Game of Vampire 作:のみみず@白月
「さて……いよいよ決着がつくね。」
隣に座る美鈴に声をかけつつ、アンネリーゼ・バートリは民家の屋根上から、あの日と同じように緑に染まったゴドリックの谷を見下ろしていた。
美鈴の手にはパチュリーが作った魔道具がある。これを通して、紅魔館にいるレミリアやフランもこの風景を見ているはずだ。
当然ながら能力で姿を消している。加えて気配もきちんと消しておけば、幾らあの二人でもそうそう気付けないだろう。
「どっちが勝ちますかね?」
「正直言って、予測がつかないな。それに……多分誰に聞いても同じだと思うよ。今現在、あの二人よりも強力な魔法使いはいないだろうしね。」
「パチュリーさんなら余裕で勝てそうですけど。」
「それは別枠だよ。パチェも今や立派な人外じゃないか。」
美鈴と話しながら待っていると、先ずはダンブルドアが町の中心にある広場に姿あらわししてきた。
「おっと、選手入場ですね。」
それを見た美鈴がジャーキーを齧りながら声を上げる。……野球観戦じゃないんだぞ、こいつ。足元を見ればファイア・ウィスキーまで用意している。緊張感のないやつだ。
ため息を吐きながらもジャーキーを一個ぶん盗る。責めるような視線の美鈴を無視して、それを齧りながら返事を返した。
「順当だろうさ。ゲラートは相手を待たせるタイプの人間だしね。」
「物凄い無駄情報じゃないですか、それ。」
ダンブルドアは辺りを見回した後、広場のベンチにゆっくりと座り込んだ。うーむ、この場面だけだと日向ぼっこしている老人にしか見えないな。
「余裕ありますねー。」
「ご老体には立ちっぱなしが辛いんだろうさ。……おっと、ゲラートも到着したようだよ。」
広場から少し離れた場所にゲラートが現れる。広場にダンブルドアの姿を認めると、一直線に歩き出した。
ダンブルドアもどうやらゲラートに気付いたようで、ゆっくりと立ち上がって彼に近付いて行く。会話をするのには少し遠すぎる距離でお互いに立ち止まり、しばらくそのまま見つめ合う。
やがて先にダンブルドアが口を開いた。顔には困ったような笑みを浮かべている。
「久しぶりだな、ゲラート。随分と……老けたじゃないか。」
対するゲラートはニヤリと笑って、応えるように言葉を発する。
「それはこっちの台詞だ、アルバス。覚悟は出来ているんだろうな?」
「とうに出来ているよ。言葉を交わすつもりは……無いようだね。」
ニワトコの杖を抜き放ったゲラートに、ダンブルドアも自身の杖を抜いた。それを片手に持ちながら、二人はゆっくりと近付いて行く。
「もはや言葉は不要だろう? あの頃とは違う、本気の決闘だ。勝たせてもらうぞ、アルバス。」
「私には話したいことがあったんだが……止むを得まい。残念だが、私も負けるつもりはないんだ。全力でいかせてもらおう、ゲラート。」
眼前に杖を立てた後、さっと振り下ろしてからお辞儀をする。そのまま後ろを向いて、ゆっくりとお互いの距離を離すように歩き出した。
「へえ、魔法使いの決闘って、こんな感じでやるんですね。」
「静かにしておけ。立ち止まったら始まるぞ、美鈴。」
ある程度距離が離れたところで、二人が示し合わせたように振り返って杖を構える。それぞれの目が合った瞬間、ゲラートの杖から猛烈な勢いで炎が噴き出した。
炎はいくつもの弧を描いてダンブルドアに襲いかかるが、彼が杖を一振りすると大量の水が現れて自身を覆い、炎の鞭からその身を守る。
炎と水の激突で生じた激しい水蒸気でダンブルドアが見えなくなるが、構わずゲラートは浮き上がらせた小石を槍に変えて更なる追撃を行った。
槍が凄まじい勢いでダンブルドアが居るであろう場所に向かっていくが……突如として吹き荒れた豪風が水蒸気と槍を纏めて吹き飛ばした。豪風の発生地から無傷のダンブルドアが飛び出し、ゲラートに向かって大量の閃光を撃ち出す。
それを見ていた美鈴が、ウィスキーが零れているのにも気付かずに半笑いで呟いた。
「いやぁ……これは、凄くないですか?」
「ああ……これはちょっと、思っていたよりもかなり派手だな。」
まさかここまで大規模な闘いになるとは思っていなかった。精々大量の閃光が行き交う程度だと思っていたのだが……。呆然とする私と美鈴が話している間にも、戦況はどんどん変化していく。
閃光を捌ききったゲラートが短距離の姿あらわしで距離を取るが、ダンブルドアも合わせるように位置を変えながらゲラートの近くの地面を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた小石がぶつかるのを無視して、今度はゲラートが攻勢に出た。街灯を折り曲げてダンブルドアの動きを妨害すると、すかさず杖から生み出した鎖でダンブルドアを拘束する。
見事に捕らえられたように見えたダンブルドアだったが、杖先を光らせると鎖に縛られている身体は煙になって消え、本人は離れた位置に現れた。
煙はそのまま動物に形を変えてゲラートに襲いかかるが、彼がくるりと杖を回したかと思えば一瞬で霧散して消えていく。
それを見たダンブルドアが、肩を竦めながらゲラートに声をかけた。
「腕を上げたな、ゲラート。」
「当然だ。お前こそ……教師なんぞをしているから鈍ってると思ったんだがな、なかなかやるじゃないか。」
ぶっきらぼうに言い放ったゲラートに、ダンブルドアが苦笑する。
「鍛錬を欠かしたことはないさ。それなら……これはどうかな!」
今度はダンブルドアが炎を操る番らしい。彼の振った杖先から、炎で形取られた美しい鳥が飛び出してくる。無数の鳥たちは意志を持っているかのような複雑な軌道を描き、四方からゲラートに襲いかかった。
「ナメるなよ!」
言い放って白い閃光で鳥たちを迎撃しつつ、ゲラートはダンブルドアに怒声を浴びせかける。
「アルバス! お前に俺を止める権利があるのか? 優秀な人間が愚者たちを導く、それこそが正しい在り方だと、お前もそう同意したはずだ!」
複雑な杖捌きで炎の鳥を操りながら、手を休めることなくダンブルドアも叫び返す。
「思想ではなく、方法の問題だ! 何故こんなやり方を選んでしまったんだ、ゲラート! 我々が望んだのは改革による変化だったはずだ! 力による弾圧ではない!」
「ヌルいやり方ではいつまでも変わらんぞ! 魔法使いたちはいつまでドブネズミのように隠れて暮さねばならない? いつまで弱いマグルどもを恐れねばならない? こんな間違いをいつまで放っておくつもりだ! 答えてみろ、アルバス!」
言葉と共に特大の白い閃光が鳥たちを吹き飛ばす。まるでゲラートの怒りを込めたようなその一撃は、勢いを失うことなくダンブルドアへと襲いかかった。
「ぐぅっ……。」
赤い閃光を杖先から放って、襲いかかるそれを抑えつけるダンブルドアだったが……いいぞ、ゲラート。押しているようじゃないか。私と同じように笑みを浮かべたゲラートが、閃光を放出している杖へと更に力を込めながら口を開く。
「俺はニワトコの杖を持っているんだ、単純な力比べでは勝てんぞ!」
「では……趣向を凝らすとしよう。」
汗をその顔に浮かべながらも、ダンブルドアはニヤリと笑って言い放った。彼が杖を持たない手を掬い上げるように動かした瞬間、地面の一部が盛り上がって鬩ぎ合う閃光へと激突する。
生じた衝撃に吹き飛ばされた二人だったが、先んじて立ち上がったダンブルドアが杖を振った。途端にゲラートの周囲に水が現れ、今度は彼の方を包み込んでいく。
捕らわれた形のゲラートだったが、不敵に笑って杖を一振りすると、水が弾け飛んで拘束が解かれた。
「無駄だと言ったはずだ! この程度で俺を捕えられはしないぞ!」
「私も言ったはずだよ。趣向を凝らす、と。」
応えるように笑いながら、ダンブルドアが杖を振る。すると先程吹き飛ばされた水が氷へと姿を変えて、四方八方からゲラートに襲いかかった。
舌打ちをしながらそれを捌くゲラートだったが、ダンブルドアが杖を振る度に数を増すそれに耐えかねたらしく、強引に自分の足元を吹っ飛ばして土煙で姿を隠す。
その土煙を払おうとダンブルドアが杖を振り上げた瞬間、彼の隣に建っていた家がメキメキと音を立てて倒れ始めた。
倒れこんでくる家を避けたダンブルドアと、土煙の中から飛び出してきたゲラートの目が合う。二人は同時に杖を振り上げるが……その瞬間、ゲラートの振り上げた腕に、僅かに残っていた氷が縄となって巻き付いた。ダンブルドアだけが杖を振り下ろし、赤い閃光が驚愕の表情を浮かべたゲラートを撃ち抜く。
吹き飛ばされたゲラートの手を離れた杖が、クルクルと宙を舞ってからダンブルドアの手に収まった。これは……おいおい、負けた? 嘘だろう?
あまりにも唐突に訪れた決着に、隣の美鈴も呆然としている。
「えーっと……ええ? ひょっとして、ダンブルドアの勝ち、ですか?」
「……ああ、そのようだ。そしてレミリアの勝ちでもある。」
ゲラートは仰向けに倒れたままだ。……そうか、負けたか。最終回で逆転負けとは、我ながら情けない結末だ。とはいえ、負けは負け。残念だが、受け入れるしかあるまい。
激発しそうな内心を、理性の力で抑えつける。昔なら怒り狂って暴れていたかもしれないが、もうガキではないのだ。強く握りしめすぎたせいで血が出てきた拳をゆっくりと開いて、美鈴に悟られないうちに再生を終わらせる。
二人の方に視線を向ければ、仰向けに倒れるゲラートへと、杖を下ろしたダンブルドアが歩み寄っていくところだった。その顔には勝者の喜びは無く、静かな瞳でゲラートを見つめている。
「俺の負けだ、アルバス。」
倒れたまま空を見上げつつ、ゲラートが静かに呟いた。気絶したわけではなかったのか。
「ああ、私の勝ちだ、ゲラート。」
勝ち誇る様子は一切なく、ダンブルドアの声色はむしろ沈痛さを帯びている。
ゲラートは立ち上がる素振りも見せず、仰向けのままでゆっくりと語り出した。
「……俺は、今でも自分が間違っているとは思わない。全ては『より大きな善のために』行ったことだ。」
「君の理想が間違っていたとは言わない。だが……君は手段を間違えたんだ。革命を起こしたいのであれば、力ではなく言葉を以って行うべきだった。」
「ヌルいな、ヌルすぎるぞ、アルバス。……ふん、まあいいさ。俺は負けたんだ、今更ジタバタはしない。しかし、俺の熾した火は消えないぞ。いずれ必ず同じようなことを起こすヤツが出てくる。」
「ならば、何度でも私が止めるさ。」
二人の話し合いを見ながら、美鈴に目で帰るぞと促す。内容はちょっと気になるが……ダメだ、悔しくてやる気が出ない。
「あれ、見なくていいんですか? なんか大事そうな話してますけど。」
「なんだか……どっと疲れてしまったよ。それに、フランが癇癪を起こしていないか心配だ。早く行かないと紅魔館が半壊するかもしれないぞ。」
「げ、そりゃそうですね。行きましょうか。」
それを片付けるのが自分だと気付いたのだろう。一転して焦り出す美鈴に苦笑しながら杖を取り出す。
美鈴と一緒に紅魔館へと姿あらわしする直前、二人の姿が最後に目に入る。闘いを終えた二人は旧友とそうするように、ただ穏やかに話し合っていた。
─────
「うぅー……でも、でも! フランは勝ってたもん!」
腕をぶんぶん振り回しながらそう主張する妹様を見て、パチュリー・ノーレッジは自分と小悪魔を包む障壁の強度を若干上げた。
リーゼが戻ってきたお陰でかなり落ち着いてきたが、未だに妹様の怒りは燻っている。油断すべきではないのだ。
半壊した紅魔館のリビングには、引きつった笑みで項垂れる美鈴、駄々を捏ねる妹様と、彼女に目線を合わせて諭しているリーゼ、片腕を失いながらそれを見て苦笑しているレミィ、そして私の後ろで遺書を書いている小悪魔が居る。全くもって混沌とした状況だ。
ダンブルドアがグリンデルバルドを打ち倒した瞬間、妹様の怒りが爆発したのである。恐らく予期していたのだろう、すぐさまレミィが反応したのだが……どうやら、妹様の怒りはレミィの予測を上回っていたらしい。
吸血鬼二人の姉妹喧嘩と言うには少々激しすぎるそれを見て、私は即座に障壁を張ってそこに引き篭もることを決めた。あんなのを止めようとするほど私はバカじゃないのだ。
結果としてレミィが二回目に腕を千切られたあたりでリーゼと美鈴が到着し、何とか妹様の怒りを収めつつあるというわけである。
「負けは負けだよ、フラン。きちんとそれを受け入れるのが、一人前のレディというものだろう?」
「でも、でもっ……リーゼお姉様は悔しくないの?」
「もちろん悔しいさ、喚き散らしたいほどにね。だが、そんなことをする私のことをフランは見たいかい?」
「それは……ヤダかも。」
「だろう? それを堪えて、敗者なりに堂々と振る舞うのさ。」
「むぅ……んぅう、分かった。フラン、頑張ってみるよ。」
ぺたんと地面に座り込んだ妹様から、先程までの圧力が消えた。やれやれ、とりあえず命の危機は去ったらしい。障壁を消してため息を吐く。
「落ち着いたようね、フラン。まあ、何はともあれ、決着がついてよかったわ。勝ち誇るような雰囲気じゃなくなっちゃったけどね。」
苦笑するレミィが腕を再生しながら二人に歩み寄る。一番の被害者は彼女だろう。とはいえ、ぐちゅぐちゅと再生しているそれは、正直言ってかなり気持ち悪い。
「いやはや、終わってみると呆気ないものだね。……そういえば、後片付けはどうする?」
リーゼの言葉を受けたレミィが考え出す。ニュアンスからしてこのリビングの後片付けではなく、グリンデルバルドの残党やら魔法省への対応についてだろう。リビングの担当は向こうで現実逃避をし始めた美鈴のはずだ。
「そうねぇ、リーゼに関しての記憶は消しといたほうがいいかしらね? もしくは、口を開けなくするとか。」
「ゲラート以外にはあまり知られていないはずだ。連絡は全てロワーを通したしね。ゲラートもペラペラと喋るようなヤツではないから……いや、真実薬があるか。」
リーゼの言う真実薬というのは、つまり魔法界の自白剤だ。マグルの物よりも数段強力なそれは、本人の意思に関係なく秘密を暴くことができる劇薬である。まあ、対処法も星の数ほどあるのだが。
「さすがに殺すのは気が進まないな。ふむ……パチェ、どうにか出来ないか?」
リーゼがこちらに問題をぶん投げてきた。まあ、予測はしていたことだ。頭の中で組み立てていた考えを口に出す。
「リーゼのことを伝えられなくすればいいんでしょ? 強めの契約魔法を使えば、そんなに難しいことじゃないわ。物理的に喋れなくしたり、心を閉ざせれば真実薬も意味ないしね。」
その話題になるたび心を読めないようにするとか、舌が動かなくなるとか、幾らでも方法はある。どうにでもなるだろう。
私がそう言うと、二人は納得して次の話題に移る。今度は魔法省への介入の件を話しているらしい。隣に座る妹様がむくれながらも一応その話を聞いている。あっちは落ち着いたようだし、自分の部下を心配してやるか。
「こあ、大丈夫?」
「こっ、怖かったです、パチュリーさまぁ。」
吸血鬼の悪巧みを適当に聞きながら、緊張から解放されて腰砕けになっている小悪魔の背をさすってやる。何年経ってもこの子が小心なのは変わらない。いやまあ、さっきのは私も怖かったが。
「でも、よかったですねぇ、ダンブルドアさんが勝って。パチュリーさまの同級生なんでしょう?」
「何度も言ってるけど、私は誰が勝とうがどうでもいいのよ。」
「そんなこと言っちゃってー。ダンブルドアさんがピンチの時、手をぎゅって握りしめてましたよ?」
「そんなことない……はずよ。」
私がダンブルドアの心配をしていた? ううむ、あり得ない。小悪魔の見間違いに決まってる。
「素直じゃないですねぇ、パチュリー様は。」
「黙らないと、この場所を直す美鈴の手伝いをさせるわよ。人手が増えると聞けばさぞ喜ぶことでしょう。」
「それはちょっと……。」
美鈴は未だ立ち尽くしたまま、ブツブツと何かを呟いている。哀れな姿だが声をかけるわけにはいかない。同情したが最後、修復を手伝わされるに決まっているのだ。
リーゼたちの話し合いが一段落したのを聞きながら、パチュリー・ノーレッジは哀れな門番に憐憫の視線を送るのだった。