Game of Vampire   作:のみみず@白月

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修行の終わり

 

 

「あー……何なんだ? こいつらは。動く毛玉か?」

 

目の前のケージの中でモゾモゾしているピンク色の謎生物を眺めつつ、霧雨魔理沙は店の主人たちにそう問いかけていた。動きもノロいし、自然に放したらすぐ死にそうな見た目だな。つまり、ハグリッドはそれほど興味を持ちそうにないタイプの生き物だ。

 

七月も序盤が終わろうとしている今日、『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ』の開店作業を手伝いに来ているのである。双子は一刻も早く店を開きたいらしいが、商品の整理やら内装の調整やらが追いつかないということで救援を頼まれたのだ。バイト代もくれるみたいだし、その点に不満はないんだが……まさか生き物まで扱うとは思ってなかったぞ。

 

ケージの中央で身を寄せ合う謎生物を見ている私に、陳列棚を整理しながらのジョージが答えを寄越してきた。

 

「『ピグミーパフ』だ。パフスケインっているだろ? ペットとして人気のやつ。あれをもっと小さく出来ないかと思って色々試してみたんだよ。結果として繁殖にも成功したから、店の目玉の一つにしようってわけさ。」

 

「パフスケインは本でしか見たことないからよく知らんが……要するに、猫とかカエルとかと同じようなペットにするつもりなのか?」

 

「いや、そういう『役立つ』タイプのペットじゃない。純然たる愛玩動物だ。元になったパフスケインからして何の役にも立たない魔法生物だしな。」

 

「愛玩動物、ね。」

 

まあ、人気は出そうだな。ネズミと豚を足して割ったような顔と、もふもふの毛に覆われた手のひらサイズの胴体。まるで……そう、ピンクの綿菓子からひょっこり顔が出ているような感じだ。魔法族にこういう生き物がウケるのはホグワーツの生活を通して学習済みだぞ。

 

毒にも薬にもならなさそうな生き物を見物していると、今度は魔法で天井にポスターを貼り付けているフレッドが話しかけてくる。

 

「本当は紫色のも店頭に出す予定だったんだけどな。どうもピンクになりやすいみたいで、紫の方は中々増えてくれないんだよ。……紫と紫を掛け合わせてもピンクが生まれてくるんだ。素人には荷が重いぜ。」

 

「ハグリッドに聞いてみたらどうだ? スクリュートとかいう訳の分からん『キメラもどき』を生み出せたんだ。こんなもんを増やすのなんか朝飯前だろ。」

 

「もう手紙を送ったさ。今は返信を待ち侘びてるところだ。……ピンク一色だと見た目にインパクトが無いし、出来れば開店に間に合って欲しいんだけどな。」

 

「私はあると思うぞ、インパクト。」

 

何せ蛍光色の真っピンクなのだ。普通の動物じゃ絶対に有り得ない類の色だぞ。アンブリッジの洋服だったり、ロミルダの手帳なんかに使われているようなやつ。もう少し目に優しい色に出来なかったのかと呆れる私に、棚を整理し終わったジョージが声を放った。

 

「ま、そっちは単なる変化球さ。悪戯専門店なんだから、本命の悪戯グッズで勝負しないとな。……そら、こっちを手伝ってくれ。なるべくギッシリ詰めてくれよ? その方が見たときにワクワクするだろ?」

 

「それには同意するぜ。」

 

苦笑しつつもジョージの指差す木箱から商品を取って、下の方の棚にどんどん詰め込んでいく。店内はカラフルなポスターや飾りに覆われており、スペースの殆どを占める陳列棚には悪戯グッズがギッシリだ。店の中央にはワゴンや『実演用ディスプレイ』なんかが設置されている。

 

これは流行るだろうな。身内の贔屓目抜きにしても入っただけで楽しくなってくる店内だし、ホグズミードのゾンコの店にも負けてないぞ。イギリス魔法界の悪戯っ子たちはこの店で財布を空っぽにしていくに違いない。

 

繁盛する店内を幻視しながら『カナリア・クリーム』の包みを色別に並べていると、杖を振って『食べられる闇の印』の陳列に入ったジョージが声を上げた。困ったような苦笑いを浮かべながらだ。

 

「参ったな、やっぱりこういう魔法は苦手だ。どうやってもぐちゃぐちゃになっちまう。」

 

「経営してるうちに慣れるだろ、そんなもん。……結局二人だけでやることにしたのか?」

 

「貯金は全部使っちまったからな。リーが手伝うって言ってくれてるんだが、あいつも新しい仕事で忙しいはずだ。商売が軌道に乗るまでは二人で頑張るさ。」

 

「夏休み中だったら手伝えるぜ? 魔法が使えないからあんまり戦力にはならんけどな。」

 

今までは魔法禁止をそんなに気にしちゃいなかったが、こういう場面だとやっぱり痛いな。魔法が使えりゃ倍以上のスピードで作業が進むのに。肩を竦めながら言ってみれば、ジョージは嬉しそうな表情で返事を返してくる。

 

「マジか? あんまりバイト代は出せないぜ?」

 

「別にタダでいいさ。なんなら今日の分もな。……いつの日か『現物支給』で返してくれるなら、だが。」

 

「それならお安い御用だ。いつか家が一杯になるくらいの悪戯グッズを渡してやるよ。」

 

「へへ、そいつは楽しみだな。」

 

ジョージと二人してケラケラ笑っていると、梯子から降りてきたフレッドも話に入ってきた。えらく拘っていたポスターの位置をようやく決めたようだ。どうせ隙間なく貼るなら大して変わらんだろうに。

 

「いっそのこと、卒業したらここに就職しないか? その頃には高給取りになってる自信があるぜ?」

 

「それも面白そうな将来像だが、私は故郷に帰るからな。イギリスで就職ってのは無理そうだ。」

 

「そっか、やっぱり日本に帰っちまうのか。……寂しくなるぜ。気軽に行き来できるような距離じゃないしな。」

 

ちょっとだけしんみりと言ったフレッドの言葉を受けて、ジョージも頷きながら口を開く。厳密に言えば、私が帰るのは幻想郷だ。行き来するのはかなり難しいだろう。

 

「ああ、寂しくなるだろうな。……どうしても無理なのか? イギリスで暮らすってのは。俺が言うのもなんだが、悪くない国だぜ?」

 

「そりゃあこの国も嫌いじゃないんだけどさ、あっちには待ってくれてる人が居るからな。……何にせよ、まだまだ先の話だろ? 私は来学期でようやく四年生なんだ。まだ半分だぜ。」

 

私だってイギリスを離れるのは寂しいが、魅魔様のところに帰りたいってのも本音なのだ。……リーゼなんかは幻想郷に行くのをどう思ってるんだろうか? あいつだってハリーたちとは友達なんだし、会えなくなるのは辛いはずだぞ。

 

似たような境遇の黒髪吸血鬼を思い浮かべる私に、双子はそれぞれ同意の返事を寄越してくる。私と同じく、今は問題を先延ばしにすることに決めたようだ。

 

「……そうだな、まだずっと先の話だ。それより今は自分たちの店をどうにかしないとな。じゃないとお前に持ちきれないほどのお土産を渡せなくなっちまう。」

 

「それにだ、もしかするとその頃には二店舗目を出せるくらいに繁盛してるかもしれないぜ? そしたら日本支店を出しちまえばいいんだよ。マホウトコロにだって悪戯っ子は居るはずだろ?」

 

「国際問題にならなきゃいいけどな。『外来種』が猛威を振るうのが目に浮かぶようだぜ。」

 

私の呆れたような返答に笑う双子を横目にしつつ、立ち上がって疲れてきた腰を伸ばす。……いやはや、イギリスでの生活ももう半分が目前なのか。一年生の頃は不安でいっぱいだったってのに、今は終わってしまうのが寂しくて仕方がない。

 

喜ぶべきか、悲しむべきか、なんとも複雑な気分になるぞ。……ただまあ、イギリスを選んで良かったってのは間違いないだろうな。魔法の修行だけじゃなく、人間として成長している実感が確かにあるのだから。ナイスな選択だったぞ、昔の私。

 

うん、双子の言う通りだ。ずっと未来のことよりも、先ずは目の前の問題を終わらせなければ。双子の店開きも、ハリーの抱える問題も、私の魔法の修行も。片付けなければいけない問題は山ほど残っているのだから。

 

微かに見えてきた修行の終わりから目を逸らしつつ、霧雨魔理沙は再びカナリア・クリームの棚に向き直るのだった。

 

 

─────

 

 

「ふぅん? 奇遇じゃないか。ゲラートとの話し合いでも香港の話題は出たぞ。」

 

紅魔館の西側三階。今はアリスの工房と化している部屋の椅子に座りながら、アンネリーゼ・バートリは手の中のコインを調べていた。うむ、やっぱりこの雰囲気は落ち着くな。ここはムーンホールドがベースになっている区域なのだ。

 

天窓まで吹き抜けになっている高い部屋の壁には、棚に入った無数の人形たちがずらりと並んでいる。その大きさは指人形サイズから一メートル近いものまで様々なのだが……あの隅っこに置いてある作りかけの下半身は何なんだ? 今ある部分だけで三メートルはあるぞ。

 

絶対に聞かないでおこうと決意した私に、作業台の上のミシンを弄っているアリスが返事を返してきた。見慣れぬ器具が大量に備え付けられた巨大な作業台と、その隣に併設されている人形の各種パーツが入った素材棚。魔女らしくもあり、職人らしくもある。アリスにぴったりの部屋だな。

 

「レミリアさんは魅魔さんが創始者の一人で、そのコインは香港自治区を動かすのに使えるって考えてるみたいなんですけど……リーゼ様はどう思いますか?」

 

「魅魔なら有り得る、とだけ言っておこうか。あの魔女は世界のあちこちで迷惑をかけまくってたからね。香港の成立に関わってるってのは大いに納得できるよ。」

 

「でも、どう使えばいいのかが分からないんですよね。魔理沙に関してのお礼を言われただけで、その辺は教えてくれなかったんです。」

 

苦笑しながら言ったアリスは、ミシンから離れて木工器具のようなものを弄り出した。空いたミシンをすぐさま人形が使い始めているが……もう何でもありだな。部屋の各所で大量の人形が作業に勤しんでいるのを見るに、今では人形が人形を作っているようだ。

 

っていうか、マグルなんかよりもこっちの方がよっぽど脅威じゃないか? アリスの目標である自律人形が完成したら、自我を持った人形が勝手に『繁殖』しちゃいそうだぞ。

 

うーむ、いつか人形が人間に宣戦布告する日が訪れるのかもしれない。そしたらマグルと魔法族は共通の脅威に抗うために団結しそうだな。……ふむ、面白い。人形の国ね。そしたらアリスは人形職人から創造主様にランクアップするわけか。

 

心の中で物凄くどうでも良いことを考えている私に、人形の切り出した木材をチェックしているアリスが話を続けてくる。ちなみに切り出した張本人形はうむうむ頷きながら満足げだ。これで自我が無いってんだから訳が分からんな。

 

「だから、とりあえず香港に行ってみることになったんです。……リーゼ様も一緒にどうですか? 同行者が美鈴さんだけだとちょっと不安なんですよね。通訳は間違いなく必要でしょうけど、私一人じゃ美鈴さんを『制御』できる気がしません。」

 

「んふふ、私にだってその自信はないけどね。ただまあ、ちょうど香港には行ってみたいと思ってたところだ。渡りに船だし、一緒に行くよ。……いっそのこと咲夜も連れて行ってみるかい? 夏休みの小旅行と洒落込もうじゃないか。」

 

「んー……私は楽しそうで良いと思いますけど、レミリアさんが何て言いますかね? 反対されるんじゃないですか?」

 

「なぁに、文句は言わせないさ。クリスマス休暇の時は構ってやれなかったし、この辺で咲夜のご機嫌を取るべきだってのはあいつも分かってるはずだよ。」

 

あの親バカは嫌がるだろうが、咲夜が行きたいと言えば止められまい。ならば特に問題ないのだ。私の前に置かれたテーブルの上で紅茶を淹れ直している人形を見ながら断言してやると、アリスも然もありなんと同意の頷きを寄越してきた。

 

「それなら四人で行きましょうか。小悪魔はパチュリーに『監禁』されちゃってますし、エマさんはそもそも外出嫌いですしね。」

 

「よし、決まりだ。」

 

あっちの料理には美鈴が詳しいだろうし、私の知らない酒なんかも多いはず。おまけにアリスと咲夜が一緒となれば、これはもう大いに楽しめそうじゃないか。パチリと手を鳴らしながら宣言する私に、アリスは少しだけ曇った表情に変わって言葉を放ってくる。

 

「でも、こんなにのんびりしてて良いんでしょうか? リドルの件はまだ解決してないのに。」

 

「そりゃあ気にはなるけどね。……ここで問題になるのは、リドルの死がダンブルドアの死とイコールだってことさ。今ダンブルドアに死なれるわけにはいかず、結果としてリドルを殺せない。あの男は本当に悪運が強いみたいだね。」

 

運命、予言、分霊箱、そして革命。何度も何度も自分以外の理由で私たちの手をすり抜けていくわけだ。つくづく運だけはあるヤツだな。ここまで来ると呆れを通り越して感心すら覚えてくるぞ。

 

「それは、そうなんですけど……不安ですね。また何かやらかしたりしそうです。」

 

「リドル本人は認めたくないだろうが、さすがにもう無理だと思うよ。イギリスでの敗戦であの男の支配力は激減したわけだからね。生き残った死喰い人も殆どが組織を離れただろうし、ゲラートが戻ったとなれば尚更だ。どっちを選ぶかと聞かれれば誰もがゲラートを選ぶはずだぞ。」

 

今なお付き従っているのなど古参のお友達だけだろう。その古参ですら生き残っていてまともに使えそうなのはロジエールやドロホフ、クラウチ・ジュニアくらいのもんだ。権威を失い、手足を捥がれたリドルに出来ることなど高が知れてるさ。

 

大きく鼻を鳴らしながら言った私へと、アリスはかなり複雑そうな表情で首肯を返してきた。……もうあんなヤツを気にする必要なんかないってのに、この子にとっては捨て置けるような問題ではないようだ。

 

「今はどうにも出来ないってことは分かってるんですけどね。どうしても考えちゃうんです。……色々なことを。」

 

「キミは昔から責任感の強い子だったからね。……考えてみると不思議なもんだよ。私とパチェ、こあとエマに育てられたってのに、どうしてこんなに立派になるのやら。」

 

「反面教師ってやつですよ、きっと。」

 

「んふふ、その可能性は確かにありそうだね。」

 

戯けるように言ってきたアリスに微笑みを返してから、机の上で待機している給仕用の人形を手に取って口を開く。くすぐったさそうに身をよじっているのが何ともリアルだ。ハーマイオニーの毛玉よりかは間違いなく感情豊かだぞ。

 

「とにかく、今はあまり考えないようにしておくんだ。捜索は続けてるんだし、もう少しすればきちんとした報せが入ってくるさ。だから今は……そうだな、私に人形の作り方でも教えてくれたまえよ。何か簡単なやつを一つでいいから。」

 

「人形を、ですか? そうですね、それなら指人形を……いや、もうちょっと実用的な子の方が良いかもしれません。いつも使える方が愛着が湧くでしょうし。となるとその給仕用の子みたいな大きさで、お茶を淹れたり、お片付けをしてくれる感じの──」

 

おおっと、これは失敗したかな? 勢いよく作業台を離れたアリスは、瞳を輝かせて喋り捲りながらこちらに近付いてきた。……元気付けようと思って口を滑らせたのだが、ちょっと元気になり過ぎてしまったようだ。

 

参ったな、この様子だと結構な時間がかかるぞ。私の想像しているものよりも数段複雑な人形を作らされるに違いない。指人形どころか藁人形でも良かったくらいなのに。

 

「体型はどうしますか? あと、服装とか、髪の色とか、目の色とかも。それに、素材も色々あるんですよ? 布だって中に何を入れるかで変わってきますし、木にもそれぞれ良さと欠点があるんです。陶器はちょっと良い思い出が無いから苦手なんですけど……でも、一応作れますから。もしそうしたいなら中庭の窯で──」

 

まるで訪問販売員のような口調で話し続けるアリスを前に、アンネリーゼ・バートリは自らの失策を悟るのだった。

 


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