Game of Vampire   作:のみみず@白月

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凋落

 

 

「これは、新たに財務の専門部署を設けるべきかもしれませんね。まさかこんなところで問題が浮き彫りになるとは思いませんでしたよ。」

 

テーブルの向かい側で頭を抱えるボーンズの声に、レミリア・スカーレットは苦笑しながら頷いていた。そういえば魔法省には財務に関する独立した専門部署が存在していないな。誰一人として気にも留めなかったから、今まで全然気付かなかったぞ。

 

七月も後半に差し掛かった今日、魔法大臣執務室で毎度お馴染みの報告会を開いているのだ。参加者は私、ボーンズ、スクリムジョール、そして……ウィゼンガモットの議長職に留まっているチェスター・フォーリーの四人である。

 

政務を司る魔法大臣と、武力を司る執行部長と、法務を司る評議会議長。イギリス魔法省全体の運営を話し合う場としては本来在るべき姿だというのに、私以外の三人はどこかやり難そうな表情だ。魔法省とウィゼンガモットが連携を取るという事態に慣れていないのだろう。

 

長年の問題が解消したと喜ぶべきか、新たな問題を発見したと悲しむべきか。なんとも微妙なところだな。ぎこちないテーブルを見て内心で呆れていると、件のフォーリーが言葉を放つ。

 

「財務の専門部署が過去に存在していたという記録はあります。『魔法金融管理部』という部署が。しかしながらグリンゴッツの進出に伴いその影響力を減らし続け、最終的には十八世紀半ばの魔法大臣が魔法大臣室へと吸収してしまいました。……当然、ウィゼンガモットは権力の集中を避けようと反対しましたが、当時の政権に押し切られてしまったようです。この時勢に専門部署が存在しないのは嘗ての政治腐敗の名残というわけですな。」

 

「やけに嫌味なご説明をどうも、フォーリー。……ただまあ、その当時の魔法大臣が俗物だったのは確かなようね。財務を自分の管轄にして何をやったのかは想像が付くわ。」

 

「何にせよ、イギリス魔法界の財政を司る部署を再建するというのはウィゼンガモットとしても大いに賛成できます。そも独立していないことこそがおかしいのですから。」

 

「そうすべきでしょうね。こうやって問題が出てきちゃってるわけだし、さすがに無視し続けるわけにはいかないでしょ。」

 

私とフォーリーのやり取りを聞いて、ボーンズとスクリムジョールも同意の首肯を寄越してきた。……つまりはまあ、国庫の金が無くなってきたわけだ。今回の戦争の犠牲者への補償、修復魔法ではどうにもならない物的被害の補填、他国へのお礼や魔法戦士たちに対する賃金。積み上げてきたガリオン金貨が一斉に出て行ってしまったのである。

 

うーむ、迂闊だったな。魔法界というのは魔法で色々と代用できるだけに、金そのものの価値がそれほど高くない。食うや食わずの状況に陥ること自体がそもそも少ないし、金は趣味や娯楽に使うものという認識が強いのだ。

 

だからボーンズも私も油断していた。まさかこんな事態に陥るとは……マグルの政治家が聞いたら笑うだろうな。資本主義に染まったあの連中にとっては、自分の財布の中身を確認しない私たちなど三流以下なのだろう。

 

意外なところにあった落とし穴にため息を吐く私を他所に、ボーンズは手元の書類を眺めながら詳細を詰め始めた。

 

「先ず、現在財政を担っている魔法大臣室の中の職員を独立させます。今回の財政難を専門的な視点から考える必要がありますし、業務の量的にも魔法大臣室は手一杯ですから。それでどうでしょう?」

 

「初手の対処としては異存ありませんが、将来的には魔法大臣室出身以外の職員を入れるべきでしょうな。理由は言わなくとも分かるはずです。」

 

財務が魔法大臣の『紐付き』になっているままではダメだということだろう。フォーリーの冷たい意見を受けたボーンズは、ちょっとだけムッとした表情で返事を返す。さっきから思っていたが、この二人はどうも相性が良くないな。フォーリーは私に対する以上にボーンズに対して刺々しいし、いつも丁寧なボーンズもフォーリーにだけはどこか素っ気ないぞ。

 

「当然、最終的にはそうします。私は公金を身勝手に浪費するつもりはありませんので。……それとも、フォーリー議長にはそう見えましたか?」

 

「そこが最も重要な部分だと思ったので突っ込んだまでですよ。もしかしたら大元の問題を自覚していないのかと思いましてね。分かっているのであれば結構です。」

 

おお、喧嘩か? 互いに目を細めて睨み合う二人だったが、その間にうんざりした表情のスクリムジョールがするりと割り込む。面白いな。この二人が険悪だとスクリムジョールがクッション役になっちゃうわけだ。

 

「未来の展開も結構ですが、目下の対処はどうしますか? まさか軽々に造幣するわけにはいきませんし、小鬼がそれを許さないでしょう。このままでは国庫の蓄えが減っていくばかりです。」

 

「グリンゴッツから借りるってのは……まあ、やめといた方がいいでしょうね。対等な取引だったらともかくとして、国家としてあの連中に借りを作るわけにはいかないわ。」

 

「それに、他国から借りるというのも悪手です。この一年で借りは充分すぎるほどに作りました。これ以上は後々に響いてしまうでしょう。」

 

その通りだ。今のイギリスはどの国とも円滑な関係を築けているが、この状態が未来永劫続くはずはない。いざ険悪になった際にその話題を持ち出されたら厄介だぞ。

 

私に答えたスクリムジョールの言葉に頷いてから、ソファに凭れ掛かって口を開く。

 

「解決法はそれこそ選り取り見取りだけどね。どの方法にもデメリットは付き物よ。社会保障を削るか、税を増やすか、一時的な国債を発行するか。……そもそもイギリス魔法界の連中は国債って制度を理解できるのかしら?」

 

「さすがに国債は理解できるでしょうが、税に関してはあまり浸透していないと思いますよ。魔法省の大半の職員はどれだけ差し引かれているかも分かっていないはずです。」

 

「バカみたいな話じゃないの。それでよく今まで成り立ってたわね。改めて考えると凄い話だわ。」

 

そういえば、税に関しての話題など口にしたこともないな。……これって結構マズいんじゃないか? 魔法界の住人にとって、マグル界の税制度なんてのは意味不明でちんぷんかんぷんだろう。これもまた二つの世界を分かつ亀裂の一つか。

 

スクリムジョールの説明を受けて、私が『革命』に関わる新たな問題のことを考えていると、難しい顔で黙考していたボーンズが弱々しい声色の提案を放った。彼女にとっても財政問題など専門外だ。どうしたら良いかがよく分からないのだろう。

 

「とにかく魔法省内でのコスト削減を試みましょう。……それでどうにかなるとは思えませんが、即座に実行可能な対処などそれくらいです。大掛かりな制度に関しては後々専門家を交えて話し合う必要がありそうですね。」

 

「魔法界に財政の専門家が居るとは思えないけどね。……いっそのこと、マグルの首相に協力してもらったら? 『あっちのイギリス』は財政難を乗り越えたばかりだし、対処法についても色々と詳しいでしょ。」

 

「そうですね、マグル界に協力を求めることも視野に入れておきましょうか。私たちでは経験が少なすぎます。」

 

結局問題を棚上げしただけになってしまったが、これはもう仕方がないだろう。ここに居る『世間知らず』の四人組ではどうしようもないのだ。どうやら新部署はマグル生まれが重用されることになりそうだな。

 

ボーンズが財政の書類を忌々しそうに横に除けたところで、今度はフォーリーが話題の口火を切る。持ってきた書類を私たちに渡しながらだ。

 

「では、私からも議題を一つ。……この書類を読めば分かるでしょうが、今回の逮捕者に対する裁判は大規模な合同裁判を行うべきです。一人一人やっていては来年までかかってしまうでしょう。」

 

「別にそれでいいんじゃないの? 反対する人なんか居ないでしょ。」

 

「問題は合同裁判自体ではなく、その裁判の中での判断基準です。新しいアズカバンのシステムが決まらなければ、罰に相当する刑期も決められません。結果として裁判を行うことが出来ず、故に勾留の為の費用も嵩む。コストを削減すると言うのであれば、真っ先にこの問題を解決していただきたいですな。」

 

「あー……アズカバンね。そういえばあったわね、その問題。」

 

先日行ってきた新大陸への出張で、スクリムジョールがマクーザの牢獄の『社会見学』を済ませてきたはずだが……そちらに問いかけの目線を送ってみると、執行部長どのは疲れたような表情で返事を口にした。

 

「既に再建計画は纏まっていますが、当然ながら完成するまでには時間がかかります。途中で細々とした問題も出てくるでしょうし、実際に再建が完了するまでには……そうですな、最短でも半年はかかるでしょう。どういったシステムになるかは大半が決まっているので、『判断基準』の方だけはどうにかなりますが。」

 

「んー、裁判だけ終わらせても仕方がないのよね。……あれだけの量だと監視なんかのコストもバカにならないわけだし、いっそのこと全員死刑にしちゃえば? 無理?」

 

そんな余力が残されているかは甚だ疑問だが、一応はリドルに戦力を『奪還』されないように守っておく必要があるのだ。少なくない労力と金をその為だけに使うのなど堪ったもんじゃないぞ。今のイギリスにチンピラどもを養う余裕などないのだから。

 

だからダメ元で聞いてみたわけだが……むう、やっぱりダメか。苦笑するボーンズ、目を逸らすスクリムジョール、真顔のフォーリーの中から、先んじてウィゼンガモットのご老人が返答を寄越してきた。

 

「国家の状況や個人的な理由で法を曲げるわけにはいきませんな。安易な極刑など以ての外です。」

 

「ま、知ってたけどね。だったら大人しく再建を待つ他ないでしょ。……重要な区画だけを優先的に完成させて、とりあえず放り込んじゃうってのはどう? 今だって間に合わせの留置場もどきに詰め込んでるんだから、ハリボテの牢獄だって大差ないでしょ?」

 

途中で思い付いた提案を放ってみると、今度は三人共が真面目に考え始める。そりゃあ安全性は少しばかり落ちるかもしれんが、逃げ出そうとしたならその時は本当に殺してしまえばいいのだ。こっちもコストが減って大満足だぞ。

 

物騒なことを考える私を他所に、スクリムジョールが手元の書類に何かを書き込みながら口を開く。

 

「悪くありませんな。それでしたら、刑の軽い者に刑務作業として建設を手伝わせるというのも可能になります。無論根幹に関わる部分に触れさせるわけにはいきませんが、単純作業でしたら問題ないでしょう。」

 

「あら、良いじゃない。鼻先に減刑をぶら下げれば尚良いわ。模範囚は刑期を減らすだとかって適当に煽ててやりなさいよ。確かマグルも同じようなことをやってたでしょ?」

 

「そして、マクーザもそういったシステムを採用していました。吸魂鬼の居ない監獄では維持のためのコストが増えますので、イギリスも本格的な刑務作業を導入すべきだと考えていたところです。モデルケースとしては打って付けでしょうね。」

 

うむ、悪くないぞ。罪人を働かせるのは古来からの定番だ。スクリムジョールの前向きな意見を聞いて、ボーンズもこっくり頷いてから賛意を表明してきた。

 

「私としても異存は有りません。いくつかの問題も解決しますし、今後はその方向で調整していきましょうか。……減刑のシステムに関してはウィゼンガモットにお任せしても?」

 

「恐ろしく手のかかる作業になりますが、何とかやってみましょう。合同裁判の調整と、新たな法制度の確立。いきなり仕事の量が増えましたな。」

 

「新しい魔法省へようこそ、フォーリー。今や上層部ってのは椅子に踏ん反り返ってるだけじゃダメなのよ。さっさと慣れなさい。」

 

出世が羨まれていたあの頃は何処へやら。今じゃ昇進は過酷な労働を意味する単語になってしまった。誰もが謙遜に謙遜を重ねて昇進を拒む今の魔法省は……うーむ、変な組織になっちゃったな。

 

私がうんざりした表情のフォーリーへと肩を竦めたところで、部屋のドアからノックの音が響いてくる。ボーンズが入室の許可を……出す間も無く、義足を踏み鳴らしながら無礼を絵に描いたような男が入室してきた。二度目の引退間際のアラスター・ムーディ闇祓い局長どのだ。

 

「邪魔するぞ、ボーンズ。……ふん、頭が勢揃いか。話が早いな。」

 

「悩ましいわね。ノックしたことを褒めるべきか、許可を得る前に入ってきたのを咎めるべきか。普通なら迷わず後者なんだけど、貴方の場合は前者になりそうよ、ムーディ。」

 

「無駄話は好かん。とっととこれを読んだらどうだ。」

 

私の呆れたような言葉をバッサリ切り捨てたムーディは、今日も元気に義眼を回しながら一枚の書類をテーブルに叩き付ける。それに四人で目を通してみれば……おやまあ、こっちが先に進展したか。

 

闇祓い局に直接送られてきたらしいその書類によれば、フランス東部で死喰い人の残党を発見。フランス魔法省が即座に闇祓いを派遣して一戦交えたようだ。死喰い人が迷わず逃走を選んだ為に大規模な戦闘にはならず、フランス側に少数の怪我人を、死喰い人側に多数の拘束者を出したらしい。

 

「哀れなもんね。イギリスで尻尾を切って、今度はフランスで脚を切ったってところかしら? 腕は六月にアリスが切っちゃったわけだし。」

 

首魁たるリドルは発見されなかったようだが、状況からしてその場に居たのは間違いあるまい。凋落した闇の帝王の末路に鼻を鳴らしていると、真っ先に書類を読み終わったスクリムジョールが声を上げた。

 

「隠れ家らしき建物の中で少数の杖作りを保護、ですか。朗報ですな、これは。」

 

おっと? 言葉に従って後半の文章を読んでみると、確かにそんなようなことが書かれている。『衰弱がひどいためにフランス魔法省で一時保護』か。我らがオリバンダーも恐らく救出されたのだろう。

 

「今年の一年生は無理でしょうけど、来年からはまたオリバンダーの杖が手に入りそうね。……帰って来たら無理矢理にでも弟子を取らせましょうか。親族に見習いがいるんでしょ? そいつを当てればいいわ。今回の騒動で杖作りの重要性は再認識されたわけだしね。」

 

私の脚を組みながらの提言に、ボーンズも深々と頷いて同意してきた。この際ダイアゴン横丁の店も何らかの形で保護すべきだろうな。コスト削減と言った直後にするのもなんだが、こればっかりは国庫を度外視してでもやるべきだろう。

 

「そうですね、落ち着いたら提案してみましょう。……オリバンダー氏にまだ杖を作る元気があればいいのですが。」

 

「死んでないなら作るわよ、あの男なら。オリバンダーが杖を作るのを止めるってのは死ぬ時くらいでしょ。」

 

まあ、死んでも冥府で作り続けるかもしれんが。あの老人に会ったのは数えるほどだが、それでもそのことだけは分かるぞ。私の言葉にボーンズが苦笑しながら首肯したところで、最後に書類を読み終わったらしいフォーリーが声を放つ。

 

「イギリスの魔法使いも少なからず居たようですし、これでまた一時勾留者が増えますな。迎えには誰が?」

 

「わしが行く。この戦闘で指揮を執った男とは知り合いだからな。」

 

なるほど、お友達のルネ・デュヴァルか。即座に答えたムーディの言葉を聞きながら、全員が読み終わった書類を手に取って口を開く。良いタイミングだし、こっちの用事も済ませちゃおう。

 

「私も行くわ。フランスにはちょっと用があるしね。シャックルボルトあたりも付けて頂戴。」

 

「かしこまりました。拘束者はそれなりの数のようですから、魔法警察からも人員を動かしましょう。」

 

スクリムジョールの返答に頷いて、手元の書類を読みながらソファに沈み込む。攫われていた杖作りが居たということは、今回発見された場所は長く使っていた拠点なのだろう。いよいよ逃げ場がなくなってきたらしいな。

 

イギリスを追われ、フランスも追われ、次は何処に逃げるつもりだ? ……まあ、何処に逃げようが無駄だろうさ。拘束者のリストの中にスネイプの名前は無い。つまり、私たちの付けた『首輪』は健在だということだ。

 

ふん、惨めな逃亡生活をもう少しだけ続けるがいい。私たちの計画が進行したら殺しに行ってやるよ。精々必死に逃げ惑って、残り短い人生を楽しんでくれ。

 

もうさほど重要ではなくなった書類をテーブルに投げ捨てながら、レミリア・スカーレットは目下の重要な問題へと思考を移すのだった。

 


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