Game of Vampire   作:のみみず@白月

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狩る者を狩る者

 

 

「ほら、何してんのさ。早く行こうよ。」

 

無残に崩れていく障壁を背にこちらを促してくるフランへと、アリス・マーガトロイドは困ったような苦笑を返していた。相変わらず滅茶苦茶だな。私の小さな友人の前では防衛魔法など毛ほどの意味も持たないようだ。

 

スクリムジョールの指揮に従って敵方の構築した障壁を破ろうとしていたところ、ふらりと現れたフランがいきなり『きゅっ』しちゃったのである。あまりにもあんまりな光景に大多数の味方は度肝を抜かれているが……さすがに立ち直りが早いな。スクリムジョールが前に進み出て指示を出し始めた。

 

「もう杖明かりは各自の判断で灯して結構。二班と三班、それとイタリア勢は作戦通り城の後方を確保するように。……そちらの指揮は任せたぞ、ドーリッシュ。」

 

「了解しました。……二、三班、およびイタリア闇祓いは私に続け! 城壁沿いに後方に向かうぞ!」

 

「一班はこのまま私と共に中庭の制圧を援護する。いいかね? 迷ったら撃つな。この視界の悪さで最も恐れるべきは同士討ちが起こることだ。確実に敵だという判断が出来た時だけ攻撃したまえ。それ以外の場合は防御や周囲の味方の援護に専念すること。」

 

そりゃそうだ。視界が確保できていないのに適当に呪文を放つなど自滅行為だろう。スクリムジョールの冷静かつ基本的な指示を受けた全員が頷いて、それぞれの指揮官に続いて移動していく。私も杖明かりを灯して歩き出そうとしたところで、フランが袖を引いて話しかけてきた。

 

「ねえねえ、私はどっちに行けばいいかな?」

 

「レミリアさんからは何も言われなかったの?」

 

「あー……言われなかったっていうか、言われる前に出てきちゃったんだよね。」

 

「なら、スクリムジョールに付いて行っていいと思うわ。私もブラックもルーピンも一班だし。」

 

後方を塞ぐグループはあくまで抑えだ。城内に突入するのはロバーズ率いる本隊と、私たち一班ということになっている。フランにとっても知り合いが多い一班で否はないようで、こっくり頷くと私と一緒に移動し始めた。

 

そのまま周囲を警戒しながらヌルメンガードに近付いていくと……うーむ、ここから見ると大きいな。分厚い滑らかな石の城壁が広い敷地を守り、その奥には巨大すぎる石柱のような城が聳え立っている。さすがに嘗ての大犯罪者の根城だけあって、一筋縄では攻略できなさそうだ。

 

「能力でぶっ壊しちゃおうか? 城壁。少し可哀想だけど、ヌルメンガードとしても死喰い人に利用されてるのは嫌だろうしさ。」

 

無骨な城壁を指差しながら軽く聞いてきたフランに、苦笑いを浮かべて首を横に振る。それはそれで困っちゃうのだ。

 

「ダメよ。城壁はそのまま敵の逃げ道を塞ぐ壁にもなるわけだし、きちんと門から侵入する必要があるわ。そういう作戦だしね。」

 

「ふーん? ……あんまり良い選択じゃないと思うけどね。私が参加してないならそれしかないだろうけど、壁を壊す手段があるならそっちを選ぶべきじゃない? ただでさえ攻撃側は不利なんだから、お行儀良く『順路』に従ってちゃダメだよ。敷地から敵が逃げたところで結局パチュリーのドームからは出られないわけだしさ。……というかそもそも、西側に門なんてあったっけ?」

 

「監獄として利用され始めた頃に造られた入り口があるのよ。私たちがそっちから入って、ロバーズたちが正門から入る予定になってるんだけど……何か心配なの?」

 

敵が待ち構えている可能性のある中庭を正面と西側から挟撃するわけだ。安全を確保できないうちに飛翔術で飛び込むのは危険だし、私は悪くない作戦だと思ったんだけどな。歩きながら何かを考え込んでいるフランに問いかけてみると、彼女はいつにも増して大人っぽい表情で肩を竦めてきた。

 

「いやまあ、私なら違う選択をするってだけ。後方の抑えを正門に回して、そっちが騒いでる間に後方の城壁をぶっ壊して直接城に突入するかな。早いし、意表を突けるでしょ?」

 

「随分と型破りな戦術ね。……気になるならスクリムジョールに意見してみる?」

 

「んーん、指揮には従うべきだよ。……でも、ちょびっとだけ心配かな。ロバーズとスクリムジョールのことはよく知らないけど、レミリアお姉様はああ見えて結構杓子定規な作戦を立てがちだからさ。臨機応変に対応するタイプじゃなくて、綿密に作った計画を正確に進めるタイプなんだよね。上手く行ってる時はとことん強い癖に、いざ躓くと派手にすっ転んじゃう感じ。そうならなきゃいいんだけど。」

 

「……なんか、不吉な予想ね。」

 

『派手にすっ転ぶレミリアさん』というのは割と想像し易いぞ。顔を引きつらせて呟いた私に、フランは苦笑しながらレミリアさんの『指揮考察』を纏めてくる。

 

「つまりさ、レミリアお姉様は守勢の指揮官なんだよ。ヨーロッパ大戦も、第一次魔法戦争も、この前の戦争も。どれも基本的には受け手側だったでしょ? お姉様みたいな『計画タイプ』は守勢だと相性が良くて強いんだけど、いざ攻勢に出ると融通が利かなくて策に嵌りがちなんだよね。拠点攻めってのは事前の計画なんてあってないようなものだから。」

 

「詳しいわね。……私は指揮に関してはさっぱりだわ。第一次も第二次も外様の魔法戦士だったから。」

 

「昔は他にやることないからそういう勉強もしてたんだ。……いっそのことグリンデルバルドに指揮を任せちゃうべきだと思うけどね。一番拠点攻めの経験が豊富なのはあいつなんだし、古巣のヌルメンガード相手なら尚更だよ。政治的な理由で出来ないってのは分かってるけどさ。」

 

むう、グリンデルバルドに指揮を任せるのはさすがに無理だろうが、確かにスクリムジョールやロバーズも大規模な攻勢の経験はあまりなかったはずだ。そう言われるとなんだか心配になってくるな。やけに冷静な表情のフランに対して曖昧に頷いていると、暗闇の先に大きな鉄柵が見えてきた。あれが西側ゲートか。意外にも見張りは居ないようで、周囲はひっそりと静まり返っている。

 

「……解錠する。周囲の警戒を厳に。」

 

僅かに訝しみながらもそう指示を出した後、杖を構えて鉄柵に歩み寄って行くスクリムジョールと数人の魔法戦士たちを横目にしつつ、偵察用の人形を三体取り出して壁の向こうへと飛ばした。妙に静かだし、待ち伏せを警戒しておいた方が良いだろう。

 

「よう、ピックトゥース。よくスカーレット女史が参加を許したな。」

 

「あのね、私は大人なんだから許可なんかそもそもいらないの。そっちこそ『偉大なるお母上様』からのお許しはいただいたの? これから親戚たちをぶっ殺してきますってちゃんと伝えた?」

 

「それが悲劇的なことに、我が母上どのの肖像画はマーガトロイドさんの手によって屋敷から永久に退去済みなんだ。……どうせなら持ってくれば良かったかもな。盾になったかもしれない。お前もそう思わないか? ムーニー。」

 

「どうかな。母親の肖像画を盾にして親戚と戦う君の姿はかなり見てみたいが、そうなると『ムーニー』の名が相応しいのは君の方になっちゃいそうだ。……ジレンマだよ。私はこの名前を気に入ってるからね。満月の夜なら張り合えたんだけどな。」

 

フランが近付いてきた旧友たちと馬鹿話しているのを耳にしながら、左目の視界を城壁を越えた人形に繋いでみると……うーん、真っ暗で何も見えないぞ。城壁に囲まれた中庭部分は見通しの利かない暗闇に包まれている。私が思っていたよりも月明かりというのは明るいものだったようだ。

 

もうちょっと微調整してくれよと師匠たる大魔女に抗議の念を送りつつ、緊張感のない会話を続ける『忍び』たちを背にスクリムジョールへと歩み寄った。

 

「……スクリムジョール、明かりを飛ばしちゃっていい? 暗すぎて中庭が確認できないのよね。」

 

こっちの位置なんかもうバレバレだろうし、特に問題ないだろう。解錠作業を進めるスクリムジョールにとってもそれは同感だったようで、さほど迷わずに首肯してから周囲の味方に指示を出し始める。

 

「そうですな、今更問題ないでしょう。……全員、中庭上空に明かりを飛ばせ! 先に中庭の視界を確保する!」

 

その声に従って味方たちが明かりを飛ばすのを尻目に、もう一度中庭で待機させていた人形に視界を繋げてみれば……んー、敵は居ないみたいだな。城内で迎え撃つつもりなのか?

 

「少なくとも人影は確認できないわ。透明になって潜んでいる可能性はあるけどね。」

 

「意外ですな。中庭を捨てるほどの余裕があるとは思えませんが。……あるいは、展開する時間がなかったのかもしれません。指揮所のスカーレット女史はそう予想しているようです。」

 

「何にせよ、ロバーズたちとは普通に合流できそうね。拍子抜けだわ。」

 

わざわざ部隊を分けた意味がなくなっちゃいそうだな。微妙な気分で肩を竦める私に、スクリムジョールは鉄柵に当てた杖をゆっくりと捻りながら首を振ってくる。

 

「油断は禁物です。窮鼠は何をしてくるか分かりませんよ。……開きました。」

 

「それじゃ、慎重にいきましょうか。」

 

「そうすべきでしょうな。……全員隊形を保ったまま続け! 中に入るぞ!」

 

甲高い金属音と共に開いた鉄柵の先へと、スクリムジョールの指示で味方が警戒しながら進んで行く。基本的には殺風景な平らな土の地面で、ヌルメンガード城と正門を繋ぐように精緻な石畳があるばかりだ。『中庭』というよりも、単なる『広場』と呼ぶべきなのかもしれない。

 

そして、正門の方からはロバーズ率いる闇祓いたちが歩いて来ているのが視認できる。向こうも解錠にはそれほど手間取らなかったようだ。城と正門の真ん中あたりで合流した後、スクリムジョールとロバーズがレミリアさんに報告の守護霊を送りながらの短い作戦会議に入った。

 

「……居ないじゃん、敵。本当にここなの?」

 

私の背中に寄り掛かってきたフランが呟くのに、明かり一つ漏れていないヌルメンガード城を見上げながら返答を返す。……確かに大人しすぎる気もするな。姿は見えず、攻撃も無し。何を考えているのだろうか?

 

「防衛魔法の障壁が張られたんだから、城内に居るのは間違いないはずよ。」

 

「でもさ、普通城門で一戦交えない? 色々と魔法がかかってるんだからそれなりに持つだろうし、ちゃんと『杖眼』も付いてるじゃん。勿体無いよ。」

 

「まあ、私もそう思うけどね。さっきスクリムジョールも言ってたんだけど、準備する時間が足りなかったんじゃないかしら。城内での防衛に的を絞ったんじゃない?」

 

「んー……そうかなぁ。にしては防衛魔法の展開が早すぎるくらいだった気がするけど。」

 

どこか腑に落ちない様子のフランがキョロキョロと周囲を見回し始めたところで、作戦を決めたらしいロバーズが声を上げた。うーむ、ちょっと緊張しているな。大丈夫か?

 

「城の入り口を破ったらスクリムジョール班は上階への階段を確保してくれ! 我々は事前に決めた五班に分かれて一階を制圧する!」

 

作戦通りだな。ロシアとオーストリアが提供してきた図面によれば、ヌルメンガードは中層あたりから行き来できない二つのブロックに分かれた後、上層で再び合流するような造りになっているらしい。本格的なチーム分けは中層からになるのだろう。

 

考えながらも味方の集団に交じって城の巨大な石扉に近付いていくと、ずっと黙考していたフランが話しかけてくる。

 

「アリス、さっき人形飛ばしてたよね? 一応聞くけど、城壁の上ってきちんとチェックした?」

 

「城壁の上? 通り過ぎたのがまだ暗かった時だから、よくは見てないけど──」

 

「なら、調べて。すぐに。」

 

急に真剣な表情になったフランに気圧されつつ、中庭の上空で待機させていた人形に指示を送ろうとした瞬間……びっくりした。先程私たちが突破してきた鉄柵と正門が轟音と共に閉まったかと思えば、僅かに遅れてヌルメンガード城の石扉が勢いよく開け放たれる。

 

慌ててそちらに視線を向けてみると……ヤバいぞ、これは。石扉の奥から雄叫びを上げて突っ込んでくる数体の巨人の姿が目に入ってきた。イギリスに全てを輸送したわけじゃなかったのか。

 

「あーもう、やっぱりじゃん! なんでこんな初歩の策に引っかかるのさ! 上からも来るよ!」

 

全員の視線が巨人に向いたところで、フランが警戒の声を発するのと同時に左右の城壁の上から呪文の閃光が降り注ぐ。城壁の上に潜んでいたのか? 内心の動揺を抑えながら即座に人形を味方の防御に当てて、ロバーズに駆け寄って言葉を放った。

 

「ロバーズ、今度はこっちが袋の鼠よ! 進むか退がるか決めて頂戴!」

 

つまり、私たちは身を隠せる障害物のない中庭に誘い込まれたわけだ。前方から迫る巨人と、後方を塞ぐ正門。おまけに左右の頭上からこれでもかというくらいに呪文を撃ち込んでくる死喰い人たち。宜しくない状況に焦りながら出した私の意見を聞いて、ロバーズは刹那の間だけ迷った後に指示を──

 

「おー、やるじゃん。」

 

出す間も無く、フランの気の抜けた声と同時に再び状況が進展していく。……グリンデルバルドか。私たちの隙を突いて攻撃してきた敵方だったが、攻撃に夢中な彼らの隙を更に突くようにして赤い影の集団が襲いかかった。飛翔術を使ったロシアの闇祓いたちだ。どうやら私たちは飛翔術で切り込む隙を作るための『餌』にされたらしい。

 

次々と左右の城壁の上に下り立っていく銀朱ローブの集団は、素早く陣形を組んで死喰い人たちを城の方へと押し込み始める。頭上からの攻勢が弱まった隙に巨人の対処に人形を向かわせようと城の方に目をやってみると、ちょうど一際大きな八メートルほどの巨人が『破裂』しているところだった。

 

「きゅ、ってね。……巨人は私がなんとかするから、早くロシアの援護と入り口の確保をしなよ。敵が混乱してる今なら飛翔術で城壁に上れるでしょ? 一階の制圧はその後。」

 

時折飛んでくる呪文をぺちぺち叩き落としながらのフランの言葉を受けて、ロバーズが我に返ったように大声を張り上げる。

 

「スクリムジョール班は城壁に移動してロシア勢の援護を! 我々は巨人の攻撃をいなしながら城の入り口を確保する! 行くぞ!」

 

これはどうにかなりそうだな。お世辞にも良いスタートとは言えない状況だが、フランとロシア勢の活躍もあり、二転三転した後で最終的にはこちらの有利に転んだらしい。味方の損害も大きくないみたいだし、このまま城内での戦いに移れるだろう。……とはいえ、危ない状況だったのは事実だ。スクリムジョールが言っていた通り、窮鼠相手に油断は禁物ってことか。

 

視線の先で『ひき肉』になっている哀れな巨人を見ながら、アリス・マーガトロイドは気を引き締め直すのだった。

 


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