Game of Vampire 作:のみみず@白月
「防衛術の実技でちょっとだけ失敗しちゃったんだ、大丈夫かなぁ?」
不安そうに聞いてくるテッサを励ますために、アリス・マーガトロイドはそっと口を開いた。
「大丈夫よ。あれはそもそも、いくつか失敗するようになってる試験なんだと思うわ。そうじゃないとあまりに難しすぎるもの。」
イモリ試験が終わった後、二人で答え合わせをするためにハグリッドの小屋へと向かう途中で、テッサが不安そうに話しかけてきたのだ。
「そうなのかな? ……うん、そうだよね! 守護霊の呪文なんて、大人の魔法使いでもそうそう成功しないもんね。」
励ましが功を奏したのか、ホグワーツの廊下を歩くテッサの足音が少しだけ元気になった気がする。私が成功していることは内緒にしておいた方が良さそうだ。
長かったホグワーツでの生活もそろそろ終わりを迎えることになる。一年生の時に苦しめられた動く階段を感慨深く眺めながら、気になっていたことをテッサに聞いてみることにした。
「そういえば、試験が終わったら進路のことを教えてくれるって言ってたわよね? それで……テッサは何を目指してるの?」
「わ、笑わないって約束してくれる?」
上目遣いで聞いてくるテッサに、自信を持って言い切る。
「笑うわけないでしょう? 私のこと、信じられない?」
「もちろん信じてるよ! ただちょっと、私には似合わないかもって思ったから……。」
何だろうか? 全く予想がつかない。緊張している様子で躊躇っていたテッサが、意を決したように口を開く。
「その、ホグワーツでね、教師になりたいなって思ってるんだ。」
それは……なんとも予想外だ。でも、もしそうなったらとっても素晴らしいことだと素直に思える。贔屓目を抜きにしたって、テッサならいい先生になるだろう。
不安そうな顔で私の答えを待つテッサに、とびっきりの笑顔で言い放つ。
「素晴らしいと思うわ、テッサ。貴女が先生だなんて、教わることのできる生徒たちが羨ましいくらいよ。」
「えへへ、褒めすぎだよ、アリス。でも……とっても嬉しいな。」
はにかむように笑うテッサが、一歩前に出てこちらを正面から見つめてくる。
「あのね……私、ホグワーツに来れてよかったよ。色んなことがあったけど、それでもこの学校に通えて本当によかったと思ってるんだ。」
一度そこで言葉を切って、急に私を抱きしめてくる。私の肩口に顔をうずめながら、テッサがゆっくりと続きを口にした。
「その中でも一番よかったことは、アリスと出会えたことだよ。ずっと、ずーっと友達だからね? アリス。」
少し驚いた後、そっとテッサを抱きしめながら、私も気持ちを込めて返事を返す。
「当たり前よ、テッサ。おばあちゃんになっても、一緒に遊ぶんだからね?」
しばらくお互いの気持ちを噛み締めてから、そっと離れて笑い合った。どうやら、私は得難い友を得ることができたようだ。
「なんか照れちゃうね。本当は卒業式に言うつもりだったんだけど、我慢できなかったんだ。」
「やっぱりせっかちね、テッサは。二十年後くらいにこのネタでからかってあげるわ。」
「意地悪だなぁ、アリスは。」
ちょっと赤い顔を見られたくなくて歩き出す。こういうことを素直に言えるのは、きっとテッサの長所なのだろう。内心の照れを悟られたくなくて、話題を逸らすために前を向いたまま彼女に話しかける。
「ほら、きっとハグリッドが待ってるわよ。試験のことが気になって、また手慰みにロックケーキを大量生産されたら堪らないわ。早く行きましょう。」
「うへぇ、それは嫌かなあ。ルビウスの作る他のお菓子は美味しいけど、あれだけはちょっと苦手だよ。」
きっと以前歯を折ってしまったのを思い出したのだろう、テッサの歩く速度がちょっとだけ速くなる。しかし、どうやったらあんなケーキが出来るのだろうか? 名前通り岩のような硬さなのだ。
そのまま玄関を出て、森の方向へと試験のことを話しながら歩いて行くと、湖のほとりにダンブルドア先生が佇んでいるのが見えてきた。
テッサもそれを見つけたらしく、不思議そうな表情になりながら小声で話しかけてくる。
「あんなとこで何してるんだろ? 考え事かな?」
「そう見えるわね。邪魔しないようにしましょう。」
声をかけずに通り過ぎようとすると、ゆったりと振り返ったダンブルドア先生がこちらを手招きしてきた。ううむ、音は立てていなかったはずなのだが……さすがはダンブルドア先生だ。
近付いて挨拶してみると、ダンブルドア先生は微笑みながら挨拶を返してくれた。
「こんにちは、アリス、テッサ。君たちなら心配はないだろうが、試験はどうだったかね?」
「えーっと……まあ、手応えはそれなりにありました。」
「私も、それなりに上手くできたと思います。」
テッサに続いて返事を返すと、ダンブルドア先生は自分のことのように喜んでくれる。
「結構、結構。君たちのような優秀な生徒を卒業まで導けたのは、ホグワーツの教師として非常に嬉しいことだよ。」
そこで一度言葉を止めて、ハグリッドの小屋がある方向を見ながら続きを話し始める。
「願わくばルビウスにもそう言いたかったが……残念なことだ。」
「でも、ルビウスは森番になれたことを喜んでましたよ。いつも言ってます、ダンブルドア先生には感謝してもしきれねえ、って。」
ハグリッドの声色を真似ておどけるように言ったテッサを見て、ダンブルドア先生の表情から憂いが晴れた。彼は柔らかく目を細めながら、私たちにゆっくりと語りかける。
「君たちが友達でいてくれることが、ルビウスにとってどれだけ助けになっていることか。私からも感謝させてもらうよ、本当にありがとう。」
「それは……感謝されるようなことじゃありません。私たちだって、ハグリッドにいつも助けられていますから。」
また不意打ちだ。慌てたように言う私を優しげな瞳で見ながら、ダンブルドア先生が思い出したようにテッサに向き直る。
「そういえば、テッサ。君の進路についてだが……いや、もちろん詳しいことは試験の結果が出た後になるが、どうやら君の望みは現実のことになりそうだよ。」
「ほっ、本当ですか? それは……とっても嬉しいです!」
顔を輝かせて喜ぶテッサに、私も嬉しくなる。これはお祝いをしないといけないな。いい考えがないか、ハグリッドに相談してみよう。
「まあ、そう意外なことではないだろう。君の成績は優秀と言っていいものだし、何より君たちは五年生の時に自らの資質を示したからね。それが報われたというだけのことだよ。」
「あのっ、ありがとうございます、ダンブルドア先生!」
興奮状態でぴょんぴょん飛び跳ねるテッサを横目に、ダンブルドア先生が今度はこちらに話しかけてきた。
「アリス、君も随分と頼もしくなったね。初めて会った時からは想像も付かないよ。」
「パチュリーに鍛えられましたから。」
「ノーレッジか……なるほど、頼もしくなるわけだ。」
苦笑しながら、先生は遠い目で湖を見つめる。学生時代を思い出しているのだろうか? しばらくそうしていたが、やがて瞳に強い光を宿しながら口を開いた。
「ああ、そういえば、一つ伝言を頼まれてくれないかね?」
「それは、もちろん構いませんけど……ちょっと待ってください、今メモを──」
「いや、たった一言でいいんだ。スカーレット女史に、『準備は出来ている』とだけ伝えてくれればいい。」
「それだけ、ですか? ええと、分かりました。そのくらいならお安い御用です。」
私が引き受けると、ダンブルドア先生は少しだけ校舎の方を見た後、私たちに向き直った。
「それでは私は失礼するよ。あまり引き止めるのもルビウスに悪かろう。」
「はい、伝言は必ず伝えます。」
「そうだった、ハグリッドが待ってるよ! ダンブルドア先生、話せてよかったです。ありがとうございました!」
ダンブルドア先生と別れて、元気一杯になったテッサに手を引かれながらハグリッドの小屋へと歩き出す。
小屋の近くに着くと、ロックケーキが焼ける匂いが漂ってくる。テッサと顔を見合わせて苦笑しながら、アリス・マーガトロイドはそっと木彫りのドアをノックするのだった。
─────
「お帰りなさい、アリス。そして……卒業おめでとう。私も誇らしいわ。」
ホグワーツ特急の赤い車体を背景にしながら、七年間ですっかり成長したアリスに声をかけつつ、パチュリー・ノーレッジは人知れず感慨に耽っていた。
「ありがとう、パチュリー。それと、ただいま。」
あの小さくて頼りなかった姿を昨日のことのように思い出す。長生きすると停滞する、か。今のアリスを見ていると、リーゼの言葉が身を以て実感できる。
「さて、行きましょうか。友達とのお別れは済んだ?」
「うん、大丈夫だよ。」
アリスを伴って歩き出しながら、私の時はリーゼが迎えに来てくれたことを思い出す。そういえばその直後、初めて紅魔館に連れて行かれたんだったか。
あれが半世紀近く前の出来事だなんて、とてもじゃないが信じられない。そして現在、今度は私が魔女の卵を迎えに来ているというわけだ。実に感慨深いものがある。
暖炉にフルーパウダーを投げ入れて、アリスと一緒に入り込む。
「ムーンホールド!」
久しぶりの暖炉飛行をうんざりしながら終えて、ムーンホールドの廊下を歩き出す。さて、アリスにも心の準備をさせておいたほうが良いだろう。内心を隠した冷静な声で、隣を歩くアリスに話しかけた。
「アリス、これから貴女のことをリーゼの執務室に連れて行くわけだけど、そこでとても大事な質問をされるわ。」
「大事な質問?」
「まあ、リーゼも同じことを言うだろうけど、私からも伝えておきましょう。いい? アリス、自分の心に正直に答えなさい。どんな答えを出しても、私たちはそれを受け入れるわ。」
「ちょっと、パチュリー、なんだか怖いんだけど……どんな質問なの?」
「それは直接リーゼから聞くべきね。……ほら、着いたわよ。」
執務室のドアをノックして、返事を聞いてから部屋に入る。リーゼは行儀悪く机の上に座りながら、翼をぷるぷると震わせて待っていた。緊張しているな、あれは。
リーゼの姿を認めたアリスは、満面の笑みでただいまをする。
「リーゼ様、ただいま帰りました。」
「お帰り、アリス。そして、卒業おめでとう。今日はお祝いだね。」
「ありがとうございます、リーゼ様!」
リーゼは手で私たちに座るように示してから、ストンと机を下りて対面の椅子に座る。そのまま目を細めながらアリスのことを眺めていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「さて……お祝いの前に聞いておかなくちゃいけないことがあるんだ。どうせ世話焼きの先輩から聞いているんだろうが、一応言っておくよ。アリス、自分の心の望むままに答えてくれ。」
リーゼの言葉に、アリスが緊張しながら頷く。私も少し緊張してきた。久々の感覚だ。リーゼはアリスの瞳を真っ直ぐ見つめながら、ゆっくりとした口調のままで話し出した。
「私やパチェが、長い時間の中を生きているのは知っているだろう? キミに聞きたいのはつまり……私たちと同じ時間を生きたいか否かなんだ。」
目を見開いたアリスが、少し悩んだ後に答えようと口を開くが、リーゼの言葉がそれを遮る。
「慎重に考えるんだ、アリス。もし私たちと共に生きるなら、キミの友人たちとは別の時間を生きることになる。恐らくその死を看取っていくことになるだろうし、今の関係が壊れてしまうかもしれない。」
リーゼの言う通りだ。こっちの世界を選べば、根本的な部分で別の考え方をするようになる。私はもしかすると成るべくして魔女になったのかもしれないが、アリスの場合は人間としてでも上手くやっていけるはずだ。
リーゼの言葉に、アリスは何かを思い出すように目を瞑る。少しだけそのままでいた後、決意を秘めた表情で口を開いた。
「私は、リーゼ様やパチュリーと同じ時間を生きます。」
短く言い切ったアリスだったが、どうやら迷いはないようだ。よかった。ホッとして息を零すと、リーゼも同じように安堵しているのが見える。
そんな私たちの様子を見たアリスが、柔らかく微笑みながら言葉を紡ぐ。
「自律人形を完成させたいですし、リーゼ様たちと一緒に生きていきたいんです。それに……私の一番大切な友達は、そのくらいじゃ離れていきません。それは断言できます。」
脳裏に蜂蜜色の髪が浮かぶ。まあ、確かにあの子なら大丈夫だろう。柄にもなく、ほんの少しだけ羨ましくなってしまう。
「そうか……よし、お祝いをしようじゃないか。こあがキミの好物をたっぷり作って待っているよ。」
「ふふ、とっても楽しみです。」
言いながら立ち上がったリーゼに続いて、三人でリビングへと向かう。
前を歩く二人を見ながら、脳内でアリスの授業計画を組み立てていく。まずは……捨食の法からやっていくか。時間が増えるに越したことはないはずだ。
頭の中で新米魔女の育成方針を決めつつも、パチュリー・ノーレッジは朝よりも自分の足取りが軽くなっているのを自覚するのだった。