Game of Vampire 作:のみみず@白月
「ねぇ、脱ぐのはどうしてもダメなの? その方が描き甲斐があるのに。」
イーゼルを設置しながらちょっと悪戯げな表情で聞いてくるフランに、アリス・マーガトロイドは断固とした拒否の返答を放っていた。そんなの無理に決まってるじゃないか。恥ずかしすぎるぞ。
「ダメよ。それならデッサン用の等身大人形を作ってあげるから、それで我慢して頂戴。」
「えー、それだとつまんないんだもん。……あれぇ? ひょっとして恥ずかしいの? あ、赤くなった。やっぱり恥ずかしいんだー。芸術を分かってないなぁ、アリスは。」
「そんなもん恥ずかしいに決まってるでしょうが!」
紅魔館の地下室に響き渡る大声で言った私に、フランは巨大なカンバスを張りながら返してくる。もちろんニヤニヤ笑いながらだ。これは誰の悪影響なんだ? ……小悪魔か。よし、後で文句を言いに行こう。
「でも、裸婦画なんか珍しくもないじゃん。一緒にお風呂に入ったこともあるんだし、何が恥ずかしいのさ。なんなら私も脱ごうか? 二人とも裸なら恥ずかしくないでしょ?」
「状況が意味不明になるからやめて頂戴。……フランに裸を見られるのは別にいいんだけど、それが絵として残るってのが嫌なのよ。描いた直後に燃やすっていうなら別だけどね。」
「それはさすがに嫌かなぁ。折角描いたならどっかに飾りたいもん。」
「なら、やっぱり嫌。飾るだなんて論外よ。知らない人に見られたらと思うとゾッとするわ。」
ああもう、こんなことなら軽く引き受けるんじゃなかった。リビングでお茶を飲んでいたところ、ふらりと上がってきたフランに絵のモデルになって欲しいと頼まれたのだ。特に予定もなかったから二つ返事でオーケーしたものの、地下室に入った途端に服を脱いで欲しいと言われたのである。
一瞬フランが『そっちの』趣味に目覚めてしまったのかと疑ったが、話を聞いてみれば単に裸婦画に挑戦してみたかっただけらしい。……そもそも、何故私が了承すると思ったんだ? フランの中ではそういうイメージなのだろうか?
その辺りが若干不安になりつつも、用意されていた丸椅子に座って姿勢を整えていると……準備が終わったらしいフランがカンバスの横から覗き込むように声をかけてきた。おねだりする時の表情だ。レミリアさんならともかく、私はそんなんじゃ屈さないぞ。
「……どうしても、どうしてもダメ?」
「どうしても、どうしてもダメよ。大体、小悪魔あたりに頼めば簡単に引き受けてくれるでしょう? 裸婦画を描きたいならそっちに頼みなさいよ。」
「小悪魔はほら、体型がああだからさ。描き甲斐ってもんがないんだよね。あれだと陰影とかが簡単すぎるよ。断崖絶壁でつまんなーい。」
「……小悪魔が聞いたら泣くわよ、それ。」
確かにまあ、簡単ではありそうだな。種も仕掛けもない直線で済むだろうし。いやでも、それを言うなら私だって描き甲斐があるというほどではないはずだ。紅魔館だとモデルとして相応しいのはエマさんや美鈴さん、後はギリギリでパチュリーくらいじゃないか?
何の役にも立たなさそうなことを考えている私に、フランは絵の具を出したり混ぜたりしながら肩を竦めてくる。
「ま、普通の人物画でもいいんだけどさ。一回くらいは裸婦画も描いてみたいんだよね。エマにもパチュリーにも断られちゃったし、レミリアお姉様は描いてる途中が鬱陶しそうだし、美鈴は曲線が多すぎて描くのが面倒くさそうだし……んー、今度リーゼお姉様にでも頼んでみようかな。小悪魔よりかは描き甲斐あるでしょ。」
「……それは勿論、裸婦画の話なのよね?」
「そうだけど? ……えぇ、急にどうしたの? なんか怖いよ、その顔。」
「別に何でもないわ。何でもないけど、その時は私も絵にチャレンジしてみようかしら? ほら、人物画っていうのは人形作りにも通ずるところがあると思わない? 人体の構造とか、関節の動きとか、肌の質感とか、そういうのが。……一応言っておくけど、あくまで学術的な興味よ? 私の人形は幼い感じの作品が多いし、良い経験になると思うのよね。そういう風に考えた場合、モデルとしてリーゼ様は相応しいと思うの。うん、そうだわ。そうすべきよ。フランもそう思わない?」
邪な感情など一切ないのだ。これはそう、一人の人形師としての価値ある提案なのだ。他意はないのだ。真剣な表情で問いかけてみると、フランは何故か一歩後退りながら頷いてきた。
「……いやまあ、いいんじゃないの? 別に。それならアリスと私が相互にモデルになるのでも問題ないと思うけどね。」
「それだとダメなの。分かる?」
「さっぱり分かんないけど、もういいよ。嫌な予感がするし。……でも、リーゼお姉様が了承してくれるかは微妙だと思うよ? よく考えたらリーゼお姉様は写真に写るのも嫌いだもん。絵もダメなんじゃないかなぁ。」
「それは……そういえば確かにそうね。何でなのかしら?」
レミリアさんの写真はよく新聞に載っているし、この地下室には友人たちと一緒に写ったフランの写真が沢山置かれている。となれば、別に吸血鬼としての習性というわけではないはずだ。首を傾げて聞いてみると、フランは注意を交えながら解説を寄越してくれた。そういえば絵のモデルをしてたんだっけ。興奮しすぎて忘れてたぞ。
「動いちゃダメだよ、アリス。……バートリ家の家訓にそんなのがあったから、もしかするとその所為なんじゃないかな。」
「写真に写るなって家訓?」
「違う違う。写真なんて『最近』発明されたばっかりじゃん。そうじゃなくて……えーっと、なんだったかなぁ。痕跡を残すな、みたいな家訓なんだよね。」
「ひょっとして、『影も在らず』ってやつ?」
バートリ家の紋章の下にあるラテン語の一節だ。思い出したそのモットーを口に出してみると、フランは大きく頷いて肯定してくる。
「そうそう、それだよ。自分の存在を徹底的に隠せとか、操られるのではなく操れとか、なんかそんな意味だったはず。バートリのは分かり難いよねぇ。スカーレットのなんか単純すぎて笑えるくらいなのに。」
「スカーレットのはどんな家訓なの?」
「『支配なくして安寧なし』だよ。分かり易いでしょ?」
「……まあ、レミリアさんらしいモットーではあるわね。」
うーん、家訓か。ちょっと憧れちゃうな。代々人形作りだったマーガトロイド家にも紋章はあったのだが、家訓は定められていなかった。魔法界だとブラック家の『純血よ永遠なれ』とか、フォーリー家の『古きを為せ』あたりは有名な家訓だ。ちなみにヴェイユ家は『不実な富者よりも忠節ある貧者たれ』だったはず。
いっそ自分で定めちゃおうかと思い始めた私に、フランは筆を動かしながら話を続けてくる。
「だからムーンホールド側には代々当主の肖像画なんかが全然残ってないでしょ? 紅魔館側には邪魔くさいほど飾ってあるのに。」
「あー、言われてみればそうかも。……面白い対比じゃないの。スカーレットが表でバートリが裏ってのは代々の伝統だったわけね。」
私の納得の言葉を受けて、フランは……おや? 首を横に振りながら詳しい経緯を教えてくれた。どうやらそう単純な話でもないらしい。
「厳密に言えば、そうなったのはお父様の代からかな。お父様の弟……つまり、リーゼお姉様のお父様ね。が婿入りすることで繋がりが出来たから、結果的にそうなったって感じ。本来の家格で言えばバートリの方が格上だもん。」
「あら、そうなの? スカーレットも相当な名家に思えるんだけど……。」
「それはここ千五百年くらいで一気にのし上がったからだよ。お父様も政治上手だったし、何よりお爺様がかなりのやり手だったみたい。バートリ家との縁談を纏めたのもお爺様だってことになってるしね。」
「うーん、長命種の『名家観』はちょっと理解し難いわね。……それより、『ことになってる』ってのはどういう意味なの? 実際は違うってこと?」
興味を惹かれて問いかけてみると、フランはよくぞ聞いてくれたとばかりに頷いた後、クスクス笑いながら返事を返してくる。
「あのね、実は殆ど駆け落ち同然だったんだってさ。当時のバートリ家のご令嬢は吸血鬼的にもとんでもない美人だったみたいで、社交の場でも人気の的だったんだけど……リーゼお姉様のお父様に一目惚れしちゃったらしいの。それで強引に攫って『自分のモノ』にしちゃったんだって。」
「……へ? リーゼ様のお母様が攫ったの? 攫われたんじゃなくて?」
「ね、面白いでしょ? 当然バートリ側としては一人娘が上り調子のスカーレットの次男坊を攫っちゃって大騒ぎだし、スカーレットとしても目上のバートリに正面切っては文句を言えない。結果としてなし崩し的に婿入りってことになっちゃったんだってさ。ドラマがあるよねぇ。」
「それはまた、凄まじいわね。……でも、夫婦仲は円満だったんでしょ? それはリーゼ様から聞いたことがあるわ。」
男女が逆であれば時代的に無くもない話だろうが、女性の方から攫うってのは聞いたことがないぞ。当時のバートリ家の混乱っぷりが目に浮かぶようだ。
「そりゃまあ、当代随一の美女なわけだしね。おまけに目上の家の一人娘ともなれば、攫われた方だって悪い気はしないでしょ。普通婿養子となるとギクシャクするらしいけど、経緯が経緯だけにバートリ側も丁重に迎え入れてくれたらしいし……最終的には色々と上手く纏まっちゃったってわけ。」
「確かに面白い逸話ね。それでバートリとスカーレットも仲良くなったと。」
「一緒に『困難』を乗り越えたわけだしね。だからまあ、言ってみればリーゼお姉様のお母様がスカーレットとバートリの架け橋になったって感じかなぁ。ちょっと乱暴すぎる架け橋だったけどさ。」
苦笑しながら話を締めたフランは、私の見知らぬ器具を使ってカンバスの表面をゴリゴリ削り始めた。家に歴史あり、だな。スカーレット家がバートリ家に振り回されるのもその頃からの伝統だったわけか。
しかし、当代随一の美女ね。……むう、見たい。凄く見たい。何せリーゼ様は昔、『私はどちらかと言えば母上似かな』と言っていたのだ。同じ黒髪だったらしいし、それはもう大人版リーゼ様と言っても過言ではないだろう。
「フランはどんな方だったか覚えてる? リーゼ様のお母様。小さい頃から一緒に遊んでたってことは、見たことあるんでしょう?」
好奇心に従って尋ねてみると、小さな画家さんはバケツに絵の具を次々と絞り出しながら答えてくる。……この様子だと、結局抽象画に行き着きそうだな。
「んー……背が低くて、活発な感じだったかなぁ。バートリ卿は物静かなタイプだったから、尚更そう見えたのかも。」
「そうなると、リーゼ様とはあんまり似てないわね。背はまだ分からないけど、活発って感じではないし。」
「でもでも、口調はそっくりだったよ。余所行きの時は完璧なお嬢様なのに、私たちだけになると今のリーゼお姉様みたいな口調になっちゃうの。こっそりお菓子をくれたり、一緒になって悪戯もしてたなぁ。今にして思えばちょっと皮肉屋なところもあったかも。」
「……前言撤回するわ。やっぱり似てるのかもね。」
リーゼ様のルーツはそこにあったわけだ。小柄で活発か。悪くないな。というかまあ、むしろ良いぞ。あと五百……いや、千年後くらいか? 気の長い楽しみが出来てしまった。
となると、それまでは死ぬわけにはいかないな。待ち時間が長すぎる気もするが、それだけの価値は……待てよ? それこそ人形でどうにかならないか? 大人版リーゼ様人形。私は物凄いことを思い付いてしまったようだ。お前は天才だぞ、アリス。
「具体的に、身長はどのくらいだった? 160くらい? もっと小さい?」
「具体的に? 多分、それよりもう少し小さいくらいじゃないかな。多分ね。私も小さかったからよく分かんないよ。」
「じゃあ、仮に身長は155ってことにしましょう。体型は? 髪の長さは?」
「全体的に細っそりした感じで、胸はあんまり無かったかな。今のアリスと同じくらい。髪は肩まであって、先の方だけ軽くウェーブが……ねぇ、アリス? なんか企んでるでしょ? そんな顔してるもん。」
「何も企んでないわ。信じて、フラン。」
穢れなき真っ直ぐな瞳で弁明してみると、フランは更に疑いの表情を強めてしまった。何故だ。
「いや、絶対嘘じゃん。何その顔。……もう教えない! 後でリーゼお姉様に怒られたくないもん!」
「フラン? これは大事なことなの。今はまだ説明できないけど、どうしても必要なことなのよ。」
「前から思ってたんだけどさ、アリスって紅魔館で一番嘘吐くのが上手いよね。……でも、私は騙されないよ。そういう真面目くさった顔のアリスは大抵なんか企んでるんだもん。前にリーゼお姉様の子供の頃の人形を作った時もそうだったじゃん! あの時は私も怒られちゃったんだからね!」
「だけど、怒られるだけの価値はあったじゃないの。私はあの選択を一切悔やんでないわ。」
お陰でマーガトロイド家に家宝が一つ生まれたのだから。まあ、私の代で断絶の可能性もあるが。曇りなき表情で言い切った私に、フランは曇りまくりの表情でジト目を寄越してくる。
「ほら、今回もそういうのでしょ! 私には分かるんだからね! リーゼお姉様に言いつけちゃうから!」
「やめなさい、フラン。やめなさい。それは禁断の一手よ。……そうだわ、何か欲しい物はないの? ゲームとか、画材とか、何かあるでしょう? 等価交換といきましょうよ。」
「……ゲームでもいいの? お姉様はあんまりやり過ぎるからって買ってくれないんだけど。」
「何でも構わないわ。だって私たちはお友達でしょう? レミリアさんには言わなきゃバレないわよ。そしてバレないんだったら無いのと一緒。ね?」
危なかった。内心の焦りを隠してにこやかに聞いてみると、フランは悩みながらゆらゆらと翼飾りを揺らし始める。勝ったな。フランがこうなったらもう陥落間近なのだ。少し待っていれば了承の返事が飛んでくることだろう。
ニコニコと微笑みながら悪友の返答を待ちつつ、アリス・マーガトロイドは脳内で新しく作る人形の素材をリストアップするのだった。