Game of Vampire   作:のみみず@白月

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継ぎ接ぎの屋敷

 

 

「穢らわしい雑種! 血を裏切る者! 異形、罪人、出来損ない! クズども! ここから立ち去れ! お前たちのような塵芥が、由緒正しきブラック家の敷居を跨ぐなど──」

 

玄関ホールの壁際で延々とこちらを罵倒し続ける肖像画を前に、アリス・マーガトロイドは微妙な気分で顔を顰めていた。うーむ、老いたな。学生時代はそこそこ整った顔立ちだったのに。

 

秋も深まってきた今日、私は何故かブラック邸の片付けを手伝う羽目に陥ってしまったのだ。先ずブラックとルーピンが二人がかりで挑み、揃って『敗退』した二人はトンクスに助けを求め、それでもどうにもならなかったからフラン経由で私が呼ばれたのである。

 

来る前はいい大人が三人揃って片付けも出来ないのかと呆れたものだが、実際に作業を始めてみると……まあうん、確かにここは厄介な屋敷だった。至る所に『血を裏切る者防止魔法』が蔓延り、ドクシーやら何やらがそこら中に巣を作り、屋根裏部屋はグールお化けの集会所。イギリス魔法界が誇る純血名家の総本山は、放置されていた十五年間で立派な『お化け屋敷』に変わってしまったらしい。

 

そして極め付きがこれだ。大声で呪詛を喚き散らす等身大の肖像画に向かって、肩を竦めて言葉を放つ。

 

「久し振りじゃないの、ブラック。貴女がホグワーツを卒業して以来だから……ざっと五十年振りくらいかしら? あんまり嬉しくない再会の形ね。」

 

ヴァルブルガ・ブラック。シリウス・ブラックの母であり、私の在学中には一年上の先輩だった女性だ。当然のようにスリザリンだったからあまり関わりは無かったが、従妹のルクレシアと一緒に何度か突っかかってきたのを覚えている。

 

要するに、リドルの取り巻きの一人だったわけだ。当時を思い出しながら変わり果てた姿に嘆息していると、当の肖像画どのはピタリと罵倒を止めてこちらを見つめたかと思えば……うわぁ、やっぱりそうきたか。先程よりも大声で叫び始めた。

 

「賢しらな売女め、身の程を知らぬ愚か者め! 早くここから出て行け! ああ、忌まわしや。骨肉の恥、狼人間、裏切り者、あばずれ。魔法界の汚点どもがよくも我が屋敷に──」

 

うーん、ダメみたいだな。端から『そういう目的』で作られたのか何なのか、まともな会話をするのは無理そうだ。スラスラ出てくる悪態の語彙にちょっと感心しながらも、杖を振って元々かかっていた暗幕を被せ直す。いつもこんな調子だと気が滅入りそうだし、『骨肉の恥』どのが応急処置として被せていたのだろう。

 

すると途端に大人しくなったヴァルブルガの肖像画を、そのまま壁から剥がそうとしてみるが……むう、永久粘着呪文か? 面倒なことになってるな。そう簡単には退去してくれなさそうだ。

 

ため息を一つ吐いた後、複雑に杖を振って解呪を試みていると、上階から埃まみれの木箱を浮かせたトンクスが下りてきた。また何か余計な物を発掘してきたらしい。

 

「あら、トンクス。今度はどんな『純血グッズ』を見つけたの? 混血が使うとピカピカ光るインクとか?」

 

「それも面白そうだけど、違うっぽいかな。単なる木箱に見えるんだけどさ、どうやっても開かないんだよね。何が入ってるんだろ? アリスさんなら開けられる?」

 

「開けないで処分した方がいいと思うけどね。そこに置いて頂戴。」

 

「でもさ、気になるじゃん。結構重いし、もしかしたらガリオン金貨が大量かもよ? そしたら全額マグルの孤児院とかに寄付しちゃおうよ。」

 

皮肉が効いていて面白そうな提案だが、ブラック家がガリオン金貨を後生大事に保管するとは思えないし、どうせ中身はロクな物じゃないぞ。それでも一応粘着呪文の解呪を中断して、トンクスが床に置いた木箱を調べてみると……むむ、これも中々の封印だな。幾重にも魔法が重なっている所為で非常に解呪し難い状態になっている。

 

「面倒ね。……壊しちゃダメかしら?」

 

「別にいいと思うよ。何ならこの家ごと壊したってシリウスは怒らないんじゃないかな。もう何もかもが気に食わないみたいだし。」

 

「片付けてるのがバカバカしくなる台詞じゃないの。」

 

「それでも片付けるくらいにハリーのことが大事ってことなんだよ、きっと。……まあ、私たちとしてはちょっと迷惑だけどね。」

 

苦笑しながら言ってきたトンクスに、やれやれと首を振って返事に代えた。トンクスの言う通り、今回の片付けの目的はハリーの住む場所を確保することにあるのだ。

 

来年の夏休み以降はハリーがダーズリー家を離れることが出来るようになる。名付け子を溺愛するブラックがその機を逃すはずもなく、ハリーが独り立ちするまではここで一緒に暮らそうという魂胆らしい。

 

ちなみに、ハリーにはサプライズだか何だかで内緒にしてくれとのことだったが……本当に喜ぶのだろうか? 私ならこんな屋敷には絶対に住みたくないぞ。素直にアパートでも借りるべきだと思うけどな。

 

リーゼ様の『親バカ認定』にもそれなりの理があるなと考えを改めつつ、木箱をいくつかの呪文で更に詳しく調べてみれば、かかっている呪文の詳細が明らかになってきた。

 

「これ、合言葉で開くみたいね。」

 

「合言葉? だったら一つしかないよ。ブラック家が他の文句を選ぶわけないもん。」

 

「大っ嫌いな言葉だけど、家捜しする身としては単純で助かるわ。……『純血よ永遠なれ』。」

 

ブラック家の家訓にもなっているフランス語の一節を呟いた瞬間、勢いよく木箱の蓋が開く。妙なところで素直というか、期待を裏切らないというか、非常にブラック家らしい防犯システムだな。

 

予想通りすぎる合言葉に私が呆れている間にも、トンクスは好奇心の赴くままに木箱の中を漁り始めた。

 

「ブラック家でこの合言葉だと年がら年中開きまくって困りそうだけどね。……ありゃ、金目の物は入ってないみたい。書類とか、写真とかばっかりだよ。残念だなぁ。」

 

「こそ泥みたいな感想はやめて頂戴。……見たところ、歴代の家族写真みたいね。古い世代の家族を描いた絵もあるわ。破けてるのがやけに多いけど。」

 

「きっと『裏切り者』のところだけ破いちゃったんだよ。ってことは、ママの写真もなしだね。ママが小さい頃の写真は家にないから、あればパパが喜んだんだけど。」

 

「この様子だと望み薄だと思うわよ。タペストリーの名前も、写真も、肖像画も。『血を裏切った者』の痕跡は徹底的に消してるみたいだしね。……それで存在が消えるわけでもないのに、バカなことをやってるもんだわ。」

 

結局のところ、認めたくないから目を逸らしているだけなのだ。当時のブラック家は頑として認めなかっただろうが、きちんと調べれば完全な純血じゃなくなっているのは傍目にも明らかなのだから。こうやって相応しくないものを削り取ることで、純血の虚像を取り繕っていただけに過ぎない。

 

いやはや、こればっかりはさっぱり分からないな。リドルが愛を理解できないように、私は純血主義を理解できそうにないぞ。どれだけ考えてみてもそこまでする価値があるようには思えないのだ。

 

一部分が焼け焦げた絵画を見ながら冷たく言い放った私に、トンクスは困ったように頷いてきた。小さな焼け焦げは母親らしき女性の手の中にある。つまり、この絵の中で『消された』のは赤ん坊だったのだろう。描かれた後にスクイブとでも判明したのか? ブラック家の業を物語っているような絵だな。

 

「でも、それももう終わりだよ。唯一家名を継げるシリウスがあんな感じなんだもん。これからは『ウィーズリー方面』に向かっていくんじゃないかな。」

 

「そう願うばかりよ。問題はブラックにお嫁さんが見つかるかどうかだけどね。あの性格だと誰も……あら、取っておくべき写真を見つけたわ。」

 

見つけ出した写真を差し出しながら言ってやると、トンクスは感慨深い表情でそれを受け取った。色褪せた写真の中で微笑んでいるのは若き日のレギュラス・ブラック。死喰い人を裏切り、リドルの不死に挑んだブラックの弟だ。

 

当初は『恐れをなして死喰い人から逃げ出そうとしたところを殺された』ということになっていたのだが、今はもうダンブルドア先生やレミリアさんの働きかけで名誉を取り戻している。生前死喰い人に対して多大な損害を与えたということで、十七年前に遡って勲二等のマーリン勲章も授与されたそうだ。

 

分霊箱のことは明言できないからちょっとあやふやな理由になっていたが、それでも新聞の隅には顔写真付きの小さな記事が載っていた。名誉の復権としては充分だと言えるだろう。

 

考え方こそ純血主義に寄っていたらしいが、命を懸けて分霊箱の一つを破壊しようとした人物を無下には出来ない。少し離れた親戚のトンクスにとっても思うところがあるようで、神妙な顔付きでその写真を眺めていたかと思えば……おお、ビックリしたぞ。急に顔を上げて提案を寄越してくる。

 

「ねね、クリーチャーにあげたらダメかな? この写真。」

 

「あー、良いんじゃないかしら。きっと喜ぶわ。」

 

「だよね、だよね。……クリーチャー! こっちに来てくれない?」

 

トンクスが大声で名前を呼ぶと、すぐさまパチンという音と共に老年のしもべ妖精が現れた。彼こそがクリーチャー。ブラック家に仕えている酷すぎる名前の使用人で、ブラックによれば『死ぬ前に一瞬だけまともになっている』しもべ妖精だ。

 

このクリーチャーが分霊箱の一つだったスリザリンのロケットを破壊できずに苦しんでいたしもべ妖精だったようで、長年所持していたロケットの効果もあってか以前は『純血以外』の存在を執拗に忌み嫌う捻くれた性格をしていたらしい。

 

それをダンブルドア先生が見つけ出し、亡き主人の命令通りに分霊箱を破壊できたどころか、その名誉まで回復された今となっては……まあ、普通のしもべ妖精らしい態度に戻っている。言葉の端々に『純血感』は残ってしまったようだが。

 

姿あらわしの衝撃でちょびっとだけよろけたクリーチャーは、トンクスに向かってぎこちない動作でお辞儀をしながら口を開いた。

 

「お呼びでしょうか、血を裏切ったお嬢様。」

 

「うんうん、血を裏切った私が呼んだよ。……はいこれ、プレゼント。レギュラスさんの写真が見つかったんだ。クリーチャーが欲しいかと思ってさ。」

 

戯けたように応じたトンクスが差し出した写真を見て、クリーチャーは……うーむ、見事な忠誠心だな。落ち窪んだ瞳に大粒の涙を浮かべながら、丁寧な仕草でそれを受け取る。どうやら喜んでもらえたようだ。

 

「ありがとうございます、血を裏切ったお嬢様! クリーチャーには勿体無いほどの品でございます!」

 

「えへへ、喜んでもらえたなら良かったよ。……そういえば、シリウスは何してた? 物置の方を手伝ってたんでしょ?」

 

作業開始から今の今まで一切の進展を見せていない『ブラック担当箇所』のことをトンクスが聞くと、クリーチャーは途端に表情を曇らせながら答えてきた。彼は主人であるブラックのことが嫌いなのだ。そこだけは昔も今も変わっていないらしい。

 

「シリウス坊っちゃまは大切な家財を破壊して回っております。歴史あるブラック家の家財をです! ……お優しい裏切り者のお嬢様、どうか坊っちゃまをお止めください。坊っちゃまは錯乱しておいでです!」

 

「うーん……シリウスの『錯乱』は生まれつきのことみたいだしね。ちょっと無理そうかな。」

 

「ですが、坊っちゃまは……申し訳ございません、失礼させていただきます。坊っちゃまに呼ばれてしまいました。」

 

言葉の途中で物凄く嫌そうに顔を歪めたクリーチャーは、不服っぷりを全身で表現しながら指をパチリと鳴らして消えていく。残された私たちの間になんとも言えない空気が漂った後、額を押さえたトンクスが沈黙を破った。

 

「シリウスにも問題があるよね、あれは。クリーチャーに対して冷たすぎるよ。もっと大事にしてあげればいいのに。」

 

「分かり易い負の連鎖ね。嫌われてるから嫌って、だから更に嫌いになる。……ブラックはクリーチャーを通して昔を思い出すのが嫌で、クリーチャーは優しかったレギュラス・ブラックと比較しちゃってるんでしょ。」

 

「いっそのことホグワーツに送ってみるのはどうかな? 恩人のダンブルドア先生のことは尊敬してるみたいだし、クリーチャーも喜ぶんじゃない?」

 

「それが一番かもね。後で提案してみましょうか。」

 

ブラックもいい加減うんざりしているようだから、否とは言わないだろう。私とトンクスが頷き合ったところで、今度はルーピンが階下からひょっこり顔を出す。何故か全身が小麦粉を被ったかのように真っ白だ。何をやらかした?

 

「ちょっとリーマス、何してんのさ。スノーボールクッキーみたいになってるよ?」

 

「粉砂糖だったら嬉しかったんだけどね、残念ながらこれはドクシー用の殺虫剤だよ。どうも使い方を間違ったみたいで、容器が破裂しちゃったんだ。」

 

「もう、相変わらず変なところで抜けてるんだから。……ほら、綺麗にしてあげるからこっちにおいでよ。世話が焼けるなぁ。」

 

「いや、別に自分で……分かったよ。分かったからその目はよしてくれ、トンクス。」

 

ジト目で頰を膨らませるトンクスに、スノーボールルーピンが苦笑しながら近寄っているが……来た時から思ってたけど、なんか妙に距離が近いな。前はこんなに気安くなかったはずだぞ。

 

ひょっとして、そういうことなのだろうか? 訝しげな視線で微笑ましいやり取りを続ける二人のことを見ていると、それに気付いたトンクスが慌てて言い訳を述べてくる。聞いてもいないのにだ。

 

「あーっと、どうしたの? そんな顔しちゃって。私はリーマスが……ルーピンさんが病気になるかもって心配してるわけだけど。だってほら、ドクシー用の殺虫剤なんて何が入ってるか分かんないでしょ? 万が一危ない材料が使われてたら……なんか言ってよ、アリスさん。」

 

「いやまあ、無理に聞いたりはしないけどね。私は別にいいと思うわよ? 二人ともきちんとした大人なんだし。」

 

「聞いてるのと一緒じゃん、それ! 私、下を手伝ってくる! ……あんたも行くのよ、リーマス!」

 

そして、それは言ってるのと同じだぞ。赤い顔で言い放ったトンクスは、苦笑を強めたルーピンを引っ張って階段を下りて行ってしまった。いやはや、微笑ましいな。分かり易いにも程があるぞ。

 

しかし、ルーピンとトンクスか。性格は正反対で、歳の差もある。それなのに何がどうなったらああなるのやら。相変わらず色恋沙汰は複雑怪奇だな。私にはまだまだ早いらしい。

 

遥か歳下のトンクスより『遅れている』のをちょびっとだけ情けなく思いつつ、アリス・マーガトロイドは肖像画の取り外し作業に戻るのだった。

 


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