Game of Vampire   作:のみみず@白月

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脚本家

 

 

「それで、詳細は纏まったのかい?」

 

人気の無い防衛術の教室の中、杖を振って授業の後片付けをしているダンブルドアに対して、教卓に腰掛けたアンネリーゼ・バートリは質問を飛ばしていた。日本からイギリスに戻ってきた翌日、午前最後の防衛術の授業が終わったところだ。生徒たちは既に教室を出て昼食へと向かっている。

 

どうやら、私とアリスが日本で遊び呆けている間に状況が大きく進展してしまったらしい。レミリアの知らせを受けて慌てて帰ってきたのが昨日の夕方。夜にペティグリューの件に関して思うところがあるらしいハリーの相談に乗ってから、深夜には紅魔館に戻ってレミリアと話し合い、明け方から先程までかけてロシアに居るゲラートと情報の擦り合わせを終わらせて、今はダンブルドアとの打ち合わせを始めたところだ。過密スケジュールにも程があるぞ。

 

うーむ、暢気に温泉巡りなんかしている場合じゃなかったな。あんまりにもアリスが楽しそうにするもんだから、久々に見る子供っぽい彼女が新鮮でついつい付き合ってしまった。内心で反省している私へと、ダンブルドアは難しい表情で返答を返してくる。

 

「戦力や全体の作戦に関してはスカーレット女史が整えてくれております。そちらは心配ないでしょう。……わしらにとって問題なのは、如何にして決着の時を『演出』するかということですな。」

 

「ま、そうだね。改めて考えてみると結構難しいと思うよ。」

 

ヌルメンガードを占拠する不法侵入者どもを討伐するのは決定事項として、重要なのはハリーとリドルの決着の付け方だ。リドルがハリーに致死性のある呪文を放ち、ハリーがそれを受け、そしてダンブルドアが護りの魔法を使う。そんな一連の流れをリドルから疑われないように行う必要があるのだから。

 

ハリーが分霊箱になっていると気付いた上でリドルが彼を殺そうとするかは微妙なところだし、ダンブルドアが護りの魔法を使おうとしていることを察した場合も同様だろう。かの魔法の恐ろしさを一番理解しているのはリドルのはずだ。そうと知りながら不用意に死の呪文を撃ち込むほどアホではないはず。

 

更に言えば、全てを諦めて自死する可能性すらある。分霊箱が在る限り、リドルには『次』があるのだから。……ただまあ、そう易々とはその選択肢を選ばないだろうな。復活に手間と時間がかかることは彼もよくご存知なわけだし、自身の魂が摩耗していることにも気付いているはずだ。復活を繰り返す度に死なないまでも下等な存在に堕ちていく以上、出来れば避けようとはするだろう。

 

脳内にリドルの取り得る手段を並べている私に、ダンブルドアはカラフルなソファの一つに座りながら口を開いた。改めて考えると奇妙な状況だな。この爺さんは自分が死ぬための舞台を整えているわけか。

 

「基盤となる作戦は既に考えてあります。しかしながら、トムの動きによっては現地で修正する必要が出てくるでしょう。……先に知っておきたいのですが、貴女が本気で姿を隠そうとした場合、どこまで気付かれ難い状態になれますかな?」

 

その言葉を聞いた瞬間、気配と姿を消して息を止める。一切の音を立てないようにダンブルドアの背後に移動した後、杖を頭に突き付けた状態で能力を解除した。プディングの味を語るよりも、食べさせてやった方が早いのだ。

 

「こんなもんだよ。気付けたかい?」

 

「……これは、驚きましたな。全く分かりませんでした。」

 

「だろうね。面倒だし疲れるから滅多なことじゃここまでしないが、本気で潜んだバートリの吸血鬼を見つけ出すのは難しいぞ。少なくとも人間には絶対に無理だ。リドルや死喰い人に気付かれないように動けるのかを心配しているのであれば、その心配は無用のものだと言っておこうか。」

 

バートリ家には近くの者に音や体重の動きを感じさせない特殊な歩法や、空気の揺らぎを最小限に抑えるための身体の動かし方、挙げ句の果てには一時的に心臓を止めて心音を消す技法まで伝わっているのだ。当然ながら妖力も体外に出さないように出来るし、体臭や体温なんかもある程度調整できる。同族さえも畏れた『影も在らず』は伊達じゃないぞ。

 

ちょっと自慢げに言った私に対して、ダンブルドアは感心したように頷きながら話を続けてきた。うむうむ、分かってくれたようで何より。ゴリ押し姉妹の姉は『卑怯』だと断じてくるし、妹には『目』の位置で探知されてしまい、美鈴なんかには普通に勘付かれてしまうのだ。これが正常な反応なんだからな。

 

「でしたら、バートリ女史には姿を潜ませた状態でのハリーの護衛をお願いします。最後の瞬間、わしは杖を失っているはずですので。いざ不測の事態が起こった際、素早く対処できないかもしれません。」

 

「ハリーの護衛は私としても望むところだが……ふむ、いまいち想像が付かないね。どんな状況に持っていくつもりなんだい?」

 

「先ず、わしがトムとの決闘で敗北します。トムがハリーに対して死の呪いを撃ち込むのを、わしが外野から大人しく見物しているというのは……まあ、それなり以上の違和感がありますからな。わしが十全の状態ではトムが警戒するでしょうし、上手く『無力化』されてみせますよ。」

 

そりゃそうだ。ダンブルドアの性格的に有り得ない事態だし、そんな状況になればリドルも訝しむだろう。納得の首肯を返した私へと、ダンブルドアは作戦の続きを話す。

 

「そしてわしが敗北したのを見たハリーが前に出て、トムと決闘を繰り広げるわけです。……どうですかな? 有り得そうな展開でしょう?」

 

「ふぅん? ……ま、『ストーリーライン』に文句はないよ。それより、キミとハリーの距離はどうなんだい? 護りの魔法がどんなものかは知らないが、遠くから使えるようなものではないんだろう?」

 

「あの魔法において重要なのは想いの強さであって、物理的な距離ではありません。ある程度離れていたところで問題はないでしょう。むしろバートリ女史に気を付けていただきたいのは、咄嗟にハリーを守ってはいけないという点です。護りの魔法を正常に動作させるためにも、ハリーは呪文をその身に受ける必要があるのですから。」

 

「重々承知さ。……頼むからしくじらないでくれよ? ダンブルドア。私は目の前でハリーに死なれるのなんざ御免だからな。」

 

私にとっての最悪の結果はそれだ。強めの口調で念を押してやると、ダンブルドアは苦笑しながらしっかりと頷いてきた。

 

「今回ばかりは文字通り命懸けで成功させてみせますとも。バートリ女史が側に居るならハリーの方も心配ないでしょう。難しいのは四人……というか、トムから見れば三人だけの状況をどうやって作り出すかですな。周囲に闇祓いたちが居るのにも関わらず、ハリーが決闘を挑むというのも無理がありますから。」

 

「そこは現地で組み立てるしかないだろうね。幸いにも地の利はこっちにあるわけだし、リドルが居る場所さえ判明すれば何とかなると思うよ。」

 

ヌルメンガードは私の古い『友人』だ。建築時からの付き合いなのだから内部構造は手に取るように分かるし、リドルが知らないであろう隠し通路なんかも全て把握している。何を思ってあの要塞に逃げ込んだのかは知らんが、我らが忠実なる友はお前の味方をしたりはしないぞ、ポンコツ帝王め。

 

小さく鼻を鳴らす私へと、ダンブルドアは厳しい表情で手の中の杖を弄りながら言葉を寄越してくる。

 

「もう一つ気がかりなのはセブルスのことです。まだ無事ならば良いのですが……。」

 

「死んではいないんだろう? キミはそれを確認できると言っていたはずだ。」

 

「生きていることは間違いありませんが、もしかするとトムからの拷問を受けて情報を引き出されているかもしれません。そうなれば一気に問題は複雑になってくるでしょう。その覚悟もしておく必要がありますな。」

 

「……まあ、蓋を開けてみなければ分からんよ。この機を逃さないためにも、臨機応変にいこうじゃないか。」

 

不確定要素は多々あるが、これが最大のチャンスなのは間違いあるまい。仕損じるわけにはいかんぞ。アリスのためにも、ハリーのためにも、全てを終わらせなくてはならないのだ。

 

自らの死を『成功』させるために思い悩む老人を前に、アンネリーゼ・バートリは翼をゆらゆらと揺らすのだった。

 

 

─────

 

 

「そこまでの数は不要よ。指揮の混乱を抑えるためにも、今回は少数精鋭でいきましょう。」

 

魔法省地下一階の廊下を歩きながら、レミリア・スカーレットは隣を進むスクリムジョールに話しかけていた。そりゃあ募集すれば国内外から人は集まるだろうが、作戦の性質上緻密な行動が求められるはずだ。もし混乱が起こればリドルに利用されちゃう可能性もあるし、有象無象を取り入れるよりも信頼の置ける人員で固めた方が良いだろう。

 

ペティグリューの告解から一夜が明けた今日、魔法省に戻った私は彼の情報を元にしてヌルメンガード攻略のための作戦を組み立てているのである。先程まで行っていた大臣室での話し合いの結果、国際合同部隊ではなくイギリスの闇祓いを中心に部隊を構築することに決まった。

 

今回の戦いでの私の役目は、全体の流れをダンブルドアの作戦へと繋がるように操ることだ。邪魔な死喰い人どもをリドルの下から引き離し、ダンブルドアの舞台に余人を介入させないように調節する。……うーむ、結構難しい作業になりそうだな。

 

エレベーターへと向かいながら考える私に、スクリムジョールもまた何かを熟考しているような表情で返事を返してきた。

 

「完全にイギリス魔法省内の人員だけで部隊を構築しますか?」

 

「んー……民間からも他国からも、人によっては受け入れてもいいと思ってるわ。こっちの作戦を尊重する脳みそがあって、尚且つ経験と実力が伴ってるようなヤツはね。……例えばデュヴァルとか、ああいう魔法使いは組み込んでも問題ないんじゃない?」

 

「デュヴァル氏ですか。確かにあの方は参加を希望してきそうですな。フランスの前哨戦で少なくない身内を殺されているわけですから。」

 

「イギリスの魔法戦士の中にも因縁があるヤツは多いし、誰を受け入れるかの判断もロバーズと話し合う必要がありそうね。」

 

特に元騎士団員なんかは挙って参加してくることだろう。ブラック、ルーピンあたりは当然として、エメリーン・バンスやディーダラス・ディグルなんかも来たがりそうだな。エレベーターに乗り込みながら言ってやると、スクリムジョールは地下二階のボタンを押して頷いてきた。

 

「向こうも雑兵は『逃避行』の中で振るい落とされているはずですから、量ではなく質の戦いになりそうですね。……しかし、ロバーズも不運なことです。局長に昇進して初めて指揮を執る戦いがヴォルデモートとの決戦とは。」

 

「あの男が不運なのは今に始まったことじゃないでしょ。経験不足が指揮に響かなきゃいいんだけどね。」

 

「その辺りは私がフォローしてみましょう。ロバーズとて歴戦を潜り抜けているわけですし、恐らく大丈夫だとは思いますが。」

 

スクリムジョールが若干心配そうに受け合ったところで、エレベーターが一つ下の階に到着する。開いたドアを抜けながら、代わりに入り込む職員たちを横目に口を開いた。

 

「そう祈っておきましょ。あとは……ボーンズとの話し合いでも出たけど、ヌルメンガードの詳細な構造に関してはオーストリア魔法省とロシア議会から情報が届くはずよ。ロシアは部隊も送ってくれるみたい。それは受け入れる必要がありそうね。」

 

「……改めて考えると妙な話ですな。ヨーロッパ大戦では本拠地として利用し、ダンブルドア校長に敗北してからは半世紀もの間捕らわれていた場所を、今度はスカーレット女史が攻略するのを手伝うわけですか。グリンデルバルド議長も奇妙な状況に陥っているものです。」

 

「『空き家』を荒らされてさぞ迷惑してるでしょうね。私にとってはいい気味だけど。」

 

私に置き換えてみると……よく知らないチンピラに紅魔館を利用されているようなものか? なんとまあ、考えただけで苛々してくる状況ではないか。ロシアの議長閣下は腸煮えくり返っているだろうな。

 

後でリーゼに真っ白ジジイの反応を聞こうと決意したところで、闇祓い局の入り口に寄り掛かっている男が目に入ってくる。義足に義眼、白髪と半々になったダークグレーの髪、その下にある欠損だらけの顔。見間違いようがないな。二度目の引退を果たした我らがマッド-アイどのだ。

 

「あら、ムーディ。退職後に口出しする上司は嫌われるわよ?」

 

「口出しなどせんわ。わしも作戦に参加することを伝えに来ただけだ。……ロジエールはわしが片付ける。ヴォルデモートは他の魔法使いにくれてやっても構わんが、あの男はわしの獲物だ。理由は分かるだろう? スカーレット。」

 

「……いいわ、作戦に組み込んであげる。」

 

「ならば結構。」

 

端的に応じたムーディは、そのまま私たちとすれ違ってエレベーターの方へと去って行った。……第一次戦争の際、闇祓いを最も多く手にかけたのがエバン・ロジエールなのだ。嘗ての部下たちの無念を晴らそうということなのだろう。

 

当時は平の闇祓いだったスクリムジョールもそのことに思い至ったようで、神妙な表情で遠ざかるムーディの背中を見ながらポツリと呟く。

 

「あの頃はクラウチ元部長とムーディ局長が対立していましたが、闇祓いのほぼ全員が局長の側に付きました。それは局長が常に先頭で進み、そして常に最後尾で退がる人だったからです。……確かに奇妙な人かもしれませんし、苛烈なところもありますが、局長は仲間を見捨てる選択だけは決してしませんでした。だからこそロジエールに対しては人並み以上の思いがあるのでしょう。」

 

「左目と片足の仇でもあるしね。……まあ、やりたいってんなら任せるわよ。私は人の獲物を横取りするほど無粋じゃないわ。」

 

「感謝します、スカーレット女史。」

 

「貴方が感謝することじゃないでしょ。」

 

深々と頭を下げてきたスクリムジョールに苦笑してから、闇祓い局のドアを抜けてみると……おやまあ、大混乱だな。古ぼけたヌルメンガード周辺の地図を中心に、慌ただしく動き回っている闇祓いたちの姿が見えてきた。

 

「残念なことに響いてるみたいね、経験不足。」

 

「そのようですな。……ロバーズ!」

 

額を押さえながら頷いたスクリムジョールが大声で呼ぶと、大量の羊皮紙を抱えた新局長が小走りで近付いてくる。なんとも頼りない様子ではないか。

 

「これは、スカーレット女史。それにスクリムジョールまで? 大臣との話し合いは終わったのか?」

 

「先程終了した。それより、この混乱はどうなっているんだ? 編成の状況は?」

 

「それがだな、ヌルメンガードの資料が少ない所為で割り振りが上手く進まないんだ。人員の追加もあるんだろう? それを確定してもらわないことには編成なんて無理だぞ。」

 

「人員の追加に関してはともかく、ヌルメンガードの詳細は後々オーストリアやロシアから届くと知らせたはずだが? 何故五十年前の地図を引っ張り出しているんだ?」

 

闇祓いとしてはほぼ同期だからなのか、いつもより砕けた口調で訊ねるスクリムジョールに……本当に大丈夫なんだろうな? こいつ。ロバーズはポカンと大口を開きながら聞き返した。

 

「……そうなのか? 参ったな、連絡の行き違いがあったみたいだ。それじゃあ苦労して倉庫から出したあの地図は──」

 

「不要だ。数時間も経てば遥かに詳細で正確な地図が送られてくる。……編成についての連絡も送ったはずだが、それも見ていないのか?」

 

「あー……送られてきてないな。というか、気付かなかったのかもしれない。私のデスクに送ったのか?」

 

「そのはずだが。」

 

呆れ半分、苛々半分で言ったスクリムジョールの言葉を受けて、ロバーズは額をぺちりと叩きながら弱々しい表情で返答を口にする。ダメかもしれんな、これは。

 

「ずっとこっちに居たから、その……デスクの方は確認してなかったんだ。ちょっと待っててくれ、見てくるから。」

 

「あるいは、目の前に居る私が口頭で伝え直した方が早いかもしれんな。……とりあえずは局員だけを五つのグループにバランス良く振り分けてくれ。細かい調整はそれを基準に行なわせてもらう。」

 

「ああ、了解した。」

 

「それと、決行日は十月の末になりそうだ。かなり短い準備期間になるが……いけそうか? ロバーズ。」

 

順調に進めば恐らくハロウィンの前日、十月三十日が決行日になるはずだ。作戦の規模と性質から考えれば破格の短さだと言えるだろう。真剣な表情で問いかけたスクリムジョールに対して、ロバーズは即座に首肯を返してきた。ほう? ちょびっとだけ見直したぞ。

 

「やってみせるさ。」

 

「ならば、期待させてもらおう。……編成と同時進行で省外からの受け入れについても話し合いたい。テーブルを準備してくれ。」

 

「あーっと……今すぐにか?」

 

「悪いが、私もスカーレット女史も多忙なんだ。一時間で纏めさせてもらうぞ。」

 

途端に情けない顔に戻ってしまったロバーズは、それでも急いで職員たちに指示を出し始める。……まあ、スクリムジョールとの凸凹コンビっぷりも悪くないみたいだし、何とかなりそうかな?

 

微かな不安を感じている私へと、スクリムジョールが小さくため息を吐きながら声をかけてきた。

 

「ロバーズは不器用な男ですが、能力も熱意も備えています。あの様子なら問題ないでしょう。」

 

「まあうん、何となく理解できたわ。上手く手綱を握ってあげなさいよね。」

 

「……努力はします。」

 

うーむ、なんだか自信なさそうに見えちゃうのは気のせいか? 部屋の奥でテーブルを片付けようとしてコーヒーカップを倒しているロバーズを見ながら、レミリア・スカーレットはやれやれと首を振るのだった。書類がびったびたになってるぞ。

 


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