Game of Vampire   作:のみみず@白月

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ゲームの終わり

 

 

「失望したか? 吸血鬼。」

 

イギリス魔法省内の一室で、手枷と鎖に繋がれたゲラートを見ながら、アンネリーゼ・バートリは薄く微笑んでいた。

 

いきなり現れたわけだが、残念ながら驚いてはくれないらしい。多少気落ちしつつも部屋の隅にあった椅子をゲラートの前に置いて、そこに腰掛けながら口を開く。

 

「自分でも驚いているんだがね、失望はしていないんだ。」

 

これは事実だ。悔しい気持ちはあれど、この男を責める気にはなれない。

 

「意外だな。てっきり、いつものような口煩い説教が飛んでくるのかと思ったが。」

 

「キミが全力で闘ったのが分かっているからかもしれないね。そうでなければ、破れぬ誓いに反したせいで死んでいるはずだ。もしくは……同情? 長い付き合いで情が移ったのかな? 自分でもよく分からないんだ。」

 

私がそう言うと、ゲラートは苦笑した。本当に丸くなったものだ。……お互いに。

 

「俺は負けた。そしてこの上足掻くつもりはない。これまでの負債を回収しに来たのなら、急いだ方がいいぞ。魔法省の連中が俺を骨までしゃぶり尽くす前にな。」

 

「まあ、私もキミの望みを叶えてやれなかったわけだしね。負債を回収するつもりはないさ。ただ……私のことを喋られると困るんだ。」

 

私の言葉を聞いたゲラートは、静かに笑いながら目を瞑る。

 

「ならば殺せ。俺の意思に関係なく、俺の口を開く手段は少なくない。それが一番確実だ。」

 

「早合点しないでくれよ、ゲラート。私を誰だと思ってるんだい? もっと簡単な対処法があるのさ。」

 

懐から一錠の薬を取り出して、ゲラートの口元まで運ぶ。パチュリー謹製の……そうだな、閉心薬とでも呼ぶか。ある特定の事柄について、他人には決して伝えられなくするという代物だ。

 

「私のことについて強く考えながら、この薬を飲み込んでくれ。」

 

「……副作用はないんだろうな?」

 

「残念なことに至極安全な薬だよ。ひと思いに死ねなくって残念だったね。」

 

ニヤニヤ笑いながら口元に押しつけると、嫌そうにしながらもゲラートがそれを飲み込んだ。

 

「俺を唆したのは凶悪な吸血鬼だ。……喋れるようだが?」

 

「その当事者には話せるのさ。しかし、凶悪な吸血鬼ね。……そんな風に思ってたなんて悲しいよ。」

 

「ふん、自覚がないというのは恐ろしいな。」

 

今度は私が苦笑しながら、ゲラートの目を見つめてゆっくりと問う。

 

「それで、本当にいいんだね? キミが一言頼むなら、私はキミを自由にできるんだよ?」

 

「不要だ。無様に落ち延びるつもりはない。全てを決する、あれはそういう決闘だったんだ。」

 

「まあ、その通りかもしれないね。しかし……そうか、それならここでお別れか。結構長い付き合いだった気がするよ。」

 

細めた私の目に、ゲラートが同じような表情をしているのが映る。長い時間を生きる私にとっても、本当に長いゲームだった。

 

「そうだな……お前に初めて会った時はまだ世を知らぬガキだった。今や俺は世紀の大犯罪者だ。」

 

「んふふ、結構楽しかったよ。見ていて危なっかしくもあったけどね。」

 

戯けるように笑いながらそう言うと、ゲラートもほんの少しだけ笑ってくれる。ダンブルドアとの決闘の前では考えられなかったような表情だ。

 

「さて……それじゃあ、お別れだ。長々とした別れなんて、私たちには似合わないだろう?」

 

「ふん、その通りだ。では、次に会う時は地獄かもしれんな。」

 

「残念だが、私はキミよりもっと深い場所に落ちるだろうさ。」

 

言い放ってから部屋のドアに向かってゆっくりと歩き出す。ドアを開けて外に一歩だけ踏み出したところで、背後のゲラートから声をかけられた。

 

「さらばだ、アンネリーゼ・バートリ。」

 

こいつ、私の名前をちゃんと覚えていたのか。顔に苦笑を浮かべながら、ドアが閉まる直前にゲラートへと向き直る。その瞳をみつめて、微笑みながら声を放った。

 

「さようなら、ゲラート・グリンデルバルド。」

 

パタリと閉じたドアを少しだけ見つめた後、ゆっくりと杖を取り出す。自分の心にほんの少しだけの惜別の感情を認めながら、ムーンホールドへと姿あらわしをするのだった。

 

 

 

ムーンホールドのエントランスに到着し、自分の部屋へと歩き出そうとすると、その前に声をかけられてしまう。

 

「アンネリーゼお嬢様、少々お時間をいただけないでしょうか?」

 

「ロワー、どうした?」

 

振り返ると、ゲラートとの連絡役の任を解かれて屋敷に復帰したばかりのロワーだった。いつも以上にパリッとしたような執事服を身に纏い、礼儀正しく一礼してから話し出す。

 

「はい、実はお嬢様にお願いしたいことがございまして。」

 

「お願い? キミがかい? 珍しいこともあるもんだね。言ってみるといい。」

 

お願い、だなんて初めて聞いたかもしれない。驚きながらも続きを促すと、ロワーはゆっくりと丁寧に話し始めた。

 

「お暇を頂きたいのです。私は……もう老いました。大きな仕事も一段落つきましたので、このままお仕えして無様を晒すよりも、優秀なしもべとしてここを去りたいと思っております。」

 

「それは……そうか、残る気はないんだね?」

 

一瞬引き留めようとする考えが頭をよぎるが、しもべ妖精にそれをするのはむしろ酷だろう。これまでの忠勤に報いるためにも、ここは了承すべきだ。

 

「はい、お許しをいただけるのであれば、引き継ぎを終わらせた後に出て行こうと思っております。」

 

「……キミの気持ちは分かったよ。これまでよく働いてくれたんだ、最後くらいは好きにするといい。」

 

「ありがとうございます、アンネリーゼお嬢様。お嬢様にお仕えできて、ロワーめは幸運でございました。」

 

ペコリと一礼するロワーに対して、できる限りの感情を込めて言葉を放つ。

 

「ロワー、キミの仕事で不足を感じたことは一度もない。歴代のバートリ家の使用人の中でも、キミほど優秀なヤツは他にいないだろう。そのことを誇りに思いたまえ。」

 

「身に余る光栄でございます。」

 

床に頭がつくほどのお辞儀をしてから、ロワーが去っていく。どうやら、今日は別れが多い日のようだ。

 

エントランスの窓から夏の夕焼け空を見上げつつ、アンネリーゼ・バートリは静かに瞑目するのだった。

 

 

─────

 

 

「何故ですか! 僕の成績には問題はないはずです!」

 

ホグワーツの廊下を歩くパチュリー・ノーレッジは、自身の目的地であるダンブルドアの私室から響く怒声に眉をしかめていた。

 

今や大人気のダンブルドアに、怒声を浴びせかけるような根性のあるヤツがいるとは思わなかった。ちょっと面白そうだ。そろりとドアに近づいて、耳を澄ませてみる。

 

「リドル、これはディペット校長も同意してくれたことだ。残念ながら君は防衛術の教師にはなれない。」

 

「ヴェイユは教師に採用されたと聞きました。僕の成績は彼女より上のはずです!」

 

「成績の問題ではないのだ。君がイモリ試験で驚くほどの好成績を残したことはよく知っている。しかしこれは……適性の問題なのだよ。」

 

どうやら怒鳴っているのはリドルらしい。道理で聞き覚えのある声だと思った。しかし……教師か。アリスの話を聞く限り、確かに向いてはなさそうだ。

 

「ハグリッドのことですか?」

 

「それもある。しかし、それだけではない。」

 

「他にも理由があるとでも?」

 

一瞬の沈黙の後、ダンブルドアがゆっくりと話し始める。

 

「リドル、ホグワーツの……いや、あらゆる学校で、教師となるのに必要な資質が何か分かるかね?」

 

「教えるのに相応しい知識と、そして生徒が納得するような実績でしょう?」

 

「それは最も大事な資質ではないな。……愛だよ、リドル。生徒を愛する心こそが、教師として欠けてはならないものなんだ。」

 

「……またそれですか、貴方お得意の言葉ですね。魔法使いが持つべきものは愛! 最も強い力は愛! そして教師に必要なのも愛! 聞き飽きましたよ、その言葉は!」

 

リドルの怒りが大爆発しているようだ。だが、ダンブルドアの言葉は真実の側面を突いている。時に愛が凄まじい力を持つことを、私は本を通じて知っているのだ。

 

ダンブルドアはきっと人間を通してそれを知ったのだろう。しかし、リドルはまだ若すぎる。それを理解するのは難しいはずだ。

 

「テッサは自らが他者を愛する力を持っていることを、五年生の時に証明したのだ。君と校長の前に立ち塞がってまで友を守ろうとした。その行いのなんと勇敢なことか。」

 

「そして退学に追い込んだ僕は間違っていたと、そう言いたいわけですか?」

 

「君はあの行いが正しいことだったと、そう本気で信じているのかね?」

 

「信じていますよ、今でもね。……どうやら、話は平行線のようだ。僕は失礼させていただきます。これ以上は無駄な時間になるだけでしょう。」

 

こちらに近づいてくる足音に、ドアから少しだけ離れる。別に聞いていたこと自体を隠す必要はないだろう。なんたってその方が面白そうだ。

 

怒った顔でドアを開いて出てきたリドルが、私を見つけて驚愕の顔に変わる。

 

「っ、これは、ノーレッジさん。お久し振りです。」

 

「ええ、久し振りね、リドル。それと、残念だったわね。」

 

「聞いていたんですか?」

 

リドルはこちらを責めるような顔だが、知ったことではないのだ。外まで聞こえるような大声で話しているのが悪い。四十年前ならともかく、今の私はそんな顔では揺らがないぞ。

 

「まあね。それじゃあ、失礼するわ。ダンブルドアに用があって来たの。」

 

なおも責める顔を崩さないリドルを放って、ダンブルドアの部屋へと入る。部屋の主人はこちらを見ると、疲れたように苦笑した。

 

「今度は君か? ノーレッジ。少し疲れているんだ、手加減してくれよ?」

 

「失礼なヤツね。今日はいい話を持ってきたのよ。」

 

疑わしいと言わんばかりのダンブルドアを無視して、持ってきたカバンから小さな石を取り出す。

 

すると、ダンブルドアの顔が驚きに染まった。当然ながら、ただの石ころだと思って驚いたわけではないだろう。これの貴重さを理解できているのだ。

 

「レミリア・スカーレットから、戦勝祝いの贈り物よ。火消しの石。貴方なら貴重さが理解できるでしょう?」

 

「これは……確かに貴重だ。初めて目にしたよ。」

 

「時に使用者を闇に隠し、時に使用者を導く灯火となる。正直、貴方には似合わないと思うんだけどね。レミィによると必要とする時が来るらしいわよ。」

 

「例の、運命というやつかい? ふむ……それなら、ありがたく貰っておくとしよう。」

 

ダンブルドアはレミィの運命をあまり疑ってはいないようだ。勿論、無条件に信じるわけでもないだろうが。

 

「まあ、私からもお祝いを言っておくわ。決闘の勝利おめでとう。」

 

「ありがとう、ノーレッジ。どうにか生き延びることが出来たよ。」

 

面映げに笑うダンブルドアに、昔の面影が重なる。しわくちゃになったが、その本質は変わっていないらしい。

 

紅茶を出そうとするダンブルドアを止めて、一つだけ質問をする。元々長居するつもりは無かったのだが、彼の顔を見ていたら気になっていたことを思い出したのだ。

 

「ねえ、貴方はレミィのことをどこまで信じているの?」

 

この男はその辺にいる馬鹿な魔法使いたちとは違う。レミィの行動に違和感を感じていてもおかしくはないはずだ。

 

「スカーレット女史が吸血鬼だということかな? それとも、自分でゲラートを倒さなかった理由の方かね?」

 

まあ、そこまでは気付いているわけか。しかし、それなら尚更不可解だ。

 

「他にも違和感はあったはずよ。それなのに、貴方はレミィに一定の信頼を置いている。違うかしら?」

 

グリンデルバルドが捕まった後の対応にしたって、ダンブルドアはレミィと連携を取っていた。ヨーロッパで大きな混乱なく残党の処理が進んでいるのもそのせいだ。

 

私の問いに、ダンブルドアは何かを思い出すようにしながら答えを口にする。

 

「理由は二つある。彼女には大きな借りがあるんだ、それに感謝しているというのが一つ目。そしてもう一つは……。」

 

「もう一つは?」

 

「カン、だよ。魔法使いとしてのカンさ。」

 

呆れた。悪戯が成功したように笑うダンブルドアに、思いっきり鼻を鳴らしてやる。

 

本気にせよ冗談にせよ、もう聞く気が失せてしまったのは確かだ。久々にこの男にやり込められてしまったらしい。

 

「全く、いつまで経ってもガキのままね。……分かったわ、今回は私の負けよ。」

 

「君から一本取れるとは、私もまだまだ捨てたもんじゃないようだね。」

 

苦笑しながらドアへと向かう。用事は済んだのだ、愛する図書館に帰ろう。そう思ってドアを開けたところで、後ろから声がかかった。

 

「またいつでも来てくれ、ノーレッジ。同世代の友人は減っていくばかりなんだ。」

 

「それまでに貴方がおっ死んでなかったらね。」

 

肩越しに言い放ってドアから出る。言ったはいいが、あの男はしばらく死にそうにないな。

 

懐かしいホグワーツの廊下を歩いていると、昔苦しめられた仕掛け扉が目に入る。……どうせなら、この校舎にちょっとした悪戯をしてから帰ろうか? きっとこの城の意味不明な仕掛けは、そうやって増えてきたのだろう。

 

これから行う悪戯の内容を考えながら、パチュリー・ノーレッジは足取り軽く歩き出すのだった。

 


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