Game of Vampire 作:のみみず@白月
渾沌とオレンジジュース
「キミ、本当にこれを操り切れるのかい? 見たこともないほどの混乱になってるわけだが。」
紅魔館のリビングのテーブルに重なる世界各国の新聞を眺めながら、アンネリーゼ・バートリは呆れた声色で問いかけていた。私には読めない言語の新聞も多々あるが、書いてあることは何となく分かるぞ。何せソヴィエトの議長席に座るゲラートの写真がデカデカと載っているのだから。
比べてみると、『ゲラート・グリンデルバルドがソヴィエト中央魔法議会の議長に』のパターンが最多で、ゲラートの生存を報じるタイプが二番目に多い。就任演説の内容に触れている記事なんかもちらほらあるが……いやはや、これだけの新聞の一面が統一されるってのは珍しいだろうな。並べてみると壮観だぞ。
そして、今やイギリスの戦争の記事などどこにも載っていない有様だ。我らがゲラート・グリンデルバルドの『復帰』というのは、リドルの名前を紙面から消し去るほどのインパクトがあったらしい。
つまるところ、目の前に広がる大量の記事に載っている通り、七月一日を以ってゲラートがソヴィエト議会の議長に就任したのである。勿論ながら反対する議員も多数いたが、そこはソヴィエトお得意の『力技』で押し切ったようだ。いやまあ、お陰で議会内部はひどい混乱状態に陥っているらしいが。
『魔法大臣、闇の総帥への懸念を表明』ね。最近スムーズに読めるようになってきた日本語の新聞を手に取る私へと、対面のソファに座るレミリアが軽い感じで返答を寄越してきた。
「こんなもんまだまだ序の口よ。これからどんどん騒ぎは大きくなっていくでしょうね。」
「大きくなっていくでしょうね、じゃないだろうが。ほら、ポーランドの新聞を読んでみたまえよ。魔法大臣がショックで倒れたらしいぞ。ファッジ並みのメンタルじゃないか。」
「仕方ないでしょ、大戦の時は被害が大きかった国なんだから。ポーランド、ブルガリア、リトアニア、ギリシャ。この辺は『反対』なんてレベルじゃ収まらないわよ。下手すれば武力衝突にもなりかねないわね。」
「キミね、冷静に予想してる場合なのかい?」
澄ました仕草で紅茶を口にするレミリアに聞いてみると、魔法界のフィクサーどのは肩を竦めて返事を返してくる。
「下手すればって言ってるでしょ? 下手しないわよ、私は。上手いこと調整してみせるわ。」
「だと良いんだけどね。……単なる始まりの花火にしては、私が思ってたよりも大事になってるぞ。枯れ木に火が点いたみたいに燃え盛ってるじゃないか。」
「ふん、今は盛大に騒いでればいいのよ。私も、ダンブルドアも、イギリスも、フランスも、それにマクーザもまだ動かないわ。だったら世界の誰も実際の行動には移せないでしょ。」
「ってことは、フランスと新大陸には話を通せたわけだ。やるじゃないか。どうやったんだい?」
イギリスはともかくとして、ゲラートに恨みを持つその二国を抑えるのは容易じゃなかったはずだぞ。ぺちぺち手を叩きつつ聞いてやれば、レミリアは紅茶に砂糖と血を追加しながら答えてきた。お子ちゃま舌め。
「色々と事情を話して、一旦動きを保留にしてもらってるだけよ。近いうちに実際に会いに行って話し合うわ。……フランスの説得は中々骨が折れそうだけど、マクーザの方は手紙でも一定の理解を得られたし、現状の展開としては上々と言えるでしょうね。」
「ふぅん? 夏の小旅行ってわけだ。それならお土産は酒を頼むよ。あるいは肉か、なんなら牛か豚そのものだって構わないぞ。エマが捌けるから。あの子は家畜の断末魔の叫びが好きみたいでね。変な趣味だよ、まったく。」
「あんたの方が緊張感足りてないんじゃないの? この能天気アル中吸血鬼。」
「……いやぁ、今日は悲しい日だね。信頼してた幼馴染からそんな罵倒を聞くことになるとは思わなかったぞ。純真無垢な私は深く傷ついたよ。謝罪してくれたまえ。」
なんてヤツなんだ。血も涙も無いな。悲しげな表情で呟いてやると、レミリアは一顧だにせずぞんざいな返事を放り投げてくる。
「はいはい、純真無垢なあんたが存在してれば謝ってたかもね。私は伝説上の生き物に謝ってるほど暇じゃないのよ。」
「それが不思議な話でね、ホグワーツに居る時は確かに存在しているんだよ。……ただまあ、ここに帰ってくると隠れちゃうみたいだ。悪しき環境だと悪しき側面が表れるってことかな。水は方円の器に随うってわけさ。」
「あら、嘘を吐くと天国に送られちゃうわよ? 昔お母様が言ってたわ。」
「ふむ、さすがの私もそれは怖いね。これからは正直に生きて地獄を目指すことにするよ。」
新聞を読み漁る片手間に、恐ろしくどうでも良い会話を悪友と繰り広げていると……おや、アリスだ。眠そうな表情のアリスがドアを抜けてリビングに入ってきた。しかし、眠る必要がないのに眠そうってのはどういうカラクリなんだろうか? 魔女は謎が多いな。
「やあ、アリス。おはようかな?」
「ええ、ちょっと寝てました。おはようございます、リーゼ様、レミリアさん。」
「おはよ、人形娘。ちょうど良いところに来たわ。手紙を代筆して頂戴。ヒンディー語は出来るんでしょ?」
「そりゃあ構いませんけど……ヒンディー語? インド魔法省宛ですか?」
聞きながら私の隣に座ったアリスへと、レミリアは一つ頷いてから返答を送る。
「そうよ。人名のところ以外はこの手紙をそのまま写してくれればいいから。細かいニュアンスは任せるわ。適当に調整して頂戴。」
「でも、ヒンディー語は私もあんまり得意な方じゃないんですよね。普通に英語じゃダメなんですか?」
「そりゃあインドなんだから英語でも問題ないでしょうけどね。居丈高に英語を使うより、拙くとも自国語を使われた方が受け取った時の印象が良いでしょ? 自分の国の言葉が重んじられてるってのは結構好印象なのよ。こういう細やかな気配りがいずれ大きな成果に繋がるわけ。」
「はあ。それはまた、参考になります。」
それなのに、丸写しの手紙を方々に送るのはアリなのか? レミリアの謎の拘りに曖昧な頷きを返したアリスは、素直に羽ペンを動かして手紙を書き写し始めた。彼女も私と同じ疑問を持ったようだが、寝起きだから突っ込む気力もないようだ。
私にはさっぱり分からん言語で手紙を書くアリスを横目に、興味本位で件のインドの新聞を探す。『爆心地』のソヴィエトとも近いし、インド魔法界もかなりの混乱に陥っているはずだ。絨毯乗りどもの慌てっぷりを拝見しようじゃないか。
「インドね、インド……これか。ふむ、全然分からんね。元々イギリス領の癖して英語が全然使われてないじゃないか。生意気な連中だな。」
「あんたね、今それを言うとボロクソに叩かれるわよ。魔法界では東インド会社の評判なんて最悪なんだから。十八世紀に公布した空飛ぶ絨毯の製造規制の一件をまだ根に持ってるみたい。……そっちが毛を刈るためにデミガイズを乱獲したからだってのに、今じゃ一丁前に被害者面よ。うんざりするわ。」
「ふぅん? ……まあ、混乱具合は何となく伝わってくるよ。良い気味じゃないか。」
インドなど行ったこともないが、去年の今頃にイギリスへの協力を渋ったことだけは覚えているぞ。確か、ラモラがどうのこうのとかいう訳の分からん理由で。私は恨みだけは決して忘れないのだ。精々苦労すればいいさ。
大きく鼻を鳴らして『分からん語』の新聞を放り投げたところで、部屋に二人目の寝起き娘が入ってきた。眠そうな表情で大きく欠伸をしているフランだ。エマや美鈴によれば、最近は気まぐれに一階へと上がってくるらしい。……ちなみに着ているのは薄いネグリジェのままだし、裸足だし、髪も下ろしたまま。うーむ、これはこれで可愛いぞ。
「おはよう、お姉様たち、アリス。……あれ、今って朝なの? 変な時間に起きちゃったなぁ、もう。」
「フラン! そんな格好で出歩いちゃダメでしょ! 誰かに見られたらどうするのよ!」
「うっさいなぁ、別にいいじゃん。家族しか居ないんだからさ。」
途端に顔色を変えたレミリアの注意に適当な返事を返したフランは、自分の隣のスペースをポンポンする姉を無視してアリスの隣に座り込む。……つまり、こちら側のソファにフラン、アリス、私が並び、反対側にはレミリアただ一人だ。哀れな。
「ねね、何書いてるの? 古代の呪文とか?」
ショックを受けたような表情を浮かべている姉バカを他所に、フランは興味深そうな表情でアリスの書いている手紙を覗き始めた。古代の呪文か。言い得て妙だな。
「ヒンディー語よ。インドとか、あの辺の言語。」
「へぇ、変なの。……そもそもさ、何で世界中を英語に統一しないのかな? そうすれば私も日本語なんかを勉強しなくて済むのに。」
「んー、土地に根付いた言語っていうのはそうそう手放せないものなのよ。民族としての誇りもあるでしょうしね。だから、日本語はきちんと勉強しないとダメよ?」
「分かってるけど……難しいんだよね、特に漢字が。読み方が何通りもあるなんて反則だよ。ひらがなだけじゃダメかな?」
おっと、フランがおねだりモードに入ったぞ。最近のこの子の恐ろしいところは、この上目遣いが天然なのか計算なのか判断しかねるという部分にあるのだ。これは多分……計算の方のはず。自信は無いが。
アリスも少し怯んだ後でそう判断したようで、首を横に振りながらフランのおねだりを突っ撥ねる。
「ダメよ。幻想郷の公用語は日本語なんだから、せめて日常で使う単語くらいはマスターしておかないと。……いざあっちに行った後で困りたくはないでしょう?」
「むう、ひらがなだけで大丈夫だと思うんだけどなぁ。咲夜とか美鈴の名前はちゃんと漢字で書けるし、自分の名前のカタカナも完璧だよ? あとは伝わりさえすれば問題ないでしょ?」
「そりゃあ、そこまで大きな問題はないかもだけど……その方が印象が良いんですよね? レミリアさん。」
うむ、確かにそう言っていたはずだ。私もしかと聞いたぞ。アリスがフランのおねだりをレミリアの方へと受け流すと、姉バカ吸血鬼どのはかなり困った表情で目を逸らし始めた。
「まあ、そうね。礼儀は大事よ、フラン。」
「ふーん、そう? 礼儀ってのは強要すべきものじゃないと思うけどね。こういうのは自発的に抱くものなんじゃない?」
「その、ほら……つまりね、スカーレット家の次女が平仮名なんか使ってたらナメられちゃうでしょ? こういうところをきちんとしておくのが大切なのよ。」
「……ま、別にいいけどさ。」
フランとしてもダメ元のおねだりだったのだろう。結構あっさり引き下がった妹の言葉に、姉が傍目にも明らかな安堵の表情を浮かべたところで……今度はエマがティーセットを載せたカートを押しながら入室してくる。気が利くじゃないか。
「はい、お茶ですよー。コーヒーも一応ありますけど、どっちにします?」
「なら、私はコーヒーをお願いします。」
「有るならジュース、無いなら紅茶かな。」
「えっとですね……はい、オレンジなら持ってきてますよ。」
フランの要求にも見事に応えたエマは、それぞれの前にカップやコップを置いていく。よしよし、私のはきちんと濃いめに淹れてくれたようだ。さすがにこの辺はホグワーツのしもべ妖精より上手だな。
「そういえば、ブラッドオレンジジュースって血が入ったオレンジジュースのことじゃなかったんですね。……この前初めて知りましたよ。一緒にお茶してたトンクスとエメリーンに呆れられちゃいました。」
フランのオレンジジュースを見ながらのアリスの言葉に、その場の全員が疑問符を浮かべた。……ええ? 違うのか? 私も血入りのオレンジジュースのことだと思ってたぞ。
「そうなの? なら、『ブラッド』ってどこから来たんだろ?」
「そういうオレンジの品種があるらしいのよ。普通のオレンジと違って果肉が真っ赤なんですって。……この館だと違う意味だったし、飲んだことも無かったから、今までずっと勘違いしちゃってたみたい。恥ずかしかったわ。ブラッドソーセージと同じような物だと勝手に思い込んでたのよね。」
フランに答えたアリスの顔を見るに、真実を知った現場では大分呆れられたのだろう。かなり苦い表情を浮かべている。……私も危ないところだったな。ハリーたちに呆れられる前に知れて何よりだ。
「吸血鬼に育てられた弊害なのかもね。これは咲夜にも教えといた方が良さそうだ。」
「ですね。咲夜も絶対に知らないと思いますよ。多分、前から知ってたのはパチュリーくらいじゃないでしょうか?」
「……一応弁明させてもらえば、言葉としての起源はこっちが先のはずだよ。父上が子供の頃にも『ブラッドオレンジジュース』は存在してたようだしね。」
「とはいえ、残念ながら魔法界でもマグル界でもブラッドオレンジジュースは血を入れないのが常識になっちゃってるみたいです。今から血入りオレンジジュースを普及させるのは難しそうですね。」
クスクス笑いながら言ってきたアリスに、肩を竦めて苦笑を返す。今度『人間向け』のブラッドオレンジジュースとやらも飲んでみるか。絶対に血を入れた方が美味いと思うんだがな。私が謎のジュースについてを想像していると、今度はレミリアが腕を組みつつ言葉を放った。
「最近だと諸外国から色んな料理が入ってきてるし、こういう勘違いは結構有り得そうね。外交の場でやらかしたらナメられちゃうわ。私も気を付けないと。」
「別に大丈夫だと思うよ。お姉様が『年寄り』ってのは皆知ってるわけなんだしさ。大目に見てくれるよ、きっと。」
「……たった五歳違いの妹に年寄り扱いされるとは思わなかったわ。」
「私はまだ子供だもん。セーフだよ、セーフ。大事なのは精神の年齢でしょ?」
そのまま今度は適当すぎる年齢談義に移り始めたテーブルを横目に、再び新聞の山へと向き直る。やっぱり紅魔館に帰ってくるとホグワーツとはまた違った意味で気が緩んじゃうな。あっちが『カジュアル』だとしたら、こっちはそのまんま『アットホーム』って感じだ。
だが、平穏に微睡んでいるわけにはいかない。ゲラートとのやり取りもあるし、リドルの問題だって片付いたわけではないのだ。レミリアたちが大きな盤面を動かしている間、私はちょこちょこと細かい部分を調整しなくては。
騒がしくなってきた魔法界のことを思いながら、アンネリーゼ・バートリはとりあえず朝食でも取ろうかと決意するのだった。……今日は何肉にしようかな。