Game of Vampire   作:のみみず@白月

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不思議の店のアリス

 

 

「この街の全てが鬱陶しいわ。全てがね!」

 

カーテンを閉め切ったホテルの一室で不満を撒き散らすレミリアさんを見ながら、アリス・マーガトロイドは苦い表情を浮かべていた。うーむ、そんなに嫌なのか。私としては色々と興味深い街なんだけどな。出張に付いて行けると聞いた時はちょっと嬉しかったくらいだぞ。

 

カーテンの向こうに広がっているのは、世界に名高きビッグ・アップル。言わずと知れたニューヨークの街並みである。マグルの進歩を象徴するような高層ビルが立ち並ぶ、これ以上ないってほどに近代的な大都市。私の中の魔女も、人間も、そして魔法使いも好奇心を擽られているのだが……吸血鬼であるレミリアさんにとってはただただ忌々しいだけらしい。

 

正直なところ、私にはよく分からない感覚だな。リーゼ様もフランも、パチュリーも小悪魔も、そしてエマさんや美鈴さんまでもが、揃いも揃って新大陸と聞くと嫌そうな顔になってしまうのだ。まるで木箱いっぱいのレタス食い虫を見た時のような表情に。

 

来る前までは単なるイメージで嫌いなのかと思っていたのだが、目の前のレミリアさんは本気でうんざりした表情だし……むう、不思議だ。人外特有の何かがあるのかな? でも、私は別に嫌って感じはしないぞ。

 

この騒がしい街を好きかと聞かれれば困るが、嫌いかと聞かれれば迷わず否定できる。好奇心はそそられるものの、特に思うところはない。つまりは普通。それが魔女である私の感想なのだ。

 

謎の嫌悪感に首を傾げる私へと、レミリアさんはぷんすか怒りながら声をかけてきた。

 

「失敗したわね。どうせパチェの用意した移動方法で一瞬なんだから、こんなに早く着くべきじゃなかったのよ。夜までこの街で待機だなんて……悪夢! 悪夢よ!」

 

「仕方ないじゃありませんか。マクーザ側には夜に話し合うって言っちゃってるんですから。……そもそも、何がそんなに嫌なんです? 私は面白い街だと思いますけど。」

 

「神秘が薄いのよ、この大陸は。その中でもニューヨークは一等地ね。現実感が強すぎて上手く妖力が確保できないし……ああもう、イライラするわ!」

 

「神秘、ですか。」

 

実感は無いが、理解は出来る。『神秘が薄い』か。確かに新大陸を表現するのに相応しい一言だ。……うーん、やっぱり興味深いな。卵か、鶏か。人外が少ないから神秘とやらが薄くなったのか、元より神秘が薄いから人外が住み着かなかったのか。

 

きっとここは『人間の国』なのだろう。人が切り拓き、人が築いた国。だからこそ妖怪たちの入り込む隙間がないわけだ。いやはや、見事だと感心する反面、少し寂しい気もするな。もうちょっと『不思議』があっても良いと思うぞ。

 

神秘という新たな要素に感心していると、レミリアさんが部屋のソファに腰を下ろしながら口を開く。マクーザ側が用意してくれた豪華な部屋なのだが、彼女にとってはソファすらも座り心地が悪いようだ。何度も何度も座り直している。

 

「紅茶を淹れて頂戴、アリス。何か『イギリス的』なものがないと頭がおかしくなりそうだわ。」

 

「いいですけど……そんな調子で話し合いの時は大丈夫なんですか? マクーザの説得に失敗しちゃうと、かなり厄介な展開になるんですよね?」

 

「話し合いの場ではどうにか自制するわよ、どうにかね。……っていうか、何なのよこのソファは! 全然落ち着かないし、おまけに合皮! 合皮なんて大っ嫌いだわ! 紛い物はもう沢山よ!」

 

うわぁ、これは酷いな。とうとうソファをぶん殴って形を整え始めたレミリアさんは、どう見ても話し合いに影響しそうな程のイライラっぷりだ。行動が昔のフランみたいになっちゃってるぞ。

 

沸点が限りなく低くなっているレミリアさんを尻目に、せめて落ち着かせようとティーセットを探すが……マズいな、コーヒーしかない。茶葉やティーバッグのあるべき場所には、何故か不自然な空白が存在するだけだった。

 

「あー……コーヒーはどうですか? 紅茶は無いみたいなんです。」

 

「……紅茶が無い? 紅茶が、無いですって? そんな場所がこの世に存在する? 地獄にだって紅茶はあるのよ?」

 

「するみたいですね、私もビックリです。こういうホテルには普通用意されてるものだと思うんですけど……無いのは茶葉だけですし、もしかしたらルームメイクのミスとかかもしれませんね。」

 

何たって、高価そうな陶器のティーポットは確かに置いてあるのだ。まさかこれでコーヒーを淹れろというわけでもないだろう。タイミングの悪すぎるトラブルに顔を引きつらせていると、無言で立ち上がったレミリアさんがドアの方へと歩き始める。

 

「あの、何処へ?」

 

「決まってるでしょ。間抜けな従業員を一人ずつ順番にぶん殴ってくるわ。すぐ終わるからここで待ってなさい。」

 

「すぐに貰ってきます! 貰ってきますから! だから、部屋から絶対に出ないでくださいね!」

 

助けて、リーゼ様。あまりにも本気の表情を浮かべているレミリアさんを慌てて止めてから、殺気が満ちる部屋を出て足早に廊下を進む。やりかねないぞ、今の彼女なら。ニューヨークの平和を守るためにも、急いで紅茶を入手しなければ。

 

こんなことならもっと魔法で紅茶を淹れる練習をしておけばよかった。ダンブルドア先生やアメリアなんかは美味しい紅茶を出せるのだが、私の出した紅茶はあんまり美味しくないのだ。……ただまあ、パチュリーのよりかはマシかな。あれは薄すぎて香りの付いた水に近いし。

 

帰ったら絶対に練習しようと決意しながらエレベーターに乗り込み、フロントのある一階のボタンを連打する。なまじ高いフロアなのが裏目に出たな。もどかしい下降の時間を過ごした後、ドアが開いた瞬間に急いで隙間を抜けると……ええ? そこは見知らぬ小さな店の中だった。

 

「へ?」

 

思わず漏れ出た声と同時に振り返ってみれば、エレベーターではなく曇りガラスのドアが目に入ってくる。……どういうことだ? 魔法で『繋げ』られたか? でも、全然気付けなかった。である以上、並の技量で出来ることではないはずだ。

 

落ち着け、アリス。何にせよ異常事態だぞ。混乱する思考を鎮めつつ、即座に杖を構えて店内を見回すが、人の気配は全く感じられない。ドア以外の窓は表側の張り紙か何かのせいで光が入ってこないようになっており、埃っぽい店内には薄暗い静謐が漂うばかりだ。

 

「……誰か居るなら出てきなさい。」

 

杖を振って明かりを灯しながら言ってみるが、声は一切返ってこない。周囲の魔力がやけに強い気もするし、なんだか嫌な雰囲気だな。薄気味悪い状況に少しだけ顔をしかめた後、ゆっくりと静かな店内を調べ始めた。

 

うーむ、間取りこそごく一般的な日用品店という感じだが、棚やカゴに並ぶ品物は『魔法的』な代物ばかりだ。というか、『本物』が無造作にちょこちょこ交じっているぞ。埃の積もったカウンターの横のワゴンには……十二面鏡? こんな物を放置しとくべきじゃないだろうに。

 

あまりにもあんまりな品物の数々を見て、警戒の度合いを一段階上げる。この店は間違いなく名のある魔法使い……いや、魔術師か魔女の縄張りだ。人形をいつでも展開できるようにしながらも、慎重に店の奥まで進んで行くと──

 

「ひぅっ!」

 

ビックリした! 急に足首を擦る柔らかい感覚を受けて、思わず全力で飛び退ってしまう。心臓が大きく脈打っているのを自覚しつつ、先程立っていた場所へと目をやってみると……猫? クリクリとしたグリーンの瞳の黒猫が、尻尾をゆらゆら揺らしながらそこに座っていた。この子が足元に擦り寄ってきたらしい。

 

「……レベリオ(現れよ)。」

 

普通だったら苦笑しながら撫でてやる場面だが、今は明らかな緊急時なのだ。とりあえず暴露呪文で調べてみると、黒猫は首を傾げながらにゃあおと返事を寄越してくる。……うん、普通の猫だな。なんか恥ずかしくなってきたぞ。

 

「もう、ビックリさせないで頂戴。……何処から入ってきたの? キミ。」

 

全然逃げようとしないし、この辺に住み着いている通い猫か何かなのだろうか? 情けない一人芝居にちょっとだけ顔を赤くしながら、頭を撫でて問いかけてみると、黒猫は私の手に顔を擦り付けてからごろりとお腹を見せてきた。ううむ、可愛いな。

 

紅魔館だと『実験動物』以外の生き物はふくろうとコウモリくらいだし、猫を触るってのは結構新鮮な体験だ。ゴロゴロ言い始めた黒猫に微笑みながらお腹を撫でていると……いきなり耳をピンと立てた黒猫は、立ち上がって店の奥へと走って行く。

 

「あれ、もう行っちゃうの?」

 

もうちょっと撫でたかったな。何となく声をかけながら腰を上げて、猫の走り去った方に視線を送る。やけに大きな暖炉の横に開きっぱなしのドアがあるようだ。あっちまで店が続いてるって雰囲気でもないし、店主の生活スペースでもあるんだろうか?

 

少しだけ緩んでしまった気を引き締めて、今度はそちらを探索しようと足を踏み出したところで……おお、戻ってきた。やっぱり猫は気分屋だな。シャカシャカという音と共に再び猫が走り寄ってくる。

 

「おかえり、猫ちゃん。……あら、何を持ってるの?」

 

紙? いや、カードかな? 戻ってきた猫は私の目の前に座り込むと、口に咥えた一枚の紙を差し出してきた。ペラペラの薄いやつじゃなくて、ある程度の硬さがある長方形の白いカードだ。不思議に思いながらもそれを受け取った瞬間──

 

「馬鹿弟子を育ててくれた礼だよ。紫の小娘にもよろしく言っといてくれ。」

 

うなじにぞわりとした感覚が走る。突如として背後から聞こえてきた女性の声に、杖を構えながら振り返ろうとしたところで、今度はぐいと後ろに肩を引かれて倒れ込んだ。体勢を崩されたことに焦りつつも、素早く立ち上がってみれば……何なんだ、一体。目の前には見覚えのあるホテルのエレベーターホールの風景が広がっていた。

 

「お客様? 大丈夫ですか?」

 

「ええ、ちょっと……その、立ちくらみしちゃったみたい。もう大丈夫よ。」

 

慌てて近付いてきたベルマンに上の空で答えてから、もう一度周囲を見回してみるが……そこにはもう寂れた店内も、棚に並ぶ魔道具も、人懐っこい黒猫の姿もなく、多数の人が行き交う豪華なロビーがあるばかりだ。

 

「部屋までお送りいたしましょうか? ご希望でしたら、当ホテル専属のお医者様を呼ぶことも可能ですが。」

 

「いえ、本当に大丈夫だから。心配かけてごめんなさいね。」

 

心配そうに気遣ってくれるベルマンに手を振ってから、コツコツと大理石の床を踏んでロビーの方へと歩き出す。……確かに元居たホテルだな。また飛ばされたということか? だけど、どうやって? 姿あらわしした感覚なんて無かったぞ。

 

私が白昼夢を見ていたのではないとすれば、かなりの技量を持った魔女の仕業ということになる。これでもパチュリーから魔女同士の戦い方については教わっているのだ。可愛い猫にちょっとだけ油断していたのは認めるが、そう簡単に二度も飛ばされたりはしないはず。

 

狐につままれたような感覚に眉をひそめながら、左手に握り締めていた物へと目を落とす。一枚の白いカード。真っ白なそのカードをひっくり返してみると、裏側には短い一文と共に小さなコインが貼り付けられていた。

 

「……なるほどね。」

 

上には上があるわけか。完全にやり込められたことに悔しさを覚えながらも、早足でエレベーターホールへと踵を返してボタンを押す。こうなってしまった以上、もう紅茶どころではあるまい。レミリアさんには悪いが、こっちを片付けるのが優先だ。

 

電子音と共に開いたエレベーターの中へと入り、沈み込むような上昇の感覚を味わいながら上階に戻った後、小走りでレミリアさんの居る部屋に戻ってドアを開ける。そのまま急いでリビングルームに入ってみると、ソファに座っていた怒れる吸血鬼が文句を放ってきた。

 

「遅いわよ、アリス! 単に紅茶を持ってくるだけなんだから……ちょっと、何があったの?」

 

私が何も言わないうちに疑問げな表情になったレミリアさんは、ソファを離れて私に近付いてきたかと思えば……どうしたんだ? 私の周りをくるくると回りながら質問を寄越してくる。

 

「何これ? 貴女の周りだけ神秘が濃いわよ? どこぞの神にでも会ってきたの?」

 

「えーっと……神ではないと思いますけど、魔女には会ってきました。つまり、魔理沙の師匠に。」

 

魅魔。リーゼ様がその力を認め、パチュリーをして強力な魔女だと言わしめるほどの大魔女。その署名が入ったカードを渡してみると、レミリアさんは目を細めながら書いてある一文を読み上げた。

 

「『香港には貸しがあるから、上手く使いな』ね。……引っ付いてるコインは何なの?」

 

「分かりません。説明らしい説明はゼロでしたから。いきなり小さな店に飛ばされたかと思えば、それを渡された直後に戻されちゃいました。……してやられたってわけです。」

 

「まあ、仕方がないわよ。魅魔は魔女の中でも桁外れの存在らしいからね。まだ百年も生きてない『ひよっこ』の貴女じゃ太刀打ち出来ないでしょ。」

 

「道の長さを思い知りましたよ。」

 

きっと、格が違うってのはああいうことを言うんだろうな。情けなく呟いた私に、レミリアさんは苦笑しながら声をかけてくる。

 

「何を落ち込んじゃってるのよ。仕方がないって言ってるでしょう? お父様の世代からずっと長生きしてるバケモノ級の魔女なんだし、貴女がどうにか出来る方がおかしいの。……そこら中から恨みを買いまくってる癖に生き残ってるってことは、つまりは誰も殺せなかったってことでしょ? そういう存在と自分を比べるのなんて時間の無駄。天災にでも遭ったと思っときなさいな。」

 

「そうかもしれませんけど……ただ、一応は善意でそれをくれたみたいです。弟子を育ててくれた礼だとかって。」

 

「へぇ? 香港、香港ね。……香港自治区にとって意味のある物ってことかしら? 紋章が刻まれてるってのは分かるんだけど、少なくとも私には覚えがないわ。」

 

当然、私にもさっぱりだ。見えている面には龍と五つの花弁がある花が彫り込まれているのだが、特に文字のようなものは見当たらない。言いながらカードからコインを剥がしたレミリアさんは、隠されていた裏側を見てピタリとその動きを止めた。

 

「どうしたんですか?」

 

「……やっぱり怖い女ね、魅魔って魔女は。香港自治区独立の経緯は知ってる? もちろんマグル側じゃなく、『こっち側』の経緯よ。」

 

「えっと、十九世紀後半に何人かの魔法使いが先頭に立って独立運動を起こしたんですよね? それも、かなり過激なやつを。当時は隠蔽のために世界中が大騒ぎになったって本で読みました。」

 

「正確には五人よ。悪名高き混沌の都の生みの親たち。イギリスから独立だけさせた後、何をするでもなく歴史の闇に消えていった責任感皆無の五人組。……ほら、こいつらよ。」

 

忌々しそうな表情でレミリアさんが差し出してきたコインには……ふむ、見覚えがあるぞ。テッサと卒業旅行に行った時、ホテルのパンフレットに誇らしげに載っていた紋章だ。傘と小船、それに包まれるように描かれた猫、鈴、狐。かの有名な香港特別魔法自治区の紋章である。

 

「……つまり、魅魔さんは香港自治区の『創始者たち』と何か関係があるってことですよね?」

 

「どうかしらね? 私はその中の一人が魅魔なんじゃないかとすら思えてきたわ。混沌の都を生んだ魔女。……どう? 噂に聞く魅魔ならやりかねないと思わない?」

 

「……思います。だとすれば、多分猫がそうなんでしょうね。さっきも黒猫を使いにしてたみたいですし。」

 

「どっちにしても、このコインが何らかの意味を持ってるのは間違いないわ。貴女もよくご存知の通り、魔女ってのは無駄なことに時間を割くような存在じゃないもの。……となれば、先ずは誰に見せればいいのかを調べないとね。うんざりよ。古い魔女ってのはどうして『なぞなぞ』を出したがるのかしら? 手早く正解を寄越してくれれば苦労しないのに。」

 

大きなため息を吐きながらソファに戻ったレミリアさんに、苦笑いで曖昧な頷きを送った。それはきっと、誰かが悩み、答えを出す姿を見るのが愉しいからなのだろう。魔女ってのはそういう生き物なのだから。

 

うーん、私も気を付けないといけないな。パチュリーも昔よりかは謎めいたことを言う頻度が高まっている気がするし、それを反面教師にしていかなければ。歳を取ると魔女は自然とああなっちゃうのかもしれない。

 

自分の将来に一抹の不安を覚えながらも、アリス・マーガトロイドは年季の入ったコインを見つめるのだった。

 


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