Game of Vampire 作:のみみず@白月
「あの……これ。上手く出来ました。」
おずおずと天文学の課題らしき天体図を差し出してくる子猫ちゃんを前に、アンネリーゼ・バートリは苦笑いで小首を傾げていた。上手く出来たのは結構だが、何故それを私に渡してくるんだ。シニストラに見せればいいだろうに。
九月も終わりが見えてきた今日、夕食後の談話室でのんびり過ごしていた私の下に、リヴィングストン……アレシアが近寄ってきたのだ。この子は最近事あるごとに謎の『報告』を寄越してくるのだが、今回のそれは天体図らしい。
几帳面に纏められた九月の夜空を受け取って、アレシアに向かってぼんやりとした感想を放つ。何を言えっていうんだよ。私は天文学者じゃないんだぞ。
「あー……そうだね、綺麗に纏まってると思うよ。一年生にしては上出来なんじゃないかな。」
「……はい。」
ソファに身を埋める私の適当な評価を聞いたアレシアは、嬉しそうに頷くとそのまま隣に座り込んでしまう。膝を抱えた独特な座り方でだ。……うーん、またしても謎。口数が少ないというのも影響して、子猫ちゃんの行動は意味不明なことが多い。普通に座ればいいじゃないか。
無言で満足そうにしているアレシアを怪訝な思いで眺めていると、目の前のテーブルで数占いの宿題を片付けていたハーマイオニーが声をかけてきた。ちなみに他の四人も一緒だ。呪文学のレポートを仕上げているハリーとロンはまたかという苦笑で、ひらひら花と悪魔の罠の違いを纏めている魔理沙は疲れたように額を押さえ、悲哀薬の調合手順を調べている咲夜は苛々と膝を揺すっている。どうしたんだ? 悲嘆草のエキスを入れる手順が分からなくなったとか?
「綺麗に描けたから見せたかったのよね? アレシアは。」
おいおい、この子は十一歳の女の子だぞ。ネズミを捕ってきた毛玉に対するのと同じ態度で話しかけるハーマイオニーに呆れていると、当の子猫ちゃんは口を噤んだままでこっくり頷いた。ふむ、ハーマイオニーとは何とかコミュニケーションを取れるようになってきたな。最初の頃は全然ダメだったのだが、監督生どのの必死の頑張りが功を奏したようだ。
そしてアレシアの静かな返答を受け取ったハーマイオニーは、どうだとばかりにハリーとロンの方にしたり顔を向けている。警戒していた子猫ちゃんを懐かせることに成功して嬉しいのだろう。だったらいっそ引き取ってくれよ。私は苦手だぞ、こういう気弱なタイプは。
レミリアしかり、パチュリーしかり、美鈴しかり……というかまあ、紅魔館の連中は全員そうだが、多少図太いヤツの方が付き合っていて楽なのだ。ハリー、ハーマイオニー、ロンもどちらかといえばはっきりものを言うタイプだし、魔理沙なんかは言わずもがな。一年生の頃のアリスや咲夜にしたって気を遣いながらも要求はきちんと伝えてきた。
だがアレシアは……扱い難いな。慕ってくれるからには無下に突き放せないが、引っ付かれっぱなしってのは普通に邪魔くさい。ハーマイオニーは今だけ大目に見てあげなさいと言うものの、さすがにそろそろ『外の世界』に解き放ちたくなってきたぞ。
厄介な状況に内心でため息を吐きながら、アレシアに向かって質問を送る。現状確認をしてみようじゃないか。
「それでだ、アレシア。ホグワーツでの生活も一ヶ月が過ぎようとしているわけだが、授業の調子はどうなんだい? 友達は?」
何故こんな親みたいな質問をしなければいけないのかと呆れながら放った問いかけに、アレシアはいつものか細い声で答えてきた。
「友達はアンネリーゼ先輩だけです。授業もあんまり……上手くいってない、かもしれません。だけど、飛行訓練だけは褒められました。フーチ先生が点数を沢山くれたんです。」
「ふぅん? 飛行訓練ね。箒が得意なわけだ。」
ナチュラルに『友達』から省かれたハーマイオニーがショックを受けているのを横目に聞いてやれば、アレシアは珍しく自信ありげな表情で首肯してくる。
「得意、みたいです。」
「いいじゃないか。誰か話しかけてこなかったのかい? 私からすれば意味不明だが、箒の扱いが上手いヤツは大抵注目されるもんだしね。」
どこぞの生き残った男の子や、金髪魔女見習いがそのことを証明済みだ。首を傾げながらの私の疑問に、アレシアは途端に沈んだ顔になって返事を寄越してきた。
「声は……かけられましたけど、きちんと受け答えが出来ませんでした。その、緊張して。そしたらみんな、『怖がらせてごめんね』って離れて行っちゃったんです。」
「……なるほどね。」
まるで『気弱版パチュリー』みたいな逸話じゃないか。ただまあ、我が家の司書どのと違って一応友達を作りたいとは思っているわけだし、同じ寮の同級生から嫌われているわけでもないようだ。落ち込んだ表情で自分の膝に顔を埋めるアレシアを見て、どうしたもんかと腕を組んで考えていると……話を盗み聞いていたらしい魔理沙が薬草学の宿題を放り出して近付いてくる。嫌な予感がするタイミングだな。
「アレシアは飛ぶのが上手いのか? どんくらい? クィディッチに興味は?」
「キミね、まさかアレシアをビーターにスカウトするつもりかい? 絶対に無理だぞ。人には向き不向きってものがあるんだ。」
「最悪チェイサーでもいいさ。私かケイティ、もしくはジニーがビーターをやるから。……もう四の五の言ってられるような状況じゃないんだよ。人並み以上に飛べるなら誰だって大歓迎だ。」
「……いよいよ切羽詰まってきたわけだ。」
ジニーの名前が出たのにロンが黙っているのがそれを証明しているな。兄バカが主張を曲げるほどにチームの人材不足は深刻らしい。勢いよく詰め寄ってくる魔理沙に驚いて私の背中に身を隠したアレシアは、ひょこりと顔だけを出して返答を呟いた。もうこの時点で向いてないのは分かるだろうに。
「あの……無理です。怖いです。」
「そんなこと言わずに選抜試験だけでも参加してみろよ。もし一年生でレギュラーになれれば、みんな羨ましがって話しかけてくるぜ? それにほら、私もハリーもロンも選手だしさ。知ってるヤツが居れば怖くないだろ?」
「怖いと思うけどね。特にロンなんかはむしろマイナスじゃないのか?」
ハリーのことはそうでもないようだが、アレシアはロンを明らかに怖がっているのだ。どうやら歓迎会の一件が未だに尾を引いているらしい。肩を竦めながら突っ込みを入れて、言葉を発さなくなった子猫ちゃんの方に目をやってみれば……おお? 意外にも迷ってる感じだな。ギュッと掴んだ私の腕を見つめながら、葛藤しているような表情を浮かべている。
「おや、その気があるのかい? アレシア。」
「……箒で飛ぶのは気持ち良かったんです。でも、フーチ先生が一年生にクィディッチは早いって。」
「ハリーも私も一年の頃からやってるし、新しく入ったビーターは二年生だ。そんなことないと思うぜ。フーチのは……あれだ、一年生が調子に乗らないようにって警告みたいなもんだよ。単なる恒例行事さ。」
まあ、ギリギリ嘘ではないな。真実とも言い難いが。好機とばかりに説得を仕掛けてきた魔理沙に続いて、事態を静観していたハリー、ハーマイオニー、ロンも介入してきた。咲夜だけが押し黙ったまま宿題に没頭しているようだ。うむうむ、真面目なのは良いことだぞ。
「不安な気持ちは分かるけど、興味があるならチャレンジしてみたら? 僕たちも出来る限り協力するから。」
「そうね、私も良いことだと思うわ。アレシアは友達を作りたいんでしょう? 得意なことを切っ掛けにすれば色々と上手く進むんじゃないかしら?」
「そうだな、うん。僕もほら、歓迎会の時は変な冗談を言っちゃったけど、クィディッチは本当に楽しいからさ。試すだけ試してみたらどうかな?」
六年生三人が普段より優しさ五割増しくらいの声色で言うのに、アレシアは難しい顔で逡巡すると、私に目線でどうしたら良いかと問いかけてくる。やっぱり最後はこうなるわけか。
「他人に委ねるんじゃなく、キミ自身で決めたまえ。私からは何も言わないさ。」
あえて素っ気なく返してやれば、アレシアはちょっと泣きそうな表情で苦悩した後……やがて魔理沙の方に微かな頷きを放った。うーむ、私はこの子にクィディッチなんて無理だと思うけどな。せめてハーマイオニーの言う通り、何かの切っ掛けになることを祈ろうじゃないか。
「おっしゃ、決まりだ。箒は私かハリーかロンのどれかを貸すから、週末の選抜に向けて明日あたり四人で少し練習してみようぜ。」
「あの……はい。」
練習の面子を聞いて既に後悔しているような雰囲気のアレシアだったが、今更やめますとも言えないのだろう。諦めたように了承の返事を呟くと、無言で私の翼を弄り始める。擽ったいからやめてくれ。
しかしまあ、アレシアの学園生活もグリフィンドールのクィディッチチームも前途多難だな。中々騒がしいスタートを切った六年生の生活のことを思いつつ、アンネリーゼ・バートリは先程まで読んでいた雑誌に手を伸ばすのだった。
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「やっぱ上手いな。上手いけど……あれだとポジションが違うぜ。」
競技場の上空を猛スピードで飛び回るアレシアを見ながら、霧雨魔理沙は半笑いで眉尻を掻いていた。箒捌きに天性の才能はあるし、動体視力もいい。立体的な空間の把握も問題なければ、咄嗟の判断力も充分だ。……しかし、クィディッチプレーヤーに不可欠な要素である『度胸』が皆無ってのは問題だぞ。
第二回目のビーター選抜試験も後半に差し掛かり、とうとうアレシア・リヴィングストンの出番が来たのである。訓練場でやった練習の時もかなり驚いたが、広い競技場で見ると改めて実感するな。他の候補者とは別格の飛びっぷりだ。天はアレシアから積極性を奪い、対価として余りあるクィディッチの才能を与えたわけか。
箒捌きだけで言えば私が一年生の時より遥かに上手いし、ハリーによれば彼が一年生の頃よりも上らしい。とまあ、それだけだったら万々歳だったのだが……今のアレシアはブラッジャーを弾こうとするのではなく、泣きそうな表情で逃げ回っているのだ。
観客席からすばしっこい動きで棍棒片手にブラッジャーを避け続けるアレシアを眺めていると、隣に座っているケイティが困ったような声色で返事を返してきた。
「うん、上手いわ。物凄く上手い。……シーカーだったら、の話だけど。」
「だよなぁ。」
苦笑いで同意してから、腕を組んで考える。ブラッジャーを避ける動きといい、直線のトップスピードといい、アレシアの飛び方はシーカーだったら百点満点のそれだ。とはいえ、シーカーは試合を決する重要なポジション。ただでさえ新人を三人も抱える今、経験豊富なハリー以外にスニッチを任せるのはさすがに怖い。
チームとしての単純な総合力でいえばアレシアをシーカーに、ハリーをビーターに当てた方が安定するだろうが、クィディッチってのは机上の論理で上手くいくスポーツではないのだ。いきなりアレシアに大役を課すのは酷だし、メンタル面はプレーにも影響するだろう。
難しい表情で頭を悩ませる私に対して、同じような顔をしているケイティが口を開く。彼女もポジションについて考えているようだ。
「先ず、あの子のチーム入りは確定ね。性格がどうあれ、あれだけの才能を見逃す余裕は今の私たちには無いわ。……マリサがシーカーをやって、ハリーをビーターに、あの子がチェイサーってのはどう?」
「きっついぞ、それは。チェイサー二人が新人で試合を組み立てられるか? 百五十点差の前に私がスニッチを捕れるかのギャンブルになるぜ?」
「まあ、そうよね。……だけど、あの子にビーターは無理じゃない? シーカーのプレッシャーに耐えられそうな感じでもないし、そうなるとチェイサーに当てるしかないと思うわよ?」
「ジニーをビーターに当てて、アレシアをチェイサーにってのが一番丸いかもな。それなら何とかなりそうじゃないか?」
妥協案として最上なのはそれだろう。ケイティもそう思ったようで、私の提案に肩を竦めて頷いた後、ハラハラした表情で『逃走劇』を見守っているハリーとロンに試験終了の合図を放った。前回と同じく、今回も彼ら二人が参加形式で審査しているのだ。
「んー、そうするしかないかもね。ロンには悪いけど、ジニーが頷いてくれるなら任せるべきかな。……ハリー、ロン! ブラッジャーを捕まえちゃって! もう大丈夫だから!」
その声を受けた二人がホッとした顔で飛び回るブラッジャーを捕獲に行くが……おいおい、マジかよ。逃げ切れなくなったのか、はたまた手に持つ棍棒の使い道を唐突に思い出したのか。辿った思考の詳細は不明だが、アレシアがいきなり棍棒をブラッジャーに叩きつける。
急ターンの遠心力を利用した見事な一撃を食らったブラッジャーは、凄まじい速度でロンの方へと向かって……おお、あれは痛いぞ。我らがキーパーどのの胸に激突した。一応ロンも自衛用の棍棒を持っているのだが、球威がありすぎて防ぐ余裕さえなかったようだ。
「うわぁ……肋骨が折れたんじゃないか? あれ。」
「練習用とはいえ勢いが凄かったし、その可能性はあるわね。……無事だといいんだけど。」
私たちがヨロヨロと地面に下りていくロンに哀れみの目線を送っている間にも、ハリーがこれ以上の犠牲者を出さないためにと急いでブラッジャーを捕獲する。そしてロンを『退場』させた張本人たるアレシアはかなり気まずげな表情だ。意図してロンに打ち込んだのではないらしい。
しっかしまあ、見事な一撃だったな。箒のスピードを利用して打ち込むってのは中々出来ることじゃないはずだぞ。おまけに打つ瞬間は両手で棍棒を握ってたから……脚だけで急ターンをコントロールしたってことか?
ケイティにも同様の疑問が生じたのだろう。地面に下りてブラッジャーを押さえ付けているハリーを見ながら、私に対して問いを寄越してきた。
「マリサ、あの子がブラッジャーを打つ瞬間を見てた? 両手でこう……こんな感じで棍棒を箒の柄に押し付けて、固定した状態で打ってたわよ。」
「ああ、見てた。まるで箒で打ったみたいだったな。普通ならあんな状態じゃ当てられないし、打った後に体勢を崩すと思うんだが。」
「バランス感覚が異様に良いみたいね。……ねえねえ、やっぱりあの子はビーターとして育ててみない? 試合であれが出来たら物凄い武器になるわよ?」
「そりゃあそうだが、性格がなぁ。」
最大の問題点を指摘してやると、ケイティはビシリと私を指差しながら反論を述べてくる。瞳にウッドが、そしてアンジェリーナが持っていた狂気が宿っているぞ。
「だけど、よく考えたらチェイサーでも同じことよ。相手がタックルしてくる時だってあるし、ブラッジャーも普通に襲ってくるんだから。それなら最初からビーターとして育てた方が後々のためでしょ?」
「いやいや、ビーターはブラッジャーに向かっていかなきゃだが、チェイサーは避けるだけだ。全然違うぞ。」
「同じよ、同じ。……試合中に一撃でいいの。さっきやったあれを敵の誰かにヒットさせることが出来れば、実質七対六に持ち込めるわ。飛びっぷりそのものは何の問題ないんだから、あの子にはそれだけ叩き込めばいいのよ。そしたら、そしたら……今年も優勝杯を取れるかも!」
うーむ、怖い。そう言うケイティは『欲望』という題が相応しい表情になってしまった。優勝の目が出てきたことで、取り憑いている悪霊まで表に出てきてしまったらしい。後で塩を振り掛けとこう。こっちの悪霊に効果があるのかは知らんが。
でもまあ、確かに今のは凄かったな。相手の選手を一人『機能不全』に陥らせるという作戦はグリフィンドールらしくないと思うが、現在のバランスを崩すくらいならアレシアをビーターに入れちゃうのもアリかもしれない。正直言ってあのビビりっぷりだとチェイサーとしても微妙な気がしてきたし。
兎にも角にも、これで試合が出来る最低限の人数は揃ったのだ。アレシアをどのポジションに入れるにせよ、そこが空白になっているよりはマシだろう。こういう悩みを持てるようになったことを喜ぼうじゃないか。
恐る恐るという様子でフーチに応急処置されているロンに近付いていくアレシアを眺めつつ、霧雨魔理沙は楽観主義でいこうと心に決めるのだった。