Game of Vampire   作:のみみず@白月

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記憶

 

 

「……この時期にこんなことをしている余裕があるのかい?」

 

モスクワの地下深くにある議長室の応接用ソファに腰掛けながら、アンネリーゼ・バートリは呆れた表情で言い放っていた。ロシアね。そりゃあ私には馴染み深い国名だが、若い連中は混乱すると思うぞ。

 

週末で休みに入った私は、美鈴と共にソヴィエト……じゃなくてロシア魔法議会へと出張に来ているのだ。開催日が十月の初旬に決まったカンファレンスに向けての情報共有が目的だったのだが、訪れてみればこっちの議会は『改称作業』の真っ最中だったのである。

 

茶請けに出された蜂蜜ケーキの横取りを企む美鈴を妨害している私に、執務机で書類を読んでいるゲラートが淡々とした口調で説明してきた。さっきしもべ妖精におかわりまで頼んでただろうが、食いしん坊妖怪め。私の分は絶対に渡さんからな。

 

「マグルに対しての理解を訴えかけている張本人が、五年も前に使われなくなった古い国名を使い続けているのでは話にならん。カンファレンスが始まる前に『ロシア連邦中央魔法議会』に修正しておく必要があるだろう。」

 

「……まあ、そう言われればそうかもね。」

 

「国境線こそそのままだが、これで一応の体裁は保てるはずだ。……それで、スカーレットの方はどうなっている? こちらは演説の内容を整え、香港やドイツを通じて他国への働きかけを進めつつ、国内の反対派を鎮めているわけだが。まさか何もやっていないわけではないだろうな?」

 

「レミィの方も色々と対策を進めてるらしいよ。細かいことは……ほら、これに書いてあるから読みたまえ。」

 

杖を振って持ってきた羊皮紙の束をゲラートの方に飛ばしてやると、それを見事にキャッチした世紀の大悪党どのは……いいぞ、その顔が見たかったんだ。読み進めるうちにどんどん苦い表情になっていく。この前『ありがたいご指摘』を受けたレミリアの反撃はそれなりに効いたらしい。

 

「……イギリス魔法省では随分とインクの価値が低いようだな。無駄なことばかりが書いてあるぞ。」

 

「おや、奇遇だね。二ヶ月前に同じような台詞をレミィからも聞いた覚えがあるよ。仲が良いようでなによりだ。」

 

ぎろりと睨め付けてきたゲラートの悪態を受け流してやると、お偉い議長どのは大きく鼻を鳴らしてから読み終わった羊皮紙を横に放り投げた。これで『報告バトル』は引き分けにもつれ込んだわけか。第二ラウンドが楽しみだな。

 

「スカーレットは未だ知らないらしいが、カンファレンスの会場は日本に決定済みだ。戻ったら伝えておけ。」

 

「おっと、それは新情報だね。具体的には何処になるんだい? あんな小さい島国に細かい区分があるのかは知らんが。」

 

「離島にあるマホウトコロが場所を貸すらしい。……日本はヨーロッパ大戦の影響が薄く、連盟内での発言力もそれなりに保有している、スカーレットにも俺にも傾いていない中立の場所だ。会場としては妥当なところだろう。」

 

言いながら立ち上がったゲラートは壁に並ぶ備え付けの戸棚の一つを開けると、その中から一冊の薄い冊子を取り出して渡してくる。ほう? どうやらマホウトコロの入学案内のようだ。ページ数もそこそこあるみたいだし、手紙一枚で済ませるホグワーツとは大違いだな。

 

「『善き魔法の在る処』マホウトコロ呪術学院、ね。悪しき魔法使い代表のキミとは相性が悪そうな学校じゃないか。」

 

「それには同意しよう。マホウトコロはダームストラングとは正反対の魔法学校だからな。あの学校では闇の魔術の一切を否定し、善なる魔法との区別を明確にしている。……つまり、七大魔法学校の中で最も『狭量』な学校だ。」

 

「ふぅん? ってことは、善なるダンブルドア閣下は好意的に見ているわけだ。ホグワーツに戻ったら彼にも聞いてみることにするよ。」

 

ダームストラングやカステロブルーシュは闇の魔術を普通に教え、ホグワーツやボーバトン、イルヴァーモーニーは習うべきではないと情報だけを示し、ワガドゥはそもそも区別せず、マホウトコロは完全に否定しているわけか。いやはや、魔法学校も国際色豊かだな。

 

羊皮紙ではなく普通の紙のパンフレットを捲って文化の違いを再確認している私へと、ゲラートは執務机に戻りながら説明を続けてきた。

 

「だが、マホウトコロが中立を宣言した以上は信用できるだろう。これで安全は確保された。ならば、後は俺とスカーレットで各国の『頭』を説得すれば良いだけだ。」

 

「んふふ、どうかな? この機にキミを殺そうとする『英雄志願者』はわんさか出てくると思うよ。あるいは単なる復讐者かもしれんが。」

 

「そう簡単にやられるほど耄碌してはいないし、マホウトコロの校長がそれを許すまい。」

 

「マホウトコロの校長? ……この老婆か。ただの婆さんにしか見えないぞ。」

 

パンフレットの最後のページに校長として載っていたのは、桜色の着物を着た華奢な老婆の写真だ。背筋をきっちり伸ばした姿で、マクゴナガルをちょっと柔らかくしたような雰囲気を感じる。ニコリとこちらに微笑みかけてくる老婆を見ながらの私の疑念に、ゲラートは首を振って解説を寄越してきた。

 

「その女は俺やアルバスと同世代だ。その上、こちらで言う呪文学においてはアジア屈指の名声を誇っている。……詳しくはアルバスに聞け。俺は会ったことがないが、あいつとは知り合いだったはずだ。」

 

「……ホグワーツの変な爺さんといい、ボーバトンの『大きな彼女』といい、魔法学校の校長ってのはどいつもこいつも癖のある存在らしいね。」

 

「でなければ校長など務まらん。特にホグワーツ、マホウトコロ、ワガドゥの三校では現校長が半世紀近くもその座に留まっている。アルバスがヨーロッパで有名なように、アジアやアフリカではそれぞれの校長の名が通っているわけだ。」

 

「うーん、世界は広いね。この数年でそれを実感してるよ。」

 

世界はヨーロッパだけにあらず、か。そりゃあ頭では分かっていたが、実例を目にしてみるとやはり驚くぞ。片手の指で数えられる程度とはいえ、『ゲラート、ダンブルドア並み』の魔法使いは確かに存在しているわけだ。

 

一つ頷きながらパンフレットをテーブルに置いたところで、ずっと黙っていた美鈴が声を上げる。視線を私の糖蜜ケーキに固定したままでだ。

 

「えっとですね、いまいちよく分かんないんですけど……そのカンファレンスとやらで参加者を納得させれば革命完了ってことですか?」

 

「レミィの言によれば、そこまでやってようやく折り返し地点らしいよ。指導者層の理解を得られても、肝心の民衆の考え方を変えないと意味がないからね。」

 

「その通りだ。カンファレンスなど意識革命への足掛かりを得るための場に過ぎん。先ずは比較的知識を持った著名な魔法使いたちを説得して、そこからは彼らの力によって問題を広めていくことになるだろう。『完了』と言えるのはまだまだ先の話だ。」

 

私とゲラートの答えを受けた美鈴は、額に皺を寄せて何かを考えていたかと思えば……やがて小さく肩を竦めて私の置いたパンフレットを読み始めた。思考を放棄したようだ。だったら聞くなよな。

 

しかし……ふむ、日本か。ちょっと興味があるし、付いて行けそうなら私も行ってみようかな。折角あんな面倒くさい言語を習得したのだから、移住前にも使っておかないと勿体無いだろう。帰ったらレミリアと話してみるか。

 

美鈴の読んでいるパンフレットの表紙を横目に、アンネリーゼ・バートリは良い考えだとうんうん頷くのだった。

 

 

─────

 

 

「記憶? なんだそりゃ。」

 

月曜朝の大広間。いつも通りの選択肢盛り沢山な朝食を取りながら、霧雨魔理沙は隣に座るハリーへと問いかけていた。記憶を、『見た』? 面白い表現だな。

 

なんでも昨日の夜、ハリーが校長室でダンブルドアからの個人指導を受けたそうだ。杖魔法を習いながら例の『犠牲問題』について議論を交わしたようだが、結局は決着が付かず先送りになったらしい。

 

そこまではまあ、予想済みの出来事だ。簡単に結論が出る類の議題じゃないし、ハリーとしてもたった一回で終わるとは思っていなかったようで、然もありなんと受け止めていた。

 

今話題になっているのはその後行われたという『思い出話』の方である。私の質問にハリーが答える間も無く、一緒に聞いているハーマイオニーやロンが興味深そうな表情で続いてきた。……ちなみに咲夜はリーゼが城を出ている所為で寡黙気味だ。『お嬢様成分』が足りていないらしい。

 

「映像として見たってこと? 凄いわね。ダンブルドア先生の魔法なの?」

 

「何の記憶……っていうか、誰の記憶だったんだ?」

 

確かにそれも気になるな。私たちから次々と出てくる疑問に苦笑したハリーは、フォークを置いて詳しい解説を寄越してくる。

 

「魔法の道具を使ったんだよ。ダンブルドア先生は『憂いの篩』って言ってた。保存した記憶を水盆に落とすと、水底に記憶が映って……こう、その中に潜っていける感じ。言葉で説明するのは難しいんだけどさ。」

 

「記憶の持ち主の視点になれるってことか?」

 

「そうじゃなくて、僕は僕としてその場に居るんだよ。もちろん記憶の中の人に話しかけたり、物に触ったりは出来ないけどね。記憶の世界に入り込んでる、って言えば分かり易いかな。まるで当時のその場にタイムスリップしたみたいだった。」

 

「それは……凄いな。興味深いぜ。」

 

うーむ、どういうカラクリなんだろうか? 例えば、今の私は背後にあるスリザリンのテーブルを見ることが出来ない。だからそこに誰が居て、何をしているのかは記憶には残らないが……ハリーの説明からするに、そこだけが空白になっているというわけでもないようだ。

 

あるいは記憶の持ち主の状況次第なのかもしれんな。たまたまそういう記憶を見たってことか? 謎の魔道具に関して考えを巡らせる私を他所に、ハリーは水の入ったコップを弄りながら説明の続きを語り出す。

 

「それでね、昨日見せてくれたのはパパやママの入学式の記憶だったんだ。シリウスやルーピン先生も勿論居たし、スネイプ先生とかフランドールさん、それにサクヤのパパとママも居たよ。ダンブルドア先生本人の記憶だったみたい。」

 

ハリーの声を受けて、それまで興味なさそうにしていた咲夜が驚いたように顔を上げる。そっか、全員同級生だもんな。ハリーはあえて省いたようだが、裏切り者の『鼠小僧』もそこに居たはずだ。

 

「私の両親、ですか。」

 

「うん、みんな小さかったから今とは全然違ったけど、フランドールさんとサクヤのママ……コゼットさんはすぐに分かったよ。フランドールさんは見た目が全然変わってなかったし、コゼットさんはサクヤそっくりの綺麗な銀髪だったから。あの頃のサクヤより大人しそうな雰囲気ではあったけどね。」

 

だろうな。私も写真で見たことあるが、咲夜の母親は穏やかで優しそうな印象だった。どちらかといえばキリッとしたタイプの咲夜とはまた違った雰囲気だ。私が分かるぞと大きく頷いていると、ハーマイオニーが柔らかい吐息を漏らしながら言葉を放つ。

 

「良かったわね、ハリー。写真で見るよりも身近に感じられたんじゃない?」

 

「そうだね、見られてよかったよ。ダンブルドア先生は僕が自分のルーツを知るべきだって思ってるみたい。来週末もまたパパやママに関する記憶を見せてくれるんだって。……それでさ、サクヤ。君も一緒にどうかな? ダンブルドア先生に聞いてみたら、構わないって言ってくれたんだよね。」

 

「えっと、私もその記憶を見られるってことですか?」

 

「そうそう。サクヤも僕と同じように写真の中でしか両親のことを知らないわけでしょ? だから動いて、喋ってる姿を見られるのは……あー、良いことなんじゃないかと思って。それにほら、お婆ちゃんも居たよ? テッサ・ヴェイユさん。もしかしたらそっちも見られるかも。」

 

身振り手振りを交えつつ、ハリーは咲夜をどうにかして同行させようとしているようだ。きっと自分の感動を同じ境遇の咲夜と共有したいのだろう。対して我らが銀髪ちゃんは……うーん、困ってるな。ハリーと一緒は気後れするが、両親の姿は確かに見たいってところか? スプーンを持つ手をにぎにぎしながら葛藤している。

 

やがて咲夜は意を決したように口を開くと、チラリと私を見ながら言葉を放った。

 

「だったら魔理沙も一緒に行きましょうよ。それが良いわ、そうしましょう。」

 

「いやいや、なんでだよ。……そりゃまあ興味ないって言ったら嘘になるが、全然関係ない私が見ても仕方ないだろ。そもそも大人数で使えるようなもんなのか? その憂いの篩ってのは。」

 

「んー……ダンブルドア先生を入れて四人でしょ? それならギリギリ何とかなりそうかな。」

 

「ほら、大丈夫じゃないの。……ねえ、お願い魔理沙。一緒に行ってよ。ね?」

 

何が『ね?』だよ。それが効くのはレミリアとリーゼだけだぞ。上目遣いで縋るような目線を向けてくる咲夜に、頭を掻きながら返事を返す。

 

「私は別にいいけどな、結局はダンブルドア次第だぞ。人数の問題だって確実に大丈夫なわけじゃないんだろ?」

 

「でも、大丈夫だと思うよ。次の防衛術でマリサのことも頼んでみるから。」

 

呆れた顔で言う私に対して、ハリーはどこか嬉しそうな表情だ。どうしても咲夜に見せたかったらしい。……改めて複雑な関係性だな。いつもは間に挟まれているリーゼが居ないと、それがより顕著になる気がするぞ。

 

記憶に関しての話が一段落したところで、ちょびっとだけ羨ましそうなロンが話題を変えてきた。彼も興味があるようだが、さすがにハリーや咲夜を優先すべきと考えたらしい。

 

「そういえばさ、次回のビーター選抜は今週じゃなく来週になるみたいだぜ。あと一人確保すればとりあえずは試合が出来るし、応募者が増えるのを待つんだって。」

 

「あら、チェイサーは結局ジニーに決まったの?」

 

サラダにレモンドレッシングをかけながらのハーマイオニーの問いに、ソーセージをもう一本取った私が答える。

 

「ん、決まったぜ。どう考えてもジニーが一番いい動きしてたからな。本人はビーターでも構わないって言ってくれてるんだが──」

 

「ダメだ。絶対ダメ。」

 

「とまあ、こんな感じでロンが止めるからチェイサーで決定さ。先週の選抜で『まとも』だったのはタッカーだけだし、来週に期待するしかないだろうな。」

 

この調子だと望み薄だが。疲れたように言った私の言葉を聞いて、ハリーとロンも深々と頷く。まあ、祈るだけならタダなのだ。だったらせめて祈っとくさ。

 

そのままテーブルの会話が一瞬止まったところで、コーンスープを片付けた咲夜が口を開いた。ちょっと気まずそうな表情だ。

 

「クィディッチの問題もありますけど、先輩たちはハグリッド先生の小屋に行った方がいいんじゃないですか? ……落ち込んでましたよ、ハグリッド先生。みんな飼育学をやめちゃったって。」

 

咲夜のおずおずという提案を受けて、六年生三人組は一気に暗い表情になってしまう。イモリ試験に向けて余計な教科を残せないのは分かるが、確かに一言伝えとくべきだろうな。

 

「……そうね、食べ終わったら行きましょうか。きちんと説明すればハグリッドも分かってくれるはずよ。」

 

「説明以前に、小屋に入れてくれればいいんだけどね。」

 

ハーマイオニーに答えたハリーの懸念に、三人は深くため息を吐く。……ま、多分大丈夫だろ。ハグリッドも頭では理解してるだろうし、許してくれるはずだ。むしろハグリッドに会いに行くにあたって注意すべきなのは、最近柵の近くを通る生徒に角で掬った泥をぶん投げるという遊びを覚えてしまったリッキーちゃんの方だと思うぞ。

 

いきなり食事の進みが遅くなった三人に苦笑しつつ、霧雨魔理沙は遠くにあるデニッシュを取るために手を伸ばすのだった。

 


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