Game of Vampire   作:のみみず@白月

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ブリキの人形

 

 

「もう一つ先の出口まで進もう。その方が展望台に近いはずだからね。」

 

背後に続くハリーとダンブルドアに声をかけながら、アンネリーゼ・バートリはカビ臭い隠し通路を進んでいた。歩く度に舞う埃やら行く手を阻むクモの巣やらにはうんざりするが、それはこの通路が誰にも見つかっていない証拠だ。甘んじて受け入れようじゃないか。

 

現在の私たち三人は、アリスの報告に従ってヌルメンガード東側中層の隠し通路をひたすら上っているところだ。東側でリドルが指揮を執るのに選びそうな場所として、壁がガラス張りになっている広場……私やゲラートが嘗て『展望台』と呼んでいたフロアに当たりを付けたのである。

 

無論、確実にそこに居るという保証は一切ない。指揮所のレミリアに頼んで外からリドルの姿を確認できないか試してもらっているのだが……頼むからそこに居てくれよ、リドル。他には思い当たる場所がないぞ。

 

脳内の図面を再確認しながら願う私に、明かりを灯した杖を翳しているダンブルドアが話しかけてきた。爺さんの癖して健脚だな。ハリーの方がよっぽど疲れているようだ。

 

「それで、どんな場所なのですかな? その『展望台』というのは。」

 

「フロア全体が仕切りのない一つの広場になっているんだよ。東側からは唯一ここに繋がる山道が見下ろせるから、見張り用にと壁を全面ガラス張りにした結果、当時のゲラートの部下の間で『展望台』という名前が広まっちゃってね。いつしか私やゲラートもそう呼ぶようになったのさ。」

 

「見張りのための場所、というわけですか。」

 

「内装自体はそれなりに豪華なんだけどね。この城が『正しい持ち主』の手にあった頃は、城の住人たちが集まって談笑するような……まあ、景色の良い休憩用の広場って感じの場所だったかな。ランチタイムには大いに賑わったもんだよ。」

 

通りすがりに目にした当時の光景を思い出しながら言ってやると、ダンブルドアは意外そうな表情で返事を返してくる。

 

「それはまた、イメージするのが難しい情景ですな。」

 

「キミね、当時のゲラートの部下たちだって普通の人間だったんだぞ。年がら年中人を殺しまくってたわけじゃないさ。ゲラートも平時は必要以上に締め付けなかったし、最盛期は賑やかな城だったんだ。」

 

世間では『悪い魔法使いたちの集団』というイメージが根付いているが、私としては良くも悪くも『理想家の若者たち』という印象が強い。いつ来ても展望台では小規模なディベートが行われていたものだ。時折ゲラートもそれに交じっていたのを覚えている。

 

だが、ゴドリックの谷での敗北によって彼らは二派に分かれた。各地に身を潜めてゲラートの再起を待つという集団と、ヌルメンガードに立て籠もって革命を押し通すという集団に。前者は現在のゲラートの地盤を固める要員となり、そして後者の結末は……残念ながら、歴史が語る通りだ。最後まで理想に殉じて決死の抵抗をしたようだが、結局は息を吹き返したヨーロッパ連合軍に敗北したらしい。

 

彼らにとってのここは古き魔法界を崩すための牙城であり、同志と理想を語り合える家であり、最期まで寄り添ってくれた墓というわけだ。その後少数の生き残った幹部たちとゲラート本人を閉じ込める牢獄となり、今では死喰い人どもの最期の地となっている。

 

私と同じく、ヌルメンガードも様々な歴史を目撃してきたわけか。半世紀もの間隠し通路を守り抜いてくれた古い友に労わりの念を送っていると、少し息切れしているハリーが急な階段を上りながら口を開いた。

 

「他の味方はどうなってるのかな? 西側のシリウスたちはまあ、マーガトロイド先生やフランドールさんが一緒だから大丈夫だと思うけど……東側は?」

 

「詳細は分からないが、私たちより下層に居るのは間違いないだろうね。さっき微かに戦闘の音が聞こえてきたし、それなりの抵抗には遭ってるんじゃないかな。」

 

「彼らが東側の敵を引き付けてくれればくれるほど、わしらの作戦の成功率は増すはずじゃ。信じて任せようではないか。」

 

私に続いたダンブルドアの言葉にハリーが頷いたところで、通路の先に古びた木の梯子がかかっているのが目に入ってくる。いよいよ到着だな。私の記憶が正しければ、あれが展望台の直近となる出口のはずだ。

 

「よし、キミたちは杖明かりを消して待っていたまえ。私が先行して敵が居ないかを調べてくるから。」

 

「気を付けてね、リーゼ。」

 

ハリーの声を背に梯子を上って、落とし戸の横にある錆びついた鉄のレバーを引く。すると上で何か重い物が動くような音がしたかと思えば、落とし戸の隙間から微かに光が漏れてきた。各出口の詳細まではさすがに覚えていないが、石像か何かで戸が隠されていたのだろう。

 

ゴリゴリという石同士が擦れ合うような音が止んだのを確認してから、能力で姿を消して慎重に落とし戸を開いてみると……ふむ? 誰も居ないな。ひょっこり顔を出した先には、松明に照らされた無人の廊下があるのが見えてくる。展望台はすぐ近くだし、リドルがそこだとすれば警備くらいは居ると踏んでいたんだが。

 

「近くに敵は居なさそうだよ。上がっておいで。」

 

下の二人に指示を飛ばしながら廊下に出て、集中してもう一度周囲の気配を探ってみるが……うーん、やっぱり誰も居ないみたいだな。マズいぞ。ここがもぬけの殻ということは、リドルが展望台に居ない可能性が増してくる。レミリアからの連絡も無いし、また別の場所を探す必要があるかもしれない。

 

若干不安になってきた私に、落とし戸から出たダンブルドアが所見を述べてきた。ハリーはその後ろで服に付いた埃を払っている。

 

「静かすぎますな。」

 

「だね。……どうする? 私一人で展望台を確認して──」

 

そこまで言ったところで、ダンブルドアの隣に細身の山猫の守護霊が出現した。シャックルボルトの守護霊、つまりはレミリアからの連絡だ。ギリギリ確認が間に合ったらしい。

 

『そちらの指定した階層にヴォルデモートらしき姿を確認しました。一人です。』

 

深いバリトンの声で端的に報告した守護霊は、用は済んだとばかりにふわりと消えていく。こちらの状況を気遣って短く纏めてきたのだろうが……一人だと? 意外だな。ダンブルドアも同じ感想を抱いたようで、怪訝そうにポツリと呟いてきた。

 

「不穏ですね。あからさまな不自然さを感じます。」

 

「同感だし、『らしき』って部分も気になるが、それでも行くしかないさ。……展望台に通じる扉は向こうだ。すぐに着くぞ。」

 

「……そうですな、行きましょうか。」

 

たとえ罠だとしても、今更立ち止まるわけにはいかない。緊張した表情のハリーを間に挟むようにしてダンブルドアを先頭に廊下を進んで行くと、数分も歩かないうちに大きな両開きの扉が目に入ってくる。死の秘宝のマークが中央に彫り込まれたダークオークの重厚な扉。あれが展望台に通じる扉だ。

 

「そこを抜ければ展望台だ。……それじゃ、私は気配を消してハリーに付く。やり取りは任せたぞ、ダンブルドア。今日の主役はキミなんだから。」

 

「お任せを。……では、始めましょうか。」

 

覚悟を秘めた表情のダンブルドアが杖を振ると、両開きの扉が軋みを上げながらゆっくりと開いていき……むう、暗いな。私しか見えてなさそうだ。暗闇に沈む懐かしき展望台の風景と、その中央に佇む一人の黒ローブの姿が見えてきた。フードを下ろしている所為で顔は判別できないが、レミリアの報告通りならあれがリドルなのだろう。

 

正方形の大理石がタイル状に組み合わさった床、隅に設置されている固定された石のベンチ、そして細工の入った枠に嵌め込まれた四方を覆うガラスの壁。私の記憶にある展望台には多数のテーブルや小さな花壇なんかも置かれていたのだが、それは撤去されてしまったらしい。他に潜んでいる敵は居ないかと真っ暗な展望台を見回していると、黒ローブがゆったりとした動きで左手に持った杖を振る。

 

途端に壁にかかっている松明に緑の明かりが灯る中、黒ローブがフードを上げながら声を放った。

 

「久しいな、ダンブルドア。そしてハリー・ポッター。俺様の用意した舞台へようこそ。」

 

果たしてフードの下にあった顔は……リドル、だよな? おいおい、今度は何をやらかした? 怖気を誘う声はまるで声帯を持たない生物が無理やり音を出しているかのようだし、露わになった顔は所々がボロボロと『崩れて』いる。左目は虹彩の区別が付かないほどにどす黒く充血しており、おまけに口の半分は削り取られたかのように歯茎が露出している有様だ。

 

前から人間らしからぬ見た目ではあったが、これほどではなかったはずだぞ。完全に『バケモノ』のそれじゃないか。もうトカゲとすら呼べない姿を見てドン引きする私とハリーを他所に、ダンブルドアは険しい表情を浮かべて返答を返す。

 

「また魂を分けたのじゃな? トム。……なんという愚かなことを。これ以上は無理だという自覚はあったはずじゃ。」

 

「だが、俺様はやりきったぞ! ……貴様らが分霊箱を破壊して回っていることには既に気付いている。それなのに聡明なヴォルデモート卿が何の対処もせずに死に向かうとでも思ったのか? 俺様を侮るなよ、ダンブルドア! 失ったのであれば、増やせばいい。それだけの話だ。」

 

「その身体はもう長くは持つまい。そして魂が限りなく小さくなってしまった以上、死した後はどこまでも矮小な存在として現世に囚われ続けることになるはずじゃ。君はそれを分かっているのかね?」

 

「それでも死ぬよりは、消えて無くなるよりは遥かにマシだ! ……俺様は諦めないぞ。どれだけ矮小な存在になろうとも、いつか必ず復活を遂げてみせる。俺様は死なない。死ななければいつかはやり遂げられるはずだ。」

 

いやぁ、私からすると絶対に死んだ方がマシだと思うのだが、リドルにとってはそうじゃないらしい。……とはいえ、マズい事態だぞ。分霊箱を更にもう一つ作ったってことか? そうなるとダンブルドアの作戦ではリドルを殺せなくなってしまう。

 

しかし、冷静に考えれば復活など出来るんだろうか? 日記帳、指輪、髪飾り、ロケット、カップ、ハリー、大蛇、そして新たな一つ。魂を裂くこと八回。……八回だぞ。単純に半分ずつ分けていったと考えると、今のリドルの魂は元々あった量の二百分の一以下になっているということになる。もうゴミみたいなもんじゃないか。

 

うーむ、その状態で死ねないと思うとゾッとするな。あいつ、本気で理解してやってるのか? 行き着く先は前回の亡霊もどきの比じゃないんだぞ。虫ケラ以下の塵芥のような存在として、ずっとずっと死ねずに存在し続けるってのは……私たち人外からしても恐怖に値するような状況じゃないか。

 

それはもう『生きている』とは言えまい。仮に何かの幸運で復活するにしたって、数百年……下手すれば数千年かかるくらいのレベルだ。だったらこのまま殺しちゃっても問題ないだろう。そんな遠い未来のことなんぞ知ったこっちゃないし。

 

さほど問題はないなと考えを改めた私に対して、ダンブルドアはまた違う意見を持っているようだ。憐憫と決意の表情を浮かべているのを見るに、大方リドルを殺しきることでその地獄から救いたいとでも思っているのだろう。

 

……分かっているのか? ダンブルドア。もうお前が死ぬ必要すらなくなったんだぞ。このまま普通にリドルの息の根を止めても、考え無しのアホが行き着く先は自業自得の生き地獄だ。ハリーの中にある魂の欠片を破壊する必要もないし、新たな分霊箱など尚更どうでも良い。目の前に立つ壊れかけのポンコツ帝王のお陰で、状況はむしろ『好転』しているんだからな。

 

「……キミ、状況をきちんと理解しているかい? 今すぐリドルを殺せば全てが丸く収まるんだぞ。」

 

我慢できずにダンブルドアの近くに立って囁きかけてみると、お人好しすぎる爺さんは口を動かさないようにしながら予想通りの答えを送ってくる。ええい、自己犠牲中毒め。

 

「ですが、それはトムを永劫の苦しみに突き落とすのと同義です。」

 

「だからどうした。自業自得さ。……そもそもだ、新たな分霊箱を特定しない限りはどうにもならないぞ。ついでに言えば、あの状態だと仮に『死に切った』ところでロクな結果にはならないはずだ。塵みたいな魂を狭量な冥府の連中が受け入れるとは到底思えないしね。」

 

「だとしても、現世に存在し続けるよりは遥かに救いがあるはずです。どうせこの場を生き延びたところでわしの命は残り僅か。ならばせめてトムを救うために使いたいと思います。新たな分霊箱については……時間を稼ぎます故、スカーレット女史に探すようにと伝えていただけませんか? あの姿を見る限りでは、魂を分けてからそう時間は経っていません。恐らくこの城の中にあるのでしょう。」

 

ここまで堕ちたリドルでも、こいつにとってはまだ『生徒』か。ダンブルドアが小声でそこまで言ったところで、リドルが窓際へと歩きながらこちらに問いを寄越してきた。ぎこちない動きだな。まるで油が切れたブリキ人形のようだ。

 

「どうした? お得意の説教をしなくてもいいのか? 折角久々に会えたというのに、黙っていては退屈だ。死ぬ前に俺様を楽しませてくれ。」

 

「……では聞くが、君は何故たった一人でわしらを待ち構えていたのかね? わしらが『二人』でここに来るという保証などなかったはずじゃ。」

 

「ああ、良い質問だ。俺様はその質問を待っていた。……我が忠実なる朋輩が教えてくれたぞ。貴様らが稚拙な計画を立てて俺様を殺しに来ることを、俺様の大切な分霊箱を破壊したことを、そしてそこの忌々しい小僧が分霊箱になっているということを! ……もう分かったはずだ、ダンブルドア。セブルスは貴様を裏切ったのだ。今の今まで気付かなかったのか? あの男が本当に怨んでいたのは、殺したかったのは、他ならぬハリー・ポッターだということに!」

 

……どういうことだ? スネイプが分霊箱を破壊したことをリドルに密告したということか? 訝しむ私と蒼白な顔を驚きで染めるハリーを背に、私たちの前に立つダンブルドアは静かな声で話を続ける。

 

「……驚きじゃ。まさかセブルスが君に分霊箱のことを話すとは思っておらなんだ。」

 

「貴様の言う愛の力などその程度のものだったということだ。……お笑い種だな。まさか本気で信じていたのか? 十五年も前に死んだ、自分に振り向かなかったマグル生まれの女のために人生の全てを捧げると? 憎い男と自分を裏切ったあばずれとの間に生まれた小僧のために命を懸けると? そんな愚かなことをする人間が本当に存在するとでも? ……少なくとも、セブルスは貴様が思うほど愚かではなかった。あの男は俺様すらも欺いて貴様らの陣営の奥深くに入り込むことで、貴様らにとって最も致命的な一撃を与えられる瞬間を辛抱強く探していたのだ。」

 

「ううむ、確かにわしはセブルスのことを見誤っていたようじゃな。……その『致命的な一撃』がこれということかね?」

 

「セブルスは俺様に色々なことを教えてくれたぞ。貴様が老いて満足に杖を振れなくなっていることも、死ぬ前に俺様とハリー・ポッターと相討ちにさせることで全てを終わらせようとしていることもな! 愚かな老人だ。杖腕を失くしたからといって老いた貴様と成年にも満たぬ小僧に俺様が負けるとでも?」

 

ふむ? 仔細が違っているな。ダンブルドアは寿命が近いとはいえ杖捌きは健在だし、ハリーと相討ちって部分も似て非なる表現だ。……状況がこんがらがっていて解きほぐすのが難しいが、スネイプが裏切ったというのも正解というわけではないらしい。

 

「ほんの少しの間だけ離れるよ。レミィとアリスに連絡を入れてくる。」

 

ハリーの耳元で囁いた後、リドルの不気味な声を背に少し離れた位置にある石柱の陰へと移動する。守護霊は目立つからダメだな。アリスから渡されている指人形を使おう。もう一つの分霊箱の件もあるし、報告によればアリスは現在スネイプと行動を共にしているはずだ。直接真意を問いただしてもらおうじゃないか。

 

「貴様の言う通り、『今回』の俺様の身体はもう長くは持たないだろう。……だが、老いぼれと小僧を殺すには充分な時間が残っているぞ! 一方が生きる限り、他方は生きられぬ。『次』に進む前に忌々しい運命を終わらせてやろう!」

 

どうせ死ぬならその前に懸念材料を片付けておこうってことか? 『残機』があると信じているリドルとしてはノーリスクの戦いだとでも思っているのだろう。……ああもう、厄介な状況だな。もはやこれはハリーのためというよりかは、無謀な自滅をしようとしているポンコツ帝王と、自己満足を貫こうとする犠牲バカのために働いているに近いぞ。

 

私としてはリドルが永劫の苦しみとやらに落ちようが、ダンブルドアが残りの歳月を後悔と共に過ごそうがさほど影響はないのだが……アリスはきっとダンブルドアと同じ結末を望むだろう。だったら私も一応は動いてみようじゃないか。他の誰でもなく、あの子のために。

 

「いいかい? 今から言う伝言を録音したら、アリス、レミィの順で伝えてくれ。迷子にならないでくれよ? 時間は限られてるんだから。」

 

柱の陰で手のひらの上の小さな人形がふんすと頷くのを確認してから、アンネリーゼ・バートリは小声で伝言を呟くのだった。

 


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