Game of Vampire   作:のみみず@白月

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駆け込み乗車

 

 

「いいか? ハリー。動きがあるときは必ず私に連絡を送ってくれ。他の誰かを通さず、直接私にだ。分かったね?」

 

置いてけぼりになるのを心配する親バカを横目に、アンネリーゼ・バートリは聞こえよがしに鼻を鳴らしていた。この被害妄想犬め。お前にもちゃんと伝えるって言ってるだろうが。

 

九月一日。今年もホグワーツ特急に揺られて学校に戻る日が訪れたのだ。ハリーはロンやジニーと一緒に隠れ穴から煙突飛行で、ハーマイオニーはいつものように両親と自動車で、そして私と咲夜は姿あらわしでそれぞれキングズクロス駅に到着している。

 

ちなみに魔理沙は『もう子供じゃない』という本人の主張により、今年から一人で来ることになっているのだが……まだ姿が見えないぞ。まさか寝坊してないだろうな? これはアリスの懸念が的中してしまったのかもしれない。

 

そのことを心配しながらも9と3/4番線のホームに集まった友人たちと挨拶を交わしていたところ、護衛役として付いて来たらしい大型犬おじさんがハリーにしつこく話しかけ始めたのだ。ただでさえ小雨で気分が落ち込んでるってのに、この上『間接的恨み節』か? いい加減にしろよな、ブラック。

 

「キミね、心配しなくても私かダンブルドアから伝えるよ。ずっとそう言っているだろう? ……もう行こう、ハリー。後で手を洗うんだよ? 野良犬は汚いからね。放っておくと病気になっちゃうぞ。」

 

「ですが、貴女たちは分霊箱についてを『伝え忘れて』いたじゃありませんか。信用できませんね。……ハリー、まだ話は終わってないぞ。些細なことでも構わないから、どんどん手紙を送ってきてくれ。なにせ私は時間に余裕があるんだ。恋の相談からクィディッチの悩みまで、何だって一緒に悩めるさ。」

 

「そりゃあそうだろうさ。何故ならキミは仕事をしていないからね。少しはルーピンを見習いたまえよ。魔法省に新設された人狼相談室に就職したそうじゃないか。……何なら私が仕事を斡旋してあげようか? サーカスの曲芸犬なんてどうだい? 無職の元指名手配犯よりはマシな肩書きだろう?」

 

「その不機嫌っぷり、雨の日のフランドールにそっくりですよ。あいつも湿気と太陽、それとニンジンが大嫌いでしたから。……まさかバートリ女史もニンジンがお嫌いなんですか? そんな子供じみた好き嫌いなんてありませんよね?」

 

こいつ、調子に乗ってるな? 吸血鬼のパンチの威力を思い出させてやろうか? 弱り切った表情のハリーを挟んでブラックと睨み合っていると……ええい、引っ込んでろ、人狼カウンセラーめ。苦笑を浮かべたルーピンが止めに入ってくる。こいつも護衛役の一人なのだ。

 

「まあまあ、二人とも。シリウスはしつこすぎるし、バートリ女史も……ほら、ハリーが困ってますよ? この辺にしておきましょう。」

 

「ふん、私は別に怒っちゃいないさ。ハリーに小汚い野良犬が纏わり付いてくるから追っ払おうとしているだけだ。友人として当然の行いだろう?」

 

「私も別に怒ってはいませんよ。ただ、名付け子が悪い吸血鬼に誘導されるのを防いでいるだけです。名付け親としては当然の行いだと思いますがね。」

 

何を言っているんだ、犬ころめ。私は善なる吸血鬼だぞ。普通の吸血鬼を知らないからそんなことが言えるんだからな。抗議の意思を込めてブラックを睨め付けていると、素早く近付いてきたハーマイオニーが私を強引に車内へと引っ張り始めた。

 

「さあさあ、もう行きましょう、リーゼ。ハリーはシリウスと暫く会えないんだから、今日くらいはゆっくり話させてあげましょうよ。」

 

「離したまえ、ハーマイオニー。私はあの大型犬が余計な指示を出すのを止めなくちゃならないんだ。放っておいたらハリーのペットとしてホグワーツに付いて来かねんぞ、あのおっさんは。」

 

「いいから行くの! ……大体、私から見ればよく似た二人だと思うわよ? 貴女とシリウス。」

 

……嘘だろう? 私を抱きかかえるようにして車両の中に引き摺り込んだハーマイオニーに、これでもかというくらいのジト目を返す。言っていいことと悪いことがあるんだからな。

 

「全然似てないぞ。私に生えてるのはカッコいい翼で、ブラックのはボサボサの尻尾だ。私の肌は白くてツルツルだが、あいつのは変な日焼けをしている上にガサガサだ。そして何より私が可愛いのに対して、あの犬ころは可愛くない。……全然、これっぽっちも、全く、似てないじゃないか!」

 

「そっくりよ。もうちょっと客観視してみれば分かるわ。特にハリーへの態度なんかをね。」

 

「……意味が分からないぞ、ハーマイオニー。ひょっとして具合でも悪いのかい? あるいは変な呪いにかかってるとか?」

 

「うーん、不思議だわ。人ってどうして自分のことになると分からなくなっちゃうのかしらね。」

 

急に哲学的なことを言い出したな。本当に大丈夫か? 私を抱っこしたままでどんどん列車の廊下を進むハーマイオニーに、されるがままで困惑していると……おっと、居たぞ。先にコンパートメントを確保してくれていた咲夜、ジニー、そしてロンの姿が見えてきた。

 

「ハ、ハーマイオニー先輩? 何でそんな、何して……ズルいです! 私もやったことないのに!」

 

おお? 私たちがドアを抜けた瞬間に慌てて立ち上がった咲夜は、悔しそうな表情でハーマイオニーを糾弾し始める。何事かと首を傾げる私を他所に、ハーマイオニーは私の脇に手を入れると……何をしたいんだよ。そのまま咲夜に差し出した。物じゃないんだぞ、私は。

 

「はい、あげるわ。持てる?」

 

「もちろん持てます!」

 

「いやいや、待ちたまえよキミたち。私は自前の足を持ってるんだぞ。普通に自分で歩けるさ。」

 

抗議をしつつも身をよじってハーマイオニーの拘束を抜け出してみれば、何故か咲夜は悲しそうな表情に変わってしまう。……一体全体何なんだ? この状況は。ジニーは呆れたように雑誌を読むのに戻ってしまったし、ロンはずっと窓の外を眺めたままだ。誰か助けてくれよ。

 

「あー……どうしたんだい? 咲夜。私には状況が理解できないんだが。」

 

「……いえ、何でもありません。一介のメイド風情には過ぎたる願いだったんです。忘れてください。」

 

「本当にどうしちゃったんだ、キミは。なんかアリスに似てきた気がするぞ。」

 

こういう意味不明なやり取りは昔の……というか、最近のアリスもよくやっていた覚えがあるぞ。トボトボと席に戻った咲夜を腑に落ちない気分で見つめていると、我関せずと荷物を棚に載せていたハーマイオニーが声を放った。

 

「ロン、監督生のコンパートメントに行きましょうよ。今年は話し合うことが多いみたいだし、出発前に行っておいた方がいいわ。」

 

「……うん、分かった。」

 

うーむ、言いながら立ち上がったロンは傍目にも明らかなほどに落ち込んでいる。無理もあるまい。先日行われた『お買い物会』にて、ハリーに付いて行くことを満場一致で撥ねられてしまったのだから。

 

私とモリーは一貫して反対、ハリーも内心では反対だし、ハーマイオニーは意見を変えてしまった。カフェで四人で話し合った後、父親の顔をしたアーサーに優しく諭されていたようだが……まだ納得には程遠いという雰囲気だな。

 

ただまあ、ロンの意見に納得できる部分が無かったと言えば嘘になる。彼はハリーと『対等』な人間が側に居るべきだと主張していたのだ。私やハーマイオニーでも、ダンブルドアでも、ブラックやルーピンなんかでもなく、他ならぬ自分が側に居るべきだと。

 

同性で、同い年で、親友。だからこそハリーは気兼ねなく弱音を吐けるし、同じ視点に立って一緒に問題に向き合えるというのがロンの主張だった。……勢いだけで言ってたわけじゃなかったんだな。ちょっと驚いたぞ。

 

だったら尚の事ハリーの『日常』でいるべきだ、というハーマイオニーの説得には一応頷いていたものの、本心から受け入れるのはまだ先の話になりそうだ。これに関しては時間が解決してくれることを祈るばかりだな。

 

ノロノロとコンパートメントを出て行くロンと、困ったような表情で彼に付いて行くハーマイオニーを見送ったところで、雑誌から顔を上げたジニーが口を開く。見たことないタイトルの雑誌だ。後で貸してもらわねば。

 

「ねえ、マリサは大丈夫なの? そろそろ出発の時間になるわよ?」

 

「……最悪、アリスあたりが姿あらわしで送ってくれるだろうさ。少なくとも空飛ぶ車でホグワーツに乗り込んだりはしないと思うよ。」

 

「マリサならやりかねないけどね。……そういえばさ、アンネリーゼは今年の防衛術の先生について何か知らない? フクロウの年なんだから『まとも』な先生が来てくれないと困るんだけど。」

 

「ああ、そういえばその問題もあったね。とはいえ、私は知らないよ。パチェやアリスじゃないし、ルーピンでもムーディでもないはずだ。」

 

完璧に忘れていたが、そういえば防衛術の担当教師は誰になるんだろうか? 咲夜の隣に座って候補を思い浮かべていると、コンパートメントのドアが開いてハリーが入ってきた。ようやくブラックから解放されたようだ。

 

「あれ、ロンとハーマイオニーはもう行っちゃったの?」

 

聞きながら何気なくジニーの隣に腰掛けたハリーに、ささっと前髪を整えた赤毛の末妹が頷きを返す。……うーん、もどかしい関係だな。私としてもジニーなら文句はないし、その辺の馬の骨よりかはこっちと結ばれて欲しいのだが。

 

「今年は話し合うことが多いからって監督生のコンパートメントに行っちゃったの。それより、ハリーは何か知らない? 今年の防衛術の先生について。」

 

「僕は当然知らないけど……リーゼも知らないの? 毎年知ってたから、てっきり今年も知ってるんだと思ってたよ。」

 

「今年は別の事に気を取られてたし、もうホグワーツの教師が誰だろうがさして重要じゃないからね。普通に求人を出して、普通に応募してきたヤツになるんじゃないかな。」

 

ひょっとしたら、そいつは二年以上教師を続けられるヴェイユ以来初の教師になるかもな。何たって今年中にリドルは死ぬはずなのだ。ってことは、訳の分からん呪いとやらも今年で終わりだろう。

 

私がぼんやり考えている間にも、今度は窓越しのホームを心配そうに見回している咲夜が声を上げた。魔理沙が遅れないかが不安らしい。

 

「良い人が来るといいんだけどね。ジニーやルーナにとっては大事な年なんだし。」

 

「まあ、私の学年はなんだかんだで毎年優秀な先生だったのよね。アリスさん、ルーピン先生、ムーディ先生、ノーレッジ先生。……んー、ちょっと見劣りしてても目を瞑ってあげよっか。変な個性がなければそれで充分よ。」

 

「ここ二年は『個性的』だったしね。僕としても普通の授業をしてくれればそれで文句なしかな。」

 

『本の虫』の次か。ハードルが上がってるんだか下がってるんだかよく分からんな。苦笑しながらのハリーが話題を纏めたところで、出発の汽笛が鳴り響く。……おいおい、魔理沙? 本当に寝坊か?

 

「アリス、怒るでしょうね。」

 

「あの子は『一時間前行動』をするタイプだからね。絶対に怒るぞ。」

 

私と咲夜が深々と頷き合っていると、ゆっくりと動き始めた車窓を眺めていたジニーがポツリと呟いた。かなり呆れた表情だ。

 

「そうでもなさそうよ? ほら、あそこ。」

 

言いながら指差した方向に視線を送ってみれば……何をしているんだよ、お転婆魔女見習い。暖炉が設置されている場所からトランク片手に大慌ての魔理沙が走ってくるのが目に入ってくる。制服の上着は羽織っただけだし、髪はこれでもかってくらいにぐしゃぐしゃだ。起き抜けなのは明白だな。

 

「本当にもう、おバカなんだから……。」

 

咲夜が頭を抱えて嘆き始めたところで、徐々にスピードを上げる列車に近付いた魔理沙は……お見事。杖の先から出したロープを後方車両の入り口に絡み付けると、それを引っ張って中へと入り込んでいく。ド派手な一年のスタートじゃないか。

 

「……僕、同じような光景を見たことあるよ。マグルの映画にああいうアクションシーンがあったから。ダドリーがビデオを借りてきて観てたのをこっそり覗いてたんだ。」

 

「まあ、アリスさんのお説教は免れたみたいね。ホームでママが呆然としてるし、そっちから伝わる可能性は大いにあるでしょうけど。」

 

「それに、あの様子だと絶対に忘れ物をしてるぞ。そうなった時ホグワーツに送る羽目になるのはアリスなんだ。吼えメールが一緒じゃなきゃいいんだけどね。」

 

ハリー、ジニー、私が魔理沙の『アクションシーン』への感想を述べているのを尻目に、勢いよく立ち上がった咲夜がコンパートメントのドアへと向かいつつ声を寄越してきた。もちろんぷんすか怒りながらだ。

 

「私、迎えに行ってきます! あのおバカが今のを『武勇伝』にする前に!」

 

「もう遅いんじゃないかな。こっち側のコンパートメントの生徒はみんな見てたと思うよ?」

 

「だから調子に乗る前に回収しないとダメなんです! ついでにルーナも探してきます!」

 

正しい選択だと思うぞ。双子なき今、ホグワーツの生徒たちは次なる『悪戯エリート』を求めているはずなのだから。ピシャリとドアを閉めて出て行った咲夜に肩を竦めてから、ジニーの横に置いてある雑誌を指差して問いを放つ。

 

「それ、読んでもいいかい?」

 

「ん、いいわよ。暇潰しにってホームで買ってみたんだけど、失敗だったわ。難しいことしか書いてないの。クィブラーを読んでた方がマシね。同じ意味不明でも、あっちは楽しめるもの。」

 

「ふぅん? 難しいこと、ね。」

 

手に取った雑誌の表紙には……おー、レミリアとゲラートだ。アホ丸出しのドヤ顔吸血鬼と、写真写りの悪すぎる悪人面がデカデカと載っている。うーむ、ゲラートは宣伝写真の専門家を雇うべきだな。迫力はあるのだが、良い印象は絶対に受けないぞ、こんなもん。

 

その横に並ぶ見出しには『魔法界、迫る混沌』だとか、『マクーザ議長、マグルに対する懸念を表明』なんて文字がズラリだ。これは確かに『難しい雑誌』だな。定期刊行誌じゃないみたいだし、ホームに来た親向けに売り出したのだろうか?

 

まあ、悪くない。こういうのも魔法界の露見に関する問題が広まっている証拠の一つだ。問題を広めることに成功した以上、あとはこの見世物みたいな状況をより真剣なものへと昇華させる必要があるわけか。

 

その辺はレミリアの頑張りに期待だな。あいつは文句を言いつつも愉しんでいるようだし、放っておいても勝手に頑張ってくれるはず。ホグワーツに行く私はどちらかと言えばリドルの問題に集中すべきだろう。

 

分かり易い魔法界の変化に大きく頷きながら、アンネリーゼ・バートリは『難しい』雑誌を読み始めるのだった。

 


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