Game of Vampire   作:のみみず@白月

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ゲラートとアルバス

 

 

「覚悟は決まったようだね。」

 

石造りの壁に寄りかかり、遥か下では黒ずくめの魔法使いたちが慌ただしく準備しているのを見下ろしつつも、アンネリーゼ・バートリは後ろに立つゲラートに声をかけた。

 

ヌルメンガードの上層、自室の椅子で静かに沈黙していたゲラートは、私の声にゆっくりと顔を上げる。

 

「ああ、もう決めた。ならば……あとは実行するまでだ。」

 

ゲラートの手には、幾たびも読み返されたせいで、くしゃくしゃになってしまった手紙がある。

 

一年前にダンブルドアから送られてきたらしい、一通の手紙。私はその内容を知らないが、それを受け取ってからというもの、ゲラートは何度もその内容を読み返していた。

 

そして今日、唐突にイギリスへの侵攻を伝えられたのだ。何を思ってそれを決めたのかは分からないが、その顔には確かに覚悟の表情が浮かんでいる。

 

「奇しくもお前の予言通りの日になりそうだ。気に入らんが……一応感謝しておこう。お陰で準備は出来ている。」

 

「んふふ、随分としおらしい態度だが、まさかもう負けた気でいるんじゃないだろうね? 勝ってもらわなければ困るよ?」

 

「勝つさ。アルバスに打ち勝って、この魔法界を在るべき姿に正す。今まで俺がやってきたことを無駄にしないためにも、負けることは許されないんだ。」

 

ゲラート・グリンデルバルド。大きすぎる理想を持ち、それと現実との乖離が許せなかった男。『より大きな善のために』という言葉は、この男の覚悟であり、そして言い訳でもあるのだろう。

 

許されざる呪文を多用しながらも、彼は本気で魔法使いの未来のために行動しているのだ。この男が自らの利益を度外視していることを、長らく見てきた私はよく知っている。

 

哀れな男だ。理想を求めるあまり、史上最悪の魔法使いとして歴史に名を残すことになる。たとえゲラートの革命が成功したとしても、彼の悪名が雪がれることはないだろう。

 

思考に耽っていると、ゲラートがこちらを見ながら静かな声で言葉を発した。

 

「一度だけ言うぞ、吸血鬼。お前には……感謝している。お前の魔道具や情報が無ければ、ここまで来られなかっただろう。」

 

ゲラートの言葉で思考を打ち切り、彼のほうを見る。この男から真っ直ぐな礼を言われる日が来るとは……何というか、不思議な気分だ。内心の動揺を隠して、戯けるように口を開く。

 

「そういう契約だっただろう? 礼を言われるようなことじゃないさ。」

 

「ふん、一応言っておこうと思っただけだ。大した意味などない。」

 

そっぽを向いた彼に苦笑する。まあ……五十年の付き合いなんだ、こういう日もあるのかもしれない。あの賢しらなガキも、今じゃあ皮肉屋のおっさんか。時の流れってのは早いもんだ。

 

妙な空気になったのを変えるべく、話題を前に進めることにする。

 

「さて……ゲラート、キミが遂に覚悟を決めてくれたのは喜ばしいことだ。ダンブルドアと闘うにあたって、何か必要なものはあるかな?」

 

「特にないな。……強いて言えば、邪魔が入らないようにして欲しいぐらいだ。」

 

「ま、そのくらいならお安い御用さ。端からキミたちの闘いを邪魔させるつもりはないし、邪魔するつもりもないからね。……そういえば、場所は決まっているのかい?」

 

私の問いに、ゲラートは何かを懐かしむような顔をしながら一つの地名を口にする。

 

「ゴドリックの谷だ。あの場所こそが俺たちの戦いに相応しいだろう。」

 

「ああ、なるほどね……。始まりにして、終わりの場所というわけだ。んふふ、運命的じゃないか。なかなか良いチョイスだと思うよ。」

 

「アルバスには手紙を書く。あいつなら……それで来てくれるはずだ。」

 

「ふむ……それなら、手紙は私が届けよう。検閲にあうのは嫌だろう?」

 

私の言葉に、ゲラートが虚をつかれたような顔になった。

 

「それは……お前は、アルバスに会いたくないのかと思っていたんだが。」

 

「共通の知り合いがいるのさ。彼女なら私の情報が漏れることはないし、ダンブルドアにも直接会えるはずだ。」

 

「お前の手は、俺が思っていたよりも随分長いらしいな。全くもって恐ろしいものだ。」

 

今度はゲラートが苦笑しながらも、懐から一通の手紙を取り出した。飾りっ気のない封筒には、ダンブルドアの名前だけが書かれている。

 

「それなら、頼んでおこう。」

 

「ああ、必ず届けよう。」

 

差し出された手紙を懐に仕舞い込む。レミリアに頼めばいいはずだ。彼女もダンブルドアと話したいことがあるはずだし、一石二鳥というものだろう。

 

窓の外に浮かぶ、高くなった夏の雲を見ながらゆっくりと口を開く。

 

「さて、それでは失礼させてもらおうかな。……ゲラート、当日は闘いを観に行かせてもらう。無様な姿は見せないでくれよ?」

 

私がニヤニヤ笑いながら言うと、ゲラートもニヤリと笑いながら傲然と言い放つ。

 

「楽しみにしていろ、吸血鬼。その日、地に横たわるのはアルバスの方になるはずだ。」

 

こちらを見ながら覇気を漲らせるゲラート・グリンデルバルドは、歴史に残る魔法使いに相応しい、堂々たる姿で不敵な笑みを浮かべるのだった。

 

 

─────

 

 

「おお、これはスカーレット女史。お久し振りです。」

 

ホグワーツ城の最も高い塔、その天辺で黄昏ているダンブルドアを驚かそうとしていたレミリア・スカーレットは、自身の悪戯が失敗したことを悟った。

 

いきなり声をかけてやろうと思ったのに。後ろに目でもついているのか、全く驚いた様子もなく振り返ったダンブルドアに苦笑しながらも挨拶を返す。

 

「ええ、お邪魔しているわ。中々いい場所じゃないの、ここは。」

 

隣に並んで下を覗き込んでみると、ホグワーツの周辺が一望できる。しかし、本当に辺鄙な場所にあるらしい。ホグワーツ城を除けば、人工物は駅舎と……遥か彼方のホグズミード村だけだ。

 

「そうでしょう、そうでしょう。私はこの風景が大好きなのですよ。」

 

青い瞳を細めながら言うダンブルドアに、懐から一通の手紙を取り出した。

 

「グリンデルバルドからよ。」

 

差出人に一瞬驚いた様子だったが、すぐに立ち直ったダンブルドアはそれを受け取ると、丁寧な手つきで封を剥がして中身を読み始めた。読み進めるのを見ていると……彼が苦笑しながら口を開く。

 

「ゲラートは変わらず自信家のようですな。決闘を挑まれてしまいました。魔法界を賭けてゴドリックの谷で闘え、だそうです。」

 

「何とも皮肉な場所を選んだものね。それで……受けるのでしょう? アリスからの伝言は聞いているわ。」

 

「さよう、準備は出来ております。これがゲラートとの、最後の闘いになるでしょう。」

 

先程までのやわらかい雰囲気が消え、覚悟を秘めた表情でダンブルドアが言う。やはり心配する必要はなかったようだ。これならそうそう負けたりはしないだろう。

 

「それを聞いて安心したわ。そういえば……グリンデルバルドに手紙を送ったそうじゃない? ヤツはそれを見て闘いを決意したそうよ。挑発でもしたの?」

 

「よくご存知ですな。例の運命といい、貴女は色々なことを知っているようだ。」

 

「あら、レディの秘密は探るべきじゃないのよ? とんでもないしっぺ返しを食らうことになるわ。」

 

「それは恐ろしい話ですな。それで……そうそう、手紙の話でしたな。大したことではありませんよ。ただ、アリアナのことを恨んではいないと知らせただけです。」

 

それは……予想外だ。本心から言っているのだろうか? ダンブルドアの瞳を見つめるが、深いブルーのそれからは負の感情は読み取れない。

 

「本気でそう思っているの? というか、何故グリンデルバルドはその手紙を受け取って闘いを決意したのかしら?」

 

「本気で思っておりますよ。自責の念から解放された後、誰かを恨む感情は残っていませんでした。ゲラートは、彼は……負い目を感じていたのではないでしょうか。それが無くなったからこそ、闘うことが出来るようになったのでは?」

 

あのゲラート・グリンデルバルドが負い目を感じていた? なんともまあ、想像するのが難しい話だ。

 

「大陸じゃ人を殺しまくったのに? それとも、貴方の妹だから特別なのかしら。」

 

「こんなことを言っても誰も信じないでしょうが、ゲラートは本質的には殺人者ではないのだと、私は思っております。望んで行なっているのではなく、必要だから行なっているのでしょう。」

 

「目的じゃなく手段ってこと? 殺された側としてはさぞ迷惑でしょうね。」

 

「無論、弁護しているわけではありません。彼が行ったことは許されるべきではない。……ゲラートは、自らの理想に溺れているのです。自分の罪を自覚するほどに、後戻りが出来なくなっていく。」

 

ダンブルドアの予測通りなら、なんともまあ歪んでいる男らしい。理想のために人を殺して、それを無駄にしたくないからもっと殺す。そんな行いを繰り返した結果が、現在のヨーロッパというわけだ。

 

「雪だるまが転がっていくかのようね。彼の負債はどんどん大きくなっていくだけじゃない。」

 

「さよう。故に止めなければならないのです。ゲラートに引導を渡してやることこそが、私が彼に出来る最後のことなのでしょう。」

 

未だダンブルドアは彼に友情を感じているのかもしれない。そしてそれは、恐らくグリンデルバルドも同様なのだろう。

 

結果として起こるのが一対一の決闘か。なんとも報われない話だ。

 

まあ、何にせよ私に出来るのは見届けることだけだ。景色から目を離し、ダンブルドアに別れを告げる。

 

「ま、精々頑張って頂戴。貴方の勝利を祈っておくわ。」

 

「お任せいただきたい。大陸のためにも、イギリスのためにも、そして……ゲラートのためにも、私は必ず勝利してみせます。」

 

悠然と言い放ったアルバス・ダンブルドアは、柔らかくも強大な、こちらを安心させるような雰囲気を纏っていた。

 


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