Game of Vampire   作:のみみず@白月

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サンデー・ランチ

 

 

「局長のガウェインは当然として、よく要人警護なんかをしてるシャックルボルトも決まりでしょ? だからあと二枠なんだよね。……あーあ、何かいい手がないかなぁ。行きたいよ、私も。」

 

ロンドンのウェストミンスターにある一軒のパブの中。テーブルに突っ伏して足をバタバタさせるトンクスの声を聞きながら、アリス・マーガトロイドはサラダのドレッシングをどれにしようか迷っていた。シーザーか、イタリアンか、フレンチか。これは難しい選択だぞ。

 

九月最後の日曜日、レミリアさんが忘れていった書類を魔法省に届けた帰りにトンクスと昼食を取ることになったのだ。ご飯の美味しいパブを見つけたと言われて付いて来たわけだが……うーむ、繁盛してるな。マグル界で話題になってる店なのかもしれない。

 

昔のマグル界では昼食なんてサンドイッチと水でさっと済ませていたものだが、最近はきちんと食べるようになってきた気がする。食の多様化の所為か? それとも栄養学の進歩? 改めて見てみると結構興味深い変化だな。紅魔館に帰ったらパチュリーに議論を吹っ掛けてみよう。

 

ちなみに魔法界では三食がっつり食べることが多い。理由は言わずもがな、ホグワーツでの経験によるものだ。良く食べ、良く学び、良く育つ。十八世紀の中頃に校長を務めたディリス・ダーウェントが定めた校訓で、その頃から三食しっかり摂ることが伝統になったらしい。

 

うむうむ、偉大な校長だな。イギリス魔法界の平均寿命が他国よりちょびっとだけ長いのも、ひょっとしたらその辺が影響しているのかもしれないぞ。結局シーザードレッシングに決めたサラダを頬張りながら思考を回していると、突っ伏したままのトンクスが話を続けてきた。

 

「プラウドフットなんかこれ見よがしに日本語の本をデスクに置いちゃってさ。あいつ、簡単な挨拶しか話せないんだよ? 『コニチハ』とか、『シツレイマシタ』くらい。そんなんで随行員が務まるわけないっての。」

 

「聞いてる分には簡単な挨拶すら間違えてるみたいだけどね。……貴女はどうなのよ。喋れるの? 日本語。」

 

「……喋れないけど、身振りでどうにかするもん。それにほら、顔を変えればそれっぽくなるでしょ?」

 

言いながらくしゃみを我慢するような表情になったかと思えば、トンクスの顔が途端にアジア系のそれへと変化する。相変わらず七変化ってのは便利だな。とはいえ、英語しか喋れないのではさしたる意味を持たないだろう。

 

つまるところ、トンクスはカンファレンスの随行員になりたくて堪らないらしいのだ。マホウトコロが提示したカンファレンス参加者の随行員の最大人数は、一人につき通訳を含まず二名ずつ。イギリス魔法省からの参加者はアメリアとスクリムジョールなので、護衛に付く闇祓いは最大四名。……まあ、普通に考えたら新人のトンクスは選ばれないだろう。

 

私の知る中では他にもダンブルドア先生やチェスター・フォーリー、あとは勿論レミリアさんなんかもイギリスからの参加者なわけだが、この辺は闇祓い局に護衛を要請しなかったらしい。レミリアさんは私とリーゼ様を連れて行く予定なので当然として、ダンブルドア先生は誰を随行員にするつもりなんだろうか?

 

もしかしたら一人で行くのかもしれないな。実力的に護衛なんか必要ないだろうし、ダンブルドア先生が語学に堪能なのは有名な話だ。マーミッシュ語を話せるのだから日本語だって話せるだろう。となれば通訳も不要なはず。

 

あんまり関係ないことを考え始めた私へと、一瞬でいつもの顔に戻ったトンクスが提案を寄越してきた。

 

「ねー、アリスさんからガウェインに言ってやってよ。『随行員に悩んでるなら期待の新人にしなさい』ってさ。アリスさんの言うことなら簡単に聞くはずだしね。」

 

「いつから『期待の新人』になったのよ。そもそも遊びに行くんじゃないんだから、付いて行っても大して面白くないでしょ。」

 

「それがね、ガウェインによれば観光する時間もちょこっとだけあるらしいんだよ。マホウトコロじゃなくってトーキョーのホテルに泊まるんだって。そこの警護は交代制になるから、空き時間で近くには出られそうなの。随行員の数を制限した分、頼めば日本の闇祓いも警護に付いてくれるみたいだしね。」

 

「あら、そうなの? ……ちなみに貴女、東京がどんな街なのか分かってる?」

 

イタリアンドレッシングを選んだトンクスに聞いてみれば、彼女はサラダを頬張りながら曖昧な返答を返してくる。

 

「よくは知らないけど、日本の首都なんでしょ? だったら買い物する店も沢山あるはずじゃん。」

 

「それこそロンドンでいいじゃないの。マグル界では流通も進化してるんだから、品揃え的には大して変わらないでしょう?」

 

「そりゃあそうだけどさ、そういうことじゃなくって……旅行先でショッピングがしたいの。分かるでしょ? この気持ち。」

 

まあ、その気持ちは理解できるぞ。明確に買いたい物があるわけではなく、ショッピングがてら異国の街をぶらぶらしたいのだろう。非日常というのは楽しいもんだ。トンクスの主張に苦笑しながら頷いたところで、ウェイターが注文した料理をテーブルに運んできた。

 

「ほらね、美味しそうでしょ?」

 

「値段にしては量も多いわね。」

 

私が頼んだのはサンデーローストのセットで、トンクスのはインドカレーだ。メインとなるロースト肉はかなりの分厚さだし、大きめのヨークシャー・プディングが四つも付いてるぞ。食べ切れるかな。

 

前菜にサラダを頼むべきではなかったと後悔する私を他所に、トンクスは早速とばかりにナンを千切ってカレーを食べ始める。

 

「しっかしさ、アリスさん的にはどうなの? グリンデルバルドが国際魔法使い連盟のカンファレンスに出席するってのは。アリスさんってちょうどヨーロッパ大戦を経験した世代でしょ?」

 

「そりゃあ世代としてはそうだけどね。当時のイギリス魔法界はそれなりに平和だったから、むしろマグルの大戦の方が印象に残ってるくらいよ。……だからまあ、そんなに気にはならないけど。」

 

「ふーん、そんなもんなんだ。じゃあさじゃあさ、マグルの危険性に関しての主張にも賛成? ……かっらいなぁ、これ。」

 

カレーの辛さに顔を顰めるトンクスへと、肩を竦めて返事を放る。甘いのもあるって頼む時言われたのに、わざわざ辛いのにチャレンジするからそうなるんだぞ。

 

「賛成というか、筋は通ってると思うわ。上手く付き合うためには相手を理解しないといけないでしょう? 魔法族のためにも、マグルのためにも、そろそろこの問題に向き合うべきなのよ。」

 

「んー、パパもそう言ってた。『魔法界には鎖国を解くべき時が訪れたんだよ』って。パパに言わせてみれば、スカーレットさんがグリンデルバルドに賛成したのも時勢的に仕方ないことなんだってさ。」

 

「レミリアさんによれば、大陸の方でもマグル生まれには徐々に問題が浸透してるらしいわ。……貴女はどう思うの?」

 

ローストビーフを切り分けながら問いかけてみると、トンクスはナンを片手に難しい表情で答えてきた。

 

「正直分かんないけど、スカーレットさんが言うならそうなのかなって思うよ。よくよく考えてみればさ、スカーレットさんの言う通りにすれば大抵の問題は解決してきたわけじゃない? ヨーロッパ大戦の時もそうだし、第一次魔法戦争の時もそうじゃん。……それに、今回の戦争だってそうだよ。前回と違ってスカーレットさんと魔法省が協力したから、例のあの人相手にたった一年で勝てたわけでしょ?」

 

「そう言われればそうなんだけどね。きちんと自分の頭で考えないとダメよ? レミリアさんが魔法族に求めているのは無条件の賛成じゃなくて、自分で決断して問題に対処することなんだから。」

 

「それ、ママにも同じこと言われたよ。……だけどさ、そろそろ魔法界も学ぶべきなんじゃないかな。グリンデルバルドが脅威になるって言われて、誰も真に受けなかったからヨーロッパ大戦が起きた。例のあの人が脅威になるって言われて、当時の魔法省が本気にならなかったから魔法戦争が大規模になった。……だったら今回こそは最初から真面目に考えるべきなんだよ。何でこんな簡単なことが分かんないのかなぁ、反対派の人たちは。」

 

うーん、いつの間にやらトンクスも立派な『スカーレット派』になってしまったようだ。……しかしまあ、内情を知っている私からすれば奇妙な状況だな。イギリスの魔法戦争はともかくとして、ヨーロッパ大戦はほぼほぼマッチポンプだぞ。

 

それを骨の髄まで利用し続けるレミリアさんの強かさを褒めるべきか、魔法族がある意味で騙されていることを嘆くべきか。私の立場ではどうにも決めかねるところだが……知ってて黙ってるんだから私も同罪だな。所詮私も吸血鬼に育てられた魔女ってことだ。

 

壮大すぎるペテンを思って苦笑いを浮かべる私に、トンクスは水差しからコップへと水を注ぎながら話題を締めてくる。

 

「何にせよ、来月のカンファレンスで色々決まるっしょ。……参加者も大物ばっかりだし、絶対魔法史の教科書とかに載るよね。だったらやっぱり行きたいなぁ。写真とかに写り込んでさ、それが教科書に載ったら子供に自慢できるじゃん。」

 

「闇祓いとして魔法戦争に参加したって時点で充分自慢できるでしょ。このイギリスを守るために戦ったってことなんだから。あとは良い相手を見つけて、子供を授かれば目標達成よ。」

 

クスクス笑いながら言ってやると、トンクスは……おや? 何故か急に頰を赤らめたかと思えば、カレーの載ったプレートを横に除けて真剣な表情で言葉を放ってきた。

 

「あのね、あのね……えっと、そう遠くない話になるのかも。」

 

「ん? どういう意味?」

 

ルーピンのことだったらもうバレバレだぞ。ようやく付き合ってることを明言する気になったわけか。微笑みながら優しく聞いてみると、トンクスは気まずげな半笑いで予想の数段上の報告を寄越してくる。

 

「つまりさ、その……できちゃったんだよね。本当はそのことを相談しようと思ってご飯に誘ったの。」

 

「『できちゃった』? ……へ? 子供がってこと?」

 

いやいや……ええ? フォークを落としながら呆然と問いかける私に、トンクスは恥ずかしそうな顔で首肯してきた。

 

「ん、そういうこと。相手はもちろんリーマスね。付き合ってるのには気付いてたでしょ? ……でも、ママとパパにはまだ言ってないんだ。リーマスが不安がってて。」

 

「ちょ、ちょっと待ってね。一旦落ち着かせて頂戴。」

 

もう食事どころじゃないぞ。食べかけのサンデーローストを横に追いやって、急に伝えられた重大報告へと意識を回す。混乱する思考をどうにか纏めようとしている私へと、トンクスは更なる追撃を飛ばしてきた。

 

「リーマスがね、この子が狼人間になるのを心配してるんだ。自分の苦悩を背負わせるのが怖いって言ってた。……だから、思い切ってアリスさんに相談してみようと思ってさ。その、どうなの? この子が狼人間になる可能性ってどのくらい? 魔法省の書庫で調べようとはしたんだけど、書いてある数値がバラバラで全然わかんないの。ほぼゼロって書いてるのもあれば、八割以上っていうのもあったし。それを読んでたら怖くなってきちゃって。」

 

「……明確に知りたいならパチュリーに聞いてみるべきだけど、私の知る限りでは相当低いはずよ。ルーピンは生まれながらの狼人間じゃないし、貴女はそもそも狼人間ですらないわけでしょ? 微々たる確率なんじゃないかしら。……少なくとも、八割ってのが絶対に有り得ないことは断言できるわ。どうせ反人狼主義者が捏造した根も葉もない研究結果よ。そんなのは頭から消しちゃいなさい。」

 

『感染』した狼人間が狼人間を産んだ前例が無いわけではないが、確かそれは両親共に狼人間のケースだったはずだ。おまけに私が知っているのは十三世紀末という古い情報だから、真実ではない可能性すらあるだろう。専門分野ではない遺伝の知識を総動員して考えていると、私の答えを受けたトンクスが俯きながら口を開く。

 

「私はね、生まれてくる子が狼人間だって構わないんだ。今は脱狼薬もあるし、偏見も収まってきてるでしょ? きちんと愛して育てれば、リーマスみたいな立派な魔法使いになってくれるはずだもん。……そうだよね?」

 

「当たり前でしょう? 貴女の夫が……というか、夫になるべき人がそれを証明してるじゃないの。」

 

「うん、だからリーマスにもそう言ったんだけどさ、かなり悩んでるみたい。えっとね、その……『不幸な人生を歩ませるくらいなら、産まない方がいいのかもしれない』って言ってた。本心じゃないとは思うの。いつもはそんなこと言う人じゃないし、すぐ後に青い顔で謝ってきたから。……それでも、その言葉が耳から離れなくて。」

 

暗い声色のトンクスの台詞を聞いて、思わず額を押さえてため息を漏らす。……これは、難しい問題だな。私としてはそんなことないと声を大にして言ってやりたいが、外野が軽々に口を挟んでいいレベルの話じゃない。

 

ごちゃごちゃした内心を表情に出さないように気を付けつつ、テーブルを爪でカリカリし始めたトンクスへと質問を放った。

 

「大前提として、貴女は産みたいのよね?」

 

「もちろんだよ。折角私のところに来てくれたんだもん。もし最終的にリーマスがダメって言っても……産むと思う。」

 

「それなら先ず、テッドとアンドロメダに全てを打ち明けなさい。貴女のことを一番真剣に考えてくれるのは両親よ。二人も色々なことを乗り越えて結婚したんだし、何より実の娘のためだもの。世界の誰より親身になって考えてくれるわ。……ルーピンと結婚する気ではあるんでしょう?」

 

「する……んじゃないかな。リーマスはそれも悩んでるみたいだけど。狼人間だからって。」

 

ええい、うじうじと悩むんじゃない、ルーピン! やることやったなら責任を取ったらどうなんだ! この段階で迷うのは褒められたことじゃないぞ! どこまでも優柔不断な優男に怒りの思念を送りつつ、脳をフル回転させて慎重に選んだ言葉を口にした。

 

「パチュリーにこのことを話してもいい? 遺伝に詳しい彼女なら私よりも正確な数値を出せるはずよ。そしたら本当に小さな可能性だってことが分かるから。……それと、もし良ければフランにも。」

 

「ノーレッジさんにはこっちからお願いしたいくらいだけど……フランドールさんにも? どうして?」

 

「あの子にルーピンのことを叱ってもらうべきよ。ブラックだと『男の友情』がどうたらこうたらで手加減する可能性が高いわ。フランなら手加減なしでボコボコにしてくれるはずだから。」

 

「あー……ボコボコはちょっとマズいけど、アリスさんがそう言うなら話してもらった方がいいのかも。リーマスも一人で悩むよりは相談相手が居た方がマシになるだろうし。」

 

よし、決まりだ。今のフランならこういう問題もきちんと扱えるだろう。うじうじ悩むルーピンの迷いを払ってもらおうじゃないか。……その過程で骨が数本折れちゃうかもしれないが、そんなことは知ったこっちゃあるまい。

 

多少は脚色してやろうと心に決める私へと、トンクスはちょっとだけ明るさを取り戻しながら話しかけてくる。

 

「でも、アリスさんに相談して良かったよ。最近はリーマスとの仲もギクシャクしちゃってたし、気が付くと悩んじゃって仕事にならなかったんだ。随行員になろうとしてたのも、単にイギリスから離れたいだけだったのかもね。そんなことしても解決したりしないのに。」

 

「もっと他人を頼りなさい、トンクス。両親も、私も、ロバーズや闇祓い局のみんなも。こういう時は頼って欲しいって思ってるんだからね?」

 

「……ん、そうする。」

 

しみじみと言ったトンクスの返答に大きく頷いてから、サンデーローストの皿を手繰り寄せた。久々に頭を使った所為で疲れちゃったぞ。栄養を補給せねば。気軽に訪れた昼食の席で、まさかこんな大問題が出てくるとは……人生ってのはこれだから油断できないんだ。

 

冷めてしまったローストビーフを口に運びつつ、アリス・マーガトロイドはフランへの『報告』を頭に纏め始めるのだった。

 


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