありゃ、残念。その前にパチュリーが続きを語り出す。今日の大図書館どのはやけに饒舌じゃないか。

 

「更に言わせてもらえば、マグルは貴方が思うほど種族として纏まれはしないわよ。排斥しようという者が居れば、融和を図る者も現れるでしょうね。……もう彼らは昔ほど無知ではなく、昔ほど純粋じゃないの。社会規範、法、常識、体面、宗教。あらゆるものに縛られた彼らは、軽々に戦争なんか起こせやしないわ。どっち付かずの議論が延々と繰り返されて、長い年月を掛けた後になし崩し的に融和していくのでしょう。諸処の小さな問題は残したままでね。……これが私の『未来予想』よ。」

 

うーむ、パチュリーらしいっちゃらしい意見だったな。ダンブルドアのようにマグルに期待するのではなく、冷めた目で見ているからこそ戦争にはならないと踏んでいるわけか。どこか中途半端であり、そしてひどく現実的でもある意見だ。

 

パチュリーの意見を受けて苦い顔で黙り込むダンブルドアと、何かを熟考し始めたグリンデルバルドを横目に、今度は私が口を開く。あんまりやる気は無いが、参加した以上は存在感を出さねばなるまい。この三人に遅れを取るのは私のプライドが許さんぞ。

 

「私はパチェの意見に概ね賛成できるけど、もう少し『物騒』な感じにはなると思ってるわ。あなたたちには想像できない? 『魔法使いを追い出せ!』ってプラカードを持って、世界各地でデモ行進をするマグルたちの姿が。……私から言わせてもらえば、魔法族もマグルも考え無しのバカばっかりよ。世界の全てがあなたたちのような賢い人間ばかりだったら、排斥なり融和なりが整然と進んでいくんでしょうけどね。世にはあなたたちが想像も出来ないような間抜けが犇めいてるの。未だに天動説を信じてるようなアホや、新聞の記事を鵜呑みにする大間抜けどもがね。」

 

私はこの百年の政治経験でそれを学んだぞ。マグルも、魔法族も、自分の頭では何も考えられないバカばっかりなのだ。受け容れ易いものだけを受け容れ、自分の価値観で理解できないものは軽々と否定する。根拠のない情報を頑なに信じて、狭い世界からいつまでも抜け出せない。それが民衆というものだろうが。

 

その中でも最も大きな問題は、大多数のヒトが自分の確たる考えを持っていないという点だ。民衆は与し易い他人の意見に追従するだけで、実際は自分の中で答えなど出しちゃいない。それが自分の人生を左右するほどの情報だとしても、『誰かがそう言っていたから』と言って簡単に鵜呑みにしてしまう。今の世界を動かしているのはそういう愚かな『多数派』なのだから。

 

これもまた民主主義の弊害だろうな。パチュリーの言っている『成熟』ってのも理解できるが、ヒトってのはこの政治システムを十全に使えるほどには成長しちゃいないのだ。脳みそ家出中のバカどもに鼻を鳴らしつつ、自分の中にある結論を言い放つ。

 

「となれば、行き着く先はカオスよ。誰にも予想なんて出来ない混沌。悲しいことに、今の世界では脳みそ行方不明の連中が主権を握っているの。報道が方向性を煽り、政治家がそれを利用し、思想家が路上で叫び、愚かな民衆が踊り狂う。……いつかはパチェの言うように収束するでしょうけどね、その過程で間違いなく血は流れるわよ。人間ってのはあなたたちが思うほど賢くはないの。」

 

「ですが、今の貴女が『方向性』とやらを示せば、少なくとも魔法界は纏まりを持てるのでは? 貴女にはそれだけの力があるはずです。」

 

「そんな義理が私にある? ……まあ、今まで盛大に操ってきた責任を取れって言うならやってみてもいいけどね。散々荒らし回った自覚はあるし、愉しませてもらった借りだってあるもの。でも、マグル界は絶対に纏まらないと思うわよ。……それに、私が舵取りをするってのは気に食わないんでしょ? ソヴィエトの皇帝どのは。」

 

ダンブルドアの疑問を受けて、矛先をグリンデルバルドの方に向けてやれば……そりゃあそうだろうな。白い老人は大きく頷きながら返事を寄越してきた。

 

「当然だ。思想や方向性以前に、魔法族を政治の道具としか思っていない貴様がヨーロッパ魔法界を操っているのは気に食わん。今までは明確な『敵』の存在によってバランスを保てていたが、これから先には必ず綻びが出てくるだろう。魔法族にとって致命的な綻びがな。」

 

「『敵』たる貴方にそれを言われるってのは感無量よ。魔法族の未来に人生を捧げた貴方よりも、政治の道具として扱ってきた私の方が支持されてるってわけね。……どう? 悔しい?」

 

「結果は結果だ。貴様の方が民意を誘導するのが上手かったというのは認めよう。昔の俺は考えが足りなかった部分もあったし、焦るあまりに情勢を読むことも怠っていた。……だが、今は違うぞ、スカーレット。老い先短い命かもしれんが、貴様を引き摺り降ろすくらいの余裕は未だ残っている。」

 

「はん、負け犬の遠吠えにしか聞こえないわね。やろうってんなら受けて立つけど? 高々ソヴィエト一国を握っただけで蘇ったつもりなの? 貴方が牢獄で惨めに暮らしている間、私は政治に励んでたのよ。容赦なく踏み潰してあげるわ。」

 

苦戦はするかもしれんが、負ける気はしないぞ。私の真紅の瞳とグリンデルバルドの灰と黒の瞳が睨み合ったところで……ふん、つまらん。ダンブルドアが苦笑しながら止めに入ってくる。そら、クッションジジイの登場だ。

 

「そこまでじゃ、二人とも。スカーレット女史も、ゲラートも、今争うことは望んでいないのじゃろう? 君たちが対立してしまえばマグルの問題どころではあるまいて。向かう先は本当の混沌、正に地獄じゃ。そんなものは誰にとっても損でしかあるまい。」

 

「ま、そうね。レミィは下らない挑発をやめなさい。そして、グリンデルバルドは余計なことを心配するのをやめなさい。どっちに傾こうが貴方が憂いている事態にはならないわ。私たちは近いうちにイギリスを……というか、この『世界』を離れるんだから。」

 

ダンブルドアに続いたパチュリーの言葉を聞いて、グリンデルバルドは虚を突かれたように目を見開く。ダンブルドアはあんまり驚いてないのを見るに、パチュリーからそれとなく知らされていたようだ。

 

「……全てを放り投げて楽隠居でも気取るつもりか?」

 

「私たちが移るのは楽隠居ってほど穏やかな土地でもないんだけどね。……まあ、ちょっとばかし無責任な選択なのは認めるわよ。でも、誰に批判される覚えもないわ。勝手に魔法族の方から頼ってきて、私はそれに値するだけの『活躍』をしてきたでしょう? なら文句を言うのは筋違いってもんよ。」

 

肩を竦めて言ってやると、グリンデルバルドはどっかりと椅子に身を預けて黙り込んでしまった。誰に何と言われようが、私は『給料分』の仕事をしたはずだ。だったら引退するのは自由なはずだぞ。

 

再び本に目を落としてしまったパチュリー、難しい表情で黙考するダンブルドア、不満げに鼻を鳴らすグリンデルバルド、そして胸を張ってそれを睨み付ける私。テーブルの上にまたしても短い沈黙が舞い降りたところで、場外から皮肉屋の声が飛んでくる。

 

「いやぁ、滑稽だね。実に滑稽な議論だ。去り行く二人と、死に行く二人。もうすぐ魔法界から去る者たちが、魔法界の未来について議論を交わす? ……うーん、意味あるのかい? これ。」

 

「……あんたが集めたんでしょうが。」

 

くつくつと笑うリーゼをジロリと睨んでやると、彼女は両手を広げながら大袈裟に肩を竦めた。これでもかってくらいのイラつく笑みを浮かべながらだ。

 

「おっと、これは失礼。私の言葉なんか雑音とでも思っておいてくれたまえよ。……ただまあ、外から聞いていた私が思うに、キミたちが話し合うべきは残された時間をどう使うかなんじゃないかな。それぞれの『未来予想』を発表したところで何が変わるわけでもないだろう? まさかとは思うが、本にして出版でもするつもりなのかい? ……ふむ、悪くないね。キミたち全員の共著なら飛ぶように売れそうだ。滑り込みで今世紀ベストセラー間違いなしだぞ。」

 

こいつ、生意気にも狂言回しを気取るつもりか? ニヤニヤと笑うリーゼの言葉の意味を全員が認識したのだろう。それぞれに顔を歪めた後で、グリンデルバルドが再び議論の口火を切る。

 

「腹立たしいが、吸血鬼の言うことは正しい。我々は『どうなるか』ではなく、『どうするか』を考えるべきだな。……マグルが易々と纏まれない、という魔女の意見には俺にも同意できる部分があった。こちらが纏まれない以上、相手を割れさせるというのは悪くない提案だ。」

 

「誰もそこまでは言っていないはずじゃよ、ゲラート。君の思考回路は些か物騒過ぎるのう。……実際のところ、戦うのが上手くない選択肢だというのは君も理解しているはずじゃ。もはや間に合わんよ。どれだけ魔法族が頑張ったところで、明確な決着を付けることは不可能じゃろうて。それが勝利にせよ、敗北にせよね。」

 

「……いいだろう、そこは認めよう。だが、魔法族がマグルに『支配』されるのだけは認めんぞ。今の世界は多数が力を持つ世界だ。仮に魔法族とマグルの融和が叶ったところで、少数派である魔法族が不利な扱いを受けるのは目に見えている。お前はその点をどう考えているんだ、アルバス。」

 

「そうじゃな、数の上で不利であるという点は認めよう。じゃが、多数派が力を持つのと同時に、少数派の権利も今の世界では重んじられておる。数で圧し潰すことを良しとせぬ者も確かに居るのじゃ。そこに上手く働きかける必要があるじゃろうて。」

 

徐々に議論が現実の選択に近付いてきたな。ダンブルドアとグリンデルバルドの言葉を私が脳内で咀嚼していると、やおらパチュリーが本を置いて意見を放った。聞き分けの悪い子供に諭す時のような、ちょっとだけ呆れた感じの表情だ。

 

「私が思うに、問題なのはマグルよりも魔法族よ。こうした議論が忙しなく行われるべきなのが今の魔法界の現状でしょう? それなのに、誰一人としてそのことを口にしていない。……先ずは魔法族のマグルに対する無理解を改善すべきじゃなくて? そも私たち四人だけでこの問題を話し合っていることこそが異常なのよ。問題の周知を図って、危機感を覚えさせて、それからマグルへの対処法を考えるべきだわ。……『消え行く』四人じゃなく、実際の結果を背負う魔法族全員でね。」

 

うーん、正しい。ぐうの音も出ないほどに。そしてダンブルドアとグリンデルバルドもそう思っているようだ。それぞれ苦い表情を浮かべながら、納得の首肯をパチュリーに返す。

 

「その通りじゃな、ノーレッジ。老い先短い老人などではなく、未来を担う若い魔法族こそがこの問題に向き合うべきじゃろうて。先ずは問題の周知。大いに納得じゃ。……いやはや、気付かぬうちに驕っていたようじゃのう。もはやわしらが皆を引っ張っていく時代は終わった。今更老人が出しゃばっても仕方があるまい。」

 

「……悔しいが、その通りだ。寿命が目前に迫る俺たちでは先頭に立って旗を振ることなど出来ない。すぐに落ちる旗などに価値は無いだろう。ならば、せめて俺たちの懸念を次代に託すべきなんだろうな。」

 

なんとまあ、重い台詞だな。結局のところダンブルドアも、グリンデルバルドも、己が人生を懸けた変革の行く末を見届けられないと確信しているわけか。だったらせめて魔法族の土壌となって次代に貢献しようということなのだろう。

 

とはいえ、マグルの問題を魔法族の共通認識にするのはかなり難しいと思うぞ。表面ではなく、根底の認識をそっくり塗り替える必要がある。それはつまり、世界に蔓延る『魔法使いらしい』常識をぶっ壊す必要があるということだ。

 

「じゃが、実際のところどう動こうというのかね? わしらの影響力を振り絞っても、それが及ぶ範囲など高が知れているじゃろう?」

 

「……早さが必要だ。マグルが魔法界を見つけ出すのはそう遠い話ではない。である以上、魔法族の認識を今すぐにでも変える必要があるだろう。魔法族が危機を認識したところで、それに対処する時間が残っていなくては意味があるまい。」

 

「ふむ、単に問題を訴えかけるだけでは効果があるまいて。もちろん聞いてくれる者も居るじゃろうが、聞き流してしまう者の方が遥かに多いはずじゃ。その程度で解決する問題であれば、そもそもこんな事態にはなっておらんからのう。」

 

「厳しいな。時間的な制限もそうだが、魔法族の凝り固まった意識を変えるというのは容易ではないぞ。先ず、マグルに対する理解不足から解決していく必要があるだろう。でなければ何が問題なのかすら理解できないはずだ。……そんなことに魔法族が興味を持つかは疑問だが。」

 

……ああもう、全くもって世話のかかる連中だな! ふん、いいさ。『知識』が答えを出して、思想家が方向を示したのであれば、それを現実に照らし合わせるのは政治家の役目だろう。面倒だが、一度くらいは理念に合わせて踊ってやるよ。それが私を楽しませてくれた魔法界への餞だ。

 

神妙な表情で考える不器用な思想家二人へと、小器用な政治家である私が鼻を鳴らして言葉を投げる。素人どもに民衆の操り方ってやつを教えてやろうじゃないか。

 

「先ず、私とグリンデルバルドで問題提起を行うの。私がヨーロッパから、グリンデルバルドがアジアからね。だからもう表に出なさい、ソヴィエトの皇帝。私たち二人が同じ問題を掲げたのなら、そのインパクトは絶大でしょう? ……そして、ダンブルドアは死ぬ前にそれに拍車をかけなさい。悪いけど、貴方の死も勢いを付けるのに利用させてもらうわよ? アルバス・ダンブルドアが死ぬ前に放った魔法族への忠言。きっと誰もが重く見るでしょうね。」

 

「ほっほっほ、望むところです。わしの死が何かの役に立つのであれば、存分に利用してくだされ。……しかし、ゲラートが表に出てしまえば無用な混乱を生むのでは?」

 

「あのね、端っから混乱を生むのが目的なの。新たな思想ってやつは混沌から生まれるもんでしょうが。どれだけ波が荒れようと、私が上手く舵を切ってみせるわよ。貴方たちの望む方向にね。……この提案はどうなの? グリンデルバルド。私を信じられるかしら?」

 

黙して私を睨むグリンデルバルドに問いかけてやると、彼は皮肉げに笑いながら答えを返してきた。……おいおい、『飼い主』に似たか? どこかの皮肉屋そっくりの笑みだぞ。

 

「レミリア・スカーレットを信じることなど出来んな。……だが、政治家としての貴様の力量は認めている。悪くない賭けだと言えるだろう。」

 

「素直じゃないヤツは嫌いよ。……なら、さっさと動き出す必要があるわね。先ずは話の通じそうな有力者に根回ししないと。イギリス、フランスには私が、ソヴィエト、ドイツにはグリンデルバルドがよ。あとはマクーザも重要になるわね。この五国を騒動の『源流』に出来れば文句なしだわ。」

 

「いいだろう、請け負った。……始める時期は?」

 

「遅くとも八月が終わる前には始めるわ。それまでになんとか『事前準備』を整えるわよ。ヴォルデモートの件でダンブルドアにはタイムリミットがあるからね。」

 

うーむ、やる事に対して準備期間が少なすぎるぞ。出来ればもっと余裕が欲しかったが……やむを得んな。まさかリドルを放置するわけにもいくまい。となれば、やはり新大陸が大きな鍵となるだろう。あの議会はマグルを比較的理解して、尚且つ客観視できている。味方に引き込めれば勢いが増すはずだ。

 

私が今後の展開について考えているのを他所に、グリンデルバルドがダンブルドアに対して質問を放った。

 

「……それで、お前が死ぬというのはどういう意味なんだ? 言い方からしてヴォルデモートが関係しているらしいが。」

 

「ほっほっほ、後で説明するよ。他にも話したいことは沢山あるじゃろう? この先また会えるかは分からんのじゃ。ゆっくり語り合おうではないか。」

 

「……そうだな、この際だ。全てに決着を付けよう。」

 

旧友で、宿敵で、そして今再び協力する二人か。ここまで来ると何がなんだか分からんな。年老いた二人がなんとも言えぬ空気で目を合わせたところで……いきなりペチペチと乾いた拍手の音が響く。言わずもがな、黙って議論を見守っていた性悪吸血鬼どのの拍手だ。

 

「んふふ、いいね。私たちの全てを締め括るに相応しい選択だ。……それじゃ、最後のゲームを始めようじゃないか。魔法界の常識をぶっ壊すための、我々の革命をね。」

 

嘗て散々魔法界を荒らし回った私たちが、今度は魔法界のために駒になるってわけだ。これこそとびっきりの皮肉じゃないか。……そうだな、これが最後のゲームになる。去り行く私たちにとっては最後の、そしてダンブルドアとグリンデルバルドにとっては最期のゲームに。

 

なら、勝ちで終わらせてもらうぞ。一人愉快そうに笑うリーゼを横目に、レミリア・スカーレットは脳内で盤面を整え始めるのだった。

 


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