Game of Vampire   作:のみみず@白月

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条件と対価

 

 

「……やあ、八雲紫。直接会うのは二十年振りくらいかな?」

 

『スキマ』を抜けてアスファルトの道路に出ながら、アンネリーゼ・バートリは目の前に立つ大妖怪へと挨拶を放っていた。ふむ、外か。てっきり室内に繋がってるんだと思ってたんだけどな。

 

レミリアとアリスがマホウトコロに旅立ってから数時間後。そろそろ正午になろうかというところで、異国のテレビ番組を楽しんでいた私の隣に突如として見覚えのある亀裂が開いたのだ。無言の招きに従ってそこに入ってみた結果、住宅街らしきこの場所に出たわけだが……奇妙な感覚だったな。煙突飛行とも、姿あらわしとも、パチュリーの転移魔法とも違った感覚。スムーズすぎてむしろ不気味だったぞ。

 

違和感に眉根を寄せる私に、マグルの服装の八雲紫が返事を寄越してくる。私にはよく分からんが、なんだかお洒落な感じだ。こいつはマグルの文化にも詳しいらしい。

 

「ごきげんよう、アンネリーゼちゃん。また会えて嬉しいですわ。」

 

「『アンネリーゼちゃん』はやめてくれ。ついでに言えばその胡散臭い口調もだ。鳥肌が立っちゃうよ。」

 

「あら、それなら口調はこっちにしようかしら? 呼び方は……そうね、リーゼちゃんの方が良かった?」

 

「私がやめて欲しいのは『ちゃん』の部分なんだけどね。」

 

建物の形状こそ微妙に違うものの、雰囲気はイギリスのマグルの住宅街なんかと一緒だな。狭苦しい異国の町並みを横目にしながら言ってやると、八雲紫は困ったような表情で頰に手を添えるが……うーむ、相変わらず動作の一つ一つが胡散臭い女だ。芝居じみているというか何というか、考えた上で行なっている動作なのが透けて見えているぞ。

 

「でもでも、私はずっとちゃん付けで呼んでたから、今更変えるのは難しいのよ。……このままじゃダメ?」

 

かっくり小首を傾げて聞いてきた八雲紫に、額を押さえながら頷きを返した。分かっちゃいたが、大妖怪だけあって面倒な性格をしているヤツだな。こういうタイプは真面目に取り合うとバカを見るのだ。適当に流しておくべきだろう。

 

「別にいいけどね。……それで、ここは? 見たところ単なる住宅街のようだが。そもそも東京なのかい?」

 

「豊島区……って言ってもピンとこないでしょうけど、アンネリーゼちゃんが居たホテルからそう遠くないわ。この近くに私の行きつけの喫茶店があるの。落ち着いた雰囲気で居心地が良いし、コーヒーや紅茶も美味しい店だから、どうせならそこで話そうかと思って。ご飯も結構イケるのよ?」

 

「ふぅん? ……まあ、何でもいいさ。目的地があるならさっさと行こうじゃないか。」

 

「それじゃ、付いて来て頂戴。」

 

先導し始めた八雲紫に続いて、中心街より遥かに人通りの少ない道路を歩き出す。久々に話してみて改めて実感したが、この女は違和感の塊だ。態度、口調、立ち振る舞いどころかその見た目まで。一から十までしっくりこない。

 

『掴み所がない』って言葉がこれほど似合う妖怪には会ったことがないな。早々にやり難さを感じている私へと、八雲紫はゆったりとしたペースで歩きながら話しかけてきた。

 

「それで、どうかしら? 日本に来た感想は。住み易そう? 気に入ってくれた?」

 

「神秘もそれなりに濃いし、色々と興味深い国ではあるが、好んで住みたいとまでは思わないね。この国はあらゆる場所が狭すぎるよ。おまけに右も左も人工物ばっかりだし、人外が住むには向いてないんじゃないか?」

 

「うーん、イギリスの妖怪がそう思っちゃうのは理解できるけど、日本にも広大な自然が残っているような場所は沢山あるのよ? ロンドンだけがイギリスじゃないように、東京だけが日本じゃないわ。」

 

「いやまあ、それに関しては認めてもいいけどね。……そもそもだ、『こっち側』の日本の感想を聞いて何か意味があるのかい? キミの箱庭は全く違う世界なんだろう?」

 

魔理沙の話によれば文明のレベルからして段違いらしいじゃないか。狭い道でどうにかすれ違おうとしている自動車を眺めながら言ってやれば、八雲紫は苦笑を浮かべて肩を竦めてくる。

 

「んー、その通りなんだけどね。私はこっちの日本も嫌いじゃないから、感想を聞いてみたかっただけなの。アンネリーゼちゃんだって非魔法界のイギリスをそんなに嫌ってはいないでしょう?」

 

「……さて、どうかな。昔ほど嫌ってはいないかもね。」

 

「あらあら、可愛い反応。……ねーえ? 抱っこしちゃダメかしら? ずっとギューってしてみたかったのよね。」

 

「キミ、私のことをどういう視点から見てるんだ? さっぱり分からんぞ。」

 

意味不明だ。急にフレンドリーになった隙間妖怪から一歩引きつつ聞いてみると、八雲紫は私をジッと見つめたままで後ろ向きに歩きながら答えてきた。自動車にぶつかっても知らんからな。

 

「私と趣味が合いそうな可愛い後輩ちゃん、って感じかしらね。考え方が合いそうな子は好きよ。扱い易いし、私に利益を与えてくれるから。」

 

「……随分と打算的な評価じゃないか。そういうのは堂々と口にするもんじゃないと思うぞ。」

 

「だけど、個々人の関係なんて突き詰めればそんなものでしょう? 誰だって利益を齎してくれる相手を嫌いになったりはしないわ。逆に言えば趣味の合わない相手とは話してても面白くないし、価値観が違うと一緒に居て面倒くさいだけでしょ? ……だから私は貴女のことがだーい好きよ、アンネリーゼちゃん。」

 

どこか妖艶な雰囲気でくすりと微笑んでくる八雲紫に、大きく鼻を鳴らして返答を飛ばす。嘘ではないが、同時に真実でもなさそうだな。まあ、たとえ本音だったところで嬉しくもなんともないが。

 

「はいはい、どうも。好意はありがたく受け取っておくよ。……とはいえ、私がキミをどう思うかはまた別の話だ。キミは些か以上に胡散臭すぎるからね、八雲紫。」

 

「むー、残念。振られちゃったわね。またチャレンジしてみることにするわ。……それと、紫でいいわよ。藍と同じ苗字だからややこしいでしょ? 藍が名前で呼ばれてるのに私はフルネームってのもなんかムカつくし。」

 

「大事な式なんだろう? もっと優しくしてやりたまえよ。」

 

「だって優しくしても全然成長してくれないんだもの。地力はあるのに、何をするにも私の判断が必要な子に育っちゃったわ。私が欲しいのは与えられた仕事を十全に熟す子じゃなくて、私では思い付かないようなことをしてくれる子なのに。……どこで育て間違えちゃったのかしらねぇ。」

 

くるりと前に向き直って人差し指を唇に当てる八雲紫……紫へと、どうでも良い気分で適当な相槌を送る。他人の子育てに口を出すのはご法度だ。どう突いても面倒なことになるのだから。

 

「知らんし、興味ないよ。」

 

「でもまあ、最近はちょこちょこ自分で何かを始めるようにはなってきたしね。これからに期待ってところかしら。……この前なんて自分の式が欲しいって言ってきたのよ? 式の式だなんて面白いこと考えると思わない?」

 

「知らんと言ってるだろうが。『マトリョーシカ式神』大いに結構。勝手にやらせておきたまえよ。」

 

「あらまあ、上手いこと言うわね。」

 

ええい、話の進まんヤツだな。感心したようにポンと手を叩いた紫をジト目で睨め付けたところで、彼女は煉瓦造り……というか、『煉瓦造り風』の建物のドアを開く。どうやら喫茶店とやらに到着したらしい。

 

「さあさあ、ここが目的地よ。話の続きは中でしましょ。」

 

チリンチリンとベルが鳴る音を耳にしながらドアを抜けてみれば、落ち着いた感じの店内の光景が目に入ってきた。手前にはカウンター席があり、奥に軽く仕切られたテーブル席があるようだ。席同士の空間に余裕があるし、この前アリスと行ったカフェよりは居心地が良さそうだな。中心街から外れているからか?

 

『こんにちはー。奥の席を使ってもいいかしら?』

 

『いらっしゃい、紫ちゃん。おや、今日は可愛いお連れ様が居るんだねぇ。どうぞどうぞ、奥でも何処でも好きな所を使っとくれ。』

 

エプロンを着た中年の女性がニコニコしながら言うのに従って、紫と二人で奥のテーブル席へと進んで行くが……『紫ちゃん』だと? やけに親しい呼び方だし、まさかあの女性も物凄い大妖怪とかじゃないだろうな?

 

「人間にしか見えないが、ひょっとして妖怪がやってる店なのかい?」

 

カウンターの奥で作業をしているマスターらしき男性と、先程応対してきた女性。二人を交互に見ながら聞いてみれば、紫はキョトンとした表情になった後……笑いを堪えているような声色で答えを寄越してきた。

 

「違うわよ、アンネリーゼちゃん。人間のフリして常連になってるだけなの。近所の大学生って設定でね。……もう、笑わせないで頂戴。可愛いらしすぎる勘違いだわ。」

 

「……それは失礼したね。」

 

今この瞬間、こいつの評価は『苦手』から『嫌い』にランクアップしたぞ。忌々しい気分で席に着いたところで、紫がテーブルに置いてあったメニュー表を差し出してくる。

 

「好きなのをどーぞ。奢っちゃうから。」

 

「結構だ。自分の分は自分で払うさ。」

 

誰がお前なんかに奢られるもんか。私が選んでいる間に水とおしぼりを運んできたさっきの店員へと、メニューを指差しながら日本語で注文を伝えた。

 

『アイスティーとクラブハウスサンドを頼むよ。』

 

『私はいつものね。今日はコーヒーで。』

 

『はいはい、かしこまりました。すぐに持ってきますからね。』

 

愛想の良い笑顔でカウンターの方に去って行く店員を尻目に、メニュー表を元の場所に戻して話を切り出す。また関係のない話題を持ち出されたら堪らんのだ。さっさと会話を進めることにしよう。

 

「それで? 店に入ったことだし、そろそろ本題に入ろうじゃないか。今日は何の話をするために私を呼んだんだい?」

 

「んん? 別にこれといってないわよ? 『本題』なんて。単にアンネリーゼちゃんと話をしたかっただけですもの。」

 

「……まさかとは思うが、私は世間話の相手をするために呼ばれたってことなのか?」

 

「うん、そんな感じ。……ねえねえ、やっぱり呼び方は『リーゼちゃん』にしていいかしら? その方が友達っぽいと思わない?」

 

こいつ、正気なのか? 明るい笑顔で聞いてくる紫に、痛む頭を押さえながら返答を返した。なんて面倒くさい相手なんだ。

 

「もちろんダメだ。友達じゃないんだから、友達っぽくする必要はないだろう?」

 

「えー……意地悪だなぁ、リーゼちゃんは。」

 

「キミね、勝手に呼ぶんだったらそもそも聞かないでくれたまえよ。一体何の意味があって質問したんだい?」

 

「一応聞いとこうかと思って。……じゃあじゃあ、リーゼちゃんは人間のことをどう思ってるの? これは『ちゃんと聞く方』の質問だから安心して頂戴。」

 

両手でテーブルに頬杖を突いて聞いてくる紫へと、気持ちを切り替えながら口を開く。落ち着け、私。まともにやり合うだけ損だぞ。自分のペースを保って受け答えせねば。

 

「そうだね……昔だったら『矮小な存在』と答えていただろうが、今は別にどうとも思わないかな。人間って括りで判断したりはしないよ。虫けら並みのヤツもいるし、尊敬に値するヤツもいる。そんなところさ。」

 

「うーん、良いわね。グッドな答えよ。……それじゃあ、妖怪に関してはどう思っているのかしら?」

 

「それこそ千差万別で答えようがないよ。人間の評価と同じさ。括りが大きすぎてどうとも言えないね。」

 

「ふむふむ、リーゼちゃんは二つの質問に同じ答えを返すってことね。……なら、三つ目の質問。その考え方を他の妖怪に伝えることは出来る?」

 

パチュリーのよりも黒の強い紫の瞳を細めて放たれた問いに、即座に首を横に振って返事を送る。そんなもん聞くまでもないだろうが。

 

「それは無理かな。……自分で言うのもなんだが、吸血鬼ってのは人外の中でも人間にかなり『近い』存在だ。ハーフヴァンパイアなんてのも居るわけだしね。そういう連中相手だったらやりようはあるかもしれないが、人間から『遠い』タイプ相手だと先ず不可能だと思うよ。魚に肺呼吸を教えるようなもんさ。そもそも構造上できないわけだし、そうなると当然理解もできない。……大多数の妖怪にとって人間ってのは敵であり餌なんだ。かくあれと与えられた認識を変えるのは難しいんじゃないかな。」

 

「でも、リーゼちゃんは変われた。そうでしょ? そりゃあ生まれ持った固定観念を変えるのは難しいけど、不可能ではないんじゃない?」

 

「私を知能指数の低い木っ端どもと一緒にしないでもらいたいね。どんな経緯を辿って私の認識が変化したかはキミもよくご存知のはずだろう? 果実が欲しいからといって木を折るような連中が同じ結論に至れると思うのかい? ……妖怪ってのは人間の畏れから生まれる存在なんだ。である以上、全員が全員仲良しこよしになれるわけがないだろうに。……まあ、今の私が言っても説得力に欠けるかもしれんが。」

 

言いながら何故か温められているおしぼりで手を拭いた私へと、紫は大きくため息を吐いてから首肯してきた。

 

「そうなのよねぇ、そこが問題なわけよ。私たちみたいな大妖怪クラスになれば自己を確立できるから、必ずしも人間の畏れが必要なわけじゃないんだけど……んんー、低級妖怪は無理よね。本能に流されちゃう部分が大きいし、あの子たちも生きるのに必死だから。」

 

「だからこそキミは件の箱庭を創ったんだろう? 力ある者が定めたルールの上でなら、人妖の共存が可能だと思ったわけだ。違うのかい?」

 

「私一人で創ったわけじゃないし、その理由も様々なんだけどね。少なくとも私の目的は人妖の共存で間違いないわ。……だけど、今のままじゃ不健全なわけよ。ルールを破った時の罰が怖いから共存してるんじゃ意味ないでしょ? 妖怪が本当の意味で人間という存在を認めない限り、私の望む幻想郷が完成したとは言えないわ。……人間の方だってまだまだダメね。大多数はルールに縋って生き延びようとするだけで、人妖犇めく幻想郷で独立しようとしている者なんかごく僅かよ。」

 

「ふぅん? だから切っ掛けとして『スペルカードルール』を導入してみる、と?」

 

私が核心に触れたところで、料理を運んできた店員が皿をテーブルの上に載せる。よしよし、美味そうなサンドイッチじゃないか。八雲のは……パスタか? やけに赤みが濃いな。

 

『はい、どうぞ。アイスティーとクラブハウスサンド、それにコーヒーとナポリタンですよ。』

 

『ありがとう。いつも通り美味しそうね。』

 

『まあまあ、紫ちゃんったらお上手なんだから。……あら、いらっしゃいませー!』

 

ベルの音に気付いて入ってきた客の案内に向かった店員を見送って、とりあえずはクラブハウスサンドへと手を伸ばす。うむ、見た目通りの美味さだな。一口食べて自分の選択に満足しながら顔を上げてみると……何のつもりだ? フォークに巻き付けたパスタをこちらに差し出している紫の姿が目に入ってきた。

 

「はい、あーん。」

 

「……意味が分からないんだが。」

 

「これ、日本で作られた料理なんですって。だからあーん。食べてみたいでしょ? 美味しいのよ? ここのナポリタン。」

 

「お断りだね。興味ないよ。」

 

もちろん嘘だ。本当は興味津々だが、こいつに食べさせてもらうなど恥ずかしくて我慢ならん。後日アリスと買い物に行った時にでも食べてみることにしよう。

 

私の冷たい拒絶を受けた紫は、さも残念そうな表情でパスタを自分の口に運び直す。

 

「むむー、中々仲良くなれないわね。意外にも照れ屋さんなの?」

 

「常識があるんだよ、私は。ホグワーツで培った常識がね。それより質問の答えはどうなんだい?」

 

「ん? もちろん大正解よ。それなりに安全で、派手で面白くって、それでいてやり甲斐のある決闘方法。つまり、一種のゲームね。一緒に遊べば仲良くなるんじゃないかと思ったの。」

 

「……まあ、悪くない方法ではあるのかもね。」

 

弾幕を作り出すの自体はそう難しいことではない。ルール上は被弾そのものが問題になるわけであって、相手にダメージを負わせる必要はないのだから。極論、綿毛がぶつかる程度の威力でも構わないのだ。魔理沙の話を聞くに幻想郷は凄まじいレベルで神秘が濃い場所のようだし、それなら人間でもちょっと訓練すれば扱えるようになるだろう。

 

なら、後はそれを組み合わせて『スペル』に変えるだけでいい。より美しく、より避け難い弾幕に。とはいえ完全に避けられない弾幕はルール違反なので、制作するに当たって頭も使うことになる。私もいくつか作ったが、結構苦労したぞ。

 

頭の中で『弾幕ごっこ』のことを考えつつ、美味しそうにパスタを頬張る紫へとぼんやりとした疑問を放つ。

 

「やってみて面白かったのは認めよう。もちろん多少の差は残っちゃうだろうが、このルールならある程度対等に戦えるって部分にも同意するよ。……だが、いきなり人妖が仲良く弾幕ごっこを始めるとは思えないね。」

 

「へーきへーき、最初は強制的に押し付けちゃうから。これ以外の方法で戦ったら死刑、みたいな感じで。」

 

「おいおい、それだと人食性の妖怪が全滅しちゃわないかい?」

 

「それは大丈夫よ。そもそも『餌用』の人間は住人とは別に供給してあるから。」

 

……そういう部分はドライなんだな。私が何を思っているかに気付いたのだろう。紫は困ったように苦笑しながら言い訳を述べてきた。

 

「私だって嬉々としてやってるわけじゃないけど、こればっかりは仕方ないわ。食べなきゃ死んじゃう子もいるんだもの。『神隠し』ってことにして、人間界から最低限必要な数だけを調達してるのよ。」

 

「実に猟奇的だね。片手で人間を攫って妖怪の餌にしつつ、もう片手では人妖の融和を押し進めているわけだ。ひどいペテンじゃないか。」

 

「うー、そんなに責めないで頂戴よ。リーゼちゃんだって人間を食べたりするでしょう?」

 

「昔の話さ。今は主に牛や豚だよ。……死体を盗んでくるんじゃダメなのかい? 味は多少落ちるかもしれんが、死にたてだったら栄養的には問題ないだろう?」

 

思い付いた提案を飛ばしてみると、紫は首を横に振って否定の返事を寄越してくる。ダメなのか。良い考えだと思ったんだけどな。

 

「奇妙なことに、人間界では生きている人間よりも死んだ人間の方がきちんと管理されてるの。生きている人間が突如として居なくなってもそんなに騒ぎにならないのに、それが死体だと大騒ぎになっちゃうのよ。戦争があった頃は簡単に調達できたんだけどね。今は色々と難しくなっちゃったわ。」

 

「管理者の苦労ってわけだ。……ま、その辺は個人的にはどうでも良いかな。精々苦労してくれたまえ。」

 

「最近だと苦労してるのは主に藍なんだけどね。一応は自殺志願者なんかを優先的に狙ってるから、標的を見つけ出すのも一苦労なの。」

 

どうやらあの九尾狐も美鈴や小悪魔並みに扱き使われているようだ。金髪九尾にちょびっとだけ同情の念を送った後、アイスティーで喉を潤してから口を開く。

 

「何にせよ、キミの箱庭なんだ。キミの好きにすればいいさ。余程に受け入れ難いルールじゃない限り、中途参加者たる私は従うよ。」

 

「やっぱり変わったわねぇ、リーゼちゃん。達観したというか、穏やかになったというか……大人になったって感じ。昔はもっと尖ってたのに。」

 

「イギリス魔法界のトラブルが全部解決したら、私は長い『夏休み』に入る予定だからね。あくせく働くのはレミィに任せるさ。」

 

「んー……それならそれなら、私の仕事を色々と手伝ってくれない? そんなに頻繁にあるわけじゃないし、大して忙しくはならないと思うわ。夏休みの暇潰しにどうかしら?」

 

ナポリタンとやらを完食した紫が人差し指を立てて言ってくるのに、やる気ゼロの声で返答を返す。

 

「ヤダよ、面倒くさい。私は幻想郷じゃ日がな一日のんびり過ごす予定なんだ。無意味かつ有意義な時間を奪わないでもらおうか。」

 

「だけど、私でしかあげられない特典もあるわよ? ……人間界と幻想郷を行き来できる権利ってのはどうかしら? イギリスのお友達のこと、気になるでしょ? ちょくちょく遊びに行ってあげるのもいいんじゃない?」

 

「……キミは本当に油断できない女だね。ますます嫌いになったよ。」

 

私にとってはかなりの価値がある条件で、尚且つ紫にとっては容易く実現できる内容だ。あの三人の未来を見届けられるってのは喉から手が出るほど欲しい『特典』だぞ。

 

乗せられてるなと感じつつも、目線で続きを促してやると……紫はこれでもかってくらいの胡散臭い笑みを浮かべながら要求を伝えてきた。

 

「私は幻想郷のトラブルを解決するための『調停者』を育て上げたんだけどね、その子にはちょっとだけ……そう、欠けてる部分があるのよ。そこを埋めるのをリーゼちゃんに手伝って欲しいの。」

 

「よく分からんね。能力的なことを言っているのかい? 妖力の扱い方を教えるとか?」

 

「そうじゃなくって……まあ、あの子に関しては直接話した方が分かり易いかも。今度幻想郷に案内するから、その時会って決めてくれればいいわ。」

 

『調停者』ね。藍の話にもちょこっとだけ出てきていたが、どんなヤツなんだろうか。……紫の言から察するに、面倒くさいヤツなのは間違いなさそうだが。

 

それでも対価が対価なだけに結局引き受けちゃうんだろうなと思いつつ、アンネリーゼ・バートリは疲れた気分で残ったサンドイッチに食らいつくのだった。

 


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