Game of Vampire 作:のみみず@白月
「どうした、ダンブルドア! この程度か? 俺様を失望させないでくれ!」
見た目の割には元気そうだな。杖を振りながら調子に乗りまくっている間抜け君に嘆息しつつ、アンネリーゼ・バートリは僅かな焦りを感じていた。……ダンブルドアの芝居のセンスには脱帽だが、時間稼ぎもそろそろ限界だぞ。
アリスとレミリアに新たな分霊箱についての連絡を送った後、ダンブルドアがいつもの『愛談義』を吹っ掛けて時間を稼ごうとしたものの、我慢しきれなくなったかのようにリドルが闘いの火蓋を切ってしまったのだ。向こうは向こうで制限時間があるみたいだし、当然といえば当然のことなのかもしれない。
ダンブルドアは決着が付かないように手加減しつつ、『衰えている』設定を守り通すかのように危なげな雰囲気を保ち続けているのだが……さすがにこの状況がずっと続けばリドルも違和感に気付くだろう。そうなる前に状況が進展してくれないと困るぞ。
とはいえ、リドルの方も十全とは言い難いご様子だ。杖腕ではない方で杖を振っているからなのか、それとも崩壊寸前の身体の所為なのか、何にせよ噂に聞くほどの杖捌きではない気がする。そこらの闇祓いよりは上だろうが、アリスに比べるといくらか劣っているという具合だな。いやまあ、比較対象が悪いのかもしれんが。
更に言えば、リドルには自分の腕が落ちているという自覚すらないらしい。闘いが始まった直後と比較して身体の崩壊が進んでいるのは明らかだし、それに従って呪文のキレが失われているような気がするのだが、身体の状態と反比例して気分は高揚しているようだ。ひょっとして、正常な判断が出来なくなっているのか? あの有様では脳をやられてしまったのかもしれんな。
リドルが生み出した燃え盛る大蛇が噛み付くのを、ダンブルドアが必死に……必死なフリをしながらどうにか防いでいるのを眺めていると、私の隣で杖を構えているハリーがポツリと呟いた。
「リーゼ、居る?」
「もちろん居るよ。……キミももうちょっと本気で援護しちゃっていいんだぞ。リドルにはまだ余裕がありそうだし、『か弱い未成年』の芝居も度が過ぎれば怪しまれちゃうからね。」
「それは分かったけど、それよりこれ。」
私の『演技指導』に対して僅かに苦笑しながら、ハリーがリドルから見えないように差し出してきたのは……おお、『伝言ちゃん』じゃないか。アリスの方で何か進展があったようだ。姿を潜ませている所為で私のことを発見できなかったらしい。
「キミの陰で確認するから、少しの間だけ派手に動かないでくれ。」
「うん、了解。」
ハリーの背中に隠れつつ、受け取った指人形を手のひらに乗せてツンツン突いてやると、伝言ちゃんはアリスの声で報告を語り始めた。
『リーゼ様、新しい分霊箱の方はこっちでどうにかします。後はそちらのタイミングで進めちゃってください。』
ふむ? ゴーサインは嬉しいが、『どうにかします』ってのが若干引っかかるな。『どうにかしました』じゃないってことは、まだ破壊そのものは出来ていないってことか? 色々と気にはなるが……まあいい、準備が整ったというのであれば進めるだけだ。
ハリーにも報告の内容が聞こえたようで、無言呪文をリドルに撃ち込みながらこっそり話しかけてくる。
「ダンブルドア先生に伝えてきて。ヴォルデモートは僕のことなんか眼中にないみたいだし、こっちは多分大丈夫だから。」
「……すぐに戻るよ。」
いつでも妖力でハリーへの呪文を逸らせるように警戒しつつ、今度は闘いの余波で壊れた石柱の破片を浴びせかけられているダンブルドアへと近付いて行くと……彼は私が口を開く前に杖を振って床の大理石を剥がして盾にした後、その陰に隠れながら短く問いを放ってきた。よく気配に気付けたな。ゲラートといい、ダンブルドアといい、爺さんになると感覚が鋭くなるのか?
「準備が整いましたか?」
「その通りだ。あとは計画通りに進めて問題ないよ。」
「では、わしは見事に『負ける』ことにしましょう。」
言いながらパチリとウィンクしたダンブルドアは、自ら壁にしていた大理石を無言呪文で粉々に砕くと、猛然とした勢いで杖を振り始める。そこまでの余裕はないだろうに、こんな時でもダンブルドアはダンブルドアのままだったようだ。
「トムよ、そろそろ決着を付けようではないか。たとえ分霊箱が残っていたとしても、わしのやることは変わらぬ。ここが君の終の場所じゃ。その魂ではもはや復活など叶うまい。」
「黙れ、老いぼれが。俺様は必ず蘇る。そして、それが最後の復活となるだろう。……俺様が復活するのは貴様も、ハリー・ポッターも死した後の、スカーレットですら生きている保証が無い世界だ。ならば一体誰が俺様を止められる? 今度こそ全てを手にしてみせるぞ!」
「鬼の居ぬ間に、というやつかね? ほっほっほ、随分と後ろ向きじゃのう。わしには敗北宣言に聞こえるよ。」
「負け惜しみか? 俺様は死を乗り越え、貴様らにはそれが出来なかった。それだけの話だ。……もう気付いただろう? やはり死ぬことこそが最大の弱さなのだ! それを克服した俺様を止められる者など何処にも居ない!」
高らかに宣言しながらリドルが撃ち込んできた緑色の炎を、ダンブルドアは渾身の盾の呪文で受け止めた。その顔に強気な笑みを浮かべながらだ。
「分かっておらぬな、トム。死を受け容れることこそが本当の強さなのじゃ。君は恐怖から目を逸らし、逃げ回っているだけじゃよ。乗り越えたわけではない。」
「抗ったのだ、俺様は! そして打ち克った! 襲い来る冷たい死を喰らって、より高い存在に至ってみせた! ……最後に立っている者こそが勝者だろう? それは貴様でも、ハリー・ポッターでも、スカーレットでも、そしてヴェイユやマーガトロイドでもない。俺様だ! この俺様だけだ!」
「全てを棄て去って、辿り着いた場所に価値があるのかね? 君の前には誰も居らず、隣にも、後ろにも居らぬ。……孤独じゃ。焼け野原の上に、たった一人で立ち尽くす。勝利を分かち合う者はなく、祝ってくれる者も居ない。わしにとっては死よりも遥かに恐ろしい結末じゃよ。そんなものは勝利とは言えんのう。」
「何故分からない? それに耐えられる者こそが、壊されぬ者こそが唯一至れる道なのだ! 俺様は耐えたぞ! 全てを切り棄て、未だこうして立ち続けている! 俺様だけが歩み通せた道の先でな!」
異様な声で叫びながらのリドルが叩き付けるように大きく杖を振った瞬間、それまで以上の勢いで緑の炎が鞭のようにダンブルドアへと襲いかかり……見事な負けっぷりだな。ダンブルドアは何とか防いだものの、衝撃に耐え切れなかったかのように杖を手から離す。
「ハリー、分かってるね?」
カラカラと大理石の床を転がる杖をリドルが即座に回収するのを横目に問いかけてみれば、私の隣に立つハリーは迷わず頷いて肯定の返事を寄越してきた。
「大丈夫、覚悟は出来てるよ。」
「リドルに気付かれる可能性があるからもう会話は難しいが、私は最後までキミの隣に居るからね。キミは一人じゃない。そのことを忘れないように。」
私がポンと背中を叩いて言ったところで、ダンブルドアの杖を奪ったリドルが声を上げる。もちろん勝ち誇るような笑みを浮かべながらだ。
「老いた英雄は膝を突き、そして最強の杖は相応しき者の手に。……ようやく手に入れたぞ、ニワトコの杖。わざわざ此処まで運んできてくれてご苦労だったな、ダンブルドア。」
「……その杖を手にした者の末路を知っておるかね?」
ニワトコの杖のことを知っていたのか。オリバンダーか嘗てのゲラートの部下あたりからヒントを得たのかもしれんな。消耗した表情で地面に座り込みながら聞くダンブルドアに、リドルは見下すような薄い笑みで答えを返した。
「俺様は本当の意味では死なない。そしてもはや負けることもない。故にこの杖の忠誠は永久に俺様に向けられることとなる。貴様がニワトコの杖に踊らされる最後の愚か者となるのだ。蘇った後、この杖は主人である俺様の下に戻ってくるだろう。……さあ、終幕だ。何か言い遺すことはあるか?」
「……すまなかったのう、トム。わしは君を救えなかった。せめて、君の旅路に終わりの時が訪れることを祈っておくよ。」
「忌々しい男だ。どこまでも教師面か? 俺様の道に終わりなどない。永遠にな! ……無駄なことを祈りながら死んでいけ。アバダ──」
「エクスペリアームス!」
興醒めしたような声色のリドルが杖を振り上げたところで、ハリーから放たれた武装解除の赤い閃光が闇の帝王へと一直線に飛んでいく。それを危なげなく防いだ後、リドルは杖を構えるハリーに向かって歪な口を開いた。
「俺様たちの闘いに立ち入ることすら出来なかった小僧が今更何のつもりだ? ……黙って見ていろ、ハリー・ポッター。貴様もダンブルドアの後で殺してやる。」
「その前に僕と闘ってもらうぞ、ヴォルデモート。あの墓場の夜の続きをしよう。一対一の決闘だ。……それとも、仮面のお友達が周りに居ないと怖くて闘えないのか?」
「これはこれは、驚いたな。まさか俺様を挑発しているのか? 貴様のような未熟な小僧が、この俺様を? 闇の帝王を? ダンブルドアを打ち負かし、ニワトコの杖を手に入れた最強の魔法使いを?」
「でも、お前は僕を殺せなかった。いつだってそうだ。十五年前も、四階の廊下でも、学生時代の亡霊も、お前の指示を受けたラデュッセルも、対抗試合の時も、軍隊を使ってすらも。全て失敗してきたじゃないか。」
ダンブルドアの前に出ながら言ったハリーへと、リドルは怒鳴るような口調で反論を繰り出す。明らかにイラついている表情だ。
「どれも貴様自身の力ではない! ……どうやら勘違いをしているようだな、ハリー・ポッター。貴様など選ばれただけの単なる小僧に過ぎんのだ! ダンブルドアが、スカーレットが、バートリが、マーガトロイドが! 忌々しい連中が貴様を守り続けたからこそ今まで生き延びていることに気付けないのか? それをまるで自分の力で成したかのように語るのは滑稽だぞ!」
「分かっているさ。……だから、今日は僕自身の力で立ち向かう。もう終わりにしよう、ヴォルデモート。お前もそれを望んでいるはずだ。」
異形の眼光を真正面から睨み返しながら、ハリーはゆっくりとした歩調で無防備にリドルへと近付くと……杖を眼前に立てながら言葉を放つ。
「お辞儀をしろ、トム・リドル。決闘の作法は知っているんだろう?」
「……愚かなガキだ。いいだろう、杖慣らしに貴様から殺してやる。そこで見ていろ、ダンブルドア! 貴様が必死に守り続けた小僧が無惨に死んでいく姿をな!」
よし、上手いぞハリー。これで状況は完全に整った。私が内心でガッツポーズしている間にも、杖を振り下ろした二人はくるりと振り返って距離を取るように歩き出す。
気配を完全に殺しながらハリーの隣に張り付いていると、彼はリドルに背を向けている状態で小さく声をかけてきた。先程までリドルに向けていた強気な表情ではなく、困ったような苦笑を浮かべながらだ。
「あんな口上を述べた後で言うのは情けないんだけど、多分すぐに負けちゃうと思う。もうヴォルデモートは手加減しないだろうから。……そしたらダンブルドア先生を信じて終わりを受け容れるよ。」
情けなくなんかないぞ。それが出来る人間はそれほど多くないのだから。そっと手を握ることでそのことを伝えてやると、ハリーは驚いたように目を見開いた後、力強く頷いてから決闘相手へと向き直る。
展望台の中央で視線を交えた運命に定められた二人は、僅かな間だけ無言で見つめ合っていたかと思えば、同時に杖を振り上げて勢いよく呪文を放った。
「
「
それぞれの杖先から飛び出した赤い閃光と緑の閃光が二人を挟む空中で鬩ぎ合うが……刹那の後には赤い閃光が弾かれ、ほんの少しだけ軌道を変えた緑の閃光がハリーに向かって飛んでくる。直撃コースではなくなったな。これは僅かに逸れるか?
果たして閃光は予想通りにハリーの身体には当たらず、彼が右手に持っていた杖に激突した。柄以外が吹き飛んでしまった杖がカラカラと後方に転がるのを見て、リドルは嘲るように言葉を寄越してくる。
「褒めてやろう、ハリー・ポッター。ニワトコの杖を持った俺様の一撃を逸らすとは思わなかったぞ。……だが、これで終わりだ。もう貴様と俺様の間には誰も居ない。俺様は遂に運命を打ち破ったのだ!」
狂喜の顔で叫ぶリドルへと、ハリーは勝気な笑みで返事を返した。彼のことを良く知る者にしか気付けない程度の、ほんの僅かな憐憫の念を滲ませながらだ。
「どうかな? トム・リドル。僕はお前が思うほど一人じゃないぞ。お前が棄ててしまったものを、僕はずっと持ち続けている。それが僕の強さだ。」
「……貴様の愚かさは『弟子』に受け継がれたようだな、ダンブルドア。目の前でこの小僧を殺して証明してやる。俺様こそが唯一正しい道を選んだのだと!」
ヨロヨロと立ち上がろうとしているダンブルドアに宣告したリドルは、見せつけるように大きく杖を振り上げると、凄惨な笑みでハリーに対して呪文を放つ。運命を終わらせるための、最後の呪文を。
「アバダ・ケダブラ!」
襲い来る緑の閃光を見て私がハリーの手を握り、ハリーがそれを強く握り返したその瞬間、ひどく安らかな表情のダンブルドアがポツリと呟いた。生徒に語りかける時のような、柔らかい声色でだ。
「愛じゃよ、トム。」
その言葉と共にハリーの胸元に緑色の閃光が触れた途端、目を開けていられないほどの眩い光が周囲を包む。咄嗟に能力で緩和しようとするが……くそ、ダメか。光で目が見えなくなるという初めての体験に戸惑いつつ、ハリーの手だけは決して離すまいと握り締めていると──
「……ハリー?」
ちかちかと光る視界の中、私の手を握ったままで倒れているハリーの姿が見えてきた。背筋が凍りつくような焦りを感じながら、慌てて胸元に耳を当ててみると……良かった、きちんと脈打っている。どうやら気絶しているだけらしい。
安堵の吐息を漏らしつつ光の収まった周囲を見回してみれば、少し離れた場所でうつ伏せに倒れているダンブルドアと、膝を突いてボロボロと崩れていく自分の身体を呆然と見つめるリドルの姿が目に入ってきた。……ダンブルドアは己の死に様を見事に演じ切ったようだ。
何故かあらぬ方向へと手を伸ばしながら細かい灰のようなものになって消えていくリドルを横目に、姿を現してハリーに向かって蘇生呪文をかけると、何度目かの呪文でようやく彼は目を覚ます。
「ハリー、身体に違和感は?」
「……ん、平気だよ。戻ってきたんだね、僕。」
『戻ってきた』? どういう意味だ? 瞳孔がきちんと動いていることを確認しながら首を傾げる私に、ハリーは倒れ伏すダンブルドアの方を見ながら説明してきた。
「さっきまでダンブルドア先生と話してたんだ。真っ白なキングズクロス駅みたいな場所で……先生は『境の場所』って言ってた。」
「境の場所? ……辺獄のことかい? よく帰ってきてくれたね。」
「色々と話した後に、ダンブルドア先生がもうお帰りって言ってくれたんだ。先生は『先』に進むけど、僕はまだそうすべきじゃないからって。……ひょっとして、ただの夢だったのかな? 凄く長く話してたはずなのに、全然時間が経ってないみたいだし。」
「それを判断するのはキミ自身だよ。その顔を見るに、キミは夢じゃないと確信しているんだろう? だったら誰にも文句は付けられないさ。キミは確かにダンブルドアと語り合ったんだ。それでいいじゃないか。」
立ち上がろうとするハリーに肩を貸しながら言ってやると、彼は私の言葉を噛み締めるように頷いてくる。……何れにせよ、今は考えるべきではないのだ。壮大な長い運命は遂に幕を閉じ、ここからはようやく自由な人生が始まるのだから。
ただまあ、先ずは後片付けをしないとな。ハリーも、アリスも、パチュリーも、フランも、そしてもしかしたらレミリアも。この結末を消化するには時間がかかるだろう。私はそれを手助けしていかなければ。
「……これで、やっと全部が終わったんだよね? 全然実感が湧かないよ。」
私に体重を預けながらダンブルドアの方へと歩み寄ろうとするハリーに、肩を竦めて返答を返す。
「きっとホグワーツに戻って、ハーマイオニーとロンに会えば実感が湧くよ。あの場所に帰るまではまだ全部が終わったとは言えないからね。」
「……そうだね、帰ろう。ダンブルドア先生を連れて。」
ダンブルドアを仰向けに寝かせた後、そのブルーの瞳をそっと閉じたハリーが呟くのに、軽く背を叩くことで返事に代えた。……辺獄で何を経験したのか、どんな話をしたのかは分からんが、私の予想以上にハリーは冷静に事態を受け止められているようだ。あの世の待合所でも『授業』とはな。大したヤツだよ、本当に。
ダンブルドアの皺くちゃの手を取っているハリーを見ながら、アンネリーゼ・バートリは長い物語が終わったことを実感するのだった。