Game of Vampire 作:のみみず@白月
「おいおい、大丈夫なのか? これ。」
朝食時の大広間。届いたばかりの予言者新聞を見ながら、霧雨魔理沙は思わず呟きを漏らしていた。『マホウトコロで開催中の国際合同カンファレンスで暗殺未遂』? 久々にインパクトのある見出しじゃないか。眠気が吹っ飛んじゃったぞ。
「暗殺未遂? ……リーゼは平気なのかしら? 参加してるのよね?」
私と同じタイミングで自分の購読している新聞を開いたハーマイオニーに続いて、ガツガツと朝食を食べていたハリーとロンも心配そうな表情で紙面を覗き始める。そして隣の咲夜は……こいつ、また『止めた』な? どうやら既に私の持つ新聞を読み終わった後のようだ。お澄まし顔でサラダを頬張っているのを見るに、少なくともリーゼやレミリアに怪我はないらしい。
「僕にも見せてくれ。まさか怪我してないよな? 怪我したら載ると思うか?」
「スカーレットさんの随行員として行くって言ってたから、もし何かあったら載るんじゃないかな。……どう? 大丈夫そう?」
頭を寄せ合って記事をチェックする六年生三人組へと、呆れた声色で言葉を放つ。私はまだ見出ししか読んでいないが、それでも断言できることはあるのだ。
「あのな、普通に考えてリーゼが怪我するわけないだろ。あいつをどうにか出来るレベルの暗殺者だったら未遂で終わるはずないしな。『マホウトコロに生存者なし』が妥当だぜ。」
「それだと暗殺じゃなくて襲撃になると思うけど……まあ、お嬢様方がやられるのは有り得ないって部分には賛成よ。死者どころか、怪我人すら出なかったみたいね。」
ヴィネグレットのかかったロケットを食べながら肩を竦める咲夜の言う通り、記事を読む限り死傷者は一人も出なかったようだ。暗殺者たちはポリジュース薬でカンファレンスの参加者と入れ替わっていたらしいが、誰かを傷付ける間も無く議場で全員拘束されたらしい。おまけに『元』になった人物も即日救出されたとか。お粗末すぎる暗殺劇だな。
「死者ゼロ、怪我人ゼロ、そしてカンファレンスの遅れもゼロだ。今日も普通に再開されてるらしいぜ。」
「というか、そもそも誰を狙った犯行だったの?」
「グリンデルバルドを狙ったんだとさ。あの爺さんは四方八方から恨まれてるみたいだし、別段驚くようなことでもないだろ。」
私からしてみればヴォルデモートより遥かにマシという印象だが、大陸側だとまた違った捉え方があるのだろう。載っていた写真の中からこちらを睨め付けてくるグリンデルバルドを見ながら、乗り出していた身を戻したハリーに答えたところで、未だハーマイオニーの持つ新聞を覗き込んでいるロンが口を開いた。
「でも、日程に遅れが出なくて良かったな。校長の授業のこともあるしさ。」
「貴方が授業の心配をする日が来るとは思わなかったわ。……よく考えたらダンブルドア先生も大変ね。土、日、月でカンファレンスに出席して、明日には授業に復帰だなんて。一日くらいお休みすべきじゃないかしら?」
読み終わったらしい新聞をロンに渡すハーマイオニーの言葉を受けて、ハリーがスクランブルエッグを皿に盛りながら返事を送る。心配事が解決して食欲が戻ってきたらしい。
「ダンブルドア先生が休むのには賛成だけど……変な話だよね、授業一つ中止に出来なかった暗殺だなんて。犯人は今頃悔やんでるんじゃないかな。」
「普通に再開する連盟も連盟で図太いと思うけどな。会場になってるマホウトコロもそうだし、参加者も同じだ。魔法使いの国際機関だけあって全員どっかおかしいぜ。……そういえば、リーゼは終わってもすぐには帰ってこないんだろ?」
「そうみたい。カンファレンスが終わった後もマーガトロイド先生と観光する予定だから、帰りは木曜以降になるって言ってた。」
「羨ましいぜ、まったく。私も行きたかったんだけどな。」
日本か。幻想郷生まれの私にとっては複雑な土地だ。故郷っちゃ故郷だが、実際に足を踏み入れたことは一度もない。……改めて考えると意味不明だな。『こっちの世界』に関しては今やイギリスの方が詳しくなっちゃったぞ。
うーむ、ホグワーツを卒業する前に一度くらいは行っておくべきかもな。境界を分かつ博麗大結界がある以上、幻想郷に戻ったら気軽に出られたりしないのだ。どうせならこっち側の日本もきちんと見ておくべきだろう。
「……なあ、咲夜。来年か、再来年の夏休みとかに旅行に行ってみないか?」
思い付いた提案を小声で咲夜に飛ばしてみると、我らが銀髪ちゃんはきょとんとした顔で小首を傾げてきた。
「旅行? 急にどうしたのよ?」
「いやなに、幻想郷に戻る前に日本に行っておくべきだって気付いたんだよ。一人で行くのもなんだし、咲夜もどうかと思ってさ。」
「そんなこと言われても、レミリアお嬢様が許可を出してくれるかしら? ……っていうか、幻想郷は日本じゃないの?」
「日本かどうかと聞かれたら日本かもしれんが、文明のレベルは段違いだぞ。自分の故郷をあんまり悪く言いたくはないんだけどな。正直言って、こっちに比べると相当生活の質が落ちる感じなんだ。」
マグル界には電気があり、魔法界には魔法がある。しかし幻想郷には……まあ、色々と不思議な力はあるっちゃあるが、少なくとも人里には水洗トイレなんか無かったぞ。帰る段階になったら絶対に新型のをマグル界で買って持ち帰るつもりだ。魔法で稼働させれば向こうでも使えるだろうし。
私の深刻そうな表情を見て不安になったのか、咲夜は朝食を中断して恐る恐る質問を寄越してきた。
「……私、ホグワーツと同じくらいの生活になると思ってたんだけど。違うの?」
「悪いが、全然違う。飯なんかは食材からしてこっちの方が遥かに美味いし、清潔感も断然こっちが上だ。……つまりだな、幻想郷にあるのは『村』なんだよ。『町』じゃない。」
「えっと、噂に聞くホグズミード村みたいな感じってこと?」
「ホグズミードに人口をいくらか足して、代わりに陽気さと魔法を引いた感じだな。」
特に魔法の部分がデカいぞ。私的には陽気さの部分も結構デカいがな。説明を聞いてどんどん顔を曇らせていく咲夜へと、具沢山なサンドイッチをいくつか取りながら話を続ける。人里では有数の名家だった私の実家でさえも、魔法で利便化された魅魔様の家に比べると天と地なのだ。普通の民家なんぞ言わずもがなだろう。
「こっちのマグル界と同じようなのを想像してると痛い目に遭うぞ。幻想郷の人里は本当に古い暮らしをしてるんだから。……ただまあ、紅魔館内は大丈夫だろ。アリスやノーレッジが居るし、何よりレミリアがそんな暮らしを許さないさ。こっちと同水準の生活は送れると思うぜ。」
「それは良かったけど……不安になってきたわ。食材の仕入れなんかは大丈夫なのかしら? お嬢様方に変な物をお出しするわけにはいかないのよ?」
「少なくとも、こういうのをコンスタントに手に入れるのは難しいかもな。」
フォークに刺した分厚いベーコンを突き出して言ってやれば、咲夜は困ったような表情で悩み始めてしまった。私も昔はそこまで気にしていなかったが、一度文明の味を知ってしまった今はもう無理だろうな。トイレだけじゃなくて色々な物を持って帰る必要がありそうだ。
三年後のお買い物に備えて金を貯めようと決意したところで、咲夜の反対側におずおずとアレシアが座り込んだ。どうやらこの子はリーゼが出かけている間、私を仮の『保護者』にすることに決めたらしい。クィディッチの練習で世話を焼いているからなのか何なのか、妙に懐かれるようになってしまった。
そして、その手には無骨なビーター用の棍棒が握られている。『先ずは道具に慣れるべき』というケイティの指示を変に解釈しちゃったようで、最近のアレシアは常に身の丈に似合わぬ棍棒を持ち歩くという奇行を行なっているのだ。
「……あの、おはようございます。」
「おう、おはよ。……何度も言うが、棍棒は持ち歩かなくてもいいんだぞ? 重いし、邪魔だろ?」
「でも……これを持ってると、スリザリンの人たちが近付いて来ないんです。」
そりゃあそうだろうさ。私だって知らないヤツが棍棒片手に闊歩してたら近付かない。何故ならどう考えても危ないヤツだからだ。……なんか、色々と変な方向に進み始めてないか? 少し不安になってきたぞ。
ゴトリと音を立ててテーブルに棍棒を置くアレシアを横目にしながら、霧雨魔理沙はこいつも立派なホグワーツ生になってきたなとため息を吐くのだった。
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「まあ、ほぼ成功と言えるだろうさ。これで指導者層の意思はある程度統一できたわけだしね。」
窓の外に広がる逆さまの世界を眺めつつ、アンネリーゼ・バートリは同室している二人へと語りかけていた。視線の先では箒に乗った数名の生徒が、自動車サイズのウミツバメたちとじゃれ合いながら次々と湖面に突っ込んでいる。明るい場所でクィディッチの練習をするために『境界』を抜けて表側へと飛び出して行ったのだろう。ここでしか見られないような光景だな。
グリフィンドールチームも今頃練習を頑張っているのだろうかと考え始めた私に、座椅子に座っているレミリアが返事を寄越してきた。カンファレンス三日目も半分が過ぎ、お昼時の小休止の真っ最中なのだ。午前中の論戦を凌ぎ切った私たちは、レミリアに与えられた控え室で作戦会議をしているのである。
「そうね、本来昨日の午後にやる予定だったダンブルドアの演説と、さっきの香港自治区の話が効いたみたい。だからまあ、午後は説得するってよりも詳細を詰める感じになるんじゃないかしら? 後は民衆を問題に向き合わせるだけだしね。」
「徐々に私たちの手を離れ始めるわけか。……ふむ、思ったよりも時間がかからなかったね。やるじゃないか、レミィ。」
「元々問題の土壌はあったってことでしょ。そこに私とグリンデルバルドで水を注ぎまくったんだから、芽が出るのが早いのは当たり前よ。……だけど、油断は禁物だからね。各国代表はある程度の脳みそを持っているからこの問題のことを理解できたの。頭蓋骨の中が空っぽな民衆に浸透させるのはまた別の難しさがあるわよ?」
「民意の誘導はキミの得意分野じゃないか。味方も増えたんだし、何とかなるさ。」
軽く言う私をジト目で睨んだレミリアは、やれやれと首を振った後に部屋の隅で電気ポットを弄っているアリスへと話しかけた。この学校では普通に電化製品が使えるらしく、各所にマグルの機械が置いてあるのだ。
「アリス、お茶はまだなの?」
「ちょっと待ってくださいね、昨日まではここを押せばお湯が出てきてたんですけど……んー? 何ででしょう?」
どうやら慣れない電化製品に四苦八苦しているようだ。首を捻っているアリスに助言を送ってやりたいのは山々だが、紅魔館内で二番目に電化製品を使い慣れている都会派魔女に分からないのであれば私に分かるはずもない。……いよいよアリスも『時代遅れ』の仲間入りかもしれんな。これで残るはフランだけか。
物悲しい気分で壁際のプラグを確認し始めたアリスを見つめていると、入り口の襖の奥から声が投げかけられる。
「失礼します、スカーレット女史。お食事をお持ちしました。入ってもよろしいでしょうか?」
うーむ、昨日と同じくたどたどしい英語だな。『読み上げてる感』が凄いぞ。お昼になるとマホウトコロ側が豪勢な日本料理を用意してくれるのだが、それを運んでくるのは職員でもしもべ妖精でもなく、この学校の生徒たちなのだ。
単純に人手が足りないのか、それとも社会勉強の一環なのか。何にせよ大変だなと同情する私を他所に、パパッと姿勢を整えたレミリアが入室の許可を放った。ガキ相手に見栄を張ってどうするんだよ。
「構わないわ、入って頂戴。」
「では、失礼します。」
一言断った後、部屋に独特な形状のトレイを持った数名の生徒が入ってくる。二日目とは違う面子だな。アジア系は幼く見えるから自信はないが、ホグワーツで言う二、三年生くらいの男女五人組だ。
「こちら筍の炊き込みご飯と、松茸とハモの土瓶蒸し、それに近海で獲れた魚介のお刺身の盛り合わせとなります。山葵は刺激が強いので先ずは少量からお試しください。それでこれが、えーっと──」
他の四人がテーブルに料理を並べている間に、最も歳上らしき男子生徒が一つ一つの料理の説明をしていたのだが……忘れちゃったのか? 途中で口籠ったかと思えば、見る見るうちに顔が青くなっていく。哀れな。
『……高山、助けてくれ。伊勢海老の香味バター炒めって英語でなんて言うんだっけ? お前も先生の説明を聞いてただろ? 忘れちゃったんだ。』
『俺だって忘れたけど、海老なんだからシュリンプだろ。イセ・シュリンプじゃないのか?』
『忘れたのは香味バター炒めの部分なんだよ。それに伊勢海老はシュリンプじゃなくてロブスターだ、このバカ!』
おいおい、丸聞こえだぞ。小声の日本語でもう一人の男子生徒に相談し始めた説明役君だったが、どうやら私たちが日本語を理解できることに気付いていないらしい。微笑ましいやり取りに苦笑する人外たちの中から、一番優しいアリスが助け舟を出した。
『えっとね、日本語で構わないわよ。三人とも理解できるから。』
『へ? ……あー、そうでしたか。それは失礼しました。こちらが伊勢海老の香味バター炒めと秋野菜の吹き寄せ、それとこっちは蛤のお吸い物と茶碗蒸しになってます。この保冷魔法がかかった小箱には柿のシャーベットが入ってますので、お召し上がりの直前に開けてください。』
顔色を青から一転、真っ赤になって早口で説明する男子生徒の声を聞きながら、私の分を配膳してくれている女の子に質問を送る。この際電気ポットの問題も解決してもらおう。
『キミ、あのポットのお湯の出し方が分かるかい? 上のボタンを押しても出てこなくて困ってたんだ。』
『ポットですか? 任せてください、見てきます!』
これはまた、元気な子だな。両手をがっしりと握った後、女の子はポットに近付いてあれこれ弄り始めた。あまり目にしたことのない緑がかった黒髪に、蛙と蛇を模した奇妙な髪飾りを着けている。見たところ咲夜や魔理沙の一、二個下といったところだろう。
『んうぅ……あっ、分かりました! ロックがかかってたんですよ。ほら、ここのツマミを動かすとお湯が出るようになります!』
『ロック? なるほどね、安全装置みたいなものか。ありがとう、助かったよ。』
『いえいえ、お安い御用です! ……ところでですね、カンファレンス? が終わったら日本観光なんかはしていく予定ですか?』
『まあね。せっかく来たんだし、適当にぶらつく予定ではいるよ。』
美味しそうな料理を横目に上の空で返してやると、女の子はずいと身を寄せて懐から取り出した謎のチラシを見せてきた。やけに粗い字だな。手作りなのか?
『でしたら是非ここに! 東京からは少し遠いんですけど、ここは由緒正しい神社なんです! 他の神社がどうかはともかく、この神社は吸血鬼さんにもご利益がありますから! 家内安全、学業成就、無病息災、商売繁盛、病気平癒、何でもござれの──』
『おい、蛇舌! 頼むからお客様に迷惑をかけるな! ……すみません、無視してください。こいつはちょっとおかしなヤツなんです。転入組なんで魔法界のこともよく知らないですし。』
説明役の男子生徒が割り込むと、女の子はそちらを睨んだ後でチラシを仕舞ってすごすごと引き下がる。『おかしなヤツ』ね。他の生徒たちも迷惑そうな表情を浮かべているし、ダンブルドアやアリスよりはパチュリーやルーナに近い生徒のようだ。つまりはまあ、『はみ出し者』らしい。
『……蛇舌ってのは? それが名前ってわけじゃないんだろう?』
ちょびっとだけ可哀想になって問いかけてみれば、女の子はどんよりした雰囲気を漂わせながら説明してくれた。コロコロと表情が変わる子だな。顔も整っているし、こういうタイプは人気が出ると思うんだが。
『蛇と話せるんです、私。校長先生は凄い特技だって言ってくれたんですけど、大多数の人たちは……その、不気味だと思ってるみたいで。』
『ああ、キミはパーセルマウスなのか。……奇遇だね、私の友人もそうなんだよ。』
サラザール・スリザリンの血筋……ではないよな? さすがに。新大陸の方にも遠い縁者が居るらしいから断定は出来ないが、可能性としては限りなく低いだろう。あの家系とはまた別のパーセルマウスってことか?
『本当ですか? その人も吸血鬼さんだとか?』
『いや、キミより少し年上の人間だよ。あとはまあ、有名どころだとヴォルデモートなんかもそうかな。知ってるかい? 闇の帝王を自称するアホなんだが。』
ハリーもヨーロッパ圏ではそれなりに有名人だが、日本では知らない者も多いだろう。彼よりももう少し有名であろうトカゲ男の名前を出してみると、女の子はかなり嫌そうな顔で頷いてくる。よくご存知だったようだ。
『……知ってます。悪い魔法使いなんですよね? やっぱり蛇舌はヨーロッパでも悪いイメージなんですか?』
『こっちでも印象は良くないが、個人的にはどうとも思わないかな。ヴォルデモートはともかくとして、私の友人は立派な人間だしね。……ま、パーセルマウスそのものに大した意味なんかないさ。私に翼が生えているように、キミは蛇と喋れる。それだけの話だよ。』
肩を竦めて言ってやると、女の子は大輪の笑みで返してきた。少しは励ましになったようだ。
『はい! ……ありがとうございます、お陰でちょっとだけ気が楽になりました。』
『なら良かったよ。』
『それじゃあ、日本を楽しんでいってくださいね。ここは良い国ですから。』
ぺこりとお辞儀して他の生徒たちと共に部屋を出て行く女の子を見送ってから、テーブルに並ぶ美味しそうな料理へと向き直る。さてさて、良いことをした後は褒美の時間だ。肉らしい肉が無いのは不満だが、今日のところはこれで満足しておくとしよう。
不慣れな箸を手に取りながら、アンネリーゼ・バートリはどれから食べようかと品定めを始めるのだった。