Game of Vampire   作:のみみず@白月

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善き魔法の在る処

 

 

「さて、そろそろ時間よ。そっちの準備は……こら、人形娘! シャンとしなさい!」

 

ホテルのソファの上でニマニマしているアリスへと、レミリア・スカーレットは本日何度目かの叱責を放っていた。一体全体どうしちゃったんだ、こいつは。昨日リーゼと温泉とやらに行った後から様子がおかしいぞ。

 

日本滞在の三日目、遂に訪日した目的となるカンファレンスが開かれる日になったのだ。ここから三日間に渡って私の政治家としての戦いが続くことになるわけだが……付いて来るはずの人形娘は、その緊張感をぶち壊しにする雰囲気を醸し出している。

 

昨日の夕方ホテルに帰ってきてからというもの、あっちでニマニマ、こっちでソワソワ。そして時たまリーゼに視線を送ったかと思えば、少し赤い顔でクッションなんかを抱き締めながら足をバタバタさせる始末だ。まさか酔っ払ってるんじゃないよな?

 

あまりにも普段と違う様子に困惑する私へと、アリスはいきなりキリッとした表情に変わって返事を寄越してきた。ちょっと怖いぞ、その変化。

 

「私は大丈夫です、レミリアさん。むしろ絶好調と言えるくらいです。……マホウトコロにはポートキーで行くんですよね?」

 

「当然でしょ。ボーンズやスクリムジョールはウミツバメでの移動を選んだらしいけど、私は『羽毛派』の背中に乗って太陽に近付くのなんか御免だわ。……それより日傘はちゃんと持ったの? マホウトコロによれば領内では必要ないらしいけど、中に入るまでは使うことになるんだからね。」

 

「もちろん準備してあります。それにほら、専用の人形も作っておきましたから。」

 

言いながらアリスが示した先には、真っ黒な分厚い日傘を持ってふんすと胸を張っている人形の姿がある。『日傘ちゃん一号』ってところか? 使い道が限定的すぎるぞ。

 

まあ、きちんと働いてくれるのであれば文句はない。日焼け止めクリームも塗ったし、資料の詰まったカバンも持ったし……おっと危ない、精神安定剤代わりのフランと咲夜が肩を並べている写真も持っていかなくては。ストレスの溜まる場所ではこれが一番必要なのだ。

 

危うく忘れるところだった『最重要アイテム』を懐に仕舞ったところで、ベッドルームの方から大きく伸びをしているリーゼが現れた。余裕綽々だな、ねぼすけ吸血鬼め。

 

「おはよう、二人とも。まだ出発してなかったのかい?」

 

「あと数分で出るわよ。……あんたも八雲との話し合いでは気を抜かないようにね。最初にナメられたら終わりなんだから。」

 

「んー、今日はそういう話にはならないと思うけどね。移住関係の話題はキミと藍との話し合いで出るんじゃないかな。……おや、アリス? どうしたんだい?」

 

話の途中でリーゼが呼びかけた先を見てみれば、またしても挙動不審になっているアリスの姿が目に入ってくる。本当にどうしちゃったんだよ。不安を通り越して心配になってきたぞ。

 

「へ? 別にどうもしてませんよ? ただあの、今日のリーゼ様もリーゼ様だなぁと思いまして。……それよりですね、夜に暇潰しで雑誌を読んでたら、昨日よりも良い温泉を見つけちゃったんです。偶々! 偶々なんですけどね! カンファレンスが終わったら行ってみませんか?」

 

「キミ、そんなに温泉が気に入ったのかい? ……私はやっぱり好きにはなれないかな。苦手だよ、あの雰囲気は。」

 

うむ、私も同感だ。リーゼの話を聞く限り、共同浴場など淑女の行くべき施設ではない。そんな否定的な私たちの視線に怯むことなく、アリスは常に無いハイテンションで説得の言葉を飛ばしてきた。いつもは落ち着いてるヤツがこうなるとちょっと不気味だな。

 

「だからこそ、だからこそ練習をしましょうよ。それにレミリアさんはまだ行ってないわけじゃないですか。話を聞いただけで判断するのは早計でしょう?」

 

「あのね人形娘、言っておくけど私は興味ないわよ? そんな場所にスカーレットの当主が行くわけには──」

 

「じゃあレミリアさんはいいです。それよりリーゼ様、もう一回。もう一回だけ行ってみましょうよ。私、リーゼ様が居ないとやっぱりダメみたいで……。」

 

おい、何なんだよ。私が最後まで言う間も無くバッサリ切り捨てたアリスは、リーゼに向かって弱々しい感じに頼み込んでいるが……何だってそんなに必死になるんだ? 温泉には魔女を魅了する何かがあるのだろうか?

 

「……まあ、キミがそこまで言うなら。」

 

果たしてリーゼは人形娘の最後の台詞に心を動かされたようで、渋々ながらも同意の返答を返している。こいつもこいつでちょろいヤツだな。普通のおねだりなんかはダメだと言えるものの、こういう感じに頼られると否とは言えないらしい。普段はしっかり者の人形娘が相手だってのも影響してそうだ。

 

そんな甘々吸血鬼の承諾を得たアリスは、尤もらしく頷きながら口を開いた。口元が緩んでいるのを見るに、温泉に行けるのがよっぽど嬉しいようだ。

 

「やっぱりリーゼ様は頼りになりますね。……それじゃあ行きましょうか、レミリアさん。カンファレンスなんかパパッと終わらせちゃいましょう。」

 

「あんたね、パパッと終わらせちゃダメでしょうが。各国の有力者を説得しないといけないんだから。……ま、確かにそろそろ時間だからね。ポートキーを持っときましょ。」

 

急に元気になったな、人形娘。リーゼと二人して釈然としない表情を浮かべながらも、事前に送られてきたマホウトコロの校章が刻印された鉄のプレートを手に取る。これが日本魔法省が用意したポートキーなのだ。

 

「頑張ってきたまえよ、二人とも。明日は私もゲラートとの接触のために同行するから。」

 

「初日はどこも様子見するはずだから、大した議論にはならないと思うけどね。行ってくるわ。」

 

「行ってきます、リーゼ様。」

 

リーゼのかけてきた言葉に私とアリスが返事を送った瞬間、ぐいと下腹部が引っ張られるような感覚と共に、周囲の景色がひび割れるように歪み……気付いた時には木々に囲まれた広場の中央に聳える、巨大すぎる樹の根元に立っていた。カエデの一種か? 異様なほどに真っ赤な葉っぱだな。センスのある色だし、後で調べて紅魔館にも植えさせよう。

 

しかしまあ、正に『大自然』って感じの場所じゃないか。すぐさまアリスの人形が日傘を差してくれるのを確認したところで、走り寄ってきたローブ……じゃないな。着物とローブの中間くらいの服に、金色の細いマフラーのようなものを首に巻いた若い男が英語で声をかけてくる。マホウトコロが用意した案内役か? これが日本の魔法使いの服装らしい。

 

「お待ちしておりました、スカーレット女史。『善き魔法の在る処』へようこそ。校舎までは私がご案内いたします。」

 

「お願いするわ。……ひょっとして、校舎までは結構歩くの? 完全に『森の中』って雰囲気だけど。」

 

「いえいえ、他国の魔法学校と同じように隠されているだけです。少し先に湖がありまして、そこから……まあ、見ていただいた方が早いかと。言葉で説明するのは難しい隠蔽が施されているものですから。」

 

苦笑しながら言った男の先導に続いて、アリスと共に歩き出すが……湖だと? まさか『流水関係』じゃないだろうな? 若干不安になりつつも、そのまま木々の間の道とも思えぬような道を進んでいくと、さほど歩かないうちに大きな湖が視界に入ってきた。なんとまあ、ホグワーツの湖よりも遥かに大きいぞ。

 

「えらく大きな湖ね。」

 

「非魔法族には普通の小島だと思わせているのですが、実は島がこう……ドーナツのような形になっていまして。中心に海に繋がっている巨大な湖があるんです。」

 

「……まさか、湖の中に学校があるんじゃないでしょうね?」

 

「いえ、湖の『上に』学校があるんですよ。あるいは『下に』と表現すべきかもしれませんが、『中に』ではありませんね。」

 

謎かけみたいな台詞だな。ちらりとアリスの方を見てみれば、彼女もかっくり首を傾げている。そんな私たちの反応にくすりと微笑んだ男は、やがてたどり着いた湖のほとりにある木組みの短い桟橋へと向かい始めた。見渡す限り建物なんか一つも無いし、いよいよきな臭くなってきたぞ。

 

「言っておくけど、濡れるのは嫌だからね?」

 

「大丈夫です。『入り口』の水は魔法で作り出した幻影ですので、濡れる心配はありません。……では、私の後に続いてください。変に慎重になるとむしろ危険ですから、迷わず一気に飛び込んでくださいね。」

 

おいおい、正気か? 軽い感じでそう言った男は、躊躇うことなく桟橋の先から湖へと飛び込んでいってしまう。それに一瞬だけ呆然とした後、困ったような表情のアリスへと指示を出した。

 

「悪いけど先に行って頂戴、アリス。大丈夫そうだったら人形経由で伝えてくれない? 命の危険はともかくとして、流水云々の問題があるってのは大いに有り得るわ。」

 

「これは、そうした方が良さそうですね。……それじゃ、行きます。」

 

意を決したようにぴょんと飛び込んだアリスが湖中に消えていったのを見送って、人形と共に取り残された桟橋の上で暫し待っていると……おっと、大丈夫なようだ。日傘を持っている人形が親指を立てて促してくる。ゴーサインのつもりらしい。

 

「……本当に、本当に大丈夫なんでしょうね?」

 

最後にもう一度確認してみると、人形は大きな頷きを返してきた。ええい、なるようになれだ。物騒な入り口を作り出したヤツに怨嗟の念を送りつつ、思い切って桟橋の先から湖へと飛び込んでみれば……なんだこりゃ。ぐるりと視界が一回転したような感覚の後、目の前には静かで薄暗い神秘的な世界が広がっていた。

 

「改めてようこそ、スカーレット女史。マホウトコロは貴女の来訪を心より歓迎いたします。」

 

どうやら、瓦の屋根が付いた巨大な桁橋の袂に立っているらしい。等間隔に置かれた木灯籠が橋を怪しげに照らし、その遥か先には煌びやかな光に包まれた美しい和風の楼閣が聳えている。上を見上げれば真っ暗な闇がどこまでも続いており、桁橋と楼閣以外の場所は波一つない鏡のような水面があるばかりだ。

 

……どういうことなんだ? 転移したってことか? 微笑みながら言ってきた男に曖昧な頷きを返したところで、状況を把握しているらしいアリスが耳元で説明を囁いてきた。

 

「どうも領域そのものが『反転』してるみたいです。つまり、この湖面を境に上下が逆転してるってことですね。薄い膜のように湖が広がっていて、さっき下にあった湖面が今も下にある感じなんだと思うんですけど……凄まじく高度な魔法ですよ、これ。」

 

むう、まるで鏡の中の世界だな。どこか厳かで、静謐な世界。水面が僅かに光っている気がするのは日光の所為か。要するに、この世界では忌々しい太陽は湖の向こう側のずっとずっと『下』にあるわけだ。そりゃあ日傘は不要だろうな。

 

「……見事なものね。長く生きた私でも見たことのない光景だわ。」

 

水面にちょこちょこと浮かんでいる蓮の葉を横目に言ってやれば、案内役の男は少し誇らしげに返答を寄越してくる。

 

「そう言っていただけると嬉しいですよ。私は非魔法族の生まれなので、初めてここに立った時には感動したものです。正に魔法の世界ですからね。……さあ、こちらへ。この橋は昔から『濯ぎ橋』と呼ばれていまして、入ってきた新入生たちの穢れを洗い落とし、まっさらな状態で善き魔法を学ばせるという意味があるんです。そのため一人の新入生に対して一人の最上級生が付き、この長い橋を渡る間にマホウトコロでの決まり事を教えるというのが伝統になっています。」

 

「ふーん? 教師が教えるんじゃないのね。」

 

説明を口にしながら歩き出した男に続いて、板張りの橋をゆっくりと進みつつ質問を飛ばす。欄干の赤が色鮮やかだな。いっそ全部赤くしちゃえばいいのに。

 

「最上級生は卒業の前に指導者としての責任を学び、下級生は一年間世話になった相手と別れることで自立を学ぶ、というのが目的なんだそうです。なので最初の一年は指導者となる最上級生と一緒に行動することが多いですね。」

 

「ホグワーツみたいに寮で分けられてたりはするの?」

 

「マホウトコロは他校と比べて学生数が少ないので、寮は三つしかありません。……というかまあ、実際は一つで充分な生徒数なのですが、クィディッチで競う相手が居ないのは寂しいということで無理矢理三つに分けられたそうです。ちなみに、やむを得ない理由がある場合を除いて五年生までは通学することになっています。」

 

通学? まさか毎日ウミツバメに乗って登校するのか? 地獄だな。私の呆れた表情を見た案内役は、苦々しい笑みで追加の解説を放ってきた。何を考えているのかが分かってしまったようだ。

 

「ああいや、今は基本的に転移での……そちらで言うポートキーでの通学が主になっています。ひと昔前まではウミツバメで登校していたらしいので、どうも外国ではそのイメージが強いようでして。現在ではウミツバメを使うのは入学時と卒業時のような重要なイベント時や、外からのお客様を持て成す時くらいですよ。」

 

「あら、そうなの?」

 

「普通に時間がかかりますし、雨の日なんかは大変ですからね。……ただし、クィディッチの訓練のためにと箒で海を渡って通学してくる生徒は居ます。今ヨーロッパのリーグで有名な日本のプレーヤーたちも軒並みそのクチですよ。もちろん全体から見ればごく少数ですけどね。」

 

「凄まじいわね。クィディッチに力を入れてるってのは知ってたけど……毎日ここまで箒で来るの?」

 

狂ってるな。『頑張ってて凄い』とかじゃなくて、もはや狂気を感じるような逸話だぞ。アホみたいな話に半笑いを浮かべる私へと、案内人は頭を掻きながら困ったような愛想笑いを返してくる。

 

「あくまで一部の生徒だけですよ。私はそういった『体育会系』ではなかったので、スカーレット女史が呆れる気持ちはよく分かります。……それにですね、マホウトコロは何もクィディッチだけが取り柄というわけではないんですよ? 祓魔学や符学にも力を入れていますし、最近では在校生が薬学で大きな功績を挙げました。ドラゴンの血の新しい効用を発見したようでして。靴磨き薬に使えるんだそうです。」

 

「それはどうでも良いんだけど……そもそもどんな教科があるの?」

 

「そちらで言う呪文学と変身術を合わせたものが呪学、防衛術が祓魔学、符学は……ルーン文字でしたか? あれに近いですね。その三教科に薬学、史学、飛行学、天文学、非魔法学を加えた八教科が四年生までの基礎課程となります。そして五年生からは専門課程……生物学、植物学、古史、癒学の四つの授業の中から好きなものを追加し、十五歳となる九年生が最終学年です。」

 

「……んん? 九年生で十五歳ってことは、七歳の子供が入学してくるってこと?」

 

私が思わず口にした一言に、案内人は首肯を寄越してきた。プライマリースクールとセカンダリースクールを兼ねているわけか。

 

「その通りです。更に言えば、希望すれば卒業後三年間……つまり十八歳までは学校に留まってより専門的な教育を受けることが出来ます。その場合は各教授に直接『弟子入り』するわけですね。最近は二十歳が成人とされている非魔法界との兼ね合いもあってか、そういった選択をする生徒も増えてきました。」

 

「面白いシステムね。最長で十二年間もここで学ぶことになるわけ。……『非魔法学』ってのは? どういう内容なのかしら?」

 

「非魔法界で暮らすための最低限の知識を教える授業ですね。この国は国土が狭いので、全員が全員人里離れた場所に隠れ住むというわけにはいきませんから。大抵の場合卒業後には非魔法族と同じ土地で暮らす必要があるため、そこで困らないように早いうちから非魔法界の一般常識を学ぶわけです。……実は下級生が通学する理由の一つがそれでして。幼い頃からマホウトコロで過ごしていると、いざ外の世界に出た時に困ってしまいます。なので常識の基盤が形成される七歳から十歳までは親元で暮らし、それからようやく寮での生活になるわけです。」

 

「こっちで言うマグル学ってことね。初年度からの必修になってるってことは、ヨーロッパよりは理解度が高そうじゃないの。」

 

当然そうだと思って放った言葉だったのだが……違うのか? 案内役の男は近付いてきた楼閣へと目を逸らしながら、情けなさそうな顔で首を横に振ってくる。入り口は開きっぱなしの木製の大扉で、校舎の殆どの部分も木材で作られているようだ。各所から外に突き出している空中回廊がやたら複雑に交差しているのを見るに、この学校もホグワーツと同じく面倒な造りになっているらしい。

 

「非魔法界出身の生徒はある程度理解がありますが、代々続く魔法族の出身となると……残念ながら、『理解度が高い』とは言えない状況ですね。この国の魔法界にはかなり閉鎖的な部分が残っているんです。」

 

「つまり、『歴史ある名家』が存在しているわけね。純血主義的な考えもあるってこと?」

 

「いえいえ、非魔法族出身に対して冷たく当たるということはありません。それは恥ずべき行為だとされていますし、優秀であれば家系に取り込むための『援助』をするくらいです。……それよりもむしろ、名家同士の争いの方が深刻ですね。古い家には所謂『派閥』のようなものがありまして、大きく三派に分かれて千年以上前から延々争い続けているんですよ。時に盟を結び、時に裏切り、時に謀殺し、といった具合でして。」

 

「あー、なるほどね。そっち方面に進んでいったわけ。」

 

原点こそ同じだが、イギリスとは全然違う状況だな。外敵ではなく内憂。名家の派閥争いか。スカーレットの当主としては馴染みのある問題に苦笑する私へと、案内役は更に詳しい事情を教えてくれた。

 

「五百年ほど前は各大名……各地を治める君主のようなものですね。に従って血みどろの争いを繰り広げていたそうです。その頃は学院内でも決闘による死者が多数出ていたようですし、日本魔法界の暗黒期というわけですよ。その後勅命によって三派閥の間で和睦が結ばれ、十七世紀の初めに非魔法族の戦乱も終息したことから大規模な争いは無くなりましたが、小規模なものは今尚続いています。日本魔法界が抱える問題の一つですね。」

 

「ふーん? ……ちなみに、マホウトコロの校長はどの派閥なの?」

 

「無派閥です。校長は寛政の頃……十八世紀末に頭角を現してきた元非魔法族の家の出身でして、現校長の代になるまでは三派閥を利用して生き残っていたため『蝙蝠の家』と呼ばれていました。お気を悪くなさらないで欲しいのですが、日本での蝙蝠というのは『どっち付かず』といった意味があるものですから。」

 

「別に気にしたりはしないわよ。イギリスでもそんなに愛されちゃいないしね。」

 

『伝染病の媒体』よりかは百倍マシな評価じゃないか。肩を竦めて言った私に対して、男は胸を撫で下ろしながら校長についての説明を続けてくる。

 

「でしたら良かったです。……とにかく、元々はあまり評判の良い家ではなかったのですが、現校長の代になってからは評価が一変していますね。賄賂は決して受け取らず、どんな脅しにも屈さず、泣き落としすらも冷徹に払い除けるため、『揺れず折れずの桜枝、如何な色にも染まりゃせん』と三派閥の長たちは嘆いたそうです。」

 

「校長の名前をもじって皮肉ったわけね。上手いこと言うじゃない。……しかし、写真で見た限りでは温厚そうな雰囲気だったんだけど。実際はそうでもないの?」

 

「基本的には温和で礼儀正しい方ですが、譲らないところは決して譲らないという一面もありますね。……何にせよ、今では三派閥も中立を保つ校長の必要性を認め、非魔法族出身の魔法使いからも尊敬されています。偉大な方ですよ。」

 

「へぇ? アジア圏での名声は伊達じゃないってことね。」

 

私がそう答えたところで、たどり着いた木製の巨大な門の奥から一人の女性が歩み寄ってくるのが見えてきた。噂をすれば、か。横に退いて頭を下げた案内役の男を追い抜いて堂々と近付く私へと、桜色の着物を着た老婆は美しい所作で深々と頭を下げてくる。

 

「いらっしゃいませ、レミリア・スカーレット女史。かのご高名な『紅のマドモアゼル』をお迎え出来るのは当校にとって大変な名誉でございます。」

 

「ごきげんよう、サクラ・シラキ。貴女のことはダンブルドアから聞いているわ。カンファレンスの取り仕切り、期待しているわよ。」

 

丁寧だが、卑屈ではないな。礼儀の表し方というものをよく分かっている女じゃないか。白いひっつめ髪にかんざしを挿した白木桜は、私の言葉を受けてゆっくりと顔を上げた。一見すれば柔和な笑みを浮かべているようにしか見えないが……ふん、この辺はダンブルドアと同じだな。前に立つ者に背筋を正させるような雰囲気を滲ませている。この女も相応の場数を踏んできたのだろう。

 

「あらあら、そう言われてしまえば不手際をお見せするわけにはいきませんね。皆様が議論に集中できるように誠心誠意努力させていただきます。……私は吸血鬼ではありませんが、若い頃は『蝙蝠の娘』と呼ばれていました。これも何かのご縁でしょう。お困りごとがございましたら、何なりと仰せ付けください。」

 

「そうさせてもらうわ。……ダンブルドアはもう到着してるの?」

 

「ええ、一時間ほど前に。朝食がまだだということでしたので、先程まで生徒たちと一緒にお食事を取られていましたわ。相変わらず粋なお方ですね。」

 

なーにをのんびりやってるんだ、あのジジイは。額を押さえながらため息を吐いた後、頰に手を当てて上品に微笑む白木へと口を開いた。

 

「まあいいわ、カンファレンスの開始まで休める部屋はある?」

 

「もちろん準備してございますわ。私はここでお客様方をお迎えしなければいけませんので、また後ほどご挨拶に伺わせていただきます。」

 

言いながら目線で指示を送った白木に従って、案内役の男が再び先導し始める。……カンファレンスの参加者は少なくないのに、わざわざここで全員出迎えるつもりか? ご苦労なこったな。

 

とにかく、いよいよ本番だ。リーゼにも言ったように初日は様子見するヤツが多いだろうが、グリンデルバルドからの問題提起自体は今日行われるだろう。先ずはそれに対する参加者たちの反応を見て、敵味方に色分けしなければ。

 

黒い御影石の広い玄関へと足を踏み入れながら、レミリア・スカーレットは翼をはためかせて気合を入れ直すのだった。

 

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