Game of Vampire   作:のみみず@白月

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重石

 

 

「……まさか、フランも行くの?」

 

遂に迎えた十月三十日の昼前。紅魔館のエントランスで出発の準備を整えていたアリス・マーガトロイドは、真っ白な腕に日焼け止めクリームを塗りながら歩み寄ってくるフランに問いかけていた。

 

レミリアさんは魔法省側の人員と共に魔法省から、リーゼ様はダンブルドア先生やハリーと一緒にホグワーツから出発する予定なので、紅魔館からヌルメンガードに向かうのは私とパチュリーだけだったはずなのだが……私の疑問を受けたフランは大きく頷いて肯定の返事を寄越してくる。やっぱり一緒に行くつもりらしい。

 

「日光はパチュリーがどうにかしてくれる予定なんでしょ? だったら私も行くよ。今日は満月じゃないし、真昼間なら能力もきっちり制御できるしね。」

 

「でも、レミリアさんには言ってあるの?」

 

「言ってないけど、行くの。ハリーもシリウスもリーマスも参加するのに、私だけ優雅にお留守番なんて有り得ないよ。……ピーターに全部終わらせるって約束しちゃったしさ。」

 

「……まあ、気持ちは分かるけどね。」

 

ペティグリューは彼自身の安全のために今は魔法省の勾留室に居るはずだが、状況が落ち着いた後は改修中のアズカバンに移送される予定だ。十五年前のスパイ行為、ラデュッセルに対する協力、そしてリドルの『復活幇助』。今回の情報提供による減刑を加味しても、もしかしたらアズカバンで一生を終えることになるかもしれない。フランは未だ彼を赦していないようだが、それでも思うところはあるのだろう。

 

うーむ、これは現地でレミリアさんに怒られちゃうかもしれないな。私には止められないぞ。人形の武装をチェックしながら言い訳を考え始めたところで、いつも通りの雰囲気の美鈴さんが二階から下りてきた。

 

「ありゃ? 妹様も同行するんですか?」

 

「ん、するよ。だから一応私の分の日傘も用意しといて。」

 

「はいはい、了解です。……エマさーん! 日傘もう一本いるみたいでーす!」

 

さほど気にすることなく日傘を……というか、日傘の在り処を知っているであろうエマさんを探しに行った美鈴さんを見送りつつ、チェックの終わった人形を小さくして服の各所に仕舞っていく。当然ながら今回はフル装備だ。今日の戦いで準備不足だなんて悔やんでも悔やみきれないだろうし。

 

「アリス、後ろ塗ってくれない? 翼が邪魔で塗りにくくってさ。」

 

「いいわよ、貸して頂戴。」

 

頼んできたフランからクリームの容器を受け取って、かなり多めに掬い取ったそれをフランのうなじやら肩やらに塗っていると……図書館の方からパチュリーと小悪魔が歩いて来るのが見えてきた。あっちも準備は終わったらしい。

 

「……私はレミィに説明するのは嫌よ。」

 

動き易い格好で立つフランを見て状況を察したのだろう。先手を取って予防線を張ってきたパチュリーに、擽ったそうに身を捩っているフランが返答を放つ。翼の付け根が弱いらしい。リーゼ様も苦手だった気がするし、吸血鬼共通の弱点なのだろうか?

 

「私が直接言うからへーきだよ。それより、日光はどのくらい防げるの? 日傘は常に持っといた方がいい感じ?」

 

「私が魔法を展開した後は必要ないわ。作戦区域全体が夜になるから。展開に少し時間がかかるでしょうし、それまでのために持って行った方が良いとは思うけど。」

 

「ふーん? ……ま、いいや。どうせ持つのはアリスの人形だし。だよね?」

 

クリームを塗っている私に確認を求めてきたフランへと、目線で肯定して答えに代えるが……『夜になる』? やけに仰々しい表現だし、どうやら十八番の大規模魔法を使うつもりのようだ。パチュリーにはパチュリーの魔法があることは重々承知しているものの、こういう時は少し羨ましく感じてしまうな。派手な魔法もたまには使ってみたいぞ。

 

塗り終わったクリームを返しながらどんな魔法を使うのかと思案していると、小悪魔がせっせと床に魔法陣を描き始めた。もはや見慣れた転移用の魔法陣だ。

 

「手伝うわ。」

 

「あらー、アリスちゃんは優しいですねぇ。どっかの上司とは違って。……どっかの上司とは違って!」

 

「二度も言わなくても聞こえてるわよ。口より手を動かしなさい。」

 

ジト目の小悪魔の抗議を素っ気なく流したパチュリーは、人形に陣を描かせている私に向き直って話しかけてくる。……いつも通りの冷静な師匠にしか見えないが、彼女もダンブルドア先生のことについて思うところがあるはずだ。大丈夫なんだろうか?

 

「時間的にレミィたちはもう布陣を終わらせてるはずだから、向こうに着いたら直接彼女に到着を知らせて頂戴。」

 

「パチュリーは?」

 

「私はすぐに移動して大規模魔法の準備に入るわ。ヌルメンガード周辺を見下ろせるような位置に立つ必要があるの。」

 

「だけど……その、ダンブルドア先生と会わなくてもいいの?」

 

おずおずと聞いてみると、パチュリーは視線を逸らしながらポツリと呟きを返してきた。私には分かるぞ。これは何かを取り繕っている時の表情だ。

 

「放っておいても会いに来るわよ、あの男なら。……これは甘えだと思う?」

 

「んー……ダンブルドア先生風に言うなら、『信頼』なんじゃないかな。」

 

「……そうかもね。」

 

きっとそうだ。パチュリーは最後に会いに来ると信じていて、そしてダンブルドア先生なら必ずそうするだろう。素っ気ないように見えるが、実は信頼に裏打ちされているわけか。私の知っているものとは少し違う、なんとも不思議な関係性だな。

 

微笑みながらホルダーの杖をそっと撫でたところで、私の操る人形たちと一緒に魔法陣を描き終えた小悪魔が口を開く。頬に塗料が付いちゃってるぞ。

 

「はい、完成です! いつでも跳べます!」

 

「結構。……準備はいいかしら?」

 

陣の中央に移動しながら問いかけてきたパチュリーは、私とフランが頷いたのを確認すると、そっと腕を動かして転移魔法を起動させる。……いよいよだな。

 

「そんじゃ、頑張ってきてくださいねー。」

 

「行ってらっしゃいませ。」

 

私たちが陣の中に入ったのを見て、美鈴さんとエマさんが手を振ってきたのに応えようとした瞬間、身体が地面に沈み落ちるような感覚がしたかと思えば……むう、寒いな。そこは既に慌ただしい陣地の中だった。

 

二十張りほどの白い天幕と、それを包むように周囲一帯を覆う半透明の青白い膜。恐らく隠蔽魔法の障壁だろう。ヌルメンガード城は数百メートルほど先に聳え立っているが、あそこからは何の変哲もない地面にしか見えないはずだ。

 

そして辺りを見渡せば山、山、山。噂には聞いていたが、想像以上に辺鄙な場所だな。天幕から天幕へと動き回る味方の中から顔見知りを探す私に、パチュリーが杖を抜きながら指示を寄越してくる。

 

「それじゃ、私は行くわ。そうね……あの崖の上に居るから、少ししたら魔法が展開するってレミィに伝えて頂戴。」

 

ここからだとヌルメンガードの西側に見えている、かなり高所の崖を指してそう言うと……ううむ、パチュリーにしてはやけに迅速な行動だな。返事をする間も無く紫の大魔女は姿くらましで消えてしまった。

 

きっと、パチュリーはレミリアさんと一緒に居るであろうダンブルドア先生と顔を合わせたくなかったのだろう。彼女が望んでいるのは騒がしい陣地の中ではないのだ。もっと静かな場所で会って、別れたい。その気持ちは何となく理解できるぞ。

 

不器用な師匠のことを思って遠く離れた崖を見つめていると、私たちに向かって誰かが声をかけてきた。

 

「……ピックトゥース?」

 

「お、パッドフットだ。ハリーとお姉様たちは?」

 

「あっちの指揮所になっている天幕に居るが……驚いたな、お前が来るとは思わなかったぞ。」

 

「そりゃ来るでしょ。参加する理由はそっちと同じだよ。」

 

言わずもがな、シリウス・ブラックだ。フランの返答に苦笑しながら頷いたブラックは、私たちをレミリアさんの居る天幕へと案内し始める。

 

「まあ、そうだな。それでこそだ。……スカーレット女史の所まで案内します、マーガトロイドさん。」

 

「お願いするわ。……ちなみにこっちの面子はどうなってるの? レミリアさんが忙しいみたいだったから、詳しくは聞けてないのよね。」

 

「総指揮がスカーレット女史で、スクリムジョールとガウェイン・ロバーズが現場指揮を執るそうです。元騎士団の連中も参加してますよ。」

 

スクリムジョールも前線に出るのか。少し意外に感じつつも、前を歩くブラックに更なる質問を飛ばす。

 

「アメリアは魔法省に残ってるのよね? 国外からは?」

 

「ええ、ボーンズさんは来てませんね。万が一に備えて、ということらしいです。他国からは……フランスとイタリアから闇祓いの小隊と、それにロシアからも内部の案内役としてそれなりの数が参加しています。全体から見ると小数ですが。」

 

「つまり、ほぼイギリスの魔法使いってわけね。」

 

フランスから出てきたのは間違いなくデュヴァルだろう。それにロシアからグリンデルバルドの使いが来るのも納得できるが……イタリア? もしかしてリーゼ様が香港で作ったという繋がりを強化するためなのだろうか?

 

『ヴォルデモート討伐』に参加させることでイタリア魔法省の発言力を増し、それを貸しにするってところか。こんな大舞台までもを政治に利用するとは……レミリアさんにとってはリドルとの決戦も一つの通過点に過ぎないらしい。改めて恐ろしい吸血鬼だな。

 

考えながらもいくつかの天幕を通り過ぎたところで、視線の先に一際大きな白布の屋根が見えてきた。下には大きなテーブルが置かれており、それをレミリアさん、ダンブルドア先生、スクリムジョール、ロバーズ、シャックルボルト、ムーディ、デュヴァルで囲んでいる。隅っこの椅子にはリーゼ様とハリー、ルーピンが座って話しているようだ。随分な面子だし、間違いなくあれが指揮所なのだろう。

 

「ハリーは大丈夫そう?」

 

重要人物が集まっているその天幕に近付きながら問いかけてみると、ブラックは心配そうな表情で曖昧な首肯を返してきた。

 

「受け答えこそ落ち着いていますが、内心では緊張しているはずです。」

 

「そうでしょうね。……でも、あの子ならきっとやり遂げるわ。」

 

十一歳の誕生日、私とハグリッドが初めて魔法界の存在を知らせてからもう五年以上。今や立派な青年に成長したハリーを見ながら言ってやれば、日傘の下で話を聞いていたフランもクスクス笑って肯定してくる。

 

「うん、私もそう思う。……信じてあげなよ、パッドフット。ジェームズの息子だからじゃなくて、ハリー自身をね。そこらの魔法使いなんかよりよっぽど色んなことを経験してきたんだから。」

 

「……それでも心配するのが私の役目なのさ。信じるのはお前とムーニーに任せるよ。」

 

「融通が利かないなぁ。」

 

名付け親としての責務か。フランが苦笑しながらブラックに答えたところで、私たちのことを見つけたらしいレミリアさんが天幕の陰ギリギリに立って声を放ってきた。予想通りの『姉バカモード』だ。

 

「フラン? どうしてここに……こら、人形娘! なんでフランを連れて来ちゃったのよ! 危ないでしょうが!」

 

「あー……詳しくはフランからどうぞ。それと、パチュリーはもう大規模魔法の準備に向かいました。あと少ししたら展開するそうです。」

 

愛する妹が原因でこうなったレミリアさんは、幼馴染のリーゼ様か妹たるフラン本人にしか止められないのだ。伝えるべきことを伝えながら流してやると、フランが前に出て相手を受け持ってくれる。

 

「やほー、レミリアお姉様。お姉様が居ないのが寂しくて来ちゃった。怪我しないかも心配だったしね。」

 

「へぁ? ……そ、そうなの? 本当に?」

 

「嘘に決まってるじゃん。単に参加したいから来たの。……やっほ、ムーニー。ハリーも元気?」

 

「ちょっ、フラン? ひょっとして照れ隠しなの? 照れ隠しなのね?」

 

さすがだな。姉を翻弄しつつルーピンとハリーの方へと近寄って行くフランと、慌ててそれを追うレミリアさんを何ともいえない気分で眺めていると……ゆったりと私の隣に立ったダンブルドア先生が穏やかな声色で質問を送ってきた。きっとパチュリーのことを聞かれるのだろう。

 

「よく来てくれたのう、アリス。早速ですまぬが、ノーレッジの居る場所を教えてくれないかね? 少し話をしたいのじゃ。」

 

「はい、分かってます。パチュリーはあの崖の上に居ますから、行ってあげてください。」

 

ほら、やっぱり。大きく頷いて姿くらましするダンブルドア先生を見送ってから、ロバーズやデュヴァルと挨拶を交わした後、ルーピンと何かを話しているリーゼ様の方へと歩み寄る。浮かべているのが悪戯げな表情なのを見るに、戦闘のことを話しているわけではないらしい。

 

「ふぅん? ってことは、ニンファドーラは不参加なわけだ。来たいとは言わなかったのかい?」

 

「言いましたが、幸いにもテッドとアンドロメダが止めてくれました。もうすぐ五ヶ月ですからね。とても戦闘になんか参加させられませんよ。」

 

「男の子か女の子かは? 最近は生まれる前に分かるんだろう?」

 

「まだはっきりとは分からないみたいですが、癒者によれば男の子の可能性が高いとのことでした。……生まれるまでは確たることを言えないものの、恐らく人狼の特性も受け継いでいないだろうと。安心しましたよ、本当に。」

 

おお、その話か。こっそり聞き耳を立てていると、ハリーも嬉しそうな表情で会話に交ざっていく。ブラックの言う通り、一見した限りでは落ち着いてるみたいだな。ちなみにフランはレミリアさんに捉まってしまったようだ。迷惑そうな顔で姉の『お小言』をあしらっている。

 

「もうすぐ五ヶ月ってことは、えーっと……四月くらいに生まれるってことですよね?」

 

「ああ、そうなるね。生まれたら顔を見に来てくれるかい? ハリー。」

 

「もちろん行きたいです。」

 

「それじゃあ、その時一緒にジェームズの墓にも報告に行こうか。……約束だぞ。」

 

和やかな笑顔のルーピンがハリーの肩を叩いたところで、私に気付いたリーゼ様が声をかけてきた。

 

「おっと、アリス。調子はどうだい?」

 

「大丈夫です、落ち着いてます。」

 

そのはずだ。紛れもない本心を伝えてみると、リーゼ様は私に顔を近付けて……ぬああ、近いぞ。確かめるように瞳を覗き込んできた。

 

「……ふむ? ちょっと顔が赤い気がするが。」

 

「大丈夫です。というか、更に大丈夫になりました。」

 

「なんだそりゃ。……まあいいけどね。」

 

内心の動揺を鎮めながら言うと、リーゼ様はコクリと頷いて離れてしまう。それを少しだけ残念に思いつつ、近寄ってきたブラックと話し始めたハリーを見ながら口を開く。

 

「さっきブラックとも話してたんですけど、ハリーの様子はどうですか? 見た限りでは大丈夫そうですけど。」

 

「今は落ち着いてるよ。出発する時はひどい慌てっぷりだったけどね。」

 

「……何かあったんですか?」

 

心配になって聞いてみれば、リーゼ様はまたしても背伸びして私に顔を近付けてから、耳元でこっそり囁いてきた。吐息が耳にかかってゾクゾクするな。

 

「それがだね、出発直前にジニーがハリーにキスしたのさ。いやぁ、私もびっくりしたよ。談話室で準備していた私たちに急に近付いてきたかと思えば、ハリーの胸ぐらを掴んで強引にキスしたんだ。『ちゃんと帰ってきてね』って。……んふふ、ハリーにとっては何よりの気付け薬になったんじゃないかな。少々効果が強すぎた可能性はあるがね。」

 

「それはまた……やりますね、ジニーも。」

 

「これでまた一つハリーを無事に帰す理由が増えたってわけだ。ジニーは返事も聞かずに真っ赤な顔で離れて行っちゃったからね。あのままじゃ可哀想だよ。」

 

うーむ、頑張ったじゃないか、ジニー。内心でウィーズリー家の末娘に賞賛を送りつつ、リーゼ様に向かって質問を放つ。

 

「戦いが始まったらリーゼ様はハリーの護衛に付くんですよね?」

 

「その予定だよ。先にリドルの位置を特定しないことには話が進まないから、ある程度状況が確定するまではここで待機らしいけどね。多分下層で大規模な戦いになって、それを潜り抜けて上を目指すことになるんじゃないかな。」

 

「……私がリドルと会う可能性はあるんでしょうか?」

 

「んー、分からないな。リドルが前線に出てくるかどうかだね。……会いたいのかい?」

 

リーゼ様の端的な問いを受けて、縦横どちらかに首を振ろうとするが……結局はどちらにも振れずに曖昧な返答を口にした。

 

「……自分でもよく分かりません。」

 

「なら、私が勝手に決めようじゃないか。……会うべきじゃないよ、アリス。会わなくても後悔するだろうが、会えばキミの心が傷付くだけだ。傲慢な私はそうなるのが我慢できないからね。キミは決断しなくていい。もしこの選択で後悔したときは、私に全責任を押し付けたまえ。選んだのはキミじゃなく、この私なんだから。」

 

「それは……逃げです。リーゼ様に押し付けるなんて出来ません。」

 

「思うに、キミはもっと背を向けることを学ぶべきだよ。見たくないものは無理に見なくていいんだ。……まあ、そう言っても無駄なのは承知してるさ。だから今回は私が強引に目を塞ぐよ。キミは今日、リドルと会わない。いいね?」

 

……やっぱりリーゼ様は優しいな。彼女の言う通り会っても会わなくても、どんな会話を交わしても私は後悔するだろう。そして私はそうと知っているのに見て見ぬ振りを出来ない。存在しない『最善』を追い続けてしまうのだ。

 

俯いて迷う私へと、リーゼ様は優しく微笑みながら話を続けてくる。

 

「前にも言ったが、もっと甘えていいんだよ? 私にも、他人にも、そして自分にもだ。……キミはこれまで必死に頑張ってきたじゃないか。もう充分なんじゃないかな。単なる重石にしかならないのであれば、わざわざ背負っておく必要はないんだよ。誰もそれを棄てることを非難したりはしないさ。キミはこれから永く生きていくんだから、必要なものだけを選別しないと重くて潰されちゃうぞ。」

 

「でも……私が棄ててしまえば、そこで全部終わっちゃうんです。テッサが居ない今、背負えるのはもう私だけなんですから。」

 

「リドルがああなったのはキミやヴェイユが失敗したからじゃなくて、あの男が自分で選択したからだ。だったら結果を背負うべきはリドル本人だろう? ヴェイユでもなければ、キミでもないよ。」

 

リーゼ様が真剣な表情で語りかけてくるのに、小さな頷きを返す。……『重石』か。確かにそうかもしれない。嘗ての友人に対する気遣いが、いつの間にか義務感に変わってしまった。今更後戻りなんて出来ないのに。

 

だけど、やっぱりモヤモヤは残る。もうどうにもならないと分かっているのに、それでもどうにかしようとしてしまう。……我ながら情けないな。いつまでもうじうじと何をやっているんだか。

 

「とにかく、キミはリドルとは……ええい、毎回毎回タイミングの悪い男だな。来るなら来ると連絡すればいいだろうに。すまないが、ちょっと待っててくれ。追っ払ってくるよ。」

 

リーゼ様が新たに天幕に入ってきた誰かの対応に行くのをぼんやり眺めつつ、アリス・マーガトロイドは煮え切らない己の心を恨めしく思うのだった。

 


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