Game of Vampire   作:のみみず@白月

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獅子と鼠

 

 

「あら、もう拷問を始めてたの? 待っててくれたら私がコツを教えたのに。」

 

フランと共に暖炉の中からホグワーツの校長室へと足を踏み入れつつ、レミリア・スカーレットは部屋の面々に問いかけていた。ダンブルドア、マクゴナガル、ブラック、そして壁際に置かれた椅子に縛り付けられているピーター・ペティグリュー。ルーピン以外の面子は全員到着しているようだ。

 

カンファレンスでどうにか目的を果たして次なる一手の準備をしていたところ、息つく間も無くペティグリューを捕縛したという報告がダンブルドアから入ってきたのである。慌てて魔法省から紅魔館に戻り、既にお出かけの準備を済ませていたフランと二人でホグワーツを訪れてみたわけだが……ネズミ男の右腕が失くなっちゃってるぞ。トカゲ復活の際に捧げたとかいう手首どころではなく、肩口から綺麗さっぱりとだ。

 

それを指差して言った私に対して、ダンブルドアが苦笑しながら説明を送ってきた。ブラックは怒り心頭の表情で気絶しているらしいペティグリューを睨み付けており、マクゴナガルはそんなブラックが妙なことをしないように見張っているようだ。

 

「腕は最初からこうだったのですよ。イギリスでの戦いには参加しなかったようですし、フランスの小競り合いで失ったのかもしれません。」

 

「死喰い人の中じゃ杖腕を失くすのがブームみたいね。ご主人様とお揃いがいいのかしら?」

 

適当な相槌を放ちながらもチラリとフランの方に目をやってみると、無表情でペティグリューを眺めている我が妹の姿が視界に映る。感情が窺えない分、分かり易く怒っているブラックよりも遥かに怖いな。私がフランにこんな顔をされたら泣いちゃうかもしれないぞ。

 

「それで、詳しい状況は? 誰が捕らえたの?」

 

ぷるりと翼を震わせつつもダンブルドアに聞いてみれば、老人は困ったような表情で『ネズミ捕り』の経緯を教えてくれた。

 

「直接捕らえたのはグリフィンドールのクィディッチチームですよ。曰く、女子更衣室に潜んでいたようでして。それを見つけたアレシア・リヴィングストンという一年生が驚いてビーター用の棍棒で殴ってしまったらしいのです。その後ジニーと魔理沙が『スキャバーズ』だと看破して、ここまで連れてきてくれたというわけですな。あの二人もチームの一員ですから。」

 

「女子更衣室? 呆れて言葉も出ないわ。」

 

「ふーん。……それじゃ、とりあえず潰しちゃおっか。」

 

『潰す』? ポツリと呟いたフランはスタスタと椅子に拘束されたペティグリューに近付くと、いきなり足を振り上げて……おお、惜しい。勢いよく股間目掛けて小さな足を振り下ろしたが、素早く杖を振って椅子ごと覗き魔を移動させたダンブルドアの所為で外れてしまったようだ。マクゴナガルは大口を開けて呆然としているし、ブラックも怒りを忘れて顔を引きつらせている。

 

「ありゃ、外れちゃったね。ざーんねん。」

 

言いながら肩を竦めたフランの足下の床にヒビが入っているのを目にして、ダンブルドアは滅多に見れない焦った表情で彼女を止めにかかった。私は止めないぞ。フランに嫌われるくらいならネズミ男のを潰しちゃった方がマシだし。

 

「フラン、落ち着くのじゃ。リーマスがまだ到着しておらぬし、わしは『その』光景を見るのには耐えられんよ。お願いだからそれだけはよしておくれ。」

 

「そう? ダンブルドア先生が言うならやめるけど……ポンフリー先生なら治せるはずでしょ? 一、二回くらいやっちゃってもいいんじゃないかな。」

 

軽い感じで本気だか冗談だか分からない言葉を返したフランは、大人しくソファに座って足を組み始める。……何れにせよ、さっきダンブルドアが見事なスピードで杖を振らなければポンフリーが呼ばれていたのは確かなのだ。本気八割くらいの台詞なのかもしれない。

 

フランのあんよが汚れなくて良かったと胸を撫で下ろしていると、私たちの出てきた暖炉に緑色の炎が渦巻いて、次の瞬間にはヨレヨレのスーツを着たルーピンが……おやまあ、酷い顔だな。ちょっとびっくりしたぞ。

 

何せ、暖炉から出てきたルーピンの顔は傍目にも明らかなほどに腫れ上がっているのだ。ブラックも友人の変化に気付いたようで、驚いたようにルーピンへと質問を飛ばした。

 

「おい、その顔はどうしたんだ? 何かあったのか?」

 

「あー……まあ、これに関しては自業自得なんだ。気にしないでくれ、パッドフット。」

 

「自業自得? だが、それにしたって……物凄い腫れだぞ。癒しの呪文は?」

 

「このままでいいんだ。これは自分への罰みたいなものなんだよ。情けないことを考えていた自分へのね。」

 

何故か質問者のブラックではなくフランを見ながら答えたルーピンに、ソファの上のフランは大きく鼻を鳴らしている。その無言のやり取りに残りの四人が疑問符を浮かべるが、ルーピンは詳しく解説せずにペティグリューの方へと向き直った。

 

「……私も幾分草臥れてしまったという自覚はありますが、彼には劣りそうですね。ずっと気絶したままなんですか?」

 

「その通りじゃ。話を聞く時は君たちも同席すべきだと思ってのう。揃ったことだし、起こしてみるとしようか。」

 

「だけどさ、ハリーはいいの? グリフィンドールチームが捕まえたってことは、ハリーも知ってるってことでしょ?」

 

「先に君たちと話すべき、と言っておったよ。その間に考えを纏めておいてくれるそうじゃ。」

 

ダンブルドアの返答を受けて、フランは少し意外そうな表情で小さく頷く。私としても意外だな。ハリーにとっては間接的とはいえ、両親の仇とも言える存在なのだ。リーゼはまだ日本だし、彼女が諭したわけでもないだろう。傷痕小僧もちょっとは成長しているらしい。

 

ブラックが小声で捕縛の経緯をルーピンに説明しているのを横目に、ペティグリューの椅子の前に部屋の全員が集まった。それを確認したダンブルドアが杖を振って蘇生呪文をかけると、パチリと目を覚ましたネズミ男は驚愕の表情でバタバタ暴れ始める。どれだけ足掻こうがもう無駄だぞ。この状況で逃げられるヤツなど魔法界に存在すまい。

 

「久し振りじゃな、ピーター。自分の置かれている状況が理解できるかね?」

 

「私は……違う! 私は警告しに来たんだ! 信じてください、ダンブルドア先生! 何もやましいことは──」

 

「驚きだな。ホグワーツの女子更衣室に何の警告を伝えに来たんだ? お前のご主人様が覗きに来るとでも? だったらよくやったと褒めてやるが。」

 

いきなり喚き始めたペティグリューの言い訳を、ブラックの冷たい声が遮った。まあうん、確かにそうだな。行動の説明になってないぞ、覗き魔。そんな獰猛な笑みを浮かべる犬もどきへと、ネズミ男は卑屈な半笑いで返事を返す。

 

「……ああ、パッドフット。懐かしき我が友。また会えて嬉しいよ。」

 

「私も会えて嬉しいよ、ピーター。大量殺人鬼にされた礼をまだ言えてなかったからな。お陰でゴミ漁りが随分と上手くなった。お前のお陰だ。」

 

「それは……すまなかった。だけど、ああするしかなかったんだ。私には他の選択肢なんて──」

 

「どうやら見解の相違があるようだな。私なら友のために死ぬことを選んだだろう。お前以外の三人も迷わずそれを選んだはずだ。友を裏切り、売って、挙句その仇に媚びへつらうことなどしない。お前以外の誰もがな!」

 

おー、怒ってるな。今にも殴りつけそうな雰囲気で怒鳴るブラックを説得するのは無理だと感じたのか、ペティグリューは情けない表情でルーピンとフランに縋り始める。ルーピンは知らんが、フランはもっと無理だと思うぞ。

 

「そうじゃない、そうじゃないんだ。私だって簡単に今の道を選んだわけじゃ……君たちは分かってくれるだろう? ムーニー、ピックトゥース。」

 

「何を分かれと? ジェームズを裏切った理由かい? それともシリウスを陥れたことの方か? ……残念だが、私には分からないよ、ピーター。どれだけ考えても納得できる理由が出てくるとは思えないね。」

 

「っていうかさ、とりあえずピックトゥースって呼ぶのやめてくれる? 不快だから。」

 

ルーピンの淡々とした拒絶と、フランの背筋が凍るような声色の指摘。取り付く島もない二人の言葉を聞いて、哀れなドブネズミはダンブルドアへと弱々しく話しかけた。

 

「お願いです、ダンブルドア先生。私は確かに間違ったことをしました。だけど、今回は本当に何も企んでいない! 更衣室に忍び込んだのも、あの金髪の女の子に伝言を頼もうと思ったからなんです! 私はあの子のことを『助けた』から! だから話を聞いてくれるんじゃないかと──」

 

「落ち着いてゆっくりと話すのじゃ、ピーター。話は最後まできちんと聞こう。されど、赦すかどうかは別の話じゃよ。そしてそれを判断するのはわしではない。分かるじゃろう?」

 

穏やかながら威厳あるダンブルドアの言葉を受けたペティグリューは、泣きそうな表情でポツリポツリとここに居る理由を語り出す。

 

「……私は、警告を伝えに来たんです。セブルスのことを伝えに。」

 

「セブルスの?」

 

「私が出てきた時には、既にセブルスはご主人様……『例のあの人』に怪しまれていました。その、そちらの陣営のスパイなのではないかって。」

 

そら見たことか。私の懸念通りじゃないか、のんびりジジイめ。呆れた気分で応接用ソファの肘掛に腰を下ろした私を他所に、ダンブルドアは厳しい表情で話の続きを促した。

 

「仮にセブルスの危機が本当だとして、何故君がわしらにそれを伝えるのかね?」

 

「セブルスは、彼は捕まる前に私に選択を迫ったんです。このまま帝王と共に死ぬか、逃亡者として生き続けるか、最後に寝返って自分の危機をダンブルドア先生に伝えるか、どれかを選べと。自分は帝王からの監視があるから迂闊に離れられないと。私は……私は正しい道に戻りたかったから、だから一も二もなく寝返る道を選択しました。」

 

「どうだかな。単に負けそうだから逃げただけじゃないのか?」

 

ブラックの的を射た突っ込みに、ルーピン、フラン、私の三人がこくりと頷く。ダンブルドアやマクゴナガルも内心ではそう思っているだろうさ。そしてスネイプもそう思ったからこそペティグリューに話を持ちかけたのだろう。今なおリドルに付き従っているのは忠実な連中ばかりだ。その中で簡単に裏切ってくれるのなんてこいつくらいなわけだし。

 

そんな私たちの反応に苦い表情を浮かべながらも、ペティグリューはスネイプに関しての報告を続ける。

 

「その後、セブルスは私の腕を切り落としました。私が寝返る決意をした瞬間、例のあの人から与えられた腕が私を……締め殺そうとしたので。そして魔法薬で応急処置をしてから、『地図』を使ってホグワーツに忍び込んでダンブルドア先生に伝えろと言ってきたんです。帝王が隠れている場所と、自分の任務が失敗しかけていることを。」

 

「地図……なるほど、忍びの地図を使ったわけじゃな。隠れている場所とは?」

 

「ヌルメンガード城です。帝王は残った部下と一緒にあの場所に居ます。」

 

あー、ヌルメンガードか。グリンデルバルドの脱獄騒動の所為で、今は放棄されて廃墟同然になっているはずだ。山奥で人気もない場所だし、その堅固さだけは未だ健在。言われてみれば隠れ潜むには絶好の場所かもしれないな。

 

しかしまあ、残党を利用した後は嘗ての本拠地を再利用ね。本人がどう思っているのかは知らないが、どこまでもグリンデルバルドの後追いをする男だな。案外ファンだったりするんだろうか? そうであったところでロシアの真っ白ジジイは喜ばないだろうが。

 

私が至極どうでも良いことを考えていると、ペティグリューが恐る恐るという感じで問いかけを放った。まるで当たり前の質問かのように、するりと会話に差し込むようにだ。

 

「あの、私は赦されますか?」

 

おいおい、これはまた……救いようがないアホだな、こいつ。怯えと、疑念。そして微かに覗く小さな期待。半笑いの表情で聞いてきたペティグリューの言葉を受けて、彼以外の全員が呆気に取られてしまう。この程度の情報で赦されると本気で思っているのか? 友を裏切り、死に至らしめた罪がこんなことで雪がれると? 吸血鬼にしたって有り得ない台詞だぞ、今のは。

 

ダンブルドアが憐憫と、諦めの表情で黙っているのを見て、ペティグリューはなおも問いを続けた。……どこまでも哀れな男だな。こいつはこんな舞台に立つべきではなかったのだ。なまじ壮大な運命に関わってしまったばかりに、到底背負いきれないものを、抱えてはいけないものを手に取ってしまったわけか。

 

「私は、私は正しい道に戻ってこられましたか? ジェームズは、リリーは私を赦してくれますか?」

 

縋るように、願うように口にしたペティグリューは、その場の全員の乾き切った表情を確認すると……青い瞳を絶望の色に染めた後、項垂れながら溜め込んできたものを吐き出すように言葉を放つ。

 

「私は……僕は怖かっただけなんだ。十五年前も、三年前も、今だって! 誰もが君たちのように立ち向かえるわけじゃない。僕だって君たちのようになりたかったさ。だけど、無理なんだ! ……僕には無理なんだよ。怖くて、手が震えて、自分が死ぬ時のことを考えちゃうんだ。僕だって君たちと一緒に背中を合わせて戦いたかった。勇敢で、信頼できる強い仲間でいたかった。……でも、どうしても無理なんだ。出来ないんだよ、僕には。」

 

獅子の群れに交ざってしまったネズミか。ネズミのままで生きれば幸せだったろうに、分不相応な獅子の道を夢見たが故にこんな結果を迎えてしまったわけだ。組み分け帽子も残酷なことをするもんだな。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で嗚咽するペティグリューを見て、フラン、ブラック、ルーピンの三人は遣る瀬無い表情を浮かべている。

 

「……危険を冒して有力な情報を届けてくれたことは魔法省に報告しよう。三年前、咲夜とその友人を救おうとしたことも判断材料にはなるじゃろうて。しかしながら、重い刑は避けられないはずじゃ。」

 

ひどく疲れた声色のダンブルドアが事務的な口調で説明すると、ペティグリューは俯いたままで微かな呟きを返す。

 

「……私の知る情報は全て渡します。だからもう、終わらせてください。全てを。」

 

言い終わると、ペティグリューは俯いたままで動かなくなってしまった。……まあ、ここから先はフランの問題だ。今になって被害者面をするなと怒るもよし、哀れんで赦すもよし、もう関わりたくないと放置するもよし。妹さえ納得すれば私はそれで満足なのだから。

 

それより、私が考えるべきはリドルとの決着についての方だな。攻める先はヌルメンガードに決まった。である以上、あとは戦力と作戦を整える必要があるだろう。スネイプの件もあるし、ここからは迅速な行動が要求されるはずだ。

 

先ずは日本で人形娘と暢気に遊んでいるリーゼを呼び戻して、次にグリンデルバルドにヌルメンガードの情報を要求して……おっと、オーストリア魔法省にも話を通さないとな。うちの『負債』が逃げ込んだことは、ヌルメンガードをしっかりと片付けておかなかったことで相殺できるだろう。討伐するとして指揮権は絶対に握りたいし、余計な口を出されないように根回ししておかなくては。

 

一つの戦いの終わりが迫ってきたのを感じつつ、レミリア・スカーレットは脳内で盤面を組み立てるのだった。

 


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