Game of Vampire   作:のみみず@白月

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さよなら

 

 

「……あら、レミィたちとの打ち合わせは終わったの?」

 

肌寒いオーストリアの山地。山間に覗く僅かな平地に聳え立つヌルメンガード城を眺めながら、パチュリー・ノーレッジは背後から近付いてきた老人に声をかけていた。懐かしい光景だな。最後にこの城を訪れたのは何十年前になるのだろうか?

 

背中越しに放った質問を受けて、ゆるりと私の隣に立った老人……ダンブルドアが返答を寄越してくる。相変わらず律儀な男だ。アリスから私の居場所を聞いてわざわざ足を運んだのだろう。予想を裏切らないヤツだな。

 

「ほっほっほ、その途中で君がここで準備をしていると聞いてね。顔を見せに来たのじゃよ。」

 

「そう。」

 

端的な返事を返しつつ魔法の構築を進めていると、ダンブルドアは目を細めてヌルメンガードを見ながら口を開いた。今日の私にレミィが課した役目は二つ。緊急時に彼女が自由に動けるように広範囲に渡って日光を防ぐことと、ヌルメンガードごとリドルたちを閉じ込める巨大な『檻』を作ることだ。

 

「いやはや、予想外じゃったよ。まさか最期の場所が此処になろうとは……ううむ、人生というのは驚きに満ちているものじゃな。大昔に母が作ってくれたチェリーパイは端がスカスカだったのじゃが、わしの人生は最後までぎっしりになりそうじゃのう。後世の歴史家たちが食べ飽きないかが心配じゃ。」

 

「諧謔を感じる結末じゃないの。グリンデルバルドはゴドリックの谷で親友に敗れ、貴方はヌルメンガードで教え子と共に死ぬ。運命ってのはどこまでも皮肉屋みたいね。」

 

「否定はせぬよ。しかしながら、時に素晴らしい結果を運んできてくれるのも運命の為せる業じゃろう? 山あれば谷あり。結局はそんなものじゃよ。」

 

「爺さんが言うと説得力が増すわね。」

 

この老人にとって今は谷なのだろうか? それとも山? 作業の手は休めずに肩を竦めた私に対して、ダンブルドアは雲一つない青空を見上げつつポツリと呟く。顔には清々しい笑みを浮かべながらだ。

 

「うむ、天気は上々。絶好の旅立ち日和じゃな。……荷造りは全て終わらせたと思うのじゃが、わしもいい歳じゃからのう。大事なことをボケて忘れてしまっているかもしれん。何かあったら始末を頼めるかね?」

 

「私なんかに頼まなくてもマクゴナガルがきちんと処理してくれると思うけどね。……ま、気が向いたらやってあげるわよ。」

 

「君がそう言ってくれるなら安心じゃ。どうやら振り返らずに目的地まで行けそうじゃな。」

 

『旅立ち』か。本の中の登場人物の台詞で何度も読んだし、使い古された表現ではあるかもしれないが……この男が言うとしっくりくるな。ダンブルドアはこれから旅に出るわけだ。遥か遠くへと、片道の旅に。

 

「……不思議ね。私、貴方が死ぬってことを未だに実感できていないの。頭では理解しているんだけど、それがふわふわと浮かんで心に定着しない感じ。興味深い感覚だわ。」

 

まるで……そう、結末を聞いてしまった本を読んでいる時のような感覚だ。確かにそうなるのだと分かっているのに、本当にそうなるようには思えない。私が全てを読み切らないうちは心の中で確定しないような、あの不条理で不確かな気持ち。

 

結末が覆ることを期待しているのではなく、気に入らない終わり方を嫌がっているわけでもない。ただ、実感できないのだ。懐から触媒を取り出しながら言ってみると、ダンブルドアは苦笑いで頷いてきた。

 

「実はわしもそうなのじゃ。今更迷ってはおらぬが、未だに実感らしき実感がなくてのう。自分が死ぬ時というのはもう少しドラマチックな気分になるものだとばかり思っていたよ。……いつものように朝を迎え、いつも通りに業務をこなして、いつの間にかここへ来てしまった。五十年前の決闘の時は緊張した覚えがあるのじゃが。」

 

「互いに長生きしすぎたのかもね。若い頃はもっと感受性が豊かだった気がするわ。」

 

とはいえ、私たちより長生きしているリーゼやレミィなんかは感受性豊かと言って差し支えない状態だ。これが妹様なら分かる気もするが、あの二人は長い『吸血鬼生』の中でそれなりに経験を積んでいるわけだし、もしかして長命な種族と人間との精神構造の差が影響しているのだろうか?

 

自分の心中に渦巻く不思議な気持ちを解明しようとしていると、少し離れた場所に誰かが姿あらわししてきたのが視界に映る。思わず目をやってみれば……おやまあ、場の平均年齢は横這いのままか。黒いコートを身に纏ったグリンデルバルドがこちらに歩み寄ってきた。

 

「驚いたわね、貴方は来ないものだと思ってたけど。」

 

近付いてくるグリンデルバルドに話しかけてみると、彼は忌々しそうな表情でヌルメンガードの方を向きながら応じてくる。

 

「俺の城をつまらん小蝿が占拠していると聞いてな。追い払いに来ただけだ。……大体、ロシアに情報提供を求めてきたのはお前たちの方だろう?」

 

「知らないわよ、そんなもん。私は魔法省とは深く関わってないしね。……本当に来たくないんだったら代理を寄越すなり、リーゼに任せるなり出来たでしょう? その点どうなのかしら?」

 

ダンブルドアに会いに来たって素直に言えよな。訳の分からん意地を張るグリンデルバルドに訊ねてみれば、白い老人は私を睨みながら刺々しい返事を返してきた。

 

「……さすがは吸血鬼の『友人』だな。性格の悪さが問いに滲み出ているぞ、魔女。」

 

「突っかかってきたから反撃しただけよ。そっちこそリーゼの意地っ張りが移ったんじゃなくって? 若い頃から偏屈なんだから、これ以上悪化したら目も当てられないわよ?」

 

ダンブルドアを挟んでグリンデルバルドと皮肉の応酬をしていると、ダンブルドアがくつくつと笑いながらそれを止めてくる。これだから老人と話すのは嫌なんだ。どいつもこいつも素直じゃなさすぎるぞ。

 

「まあ、そこまでにしようではないか。……ゲラート、君も作戦に参加するのかね?」

 

「その通りだ。『攻め下手』なスカーレットなどに俺の兵を任せる気にはならんし、ヴォルデモートは革命の障害になりかねん。何より俺の城を勝手に使われるのは気に食わないからな。小蝿にはそろそろ退場してもらうべきだろう。」

 

リドルも不憫だな。ここに居る三人に加えて、リーゼやレミィ、挙げ句の果てには妹様まで出てきているのだ。弱っている死喰い人相手にこれとは……過剰戦力にも程があるぞ。分霊箱のことがなければヌルメンガードを一気に吹っ飛ばして終われるんじゃないか?

 

内心でちょっと哀れんでいる私を他所に、爺さん同士の会話は進んでいく。

 

「分かっているとは思うが、トムを……ヴォルデモートを殺さないように頼むよ? それはわしの役目じゃからのう。」

 

「承知の上だ。分霊箱のことは吸血鬼から聞いている。……準備は整っているのか?」

 

「うむ、全て終わらせておるよ。」

 

「そうか。」

 

グリンデルバルドがダンブルドアを見ないままで短く答えたところで、やっと編み終わった大規模魔法を起動させた。……まあ、短い準備期間にしてはまずまずの出来栄えと言えるだろう。これなら役割は充分に果たせるはずだ。

 

「……相変わらず見事じゃな。」

 

「理不尽、と言うべきだな。」

 

先ず、ヌルメンガードを中心とした広範囲の空中にポツリポツリと黒い染みのようなものが滲み出る。じわじわと広がるそれはダンブルドアとグリンデルバルドが感想を述べている間にも空間を侵食していき、やがて要塞の周囲をすっぽり包む直径数キロほどの真っ黒なドームになった。

 

結果としてヌルメンガードの周辺は完全な暗闇に包まれる。これでレミィや妹様は日光や天候を気にせず動けるし、姿くらましも煙突飛行もポートキーも妨害済みだ。である以上、リドルはもうこの『夜の檻』から出られないだろう。

 

「さて、残る私の役目はこのドームを維持するだけよ。全てが終わるまで誰も出られないし、誰も入れないから安心して事に臨んで頂戴。」

 

維持のための術式をチェックしながら言ってやると、杖明かりを灯したグリンデルバルドが満足そうに頷いてきた。

 

「悪くないな。これなら思った以上に簡単に終わりそうだ。……先に行くぞ、アルバス。」

 

そう言ったグリンデルバルドが飛翔術でレミィたちの居る方向に飛んで行くのと同時に、ヌルメンガードの各所から防衛魔法の白い光が上空へと昇り始める。さすがに死喰い人たちも襲撃だと気付いたのだろう。今度はこちらが攻め手で、向こうが守り手になるわけだ。攻守逆転だな。

 

私の作ったドームよりも遥かに小さい障壁が、ヌルメンガードを囲むように出来ていくのを眺めていると……同じ光景を見ているダンブルドアが穏やかな表情で声をかけてきた。

 

「では、わしも行くよ。……これでお別れじゃな、ノーレッジ。永く続く君の未来が素晴らしいものになることを祈っておくよ。」

 

「……そうね、これでお別れね。」

 

私は……何と言うべきなんだ? 出発前に会話のシミュレーションをしてきたはずなのに、まるで消失呪文で消しちゃったかのように言葉が出てこない。私が焦りながら脳内の書庫を漁っている間にも、ダンブルドアは杖を取り出して飛翔術の準備を──

 

「……さよなら、アルバス。」

 

ぽろりと、まるで零れ落ちるかのように。意図せず口から放たれた私の言葉を受けたダンブルドアは、少しだけ驚いたように目を見開いた後……柔らかい笑顔で挨拶を返してくる。

 

「さらばじゃ、パチュリー。」

 

……ああ、ようやく実感が持てた。この男は、ダンブルドアは死ぬんだ。ふわふわと浮いていた心が定まるのを感じながら、杖を振って白い影となって飛んで行くダンブルドアをただ見つめる。

 

その姿を紫の瞳に映し続けながら、パチュリー・ノーレッジは深く、深く息を吐くのだった。

 

 

─────

 

 

「さすがね。」

 

仮設の指揮所となっている防衛魔法がかかった天幕の中、空を覆っていく漆黒のドームを見上げながら、レミリア・スカーレットは呆れ半分で呟いていた。我らが司書どのも今じゃ立派な化け物か。この規模の結界はそうそう見られるもんじゃないぞ。

 

現在の指揮所には私、リーゼ、フラン、連絡役のキングズリー・シャックルボルト、それにハリー・ポッターと細々とした職員たちが数名残るだけになっている。その他の人員はそれぞれの指揮官に従って、全員配置に移動済みだ。

 

ルーモス(光よ)。……噂には聞いていましたが、凄まじい規模の魔法ですね。六月にホグワーツが無傷だった理由がようやく理解できました。」

 

「まあ、これで死喰い人は袋の鼠ってわけよ。あとは作戦通りに要塞を……あら、気付いたみたいね。慌てっぷりが目に浮かぶようだわ。」

 

私が杖明かりを灯すシャックルボルトに返事を返している間にも、ヌルメンガードの各所から防衛魔法の光球が空に昇り始めた。うーむ、対応が早いっちゃ早いな。リドルはきちんと『防災訓練』を実施していたようだ。敵の態勢が整い切る前に急いで作戦を進めた方がいいかもしれない。

 

「こっちの存在はバレちゃってるわけだし、一帯の隠蔽はもう解いて結構よ。さっさとおっ始めましょ。」

 

職員の一人に指示を出してから、指揮所の中央に置いてあるテーブルへと移動する。その上に張られている地図に目をやってみると……よしよし、正常に動作しているようだ。味方を表す白い駒が陣内で慌ただしく動いているのが見えてきた。

 

それぞれの駒には名前が彫り込まれており、その名前の人物と駒の動きが連動しているらしい。イタリア魔法省が今回の作戦のためにと貸してくれた魔道具なのだが……思わぬ幸運だったな。ダンブルドアやデュヴァルなんかが驚いていたのを見るに、かなり珍しい魔道具のようだ。

 

こっちとしては『作戦にはイタリアも参加していた』という名目作りのために呼んだだけなのだが、良い感じのオマケが付いてきたじゃないか。運すら引き寄せる自分の政治センスにうんうん頷いていると、陣を囲んでいた隠蔽魔法の膜が消え去ると共にダンブルドアが天幕に入ってくる。パチュリーとの話は終わったらしい。

 

「状況はどうですかな? スカーレット女史。」

 

「見れば分かるでしょ。そろそろ始まるところよ。」

 

私がそう言ったところで、地図上の駒がジリジリとヌルメンガードの方へと向かい始めた。真っ暗なのと距離がある所為で肉眼では見えないが、作戦通りにロバーズ率いる闇祓いたち専門職が正面から、スクリムジョール率いる魔法戦士や他国の魔法使いたちが西側から侵攻しているようだ。

 

ちなみにムーディやデュヴァルはロバーズ組、アリスやブラック、ルーピンなんかはスクリムジョール組に参加している。そして生意気にも指揮権を寄越さなかったグリンデルバルド率いるロシア闇祓いは……ふん、協調性のないヤツらだ。陣の先頭あたりで静止しているらしい。大御所気取りか?

 

まあ、大した問題はあるまい。認めるのは癪だが、グリンデルバルドの用兵の能力は本物だ。それなり以上の経験もあるし、こちらの作戦は伝達済み。ならば下手な動きはしないだろう。

 

私が駒の動きを確かめながら敵の受け手について考えていると、ふらりと近寄ってきたフランが杖を抜いて未使用の駒をこつりと叩いた。途端にフランの名前が刻まれた駒が地図上のこの天幕に移動したのを確認した後、彼女は何も言わずに天幕を出て歩き出す。

 

「ちょっとフラン? お散歩なら後にしなさい。今は危険よ。」

 

「あのね、私は戦いに来たんだってば。日光はなくなったし、シリウスとリーマスの方を手伝ってくるよ。アリスもそっちなんでしょ?」

 

「ちょちょっ、待ちなさい! 怪我したらどうするの!」

 

「しないし、待たない。……お姉様こそきちんと指揮してよね。失敗したらもう二度と口きいてあげないから。呼び方も『オマエ』に逆戻りだよ。」

 

何だって? 昔を思い出させる冷たい口調で言い放ったフランは、呆然と立ち止まった私に振り向くと……今度はクスクス微笑みながら言葉を付け足してきた。おねだりする時の蕩けるような甘い声色でだ。

 

「でも、成功したら好きなだけほっぺにちゅーしてあげる。だから頑張ってね。」

 

最後にパチリとウィンクすると、フランはシャラシャラと翼を鳴らして飛び去ってしまうが……ほっぺにちゅー? ちゅーだと? フランが、私に? そんなの何百年振りだろうか。これは負けられない理由が増えてしまったようだ。『好きなだけ』って言葉も付いてるわけだし。

 

「うーん、賢いね。飴と鞭の使い方をよく分かってるじゃないか。」

 

「前にも言ったような気がするけど……やっぱりリーゼより大人っぽいよね、フランドールさんって。」

 

「……まあ、今のやり取りに限って言えばそうかもね。悪女の手管だよ。どうしてこんな風に育っちゃったのやら。」

 

何が悪女だ。姉が大好きなだけだろうが。天幕の隅に座っているペタンコ吸血鬼と傷痕小僧の会話を聞き流しながら、何としても勝たねばと決意を新たにしていると、死喰い人たちの作った防衛魔法の青白い膜が小さく脈動するのが目に入ってきた。味方が障壁を破るための攻撃を開始したらしい。周りが真っ暗だと余計派手に見えるな。

 

「急拵えの魔法ですし、長くは持たないでしょう。相手もそれは分かっているはずです。」

 

同じ方向を見つめるシャックルボルトが深い声で呟くのに、首肯しながら返答を飛ばす。

 

「態勢を整えるための時間稼ぎでしょうね。もしくはこの隙にドームを破って逃げようとしているのかもしれないけど……ま、それは考慮しなくていいでしょ。」

 

「ヴォルデモート一人が逃げるだけの小さな隙間も空けられませんか?」

 

「敵味方問わず、この場の魔法使いが全員協力したところで針の穴すら怪しいと思うわよ。パチェが魔法を解かない限り、誰もこのドームからは出られない。それは前提条件にして問題ないわ。」

 

穴を空けるのが可能なのは私、リーゼ、フラン、もしかしたらアリスってくらいだろう。つまり、人間には不可能だ。杖魔法だと技術云々ではなく力押しで空ける必要がある以上、ダンブルドアやグリンデルバルドでも無理なはず。

 

シャックルボルトが引きつった表情で納得の頷きを送ってきた瞬間、轟音と共にスクリムジョールが担当している西側の障壁が……おー、壮観。ひしゃげるように一気にぶっ壊れてしまった。合流したフランが能力を使ったらしい。

 

私とリーゼだけが苦笑を、他の全員が驚愕の表情を浮かべる中、唯一その中間くらいの顔になっているダンブルドアが口を開く。

 

「いや、見事ですな。彼女にとってはあんな障壁など有って無いようなものですか。そして一部分が崩壊すれば……うむ、全体も崩れたようです。」

 

「ドームと今の、どっちの驚きが大きかったのかしらね? 後で捕らえた死喰い人に聞いてみたいもんだわ。」

 

連鎖するようにボロボロと崩れていく障壁を横目に肩を竦めて、気を引き締めながら地図に向き直る。……これでお互いを阻むものはなくなった。遂に直接杖を交える時間が訪れたわけだ。ここまで大規模な攻め戦の指揮を執るのは久々だし、油断しないように正確に作戦をなぞらねば。

 

地図の上部に描かれたヌルメンガードへと迫っていく白い駒たちを確認しつつ、レミリア・スカーレットはコキリと首を鳴らすのだった。

 


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