Game of Vampire   作:のみみず@白月

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揺るがぬ者

 

 

「貴方も来てたのね、ハグリッド。」

 

カササギの鳴き声が聞こえる墓地の一角で、アリス・マーガトロイドは古馴染みの大きな友人に話しかけていた。目的の墓にはいくつもの花が供えられているのを見るに、私や彼の前にも数人がこの場所に来てくれたようだ。

 

十月三十一日。命日のお参りとリドルのことを報告するため、テッサのお墓があるロンドン郊外の墓地を訪れたのである。コゼットやアレックスには咲夜の近況を伝えないとだし、ダンブルドア先生のことも話す必要があるということで、今日は長居するつもりで来たわけだが……ハグリッドが居るのはちょっと予想外だったな。てっきり小屋に籠ってるものだと思ってたぞ。

 

ダンブルドア先生の死はハグリッドにとってショックな出来事のはずだ。先生のことを世界の誰より尊敬していたのは目の前に居る彼なのだから。少し心配しながらの私の声を受けたハグリッドは、慌てて振り返って返事を寄越してきた。

 

「おっと、マーガトロイド先輩。ご無沙汰しちょります。……あー、足元に気を付けてください。どうも持ってきた花にレタス食い虫が引っ付いとったみたいで、剥がしてた最中なんです。今回収しますから。」

 

まあうん、素っ頓狂な警告のことはこの際見逃そう。思っていたよりも冷静な態度でそう言うと、ハグリッドは多種多様な花が交ざった大きな花束を横に置いてから、地面に落ちたレタス食い虫をひょいひょい拾い始めるが……そのままポケットに仕舞うのはどうかと思うぞ。いつの日かひっくり返した時、カラカラのレタス食い虫がどっさりって光景が目に浮かぶようだ。

 

しかし、顔をよく見ると目元が真っ赤になってるな。やはりダンブルドア先生のことで昨夜は泣き明かしたらしい。芝生に同化するレタス食い虫を的確な動きで捕獲しているハグリッドへと、杖を振って手伝いながら声をかける。直接触るのはもちろん嫌だし、人形に触らせるのもなんか嫌なのだ。

 

「大丈夫なの? その顔からしてまともに寝てないんでしょう?」

 

「……俺は大丈夫です。ダンブルドア先生が選んだことっちゅうのは理解しとりますから。あの方らしい最期なのも分かります。だから、暫くすれば気持ちに決着を付けられるはずです。……明日になったらまた泣いちまうでしょうけど。」

 

悲しそうな笑顔で呟きながら私が集めたレタス食い虫を受け取ったハグリッドは、テッサの墓に向き直って話を続けてきた。十五年が経った今でも綺麗な墓だ。訪れる人がきちんと掃除してくれているからだろう。墓の状態は眠っている人の人望を表すわけか。

 

「だけど、その……マーガトロイド先輩は大丈夫ですか? 色々と考えることがあるんじゃねえかと思って。俺はそれが心配です。」

 

うーむ、またしても予想外の展開だな。逆に心配されちゃうとは思わなかったぞ。ハグリッドも教師になって色々と変わっているようだ。そのことに微笑みながら、肩を竦めて返答を返す。

 

「そりゃあ大丈夫ではないわよ。でも、それを口に出来るんだから大丈夫なの。リーゼ様も、パチュリーも、貴方も居るしね。遠慮せずに吐き出せる相手が居る限り、私はまだまだ腐ったりしないわ。」

 

「……そうですね、あの方たちなら寄り掛かったところで小揺るぎもせんでしょう。大したもんです。」

 

苦笑しながら頷いたハグリッドは、花束を小分けにして並ぶ墓に供え始める。……仲良く並ぶヴェイユ家の四人の墓。咲夜が出す答え次第では、いつの日かここに彼女の墓も並ぶことになるかもしれない。私たちが来れなくなるこの場所に。

 

ええい、余計なことを考えるんじゃない、アリス。まだ何も決まってないだろうが。埒も無い暗い考えを振り払ってから、私も持ってきた花を供えていく。

 

「……ねえ、ハグリッド? リドルがここにハッフルパフのカップを埋めていったのは知ってる?」

 

それぞれの墓前に花を置く途中でふと思い出したことを問いかけてみると、ハグリッドはきょとんとしながら曖昧な首肯を送ってきた。

 

「ええ、知っとります。分霊箱の一つだったんでしょう? ダンブルドア先生が話してくださいました。」

 

「……ここに立った時、リドルはどんな顔をしてたと思う? テッサの死は肉体を取り戻す前から知ってたみたいだけど、実際に墓を前にしたら何か感じたりしたのかしら?」

 

状況を鑑みるに、埋めた時期はリドルの復活から私たちがカップを発見する間のどこかだ。彼が易々と分霊箱の隠し場所を明かすとは思えないし、元々どこにあったにせよ此処には自分で埋めたはず。……リドルはこの場所をカップの眠る地に選んだ。である以上、何の感情もなしに墓の前に立ったとは思えない。

 

後悔か、怒りか。懐古か、決別か。勝ち誇ったか、それとも……悲しんだか。この場所に立つリドルを幻視する私に、ハグリッドがおずおずと己の見解を語ってくる。

 

「俺には例のあの人……リドル先輩の考えは理解できません。理解したいとも思えねえです。」

 

「まあ、そうよね。」

 

そりゃあそうだ。私にとっては道を誤った友人だとしても、ハグリッドにとっては憎い敵に他ならないだろう。杖を折られた原因であり、数多くの友人を間接的に、あるいは直接殺しているわけなのだから。苦い笑みで同意した私へと、ハグリッドは難しい表情で言葉を続けてきた。

 

「だけど、あの人はここに来たんでしょう? 来る必要なんかなかったのに、向き合う必要なんかなかったのに、確かにここに来た。……マーガトロイド先輩にとってはそこが重要な部分なんじゃないでしょうか? その行動だけは誰にも否定できない事実っちゅうことなんですから。上手くは言えねえですけど、俺はそうなんだと思います。」

 

ポリポリと頭を掻きながら言うハグリッドに、小さく頷きを返す。……その通りだ。この場所に立ったリドルがどんな顔をしていたにせよ、彼はテッサの墓に向き合った。それだけは間違いないのだから。

 

「……貴方は相変わらず物事の本質を見抜くのが上手いわね。だからダンブルドア先生は貴方を領地の番人に選んだのかしら?」

 

「まあ、あれです。俺は頭が良くありませんから。愚者の一言ってやつですよ。ダンブルドア先生が昔言っちょりました。『賢者は百の言葉で語り、愚者は一言で語る。だとすれば、本当に愚かなのはどちらなのかのう。』って。……俺には難しい教訓でしたけど、『考えすぎるな』ってことなんだと解釈してます。ほどほどが一番なんですよ、きっと。」

 

「んー、やっぱりダンブルドア先生はいつまでも先生ね。また一つ教わっちゃったわ。」

 

『愚者の一言』か。マグル界のことわざとは似て非なる教訓だな。説明好きのパチュリーに聞かせたら怒りそうだ。……もしかしたら、今の私は愚者になるべきなのかもしれない。あれこれフィルターを通して受け止めるのではなく、真っ直ぐにあるがままを受け入れるべきなのだろう。

 

墓に彫られた親友の名前を見つめながら考える私へと、ハグリッドが立ち上がってしみじみと呟いた。

 

「本当に偉大な人です。こんなことを言うのは恐れ多いのかもしれませんけど、俺にとってはもう一人の親父みたいな方でした。」

 

「……そうね、貴方とダンブルドア先生の関係はそうだったのかもしれないわね。」

 

「いつまでも世話になってばっかりで、結局ロクな孝行を出来んかったのが無念です。……俺はあの方の期待に応えられたんでしょうか?」

 

遠くに浮かぶ雲を眺めながら力なく言ったハグリッドに、ジト目を向けて答えを飛ばす。そんなの分かり切ったことだろうが。

 

「あのね、ダンブルドア先生は貴方を常に尊重してたでしょう? 誰に何を言われようが、貴方に大切な鍵を預けることを躊躇わなかったわ。それが答えよ。」

 

「……そんなら、いいんですが。」

 

少し潤んだ瞳を袖口で拭ったハグリッドは、深々と息を吐いてから口を開く。彼にしては珍しい、年相応の草臥れた表情だ。

 

「それじゃあ、俺はホグワーツに戻ります。明日の準備を手伝わなきゃならねえですから。……マクゴナガル先生も悲しいでしょうに、弱音の一つも吐かずに毅然としとりました。だったら俺たちも頑張らないといけません。」

 

「明日は私も早めに顔を出すようにするから、マクゴナガルにそう伝えておいて頂戴。何か手伝えることがあるなら手伝うからって。」

 

「必ず伝えておきます。」

 

言うと、ハグリッドはテッサの墓を僅かな間だけ見つめた後、ゆっくりと墓地の出口の方へと歩いて行く。いつもより寂しげに見える大きな背中が遠ざかるのを見送ってから、私もテッサの墓へと向き直った。

 

「……終わったよ、テッサ。」

 

遠い昔の私は、この言葉を口にする時は晴れやかな気分なんだと思ってたっけ。だけど、実際はそんな気分になれないでいる。……それでも伝えることは出来たのだ。きちんとここに来て、全ての終わりを報告できた。今はそのことを噛み締めよう。

 

静かな墓地に肌寒い冬の風が吹くのを感じながら、アリス・マーガトロイドはそっと親友の墓に手を当てるのだった。

 

 

─────

 

 

「当日は別路線の車体も使っちゃいなさい。ホグワーツ特急だけじゃ足りないのは目に見えてるわ。……それと、ホグズミードの連中が勝手に移動しないように見張り役を派遣すること。ホグワーツの受け入れ態勢が整わないうちに敷地内に入られたら面倒よ。」

 

ダンブルドアの葬儀に向けて作られた魔法省地下二階の『特別対策室』の中で、レミリア・スカーレットは職員たちに対して矢継ぎ早に指示を出していた。ええい、どいつもこいつも暗い顔でノロノロ動きおって。仮にも公職なら私情より仕事を優先したらどうなんだ。

 

ヌルメンガードの戦いから一夜明けた現在、私たち上層部は勝利を祝う間も無く葬儀の準備に追われている。……というかまあ、厳密に言えば私たちがやっているのは混乱の収拾だ。残念ながら未だ葬儀の準備には入れていない。最悪の場合、そっちはマクゴナガルに任せることになるかもしれんな。

 

ダンブルドアの死と、葬儀の日付を朝刊で知ったイギリス魔法使いたちの動きは早かった。知らせるのを夕刊にすれば良かったと後悔するほどにだ。朝刊が配達された一時間後には葬儀に参列しようとする人が押し寄せたホグズミードからの『救援要請』が届き、三時間後には魔法省のアトリウムも抗議に来た魔法使いたちで一杯になってしまったのだから。彼らは予言者新聞が『不謹慎なジョーク』を報じたことが我慢ならなかったらしい。当然、発信源である新聞社自体にはそれ以上の抗議があったようだが。

 

そしてダンブルドアの死がジョークではないと理解した連中は人でごった返すホグズミードに向かい、そこで再会した同級生たちに『ダンブルドア先生の思い出話をしながら久々に校庭を歩こうか』なんて余計な提案をして、結果的に葬儀の準備で忙しいホグワーツに迷惑をかけるわけだ。彼らには『私有地に入るためには許可が必要』という常識を思い付く脳みそなどないのだから。

 

そんな負の連鎖を防ぐためにも、当日に列車で参列するようにと急いで連絡を送りまくっているわけだが……後手に回っちゃったな。自分でもこの事態を予想できなかったことには少し驚いている。普段の私なら事前に想定しておいて然るべき展開なのに。

 

リドルの件に決着が付いて気が抜けたか、久々の指揮で疲れが出たか、あるいは気付かぬうちにダンブルドアの死に動揺していたのか。手元の書類を読みながら自己分析を始めた私へと、部屋に入ってきた職員が報告を飛ばしてきた。

 

「スカーレット女史、フランス魔法省からホグワーツに馬車を着陸させていいかとの問い合わせがあったんですけど……どうします?」

 

聞き覚えのある情けない声に顔を上げてみれば、しょんぼりしているブリックスの姿が見えてくる。今日は一段と頼りない雰囲気だな。こいつにとってもダンブルドアの死はショックだったようだ。

 

「許可しなさい。ボーバトンの馬車を使うってことは、オリンペも参列するってことでいいのよね?」

 

「えっと……はい、マクシーム校長も参列するようです。参列者のリストも送ってきてくれました。」

 

言いながらブリックスが差し出してきた書類に目を通してみると……むう、思ったよりも重要人物が多いな。デュヴァルやオリンペどころか、フランス魔法大臣その人まで出張ってくるらしい。個人の葬儀が目的で魔法大臣が他国を訪問するというのはかなり異例の事態だ。

 

数日後に儀礼的な葬儀をもっと大々的にやる予定なので、他国の外交官なんかはそっちに出席するつもりなんだろうが……フランスは上手く立ち回ったみたいだな。駐在する外交官だったら今回参列するのは『出しゃばり』になってしまうかもしれないが、魔法大臣自らとなれば『訃報を聞いて駆けつけた』という美談になるはずだ。

 

いやまあ、あそこの大臣はダンブルドアと知り合いだったし、もしかしたら本当にそういう気持ちで参列するのかもしれんが。何でもかんでも損得に結び付けてしまう自分に苦笑していると、ブリックスがおずおずと質問を寄越してきた。

 

「あのですね、僕たち職員も参列して大丈夫なんでしょうか? 出来れば行きたいと思ってるんですけど。」

 

「他国からの参列者を案内するのは国際協力部の役目でしょうが。出来ればじゃなくて、嫌でも行くのよ。」

 

「あー……なるほど。そういえばそうですね。」

 

自身の役職を思い出したらしい間抜け君に対して、額を押さえながら念を押す。頼りにならなさそうだから自分でやりたいのは山々だが、今の私にはそんな余裕などない。その辺は協力部に頑張ってもらわないと困るのだ。

 

「五階に戻ったら部長に言っときなさい。他国からの参列者に関しては全てを任せるって。……後日の葬儀だったらともかく、明日のまでは手が回らないの。手伝ってる余裕なんかないからね。」

 

「えーっと、つまり問題はこっちで処理してもいいってことですか?」

 

「そういうことよ。……仮に私が協力部の部長だったら、先ずはヨーロッパ特急に張り紙を貼りまくるわね。他国からの個人単位の参列者はあの列車を使う可能性が高いわ。ホグワーツ特急への乗り換えについて案内した方がいいんじゃない?」

 

「わ、分かりました。やっておきます。」

 

私のアドバイスを受けたブリックスが部屋を出て行くのを見送って、次は何を処理しようかと書類に向き直ったところで……おっと、今度はロバーズか。闇祓い局長どのが私の居るテーブルへと近付いてくるのが目に入ってきた。

 

「お疲れ様です、スカーレット女史。会場の警備に関する書類を持ってきました。駅やホグズミードは魔法警察に任せて大丈夫なんですよね?」

 

「そっちはどちらかと言えば案内の側面が強くなるでしょうし、わざわざ闇祓いを割くまでもないでしょ。……それより、少しは寝たの? 隈が酷いことになってるわよ?」

 

ロバーズは西側の指揮官としてダンブルドアの死に責任を感じてしまったらしく、ヌルメンガードから戻った直後は私ですら同情するレベルで憔悴していたのだが……その後スクリムジョールから事情を説明されたからなのか、今では多少マシになっているようだ。それでも疲れの色は濃いが。

 

「しかし、スカーレット女史やスクリムジョールは寝ていないんでしょう? 私だけが休むわけにはいきませんよ。」

 

「私たちは事務仕事で終わりだけど、あんたは実際に警備の指揮を執るんでしょうが。家に一度帰って寝ておきなさい。闇祓いは休むのも仕事のうちよ。」

 

「ですが、配置の詳細がまだ──」

 

「そんなもん当日に決めればいいでしょ。……いいから四の五の言わずに帰りなさい。今は大仕事を終えてハイになってるんでしょうけど、明日までは絶対に持たないわよ? 葬儀に集まったイギリス中の魔法使いたちの前で疲れ切った顔を晒すつもり? イギリスの英雄たるダンブルドアの葬儀なればこそ、貴方たち闇祓いは毅然とした態度で臨まないといけないのよ。」

 

どれだけの魔法使いが悲しみに沈もうとも、政治機関たる魔法省が、イギリスの武力たる闇祓いが揺らいではならないのだ。真剣な口調で放った私の台詞を聞いて、ロバーズはハッとした表情になったかと思えば……苦笑しながら小さく頷きを返してきた。言わんとしていることが伝わったらしい。

 

「……どうやら、私は自分の立場を充分に理解していなかったようですね。」

 

「そのようね。……そろそろ自覚を持ちなさい、ロバーズ。貴方はイギリス魔法界の矛よ。である以上、部外者相手には僅かな弱みですら見せるわけにはいかないの。ダンブルドアの死で不安になっている魔法使いたちに見せるべき顔は、疲れ切った頼りない闇祓い局長の顔じゃないわ。ダンブルドア亡き後も揺るがない姿を見せつけなさい。」

 

「一から十までおっしゃる通りです。……分かりました、家に帰って休んでおきます。」

 

そう言って深々とお辞儀をすると、ロバーズは気合いを入れるかのように両手で頬を叩いて部屋を出て行く。……まあ、あの男もあと二、三年経てば『らしく』はなるだろう。ムーディやスクリムジョールもそうやって学んできたのだから。それまでは局長研修期間ってところだな。

 

さて、私は私の仕事をせねば。ホグズミードの方はともかくとして、キングズクロス駅にイギリスの流儀を知らん他国の魔法使いが集結すれば何が起こるかなど明白だ。マグル対策口実委員会にも事前対処をさせないとだし、むこうの首相にも一報入れておく必要がありそうだな。その辺りの詳細を詰めるためにも、一度ボーンズのところに行っておくか。

 

マクゴナガルとの打ち合わせがてら咲夜の顔を見に行く予定だったのだが、どうやらそれは叶わぬ願いになりそうだ。席を立って職員たちの間を抜けながら、レミリア・スカーレットは『娘の誕生日に仕事』というありきたりな不幸にため息を吐くのだった。

 


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