Game of Vampire   作:のみみず@白月

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ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団

 

 

「まあ、こんなもんだよ。結果がどうあれ、僕たちは最善を尽くしたんだ。……そうだろ?」

 

中庭の噴水に腰掛けながら言ってきたロンへと、アンネリーゼ・バートリは無言で肩を竦めていた。最後の不安げな問いかけが無ければ完璧だったんだけどな。

 

先程行われた変身術の筆記を以って、遂に忌まわしきフクロウ試験が終わりを迎えたのだ。そして今の五年生たちに残ったのは僅かな解放感と大きなモヤモヤ。皆結果が不安で仕方ないというわけである。

 

ロンの問いに曖昧に頷いたハリーとハーマイオニーの内、先ずはある程度結果が予測できているハーマイオニーが口を開いた。自己採点の結果が良かったからなのか、最後の筆記が会心の出来だったからなのか、どちらにせよ残る二人よりかは余裕がありそうだ。

 

「そうね、今更悩んだところで時間の無駄だもの。後は夏休みに結果が届くのを待つだけよ。……マクゴナガル先生は魔法省のゴタゴタの所為で少し遅くなるっておっしゃってたから、届くのは八月の初め頃かしら?」

 

「……なら、これでフクロウ試験の話題は終わりだ。みんな異存は無いよな?」

 

ロンの弱々しい宣言に対して、その場の全員が同意の頷きを送る。ハリーとハーマイオニーも試験の話題は食傷気味のようだし、私だって落ち込む三人を見ていても楽しくない。ここらで打ち切っておくのが正解だろう。

 

『試練』の終わりにため息を吐く三人を見ながら、今度はひょいと立ち上がった私が声を放った。ハリーには申し訳ないが、生き残った男の子にはまだ試練が残っているのだ。フクロウ試験の問題が一段落した以上、今度はそちらを進めねばなるまい。

 

「それじゃ、ハリーは私と来てくれるかい? ちょっと話をしなくちゃいけないんだ。」

 

私の声を受けて……おお? 特に何かを意識して言ったわけではないのだが、三人には話の内容が予想できてしまったようだ。いきなり真剣な表情に変わって口々に返事を寄越してくる。

 

「それって、ヴォルデモートに関しての話なの?」

 

「だったら私たちも一緒に行くわ。……ダメ?」

 

「もう内緒は無しだぜ、リーゼ。」

 

参ったな、これは。考えを読まれるのは良いことなのか悪いことなのか。どちらにせよ、それだけ付き合いが長くなったということなのだろう。顔に小さな苦笑を浮かべながらも、心配顔トリオへと言い訳を返した。

 

「正確に言えば、ハリーに話があるのはダンブルドアなんだよ。詳しい内容は私もまだボンヤリとしか知らないから、今は説明できないんだ。」

 

「ダンブルドア先生からのお話? ……んー、分かったわ。談話室で待ってるから、後でどんな話だったのかは教えて頂戴ね?」

 

「まあ、それなら僕たちが付いて行っても邪魔になるだけだな。夕食までには帰ってくるんだろ?」

 

「さすがにそこまではかからないと思うが……キミたち、ダンブルドアが絡むとやけに素直じゃないか。妬いちゃうね。」

 

イギリスの英雄どのの信頼感は健在か。お友達の吸血鬼のこともちょっとは信頼してくれよ。私の言葉に目を逸らした二人にジト目を送ってから、立ち上がったハリーを連れて校長室へと歩き出す。

 

「ってことは、ダンブルドア先生はもう復帰してるの?」

 

一階の廊下を歩きながらのハリーの問いに、行き交う生徒たちを避けながら返答を返した。生徒たちは試験の終わりで笑顔に満ちているが、やはり五年生と七年生だけはどこか憂いが残っているな。新しいホグワーツの一面を垣間見れた気分だ。

 

「都合上、六月いっぱいはパチェが校長を務めるらしいけどね。ホグワーツにはもう戻ってるよ。」

 

「そうなんだ。……うん、やっぱりダンブルドア先生が居てこそのホグワーツだよね。ノーレッジ先生だって負けず劣らずの魔法使いなのは良く分かったけど、ダンブルドア先生の方がしっくりくるよ。」

 

「ま、何となく分かるよ。私たちの世代にとって、ホグワーツの校長はダンブルドアなんだろうさ。」

 

そして、私たちがそう思う最後の世代になるのだろう。……ダンブルドアが死んだ時、生徒たちはどんな反応を示すのだろうか? イギリス魔法界はどんな形でそれを受け止めるのだろうか?

 

間違いなく本人ほど穏やかには受け止められないだろうな。忙しなく動く中央階段を上りながら考えていると、ハリーがおずおずといった様子で質問を飛ばしてくる。

 

「えっと、リーゼ? 無理だってのは分かってるんだけどさ。ほら、今年は希望すれば夏休み中も城に残れるって張り紙があったでしょ? あれって僕は……ダメだよね、分かってたよ。一応言ってみただけ。」

 

私の表情を見て残念そうに後半を付け足してきたハリーに、三階の廊下へと足を踏み入れながら苦笑を返した。未だ『夏休み嫌い』は治っていないらしい。

 

「もう大丈夫だとは思うが、念には念を入れるべきだろう? 八月に入ればいつものように隠れ穴に行けるよ。たった一ヶ月の辛抱じゃないか。」

 

「一年で一番長い一ヶ月なんだけどね。……ヴォルデモートの件はそれからってこと?」

 

「そんなところかな。詳しくはダンブルドアからの説明があると思うよ。……本来なら未成年であるキミがやるべきことじゃないんだが、複雑な事情があるんだ。不甲斐ない私たちを許してくれたまえ。」

 

「許すも何もないよ。僕がやるって決めたんだ。リーゼやダンブルドア先生はその舞台を整えてくれてるんでしょ? なるべく僕が傷付かないようにって。……大丈夫、覚悟はあるから。」

 

……フランが見たら喜びそうな表情だな。十五歳の少年のそれではなく、一人前の魔法使いの表情だ。こんな表情をさせなくてはならないことと、迷わず決意してくれること。情けなさと嬉しさで微妙な気分になりつつも、校長室を守るガーゴイル像に向かって合言葉を放つ。

 

「なに、心配はいらないよ。いつか来るその瞬間、私もダンブルドアもキミの側に居るからね。……オリヴァー・ツイスト。」

 

しかし、パチュリーは毎度毎度皮肉の効いた合言葉を選ぶな。性格の悪さが滲み出てるぞ。遠回しなハリーとリドルへの揶揄にため息を吐きながら、短い螺旋階段を下りて校長室のドアを開けてみると……相も変わらず本だらけの校長室が見えてきた。『疎開』を終えた本たちも元気そうでなによりだ。

 

「やあ、二人とも。今日の主役を連れてきたぞ。」

 

「ご苦労様です、バートリ女史。……よく来てくれたのう、ハリー。久し振りじゃな。」

 

「お久し振りです、ダンブルドア先生。ノーレッジ先生もこんにちは。」

 

「ええ、座りなさい。」

 

ソファに座っていたダンブルドアが立ち上がって温かく、奥の揺り椅子に座るパチュリーが本を読みながら素っ気なく返事を返したところで、私も遠慮なくダンブルドアの向かいのソファに腰掛ける。

 

「消えた執務机は未だ見つからず、かい? そろそろ闇祓いを派遣してもらいたまえよ。あるいは名探偵をね。ベイカー・ストリートに山ほど住んでるはずだぞ。」

 

隣をポンポンと叩いてハリーを促しつつ適当な質問を放ってやると、パチュリーがかなり苦い表情で返答を寄越してきた。どうやら罪悪感はきちんと感じていたらしい。驚きの新事実だな。

 

「……六月中には見つけるわよ。」

 

「だといいけどね。キミたち二人に見つけられないんであれば、執務机は永久に行方不明のままだろうさ。迷宮入り決定だ。」

 

「悲しいのう。長らく共に歩んできた執務机だったのじゃが……。」

 

「見つけるって言ってるでしょうが!」

 

ギロリと睨め付けてくるパチュリーにダンブルドアと二人して肩を竦めてから、ソファに深く身を預けて目線で老人に合図を送る。場も和んだことだし、さっさと話を始めてくれ。

 

「では、ハリーよ。試験で疲れているじゃろうが、わしらの話を聞いてもらいたいのじゃ。これまで話せなかったこと、話せなかった理由、その全てを君に伝えようと思っておる。途中で質問があれば遠慮なく聞いておくれ。今日、君とヴォルデモート……いや、トム・リドルの因縁についての全てを君に話したい。」

 

「……はい、聞きます。全てを。」

 

まあ、先ずはそこからだろうな。全ての準備が整った今、もはや隠す理由など一つもない。ハリーに洗いざらい話せる時がようやく訪れたわけだ。……いやはや、肩の荷が一つ下りた気分だぞ。

 

ハリーの真っ直ぐな答えを受け取ったダンブルドアは、静かに微笑みながらこれまでの十五年間……じゃないな。二十五年間に渡る運命の柵についてを語り始めた。

 

「そうじゃな、先ずは予言の話をしなければなるまいて。ジェームズとリリー、そしてセブルスが深く関わる予言の話を。」

 

「スネイプが?」

 

「スネイプ先生じゃよ、ハリー。セブルスにも理由があるのじゃ。君にあれほど……そう、『拘る』理由がね。前回の戦争についてのあらましはバートリ女史から聞いているのじゃろう? 当時、わしやスカーレット女史が抵抗組織である不死鳥の騎士団を設立したことを。そうして死喰い人と戦っている最中、とある人物がホグワーツの教職に就きたいと面接を希望してきて──」

 

うーむ、これは思ったよりも長くなりそうだな。ハーマイオニーとロンには悪いが、下手すれば夕食には間に合わないかもしれない。……しもべ妖精に頼んで軽食でも届けてもらうべきか?

 

パチュリーのページを捲る音と、朗々と語るダンブルドアの声。二つの穏やかな音を耳にしながらも、アンネリーゼ・バートリは熱心に聞くハリーの横顔を眺めるのだった。

 

 

─────

 

 

「──ということじゃ。分かるかね? ハリー。トムを打ち破れるのは君だけなのじゃよ。君こそがトムを守る最後の盾であり、トムの運命を破れる唯一の矛なのじゃから。」

 

ダンブルドアの静かな声を聞きながら、パチュリー・ノーレッジはゆっくりと最後のページを捲っていた。……結構面白い本だったんだけどな。ダンブルドアの話の方が『物語』っぽかった所為でケチが付いちゃったぞ。

 

もはや住み慣れてきた校長室のソファの上には、運命の物語を語るダンブルドア、時たま注釈を入れるリーゼ、そして黙ってそれを聞くハリー・ポッターの姿がある。長い、長い話がようやく終わったのだ。

 

トレローニーの予言、両親の自己犠牲、スネイプの憎悪と愛、リドルの不死の秘密、そして自身の中に潜む魂の欠片。その全てを聞き終えたハリー・ポッターは、ゆっくりと深く息を吐くと……ポツリポツリと自分の考えを整理するかのように呟き始めた。当然ながら、かなり困った表情だ。

 

「僕……その、どう言ったらいいのか。スネイプ先生のことも、分霊箱のことも。上手く考えが纏まりません。つまり、僕は死ななくちゃいけないってことですか?」

 

「そうはさせぬよ。誰もそんなことを望んではおらぬし、その必要もない。何より、君が死ぬとなればバートリ女史が黙っていないからのう。わしでは怖くて太刀打ち出来んよ。」

 

「煩いぞ、ダンブルドア。」

 

プイと顔を背けたリーゼに苦笑しつつ、ダンブルドアは自身の策についてを語り出す。

 

「リリーの護りの魔法についてはボンヤリと理解できているじゃろう? 簡単に言えば、あれをもう一度行おうと思っておる。君の中には確かにリリーの護りが残っているのじゃ。わしが呼び水となって、それを再現してみせよう。」

 

「えっと……ダンブルドア先生が何かの魔法を僕に使って、ママの遺してくれた護りを強化するってことですか?」

 

「うむ、そうじゃ。その上で君の中に残る最後の魂の欠片を吹き飛ばす。他ならぬ、トム自身の手によってね。……一方が生きる限り、他方は生きられぬ。生きるのは君なのじゃよ、ハリー。」

 

おいおい、肝心な部分を伝え損ねてるじゃないか。この期に及んでタイミングを選ぶダンブルドアに呆れ果てながら、補足の説明を口にしようとすると……その前にリーゼが声を上げた。彼女も苦い笑みを浮かべながらだ。

 

「より正確に言えば、ダンブルドアの命を引き換えにした魔法で、だね。リリー・ポッターが担った役目を、今度はダンブルドアが担おうってわけさ。」

 

「ダンブルドア先生の、命を? ……そんなのダメだ! 絶対に、絶対にダメだよ! ダンブルドア先生は僕なんかのために死んでいい人じゃないはずだ!」

 

真っ青な顔で勢い良く立ち上がって大声を出したハリー・ポッターは、そのまま急に黙り込んだかと思えば、力なくソファに腰を下ろしてダンブルドアへと言葉を放つ。……ほう? 中々良い顔をするじゃないか。授業を受ける姿は平凡そのものだったが、選ばれただけのガキというわけでもないようだ。

 

「それが誰だろうが、誰かを身代わりにするような方法は嫌です。それを選ぶくらいなら僕は自分の死を望みます。……だってそうでしょう? そんなの、間違ってる。単に僕が犠牲になればいいだけの話じゃないですか。」

 

「……見事じゃ、ハリー。迷わずそう言える者は多くあるまい。だからこそ、わしは君に死んで欲しくないのじゃよ。」

 

「僕だって、ダンブルドア先生に死んで欲しくなんかありません。僕だけじゃない、ホグワーツの……イギリスの皆がそう思ってるはずです。」

 

「ほっほっほ、嬉しいのう。まっこと嬉しい言葉じゃ。ありがとう、ハリー。……しかしながら、わしの死はもう定められたものなのじゃよ。今年か、来年か、再来年か。持ってそこまでの命じゃろうて。わしの寿命が近付いてきているのじゃ。何のことはない。老人が死に、若人が生きる。ごく自然な選択なのじゃよ。」

 

『不自然代表』としては耳が痛い言葉だな。柔らかな表情で言ったダンブルドアに対して、ハリー・ポッターは目を見開いて呆然としている。……そら見ろ、ダンブルドア。これが世間一般の反応だぞ。

 

「でも、でも……二年あれば色々なことが出来るはずです。ダンブルドア先生なら、きっと僕なんかの人生よりも偉大なことが。」

 

「ふむ、それはあまり好ましくない発言じゃな。自分を卑下するのは良くないね。君はとうに『偉大な』人物の一人なのじゃから。きっとこれからも輝かしい未来が待っているのじゃろうて。」

 

「そんなこと……ありません。」

 

弱々しく反論の言葉を探すハリー・ポッターへと、今度は隣に座るリーゼが話しかけた。いつもの皮肉げな表情は鳴りを潜め、穏やかな微笑を浮かべている。

 

「我儘な私はキミに死んで欲しくはないけどね。イギリスの英雄たるダンブルドアよりも、他の誰かさんよりもだ。そういう人間だって確かに居るはずだよ。自分の価値を見誤らないでくれたまえ。」

 

「そりゃあ、リーゼはそう言ってくれるかもしれないけど……。」

 

「それにね、ハリー。ダンブルドアは自分の死に様を決めたんだ。彼らしい最期をね。だから、ありがたく受け取っておきなよ。そして、それを無駄にしないような人生を歩みたまえ。……それがキミに出来るダンブルドアへの礼なのさ。」

 

リーゼの言葉を受けて、ハリー・ポッターは困惑したように黙り込む。……ま、十五の少年には難しい命題だろうな。私やダンブルドア、リーゼにとっての死と、彼にとっての死は違うはずだ。自分らしい死を。そう思えるほどには達観しちゃいないだろう。

 

私たちにとっての死は、ハリー・ポッターにとってのそれよりもずっと身近にあるのだ。矜持を曲げてまで生き延びるよりも、自分で選んだ最期を迎えたい。その気持ちだけは私にも理解できるぞ。

 

未だ納得できぬといった様子のハリー・ポッターへと、ダンブルドアが微笑みながら口を開いた。

 

「バートリ女史の言う通りじゃよ。老人の我儘をどうか貫かせておくれ。わしは随分と身勝手に生きてきた。……故に、死に際も意地を張りたいのじゃ。」

 

「僕は……それでも納得できません。残る期間の問題じゃないんです。パパが、ママが、赤ん坊の僕のために命を懸けてくれました。もう僕のために偉大な魔法使いが二人も犠牲になってるんです。だったら僕も、そろそろ自分自身の命を懸ける番だとは思いませんか?」

 

「ふむ、難しいのう。わしには到底そうとは思えんのじゃ。……まあ、この問答は後回しじゃな。話し合う時間は充分に残っておる。先ずは具体的な道筋についての話をしようではないか。」

 

ふん、逃げたな? 実際のところ、ハリー・ポッターが死なず、ダンブルドアも犠牲にならず、リドルだけが死ぬ方法だって確かにあるのだ。ただ、少しばかりの『欠落』がハリー・ポッターに生じるってだけで。

 

この様子ならハリー・ポッター自身はそれを受け入れるだろう。である以上、この方法を押し通すのはダンブルドアの……というか、ダンブルドアとリーゼの我儘に過ぎない。それを口にしないってのはたちが悪いと思うぞ。

 

私が向ける非難の視線に気付いているのかいないのか。ダンブルドアは一度テーブルの紅茶に口を付けると、今後の計画についてを話し始めた。

 

「連絡こそないが、セブルスは未だトムの陣営に潜んでいるはずじゃ。彼からの情報、そして魔法省の捜査。それらを基にトムの足取りを追い、わしらで決着を付ける。……付き合ってくれるかね? ハリー。」

 

「勿論です。準備も、覚悟も出来てます。……けど、スネイプ先生は本当に無事なんでしょうか?」

 

「少なくとも生きてはいるよ。わしにはそれを確認する手段があるからのう。そしてこの時点で生きているということは、上手く死喰い人の内部に溶け込んでいるということじゃ。」

 

「……キミね、秘密主義もいい加減にしたまえよ? 生きてることを確認できるってのは初耳だぞ。」

 

私も初めて知ったぞ、ジジイ。私とリーゼから同時に睨まれたダンブルドアは、わざとらしく両手を上げながら言い訳を寄越してくる。

 

「いや、万が一ということがありますからな。秘密を隠すなら己が内に留めるのが一番です。セブルスの安全のためにも、やむを得ない措置だったのですよ。」

 

「言うじゃないか、狸め。その情報があればもう少し作戦に確実性を持たせられたんだぞ。」

 

「ほっほっほ、微々たる差ですよ。セブルスが生きていることは元より計画に含まれていましたし、わしはしつこいほどにそう主張してきましたからな。」

 

「おおっと、開き直りか? ……パチェ、執務机はもう探さなくていいぞ。どうせもうすぐ死ぬんだ。見つかったところで『微々たる差』だろうさ。」

 

苛々と組んだ足を揺すりながら辛辣な台詞を言い放ったリーゼに、鼻を鳴らして首肯を返す。私にすら伝えなかったのは気に食わん。理屈は分かるが、感情は別なのだ。

 

「そうね、『微々たる差』なんだったらあってもなくても一緒でしょうしね。きっと執務机も愛想が尽きて帰ってこないんじゃないかしら?」

 

「ううむ、見事な連携じゃな。ハリーよ、一つ覚えておくといい。女性には逆らわぬことじゃ。それが二人ともなれば逃げる他ないのう。」

 

「……はあ。」

 

どう反応したらいいのか分からん、という感じで曖昧に頷いたハリー・ポッターは、そのままおずおずと質問を繰り出してきた。ズレてしまったレールを戻そうというつもりらしい。

 

「えっと、それで……夏休み中にはもう動くんでしょうか? でも、僕はダーズリー家に居なきゃいけないんですよね?」

 

「少なくとも、七月の間は居てもらうことになるじゃろう。トムが今更プリベット通りを狙ってくるとは思えぬが、用心するに越したことはあるまい。」

 

「八月中に決着を、ってことですか?」

 

「それもまた難しいところじゃ。九月以降、つまりホグワーツに居る間に動くことも大いに有り得るじゃろうて。六年生は将来に向かうための大事な時期じゃが、少しばかりその時間を割いてもらうことになるかもしれんのう。」

 

ホグワーツの六年生ってのは正に社会的モラトリアムの真っ只中だ。精神がある程度成熟した時期に訪れる、フクロウとイモリの中間。最後の『バカ騒ぎ』期間。……まあ、私には縁の無かった話だが。

 

何にせよハリー・ポッターにとってもリドルの問題よりかは重要ではなかったようで、一切迷わずにダンブルドアへと承諾の頷きを返す。

 

「大丈夫です。……あの、そのことをロンとハーマイオニーにも話して大丈夫でしょうか? 多分、付いて来るって言ってくれると思うんですけど。」

 

「ふむ、悩ましいのう。わしとしては彼らの同行には勿論反対じゃ。反対なのじゃが……どう思いますかな? バートリ女史。」

 

「私だって反対さ。だけど、私には説得し切れないね。ハーマイオニーもロンも、全てを理解した上でハリーと共にあることを望むだろう。私にはそれを無下にすることは出来ないよ。キミがどうにかしてくれたまえ、校長閣下。」

 

「……参りましたな。さて、またしても難題じゃ。」

 

何でだよ。普通に突っ撥ねればいいだろうが。未成年の魔法使いなんて足手纏いにしかならないはずだぞ。何故か真剣な表情で考え始めた私を除く三人を、理解し難いものを見る表情で眺めていると……ダンブルドアが妥協策とも思えぬ曖昧な提案を放った。

 

「彼らはまだ未成年です。もし付いて来ようと言うのであれば、それぞれのご両親にも話を通さねばなりますまい。……グレンジャー夫妻とて易々とは同意しないでしょうし、モリーとなれば言わずもがな。ご両親が止めてくれることを祈りましょう。」

 

「情けないが、名案だね。」

 

「そうですね。付いて来てくれるのは嬉しいんですけど……やっぱり危険な目には遭って欲しくありませんから。」

 

……意味が分からん。どうでも良いことをさも重要な問題かの如く語る三人に奇異の視線を送ったところで、自分の膝をポンと叩いたダンブルドアが話を締める。

 

「とりあえずはこんなところじゃろうな。……ハリー、君も色々と考えたいことがあるじゃろう? 今日は充分すぎるほどに話した。続きはまた今度にしようか。」

 

「はい、ダンブルドア先生。……だけど、先生が犠牲になることだけはまだ納得できてません。それだけは覚えておいてください。」

 

「うむ、うむ。まっこと複雑な気分じゃな。もどかしいようで、少し嬉しいよ。……その件もまた今度じっくり話そうではないか。これからはその機会も増えるじゃろうて。」

 

「それじゃ、行こうかハリー。私はお腹が空いたよ。早く行かないと肉が無くなっちゃうぞ。」

 

パチリと手を叩いて空気を塗り替えたリーゼは、そのまま立ち上がってハリー・ポッターの手を引き始めた。……まさか、元気付けようとしてるのか? こいつも随分と『人間らしい』行動をするようになったな。

 

「急がなくても無くならないと思うよ。今の大広間にはリーゼが居ないんだから。」

 

「おや、言うようになったじゃないか。乙女に対する台詞じゃないぞ、それは。」

 

「僕だって成長してるからね。……それじゃあ失礼します、ダンブルドア先生、ノーレッジ先生。」

 

どっかで聞いたようなやり取りだな。慌ただしく校長室のドアを抜けて行く友人の変化に少し眉を上げた後、わざわざ立ち上がって見送っているダンブルドアへと声をかける。

 

「ハリー・ポッターも貴方には死んで欲しくないみたいよ?」

 

「ほっほっほ、死を望まれることよりかは嬉しいことじゃな。早く地獄へ落ちろなどと言われなくて安心したよ。……じゃが、わしの考えは変わらんよ。それを知っているからこそ、君は口を出してこなかったのじゃろう?」

 

「貴方は本当に……救いようがないわね。大バカよ。自己犠牲バカ。」

 

「ううむ、自覚はあるよ。じゃが、これこそがわしの拘りなのじゃ。愚かだろうが、不条理だろうが、これを曲げてはわしがわしでなくなってしまう。……すまんのう、ノーレッジ。どうやらわしも魔法使いの端くれだったようじゃ。」

 

拘り屋、か。皺だらけの顔を綻ばせて言うダンブルドアに、鼻を鳴らして抗議を示す。……分かっているさ。だから私はこうしているんじゃないか。

 

静寂が訪れた校長室の中で、パチュリー・ノーレッジはゆっくりと次の本へと手を伸ばすのだった。

 


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