Game of Vampire   作:のみみず@白月

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とある人形使いの詭弁

 

 

「お帰りなさいませ、アンネリーゼお嬢様。」

 

ふにゃりとした笑みで放ってきたエマの挨拶に頷きながら、アンネリーゼ・バートリは暖炉の中から紅魔館のエントランスへと足を踏み入れていた。いやはや、長距離の煙突飛行には未だに慣れんな。横着せずにホグワーツの敷地外まで出てから姿あらわしすれば良かったぞ。

 

十月の初旬に入り、いよいよカンファレンスのために極東へと移動する日がやってきたのだ。列車、船、ポートキーの連続使用、あるいはマグルの飛行機。選択し得る移動手段は多々あったのだが……列車だと香港旅行と同じようなルートになってしまうし、船旅など論外ということで、私たちは一番楽であろうパチュリーの転移魔法で移動することになっている。

 

慣れた動作で服に付いた煤を払ってくれるエマに身を任せつつ、階段の手すりを滑り台にして遊んでいる妖精メイドたちを見ながら問いを送った。紅魔館は今日も平和なようだ。

 

「レミィとアリスの準備は終わってるかい?」

 

「荷造りは終わってるみたいです。今は二人ともリビングに居ますよ。」

 

「パチェは?」

 

「えーっと、そっちはまだ図書館で転移魔法の準備中ですね。そろそろ終わるとは思いますけど。」

 

私の荷物は準備済みだし、パチュリーが転移の用意を整えたら出発だな。エマの状況説明を聞きながらカーテンを閉め切った廊下を進んで、たどり着いたリビングのドアを開けてみれば……何をしているんだ? 明らかに苛ついている雰囲気のフランと、顔に苦笑を浮かべたアリスが部屋の隅っこで話している。レミリアはソファからそのやり取りをチラチラ見ているようだ。

 

「やあ、戻ったよ。……キミ、またフランに変なことをしたのかい?」

 

「違うわよ! なんかルーピンがどうのこうのって話みたいなんだけど、私には内緒とか言って交ぜてくれないの。あんたは何か知ってる?」

 

「残念ながら、知らないよ。……まあ、内緒って言うなら聞くべきじゃないんだろうさ。確かに気にはなるけどね。」

 

部屋に入ってきた私にも気付かぬ様子で小声の議論を続ける二人を横目に、レミリアの対面のソファに座り込みつつ言ってやると、姉バカ吸血鬼どのは尚も金髪二人組の方を気にしながら口を開いた。

 

「フランは大丈夫かしら? 私が日本に行ってる間に騒ぎを起こしたりしないわよね?」

 

「六月だって立派に当主代行を務め上げたんだから、数日くらいなら平気だよ。パチェや美鈴も居るしね。」

 

「だから心配してるんじゃないの。私も貴女もアリスも、ついでに言えば咲夜も居ないのよ? 館に残るのは『不安要素』ばっかりじゃない。」

 

「……そう言われるとそうかもね。」

 

おまけに小悪魔と妖精メイドだもんな。エマも流されやすいタイプだし、行くのがちょっと怖くなってきたぞ。目を逸らしながら曖昧な同意を返した私へと、レミリアは一つため息を吐いてから話を続けてくる。

 

「まあいいわ、いくらなんでも紅魔館が崩壊したりはしないでしょ。……それで、咲夜の様子はどうだったの? 寂しがってなかった?」

 

「私がホグワーツを離れるのは寂しがってたよ。あとはまあ、お土産に日本のナイフを頼まれたくらいかな。」

 

「あんたのことなんかどうでも良いのよ。私のことは? 『レミリアお嬢様が遠くに行っちゃうのが悲しいです!』とか言ってたでしょ? 言ってたわよね?」

 

「言うわけないだろ。学期中はそもそも『遠く』に居るんだから、紅魔館だろうが日本だろうが大して変わらんさ。」

 

姉バカの次は親バカか。忙しないヤツだな、こいつ。呆れた口調で言い放った私に、レミリアはエマの淹れた紅茶を一気飲みしてから文句を飛ばしてきた。もっと優雅に飲んだらどうなんだ。

 

「そんなわけないでしょうが! ……さては嘘を吐いて私と咲夜の仲を引き裂こうとしてるのね? この泥棒コウモリ!」

 

「おや、引き裂くほどの仲があったのかい? キミみたいな勘違いちゃんが犯罪を起こすんだろうね。精々気を付けたまえ。……というか真面目な話、最近の咲夜は思い悩んでいるみたいなんだよ。ダンブルドアがハリーと咲夜に過去の記憶を見せてるって手紙で知らせただろう? もう三回ほど見に行ってるんだが、行く度に複雑な表情で戻って来るんだ。両親の姿を見て思うところがあるらしくてね。」

 

前半を悪戯げに、後半を真剣な表情で語ってやれば、レミリアも態度を改めて返事を寄越してくる。真面目モードに切り替わったらしい。

 

「……見るのをやめさせるべきってこと?」

 

「いやいや、そうじゃないよ。これは咲夜が成長するために必要な儀式なんだろうさ。私たちはあの子が『ヴェイユ』のことを知るのを邪魔すべきじゃないだろう? ……つまるところ、そろそろ覚悟しておくべきだってことだよ。あの子が今思い悩んでいる何かに決着を付けた時、どっちの世界を選ぶのかを聞いてみようじゃないか。タイミングとしてはちょうど良いだろうしね。」

 

人外か、人間か。スカーレットか、ヴェイユか。幻想郷か、イギリスか。ホグワーツでの生活を通して人間らしい暮らしというのも学べたはずだ。本来ならアリスのように成人まで待ってやりたかったところだが、レミリアが幻想郷に移動する前に咲夜の結論を聞いておかねばなるまい。もし魔法界に残るのであれば住居や戸籍、財産なんかをきちんと残してやる必要があるわけだし。

 

私の言葉を受けたレミリアは、エマが紅茶を注ぎ直すのを無表情で眺めていたかと思えば……おお、効いてるみたいだな。いきなり頭を抱えて巨大なため息を吐く。久々に見る疲れ切った表情だ。

 

「分かってたし、そうすべきだとは思ってるんだけどね。……それでも答えを聞くのは怖いわ。このまま魔法界で暮らしたいって言われたらどうすればいいのよ。」

 

「どうするも何もないだろうが。咲夜の選択が全てさ。キミも親を自負するなら覚悟を決めたまえ。」

 

「そうだけど、そうなんだけど……こっちを選んでくれるわよね? そうよね? エマはどう思う?」

 

もっと堂々と構えたらどうなんだ。情けない顔で問いかけたレミリアへと、茶菓子のクッキーを準備し始めたエマが答えを返す。

 

「んー、咲夜ちゃんなら九割くらいの確率で紅魔館に居たいって言ってくれると思いますけどね。」

 

「……そうじゃない可能性が一割もあるってこと? 十パーセントも? 低すぎない? 九割って。」

 

「えっと、じゃあもうちょっと高くします? そう言われると低い気がしてきました。」

 

そういう話じゃないだろうが。エマとアホな会話をしているレミリアを尻目に、クッキーを齧りながら紅茶に舌鼓を打っていると……おっと、向こうの議論は終わったようだ。アリスとフランがこっちに歩み寄ってきた。

 

「戻ってたんですね、リーゼ様。お帰りなさい。」

 

「お帰り、リーゼお姉様。私にもクッキーちょーだい。」

 

「ただいま、二人とも。……ちなみに、何を話してたのかは私にも内緒なのかい?」

 

クッキーの皿をフランに差し出しながら聞いてみれば、二人は気まずげな表情で顔を見合わせた後、揃って首を縦に振ってくる。やっぱり内緒らしい。

 

「そのですね、かなり複雑な事情がありまして。当人の了解なしに話すべきじゃない話題なんです。もう少ししたら一段落するはずなので、そしたら話せると思います。」

 

「どっちにしろ、お姉様たちが日本に行ってる間に解決すると思うよ。……っていうか、私が力尽くで『解決させる』から。」

 

パシンと拳と手のひらを合わせたフランは、どう見ても『武力』を行使する気満々だ。……本当に大丈夫なんだよな? アリスの表情からして物騒な感じの問題ではなさそうだが、ここまで怒るフランってのも最近は珍しいぞ。

 

そこはかとなく不安に思いながら首を傾げていると、フランが新たなティーカップを準備し始めたエマへと指示を送った。我が家の有能なメイドはレミリアからの終わらない質問を適当にあしらったようだ。

 

「エマ、私も近いうちに外出するから、そのつもりでいてね。」

 

「あれ、珍しいですね。分かりましたけど……それだと当主も半当主も当主代行も居なくなっちゃいますよ? その場合、誰に指示を仰げばいいんでしょうか?」

 

「二、三時間で帰ってくるから平気だよ。もちろん夜ね。一人で行くから。」

 

『半当主』ってのは私のことか? エマの頭の中ではどういう組織図になってるんだ? 謎の当主制度に関して頭を悩ます私を他所に、ハッと顔を上げたレミリアが勢いよく会話に参加してくる。親バカから姉バカに復帰したようだ。少しは落ち着けよな。

 

「ちょっと、どこに行くつもりなの? 夜に外出なんて不健全よ!」

 

「どこでもいいでしょ。……大体、吸血鬼なんだから昼に外出する方が不健全じゃない?」

 

「さては夜遊びね? 姉の居ぬ間に夜遊びする気なのね? あれに行くんでしょ! あの……踊るとこ! ダメよあんな場所! いかがわしい輩が沢山居るんだから!」

 

「何その『踊るとこ』って。……子供だよねぇ、お姉様は。情報がふっるいし。」

 

確かに古いな。ナイトクラブのことを言ってるのか? フランが素っ気なく放った辛辣な評価を受けて、時代遅れ吸血鬼は翼をぷるぷるさせながらソファの上に立ち上がった。

 

「古くないわよ! ……エマ、紅魔館の当主として命じるわ。フランは外出禁止! ダメ、外出!」

 

「はい、分かりましたー。」

 

「じゃあ後で当主代行として撤回しとくよ。外出オッケーね。」

 

「はーい、了解でーす。」

 

うーむ、忠誠というのは移ろい易いもんだな。私も気を付けねば。ニコニコと返事を返すエマを見ながらうんうん頷いていると、今度は私の隣に座ったアリスが声をかけてくる。毎度お馴染みの姉妹漫才は無視することに決めたようだ。

 

「そういえば、ホテルはどこにしたんですか? マホウトコロに宿泊するわけではないんですよね?」

 

「よく分からんから、東京の一番高級そうなホテルにしたよ。もちろんマグル側のね。……日本の魔法界には変なホテルしかなかったんだ。どのホテルもベッドが無い上に公衆浴場。値段はそれなりなのに意味不明さ。」

 

「客層云々じゃなくて、文化の違いなんだと思います。日本は火山帯にある島なので、ドイツやハンガリーみたいに古くから温泉の文化が……温泉?」

 

おお、何だ? 何故か自分の口から放たれた言葉にびっくりしたような顔になったアリスは、顎に手を当てて何かを黙考し始めたかと思えば、かなり真剣な表情で私に質問を飛ばしてきた。

 

「リーゼ様、予約したホテルには温泉がありますか?」

 

「無いよ。きちんとしたバスルームがありそうだったから選んだんだ。プールはあるらしいけどね。」

 

「……しかしですね、私の事前調査によれば温泉は日本の重要な文化みたいなんです。これを知らないままでは幻想郷に行った時に困ってしまいます。凄く、凄く困ってしまいます。」

 

「あー……そうなのかい? でも私は公衆浴場なんぞに入るつもりはないぞ。他国の文化にケチを付ける気はないが、バートリの淑女としては以ての外の行いだ。」

 

たとえそれが同性だとしても、見ず知らずの他人に裸身を見せるなど我慢ならん。シャワーとかいう忌々しい発明品が広まってしまった以上、他人が居る浴場では流水の危険もあるわけだし。『流水発生機』のことを考えながら嫌そうな表情で言ってやると、アリスは真面目くさった顔で同意を返してくる。

 

「そうでしょう、そうでしょう。気持ちはよく分かります。……とはいえ、日本では一緒にお風呂に入ることで信頼を表現するという文化が重んじられているんです。互いに一糸纏わぬ姿になることで武器や暗器の携帯が無いことを示し、身も心もさらけ出すことで本音の話し合いが円滑に進む。……素晴らしい文化だと思いませんか?」

 

「いやまあ、思わないかな。私は嫌だよ、そんなの。」

 

意義は理解できなくもないが、やりたいかどうかはまた別の話だ。私の端的な否定を受けたアリスは、一瞬だけ怯んだ顔になったかと思えば……なんか変だぞ。いきなりにっこり笑って口を開く。

 

「そうですね、嫌ですよね。慣れない文化ですもんね。……だからこそ、練習が必要なんです! 一度試してダメなら諦めましょう。しかし、試さずに諦めるというのは消極的すぎます! ……ふむ、そうなるといきなり他人が居る浴場に入るというのは敷居が高すぎますね。かといって一人で入っては意味がありません。それじゃあ練習になりませんから。」

 

そこで腕を組んで一拍置くと、アリスは『会心の策を思い付いたぞ!』と言わんばかりの表情で私に提案を寄越してきた。やけにテンションが高いな。そんなに旅行が楽しみなのか?

 

「ああ、良いことを思い付きました。なら、私が一緒に入るっていうのはどうですか? 私ならほら、身内ですから。何一つ問題はないわけでしょう? 流水のことも知ってますから湯船の調整なんかも出来ますし、せっかく日本に行くなら温泉を体験してみたいと思ってたところなんです。浴場を貸し切れる施設もあるらしいですから、そこで試してみましょうよ。私が良さそうなところを探しておきます。それでいいですよね? ね?」

 

「しかしだね、私は別に試したく──」

 

「それに、実は私も不安だったんです。知識を重んじる魔女として試さないわけにはいかないんですけど、一人で知らない人が入ってる温泉に行くのは抵抗がありますから。でもでも、リーゼ様と二人ならとっても楽しめそうですね。家族が相手なら何の気兼ねもなく入れますし、きっと良い練習になりますよ。頼もしいです! さすがです! やっぱり私はリーゼ様が一緒じゃないとダメです!」

 

「……そんなに不安だったのかい?」

 

むう、そう言われると放っておけないな。あんまり気は進まないんだが、アリスが心細いと言うなら一緒に行ってあげた方がいいのかもしれない。悩みながら問いかけてみると、アリスはこれでもかというくらいに大きな頷きを返してくる。そんなにもか。

 

「はい、不安です。最近はそれが憂鬱で食事が喉を通らなかったほどでして。こうなった以上、リーゼ様が一緒じゃないと無理かもしれません。」

 

「んー、アリスがそこまで言うなら別にいいんだけどね。……でも、変な浴場は嫌だぞ。綺麗なところにしてくれよ?」

 

「任せてください。綺麗な温泉で、二人っきりで練習しましょう。二人っきりで。」

 

「……というか、そういう風習があるならレミィも練習した方が良いんじゃないか? 主に外交をやるのはあいつの方なんだし。」

 

未だフランと問答を繰り広げている姉バカを指差して言ってやれば、アリスはピタリと動きを止めた後、神妙な表情で首を横に振ってきた。

 

「それは、えーっと……私が恥ずかしいんです。最初はリーゼ様と二人っきりじゃないと無理です。一度二人でやってみて、慣れたら三人で行けばいいじゃないですか。そしたら二回も行けますし。」

 

「私は二回も行きたくないけどね。……ま、何でもいいよ。やけに気にしてるみたいだし、アリスのやりたいようにやってくれたまえ。」

 

「はい!」

 

物凄く良い返事を飛ばしてきたアリスは、満面の笑みで幸せそうにクッキーを頬張り始める。よく分からんが、アリスが嬉しそうでなによりだ。何となく腑に落ちない気分で紅茶に口を付けたところで、やおら私の横に立ったエマがポツリと呟いた。

 

「私、責任感じちゃいますよ。アリスちゃんは真面目に育てたつもりだったんですけどね。一種の反動なんでしょうか?」

 

「なんだそりゃ。これ以上ないってくらいに真面目な良い子に育ってるじゃないか。」

 

「……まあでも、これはこれで幸せでしょうし、妙な男に誑かされちゃう心配もなさそうですしね。そう思うと複雑な気分になります。」

 

「話の趣旨がいまいち分からんが、アリスを誑かすようなヤツを私が許すと思うのかい? その心配は無用だよ。」

 

そんなヤツは庭の花壇の肥料にしてやるさ。大きく鼻を鳴らして言ってやると、何故かエマは無言でスタスタと棚の方に移動してから、そこに置いてあった手鏡を持ってきて私の方に向けてくる。……何だ? 行動が意味不明すぎるぞ。

 

「顔に何か付いてるってことかい? 髪が乱れてるとか?」

 

「いえいえ、今日も可愛らしいですよ、お嬢様。それでこそです。」

 

「……それはどうも。」

 

何なんだ、一体。にへらと笑いながら手鏡を戻しに行ったエマを見送ったところで、廊下に通じるドアが開いて我が家の司書どのが入室してきた。彼女の背後からいくつかの魔道具を持った小悪魔と美鈴も入ってくるのを見るに、ようやく転移魔法の準備が整ったらしい。

 

「準備が出来たからいつでも飛べるわ。行き先はホテルのトイレの中よ。」

 

「トイレ? ……キミね、もっとマシな場所はなかったのかい?」

 

「貴女とアリスだけだったら適当な路地裏でもよかったんだけど、そこの『お日様嫌い』が一緒な以上はホテルの中のどこかに飛ばすしかないでしょ。だったらトイレが妥当よ。ロビーのど真ん中にいきなり出現したいって言うなら別だけどね。」

 

「それはそれは、おっしゃる通り。」

 

明確な理由を聞いて白旗を上げた私に続いて、ご機嫌百点満点のアリスと、フランに注意を放ちつつのレミリアも立ち上がる。……さてさて、今年二度目のアジア旅行か。カンファレンスまでは数日が空くし、とりあえずはアリスと観光を楽しむことにしよう。

 

謎の染料で床に魔法陣を描き始めたパチュリーを見ながら、アンネリーゼ・バートリは旅のプランを頭に描くのだった。

 


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