Game of Vampire   作:のみみず@白月

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編纂者

 

 

「……分かったわ。レミリアさんにも急いで伝えてきて頂戴。」

 

ここに来て新たな分霊箱、か。リーゼ様の報告を再生し終えた指人形に魔力を補給してから窓の外へと放しつつ、アリス・マーガトロイドは先頭を歩くスネイプの背を見つめていた。……分からないな。何を考えて動いているんだ?

 

西側中層の入り口でスネイプと再会した私たちは、リドルの姿が確認されたという『展望台』が見える位置まで移動しているのだ。こちら側には殆ど死喰い人が居ない上、ある程度の配置を知っているらしいスネイプが一緒なため、かなりスムーズな移動になっている。

 

反面、指揮所から届けられた情報によれば東側は中々の激戦になっているらしい。顔見知りの闇祓いたちの無事を祈っていると、近付いてきたルーピンが質問を寄越してきた。ちなみにブラックは未だにスネイプを警戒していて、フランは静かに最後尾を歩いている。

 

「バートリ女史からの報告だったんですか?」

 

「ええ、作戦通りリドル……ヴォルデモートと接触したんだけど、色々と予想外の展開になっているらしいわ。」

 

「予想外? ハリーに何か危険が?」

 

途端に振り返って聞いてきたブラックに首を振ってから、我関せずと進み続けるスネイプに声をかけた。色々と教えてもらいたいことがあるのだ。

 

「ハリーは大丈夫よ。……それよりスネイプ、貴方に質問があるの。答えてくれる?」

 

「答えられることであれば、なんなりと。」

 

「じゃあ一つ目。貴方がヴォルデモートに五つの分霊箱の破壊と、ハリーが分霊箱になっていることを伝えたっていうのは本当?」

 

「貴様、どういうことだ!」

 

激昂するブラックをルーピンが抑えるのを横目に、無言で回答を待っていると……スネイプは背を向けたままで簡潔に答えてくる。感情の窺えない乾いた口調でだ。

 

「紛れもない事実です。私が教えました。」

 

「……理由はあるのよね?」

 

「無論、帝王からの信頼を得るためです。……他にも虚実を織り交ぜた様々な情報を提供しております。戦場にポッターと『老衰した』校長が来ることや、その二人で帝王を滅そうとしていること。より不自然さのない状況を作り出すために、スカーレット女史やバートリ女史は前線に出てこないであろうことなども伝えました。私自身も長く連絡を取れていなかったので、予想が多分に入ってしまいましたが……概ねその通りの状況になっているようですな。彼女の存在だけは私にとっても完全に予想外でしたが。」

 

そりゃあそうだろう。本人以外の全員にとって予想外の参加者なのだから。背中越しにちらりとフランを見て最後の部分を呟いたスネイプへと、考えを整理しながら返事を飛ばす。納得できる部分はあるが、気になる部分もまた多いな。

 

「信用を得るために情報を渡したのは分かったけど、そこまで詳しく話す必要はあったの?」

 

「ある程度ポッターや校長にとって不利益になる可能性はありましたが、メリットの方が上回ると考えましたので。」

 

「まあ、それに関しては色々と言いたいことがあるんだけど……その前に二つ目の質問よ。ヴォルデモートは新たな分霊箱を作ったらしいわ。それが何処にあるのかを知ってる?」

 

今や杖を振りかねないほどに怒っているブラックを無視して聞いてみれば、スネイプは僅かな間考え込むように沈黙した後、お馴染みの謎めいた返答を返してきた。

 

「言えません。」

 

「知らない、とは言わないのね。その答えの理由は?」

 

「それも言えません。ただ信じていただきたい。」

 

またそれか。あの守護霊を見た今、スネイプのことを信じてはいるが……どうして肝心な部分を語らないんだ? 私の疑問を代弁するかのように、ブラックがルーピンの拘束を振り払ってスネイプを問い詰め始める。

 

「一体全体何を考えているんだ、スネイプ! 新たな分霊箱が作られたのであれば、それはお前が必要以上に情報を与えた所為だぞ。この事態のどこが『ある程度の不利益』だ! 何故余計なことをヴォルデモートに教えた!」

 

「吾輩が教えるまでもなく、以前から帝王は分霊箱に関しての懸念を抱いていた。帝王は貴様が思うほど愚かな男ではない。……分からないのか? 『ブラック』がヒントを与えてしまったのだ。ほんの小さな、普通なら見過ごす程度のヒントを。」

 

「私が? どういう意味だ。」

 

「貴様ではない、レギュラス・ブラックがだ。……校長やスカーレット女史にしては珍しい失敗でしたな。大勢が決したことによる油断か、それとも小さな記事なら問題ないと思ったのか。何れにせよ、レギュラス・ブラックへのマーリン勲章授与を記事にすべきではなかった。帝王は記事に気付き、思い出しましたぞ。嘗てレギュラス・ブラックという男が死喰い人に参加していたことを。そして自分がかの男のしもべ妖精を分霊箱の『防御テスト』に使ったことを。」

 

むう、そういうことか。……迂闊だったな。リドルは十七年も前に姿を消したレギュラス・ブラックのことをきちんと覚えていたわけだ。後半を私に対して言ったスネイプは、顔を歪める私たちに構うことなく続きを話す。

 

「遠からず分霊箱の破壊が露見すると確信した私は、状況を掌握するために価値があるうちに情報を提供しました。帝王が最も恐れているのは死喰い人の崩壊でも、自らの凋落でもありません。自身の『完全なる死』です。である以上、分霊箱を破壊されたことに気付いた帝王が何をするかは容易に想像できましたので。ポッターが分霊箱になっていることを教えたのはそれを防ぐためですよ。」

 

「……だが、その上でヴォルデモートはハリーを殺そうとするかな? もう一つ作ったとはいえ、残る分霊箱が少ないことに気付いたんだろう? 最も死を恐れているというのであれば、むしろハリーを残そうとするはずだ。現世に残るための大事な楔なんだから。」

 

確かにそうだ。残り二つしかないのだから、わざわざ自分で破壊しようとはしないはず。顎に手を当てながら発せられたルーピンの推理に、スネイプは即座に否定を返した。

 

「逆だ、ルーピン。帝王はポッターを殺すために新たな分霊箱を作ったのだ。……あの帝王がいつ死ぬかも分からないポッターに自分の命を託すと思うのかね? 猜疑の塊となった帝王は、スカーレット女史か校長が己を滅ぼすためにポッターを手にかけることすら考えただろう。帝王は確かな保証が欲しかったのだ。不確かなポッターではなく、確実に機能する新たな分霊箱が。」

 

「しかし、それはハリーを殺す理由にはならない。たとえそれが不確かな一つだとしても、無いよりはあった方がマシなはずだ。」

 

「帝王は次なる復活に長い時間がかかることを予想している。その時、分霊箱たるポッターが既に死んでいるであろうこともだ。……だが、その場合予言はどうなる? 一方が生きる限り、他方は生きられぬ。ポッターが寿命で死ねば、帝王の勝利ということになるのか? それとも運命は誰かに引き継がれてしまうのか? 帝王は不確定要素を嫌ったのだ。どうせ勝手に『壊れる』分霊箱なのであれば、いっそ予言を打ち破るために自分で殺そうというわけだよ。」

 

言いながらたどり着いた階段を上り始めたスネイプに、手に持った杖を握り締めて問いかけを送る。……本当にバカだ、リドルは。これ以上魂を裂けばどうなるかを分かっていないのか? 待ち受ける地獄は『長い時間』どころじゃないんだぞ。

 

「貴方の情報がその考えに拍車を掛けたってことね。」

 

「その通りです。今の帝王に私の情報を信じ込ませるのは非常に難しい作業でしたが、真実を多分に混ぜることでどうにかそれが叶いました。帝王は未成年のポッターと衰えた校長を展望台へと『誘い込んだ』と思っているのでしょう。彼らを殺し、予言を打ち破った後で『自壊』して、長い時間を経た上で復活するというのが帝王の立てたプランです。」

 

嫌な方法だな。フランやルーピン、ブラックなんかも顔を顰めるのを他所に、スネイプはリドルに関しての続きを口にした。

 

「更に言えば、最後に残る新たな分霊箱に関してもそこまで拘ってはいないようですな。作ってから自壊するまでの短い間だけ無事なら問題ないと考えているのでしょう。現世に留まるための『アンカー』としての機能が必要なのは、命が尽きて魂が引っ張られるその瞬間だけですから。……帝王は今回の死が分霊箱というシステムを利用した最後の復活になると予想しています。『次』の機会に魂の再生と新たな不死に至るための方法を探すつもりのようです。その辺りの事情も躊躇なくポッターを殺そうとすることに繋がっているのかもしれません。」

 

「……つまり、もう諦めてるのね。どうせ負けるなら何かを道連れにしていこうってわけ?」

 

「イギリスで大敗した以上、もはや挽回の目などありませんよ。だからペティグリューを逃がしたのです。あの小物は私が逃がしてやったと思っているのでしょうが、彼は帝王が今回の作戦を誘発させるために解き放った『撒き餌』に過ぎません。さすがに私を連絡役として校長に接触させるのは危険だと考えたのでしょう。対してあの小男なら然したる情報を持っていませんので。……とはいえ、ペティグリューを逃すのは私としても苦渋の決断でした。出来ればこの手で殺してやりたいと考えていましたから。アズカバンで苦しんでくれれば良いのですが。」

 

これまで淡々と喋っていたスネイプだったが、最後の部分だけは僅かな憎悪を感じさせる声色だったな。……憎んでいるのか、ペティグリューを。リリーを裏切り、死に追いやった原因の一人であるあの男を。

 

セブルス・スネイプ。どこまでも歪な男だ。まるで愛の薄暗い側面を体現しているかのようじゃないか。……でも、少しだけ理解できる。もしリーゼ様が誰かに殺されたら、私はきっと復讐のために全てを捧げるだろう。どれだけの時間がかかろうが、私はそれを完遂するまで絶対にやめないはずだ。

 

背を押し、前を向かせてくれるのが愛ならば、絡み付き、逃がすまいと囚え続けるのもまた愛なのだろう。ダンブルドア先生とは違う愛の形を貫く男へと、階段の最後の一段を蹴りながら質問を放った。

 

「もう一つだけ聞かせてもらえる? 私たちは新たに作られた分霊箱を探す必要があるの?」

 

「ありません。」

 

「……そう。」

 

それはつまり、スネイプがどうにかするという宣言に他ならない。ブラックが寄越してきた本当に大丈夫なのかという問いかけの目線に対して、一つ頷くことで答えに代える。……信じてみよう。嘗てダンブルドア先生が教えてくれたように、信じることに確証も保証も必要ないのだから。

 

尚も疑わしげなブラックだったが、それでも黙って前に向き直ったところで……スネイプが一つの部屋のドアを開いた。その背に続いて入ってみれば、薄暗い石造りの狭い室内が目に入ってくる。家具の類は殆どなく、木製の小さな丸椅子が二脚と、ボロボロのカーテンが窓にかかっているだけだ。

 

「……この部屋は?」

 

もしもの時のために抜けたばかりのドアへといくつかの魔法をかけながら聞いてみると、スネイプはカーテンに歩み寄って返事を返してきた。

 

「目的の部屋ですよ。バートリ女史に合図を送っていただけますか? 帝王を滅する準備が整った、と。」

 

言いながらスネイプがカーテンを開くと……あれが『展望台』か。怪しげな緑の光で埋め尽くされたガラス張りの階層が窓越しに見えてくる。この部屋は展望台より少しだけ高い階層に位置しているようで、若干見下ろすような位置取りだ。そしてその室内で繰り広げられているのは──

 

「……闘ってるね、ダンブルドア先生。」

 

窓に近付いたフランが呟いた通り、ダンブルドア先生がリドルと杖を交えているらしい。動き自体はどこかぎこちないながらも、リドルの杖捌きには確かな余裕を感じるが……ダンブルドア先生は苦しそうな表情で防戦一方だ。

 

あまりにもダンブルドア先生らしからぬその様子を目にして、フランが不安げな顔で話しかけてきた。

 

「本当に苦戦してるわけじゃなくて、時間稼ぎのための芝居なんだよね?」

 

「そのはずだけど、一応急ぎましょうか。あの状態が長続きするのは不自然でしょうし。……連絡を送っていいのね? スネイプ。」

 

「問題ありません。」

 

再会してからここまでの道中、スネイプは他の部屋に入ってもいなければ、何かを手にしているような仕草すら見せなかったぞ。もう分霊箱を持っているということか? ……ええい、信じると決めたんだろうが、アリス。だったら貫け。

 

渦巻く疑念を胸に仕舞い込み、リーゼ様に送るための指人形へと伝言を託し始めた私を尻目に、ダンブルドア先生の背後で時折呪文を放っているハリーを心配そうに見つめているブラックが声を上げた。無表情で展望台の光景を眺めているスネイプに対してだ。

 

「それで、分霊箱はどこなんだ? 壊す方法は準備してあるんだろうな?」

 

「心配は無用だ、ブラック。貴様は何もせず、ただ黙って見ていたまえ。吾輩が責任を持って全てを終わらせる。」

 

無感動な口調で答えたスネイプに、ブラックは大きく鼻を鳴らしてから引き下がる。それを横目に伝言を録音した人形を放してやると、『伝言ちゃん二十八号』はビシリと敬礼してからふわふわと廊下の方へと飛んで行った。

 

これで後は見守るだけだな。視線を展望台の方に戻して、変わり果てた姿のリドルに小さくため息を吐く。……結局、私は最後の最後までどっち付かずのままだ。憎み切れなかったが、救えもしなかった。我ながら情けない話じゃないか。

 

せめて全てが終わる瞬間を見届けようと覚悟を決めながら、アリス・マーガトロイドは嘗ての友人を遣る瀬無い想いで見つめるのだった。

 


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