Game of Vampire 作:のみみず@白月
「何だよ、私も行きたかったぜ。」
ダイアゴン横丁の石畳を踏みしめながら、霧雨魔理沙は並んで歩く銀髪の親友に愚痴を放っていた。イギリス魔法界とはちょっと違った雰囲気みたいだし、聞けば聞くほど面白そうな街じゃんか。
七月末のお昼時、旅行に行っていたらしい咲夜がお土産を携えて人形店を訪ねてきたのだ。香港特別魔法自治区なる場所に、リーゼやアリスと共に一週間ほど滞在していたとのことだが……むう、羨ましいぞ。こっちじゃ売ってないような魔道具も沢山あったらしい。
まだ見ぬその場所を想像している私へと、当の咲夜は苦笑しながら言葉を返してきた。
「仕方ないでしょ。行く時は急だったから、魔理沙も一緒にだなんて提案できなかったのよ。お土産で我慢して頂戴。」
「まあ、お土産はありがたいけどさ。……それで、リーゼは何しに行ったんだ? 話を聞く分だと単なる旅行ってわけじゃないんだろ?」
「んー、よく分からないわ。お仕事の話にはなるべく口を出さないようにしてるから。でも、貴女のお師匠様が関係してたらしいわよ? 魅魔さん、だったっけ?」
「……まさか、会ったのか?」
思わず驚愕の表情で立ち止まって聞いてみると、咲夜は首を振りながら否定の返答を寄越してくる。……いやまあ、そりゃそうか。魅魔様は幻想郷に居るはずだもんな。
「残念ながら私は会えなかったけど、アリスは会ったみたいよ? アメリカでコインを渡されたんですって。会ったっていうか、一言声をかけられたってくらいだったらしいけど。」
「アメリカ? コイン? ……訳が分からんぜ。一から説明してくれ。」
「説明も何も、そのまんまよ。お仕事でレミリアお嬢様がアメリカに行くことになって、それに付いて行ったアリスが魅魔さんから謎のコインを貰って、その所為でリーゼお嬢様は香港に行くことになったの。」
「ますます分からん。相変わらず説明が下手すぎるぞ。」
知る人ぞ知る事実だが、咲夜は噛み砕いた説明というのがド下手なのだ。簡潔すぎたり、主観が入りすぎたり、あるいは客観的すぎたり。頭はいいはずなのにどうしてこうなっちゃうんだろうか? 実に不思議だな。
何にせよ咲夜にとっては嬉しくない言葉だったようで、ちょっと顔を赤くするとプイとそっぽを向いてしまった。
「そんなこと言うならもう知らない。詳しく知りたいならアリスから聞きなさいよ。説明上手なアリスからね。」
「あー……すまんすまん。そんなに怒るなよ。」
「怒ってないわ。効率的な道を示しただけよ。」
「……ノーレッジの言い訳の仕方にそっくりだぞ、それ。いよいよ似てきたんじゃないか?」
私の指摘を受けた咲夜は、何かに気付いたようにハッとした後……今度は難しい顔で黙り込んでしまう。彼女にも思い当たるところがあったようだ。頼むからノーレッジみたいにはならないでくれよ?
そのまま二人で『ミセス・ブーリンのマストなマント専門店』と書かれた建物を通り過ぎると、もはや見慣れたカラフルな店が目に入ってきた。言わずもがな、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズである。今日も双子を手伝いに行くと言ったら、咲夜も一緒に来てくれることになったのだ。
遂に開店間近となった悪戯専門店の店頭には、派手なピンク色の電飾がこれでもかってくらいに光っているが……うーむ、やっぱりクソ目立つな。三人でマグル界に『買い出し』に行った時は色々と大変だったものの、これはそれだけの価値がある成果だと言えるだろう。
ダイアゴン横丁では基本的に電飾の類は一切設置されていない。街灯だったりショーウィンドウから漏れる明かりなんかで夜も普通に明るいため、特にそういったものが必要ないのだ。看板を照らす明かりを設置する店さえ少ない気がするぞ。
そんな中いきなり現れたカラフルな明かり。……ジョージの慧眼だったな。客引きとしてはこれ以上ないってほどに優秀な代物だろう。少なくとも無視して通り過ぎるというのは有り得ないはずだ。
感心してうんうん頷いている私を他所に、隣の咲夜が呆れたような声を放つ。
「……近くの店の人に怒られないの? あれ。景観を完全に無視してるじゃない。」
「悪戯専門店だからって大目に見られてるみたいだぜ。物珍しいってのもあるんだろうけどさ。」
「私なら自分の店の隣にあれがあったら嫌だけどね。」
そうかな? 賑やかで良くないか? 感性の違いに首を傾げながら悪戯専門店に近付いて行くと、店の前で看板を持って立っている派手な格好の小人がチラシを突き出してきた。何度会えば顔を覚えるんだよ、こいつ。記憶力ゼロか?
「だから要らないっての。毎日のように会ってるだろうが。」
「……誰なの?」
「知らん。フレッドが宣伝にって雇ったんだけど、一言も喋らないんだよ。もしかしたら喋れないのかもしれないけどな。」
「何よそれ。……あの、私もチラシは要りませんから。お店の準備を手伝いに来たんです。」
咲夜の言葉を理解しているのかしてないのか、機械的な動きでチラシを引っ込めた無愛想な小人は、再び『ウィーズリー兄弟の悪戯専門店、近日開店!』の看板片手に道行く人々にチラシを突き出し始める。仕事はきちんとしているようだが、よく分からんヤツだな。
仏頂面の看板持ちを尻目にドアを抜けて中に入ってみれば、ほぼほぼディスプレイが完成した店内の光景が見えてきた。紫のピグミーパフもハグリッドの助言のお陰で順調に増えてるし、この分だと二色揃って売りに出せそうだ。
「これはまた……目が痛くなるような店内ね。あの人形は何なの?」
「ん? そいつは『ゲーゲー・トローチ』用のディスプレイだ。今は動かしてないけど、魔法で人形の口からトローチが出てくるんだよ。それを横のカップで掬い取るって寸法さ。面白そうだろ?」
「……ノーコメントよ。」
こいつは私の意見も取り入れてもらった仕掛けなのだ。かなり複雑なオリジナルの魔法が使われているんだぞ。胸を張って説明していると、店の奥からフレッドがひょっこり顔を出す。
「おっと、来たか。……あれ、サクヤも一緒なのか? どうしたんだ?」
「うちに遊びに来ててな。手伝いに行くことを話したら、一緒にやるって言ってくれたんだよ。」
「おいおい、サクヤと遊ぶならそっちを優先してていいんだぞ? サクヤも悪かったな。付き合わせちまったか。」
「特にやることもなかったですし、別にいいですよ。それに、お片付けは好きなんです。これでもメイド見習いですから。」
ちょっと申し訳なさそうなフレッドに咲夜がそう返したところで、店内を見回しつつ双子の片割れに問いを送った。あるはずの物が見当たらないぞ。
「ありゃ? 『爆発ソース』用のディスプレイはまだ届いてないのか? 今日の朝一で届くはずだろ?」
「ああ、その所為でジョージがちょっと出てるんだ。実演用の人形がソースの爆発に耐え切れなかったみたいでな。急いで改良してくれてるらしい。そいつを確認しに行ってるんだよ。」
「……だったらソースにも年齢制限をかけた方がいいんじゃないか?」
「大丈夫だとは思うんだが、もしかしたらそうなるかもな。……まあ、いざとなったら膨らみ薬の割合を減らすさ。それで何とかなるはずだ。」
私は試してない悪戯グッズの一つだから何とも言えんが、フレッドの表情を見る限りではそうなる可能性が高そうだ。だったら包装にも注意喚起の一文を加えないといけないな。面倒な状況に鼻を鳴らしていると、興味深そうな表情で『伸び耳』のディスプレイを突っついていた咲夜が質問を放ってくる。
「それで、私は何を片付ければいいの? 私の判断基準でやるとなると、この店そのものを『片付ける』必要があるんだけど。」
「片付けというか、掃除を頼めないか? 双子も私も苦手でな。店の中で商品が破裂したこともあったし、結構汚れてそうなんだ。」
「一応魔法で綺麗にしようとはしたんだけどな。間違えてゴミと一緒に糞爆弾とか『汚し箒』まで消しちまったんだよ。それ以降手作業でやってるんだ。」
「……掃除は別に構わないけど、どれがゴミかの区別が難しすぎるわ。捨てそうになったら止めて頂戴ね。」
かなり不安そうな表情で頷いた咲夜は、早速とばかりに棚の手前に置いてあった小汚い布に手を伸ばしているが……それは半透明マント。れっきとした商品だぞ。これは難しい作業になりそうだな。
明らかに汚い物を摘む感じで半透明マントを持ち上げている咲夜を見ながら、霧雨魔理沙は顔に苦笑を浮かべるのだった。
─────
「八雲紫の式、ねぇ。」
テーブルの向かい側で縫い物をしているリーゼを眺めながら、レミリア・スカーレットはどっかりとソファに寄り掛かっていた。あーあ、また針が曲がってるぞ。思いっきり指に刺して曲げちゃったらしい。これで何回目だよ。
真夜中の紅魔館のリビングには、私とリーゼ、そして不器用吸血鬼の隣で人形作りを『指導』しているアリスと、向こうのテーブルで我関せずと本を読んでいるパチュリーの姿がある。香港旅行の報告会を行なっているのだ。
しかし、聞く限りでは微妙な成果だな。香港を味方に出来たのはもちろん大きいのだが、どうにも八雲の手のひらで転がされていた感が拭えないぞ。事の始まりから終わりまで。今回はあの女の介入が多すぎた。
魅魔と八雲の関係性こそ謎だが、繋がりがあること自体は間違いあるまい。してやられた感覚に顔を顰める私へと、針を交換したリーゼが報告を続けてくる。
「今後の連絡役はその式……九尾狐の八雲藍とやらが務めるそうだ。」
「ふーん? 知らないタイプの妖怪ね。でもまあ、式ってことは大したことないヤツなんでしょ?」
「いや、かなり強いと思うよ。大妖怪の中でも上位の存在なんじゃないかな。狐妖怪に詳しいらしい美鈴もそう言ってたしね。……彼女は九尾がお嫌いのようだが。」
「……大妖怪を式にしてるの?」
凄まじいな。神とかがやるようなことだぞ、それは。呆れ半分で問いかけた私に、荒々しい仕草で作りかけの人形に針をぶっ刺したリーゼが返答を寄越してくる。アリスがため息を吐いてるじゃないか。不器用にも程かあるぞ。
「八雲にはそれだけの『容量』があるってことだろうさ。想像以上に厄介な存在みたいだね。」
「……まあ、それでもやりようはあるわ。パチェは何か知らない? 狐妖怪とやらについて。」
独立した『世界』を創ってるって時点で相当だが、まさかそこまでとは思わなかったな。内心で胡散臭い隙間妖怪への危険度をいくらか上げつつも、黙って本を読んでいる『知識担当』へと質問を送ってみれば、いつものようにノータイムですらすらと返事が返ってきた。
「狐妖怪はアジア圏だとそれなりにメジャーな妖怪よ。人を騙して食料を巻き上げる程度の小物から、皇帝を騙して国を傾ける大物まで選り取り見取りね。主に妖術の類を得意としていて、妖力の大きさや生きた年月に伴って尻尾の数が増えていくらしいわ。尾の数は基本的に一尾から九尾まで。……つまり、その八雲藍とやらは狐妖怪の中でも最上位の存在よ。」
「ふぅん? 分かり易い種族だね。尻尾の数がステータスか。」
「それに、国によっては神として祀られているケースもあるらしいわよ。その所為か若干プライドは高め。インドの象妖怪ほどじゃないらしいけどね。……あくまで本の情報だけど、ある程度正確なものだと思うわ。」
「よく分かったよ、我らが司書さん。もう読書に戻ってもらって結構だ。……プライドが高め、ね。会話から察するに、八雲紫に心酔しているようだったが。」
少なくとも、その辺の木っ端じゃないっていうのだけは間違いなさそうだな。リーゼがパチュリーの方からこちらに向き直るのと同時に、私も視線を戻して口を開く。
「元より妖怪なんてのは変わり者の集まりなんだから、種族全体の性格から外れたヤツだっているでしょ。温厚な狼人間も、ぐーたらな死神も、ユルい仙人も、素直な吸血鬼も……一人くらいは居るはずよ。多分ね。」
「それは怪しいところだと思うぞ。」
うーむ、言ってて自信が無くなってきたな。私たちは結構ステレオタイプな存在だったのかもしれない。妖怪の在り方についての疑問が生じたところで、それまでリーゼの人形作りに集中していたアリスが声を上げた。その表情を見るに、完璧を目指すのはもう諦めたようだ。
「狐妖怪の性格に関しては置いておきましょう。それより、今重要なのは八雲紫さんが接触してきたってことですよね? ……要するに、そろそろ移住のことを現実的に考える必要があるわけです。」
「……魔法界における諸処の問題は徐々に片付けるとして、問題はどうやって紅魔館を『持って行く』かね。ムーンホールドを持ってきた時みたいに、転移魔法でどうにか出来る?」
「さすがに距離が遠すぎますし、かなり難しいと思いますよ? ……というか、そもそも幻想郷が何処に存在しているのかが分かりませんから、座標を定めようがありません。それに時期の問題もあります。咲夜は夏休みが明ければ四年生。まだ四年間も学校が残ってるんです。」
「……途中でホグワーツをやめるってのはダメなの?」
一応とばかりに提案を放ってみると、リーゼとアリスどころかパチュリーまでもが呆れた表情で反対意見を浴びせかけてくる。おのれ、味方はゼロか。
「ダメに決まってるだろうが。キミが子離れ出来ないからって、咲夜を学校から引き離すのは論外だぞ。入れたからにはきちんと卒業させたまえよ。それが親としての責任ってもんだろう?」
「そうですね。咲夜本人も卒業したいと思ってるでしょうし、こっちの都合で引き離すのは可哀想ですよ。ホグワーツは何も魔法を学ぶだけの場所じゃありません。咲夜の人生にとって大切なことを学べる場所なんですから。」
「人格形成において重要なこの時期に学校をやめさせるってのは私も反対ね。私が言うのもなんだけど、社会性は大事よ。それは紅魔館じゃ学べないの。咲夜は私なんかと違ってそっち方向にも目があるんだから、素直に卒業まで通わせておきなさい。」
感情的にも理性的にも三人の意見が正しいことは分かっているのだが……ぐぬぬ、紅魔館から離れるというのは当主としてのプライドが許さん。でも、咲夜から離れるというのは親としての心情が許さんのだ。
とはいえ、フランに八雲との交渉を任せるのはさすがに無理だろう。経験の少ないフランではあの胡散臭い女の相手は務まらないはずだ。当然ながらコミュニケーション能力皆無の紫しめじもダメだし、人形娘では力の差が大きすぎてナメられる可能性がある。
「……リーゼが当主代行で行くってのは?」
「嫌だね。私だってまだ二年残ってるんだ。途中で終わらせて去る気はないし、そのことは八雲藍を通して伝えてある。大体、キミが行けば万事解決だってのに、わざわざ私が行く理由がないじゃないか。」
「だって、私が咲夜と離れ離れになっちゃうじゃないの! そんなの嫌よ! 絶対嫌!」
バタバタと両手両足を振り回して抗議してやると、リーゼはやれやれと首を振りながら私を無視して話を進め始めた。こいつめ、咲夜と残れるからって余裕綽々じゃないか。ズルいぞ!
「諦めたまえ、親バカ吸血鬼。……ふむ、今更ムーンホールドを独立させるのも面倒だし、紅魔館がなくなったら私は何処かに部屋を借りる必要があるかもね。パチェ、あのトランクの部屋を広げるってのは可能かい?」
「可能よ。っていうか、あのバカバカしいテントを使えばいいじゃないの。ワールドカップの時にレミィが買ったやつ。」
「それは御免だね。私の美的センスがあんなものに住むことを許さないんだ。多少狭くともトランクの方が百倍マシだよ。」
何でだよ、良いテントだったろうが! 淡々と計画を組み立てていく二人にジト目を送っていると、アリスがリーゼの作業を修正しながら声を放つ。今度は縫うところを間違えたようだ。
「リーゼ様が残るってことは、エマさんも残るんですよね? んー……私はどっちにとっても大して重要じゃないでしょうし、どうせなら残ってもいいですか? 人形店にトランクを置けば新しく部屋を借りる必要もなくなります。」
「ああ、それでいいか。私、アリス、咲夜、エマが居残り組で、レミィ、フラン、パチェ、こあ、美鈴が先行組。これでいこう。決定だ。」
「ちょっと待ちなさい! 私はまだ納得してないわよ!」
「別に反論を喚いていてもいいけどね、フランも咲夜を卒業まで残すのは賛成だと思うよ。なんなら呼んできてみようか?」
卑怯なり、性悪。今のフランに詰め寄られたら私は折れるしかないと分かった上での提案か。……『革命』に今年いっぱい時間を取られるとして、下手すると三年間も咲夜と離れ離れ? 頭がおかしくなっちゃうぞ、そんなもん。
暗雲が立ち込めてきた移住計画のことを思いつつ、レミリア・スカーレットは大きくため息を吐くのだった。