Game of Vampire 作:のみみず@白月
「──から目を逸らし、非魔法族の進歩をも無視すると? 最早そんな時間は残されていない。今の諸君らはそのことを理解しているはずだ。……どうも分かっていない者が多そうなのではっきりさせておくが、俺はそうすべきだと言っているのではないぞ。そうしなければならないと言っているんだ。この場に他の道を示せる者が居るのであれば、立ち上がって声を上げてみろ! ……居ないようだな。それなのにまだ話し合う必要があるのか?」
議場の中央に設置された演台で挑発的な弁舌を振るうグリンデルバルドを見ながら、アリス・マーガトロイドはこっそり苦笑いを浮かべていた。役者が違うな。どうやら反対派の中にはレミリアさんとグリンデルバルドに対抗できるような弁論家は居ないらしい。『ふたり舞台』になっちゃってるぞ。
昨日から始まった国際合同カンファレンスの会場となっているのは、マホウトコロの中心部にある広い畳敷きの大広間だ。畳の上には大きな赤いカーペットが敷かれており、その上に参加者の数だけ椅子やテーブルが設置されている。他国の文化に合わせてくれたのだろうか?
円形に並べられた百脚近いテーブルの中央には演台が置かれていて、基本的にはそこに立つ人物が発言なり質疑の応答なりをやっているのだが……今日はレミリアさんとグリンデルバルドしかまだ立っていないぞ。昨日はマグル学の専門家だったり他国の大臣なんかもちらほらと話していたんだけどな。初日の様子見は終わり、二日目は本格的な議論の時間に突入したらしい。
そんなわけで矢面に立つことになった二人だったが、さすがに演説やらディベートやらはお手の物らしく、先程から次々と投げかけられる質問をバッサバッサと切り捨てまくっているのだ。レミリアさんが高圧的に踏み潰したかと思えば、グリンデルバルドが冷徹な理詰めで抑え込む。……うーむ、二人よりも周りの方が疲れてきてるみたいだな。
参加者用のテーブルの後ろに設置されている随行員席で私が考えている間にも、何度目かのグリンデルバルドに対する質疑応答は終わったようだ。ロシアの議長どのは悠然とした足取りで演台を離れて、レミリアさんとは逆側のテーブルに戻って行った。
しかし、暇だな。他の随行員たちはそれぞれの『陣地』で書類の整理を手伝ったり、参加者に助言を送ったりと忙しいようだが、もちろんレミリアさんは私ごときの助言など必要としていない。おまけにさっきまで話し相手になってくれていたリーゼ様は姿を消してグリンデルバルド側のテーブルに行ってしまったし、議論の内容も同じようなものばかりになってきている。
これは、二日目中盤にしてもう煮詰まっちゃいそうだな。レミリアさんによれば、この後ダンブルドア先生も発言する予定なのだ。それで更に議論の方向性が定まるだろう。ヨーロッパ諸国の代表の中にはグリンデルバルドへの反感から強硬に反対している者も少なからず居るようだが、感情を抜きにすれば発言の理を認めているはず。もはや大勢は決したらしい。
「では、次に進みましょう。発言したい方はいらっしゃいますか?」
演台の正面に座るマホウトコロの校長が進行するのを聞きながら、大広間の左側にある中庭へと目を向けた。風情を感じる広大な日本庭園の中心部には、十月だというのに満開の大きな桜の木が聳え立っている。よく見ると、マホウトコロの生徒らしい数人の子供たちがそこに登って議論を覗き見ているようだ。
低学年らしき小さな女の子を引っ張り上げている長身の男の子と目が合ったので、にっこり笑いながらひらひらと手を振ってみると……おー、赤くなっちゃった。おませさんだな。リーゼ様もこのくらい簡単なら苦労しないのに。
それに気付いた女の子が男の子を木から突き落とそうとし始めたのを眺めていると、そそくさと外側から近付いてきた……デュヴァル? フランス闇祓いのルネ・デュヴァルが話しかけてくる。相変わらず実力に見合わない貧相な風体だ。国際場裡においても『擬態』は健在らしい。
「どうも、ミス・マーガトロイド。ご無沙汰しております。」
「久し振りね、デュヴァル。フランス魔法大臣の付き添いで来てるの?」
「その通りですが、少々厄介なことが判明しまして。」
厄介なこと? 表情を真剣なものに改めた私を見て、やけに緊張した声色のデュヴァルは小声で話を続けてきた。
「実は、先程本国から緊急連絡があったのです。シャモニーで先の戦争の残党を捜索していた部隊が、死喰い人が反グリンデルバルドの過激派と接触した痕跡を見つけたそうでして。破棄された資料を復元した結果、このカンファレンス中の暗殺を狙っている可能性が大きいとのことでした。」
「……ちょっと待って、死喰い人がグリンデルバルドを殺そうとしているってこと?」
「いえ、今回の件に関しては死喰い人が中核というわけではなさそうです。元より過激派が企んでいた計画を後押ししている、と言うべきでしょうね。……グリンデルバルド議長の暗殺計画自体は以前から懸念されていたことですが、これで更に実行の可能性が高まりました。用心してください、ミス・マーガトロイド。私は他の信頼できそうな知人にもこのことを知らせてきます。」
言うと、デュヴァルは身を屈めながら素早い動きで別のテーブルへと向かって行くが……むう、死喰い人の目的がいまいち分からないな。グリンデルバルドの復帰で削ぎ取られた影響力を取り戻そうということか? もしくは単に混乱が目的なのかもしれない。勢力を立て直す隙を作るための混乱が。
何にせよ、デュヴァルの言う通り用心すべきだ。発言し始めたスイス魔法大臣の話を聞いているレミリアさんに近付いて、こっそり耳元で報告を囁いた。
「レミリアさん、グリンデルバルドの暗殺はやっぱり起こるかもしれません。今しがたデュヴァルが知らせてくれたんですけど、死喰い人が関わっている可能性もあるとか。シャモニーで暗殺を計画していた連中と死喰い人が接触した痕跡を見つけたそうです。」
「ふーん? ……まあ、そんなに気にしなくていいでしょ。事が起こったら対処すればいいわ。」
軽い感じで肩を竦めてきたレミリアさんは、至極どうでも良さそうな表情だが……そんなに悠長に構えちゃって大丈夫なのか? 首を傾げる私に対して、我らが弁舌強者の吸血鬼どのは苦笑しながら続きを語る。
「あのね、グリンデルバルドの近くにはリーゼが付いてるのよ? ついでに言えば私やダンブルドア、貴女やデュヴァルなんかも居るし、各国代表の護衛だって生半可な連中じゃないわ。誰がどう頑張ってもこの状況であの男を殺すのは無理でしょ。……恐らく、リドルも別に期待してないんじゃないかしら? さすがにそこまでバカじゃないと思うわよ。」
「単なる揺さぶりってことですか?」
「っていうか、『殺せればラッキー』くらいの気分で焚き付けただけでしょ。どこぞの実行犯が失敗して全滅したところで、死喰い人の懐は痛まないわけだしね。」
発言の要点をメモしながらのレミリアさんの説明を聞いて、曖昧に頷いてから元の席に戻った。ふむ、言われてみれば確かにそうかもしれない。リドルはレミリアさんやダンブルドア先生の実力を嫌というほど知っているはずだ。ここまで強力なカードが揃っている場所に残り少ない戦力を差し向けたりはしないだろう。
となると、適当に情報を流して過激派の背を押しただけか。……いよいよやり方が姑息になってきたな。余計なことをして多方面に迷惑をかけるのはやめて欲しいぞ。私が小さくため息を零したところで、スイス大臣の質問に対応するために再びグリンデルバルドが演台に立つ。マグル界への対処を行うとして、どの国の誰が音頭を取るのかと聞かれたようだ。
「無論、先頭に立つべきは国際魔法使い連盟……つまり、ここに居る全員だ。この問題は単一の指導者の手によって解決すべきものではない。魔法界全体として向き合っていく必要がある以上、連盟が旗を振るのは当然のことだろう?」
「グリンデルバルド議長が旗頭になるつもりはないということですかな?」
「民意次第だ。各国の魔法使いが選んだ代表たる諸君らが俺を旗頭に選ぶのであれば、老い先短い身命を賭して役目を全うしてみせよう。だが、選ばれないのであれば余計なことをするつもりはない。あくまでロシア魔法界代表としての役割に徹する所存だ。」
「……なるほど、理解いたしました。」
どうやらスイス大臣はグリンデルバルドが連盟中での権力を握ることを危険視しているらしい。うーん、気持ちは分からなくもないな。そんな懸念を危なげなく躱したグリンデルバルドが席に戻ろうとするが、参加者の一人がそれに待ったをかけた。テーブルの上に置いてある小さな国旗からするに、デンマークの代表のようだ。
「私からもグリンデルバルド議長に質問してよろしいでしょうか?」
「今の質問内容に関わることでしたら問題ございません。どうぞ。」
進行役たるマホウトコロの校長の許可を受けて、演台に戻ったグリンデルバルドへとデンマーク代表が問いかけを送る。感情を押し殺しているような無表情でだ。
「では、グリンデルバルド議長にお聞きしたい。……貴方の両手は血に染まっているはずだ。多くの罪もない魔法使いたちの血に。だというのに、まるで過去など無かったかのように恥ずかしげもなくこの場で発言している。私にとっては信じられない行いですよ。貴方に罪悪感はないのですか?」
「……質問内容が不適当です。グリンデルバルド議長、答える必要は──」
「構わん、『質問』に答えよう。」
制止しようとした進行役の言葉を遮ると、グリンデルバルドはデンマークの代表を真っ直ぐに見つめながら口を開いた。……一気にきな臭い雰囲気になってきたな。各国代表たちも騒ついている。レミリアさんだけが愉快そうな面持ちだ。
「俺は自分の為したことを余すことなく覚えている。殺した相手の顔も、名前も、怨嗟の声もな。この両手が夥しい量の血にまみれているのも承知の上だ。……だが、後悔はしていないぞ。若い頃のたった一つを除いて、俺は己の所業を一片たりとも恥じてはいない。全てはより大きな善のために行ったことだ。」
「恥知らずめ。お前は自分がどれだけの死体の上に立っているかを理解していないのか?」
「では聞くが、お前は俺に何を望んでいるんだ? 死んで詫びろと? 死者のために祈れと? ……冗談ではない。俺が行うべきは犠牲に見合うだけの革命を成し遂げることだ。積み上げた死体に向かって懺悔するのではなく、それを踏み越えてでも魔法族の未来のために手を伸ばすことだ。……俺は死ぬまでそれをやめるつもりはないぞ。この身が単なる肉塊に変わるまで、魔法族のために行動してみせる。それが俺の責任の果たし方だ。」
無表情で淡々と、迷いなく言い切ったグリンデルバルドに気圧されるかのように、額に汗を滲ませたデンマークの代表が一歩後退った。……理性的に狂っているな。ダンブルドア先生とはまた違った形での自己犠牲の権化だ。個人ではなく、種族のためにその身を捧げる怪物。リーゼ様がダンブルドア先生とグリンデルバルドが似ていると言っていた理由がようやく理解できたぞ。
だけど、やっぱり私はこの男を好きにはなれそうにない。私の知る限り、『正しさ』とは一つだけが明確に存在しているわけではないはずだ。……グリンデルバルドは怖くないのだろうか? 自分が間違っているかもしれないと、誤った道を歩んでいるかもしれないと不安になったりはしないのだろうか? もしそうだった時、積み上げた犠牲はそのまま純然たる悪行に変わってしまうのに。
きっと、それでも迷わず進める者だけが世界に変革を及ぼせるのだろう。それが良いものにせよ、悪いものにせよだ。グリンデルバルドも、レミリアさんも、そしてある意味ではリドルも。そうやって大きな波を生み出してきたのだから。
そんなグリンデルバルドの威圧感に会場全体が凍り付いた瞬間、ゴクリと喉を鳴らしたデンマークの代表が……嘘だろう? そこまでするのか? 杖を抜いて白い老人へと呪文を撃ち込んだ。
「やはりお前は死ぬべきだ、グリンデルバルド!」
同時にデンマークの随行員が杖を抜き、他の国々の随行員の中からもちらほらと閃光が放たれる。妙だな。曲がりなりにも国の代表がこんな感情的なことを仕出かすのか? 疑問を感じつつも素早くホルダーへと手を伸ばして、グリンデルバルドに向かう呪文の対処を──
「あらまあ、残念賞。」
する間も無く、グリンデルバルド本人、ダンブルドア先生、そしてマホウトコロの校長が信じられないスピードで空中の閃光を撃ち落としてしまった。抜いたのすら視認できなかったぞ。ニヤニヤしながら呟いたレミリアさんの声を聞きながら、苦い思いで他の連中の制圧に移る。杖魔法だとまだまだ上が居るわけだ。
「他には構うな! グリンデルバルドだけを──」
「
余計なことを喚く近くに居た男を気絶させた後、レミリアさんの周囲に七色の人形を展開させていく。護衛の必要などないことは重々承知しているが、それでも役割は全うすべきだろう。無表情で全方位から飛んでくる呪文の対処をしているグリンデルバルドをチラリと確認してから、手近なもう一人を気絶させたところで……ありゃ、もう制圧し終わっちゃったらしい。呆気ないな。
「……えっと、これで終わりですかね?」
「終わりでしょ。戦力の想定も出来ないアホが立てた計画なわけだし、所詮こんなもんよ。イギリスの戦争に比べたら張り合いがないけどね。」
退屈そうなレミリアさんがやれやれと首を振るのを横目に、一応杖を構えたままで慌ただしく動く周囲の参加者たちを見守る。絶対にやりそうもないヤツが暗殺を企てたわけだし、誰が敵なのか分かったもんじゃないぞ。
「……ポリジュース薬です! 暴露呪文を!」
そこで不意に響いた声の出所を見てみると、倒れたデンマーク代表に杖を向けているデュヴァルの姿が目に入ってきた。あー、そういうことか。デンマーク代表の顔が他人のものに変わっていくのを見るに、下手人たちは皆入れ替わっていたということなのだろう。
「これはこれは。実行犯もお粗末だけど、各国代表も間抜けを晒すことになったわね。入れ替わってるのに誰も気付かなかったわけ? ……まさかイギリスは下手を演じちゃいないでしょうね? 二年前の二の舞は御免よ。」
レミリアさんの言葉を受けて、イギリス勢のテーブルへと目をやってみれば……大丈夫そうだな。アメリアとフォーリーを囲んで周囲を警戒しているスクリムジョールやロバーズらの姿が見える。他国よりも遥かに落ち着いているし、二度の戦争で得た経験は充分に発揮されているらしい。
「大丈夫みたいですね。……カンファレンスは中断でしょうか?」
「んー、そうね。さすがに一時中断にはなると思うわ。この国の闇祓いの捜査も入るでしょうし、入れ替わった人物の安否確認も必要だもの。……しっかし、マホウトコロにとっては不運だったわね。防ぐのは難しいやり方だったけど、会場の責任者な以上はマホウトコロの落ち度になっちゃうわ。」
まあ、その通りだ。国際カンファレンスの参加者全員を事前に暴露呪文で調べようとするのなんてムーディくらいのものだろう。普通なら失礼すぎてやらないし、やれない。『常識』に付け込まれたマホウトコロはちょっと可哀想だな。
杖を片手に毅然とした声で指示を出しているマホウトコロの校長に対して、アリス・マーガトロイドは静かに同情の念を送るのだった。