Game of Vampire   作:のみみず@白月

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蝙蝠八化け、九尾は九化け

 

 

「詰まる所、君は我々に何を望んでいるのかね? ゲラート・グリンデルバルドに協力しろとでも?」

 

長テーブルの中央に座っている老人がそう口にするのを、紅美鈴はこれ以上ないってほどに退屈な気分で眺めていた。まーだ掛かるのか。普通に英語で話すもんだから通訳としての仕事もないし、さすがに飽きてきちゃったぞ。

 

香港独立魔法自治区。その中心部に聳え立つ一際高いビルの一室で、この街の有力者たちと従姉妹様が話し合いをしているのだ。部屋の中央に座る従姉妹様を囲むように弧を描く長テーブルが設置されており、そこに香港の各地区を束ねる十三人の男女が並んでいる。

 

そして当然、私は従姉妹様の斜め後ろで立ちっぱなしだ。……もう一脚くらい椅子を準備してくれてもいいんじゃないか? 意地の悪い連中だな。内心でため息を吐く私を他所に、脚を組んで肘掛けに頬杖を突いている従姉妹様が返答を放った。苛々しているのを見るに、こっちも牛歩の議論にうんざりしてきたらしい。

 

「彼個人ではなく、掲げている主義に賛同して欲しいと言っているんだよ、私は。キミたちだってマグルの技術の進歩についてはよくご存知のはずだろう? ならば、演説の内容にそれなり以上の理を感じたはずだ。」

 

「認めよう。確かにあの演説は良く出来ていた。しかし、香港は国際政治に関わるつもりはない。意識を変えるなり、マグルと戦争を始めるなり、君たちで勝手にやればいいではないか。」

 

「ふぅん? だからコインに関しても無視すると? 香港の住人は借りたものを返さないわけだ。創始者たちは草葉の陰で嘆いてるだろうね。」

 

従姉妹様の反論を聞いて、それまで勢いよく喋っていた短髪の老人が顔を歪める。さっきからずっとこの流れだな。十三人の内の半分以上は香港は関わるべきではないと主張しているのだが、同時に本物だと確認されたコインを無視することも出来ないらしい。結果として議論は膠着状態に陥ってしまったわけだ。

 

「……無論、受けた恩義は覚えている。香港は常に借りを返す街だ。しかしながら、君は創始者ではない。違うか?」

 

面子の中では比較的若めのスキンヘッドの男が片言の英語でそう言うのに、従姉妹様は大きく鼻を鳴らしながら答えを返した。

 

「さっきから言っているように、既に創始者の同意は受け取ってあるんだよ。だからこそ私がこのコインを持って、この場所に座ってメッセージを伝えているんだ。私の言葉は創始者の言葉だと思ってもらおうか。」

 

うーん、さすがは吸血鬼。自信満々の表情で迷いなく言い切っているが、その内容は婉曲表現というか……まあ、ほぼ嘘だ。私が聞いた限りでは魅魔とやらの同意など得ていないはずだし、グリンデルバルドに協力しろとのメッセージも受け取ってはいない。

 

とはいえ、香港の人間にとっては無視できる言葉ではなかったようで、テーブルに並ぶ十三人は……ふむ? 事前に事情を知らされているマッツィーニの反応が薄いのは理解できるが、左端に座ってる女も変な反応が目立つな。

 

ボブの金髪にパンツスーツ姿。一見して怪しいところは見当たらないものの、従姉妹様の言葉に困ったような苦笑を浮かべているのがどうにも気になる。真剣に考えている他の代表たちとは違って、外野から見物してるような雰囲気があるぞ。

 

それに、強い。巧妙に隠してはいるが、微かに漏れ出る妖力が木っ端妖怪とは段違いの質だ。人間じゃないのは当然として、魔法界の住人でもないだろう。間違いなく『こっち側』のイキモノだな。

 

んー……やっぱり邪魔だなぁ、あいつ。他の連中は警戒に値するようなレベルじゃないのだが、あの女が部屋に居る所為でさっきから気を抜けないのだ。これでも一応護衛の任に就いている自覚はある。相手の力量がよく分からない以上、護衛対象たる従姉妹様との距離を空ける訳にはいかない。

 

あれだけ上手く妖力を隠せるってことは、どちらかといえば妖術を得意とするタイプか? ますます面倒くさいな。術やら何やらで複雑なことをしてくる妖怪は苦手だ。このまま大人しくしててくれればいいんだが。

 

まあ、従姉妹様もあの女の違和感には気付いているはずだ。お嬢様や妹様が力で押し潰すのを得意としているのに対して、従姉妹様はどちらかと言えば技術で翻弄するタイプだし、細やかな探知なんかもスカーレット家のゴリ押し姉妹よりかは上手いだろう。

 

だったら最悪、二対一の形に持ち込めばいいか。それで負けるとはさすがに思えないぞ。私が謎の女に関する考察に決着を付けたところで、従姉妹様が手の中のコインを弾きながら口を開いた。

 

「正直に言わせてもらえば、香港の傍観主義にはもううんざりしてるんだよ。スカーレットと関係を持つ私がこんな提案をしてるって時点で分かると思うが、魔法界は近いうちに大きく動くぞ。そこに中立など存在しない。ここで協力しないということは、それ即ち敵対するということだ。」

 

「……それは脅しですか?」

 

「善意の忠言さ。香港が国際社会から孤立した時、何処かの誰かが無償で助けてくれると思ったら大間違いだぞ。キミたちはあくまで必要悪。必要が無くなったら切り捨てられる程度の存在なんだ。……アジアのバランサーを気取るのは大いに結構だが、アジアが纏まった後にキミたちの居場所があると思うのかい? ここらで協調の意思を示すべきだと私は思うがね。」

 

厳しい視線で聞いてきたヨーロッパ系の中年女性に冷たい返答を送った後、従姉妹様は肩を竦めて話を続ける。もちろん冷たい微笑を浮かべながらだ。

 

「持ち込んだ私が言うのもなんだが、コインの件は一旦置いておこう。こんなものは結局のところ切っ掛けに過ぎないからね。……本音で話そうじゃないか。香港の国際的な存在価値は年々薄れているぞ。昔の仲が悪かった国際間なら居場所に困らなかっただろうが、今はもう協調の時代に突入している。分かるだろう? 『グレーゾーン』の必要性そのものが薄れているのさ。それとも、内側のキミたちからじゃそれに気付けないかな?」

 

「だとしても、国と国との軋轢が消え去ることなど到底有り得ん。魔法界に国家の区切りがある限り、中立を保つ香港がお払い箱になることはないはずだ。」

 

「ふん、どうかな? 一時的にせよ魔法界は一つの目的に向かって纏まるぞ。他ならぬ私たちがそうしてみせる。そうなった時、何一つ手助けをしなかった香港は孤立するはずだ。……というか、そういう流れに持っていくよ。邪魔者を皆で殴れば仲が深まるだろう? 共通の敵は団結の元さ。私もキミたちと同じく借りを返す主義だからね。……それが良いものにせよ、悪いものにせよだ。」

 

「残念だが、そう簡単にこの街に手出しは出来んよ。世界の裏側に我々の根は広がっている。君たちでは全てを断ち切ることなど出来ないだろう。」

 

どこか誇りを感じる表情で言った短髪の老人に対して、従姉妹様は肩を竦めながら冷徹な返事を返した。かなり挑戦的な口調だ。

 

「そりゃあ絡み合う根を焼き尽くすのは面倒だが、私たちなら出来るし、必要とあらばやるさ。私たちをその辺のヌルい政治家と一緒にしないでくれたまえ。イギリス、フランス、ドイツ、ソヴィエト、そしてアメリカ。手駒は十二分に揃っているし、その覚悟もある。……わざわざくれてやったチケットを破り捨てて、私たちの革命を邪魔する道を選ぶのかい? だったら手段を選ばず叩き潰すぞ。味方か、敵か。二つに一つだ。私がこの場所に来た時点でもう傍観の道など存在しないんだよ。」

 

従姉妹様の断固とした宣言を聞いて、十三人の代表たちがそれぞれの表情を顔に浮かべる。怒ったようなのが三分の一、苦い顔なのも三分の一、そして残りはどこか興味深そうな表情だ。

 

先程まで応対していた老人が黙り込んだのを見て、恐る恐るという感じでマッツィーニが声を上げた。どうやら援護してくれるらしい。

 

「発言してもよろしいでしょうか? ……正直なところ、私としては協力することに確たるデメリットを感じられないのですが。ノーマジの問題が香港にとって共通のものであるというのは間違いありませんし、早期に立場を決めれば国際的な地位も高まるでしょう。そもそも、皆様は何が問題だと思っているのですか?」

 

「当然、香港の中立性が薄まることを問題視しておるのだ。それに、そこの小娘どもがもし失敗したらどうする? 負ける馬に賭けた香港はいい笑いものじゃよ。」

 

これまでずっと黙っていた白髪の老人に続いて、その隣のアフリカ系の若い女性も頷いてから口を開く。これ、従姉妹様はきちんと誰が誰だか把握しているのだろうか? ……まあ、してないか。これだから人数の多い話し合いはよく分からん。人種が様々なのが唯一の救いだな。少なくとも見た目では判断できるわけだし。

 

「更に言えば、公に提案している者がグリンデルバルドだというのも問題ですね。バートリ氏の後ろに誰がいるのかは想像できますが、大半の魔法使いたちは知る由もないでしょう? ここで香港が立場を決めれば、彼らはそれを『香港がグリンデルバルドの支配下に落ちた』と受け取るはずです。」

 

「別に今すぐ明言しろとは言わないよ。然るべきタイミングで旗を掲げてくれればいいんだ。今日の私が欲しいのはその保証さ。」

 

「つまり、『然るべきタイミング』とやらはそう遠くないうちに訪れると?」

 

「その通りだ。そして、それが香港にとってのタイムリミットでもあるね。その時点で明確な立ち位置を定めないのであれば、私たちとしてはキミたちを排除する他ない。……魔法族に中立の『逃げ道』があってはならないんだよ。彼らを問題に向き合わせることこそが重要なんだから。」

 

従姉妹様の返答を受けて、若い女性は納得したように引き下がった。……もう従姉妹様の言葉がどこまでブラフなのかは私にも分からんぞ。ひょっとして、協力しない時は本気で香港を潰すつもりなのか?

 

私は政治には詳しくないが、出来るのとやるのとには大きな差があるはずだ。この街を敵に回すのは厄介そうだし、そもそもお嬢様やグリンデルバルドにはそのことを伝えてすらいないはず。……うーむ、恐ろしいな。何の保証もない空手形を堂々とベットしているわけか。

 

私が若干呆れた視線を大嘘吐きの吸血鬼に送ったところで、例のパンツスーツの女がテーブルをコツンと鳴らす。……おおっと? 途端に年寄り連中が注目し始めたぞ。やっぱりかなりの実力者らしい。

 

「ご存知の通り、私は主人の代理として来ているのですが……どうでしょうか? バートリ氏の提案に乗るのもアリなのでは? 魔法族が非魔法族の存在に向き合うというのは私も、私の主人も大いに賛成するところです。今の香港は中立地帯としての繁栄を享受していますが、そも成立した当初の理念は少し違ったはずでしょう? それを思い出してみてください。」

 

「……異種族間の共存と理解、ですか。」

 

「その通りです。『香港は全てを受け入れる』。世界のはぐれ者たちが唯一暮らせる場所として創られたこの場所が、魔法族と非魔法族の亀裂を塞ぐために動く。それがそんなにおかしなことですか? ……この街が掲げるべきははぐれ者たちを守るための中立であって、利益を得るためにそれをやっているのでは本末転倒でしょう。今回は実益ではなく理念で動きなさい。私の主人もそれを望むはずです。」

 

その穏やかながら命令的な言葉を聞いて、代表たちは難しい表情で黙り込んでしまった。全てを受け入れる、ね。どっかで聞いたような理念だな。誰が言ってたのかと記憶を漁り始めた私を他所に、短髪の老人が従姉妹様に向かって質問を放つ。

 

「……具体的には何を望んでいるのかね? 香港にどう動けと?」

 

「欲を言えばキリがないが、立場を明確にして欲しいっていうのが一番かな。誰よりこの問題を知るであろう香港が、これまで頑なに中立を保ち続けたこの街が、この問題に関しては積極的に動く。そのインパクトが欲しいんだ。……私たちはこの問題をなあなあで終わらせるつもりは無いのさ。魔法族がどれだけ嫌がろうとも、今回ばかりは真正面から向き合ってもらう。そのためにも、先ずはとにかく大きな話題にする必要があるんだよ。世界の全てが注目するような話題にね。」

 

「だからグリンデルバルドが、スカーレットが、そして香港が必要だというわけだ。……いいだろう、私は賛成する。他の者はどうかね?」

 

おや? あの女が意見を出した途端、一気に話が進んだな。中央に座る短髪の老人がそう言ったのに、年嵩の連中はさほど迷わず同意を返した。マッツィーニを除いた若い連中は少し意外そうに目を見開いているが、それでも僅かに遅れて同意を示す。

 

その光景を見た従姉妹様は、至極満足そうにペチペチと手を叩いた。……左端の女に目線を固定したままでだ。

 

「結構、結構。これで話は決まりだね。細かい連絡はマッツィーニを通して送らせてもらうよ。一緒に革命を楽しもうじゃないか。」

 

「かしこまりました。お任せください。」

 

働いてくれたご褒美ってことか。マッツィーニにとっては従姉妹様との、延いてはお嬢様との繋がりこそが何よりの利益なのだろう。イタリア男が嬉しさを隠しきれない感じでお辞儀したところで、金髪の女が再び声を上げた。

 

「では、これにて閉会ですね。……バートリ氏は残っていただけますか? 少しお話したいことがありますので。」

 

「ああ、構わないよ。私も聞きたいことが出来たしね。」

 

そのやり取りを聞いて、先ずは年嵩の連中がさっさと部屋を出て行く。暗に席を外せと言ったわけか。随分素直に従うじゃないか。その後に続いて若い連中も部屋を出たところで……パタリと閉まったドアを横目に、従姉妹様が大きく伸びをしながら口を開いた。

 

「ふん、香港は『テストケース』ってわけだ。八雲も随分と悪趣味なことをするじゃないか。大事な箱庭のために魔法界を玩具扱いかい?」

 

テストケース? 呆れた声色で放たれた言葉に対して、金髪の女は苦笑いで返答を返す。先程までの丁寧な態度はどこへやら、ちょっと高圧的な砕けた口調だ。

 

「まあ、御察しの通りだ。成立自体は幻想郷の方が先だがな。いきなり人妖に深い関わりを持たせるのは不安だったから、スペルカードルールの適用前に香港で『軽く』試してみたんだよ。」

 

「それはそれは……おめでとう、大成功じゃないか。ごちゃ混ぜの街は上手く機能しているみたいだよ?」

 

「残念だが、香港と幻想郷は違う。幻想郷の妖怪はより妖怪らしい意識を保っているし、人間は魔法を使えない。条件が異なっている以上、向こうではここまで上手くはいかないだろうな。」

 

口調も、雰囲気も、そして妖力も。『本性』を隠すことなく曝け出した金髪女は、従姉妹様への説明を続ける。なるほど、隙間妖怪の知り合いだったのか。

 

「喜べ、バートリ。紫様はお前のことを気に入っているぞ。以前は金髪のサイドテールが一番だったらしいが、今はお前に注目しているそうだ。」

 

「なんだそりゃ。覗き趣味もいい加減にしておきたまえよ。……そもそも、キミは八雲の部下か何かなのかい? それなりの大妖怪に見えるが。」

 

「部下ではない。私は紫様の式だ。」

 

「……式? 驚いたね。あの女は大妖怪を式にしてるのか。やってることが滅茶苦茶だぞ。」

 

うーむ、確かに凄いな。式ってことは私とお嬢様のような関係ではなく、パチュリーさんと小悪魔さんの関係に近い状態だ。つまり、西洋風に言えば使い魔。契約というよりかは支配に近い関係性だと言えるだろう。

 

感心半分、呆れ半分の従姉妹様の言葉を受けて、金髪女はしたり顔で大きな胸を張って頷いた。……嫌々式をやってるってわけでもないっぽいな。『取引タイプ』じゃなくて『心酔タイプ』か。

 

「ふふん、そうだ。紫様はその辺の大妖怪なんかとは格が違うからな。お前たちもそれ相応の対応をした方が身の為だぞ。」

 

「はいはい、気を付けるよ。……話を纏めると、魅魔に加えて八雲も創始者のメンバーだったわけか。私のブラフはあんまり効いてなかったようだね。老人どもは知っていたんだろう?」

 

「まあ、そうだな。厳密に言えば私もその内の一人に数えられている。今回の会談は私とお前の話し合いに過ぎなかったわけさ。もちろん若い連中は知らないはずだが。」

 

「だったら最初から二人で話せばいいだろうが、まったく。……となると、残り二人は誰なんだい? 気になるから教えてくれ。もう別に隠すことでもないだろう?」

 

紋章が刻まれたコインを示しながら言った従姉妹様に対して、金髪女は何かを思い出すような表情で答えを返す。

 

「一人は『こちら側』の魔女だ。幻想郷にも誘ったんだが、断られてしまってな。今もこの街に住んでいるよ。もう一人は……何と言えばいいか、紫様の古馴染みの妖怪だ。魅魔もそいつも私は好かん。詳しく語らせないでくれ。」

 

「ふぅん? ……まあいいさ。それで、本題は? わざわざ話す時間を作ったってことは、八雲からの伝言か何かがあるんだろう?」

 

「伝言というか、連絡だな。この件が終わったら早く引っ越して欲しいそうだ。スペルカードルールは完成しつつあるし、次代の『調停者』の育成もほぼほぼ終わった。後はルールを知らしめるための大事件を起こすだけだ。」

 

「こっちとしてもそのつもりだよ。ただし、私は最低でも後二年、ひょっとすると四年はこっちに残ることになる。どんな『大事件』を希望しているのかは知らんが、詳細はレミィと詰めてくれ。」

 

四年? ……あー、咲夜ちゃんの卒業までってことか。確かに一人だけ残していくわけにはいかないし、そうなると従姉妹様かアリスちゃんあたりが残ることになるだろう。いやまあ、お嬢様は反対するだろうが、紅魔館だけ送って主人がこっちに残るのなんて意味不明だ。

 

従姉妹様の言葉に納得する私を他所に、金髪女は少し焦った表情で返事を寄越してきた。

 

「何? 四年? ……ちょっと待て、紫様のご希望はお前の方だ。レミリア・スカーレットを残してお前が来るわけにはいかないのか?」

 

「無理だよ。八雲が何を重視しているのかは大体分かるが、故に私はまだこっちを離れる訳にはいかないんだ。レミィが嫌ならあと数年待ちたまえ。」

 

「いやいや、それは……まあいい、結局は紫様のご判断次第だ。あの方が否と言うなら引き摺ってでも連れて行くし、許可したのならば私に異存などない。」

 

「なんとまあ、八雲には優秀な式が居て羨ましい限りだよ。」

 

明らかに皮肉半分の言葉だったが、金髪女にはそう聞こえなかったようだ。ちょっと嬉しそうにしながらうんうん頷いている。

 

「そうだろう、そうだろう。さすがは紫様のお気に入りだな。話の分かるヤツじゃないか。……とにかく、今日は私の顔見せが出来たならそれで充分だ。移住に関しての細かいやり取りは私が受け持つことになるから、以後よろしく頼むぞ。」

 

「了解したよ。……ちなみに、名前は? まだ聞いてないわけだが。」

 

「おっと、これは失礼した。藍だ。八雲藍。九尾だよ。」

 

そう言った瞬間、金髪女の腰の辺りにもこもこの尻尾が九つ出現して、青白い炎で宙空に『八雲藍』という文字が浮かび上がるが……うえぇ、九尾? 最低最悪のゴミ妖怪じゃないか。思わず苦々しい表情を浮かべた私に気付くことなく、金髪九尾は尻尾と炎をかき消してドアに向かって歩き始めた。

 

「では、私は行く。近いうちにまた会おう、バートリ。」

 

「八雲にもよろしく言っといてくれたまえ。……今も『見てる』のかもしれないけどね。」

 

早く出てけ、イヌモドキ妖怪め。帰ってネズミでも食ってろ。部屋を出て行く金髪九尾の背中に声を放った従姉妹様は、椅子から立ち上がりつつ私に問いかけを飛ばしてくる。

 

「九尾ね。こっちの狐妖怪だったか? 私は関わったことの無いタイプなんだが……キミには何か思うところがあるようだね、美鈴。」

 

「ありますよ、ありありありのありまくりです。九尾狐にロクなのは居ませんからね。……狐妖怪は尻尾の本数が増えるに従って『性悪度』も増すんです。中原の妖怪だったら誰もが知ってることですよ。」

 

「ま、主人に似て癖のあるヤツってことか。精々気を付けることにするよ。」

 

「そんなんじゃダメです。追っ払いましょうよ、あんなの。落とし穴に油揚げでも入れとけば勝手に引っ掛かりますから。埋めて証拠隠滅しちゃえば無問題でしょう?」

 

その方が世のため人のため妖怪のためになるのだ。かなり本気の提案だったのだが、従姉妹様は冗談として受け取ってしまったらしい。くつくつと笑いながら小さく肩を竦めてきた。

 

「はいはい、考えとくよ。」

 

「いやいや、本当にそうした方が良いんですってば。狐妖怪には嫌な思い出しかないんです。あの性悪どもが関わると絶対に厄介な事態になりますよ? 九尾ってのは昔から武人の邪魔ばっかりする連中で、無粋で、卑怯で、恥知らずで、不貞で──」

 

従姉妹様への必死の説得を続けながらも、紅美鈴は近付いてくる厄介事の気配を感じ取るのだった。

 


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