Game of Vampire   作:のみみず@白月

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進歩

 

 

「ほっほっほ、好きなソファに座ってくれるかね? 教科書は後から使うので、今は仕舞っておいてくれて結構じゃ。」

 

なんとまあ、今年の防衛術も個性的な授業になりそうだな。教室に並ぶ色とりどりのソファ、ぐにゃぐにゃした形の妙に背の低いテーブル、壁を埋め尽くす杖の振り方や呪文の発音が描かれているポスター、そして何より教卓の後ろに見える『階下』の存在。様変わりしてしまった防衛術の教室を見渡しながら、アンネリーゼ・バートリは小さく鼻を鳴らしていた。どうやらイギリスの英雄どのにはリフォームの才能もあったらしい。

 

九月二週目の月曜日、遂に私以外の同級生たちが楽しみにしていた防衛術の初授業が始まろうとしているのだ。教卓の横に置かれた安楽椅子に座るダンブルドアの声を受けて、教室に入ってきた生徒たちはワクワクした表情で二人掛けのソファに腰掛けている。

 

「座り心地が良さそうだな。他の授業も全部これにすればいいのに。」

 

「落ち着きすぎて寝ないようにね、ロン。ダンブルドア先生の授業で居眠りだなんてバカのやることよ。」

 

「そんなこと分かってるよ。去年だって寝なかったのに、今年に寝るわけないだろ?」

 

話しながらも教卓に近い位置にある赤いソファを確保したハーマイオニーとロンに続いて、私とハリーも隣の黒いソファへと座り込んだところで……ご老体がゆったりと立ち上がって杖を振った。途端に天井から下りてきた鎖で吊るされた黒板に生徒たちが注目する中、その前に立ったダンブルドアが微笑みながら口を開く。

 

「ごきげんよう、生徒たち。少し早いが、揃ったようなので授業を始めることにしようかのう。その分早く終わらせてしまおうではないか。その方がお得な気分になれるじゃろう?」

 

茶目っ気たっぷりに肩を竦めたダンブルドアがもう一度杖を振ると、黒板に長すぎる名前が浮かび上がった。おいおい、今更自己紹介か? お前の名前を知らんような生徒がホグワーツに居るわけないだろうが。

 

「では、最初にお決まりの自己紹介をしておこうか。わしはアルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア教授じゃ。専門分野は変身術と防衛術、それにお菓子と靴下の品評にも些か以上の自信を持っておる。他にも細々とした肩書きは多いのじゃが……まあ、そこは割愛じゃな。諸君らにとって重要なことはただ一つ。わしが『それなり』に魔法を使えるということじゃ。」

 

そこでパチリとウィンクしたダンブルドアに対して、グリフィンドールとハッフルパフの六年生たちが拍手を送る。突っ込みどころは満載だが、さすがにホグワーツの六年生ともなれば『変人耐性』が付いてくるらしい。色々と流すことに決めたようだ。

 

拍手を受けて嬉しそうに一礼したダンブルドアは、うろうろと教卓の周囲を歩きながら話を続けてきた。

 

「さて、ここに集まった諸君らには言うまでもないことじゃろうが、六年目から全ての授業が必修ではなくなっておる。つまり、これからの授業では将来の職種において必要となる専門的な知識を学ぶことになるわけじゃ。必然的に難易度は増し、伴う努力の量も増してくるじゃろうて。」

 

そこでダンブルドアはピタリと立ち止まると、三度杖を振って黒板に新たな文字を浮かび上がらせる。『無言呪文』という文字をだ。

 

「それを象徴するのが無言呪文の存在じゃ。他の授業では五年生の後半で既に習っているかもしれぬが、防衛術におけるこの技術の必要性はそれらを凌駕することじゃろう。……時に、君たちは古代の魔法がどんなものだったかを知っているかね? 今より千年以上前の、まだホグワーツが成立する以前の魔法を。……ふむ、ピンとこないようじゃな。ならば実際にやってみせようではないか。」

 

ほう? 『古代の魔法』と聞いて身を乗り出す生徒たちと同じように、私も興味を惹かれて注目していると……ダンブルドアは見たこともないほどに複雑に杖を振りながら、ラテン語の長々しい呪文を唱え始めた。六月にマクゴナガルが寮の護りを起動させた時も中々のものだったが、今回のはそれよりなお複雑に見えるな。

 

「……何だか凄いね。ハーマイオニーはどんな魔法だか分かる?」

 

「残念だけど、全然分からないわ。こんなに長い呪文は見たことも聞いたこともないもの。察するに、とっても大規模な魔法なんじゃないかしら。」

 

ハリーとハーマイオニーが期待を膨らませている間にも、ダンブルドアの朗々とした詠唱の声はどんどん大きくなっていき……生徒たち全員が来たる衝撃に備え始めたその瞬間、ダンブルドアが勢いよく杖を振り下ろすと──

 

「……おい、何も起こらないじゃないか。遂にボケたのかい? ダンブルドア。」

 

閃光も、音も、衝撃もなし。キョトンとする生徒たちを代表して文句を言ってやると、ダンブルドアは悪戯げに微笑みながら黒板を指差して返答を寄越してくる。

 

「ほっほっほ、きちんと成功しておりますよ。皆も黒板に注目してくれるかね? ほれ、先程あった『無言呪文』という文字が消えているじゃろう? ううむ、不思議じゃな。書いてあった文字が消えるとは、正に魔法じゃ。」

 

やっぱりボケてたか。大袈裟に驚いたフリをするダンブルドアを冷めた視線で眺めていると、彼は苦笑しながら今やった『寸劇』の意味を説明してきた。

 

「うむ、うむ。バカバカしいじゃろう? 要するに、今わしが使ったのは『清めの呪文』なのじゃ。現代ではホグワーツの一年生でも軽々と使える魔法が、嘗てはこれほど難しい魔法だったというわけじゃな。……分かるかね? 進歩したのじゃよ、諸君。より短く、より使い易く、より効率的に。何人もの偉大な先人たちの努力により、君たちは食べこぼしを綺麗にする時にこんな詠唱をしなくてもよくなったわけじゃ。」

 

……なるほど、そういうことか。生徒たちの大半が納得の表情を浮かべるのを見て、ダンブルドアは我が意を得たりとばかりに解説を続けてくる。

 

「そして、その一つの到達点こそが無言呪文……発声を必要としない呪文なのじゃよ。見事な発明だとは思わんかね? 今やわしらは杖を振るだけで呪文を放つことが出来るのじゃ。……じゃが、忘れるなかれ。相対する者もまたそうであるということを。無言呪文を使えるのと使えないのでは大きな差が出来てしまう。一瞬を争う魔法での闘いの中では、その差は埋めようもないほどに大きなものとなってしまうのじゃ。」

 

言いながらダンブルドアが黒板をコツンと杖で叩くと、またしても新たな文字が浮かび上がった。今度は有言呪文、無言呪文、杖なし魔法という三つの項目と、それぞれの利点や欠点が詳しく書かれている。

 

「熟練の魔法使いの闘いにおいては、この三つの魔法の選択が非常に重要なものとなってくる。込め得る魔法力が大きな有言呪文、速度において勝る無言呪文、そして単純ながら杖を必要としない杖なし魔法。どれが正しいというわけでもないのじゃ。……読み合いじゃよ。どの方法でどんな呪文を使ってくるか、こちらの魔法に対してどのように対処してくるか。目まぐるしく進展する闘いを読み切り、適した方法を選び続けた者こそが勝者となれるわけじゃな。」

 

杖なし魔法のことまで教えるのか。あれは熟練の魔法使いでも使える者が限られている技術のはずだぞ。意外に思う私を他所に、力強さを感じさせる笑みで一つ頷いたダンブルドアは無言呪文についての話を締めてきた。

 

「故に、先ずは無言呪文じゃ。五年生までは単純な魔法でのみ必要とされた技術じゃが、六年生以降はあらゆる場面で必要となるじゃろうて。無言呪文の感覚をマスターしないことにはイモリ試験など夢のまた夢じゃな。……おっと、心配は無用じゃよ。わしが必ず使えるようにしてみせるからのう。では、杖を持ってこちらに来てくれるかね? 折角そのための場所も用意したのじゃ。一年振りの『実践授業』をやってみようではないか。」

 

ひょいと杖を振りながら言ったダンブルドアは、カラカラと天井に引っ張られていった黒板の下を潜って階下への階段を下りて行く。慌てて移動を始めた生徒たちの背に続きながら、三人に向かってここまでの感想を放った。

 

「呆れるほどに真っ当な授業だね。パチェやムーディよりかは、アリスやルーピンの授業に近い感じだ。」

 

「まあ、真っ当すぎて意外には感じるな。校長の授業なんだし、もっとヘンテコになるかと思ってたよ。」

 

「良いことじゃないの。これぞ生徒の求めていた……あら、結構広いわね。やり易そうだわ。」

 

ロンに答えたハーマイオニーの言う通り、階段の下は結構な広さになっているようだ。奥行きもあるし、ソファが置いてある上階の床下も練習スペースになっているらしい。メゾネット教室ってわけか。

 

明るい色の板張りの床にはクッションや標的用のカカシ……もちろん翼なしだ。が所々に設置されており、壁際に並ぶ棚には多種多様な魔道具がぎっしり詰まっている。恐らく呪文の練習に使う物なのだろう。

 

そして部屋の奥には懐かしき決闘用の舞台まで置かれているようだ。その『防衛術らしい』練習スペースに生徒たちが顔を輝かせる中、ダンブルドアはいつものニコニコ顔で指示を出してきた。

 

「それでは、このリストにある通りの二人組になってくれるかね? 片方が衝撃呪文を、片方が盾の呪文を、それぞれ無言で唱えるのじゃ。呪文を発声する時と同じ振り方、同じタイミングをイメージしてみると良いじゃろう。……よいか? 強く、正確に念じるのじゃ。無言呪文は意志の力で唱えるものなのじゃから。」

 

言ったダンブルドアの横に貼り出されているリストに目をやってみると、私の名前の横にはハリーのそれがあるのが見えてくる。……ま、妥当なところだな。ハリーも私も無言呪文で苦労する段階などとうに過ぎているのだから。私は百年ほど前にパチュリーから習って、ハリーも四、五年生の練習で基本的な無言呪文は習得済みだ。

 

「いつも通りの練習になりそうだね、リーゼ。」

 

「星見台を借りる手間が省けたと思おうじゃないか。」

 

苦笑するハリーと肩を竦め合ったところで、リストを確認した他の生徒たちもペアを組み始めた。ハーマイオニーはロングボトムと、ロンはラベンダー・ブラウンとペアになったらしい。二人もハリーの練習に付き合う間にいくつかの無言呪文を習得しているし、むしろ教える立場になりそうだな。

 

そんな生徒たちの動きを尻目に、とりあえずハリーと隅っこの方に移動してみるが……さて、どうしよう。今更こんな基礎的なことをするのは時間の無駄だ。ハリーもそれには同感のようで、困ったように笑いながら問いを寄越してくる。

 

「どうするの? 一応ダンブルドア先生の言う通りにやっておく?」

 

「お断りだね。そんなことをしても退屈なだけだし、ここは生徒の自主性ってやつを示そうじゃないか。……折角あんな物が置いてあるんだ。使わないと損だろう?」

 

ニヤリと笑いながら奥に見えている決闘用の舞台を指して言ってやると、ハリーも挑戦的な笑顔で頷いてきた。……前から思っていたんだが、基本的には優等生なのに勝負事になるとやけにノリが良くなるな。誰かと競い合うのが好きなのかもしれない。

 

「いいね、久々にやろうよ。……ただし、あの変な魔法はなしだからね。杖魔法だけだよ?」

 

「……善処はするさ。」

 

ハリーとは練習の息抜きに何度もやり合っているが、一度だけ隙を突かれそうになった際に妖力弾を使ったことがあるのだ。唯一勝てそうだった時に使われたのを未だ根に持っているらしいが……負けず嫌いはこっちも一緒。いざとなったらやっぱり使うぞ。

 

そんな思いを胸に秘めつつ台に上って、作法通りにハリーと向き合って杖を眼前に立てる。それを下ろした後に振り返って五歩歩いてから……いつものタイミングで向き直ってみれば、最速で呪文を放ってくるハリーの姿が見えてきた。

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

やっぱり一手目は武装解除か。初見の相手ならともかく、そんな癖は学習済みだぞ。笑みを浮かべながら赤い閃光を盾の無言呪文で弾いた後、突き出した杖を捻って普段は使わない呪文を撃ち込む。ぐるぐる巻きにしてあげようじゃないか。

 

インカーセラス(縛れ)。」

 

途端に私の杖先から生まれた縄がハリーの足を絡め取……らないな。衝撃呪文か何かの無言呪文で迫りくる縄を吹き飛ばしたハリーは、動作を組み合わせるように杖を振って二手目を繰り出してくる。

 

グリセオ(滑れ)。……ヴェンタス(吹き飛べ)!」

 

「おお? やるじゃないか。フィニート(終われ)。」

 

初めての組み合わせだったが、悪くないな。床をツルツルにした上で突風を吹かせるわけか。普通なら踏ん張りが利かずに転んじゃうだろうが、残念なことに私は翼持つ吸血鬼なのだ。空中で姿勢を立て直して呪文を終わらせた私に、ハリーはジト目で文句を寄越してきた。

 

「……反則だよ、それは。」

 

「んふふ、種族的な違いは仕方がないだろう? 人間に翼が無いことを恨みたまえ。」

 

軽口を交わしながらも無言呪文でやり合っていると、いきなりハリーがそのうちの一発をスライディングで避けて本命の有言呪文を放とうとするが……その直前に私の沈下呪文が地面に激突する。ふふん、絶対に避けてくると思ったぞ。

 

「エクスペリ──」

 

デプリモ(沈め)。……おや、大丈夫かい? 凄い音がしたぞ。」

 

舞台に空いた穴に滑り込むように消えて行った決闘相手に声をかけてみると、ムスっとした表情のハリーが穴の中からひょっこり顔を出した。額が赤くなっているのを見るに、勢いそのままでどこかにぶつけてしまったようだ。

 

「……そう来るとは思わなかったよ。」

 

「いやまあ、決闘らしい手ではなかったかもね。ほら、掴まりたまえ。」

 

ハリーの手を掴んで舞台まで引っ張り上げたところで、急に横から拍手の音が聞こえてくる。音の出所に視線を送ってみれば、楽しそうな表情で手を叩いているダンブルドアの姿が見えてきた。

 

「ほっほっほ、見事じゃな、二人とも。六年生の決闘とは思えぬほどの内容じゃ。……ううむ、わしの授業内容では少々退屈かもしれんのう。」

 

「おっと、嫌味かい? 今更私たちが衝撃呪文なんかを練習しても意味ないだろうに。時間を有効に使わせてもらってるだけだよ。」

 

申し訳なさそうな表情を浮かべるハリーに代わって文句を飛ばしてやると、ダンブルドアは苦笑いでこっくり頷いてくる。彼としても予想済みの展開だったようだ。

 

「おっしゃる通り。故にハリーは貴女とペアにしたのですよ。……とはいえ、ハリーの成長に驚いたのは本音です。バートリ女史には教師の才能があるようですな。」

 

「私の教え方の問題じゃなくて、ハリーには元から素質があったのさ。多分ね。」

 

「無論、その可能性もあるでしょうな。……さて、ハリーよ。今週末は何か予定が入っているかね? 出来れば校長室で話をしたいのじゃが。」

 

ダンブルドアの提案を受けて、舞台の穴を修復していたハリーが慌てたように返事を返す。六月の話の続きをするわけか。

 

「はい、空いてます。一応クィディッチの練習はありますけど、ケイティには参加できない日があるかもって伝えてありますから。」

 

「であれば、クィディッチの方を優先してくれて構わんよ。今のグリフィンドールチームは大変じゃろう? 日曜であれば朝、昼、夜のどの時間が好都合かね?」

 

「あー……それなら、夜にお願いします。夕方には練習が終わるはずなので。」

 

「では、夕食後に校長室で話そうか。」

 

そう言ったダンブルドアは踵を返して生徒たちの指導に戻ろうとするが、思い出したように追加の情報を放り投げてきた。

 

「おお、忘れるところじゃった。ハリーよ、わしは今ペロペロ酸飴にハマっているのじゃ。」

 

ウィンクしながらの言葉を聞いて、ハリーはキョトンとした表情になってしまう。……もっと分かり易く伝えてやれよな、カッコつけめ。事前情報なしだと老人の戯言にしか聞こえんぞ。

 

「えっと、お土産に持ってこいってことかな?」

 

「もしくは、校長室の合言葉を伝えようとしたのかもね。きっと老人なりのジョークなんだろうさ。若い私たちには理解し難いわけだが。」

 

「そっか、なるほど。……『若い私たち』?」

 

「……何か文句があるのかい?」

 

ジロリと睨め付けてやると、ハリーはわざとらしく目を逸らして舞台の修復具合をチェックし始めた。それに鼻を鳴らしてから、ロングボトムに指導しているダンブルドアを横目に思考を回す。

 

まあ、今年のハリーへの指導はダンブルドアに任せて大丈夫そうだな。何だかんだで私が教えるよりも上手いだろうし、呪文の練習をしながらだったらハリーとの話も弾むはずだ。

 

となると、私は空いた時間をソヴィエトとの連絡に当てなければ。カンファレンスとやらの対策について話し合う必要があるし、週末の二日をかければ行って帰ってくるには充分だろう。……もうレミリアとゲラートは直接連絡を取れるはずだが、お互い嫌がって私を間に挟もうとするのだ。子供か、あいつらは。

 

世話の焼ける魔法界の重鎮二人のことを考えつつ、アンネリーゼ・バートリは大きくため息を吐くのだった。

 


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