Game of Vampire   作:のみみず@白月

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モラトリアム

 

 

「しかしまあ、思ってた以上に退屈だね。チェスでもどうだい? ハリー。」

 

談話室の真っ赤なソファの上で仰向けに寝転がりつつ、アンネリーゼ・バートリはテーブルで羽ペンを走らせるハリーに問いかけていた。ちなみにハーマイオニーは午前最後の授業中で、ロンはハリーの隣で居眠り中だ。秋の過ごしやすい気温に敗北しちゃったらしい。

 

「もうチェスは飽きたよ。リーゼにもロンにも全然勝てないしね。……一応聞くけど、宿題をやらなくていいの?」

 

「一応答えるが、やらなくていいのさ。理由は言うまでもないだろう? 去年と同じだよ。」

 

「だったら暇だろうね。……どうせやることがないなら、ルーン文字をやめなきゃよかったのに。ハーマイオニーが残念がってたよ?」

 

「彼女一人を残すのは心苦しいが、ハーミーにも独り立ちする時が訪れたのさ。それに、私はもう石やら木やらを削るのはうんざりなんだよ。……あっちへ行きたまえ、毛玉。私の胸は休憩スペースじゃないぞ。」

 

私の『まだ』平らな胸に乗ってこようとするクルックシャンクスを追い払いながら言ってやると、ハリーは無言で肩を竦めて呪文学の宿題に向き直ってしまう。つまり、六年生になって授業が減った所為でヒマヒマ状態に陥ってしまったわけだ。

 

うーむ、パチュリーが六年生を『モラトリアム』と評していた意味がよく分かったぞ。確かにこの時期は人格形成に影響を及ぼしそうだ。将来に備えて勉強する者が居れば、自分の趣味に時間を傾ける者も居る。空いた時間をどう使うかで未来の姿が決まってくるのだろう。

 

歓迎会の翌朝に行われた授業選択によれば、ハリーはフクロウで落とした占い学に加えて魔法史と飼育学をやめて、ロンも同様の三教科を、ハーマイオニーは飼育学のみをやめたらしい。……ハグリッドにはもう伝えたんだろうか? 職業選択的にやむなしとはいえ、三人揃ってやめたってのは残念がると思うぞ。

 

そして私はルーン文字と魔法史を予定表から抹消した。杖魔法の授業はそれなりに役に立っているわけだし、ペアでやる授業をやめちゃうのはハーマイオニーに悪いということで、消去法的にその二つを切り捨てたわけだ。

 

しかし、ここまで暇になるとは思わなかったな。五年生で終わりの飛行訓練も自動的に消えるので、ハリーやロンは四つ、ハーマイオニーでさえもが授業二つ分の余裕が出てくることになる。

 

ダンブルドアは防衛術の授業があるので仕事の話は出来ないし、かといってやるべき宿題も作業もない。お陰でこうして暇を持て余しているわけだが……ふむ、何かホグワーツでやれる趣味を見つけるべきだな。このままだと七年生の生活も退屈になっちゃうぞ。イモリ試験を受ける気などさらさらないわけだし。

 

流し読んでいたクィブラーを置いて考え始めた私へと、教科書とレポートを見比べているハリーが疑問を放ってきた。

 

「そういえばさ、スカーレットさんは大丈夫なの? 物凄い騒ぎになってるみたいだけど。国際魔法使い連盟の……カンファレンス? がどうとかって今朝の新聞に載ってたよ?」

 

「ま、平気だろうさ。本人曰く、全て計画のうちらしいからね。……どこまでが強がりなのかを見物しようじゃないか。」

 

「僕はちょっと心配かな。グリンデルバルドの問題とかもあるし。……新聞にはグリンデルバルドがスカーレットさんを排除するために立てた壮大な計画かもって書いてあったよ。油断させて後ろから刺すつもりなんだって。」

 

「ゲラートの策にしてはお粗末すぎるし、レミィもそれで刺されるほどバカじゃないよ。記事を書いたヤツは陰謀のセンスがないみたいだね。」

 

安直すぎるぞ。どうせなら『集めた連盟の代表たちを二人で皆殺しにしようとしている』くらいのことは書けんのか。呆れる私に、ハリーは小首を傾げながら新たな質問を飛ばしてくる。

 

「『ゲラート』? ……ひょっとしてグリンデルバルドとは知り合いなの?」

 

「おや、鋭いじゃないかポッター君。ゲラートとはちょっとした因縁があってね。本来なら軽々に話せるようなことじゃないんだが……まあ、キミたち相手なら今更だろうさ。他人に聞かれたら内緒にしてくれたまえ。」

 

「それはいいんだけどさ、結構親しい相手だったりするの? 名前で呼んだってのもそうだけど、リーゼは人を呼ぶときに感情が出るから。何となく分かるよ。」

 

むう、そうか? 意外な指摘を受けて起き上がった私へと、ハリーは羽ペンを置いて話を続けてきた。ちょっと困惑気味の表情だ。

 

「だけど、グリンデルバルドって悪い魔法使いなんだよね? スカーレットさんとかダンブルドア先生と戦ったんでしょ? ……まさか、実は良い人だったとか?」

 

「んふふ、少なくとも『良い人』ではないよ。そうだな……善悪云々よりかは、『認めている』って感じかな。簡単に言えば気に入ってるわけさ。私の人物評価の基準はそこにあるからね。」

 

レミィが損得で、ダンブルドアが善悪で、フランが好悪で他者を判断するように、私は認否でそれを行うのだ。ハリーは私の曖昧な答えを聞くと、尚更分からなくなったという顔で口を開く。

 

「僕、ヴォルデモートみたいな人なのかと思ってたよ。魔法史の教科書には魔法族上位主義者って書いてあったから。」

 

「大きく間違ってはいないが、それが全てでもないってことさ。リドルが個人の利益を求めたのに対して、ゲラートは種族の利益を追求したわけだ。……ただまあ、この辺は考えても無意味だと思うよ。ゲラートほど意見の分かれる魔法使いは他に居ないだろうしね。」

 

忌むべき犯罪者であり、冷徹な革命家であり、誇るべき英雄であり、夢見がちな思想家でもある。知らぬ者からすれば訳が分からんだろうな。ゲラートは直接話さないことには判断を下せない類の人物なのだ。後世の歴史家たちはさぞ苦労することだろう。

 

黒でも白でもない男を思って嘆息する私に、ハリーは少し悩むような素振りを見せた後……どうやら疑問を放り投げてしまったようだ。再び羽ペンを手に取ってぼんやりした感想を述べてきた。

 

「よく分かんないけど、そんな人と知り合いのリーゼが凄いってのは何となく理解できたよ。」

 

「なんだそりゃ。」

 

「だってそうでしょ? スカーレットさんとは幼馴染で、ノーレッジ先生とは友達で、ダンブルドア先生ともグリンデルバルドとも知り合い。改めて考えると凄いことなんじゃない?」

 

「……まあ、傍から見ればそうかもね。かの有名な『生き残った男の子』とも友達なわけだし。」

 

最近は無理に隠さなくなった稲妻型の傷痕を指して言ってやると、ハリーは苦笑しながらそれを掻く。自分の有名具合を忘れすぎだぞ。

 

「あー、そう言えばそうだったね。もうすっかり慣れちゃったから忘れてたよ。……ヴォルデモートはまだ見つかってないの?」

 

傷痕から色々なことを連想したのだろう。思い出したように聞いてきたハリーに、首を振りながら答えを返す。

 

「意外なことに、まだ逃げ延びてるよ。夏休み中にフランスで一戦やらかしたそうだが、それ以降は音沙汰なしだ。レミィはアルバニアの森かイタリアの小島なんかに逃げ込んだと踏んでいるようだね。」

 

イタリアの方は新しく出来た『お友達』を通して確認中だし、アルバニアには国際合同闇祓い特別チームが捜査に向かっている。今月中には当たりか空振りかがはっきりすることだろう。脳内で情報を整理していると、ハリーは少し心配そうな表情で懸念を示してきた。

 

「もし逃げ切られたらどうするの? ヨーロッパじゃなくて、もっと別の国とかに。」

 

「逃がさないし、逃げ切れないさ。可能性があるとすれば魔法文化の薄いオーストラリアか南米あたりだが、レミィだってそんなことは重々承知しているはずだしね。あとはマグル界に身を隠すって手もあるが……プライドの高いリドルにそれが出来ると思うかい?」

 

「そりゃあ無理だろうけどさ。あんな気持ち悪い顔がお隣さんになったら嫌だしね。目立ちすぎだよ。」

 

そういう意味でもないんだが……うーむ、確かにそうだな。リドルの顔で『やあ、ご近所さん。いい天気だね!』なんて言われたら即通報するだろう。いやまあ、闇の帝王はご近所付き合いなんかしないと思うが。

 

カツラとサングラスを着けて買い物に行くリドルを想像する私を他所に、ハリーはインク壺に羽ペンの先を浸しながら続きを話す。彼はもうちょっと真面目なことを考えているようだ。

 

「でも、いざ見つかった時のために準備はしておかないとね。」

 

「そんなに気負わなくても大丈夫だよ。その辺はダンブルドアから言ってくるだろうさ。……何にせよ、とりあえずは新しい生活に慣れるのを優先したまえ。」

 

あえて軽めに言ったところで、午前の授業を終えたらしい生徒たちが談話室に戻ってきた。一気に騒がしくなった周囲に苦笑しつつ、羊皮紙を片付け始めたハリーに声をかける。

 

「それじゃ、ロンを起こして昼食に行こうか。ハーマイオニーは大広間で待ってるって言ってたしね。」

 

「うん、それにケイティとの話し合いもあるんだ。予想以上に応募が多いから、今週末に最初のビーター選抜をするんだってさ。」

 

「いやはや、やる事が多くて羨ましい限りだよ。」

 

私のからかい半分の台詞にジト目を寄越してきたハリーは、机に突っ伏して寝ているロンをぺちぺち叩いて起こし始めた。……うーん、やっぱり趣味は見つけるべきかもな。出来れば幻想郷でも続けられそうなやつを。

 

頬っぺたに机の痕が付いているロンを眺めながら、アンネリーゼ・バートリは先ず何を試してみようかと思案するのだった。

 

 

─────

 

 

「もうダメだわ。本当にもう、なんでこんな……お終いよ。誰か助けて。」

 

『絶望』を全身で表現しているケイティを横目に、霧雨魔理沙は深々とため息を吐いていた。確かにこいつはダメそうだな。私の知る限りでは、ビーターってポジションはブラッジャーと自分の頭を区別できないと務まらなかったはずだし。

 

新学期が始まってから初めての週末に入り、私たちグリフィンドールチームは第一回目のビーター選抜試験を実施しているのだ。僅か一週間でそれなりの数の応募があった時には私も、新キャプテンたるケイティも希望を見つけたような気持ちになったのだが……今の私たちは厳しい現実を見せつけられている。

 

練習用ブラッジャーの一撃で墜落しかけるくらいならまだマシな方で、酷いヤツだと空中で静止するのが精一杯という有様だ。そして極め付きが今試験を受けているあいつ。何を思ったのか棍棒で自分の頭を殴って気絶してしまったあいつだ。何しに来たんだよ、本当に。

 

立ち会ってくれているフーチの応急手当を受けている間抜け君を見て、私と共に観客席に座っているケイティは頭を搔きむしりながら地団駄を踏み始めた。そら、毎年のようにうちのキャプテンが狂い出したぞ。今のケイティならブラッジャーさえ弾き返せればヴォルデモートでもチームに入れかねんな。

 

「無理よ、無理。もう無理! 連携の訓練もやり直さないといけないのに、この上ビーターまで一から育てろっていうの? 初戦まで二ヶ月ちょっとしかないのに? ……マリサ、私のことを思いっきり殴ってみてくれない? もしかしたら全部夢かもしれないから。」

 

「夢じゃないぞ。夢ならもっと上手くいってるはずだろ? ……それにまあ、まだ一回目だしな。今回一番良かったヤツを『キープ』して募集を続けてみようぜ。」

 

「自信のある生徒は今回の試験に応募してるはずよ。つまり、後から応募してきた生徒が今日一番マシだった子を上回る可能性は低いってわけ。そうは思わない?」

 

「……思うけど、何にでも例外は付き物だろ? 可能性はまだあるさ。」

 

やけに説得力のあるケイティの推論を無理やり捻じ曲げたところで、試験に使っていたブラッジャーを回収したハリーとロンが急上昇して観客席に近付いてくる。私とケイティが遠くの観客席から観察して、箒に乗った二人は参加形式で細かい動きをチェックしているのだ。

 

「一応戻ってきたけど、今の三年生について何か話し合うことはある? 僕の感想としては次を始めるべきとしか言えないよ?」

 

「僕もハリーに賛成だ。進めちゃっていいよな?」

 

「うん、こっちも同感。……ちなみに、あと何人残ってるの?」

 

二人に頷いてから私に聞いてきたケイティへと、手元の羊皮紙をチェックしながら答えを返す。残念ながら『残弾』は残り僅かだぞ。

 

「三人だ。今の間抜け君の友達っぽい三年生が二人と、二年生が一人。」

 

「了解よ。……再開しちゃって、ハリー、ロン。あとはノンストップでやっていいから。私たちはここでクィディッチの守護天使に祈っとくわ。」

 

半ば諦めているような表情で指示を出したケイティは、本当に手を組んで祈りを捧げ始めた。ブツブツ呟いている内容を聞くに、祈りというよりかは脅しに近そうだが。守護天使を脅してどうすんだよ。天罰が下るぞ。

 

それを尻目に飛んで行ったハリーとロンが次の生徒へと試験開始の合図を送るが、飛び立った三年生は既に望み薄の状態になっている。前傾姿勢すぎるし、棍棒を持つ手をフリーに出来ていない。飛行訓練の授業を二年間受けてあれってことは……まあうん、そういうことだ。

 

「ダメっぽいな。」

 

「だけど、あと二人残ってるわ。あと二人、あと二人……。」

 

そんなケイティの祈りも虚しく二人目の三年生も残念な結果に終わり、最後に迎えた二年生。やけに背の高い坊主頭の男子生徒は、ハリーの合図を受けて空に……おお? 悪くないんじゃないか? 片手なのに姿勢が安定してるし、スピードもそれなりにあるぞ。

 

隣のケイティも私と同じ感想を抱いたようで、身を乗り出して二年生の動きを観察しながらポツリと呟いた。光明を見出したような表情だ。

 

「……物凄く上手いってわけじゃないけど、これまでで一番の飛びっぷりね。期待できるかも。」

 

「残り物には福があるみたいだな。」

 

私とケイティが話している間にも、ロンの解き放った練習用ブラッジャーが二年生へと向かっていく。二年生はちょっと怯んだような表情を見せるが、きちんとそれを目で追って……お見事! 棍棒で敵役のロンの方へと弾き飛ばした。

 

「『打った』ってよりかは『防いだ』って感じだったけど、それなりに素質はありそうじゃんか。体勢もそんなに崩れてないしな。」

 

「そうね、悪くない……というかむしろ良いわ。丁寧に教えれば初戦に間に合うかも。」

 

徐々に表情が明るくなってきたケイティに胸を撫で下ろしつつ、羊皮紙に目を落として二年生の名前を確かめる。ニール・タッカーか。聞き覚えのない名前だが、よくよく思い出してみれば談話室で見かけた気がするな。

 

「タッカーだとさ。知ってるか?」

 

「あー……去年双子の『被験者』になってた子の一人だったはずよ。嬉しそうにバイト代を貰ってたのを見た記憶があるから。」

 

「ってことは、身体は頑丈なわけだ。」

 

一年生の頃に双子の悪戯グッズの被験者になって医務室行きになっていないということは、つまりはそういうことなのだろう。ケイティが大きく同意の頷きを放ったところで、タッカーが数回ブラッジャーを防いだのを確認したハリーがこちらに目線を寄越してきた。もうオッケーということか。彼も合格だと感じたらしい。

 

それにケイティが手を振って応えた後、ハリーとロンが二人がかりでブラッジャーを押さえ込むのを眺めながら口を開く。

 

「何にせよ、これで『キープ』は決定だな。もう一人くらいあのレベルのヤツが応募してくるのを祈っとこうぜ。」

 

「そうね。貴女の話によればジニーはかなり上手いみたいだし、あと一人くらいなら何とかなるかも。……いけるかも!」

 

うーむ、感情の起伏が激しすぎるぞ。立ち上がって天高く拳を突き上げるケイティを微妙な気分で目にしながら、霧雨魔理沙は是非ともそうなって欲しいとクィディッチの守護天使に祈りを送るのだった。

 


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