Game of Vampire 作:のみみず@白月
「マリサ、ドラゴン花火を取ってきてくれ! 奥に在庫が残ってるはずだから!」
フレッドの大声の指示を聞いて、霧雨魔理沙は大急ぎで店の裏手の倉庫へと駆けていた。さっき補充したばっかりだってのに、もう無くなったのか? とんでもない売れっぷりだな。あんなもん誰が何処で使ってんだよ。
八月中旬。双子の悪戯専門店が開店してから二週間が経った今、店は『盛況』という単語では足りないような有様になっている。一年続いた戦争で鬱憤が溜まっていたのか、それともマグル問題で騒がしくなってきた魔法界に当てられたのか。何にせよイギリス魔法界の悪ガキたちは悪戯グッズが欲しくて堪らないようだ。
双子としてもここまで繁盛するとは思っていなかったようで、店内には『売り切れ』の札が掛かっている棚も多くなってしまった。……商品の仕入れが間に合わんぞ、こんなもん。今日は特に客が多いし、いよいよ厳しくなってきたな。
売れすぎて困るという訳の分からん状況にため息を吐きながら、奥に仕舞ってあったドラゴン花火満載の木箱を慎重に取り出していると、倉庫に飛び込んできたジョージが焦った表情で声をかけてくる。またしても何かが足りなくなったらしい。
「マリサ、『水筒ライター』の在庫が何処にあるか分かるか? 今朝確認した時は残ってたよな?」
「あー……カナリア・クリームの上にあったはずだ。ほら、あの黄色いテープが貼ってある木箱。あれが最後だと思うぜ。」
「これか。……くそ、あと三十個でこいつも品切れだ。ドラゴン花火は? 何個残ってる?」
「こっちもこれがラストの箱だから、あと二十個かな。夕方には無くなっちまうと思うぜ。」
というか、この客数だと夕方まで持つかすら微妙なとこだろう。私の返答に苦い表情を浮かべたジョージは、倉庫の壁に寄りかかりながら額を押さえ始めた。『困った』を絵に描いたようなポーズじゃないか。
「マズいぞ、かなりマズい。水筒ライターもドラゴン花火も週末まで入ってこないし、ピグミーパフに至っては餌に愛の妙薬を混ぜ込んでるのに繁殖が追いつかない。……こういうのを嬉しい悲鳴って言うんだろうな。」
「だったらもう少し嬉しそうにしろよ。その表情だとただの悲鳴だぜ。去年のアンジェリーナがやってたみたいな、『嘆き』の方。」
「そんなジョークを言ってる場合じゃないぞ。開店直後の稼ぎ時に商品が足りなくて休業なんて以ての外だ。イメージ的にも良くないし……これは、ゾンコとの取引を真面目に考えるべきかもな。」
ゾンコとの取引? ……ああ、一昨日言ってたあれか。こっちの独自商品を数種類卸す代わりに、向こうからも商品をいくらか融通してもらうってやつ。私は悪くない提案だと思ったけどな。
床に下ろした木箱からドラゴン花火を取り出しつつ、ジョージに向かって意見を放つ。
「別にいいんじゃないか? ホグワーツ生が学校に戻れば、今度はあっちが繁盛する番だろ? ダイアゴン横丁とホグズミードなら上手いこと共存していけると思うぜ?」
「それはそうなんだけどな。俺たちもあの店には世話になったし、店長とも知り合いだ。悪い取引じゃないんだろうさ。……ただ、独自性が薄まるってのが心配なんだよ。ブランド力じゃゾンコの方が格上だからな。『新規参入』の俺たちは目新しさで勝負する必要があるってわけだ。」
「そいつは結構だけどな、商品の殆どが品切れなんじゃ目新しさもなにもないぜ。……いやまあ、ずらりと並ぶ空っぽの棚ってのは確かに目新しいかもしれんが。」
「そりゃまたおっしゃる通り。……仕方ない、背に腹はかえられないか。後でフレッドとも相談してみるよ。」
肩を竦めてそう言った後、ジョージは水筒ライターの木箱を浮かせて店に戻って行く。経営ってのも大変だな。外から見れば騒がしくて楽しい悪戯専門店でも、内側の人間は色々と苦労しているようだ。
……うーん、霧雨道具店はどうだったっけ? あんまり覚えていないが、週に一度くらいは従業員全員できちんと話し合いをしていた気がする。人里の流通がどうのこうのって理由で、数回に一度は稗田のとこのお嬢様も参加してたっけ。
ふむ、店の経営か。それもちょっと面白そうだな。認めるのは癪だが、私の中に流れる商売人の血がそう思わせるのかもしれない。魔女っぽい店といったら……占い師とか、魔道具屋とか、薬師とかか?
何れにせよ図書館と人形作りはダメだな。ライバルが強豪すぎるぜ。含み笑いをしながらドラゴン花火を抱えて店に戻ると、混み合う店内の入り口付近に見知った姿が見えてきた。モリーと、咲夜か? 珍しい組み合わせだな。
「よう、お二人さん。どうしたんだ? まさか悪戯グッズを買いに来たわけじゃないよな?」
犇めく客の合間を縫って二人に近寄った後、それだけは絶対に有り得ないという確信を持って問いかけてみると、私に気付いたお堅いコンビは揃って頷きながら返事を返してくる。
「あら、魔理沙。そうじゃなくて、モリーさんが店の様子を見たいって言うから案内役として付いてきたのよ。今日はリーゼ様と一緒に買い物に来てて……ねえ、それより裏に入れてくれない? 話すならもっと落ち着いた場所にすべきでしょ?」
「本当にもう、どうしてこんな店が繁盛するのやら。嘆かわしいわ! ……フレッドとジョージは何処かしら? 忙しいの?」
混みっぷりに心底うんざりした顔の咲夜に対して、モリーは文句を言いながらもどこか嬉しそうな表情だ。そりゃそうか。息子の商売がこれほど繁盛してたら嬉しいだろうさ。
「あーっと……ご覧の通り、今はかなり忙しくてな。バックヤードで待っててくれるか? これを補充したら行くから。咲夜は来たことあるから分かるだろ?」
「それじゃ、勝手に入っちゃうわよ?」
抱えた荷物を示しながら言ってやると、咲夜は軽く肩を竦めてからモリーを裏手へと導いて行った。それを尻目にドラゴン花火を急いで棚に補充して、半透明マントについてを客に説明しているフレッドにそっと耳打ちする。
「おい、フレッド。モリーが来てるぞ。とりあえず裏に案内しといた。」
「ですから、このお値段でここまで透明になるマントは世界の何処にも……少々お待ちください。」
私の声にピキリと顔を引きつらせたフレッドは、客に一言断ってからこっちに振り向くと……おお、焦ってるな。額に汗を滲ませながら小声で指示を出してきた。
「今は無理だ。とてもじゃないけどお袋の相手なんて出来ないぞ。……頼めるか? マリサ。店の方はジョージと二人で何とかするから。」
「いやまあ、別にいいけどよ。そんなに怒ってる感じじゃなかったぞ。単に様子を見に来ただけじゃないのか?」
「何にせよ任せる。上手くやってくれ、我らが弟子よ。……ああ、お待たせしました。上半身に限って言えば完全に透明になることも可能で──」
……相手しとけってんならしとくけど、店の方は本当に二人で大丈夫なのか? 営業スマイルに戻ったフレッドを背にして再び店の裏に入ってみれば、勝手に紅茶を淹れようとしている咲夜と興味深そうに帳簿を捲っているモリーの姿が目に入ってくる。さっそくやりたい放題だな。
「お帰り、魔理沙。茶葉が何処にあるか分かる? この前はここにあったのに、無くなっちゃってるの。」
「あれは使い切っちまったから、こっちのティーバッグを使ってくれ。それとモリー、双子は客の対応で忙しくてな。しばらく手を離せそうにないんだ。」
咲夜にティーバッグがぐちゃぐちゃに詰め込まれたビンを押し付けながら言ってやると、モリーは疲れたようなため息を吐いてから頷きを寄越してきた。
「どうやらそうみたいね。これだけ儲かってるならさぞ忙しいんでしょう。……これは負けを認めるしかなさそうだわ。あの子たちにはこの仕事が向いてるみたい。」
「私も唯一にして最良の選択肢だと思うぜ。……もう双子を許してやってくれよ。悪戯専門店なんてふざけてるように見えるかもしれんが、経営に関しては二人とも大真面目なんだ。頑張ってるぞ、あいつら。」
「許すも何もありません。後はもう母親としてあの子たちの成功を祈るだけです。」
「そうじゃなくって……つまりだな、それを言葉にして伝えてやって欲しいんだよ。あいつらもああ見えて気にしてるみたいなんだ。隠れ穴に全然帰らないのもその所為だと思うぜ。もちろん単純に忙しいってのもあるんだろうけどな。」
咲夜が不満そうにインスタントの紅茶を淹れるのを横目にしながら頼んでみれば、モリーは帳簿をパタリと閉じて苦笑を返してくる。ちょびっとだけ嬉しそうにも見える苦笑だ。
「そうね、きちんと伝えないといけないわね。あの二人はどうせまともな食事なんて用意できないんでしょうし、偶には帰って来させないと。……それに、貴女にもお礼を言っておくわ。サクヤから聞いたわよ? 開店する前からずっと手伝ってくれてたとか。ありがとうね、マリサ。」
「お礼を言われるほどのことじゃないさ。私はヒマだったから手伝ってるだけだしな。夏休み中は魔法も使えないし、実際はあんまり活躍できてないんだ。」
「毎日のように来てるって時点でお礼を言うべきなのよ。……そういえば、お給料はちゃんと貰ってるの? 子供だからってタダで手伝わされてるんじゃないでしょうね?」
「えっと、それはだな……開店前は金に余裕がなかったみたいだし、商売が軌道に乗るまでは必要ないって私から──」
これはヤバいぞ。モリーは私の台詞を聞いて眉を吊り上げると、こちらが言い終わる前にすっくと立ち上がってしまった。
「そんなことは許せません! 他所様のお嬢さんをこき使ってお給料も渡さないだなんて、あの子たちは一体何を考えているのかしら! 自分たちは庭掃除一つやるのにもお小遣いを要求してたっていうのに!」
「いやいや、本当に私から言い出したんだよ。フレッドとジョージはむしろ払ってくれようとしたんだ。だからほら、怒ることじゃないんだって。……それより、今日は何で咲夜とモリーだけなんだ? 他の連中は? 一緒に来たんだろ?」
慌ててモリーを止めながら話題を変えようとする私に、山ほどの砂糖を紅茶に投入している咲夜が口を開く。そんなに入れたら病気になるぞ。
「リーゼお嬢様はいつもの三人とお話中よ。ロン先輩を三人がかりで説得してるみたい。」
「んん? リーゼとハリーはまあ分かるが、ハーマイオニーは『付いて行く派』じゃなかったのか?」
「いつの間にか意見を変えたみたいよ。その辺を聞く前に四人でカフェに行っちゃったから、詳細はちょっと分からないけど……。」
変な状況だな。リーゼあたりが説得したのか? 首を傾げる私を他所に、モリーはすとんと椅子に腰を下ろして神妙な表情になってしまった。彼女にとってロンの問題は『給料未払い』を忘れさせるほど大きなもののようだ。
そんなモリーを心配そうに見ながら、咲夜は別グループに関しての説明を続けてくる。
「あと、アーサーさんとジニーとグレンジャー夫妻はグリンゴッツとペットショップに行ったわ。グレンジャー夫妻がふくろうを買いたいって言うから、その案内をしてるの。ついでにお金も下ろしてくるんですって。」
「ふくろう? 今更だな。」
疑問を口にしてみると、咲夜ではなくモリーがその理由を教えてくれた。かなり同情的な声色だ。
「去年連絡を取れなかったのが本当に怖かったんですって。ハーマイオニーは魔法界に就職するつもりみたいだし、良い機会だから連絡用のふくろうを一羽飼うことに決めたらしいの。……私もグレンジャー夫妻の気持ちはよく分かるわ。さぞ不安だったことでしょう。」
「なるほどな。教科書とかはその後買いに行くのか?」
「そのつもりよ。魔理沙はもう買っちゃった? なんなら一緒に行こうかと思ってたんだけど……この混み具合じゃ無理そうね。」
騒がしい店内へと繋がるドアを眺めながら言った咲夜に、渡された紅茶を一口飲んでから返答を返す。まあ、無理だな。夕方も夕方で混むだろうし。
「だな。横丁に住んでりゃ本屋なんかいつでも行けるし、自分のは今度買っとくぜ。」
「それなら買っといてあげましょうか? 単純に二冊ずつ買えばいいんだから簡単よ。後でアリスに頼んで人形店に送ってもらうから。」
「いいのか? それなら頼む。あと安全手袋と、マントとかもな。咲夜のも小さくなっちゃってるだろ? 身長はほぼ同じなんだし、必要そうなのは全部二個ずつ注文しておいてくれ。」
「……別にいいけどね。色とかの拘りはないわけ? 何も言わないならこっちで勝手に決めちゃうわよ?」
言わなくても分かるだろ、そんなもん。あれば黒、なければ何でもだ。目線でそのことを伝えてやると、咲夜はちょっと呆れた顔で了承の頷きを飛ばしてきた。ちゃんと伝わったらしい。
そんな私たちのやり取りをどこか懐かしそうな表情で見ていたモリーは、腕まくりをしながら立ち上がると私に向かって声をかけてくる。何だ? 双子を殴りに行くんじゃないよな?
「さて、マリサ。私も少し手伝います。このままだと双子と話す時間も作れなさそうですからね。……サクヤはそのことをみんなに伝えてくれるかしら? 夕食にはジョージとフレッドを引き摺ってでも連れて行くからって。」
「それは構いませんけど……モリーさんが手伝うんですか? 悪戯専門店を?」
「あら、私だって伊達に何十年も主婦をしちゃいないのよ? 裏側の作業だったら問題なく手伝えるわ。さあ、指示を頂戴、マリサ。」
「……マジかよ。」
頼もしいっちゃ頼もしいが、モリーにあんな商品を見せるのか? 『ずる休みスナックボックス』とか、『ジョーク鍋』とか、おまけに『ウンのない人』とかを? どんな反応をするのかは目に見えてるぞ。
やる気満々のモリーを前に、霧雨魔理沙は今日一番の情けない表情を浮かべるのだった。
─────
「ふーん? 国際魔法使い連盟もようやく重い腰を上げたってわけ?」
魔法省地下三階の食堂にあるバルコニー席。アトリウムの光景が見下ろせるその席で、レミリア・スカーレットは向かいに座るダンブルドアへと問いかけていた。予想よりも少しだけ早いな。やはり香港の協力を得たのが大きかったようだ。
八月も下旬に入り、イギリス魔法省は昇進やら異動やらで慌ただしい時期を迎えている。九月からはホグワーツを卒業したての新たな職員たちが入省し、また忙しない一年が始まるわけだ。……特に新人教育係に任命された連中は今頃大慌てで指導用の書類を作成しているのだろう。今年から提出を義務付けられてしまったのだから。
そんなわけで『外部顧問』たる私も暇ではいられない時期なのだが、急に訪ねてきたダンブルドアの所為で昼下がりのティータイムを過ごす羽目になってしまった。普通なら爺さんのお茶になど付き合っちゃいられないのだが、持ってきた知らせが無視できない内容だったのだ。
曰く、近いうちに国際魔法使い連盟が『国際合同カンファレンス』を開くつもりらしい。なんでもダンブルドアの知り合いが今の連盟次長を務めているようで、そこから内々に検討しているとの手紙が届いたそうだ。情報が漏れてるぞ、ポンコツ連盟。
紅茶をティースプーンでかき混ぜながらの私の問いに、ダンブルドアは魔法省名物のレモンティーを一口飲んでから答えてくる。ここの従業員はいつからソヴィエト贔屓になったんだ? イギリス人ならストレートの紅茶を名物にしろよな。
「連盟としてもさすがに無視できなくなったのでしょう。イギリス魔法省、フランス魔法省、ドイツ議会、ソヴィエト議会、マクーザ、そして香港自治区。これだけの賛意がある以上、もはや魔法界の国際機関としては静観していられないはずです。……貴女としては予想通りの展開ですかな?」
「当たり前でしょ。連盟が動くのも私の計画に含まれてるわ。……ただし、『カンファレンス』なんて穏便な方法になるのは予想外だったけどね。私かグリンデルバルドあたりが『証人喚問』されると思ってたの。」
「名目はともかくとして、実際はそれに近いものになるはずです。各国からの質疑に貴女とゲラートが受け答えるという状況になるでしょうな。」
「ふん、それなら望むところよ。一気に『説得』を進められて楽になるだけだわ。」
私もグリンデルバルドも論戦で遅れを取るような素人ではないのだ。強硬にグリンデルバルドに反対している国々も連盟からの召集があれば参加せざるを得ないだろうし、その場でどんどんひっくり返していこうじゃないか。
となると、グリンデルバルドとの原稿合わせなんかを……する必要はないな。変に協調して足並みを揃えようとするよりも、各々で勝手に突っ走ったほうが良い結果を生みそうだ。私もグリンデルバルドも他人を盛り立てるようなタイプじゃない。下手に組み合わせたところで反発し合って無茶苦茶になるだけだろう。
だからまあ、それぞれスタンドプレーでやればいいさ。カンファレンスとやらが私の独演会になるか、グリンデルバルドのそれになるか、いざ尋常に勝負といこうじゃないか。どっちに転んでも計画に不都合はないんだし。
でも、どうせなら勝ちたいぞ。……よし、今からボーンズたちと一緒に演説内容を考えておこう。内心で『最優先課題』を定めた私へと、ダンブルドアはアトリウムの天井に煌めく幾何学模様を見ながら口を開く。
「わしからも連盟の知り合いに話を通しておきましょう。それと、アフリカの大評議会にも連絡を取らねばなりませんな。カンファレンスの前にあちらを纏められれば大きな力になってくれるはずです。」
「……可能なの? 私は無理だと判断して計算から外したわけだけど。あの国はちょっと価値観が違いすぎるんだもの。良くて中立、下手に突けば反対になりかねないって感じに考えてたわ。」
「ほっほっほ、ならばわしにお任せください。彼らはマグルと魔法族を大きく区別していません。前提条件が違うから話にズレが生じてしまうのですよ。同じ目線で話し合えばきちんと理解してくれるはずです。」
「まあ、出来るってんなら任せるけどね。……でも、カンファレンスの対策は怠らないように。事がグリンデルバルドに関係している以上、間違いなく貴方に対する質疑も出てくるわよ。」
私が一応『名誉顧問』であるように、ダンブルドアも国際魔法使い連盟の名誉会員のはずだ。参加を要請されるだろうし、そうなれば当然質問も飛んでくる。私の忠告に苦笑したダンブルドアは、椅子の背に身を預けながら了承の返答を放ってきた。
「ううむ、参りましたな。そういった問答は苦手なのですが……分かりました、なんとか準備はしておきましょう。」
「苦手だろうが何だろうがやるのよ。私がグリンデルバルドと同じ側に回ったことで、貴方に一縷の望みを託してる反対派も居るはずでしょう? そういう連中の希望を打ち砕いてもらわないと困るの。」
「悪役の台詞ですな、それは。」
悪役なんだから合ってるだろうが。鼻を鳴らして返答に代えてから、立ち上がってアトリウムを見下ろしながら話を続ける。……おっと、また暖炉の一つがパンク状態に陥っているようだ。死喰い人が変な繋げ方をした所為で煙突ネットワークが不調らしい。あそこは使用禁止にした方がいいかもな。
「そういえば、スネイプからの連絡はまだなの? さすがに音信不通が長すぎない?」
なにせ三ヶ月も連絡がないのだ。死んではいないし、戻ってきてもいないということは未だ潜入中なんだろうが……手紙の一通くらいは送れないのか? どんな状況なんだかさっぱり想像が付かんぞ。
ダンブルドアとしても気にしていた問題のようで、少し顔を曇らせながら返事を寄越してきた。
「わしとしても心配なのですが、こちらから連絡するわけにもいきません。今は待つ他ないでしょう。」
「スネイプに関しては貴方の管轄だから、外野からとやかく口を出したりはしないけどね。……生きているのと無事であることは別の話なのよ? その辺をもっと気を付けた方がいいと思うけど。」
私の言葉を受けて難しい表情で黙考し始めたダンブルドアを尻目に、残っていた紅茶を飲み干して大きく伸びをする。スパイってのは諸刃の剣だ。万が一撥ね返されれば傷付くのはこっちなんだぞ。リドルに上手く利用されなきゃいいんだけどな。
まあ、スネイプが死んで傷付くのはダンブルドアだ。私じゃない。あの男を利用したところで然程大きなことは出来ないだろうし、精々リドルの寿命がちょびっと延びる程度のはず。うん、問題ないさ。
何れにせよ、もうリドルが詰んでいることは決定済みなのだ。あとはキングを取られるまで何手かかるかという問題だけ。……潔くリザインしてくれれば楽なんだけどな。そしたら隣の遥かに複雑な盤面に集中できるのに。
二面打ちも楽じゃないなと嘆息しつつ、レミリア・スカーレットはついでに昼食も済ませちゃおうとメニューを開くのだった。