Game of Vampire   作:のみみず@白月

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勝者なき勝利

 

 

「まだなの? スネイプ。もう時間が無いわよ?」

 

視線の先でダンブルドア先生が杖を奪われるのを目にしながら、アリス・マーガトロイドは微動だにしないスネイプへと催促の言葉を飛ばしていた。状況が進展したのを見るに、リーゼ様は私の伝言を受け取ったらしい。つまり、遠からず決着が付くということだ。

 

ブラック、ルーピン、フランも心配そうな表情で窓越しの展望台のやり取りを見つめる中、その背後に立つスネイプは尚も変わらぬ無表情でこれまで通りの返答を返してくる。

 

「まだその時ではありません。信じて待っていただきたい。」

 

ああもう、やきもきするな。湧き上がってくる不安に耐えながら頷いた私に、スネイプは懐から二つのクリスタル製らしき小瓶を取り出して話を続けてきた。厳重に封がされた片方には透明な液体が入っており、コルクが嵌められただけのもう片方には銀色に光る何かが入っているようだ。

 

「マーガトロイド女史、貴女に一つお願いしたいことがあります。」

 

「聞くわ。」

 

「私の懐にこれがあることを覚えておいてください。全てが終わった後、貴女がたにはいくつかの疑問が残るでしょう。それを解消するための物です。」

 

説明しながらスネイプは銀色の方の小瓶を示してくるが……これは、記憶か? よく見てみれば、入っているのは銀色に光る細い糸のような物質らしい。中に誰かの記憶を保存しているようだ。

 

「記憶ね。誰のものなの?」

 

「私のものです。貴女がたを見つける少し前に取り出しておきました。ここに仕舞っておきますので、忘れないようにしてください。」

 

言うと、スネイプは私に示した方の小瓶を自分のローブのポケットに入れてしまう。……今渡すんじゃダメなのか? またしても謎の行動だな。不可解すぎる頼みを受けて曖昧に首肯した私を他所に、スネイプは丸椅子を踏み台にして窓に張り付いているフランへと声をかける。ここからでは全く聞こえないが、展望台ではハリーとリドルが何かしらの問答を始めたようだ。

 

「スカーレット、君にも一つだけ聞きたいことがある。」

 

「ん?」

 

「……君は私を恨んでいるか? 気遣いは無用だ。本音を教えてくれ。」

 

……ようやく仮面が崩れたな。これまで貫いていた無表情ではなく、ほんの僅かな悔悟の念を滲ませながら放たれた問いに、フランはくるりと振り返って答えを送った。柔らかい苦笑でだ。

 

「恨んでないよ。憎んでもいない。……だって、これまでずっとリリーのために戦ってきたんでしょ?」

 

「しかし、全ての原因を作ったのは私だ。私が帝王に予言のことを知らせなければ、リリーは死なずに済んだかもしれない。」

 

「あのね、みんなそうなんだよ。守人や隠れ家の選択とか、あのハロウィンの日の行動とか……私も、シリウスも、リーマスも、アリスも、ダンブルドア先生やお姉様たちだって色々な失敗をして、その結果こうなっちゃったわけでしょ? だから責任を独り占めするのはズルいよ、スネイプ。それは私たち全員で背負うべきものなんだから。」

 

いつになく真剣な表情でそこまで言い切ったフランは、少しだけ悩むように目を瞑った後、丸椅子から降りてスネイプの顔を覗き込みながら続きを口にする。

 

「死者の代わりに語るっていうのはフェアじゃないかもしれないけど、これだけは確信があるから言っちゃうね。……リリーは貴方に感謝してるよ。ハリーを守るために、一番危険な場所でずっと頑張ってくれたんだもん。それとも、私の言葉じゃ足りないかな?」

 

「……いや、充分だ。君の言葉なら信じられる。」

 

驚いたな、こいつも笑うのか。初めて見る微笑みでそう答えたスネイプは、液体が入っている方の小瓶の封を切りながら窓の方へと視線を戻した。展望台の中央ではハリーとリドルが決闘の作法をこなし、互いに背を向けて距離を取るように歩いている。

 

「スネイプ、もう決着が付くぞ。まだなのか?」

 

リドルに向き直ったハリーから一瞬たりとも目を離すまいとしているブラックの呟きに、スネイプは懐に手を入れた状態で返事を飛ばす。

 

「まだだ。」

 

「だが、もうハリーは──」

 

「黙って見ていろ、ブラック! 貴様が心配せずとも吾輩はやり遂げる。ポッターを助けるためでも、校長に使命を全うさせるためでもなく、リリーの仇を討つためにな。」

 

展望台に視線を固定しながらの二人がやり合っている間にも、リドルが放った緑色の閃光とハリーの赤い閃光が鬩ぎ合って……リーゼ様が介入したのか? 一瞬で弾かれた赤い閃光だったが、僅かに軌道が逸れた緑色の閃光はハリーの杖に激突した。

 

折れた杖がハリーの背後に転がり、それを見たリドルが勝ち誇るような表情で口を開くが……ハリーは真っ直ぐに見返して勝気な笑みを浮かべると、リドルに何かを言い返す。

 

それに対して呆れ混じりの嘲りの表情になったリドルは、後方でヨロヨロと立ち上がったダンブルドア先生に短く何かを告げると、ハリーに向かって杖を振り上げて高らかに呪文を──

 

「遅くなって悪かった、スカーレット。借りを返すよ。」

 

リドルの放った緑の閃光がハリーの胸元へと吸い込まれ、ダンブルドア先生が安らかな表情で何かを呟き、展望台全体が眩い光に包まれたその瞬間……スネイプが吹っ切れたような明るい口調でそう言ったかと思えば、小瓶の中の液体を懐から取り出した何かに振りかけた。

 

液体がかかった部分から焼け焦げるように崩れていくのは……写真か? くしゃくしゃになった古い白黒写真だ。途中まで引き裂いたかのように上半分だけ破れているその写真の中には、懐かしいデザインのホグワーツの制服を着た三人の学生らしき人影が──

 

「ハリー!」

 

ブラックの悲鳴のような叫びを聞いて慌てて展望台に視線を戻すと、いつの間にか光が収まっている展望台には倒れ伏すダンブルドア先生とハリー、そして……黒い灰のようなものになって崩れ去っていく自分の身体を、ただ呆然と見つめているリドルの姿があった。

 

偶然か、因縁か、それとも運命なのか。リドルはやおら顔を上げたかと思えば、まるで私がここに居ることを知っていたかのように真っ直ぐこちらに目を向ける。ダンブルドア先生から奪った杖を放り投げ、何かを求めるかのように差し出された左手に、思わず私が届くはずもない手を伸ばしたところで……彼はふわりと細かな灰になって消えていった。崩れるように、サラサラと。手は最期までこちらに伸ばしたままで。

 

……分からない。私は、悲しんでいるのだろうか? 表現できないぐちゃぐちゃな感情が自分の中に溢れてくるのを自覚つつ、伸ばした左手をいつまでも下ろせないでいると、背後から何かが倒れるような鈍い音が聞こえてくる。

 

「……スネイプ?」

 

いち早く振り返ったフランが駆け寄っていく先を見てみれば、横たわるスネイプの姿が目に入ってきた。先程から微かに感じていた嫌な予感に従って、私も慌てて近付いてその顔を覗き込んでみると……やっぱりか。少しだけそんな気はしていたのだ。フランへの質問も、暗に回収しろと言っていた記憶のことも、つまりはそういうことなのだろう。

 

「……死んでるわ。」

 

「ど、どうして? 癒しの魔法は?」

 

「死んでるのよ、フラン。もう間に合わないの。」

 

信じられないという表情で問いかけてくるフランに力なく首を振ってから、スネイプの瞼をそっと閉じる。詳しいことは謎のままだが、きっと分霊箱を破壊するために必要なことだったのだろう。……随分と安らかな死に顔じゃないか。彼が何を思って死んでいったのかを遺された記憶は説明してくれるのだろうか?

 

ぺたりと脱力するように座り込んだフランを前に、どう声をかけようかと迷っていると、ルーピンがおずおずという口調で報告を寄越してきた。ブラックはこちらの騒ぎに気付いていないようで、未だ窓に張り付いたままだ。

 

「ハリーは無事のようです。バートリ女史に支えられてはいますが、きちんと自分の意思で立ち上がりました。……大丈夫か? ピックトゥース。」

 

「……んーん、ダメかも。全部終わったら軽くなると思ってたんだけどね。重いままだよ。……借りなんか返さなくてもよかったのに。あれは私のお陰なわけじゃなくて、リリーとスネイプの絆が強かったから元通りになれたんだよ?」

 

悲しそうにスネイプへと語りかけるフランを横目に、立ち上がって展望台の方に視線を向ける。リーゼ様に支えられたハリーが倒れたままのダンブルドア先生へと近付き、何か声をかけているようだ。

 

……フランの言う通りだな。今日、ようやく全てが終わった。だけど、背負っているものを全て下ろせるわけではないのだ。きっとこの重い荷物は、これから歩む長い時間をかけて向き合うべきものなのだろう。

 

親友の遺してくれた杖をそっと手に取って、アリス・マーガトロイドは静かに目を瞑るのだった。

 

 

─────

 

 

「酷い有様じゃないの。」

 

戦いが終わり、撤収の準備に入っている指揮所の中。デュヴァルに肩を借りた状態で天幕に入ってきたムーディへと、レミリア・スカーレットは苦笑しながら言い放っていた。木製の義足は根元から折れているし、片腕には赤く染まった包帯が巻かれている。また傷が増えてしまったようだな。

 

勝つべくして挑み、そして勝った。にも関わらず、現在の自陣は悲痛な空気に包まれている。……理由はもちろんダンブルドアの死だ。死者は少し離れた天幕に収容されているのだが、未だ多くの魔法使いたちがその周囲で英雄の死を嘆いているらしい。

 

まあ、私も人のことは言えんな。『勝った』という実感はまるで湧いてこないのだから。事後処理で忙しくて詳細は聞けていないが、アリスの簡潔な報告を聞く分に今日の勝者はダンブルドアとスネイプだ。そして、その両者ともがもうこの世に居ない。だったら誰も喜んでいないのは道理というものだろう。

 

内心でため息を吐く私に、ムーディは隅に置いてあった椅子に腰掛けながら答えてきた。心なしか声にいつもの覇気がない気がするな。こいつもこいつでダンブルドアの死を悼んでいるのかもしれない。

 

「ふん、ロジエールめにしてやられたわ。」

 

「でも、勝ったんでしょう? ロバーズからの報告で聞いたわよ? 『因縁の決闘』のこと。」

 

「生かして捕らえられなかった以上、勝ちとは言えん。……愚かな男だ。見返りのない忠義を全うするとは。あれほどの腕であればもっと別の道があっただろうに。」

 

闇の帝王の右腕、エバン・ロジエール。黎明期から今日までリドルに付き従ってきた最古参であり、最も忠実な死喰い人と呼ばれた男だ。ダンブルドアが決着を付けた後も生き残っていたのだが、リドルの死を聞いても投降に応じず、最後はムーディとの決闘に敗れて主に殉じたらしい。

 

……リドルと同日に死ぬというのは、あの男にとって相応しい末路なのかもな。ロジエールは死喰い人にしては珍しく、損得抜きでリドルに付き従っていた者の一人だ。他にもアントニン・ドロホフやバーテミウス・クラウチ・ジュニアのように投降を拒絶した死喰い人は案外多い。

 

ドロホフはロバーズが仕留め、クラウチ・ジュニアは追い詰められて自害したそうだ。何とも物好きな連中ではないか。あんな男にどんな魅力を感じていたのやら。後味の悪い結果に鼻を鳴らしていると、甲斐甲斐しくムーディの傷を調べていたデュヴァルが質問を寄越してきた。

 

「こちら側の死傷者は少数ですが、やはりダンブルドア校長の死の影響が大きいのでしょう。戦勝を祝うという雰囲気ではありませんね。……こんな時に聞くのは心苦しいのですが、葬儀はいつになりそうですか?」

 

「構わないわ、外交上必要な情報ってのは分かるもの。さっきイタリアの指揮官からも同じことを聞かれたしね。……対外的な葬儀は後日改めて行われるでしょうけど、簡単な葬儀と埋葬は明後日にホグワーツで執り行われる予定よ。」

 

「随分と急ですね。もし許されるのであれば、私も参加したいのですが。」

 

「好きになさい。来るもの拒まず、慎ましやかにっていうのがダンブルドアの遺言なのよ。前者を守る限り、後者は守れないと思うけど。」

 

たとえ急な葬儀だとしても、イギリス中の魔法使いたちがホグワーツに押し掛けるだろう。……むう、しくじったな。事前に会場の整理のことを考えておくべきだったかもしれない。帰ったらボーンズやマクゴナガルと相談しなければ。

 

ダンブルドアのことだから間違いなく完璧な遺言状を遺してあるとは思うが、それを実行する苦労はまた別の話だ。さすがのマクゴナガルも一人で処理するのは難しいだろうし、手伝ってやる必要があるだろう。

 

まあいいさ、後片付けくらいはこっちでやってやるよ。頭の中でスケジュールを整理し始めた私へと、ムーディが鋭い口調で問いを飛ばしてきた。

 

「どこまでが計算で、どこからが計算外だった? もう全てが終わったのだ。腹の内を見せてみろ、スカーレット。」

 

「スネイプの死以外は概ね計算通りよ。……近いうちに元騎士団の連中には全てを話すわ。誰が何を知っていて、何を知らないのかがごちゃごちゃだしね。私としても不明な点がいくつかあるし、一度整理させて頂戴。」

 

「ならばいい。」

 

短く言うとムーディは片足で立ち上がり、座っていた椅子に向かって杖を構えたかと思えば……おいおい、一応は魔法省の備品なんだぞ。やりたい放題だな。杖を振ってバラバラに破壊した後、手頃な木片に呪文をかけて折れた義足にくっ付ける。

 

二、三度義足を踏み鳴らして調子をチェックしたムーディは、そのまま天幕の外へと歩きながら言葉を放ってきた。

 

「何にせよ、わしの役目は終わりだ。一足先に帰らせてもらう。」

 

「薄情なヤツね。後片付けを手伝っていこうとは思わないわけ?」

 

「それは最早わしの役目ではあるまい? 勝手にやるんだな。知ったことではないわ。」

 

弁えているというか、ドライというか。非常にムーディらしい態度に苦笑しながらその背を見送っていると、同じ表情のデュヴァルが声をかけてくる。

 

「では、私も部下たちと撤収作業に入ります。……機会を与えてくれてありがとうございました、スカーレット女史。あまり喜ばしい結末にはなりませんでしたが、それでも私にとって一つの決着になったようです。これでようやく部下の墓に報告することが出来ます。」

 

「こちらこそ協力に感謝するわ、デュヴァル。フランスの大臣にもそう伝えておいて頂戴。」

 

「お任せください、必ず伝えます。」

 

ぺこりとお辞儀をして去って行くデュヴァルから目を離して、次は何をしようかとテーブルの上の書類に手を伸ばしたところで……おや、大魔女どのも撤収の準備に入ったらしいな。これまでヌルメンガードの周辺を覆っていた真っ黒なドームが、空間に溶けるように滲んで消えていくのが見えてきた。

 

うーむ、外はもう夜も間際だったのか。真っ暗なドームの中よりは遥かに明るい赤が混じった宵の空を少しだけ眺めてから、再び目の前のテーブルへと向き直る。……残念だが、私には達成感に浸る余裕も死者を悼む暇もない。ダンブルドアの葬儀の手配や他国への連絡、あとは新聞の記事の内容を考えたり、革命の件だってまだまだ途中なのだから。

 

ふとダンブルドアの遺体が収容されている天幕の方へと目をやって、僅かな間だけ動きを止めてから……ええい、バカバカしい。私がやるべきことはこっちだ。羽ペンを手に取ってサインが必要な書類に手早く自分の名前を記入していく。

 

ダンブルドアは見事にやり遂げた。それなのに私が途中で立ち止まるわけにはいかない。あのジジイには一度負けたが、二度目はないのだ。冥府でしかと見届けるがいいさ。お前がやり残したことを私が達成する瞬間をな。

 

全部終わったら墓の前で勝ち誇ってやろうと心に決めながら、レミリア・スカーレットは小さく笑みを浮かべるのだった。

 


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